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小説『定本 ラヴクラフト全集 3』 H.P.ラヴクラフト

TeihonLovecraft Zenshu_3 クトゥルー神話(クトゥルフ神話)って知ってますか?僕は栗本薫さんの本やらコリン・ウィルソンのエッセイ、さらに漫画評論家さんのデビルマン評など、折に触れてこの名に出くわしてきたんですが、それが何かは知らず、想像でヨーロッパか西アジアあたりの古代の神話だと思ってたんです。しかしなんとこの神話、20世紀初頭のアメリカの小説家ハワード・フィリップス・ラヴクラフトさんの創作なんだそうで!20世紀に出来た神話ってすごい、すごいぞ。
 ラヴクラフト自身もクトゥルー神話を意識的に作ったわけではないようで、彼が三文雑誌に投稿していた数々の怪奇小説のベースにある「古代に地球を支配していた未知の存在が現代によみがえりつつある」という設定が、徐々にクトゥルー神話という形になり、ラヴクラフト以外の小説家もこの設定を活用し始め、いつしか壮大な神話体系が完成していったそうです。
 僕がはじめて読んだラヴクラフトがこれでした。国書刊行会の出したラヴクラフト全集本!この第3巻は、ラヴクラフトがはじめて書いたクトゥルー神話物の小説「クスルウーの喚び声」が収録されています。他にも、9本の短編小説、2本の合作作品、他の人が書いたラヴクラフト評などが収録されていました。

■クスルウーの喚び声
 主人公の叔父である学者が死に、この叔父が残した日記などから奇妙な事実が浮かび上がります。彫刻家が夜ごとの夢で見る奇妙な象形文字を書いた石板、海難事故にあったある船の生き残りの証言、そして叔父の研究に魅せられて世界に調査に出た主人公が見たもの。この世界には、かつて存在した巨大な力を有するものの生き残りがいるのではないか…。

 もし「クスルウーの喚び声」を子供の頃に読んでいたら、「正体不明の力を持つ存在」という所や、恐怖小説独特の緊張感に魅せられていたかも。でも、大人になってから読み返したラヴクラフトの面白さはそこではなく、文筆力や構成力の高さでした。「クスルウーの喚び声」の冒頭は、他の人の文章の引用から始まります。
「そのような巨大な力を有するものの生き残りがいまなお現存することは考えられる…」。

 こうして物語に客観性を与えるんですね。そして、著者を不安な状態に連れていく文章が続きます。しかも、それが実に示唆的、文学の香りすらする見事な表現です。
「そもそも私たち人間は、無限という暗黒大海のまっただなかに浮かぶ静穏な無知の孤島に棲んでいるのである。そして、そこから遠く船出をするはずにはなっていなかった。」

 そして、主人公は亡き科学者の叔父の残した遺稿を追って、不可思議な事件に引きずり込まれていきます。そして、ある見解に達します。「クスルウーは依然として生きている、と私は思う。」さらに、結末から察するに、この主人公はすでに死んでいる可能性すらあります。最後の締めは、見事に余韻を残します。
「わが遺言執行人が余計な気を起こさずに、この手記を誰の目にも触れる事のないよう処置してしまうよう、祈りたい。」

■他の作品
 しかし、ラヴクラフトはファンタジー物の作家かというと、他の小説を読む限りはそうでもなかったように感じました。しいて言えば、ポーみたいな感じ?

 たとえば、「冷気」。死を克服しようとした医者がアパートの上層階に住んでいて、ある有名医の研究を継いでいます。主人公はふとしたきっかけでこの医者を手伝う事になるのですが、最終的に、この医者は18年前に死んだ有名医で、死んで既に18年が経っていたという…。これなんか、不死という話のテーマも面白いですが、実際にはストーリーのどんでん返しに重きが置かれている所がまるでポー。

 「霧の中の不思議の館」。これなんかは、自分たちが住んでいる方からは傾斜がきつくて行くことが出来ない、崖の上に立っている不思議の館を、幻想的な文章表現で読ませているだけなんですが、これまた表現が見事。こういう詩的な表現が読みどころだろう作品は、英語で読んだらもっと面白いんだろうなあ。

 そんな感じで、クトゥルー神話とかファンタジーというより、実際には「一体なんだそれは?」という謎に迫っていく所が小説に引きずり込まれる動因になっているミステリー小説感が強かったです。その中で、特に人気が出た(あるいはそういう小説を要求した雑誌側の意向?)クトゥルー神話系のものが多く書かれる事になったというのは実際のところだったのかも。

