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心に残った音楽♪

おすすめCDの紹介のほか、本や映画の感想などを (*^ー゜)v

 

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小説『定本 ラヴクラフト全集1』 H.P.ラヴクラフト

TeihonLovecraft Zenshu_1 ラヴクラフトはクトゥルー神話系の話と、初期のポーの影響があったらしい短編をいくつか読めれば良いと思っていたのですが、全集の2巻でチョロっと紹介されていた「アウトサイダー」がクソおもしろそうだったもんで、全集1巻も読みたくなったのでした。しかしこの全集は絶版だった上に古本屋でなかなか見つからず、見つけても結構いい値段。ようやく入手できたのは最近でした。というわけで、読みたいと思ってから20年越しぐらいに読むことが出来た1冊で、感慨深いものがありました(^^)。

 国書刊行会が出したこの全集は編年体となっているので、1巻はラヴクラフトの初期作品集ということになります。いちばん古いものは、なんと15歳の時の作品!やっぱり天才は若い時から才能を発揮するものなんだな。。

 この本を求めた一番の理由は小説「アウトサイダー」でしたが、これが絶品で面白かったです!アウトサイダーの筋はひとつ前の日記で書いたので省略しますが、つまり自分が死体であるという物語なので、それを伏せながら物語を書く技術が必要。これが見事なのです。また、巨大な城から出ることが出来ないとか、まわりの森の外に行くことが出来ないとか、そういう情景の描写が目に浮かぶように生々しくて素晴らしかった!ラヴクラフトさんは怪奇小説ではなく、純文学に取り組んでも名を残せる人になれたんじゃないかなあ。

 初期の作品は、SFっぽい作品、幻想的な作品、ポーみたいな不思議な作品、クトゥルー神話につながるような怪奇作品など、バラエティに富んでいました。「アウトサイダー」以外で個人的に惹かれたのは散文詩のような幻想文学作品で、これが何とも言えない味わい。たとえば「白い帆船」。灯台守の一家に生まれた主人公が、今はなかなか通らなくなった白い帆船に誘われ、その船に乗り込んでこの世のものとは思えないような世界を垣間見ます。しかし、いざ旅行から帰ってくると、出発した時と同じ日づけのまま、みたいな。なんか、子供の頃に見た白昼夢のような、臨死体験で見る世界のような、何とも言えない幻想がありました。もしかすると、死を意識しつつ、ロマン派のように死後の世界を求めるのではなく、死の後には何もないという恐怖を日々感じながら生きていた人なのかも。
 ところでこの全集、今は文庫化されたみたいですね。クソ高いお金を出さずにラヴクラフトが読めるようになるとは、いい時代になったもんです(^^)。


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小説『定本 ラヴクラフト全集2』 H.P.ラヴクラフト

TeihonLovecraft Zenshu_2 若い頃から一貫して貧乏で、「本は古本、LPやCDは中古」という態度で生きてきたもので、興味ある本や音楽に優先して触れられているとは限らず、好きな作家の本ですら読み抜けがけっこうあります。いちばん困るのは全集もので、ラヴクラフト全集は完全な歯抜け(^^;)。これはラヴクラフトさんがクトゥルー神話系の話を書き始める前の短編小説集。クトゥルー神話以前と言っても、ヌメヌメした気色悪い生命体とか(「名伏しがたきもの」)、怪物系の小説は普通にあるんですけどね(^^)。

 僕がこの本を読んで面白いと感じたのは、数々のラヴクラフトの短編小説ではなく、ラヴクラフトのかつての奥さん書いたラヴクラフトの素描と、ある評論家が書いたラヴクラフトの小説「アウトサイダー」評でした。

