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心に残った音楽♪

おすすめCDの紹介のほか、本や映画の感想などを (*^ー゜)v

 

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『Salif Keita / papa』

Salif Keita_papa 1999年発表のサリフ・ケイタのアルバムです。2002年の『Moffou』が、アフリカ音楽と西洋の軽音楽のハイブリッドでムッチャかっこよかったので、ブックオフでこのアルバムを数百円で見つけた時は、速攻で買いました(^^)。しかし…

 ああなんてこったい、これは西洋色が強すぎて感じました。。マリの音楽に西洋音楽をとり込んでいたらマリ音楽のモダン化と思えるんですが、西洋音楽の中にアフリカ音楽色をちょっと入れるだけだったもんで、西洋音楽の亜種に聴こえてしまいました。。
 音楽の様式や表現じたいは、どういう形式でも良ければいいと思うんですよね。でもその音楽が意味しているものはどうでもいいものじゃないと思ってしまいます。自分の音楽をよくするために西洋音楽の良いところを取り込んでフュージョンしていくならいい事だけど、西洋音楽をそっくりそのままやってしまうのは…これって、異文化衝突とはどうあるべきかという非常に重要な問題と思うんですよね。

 ただ、詞が良かったです。『Moffou』は日本盤にも訳詞がついてなかったのに、こっちはちゃんと日本語訳が出ていました。アフリカの言語だから、日本語訳がないとお手上げなんですよね。歌詞には神様や祈りや迷信の類がいっぱい出てきて、マリの世界観が分かるようでした。昔の日本でいう「バチがあたるよ」とか「いい事してると福が来るよ」みたいな詞が多かったです。まあでも、わざわざ買って聴くほどのものでもなかったかな。。


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『Salif Keita / Moffou』

Salif Keita_Moffou これは超おススメ、聴いたことのない方はぜひ聴いて欲しいです!2002年にマリ出身のミュージシャンのサリフ・ケイタが発表したアルバムです。これ、サリフ・ケイタのアルバムの中では、アコースティック色の強いアルバムなんだそうです。ちなみに、アルバムタイトルの日本語での読み方は『モフー』だそうです。

 まず、西洋の大衆音楽とマリの音楽のフュージョン具合が実に素晴らしいです!これをどう表現するかは難しいですが、マリ音楽のモダン化というのがいちばんしっくりくるかも。アフリカの打楽器を使い、アフリカ的な音楽の様式も持ち込み、でもサウンドは西洋化している、みたいな感じでしょうか。いや~これは本当にすばらしい、英米ポップスのチャートに入っても最新のサウンドで通ってしまいそう。

 そして、音楽の根ざしているものが、英米ポップスの「聴いて良いと思えればなんでもいい」というものと根本的に違うと感じました。音楽には音楽の役割があると思ってるんじゃないかなあ。マリにグリオという世襲制の吟遊詩人がいる事は前の記事で書きましたが、サリフ・ケイタのミュージシャン観も、マリの伝統に基づいているのではないかと感じます。このCDの最初に、サリフ・ケイタのメッセージが載っています。

「幸福は明日のためにあるものではありません。幸福は憶測の中に存在する物でもなく、今この瞬間にこの場所から始まるものなのです。暴力、エゴイズム、絶望をうち倒し…」

 こういう音楽観って、西アフリカやアフリカ色の強い中米の音楽に強く感じる音楽観です。

 マリはかつてのフランス領で、マリの社会自体が相当に西洋化の進んだ社会みたいなので、西洋文化を拒絶して土着文化だけを貫くことのほうが難しいんでしょうが、それで日本みたいに自文化を完全に捨てて西洋一辺倒になるのではなく、自国の文化と西洋文化をハイブリッドするこのセンスは素晴らしいの一言。これはいろんな人に聴いて欲しい素晴らしい音楽。歌詞が英語じゃないので、出来れば日本語訳のついている日本盤で聴くことをお薦め…と言いたい所なんですが、日本盤を買っても対訳はついてませんでした(T_T)。いい加減な仕事すんなよ、ユニバーサル…。。


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『ジョン・海山・ネプチューン / Tokyosphere』

