
中南米の音楽って、近現代史の人の流れや文化的な葛藤がすごくあらわれていると思います。人の肌も、ヨーロッパ民族や、かつて奴隷として連れてこられたアフリカ系民族などの混淆が見られますし、言語も最初に中南米大陸を支配したスペイン語やポルトガル語が使われていますし。
そして、このアルバムです。アーティスト名は「カルトーラ」と発音するそうです。ブラジル音楽になるんですが、お隣のアルゼンチンが白人系社会の色が濃いのに対し、ブラジルは肌の浅黒い人が多いです。このあたり、近現代史の本を読むと、ものすごく深く屈折した歴史を辿ってきた人たちの歴史が分かって、なんとも言えない気持ちになります。
複雑な歴史の波の中で、それでも中南米の民衆に根付いた音楽に、カーニヴァルの音楽があります。近代の中南米の音楽は、音楽それだけで演奏されるものよりも、ダンスと切り離せないものが多いみたいです。で、ブラジルのカーニヴァルで演奏されるサンバもそれに当たります。
サンバって聞くと、私はまさにカーニヴァルのあのド派手な音楽を連想してしてしまうのですが、このアルバムはほとんどボサノヴァと言って差し支えないようなしっとりした曲が半分ぐらいを占めています。楽器もギターとトロンボーンだけとか、すごくシンプル。しかし、「サンバの代表作」みたいに言われているのですよね。不思議でした。で、ちょっと調べてみると、サンバと言っても、弾き語りの室内楽のようなものもサンバというし、カーニヴァルのド派手なやつもやっぱりサンバというんだそうです。で、本作は前者の方で、サンバに使われていたいろいろとチャンポンだった音楽が、この作品あたりでいよいよブラジル独自の音楽「サンバ」の形になったみたいです。確かに、アップテンポの曲は、リズムなんかがすごくサンバです。ボサノヴァが生まれるのは、このカルトーラのサンバがあったうえでのことで、まさにブラジルの現代のポピュラー音楽の源泉が、このアルバムなんだと思います。
そして、最初の曲「O Mundo E Um Moinho」で、すでにグッときます。コード自体はカラッと明るいんですが、テンションという音がすごくいっぱい入っていて、すごく複雑な奥の深いサウンドです。さらに、そのコードの進行で生まれる変化の感じが、ものすごく切ない感じなんです。大変に苦しい生活の中で、しかし明るく生きていくというような印象が、音楽から感じられてしまいました。新大陸に生きなければならず、支配され、貧困にあえぎながら、しかし明るい太陽の下で陽気に生き抜こうとするという感じが、私のブラジルに対するイメージなんですが、この音楽の持っているムードが、まさにそうしたイメージにピッタリだったのです。ジャケットの写真も、スタジオで撮影したようなものではなくて、ものの見事に音楽の背景にあるものを写しているように思えます。聞いていると、生きた歴史の断面をそのまま体験させられる気になります。
ブラジル音楽に一時はまっていた時があるんですが、このCDは、ブラジル音楽を聴くなら絶対に外せない作品だと思います。ブラジル音楽を聴いてみたい、あるいはブラジル音楽は好きだけどこれは聴いていない、という方には、ぜひ聞いていただきたいと思う音楽なのです。