■ラヴクラフトの素顔
 まず、元妻ソニアさんの文章。これが、1次大戦前後の合衆国の空気感や、その時代のアメリカ人作家の生活模様が分かって面白かった!ラヴクラフトって1890-1937年まで生きた人なので、小説のいくつかはフィッツジェラルド『華麗なるギャツビー』ヘミングウェイ『老人と海』あたりのアメリカ文学より古いんですよね。
 ソニアさんは実業家で実入りが良く、ラヴクラフトを経済的に援助していたそうです。なぜそこまでしたかというと、ソニアさんが人生で出会った人の中で、ラヴクラフトは信じがたいほどに知的だったものだから、魅了されたんだそうです。でも食うや食わず…まあ、そんなもんですよね。で、ラヴクラフトが他の作家にアドバイスした言葉というのが僕の記憶にずっと残ってまして、「ポーだって、どんな雑誌にも書いていたはずだ。だから、ポルノ雑誌だろうが低俗雑誌だろうが、書かせてもらえるなら選り好みせずに書いた方がいい」みたいなことを言っていたみたい。この文章で、なんでこれだけの文章が書ける人が、低俗と言ってもいいような怪奇小説ばかりを生み続けたのかという理由が分かった気がしました。音楽もそうですよね、プロミュージシャンは食うために作曲や演奏をするけど、大衆に合わせたらわかりやすいものを作ることになるのでその世界の究極なんて出来るはずがない。どこかで意地を通さないとこうなっちゃうんだよな…みたいな。

■アウトサイダー評
 もうひとつ面白かったのが、ウィリアム・フルワイラーという人が書いた、ラヴクラフトの初期小説「アウトサイダー」評でした。僕、ラヴクラフトは1~2冊読んだらもういいや、と思ってたんです。でもこの評論を読んで、がぜん「アウトサイダー」に興味が出ました!「アウトサイダー」は、映画で言えば『The Others』みたいなからくり。湖上で孤独に暮らしている主人公が、ある日ついに意を決して塔を昇りつめたのだが、たどり着いた先は地面のすぐ下の地下室。つまりこの城と主人公というのは…。まあそんなわけで、ものすごく謎めいていて、これは何かを伝えたい小説なんじゃないのかと興味を持ったのです。でも、「アウトサイダー」はこの第2集には収録されておらず。僕は古本屋で第1集を探し続ける事になったのでした(^^;)。

*****
 国書刊行会はアメリカの読み捨て三文雑誌に掲載されていた古いハードボイルド小説を発行したり、セリーヌ全集や幻想文学をシリーズ化して発行したりと、マニアックな世界文学を紹介してくれるので、僕は大好きだったんです…売れそうにないものばかり出すから高かったですけどね(^^;)。このラヴクラフト全集も、単にラヴクラフトの小説を集めているだけでなく、共作の小説や、いろんな人が書いたラヴクラフト評なども各巻に収録しており、ラヴクラフトをきちんと読みたいならこの全集以外にはないといった作りの良さです。訳者は小説によって違うんですが、とても高尚な訳が多くて僕は好き。ラヴクラフトを読んでみたい方は、ジュニア向けの軽薄な訳ではなく、この全集を読もうではありませんか!


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小説『定本 ラヴクラフト全集 3』 H.P.ラヴクラフト

TeihonLovecraft Zenshu_3 クトゥルー神話(クトゥルフ神話)って知ってますか?僕は栗本薫さんの本やらコリン・ウィルソンのエッセイ、さらに漫画評論家さんのデビルマン評など、折に触れてこの名に出くわしてきたんですが、それが何かは知らず、想像でヨーロッパか西アジアあたりの古代の神話だと思ってたんです。しかしなんとこの神話、20世紀初頭のアメリカの小説家ハワード・フィリップス・ラヴクラフトさんの創作なんだそうで!20世紀に出来た神話ってすごい、すごいぞ。
 ラヴクラフト自身もクトゥルー神話を意識的に作ったわけではないようで、彼が三文雑誌に投稿していた数々の怪奇小説のベースにある「古代に地球を支配していた未知の存在が現代によみがえりつつある」という設定が、徐々にクトゥルー神話という形になり、ラヴクラフト以外の小説家もこの設定を活用し始め、いつしか壮大な神話体系が完成していったそうです。
 僕がはじめて読んだラヴクラフトがこれでした。国書刊行会の出したラヴクラフト全集本!この第3巻は、ラヴクラフトがはじめて書いたクトゥルー神話物の小説「クスルウーの喚び声」が収録されています。他にも、9本の短編小説、2本の合作作品、他の人が書いたラヴクラフト評などが収録されていました。