■僕のラヴクラフト評
 人間には見えない、知られていない古代の存在が今も生きているという設定だけで、ここまで面白くなるでしょうか。ここまで引き込まれる小説になるのは、ラヴクラフトの構成力と文筆力の高さによるもので、その部分こそがラヴクラフトさんの本領と思いました。ペーパーバック雑誌に三文小説と思われて仕方がない恐怖小説の投稿を続けていたので、軽く見られることになってしまったんでしょう。ラヴクラフトが日銭稼ぎのための職業作家という大衆小説家としてでなく、人間が立ち向かうべき問題に取り組んでいたら、シュルツやプルースト級の作家になっていたのではないかと思わずにはいられません。少なくとも、構成力と文筆力はそのレベルにあるすごい作家だと感じました。それが僕のラヴクラフト評です(^^)。。いやー、これは面白い。幻想文学が好きな方は、一度は触れてみるべき作家さんだと思います!


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『新実徳英:風を聴く』

NiimiTokuhide_KazewoKiku.jpg 団塊世代の現代音楽作曲家・新実徳英さんの室内楽作品集です。僕が一番好きな新実さんのCDはこれです。何が良いって、独奏チェロのための「横豎」という曲が入ってるんですが、これがカッコよすぎる。。
 収録曲は以下の通りでした。

・風音 (クラリネット、ヴァイオリン、チェロ)
・横豎 (チェロ独奏)
・風韻II (3本の尺八)
・青の島 (2台の二十弦箏)
・風を聴く (邦楽器の大アンサンブル)

 前半が西洋楽器の室内楽曲。
 僕が好きなチェロ独奏曲「横豎」は、調もまったく違うふたつのモチーフが交互に押し寄せてきて、クライマックスへと達するというもの。言ってみれば、バリ島のガムランの西洋化みたいな感じでしょうか。曲もいいんですが、安田謙一郎さんというチェリストの演奏が、表現力も他界しガシガシ来てカッコよかった!僕的には、この曲を聴く為のCDだと言っても過言ではありません(^^)。
 「風音」はトリオですが、タイトル通り音が座是のように漂ってふわふわしてる、みたいな感じで、あんまり面白くなかった(^^;)。現代音楽の日本人作曲家が書いたものって、こういう茫洋とした作品が少なからずありますが、こういうのはあまり面白く感じないなあ。。

 後半は邦楽器を使った曲3つ。
 3本の尺八のための「風韻II」と、邦楽器の大アンサンブルのための「風を聴く」の2曲もやっぱり茫洋とした曲で、現代曲版の音響派みたいでちょっと面白くなかった。。ヘテロフォニーというのは、それだけで使っても作品としては面白くならないのかも知れないと思ってしまいました(^^;)。
 2台の二十弦箏のための「青の島」は、東南アジアっぽい旋法を使った音楽でした。これもヘテロフォニーが活用されていましたが、ミニマルじゃないんですが、同じフレーズをずらしながら重ねて波のように押したり引いたり…みたいな。でもこの曲は最後にひと山ありまして、ヘテロフォニーな4曲の中では一番面白かったです。でも、取り立てて言うほどのものでもないかな?

 というわけで、実は僕の大好きな「横豎」は、新実徳英さんの室内楽の中ではちょっと例外的な曲なのかも。この曲とヘテロフォニーな曲の真ん中ぐらいの作品があれば、聴いてみたいと思いました(^^)。


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『新実徳英:作品集』

NiimiTokuhide_Sakuhinshuu.jpg 新実徳英さんの作品、続いてはこんな録音を。このシリーズ、昔にタワーレコードで発見して即買いしたんですが、オーケストラ作品が入っているというのに、なんと定価で1000円!リスナーとしては嬉しい限りでしたが、こんな事やってたら作曲家やプレイヤーが食えなくなるのも当たり前ではないか、な~んて思ったんですが、旧譜からセレクトした編集盤でした。収録曲は、以下の通りでした。

・交響曲第2番 オーケストラと混声合唱のための
・アルジラ ―夢の時間 二十弦箏とチェロのための

 交響曲2番。静謐に始まって、とんでもないフォルテッシモまでたどり着くクライマックス音楽、これは熱い!チェレスタの使い方は完全に銀河鉄道999…じゃなかった、バルトークでしたけどね(^^;)。いいと思ったのは、クライマックス音楽を志向したところ(新実さんはどの作品もけっこうそう)と、冒頭の提示部。弦の美しすぎる和音と、変拍子を持つメロディのヘテロフォニーが交換されて導入部を作り、この構造が全体に波及していく感じでしたが、この導入部は素晴らしかったです(^^)。一方でイマイチと思ったのは、エクスタシーに登っていく全体構造があまりに直線過ぎて単純な事と、サウンドがやっぱり耳なじみのある普通の和音すぎて、どちらも単純すぎるかな、みたいな。響きに関しては、もしかすると「アジア的」みたいな所にこだわってそうなるのかも知れません。