JohnKaizanNeptune_Tokyosphere.jpg 1988年発表のジョン・海山・ネプチューンさんのアルバムです。今度のレーベルはビクター、インスト音楽をリリースしてくれるレーベルを探して渡り歩いているようですが、もうすぐ90年代という事はインストや芸術音楽が聴かれなくなり始めた頃。インスト系や硬派な音楽を目指すミュージシャンは大変だったはずで、ジョン海山さんほど名を売った人でも、その苦労から逃れられなかったのかも。

 『ザ・サークル』も良い音楽でしたが、これはさらに良かったです!僕が聴いたアルバムでは、88年のこのアルバムではじめて、ジョン海山さんが息と楽音のコンビネーションで作る尺八独自の表現をしてきたように感じました。海山さんの音楽を聴いていた頃、僕はまだ琴古流はおろか都山流ですらまともに聴いていなかったものでよく分かっていませんでしたが、いま聴くと「はじめて海山さんが尺八らしい表現と音を出してきたな」と感じた、みたいな。
 呼ばれたらどんなジャンルの音楽にも対応して演奏するプロ演奏家って、「ここまで来たらいちおうプロ演奏家を名乗っていい」みたいな線があると思うんです。ピアノなら、楽譜初見OK、リードシートみてのアドリブOK、モードOK、表現OK、曲中でタッチとデュナーミクで起承転結をつけた構成OK、ぐらいのところまでくれば、いちおうプロと名乗って仕事を受けてもいい、みたいな。逆に言うと、ここまで出来ないとプロを名乗るのは危険すぎる、現場に行って大恥かく可能性あり、みたいな。そういう意味で、それまでは表現は音の並びだけと勘違いしていてもオッケーだったクロスオーバーの範囲だった海山さんが、ついにレベルに来たな、みたいな。言うのは簡単ですが、最近の藤〇〇山さんの演奏なんかを聴くにつけ、尺八でここに到達するのって大変なことだと思います。他流試合で相手の土俵に上がって勝負できるようになるレベルを要求されているようなものですもんね。

 ただ、純粋な芸術音楽かというとそこまでは届いていない感じで、「売れたい!」みたいな気持ちがそうさせるのか、音楽面でガキっぽいところが残っているとは感じました。デイヴ・ブルーベックのテイク・ファイブを尺八で吹き始めたりね (^^;)。。たぶん、もうやろうと思えば、気力さえあればそういう音楽を作れる技術はある所まで来ているんでしょうね。あとはそういう音楽に挑む視点に来ているかどうか、みたいな。
 実際この後、海山さんはもっといい音楽を作って、新作が出るたびに純音楽としての価値を高めていったように感じるので、来ていたんだと思います。でも海山さんの話はずいぶん長くなったので、その先の話はまたいつか(^^)。


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『ジョン・海山・ネプチューン / ザ・サークル』

JohnKaizanNeptune_Circle.jpg 1985年に尺八奏者ジョン・海山・ネプチューンさんが発表したアルバムです。東芝系のレーベルを離れて以降も海山さんは定期的にアルバムを発表していましたが、アルバムごとにレコード会社が変わるのでショット契約だったんでしょうね。このレコードのリリース元はDENON。DENON はもともとオーディオ機器メーカーだし、それを生かして高音質のクラシックや純邦楽の録音にも取り組んでいたので、音楽面でいえばいい選択だったのではないかと思います。

 これまで、海山さんのアルバムであまりいいことを書いてこなかったですが、それでもなんで海山さんのアルバムをあんなに買っていたかというと、はじめて僕が聴いた海山さんのアルバムはこれで、すごく良いと思ったからでした。海山さんがまじめに作曲や表現力ある演奏に取り組んだアルバムなのです。
 もう、制作への意気込みや準備からして81年までとは段違い、箏やタブラを使うセンスもそうですが、ミュージシャンがちゃんとリハして煮詰めてから録音に臨んだようで、本人も参加ミュージシャンも演奏表現が東芝時代とは雲泥の差。曲も西洋ポピュラーのソングフォーム一辺倒から離れ、色んな楽式を使うようになってました。これがはじめて聴いた高校生の時に「カッコいい!」と感じたんです!いま聴くと作曲はそこまで凄いものでもなかったし、演奏はあいかわらずフルートみたいな吹き方をしてましたが(ここは80年代の都山流なら仕方ないのかな?)、それでも音楽に向かっていく姿勢や、やろうとしている事には感銘を受けました!