■クスルウーの喚び声
 主人公の叔父である学者が死に、この叔父が残した日記などから奇妙な事実が浮かび上がります。彫刻家が夜ごとの夢で見る奇妙な象形文字を書いた石板、海難事故にあったある船の生き残りの証言、そして叔父の研究に魅せられて世界に調査に出た主人公が見たもの。この世界には、かつて存在した巨大な力を有するものの生き残りがいるのではないか…。

 もし「クスルウーの喚び声」を子供の頃に読んでいたら、「正体不明の力を持つ存在」という所や、恐怖小説独特の緊張感に魅せられていたかも。でも、大人になってから読み返したラヴクラフトの面白さはそこではなく、文筆力や構成力の高さでした。「クスルウーの喚び声」の冒頭は、他の人の文章の引用から始まります。
「そのような巨大な力を有するものの生き残りがいまなお現存することは考えられる…」。

 こうして物語に客観性を与えるんですね。そして、著者を不安な状態に連れていく文章が続きます。しかも、それが実に示唆的、文学の香りすらする見事な表現です。
「そもそも私たち人間は、無限という暗黒大海のまっただなかに浮かぶ静穏な無知の孤島に棲んでいるのである。そして、そこから遠く船出をするはずにはなっていなかった。」

 そして、主人公は亡き科学者の叔父の残した遺稿を追って、不可思議な事件に引きずり込まれていきます。そして、ある見解に達します。「クスルウーは依然として生きている、と私は思う。」さらに、結末から察するに、この主人公はすでに死んでいる可能性すらあります。最後の締めは、見事に余韻を残します。
「わが遺言執行人が余計な気を起こさずに、この手記を誰の目にも触れる事のないよう処置してしまうよう、祈りたい。」

■他の作品
 しかし、ラヴクラフトはファンタジー物の作家かというと、他の小説を読む限りはそうでもなかったように感じました。しいて言えば、ポーみたいな感じ?

 たとえば、「冷気」。死を克服しようとした医者がアパートの上層階に住んでいて、ある有名医の研究を継いでいます。主人公はふとしたきっかけでこの医者を手伝う事になるのですが、最終的に、この医者は18年前に死んだ有名医で、死んで既に18年が経っていたという…。これなんか、不死という話のテーマも面白いですが、実際にはストーリーのどんでん返しに重きが置かれている所がまるでポー。

 「霧の中の不思議の館」。これなんかは、自分たちが住んでいる方からは傾斜がきつくて行くことが出来ない、崖の上に立っている不思議の館を、幻想的な文章表現で読ませているだけなんですが、これまた表現が見事。こういう詩的な表現が読みどころだろう作品は、英語で読んだらもっと面白いんだろうなあ。

 そんな感じで、クトゥルー神話とかファンタジーというより、実際には「一体なんだそれは?」という謎に迫っていく所が小説に引きずり込まれる動因になっているミステリー小説感が強かったです。その中で、特に人気が出た(あるいはそういう小説を要求した雑誌側の意向?)クトゥルー神話系のものが多く書かれる事になったというのは実際のところだったのかも。