 アルジラ。アルジラとは、オーストラリア原住民が持っている概念で、命が宿り、また帰っていく場所の事だそうです。冒頭は箏もチェロもハーモニクスだけで演奏するので不安定でフワッフワ、これにやっぱりヘテロフォニーな繰り返しながら変化していく箏のアルペジオが対比されながら、徐々に盛り上がっていく感じでした。新見さんのチェロ曲というと、独奏曲で凄まじいものがあるんですが、それに比べるともうひと声だったかな?チェロソロに関しては、明日また書こうと思います。

 ふだんの生活で耳に入ってくる音楽って、ロックとかポップスとかジャズとか劇伴音楽とか、そういうのが多いじゃないですか。ほとんどの人は音楽に期待しているわけでもないだろうし、それで事足りると思うんですが、ちょっと深く入って行くと、同じもののバリエーション違いばかりで物足りなくなってきて、知らない所に手を出してみたくなったり。ところが、軽音楽だとマニアックっぽい名前がついた新しいジャンルが出ても、いざ聴いてみると同じものを細分化しただけで、日常耳に入ってくる音楽と大して変わらなかったり。ところが、たまにクラシックに戻ってくると、日常で耳にする音楽の外にある音楽が普通にあるのがいいです。このCDも、冒頭の構造部分はそういう感覚で「おおっ!」と思いました。でも、ヘテロフォニー部分は良いんだけどサウンドや直線的な全体構造がかなり単純なので、そこは工夫が必要なのかも知れないと感じました。このCDに入っていた曲は2曲ともシンプルな和音を選択していましたがが、音列技法あたりを用いて独特な和音や旋律をくみ上げてそれをヘテロフォニーさせたら、面白い事になったりするのかな?でもそこまで突っ込むなら人に期待していちゃダメで、自分で作曲すべきですよね。。


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『新実徳英:創造神の眼 新実徳英管弦楽作品集』

NiimiTokuhide_SouzousinNoMe.jpg 日本の戦後の現代音楽作曲家・新実徳英さんの管弦楽作品集です。新実さんは、少なくとも管弦楽曲に関してはヘテロフォニーが特徴のひとつになってる作曲家です。ヘテロフォニーというと西村朗さんもそうでした。三善晃さんや黛敏郎さんや武満徹さんの世代の後の日本人作曲家では、僕は新実さん、細川俊夫さん、その後だと原田敬子さんあたりが好きです。このへんの人たちは、妙にニッチな所でチマチマやってないで、音楽の核心部分に正面からぶつかってるようでカッコいいです!

1. 創造神の眼 ピアノ協奏曲Ⅱ (1993)
2. ヘテロリズミクス オーケストラのために (1991)
3. アンラサージュ1 混声合唱とオーケストラのために (1977)

 「創造神の眼」は、タイトルはちょっと痛いものの(^^;)、構造が素晴らしかった!地球の初期状態だったガス星、そこから星や人類が生まれて、色々と歴史が刻まれて、未来に混沌があって…というイメージを音化したそうです。そういう展開が念頭にあったからか、時間軸上でのドラマ展開が明確でした。一方の縦軸の構造は中々に多層的。簡単に言うと、いくつかのモチーフの反復とそのホモフォニーまたはヘテロフォニー的な展開が各楽章(といっても切れないで進むので、楽章分けしてあるかどうかは分かりませんが、明らかに変わる部分があります)の構造原理で、それが音楽の進行に合わせて何度か展開します。展開としては、リゲティ的なホモフォニーというかヘテロフォニーというか、そういう感じの重なり方で音がたゆたうリゲティ的な楽章と、はげしく展開していくヴァリエーション部分を組み合わせて出来ていました。すごくザックリいえば、ですけど(^^)。この構造化が実にたくみで、しかも統一感があって分かりやすかったです。
 僕が新実さんを好きなのは、大楽節と小楽節とか、多層的な瞬間的な構造とかが実に整序されている所なのかも。23分ほどの曲なのですが、聞き惚れてしまって、構造を捉まえられるまで何度も繰り返し聴いてしまいました(^^)。これはいい!

 「ヘテロリズミクス」。始まり方が「創造神の眼」に似ていたもんで、最初は同曲の展開部かと思った(^^;)。これは尺八本曲から取った旋律主題がずれていって…みたいな、まさにヘテロフォニーな曲。でもそれがすべてではなくて、そういう部分があって、大構造を作る大きなトゥッティみたいな所があって、またそういうヘテロフォニーな所があって、明確なクライマックスがあって、そのクライマックスが何度か押し寄せてくる感じで…つまり、構造や音楽の形成システムは「創造神の眼」と似ているかな?これもカッコよかった…けど、長いかな?