 人生万事塞翁が馬。大資本のレコード会社と切れたのは経済的には痛手だったかも知れませんが、それで必要以上にセールスを気にせず音楽に向き合えるようになったかも知れません。逆の道をたどる人もいるわけで、チック・コリアなんて売れる前に小さなレーベルでコツコツやっていた時の方がだんぜん良い音楽をやっていたけど、RTF で売れて以降はエンターテイメントな人になっちゃったわけだし、それを考えたら海山さんの徐々に登って行く生き方の方が音楽家として正しい道筋を歩いている気がしました。ポピュラー音楽の職業演奏家ではない、アーティストとしてのジョン・海山・ネプチューンの歩みはようやくここから始まったのではないかと思っています。


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『富士松菊三郎 / 新内三味線 すみだ川』

FujimatuKikuzaburo_Sinnaijamisen sumidagawa 新内三味線の富士松菊三郎さんのCDです。このCDの解説で、上調子(うわじょうし)と替手を務める富士松菊次郎さんと富士松菊子さんは、菊三郎さんの子供という事が判明。新内流しの場合、太夫が地(主旋律みたいなもの)を、三味線が上調子を担当するんだそうですが、このCDでは菊三郎さんが地、お子さんが上調子を担当して演奏していました。やっぱり歌はなし。

 新内三味線で太夫なしって、かなりイレギュラーだと思うんですよね。そういう中でこうやって三味線だけのインスト作品を発表し続けるのは、菊三郎さんが新内三味線を器楽化したいと望んでいるのかも知れません。津軽三味線だって元々は歌いりだったものが、高橋竹山さんあたりが器楽化を進めたおかげで、今では器楽曲もあるようになったのですしね(^^)。
 そういう試みは立派と思いますが、このCDは演奏がイマイチに感じてしまいました(^^;)。『新内三味線 富士松菊三郎の世界』ではいい演奏だと思ったんだけどなあ…。浄瑠璃にしても端唄にしても、唄と三味線でやる音楽って、三味線にしなやかさがあって、独特のルバート感で地に絡んでいくじゃないですか。でもこのCDの2重奏や3重奏は、互いをあわせるためか、ビッチビチのインテンポに聴こえてしまって、なんだか三味線音楽の良さがなくなってしまったよ卯に感じました。花街で育った新内節は粋でいなせな部分が肝というか、そこがないとちょっとな…みたいな。

 でも、新しい朝鮮って失敗も含めてのものですよね。保守に走りがちな純邦楽の中で、立派な試みなのだろうな、と思いました。


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プロフィール

Bach Bach

Author:Bach Bach
神戸住まい、奥さんとネコと暮らす音楽好きです。音大は卒業したのですが、成績はトホホ状態でした(*゚ー゚)

ずっとつきあってきたCDやビデオの備忘録をつけようと思い、ブログをはじめてみました。趣味で書いている程度ですが、いい音楽、いい映画、いい本などを探している方の参考にでもなれば、大変嬉しく思います(ノ^-^)ノ

最近気になってるCDとか本とか映画とか
intoxicateに載っていた1枚。「Vyacheslav Artyomov」、ロシアの作曲家は名前が読めなくってムズカシイ。。「ヴャチェスラーフ・アルチョーモフ」と読むらしいです。伝説の「フレンニコフの7人」のひとりとの事ですが、それって何かすら僕は知らず(^^;)。作風的には初期は新古典的、後に民族的な様式、十二音技法や、複調性、ミニマルなんかも用いたみたい。ロシアの前衛は強烈なものが多いので、聴いてみたいです。アマゾンで買おうと思ったらダウンロード版しかなかった(;_;)。 オスマン時代から現代までのトルコ音楽のガイド本みたいです。おおお~、これは絶対に読もう!!
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