■僕のラヴクラフト評
 人間には見えない、知られていない古代の存在が今も生きているという設定だけで、ここまで面白くなるでしょうか。ここまで引き込まれる小説になるのは、ラヴクラフトの構成力と文筆力の高さによるもので、その部分こそがラヴクラフトさんの本領と思いました。ペーパーバック雑誌に三文小説と思われて仕方がない恐怖小説の投稿を続けていたので、軽く見られることになってしまったんでしょう。ラヴクラフトが日銭稼ぎのための職業作家という大衆小説家としてでなく、人間が立ち向かうべき問題に取り組んでいたら、シュルツやプルースト級の作家になっていたのではないかと思わずにはいられません。少なくとも、構成力と文筆力はそのレベルにあるすごい作家だと感じました。それが僕のラヴクラフト評です(^^)。。いやー、これは面白い。幻想文学が好きな方は、一度は触れてみるべき作家さんだと思います!


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詩集『悪の華』 ボオドレール著、鈴木信太郎訳

Aku no Hana_Baudelaire_SuzukiSintaro こちらは岩波文庫版『悪の華』、鈴木信太郎さん訳です。新潮文庫の堀口大學訳がちょっと古めかしい訳文で分かりづらかったもんで、別の訳を買ってみた大学生の頃の僕でした。結果として、こっちも旧仮名づかいだったんですけどね(^^;)。同じ詩集を訳違いで買ったわけですが、詩の翻訳は厳密には不可能と思うので、訳違いを読むのも選択肢のひとつと思うのです。

 明確に「こっちの訳が勝ち!」と言えません、詩による。。例えば、最初の詩「祝祷」の一節を例にとると、堀口大學に一票。

(堀口大學訳)
われ知れり、苦悩こそ唯一の高貴
人界も地獄も、このものは傷け得ずと、
またわれに値する神秘なる冠を編まんには
あらゆる時代、あらゆる国を動員すべきを。


(鈴木信太郎訳)
知ってゐる、苦悩こそは唯一の高貴なもの、
地上も地獄も永久に損ふことはないであらうと、
また、詩人の神秘の王冠を編まうとすれば
あらゆる時間とあらゆる世界に貢ぎ課さねばならないと。


 ところが、最後の方の「芸術家の死」では鈴木さん訳の方が良い気がしてしまいました。

(堀口大學訳)
不出来なカリカチュールよ、何度僕は、狂ほしい感興の
鈴を振り立てながら、そなたの下卑た額に接吻したらよいのか?


(鈴木信太郎訳)
そもそも幾度、俺の鈴を鳴らさなければならないのか、
陰鬱な戯画よ、幾度卑しいお前の額に接吻せねばならぬのか。


 要するに、意味が分かりやすい事と、詩の持つ音楽的なリズム感を感じる事、このあたりで僕は訳詩の良し悪しを判断している気がしました。だいたい、原文を読んでないからどれぐらい原詩に近い内容を持っているかは判断できませんしね(^^)。。仮に読んでいたとしても、詩だから逐語訳が正しいとも思えませんし。

 ランボーの詩であれば小林秀雄役という超名訳を持っているのですが、ボードレールは『悪の華』にしても『巴里の憂鬱』にしても「おお、これはいい!これだけあればあとはいいや」という訳に出会う前に通り過ぎてしまいました。まあ、移動時間に読もうと思って本屋で目に留まった文庫本を買っただけでしたからね。。『悪の華』なんて近代詩の代表格だから、探せばきっといい現代語訳も出てるんでしょうね。惜しいのは人生の短さ、他の訳も読んでみたいけど、僕には他の訳を読んでいる暇がなさそう。訳詩集を読むときは、安直にパッと目についた一冊を取るのではなく、いくつかの訳を見比べて厳選してから読むべきだったなあ…おっと、『悪の華』にまったく触れずに終わってしまいました。まあそれは堀口訳の方に書いたからいいか。。もし未来の自分に伝えるとしたら、「読み直すなら堀口大學訳の方が7:3ぐらいの差で良いかも」と言う…かな?