 「アンラサージュ1」、新実さんの管弦楽曲では、僕はこれがいちばん好きです!新実さんの出世作で、混声合唱と管弦のための曲。始まった瞬間のサウンドからしてカッコよすぎる!3分半ぐらいで出てくる合唱がヤバ美しい!これも同質の音型がずれていくヘテロフォニー的な構造が随所に出てきますが、それよりもしっかりした全体構造の骨格のすばらしさ、見事な重なりの和音の美しさの方に耳がいきました。やっぱり作曲は技法にとらわれ過ぎないで、かといって技法をないがしろにしないで、挑戦的な所と、確実に感性に訴える自由作曲を組み合わせるのがいいのかなあ。この曲は奏法を満たしてるようで、実に見事と感じました。77年作曲という事は、30歳でこの曲を書いたのか、すごいわ。。

 ザックリいうと、響きは西村朗先生やリゲティに似てる感じ、でも彼らよりも構造がしっかりしている所が好きです。新実さんは、ヘテロフォニーの作曲家なんて言われていますが、それにしてはあんまり偶然性に頼っていないというか、音響派的な所に逃げていないというか、そういう構成要素やサウンドを捉まえつつも、構造が実にしっかりしているしクライマックスが明確なので、良いと感じやすいのかも。戦後生まれの日本人作曲家さんの中では、やっぱり特に好きな人のひとりだなあ(^^)。ところで、こういうヘテロフォニーな曲の楽譜ってどうやって書くんだろう。アイヴズの楽譜みたいに、パートごとに小節線が一致しない感じで書くのかな?指揮者は大変そうだな、スコアを見てみたいです。ああ、音大に行ってる時にジャズやってないで、もっとしっかり学んでおけばよかったです。ジャズやポップスなら卒業後にいくらでも出来たんだから…。


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『Pantera / Vulgar Display of Power』

Pantera Vulgar Display of Power 『The Great Southern Trendkill』に始まった僕のパンテラ熱はなおも続き、さらに遡って聴いたのが1992年発表のこのアルバムでした。すげえ痛そう、思いっきり殴られてるよ(^^;)。こういう音楽がチャート上位に食い込むんだなと思った時、数年おきにアメリカで銃乱射事件が起こる理由が何となく分かった気がしました(゚ω゚*)。撃ったり殴ったりしたくなるぐらい、みんな色々とストレスがたまってるんですね、きっと。そうそう、このアルバムのジャケットの下にも表記されている「Parental Advisory」というマークがCDに表示され始めたのもこの頃でした。

 これもカッコいい、以降のアルバムに比べると、少しだけ普通のロックに近いかな?ちょっとモーターヘッドを感じたりして。なーんて書きましたがそれは比較すればの話で、『Far Beyond Driven』とあんまり変わりません。歪みまくってるけど野太いギターの音でザクザクと刻む、これぞスラッシュメタル誕生以降のHR/HMという感じ。

 若い人が聴く音楽、好きだったけど自分の年齢的にはもう卒業かな…。でも若い時にはこういう音楽に同調できる人間でありたい、それが正しい青春というものの気がします。不正や拝金主義にまみれた不完全な資本主義社会の中でフラストレーションを感じない神経の方がどうかしてる、若いならそういうものをぶん殴るパワーが必要だ!…って、それがパンテラで良いのかはまた別問題ですね。。


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プロフィール

Bach Bach

Author:Bach Bach
神戸住まい、奥さんとネコと暮らす音楽好きです。音大は卒業したのですが、成績はトホホ状態でした(*゚ー゚)

ずっとつきあってきたCDやビデオの備忘録をつけようと思い、ブログをはじめてみました。趣味で書いている程度ですが、いい音楽、いい映画、いい本などを探している方の参考にでもなれば、大変嬉しく思います(ノ^-^)ノ

最近気になってるCDとか本とか映画とか
intoxicateに載っていた1枚。「Vyacheslav Artyomov」、ロシアの作曲家は名前が読めなくってムズカシイ。。「ヴャチェスラーフ・アルチョーモフ」と読むらしいです。伝説の「フレンニコフの7人」のひとりとの事ですが、それって何かすら僕は知らず(^^;)。作風的には初期は新古典的、後に民族的な様式、十二音技法や、複調性、ミニマルなんかも用いたみたい。ロシアの前衛は強烈なものが多いので、聴いてみたいです。アマゾンで買おうと思ったらダウンロード版しかなかった(;_;)。 オスマン時代から現代までのトルコ音楽のガイド本みたいです。おおお~、これは絶対に読もう!!
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