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詩集『悪の華』 ボードレール著、堀口大學訳

Aku no Hana_Baudelaire_HoriguchiDaigaku 「巴里の憂鬱」は散文ぎみの詩集でしたが、「悪の華」はまさに詩集。というわけで、ボードレール唯一の詩集「悪の華」です!僕はランボーでフランス詩に大ハマりして、さかのぼる形でこの詩集に辿り着きました。「悪の華」というタイトルも若い頃にロック魂をくすぐられて好きでしたしね( ̄ー ̄)。

 「巴里の憂鬱」の感想にもちょっと書きましたが、僕にはボードレールやランボーやマラルメが「サンボリスト(象徴派)」と言われる意味がよく分かってません。でも、象徴派と言われている詩人が書く詩には好きなものが多いです。少なくともロマン派詩や叙事詩よりずっと好き。その特徴が何かと言われると、あまり描写的ではなくて、私自身に関わる抽象化された問題(たとえば死とか)を言葉で表現している事かも。たとえば「悪の華」収録の詩でいえば、「憂鬱と理想」の章の超有名な詩77番「憂鬱」の一節などがそうです。

 われは、雨国の王者と、似たり

 で、時としてその言葉が象徴を用いるから「サンボリスム」なのかな、なんて思ったりして。象徴という事は何かの具象を使ってそれそのものでない何かを語るわけですが、その例として、「秋の歌」などでは…

 誰が為の棺ぞ?きのふ夏なりき、さるを今し秋!
 この神秘めく物音は、何やらん、出発のごとくひびく。


 みたいな。でも僕にとって重要なのは、そうした象徴の使い方という詩的技巧ではなく、それで言い当てているものに共感を覚えるのですよね。ランボーほどではないけど、ボードレールの視点もやっぱり凄く好きです。だって、「俺はまるで雨ばかり降る国の王のようだ」って、問題が宇宙でも神話でもなく、「私」なり「人間がどういうわけか抱えている苦悩」だったり「科学なり人文なりが進むにしたがっていつの間にか分からなくなってしまった人間にとっての正しい道」だったりするわけで、それってもろに現代的な問題じゃないですか。だから好きです。それを「誰のための棺だ」とか「雨ばかり降る国の王」と表現するそのセンスがカッコイイ!

 というわけで、ランボーの「地獄の季節」や「イルミナシオン」ほどではないにせよ、「悪の華」は僕が好きな詩集のひとつです。ちょっとタイトルがガキくさいけど(^^;)、でもこういう刺激的なタイトルじゃなかったら若い頃に手に取ってなかった気もするし、悩める青年時代に読むことが出来て良かった詩だと思います。これも実存主義の苦悩の中にある文学群のひとつなんでしょうね。


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プロフィール

Bach Bach

Author:Bach Bach
神戸住まい、奥さんとネコと暮らす音楽好きです。音大は卒業したのですが、成績はトホホ状態でした(*゚ー゚)

ずっとつきあってきたCDやビデオの備忘録をつけようと思い、ブログをはじめてみました。趣味で書いている程度ですが、いい音楽、いい映画、いい本などを探している方の参考にでもなれば、大変嬉しく思います(ノ^-^)ノ

最近気になってるCDとか本とか映画とか
intoxicateに載っていた1枚。「Vyacheslav Artyomov」、ロシアの作曲家は名前が読めなくってムズカシイ。。「ヴャチェスラーフ・アルチョーモフ」と読むらしいです。伝説の「フレンニコフの7人」のひとりとの事ですが、それって何かすら僕は知らず(^^;)。作風的には初期は新古典的、後に民族的な様式、十二音技法や、複調性、ミニマルなんかも用いたみたい。ロシアの前衛は強烈なものが多いので、聴いてみたいです。アマゾンで買おうと思ったらダウンロード版しかなかった(;_;)。 オスマン時代から現代までのトルコ音楽のガイド本みたいです。おおお~、これは絶対に読もう!!
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