武満さんの曲は、オーケストラと同じぐらいに、ギターの入っている曲が好きです。なんか、あの幽玄な響きに、クラシックギターのナイロン弦の温かいサウンドが、すごくマッチして聞こえるのです。
愛聴していたのは、Mikael Helasvuo (flute) とJukka Savijoki (guitar) の『Toru Takemitsu: Works for Flute and Guitar』というアルバム。なんか知ったような口を叩いていますが、私、おそらくフィンランド人のこのプレイヤーさんをどちらも知りません(^^;)。このCDでしか聴いた事がないかも。収録されているのは、フルートの独奏曲、ギター独奏曲、フルートとギターのデュオ、そして両者にヴィヴラフォンなどが加わった室内楽、こんな感じでした。
・Sacrifice (flute, guitar, vibraphone, crotales)
・Voice (flute)
・All in Twilight (guitar)
・Ring (alto flute, guitar, lute)
・Folios (guitar)
・Itinerant (flute)
・Toward the Sea (alto flute, guitar)
曲も演奏も実にすばらしく、そして幽玄。何といえばいいのでしょうか、燃え滾るのでなく、冷めるのでなく。具体的なんじゃなくて、でも抽象的でもなくて。ボードレールだったかヴェルレーヌだったか、誰かの詩に「恍惚に傷つき沈む」みたいな一節があったと思うんですが、なんかそんなような音の世界です。
これを聴いていると、中学生の頃、未来にどういう大人になりたくて、どういう生き方をしたくて、こういうものが見えずに苦しんでいるころに、夏休みになって何をしたらいいか分からなくて、「部活に行く」とウソをついて町の喫茶店に行って、何時間もぼんやりと街路樹や通行人を見ていた時を思い出します。…わけわからないですね、スミマセン。でも、そういう行く先知らずでフワーッとしたような、何とも言えない時間を感じさせるのです、この音楽は。選曲が素晴らしく、サウンドも実に見事で、これに心酔して、何度も何度も聴いていました。
しかし、チョット後日談が。後になって、福田進一さんというギタリストの弾いた『武満徹ギター作品集』というのを聴いたんですが、これが素晴らしかったのです。正直のところ、Jukka Savijoki さんの演奏は、解釈と表現の面で福田さんの演奏には到底及びません。福田さんの演奏を聴いて以降、武満さんのギター独奏曲に関しては、このCDは聴けなくなったほどです。
というわけで、ギター独奏に関しては、福田さんのCDを断然おススメします。でも、武満さんって、ビートルズのアレンジみたいな曲を、ギターでやってるんですよ。こういう曲が殆どであるのも、福田さんのCDの特徴。だから、例の2曲しか聴けません。。アルバム全体でどうかというと…やっぱりこういう純音楽のほうがいいですよね。最初から最後まで、あの漂うような、何とも言えない時間が、流れ続けるのでした。
(2023年2月 追記) 約10年ぶりにこのCDを聴きました。感じ方は10年前に聴いた時とおおむね同じ、なんて素晴らしいサウンドだ…。ただ、少し違った聴こえ方もしました。
このCD、僕にとってはまあまあ早い段階で体験した武満さんの室内楽でした。それまでは管弦楽曲ばかり聴いていたんですよね。初体験の時、幽玄で独特な響きを持ったこの和音世界に、ものの見事に魅了されたんですよね。Kanneltalo というヘルシンキにあるホールの豊かでリッチな残響が響きを何倍も魅力的にしていて、何回聴いただろうかというぐらい繰り返し聴いたものでした。久々に聴いた今でも、この透明感がありつつ決して冷たくはないこの響きは、感動してしまいました。
ただ僕は、この後に他の人が演奏した武満さんの同曲を色々と聴きあさる事になり、僕にとってのこの演奏と録音の位置づけがずいぶん変わっていきました。福田進一さんの演奏との出会いもそうですが、それ以外で感じたのは、横方向の音の繋がりの弱さでした。
アンサンブルものの「サクリファイス」と「リング」の2曲は、若いころはよく分からなかった所も含めて、「これは僕には到底分からないようなすごい視点で作られた音楽なんだろうな」と思っていたんだと思います。でもいま聴くと、響きばかりが重視されていて、時間軸の横のつながりがすごく弱いんですよね。学生のころは武満さんへの信頼が信仰に強いぐらいだったし、そもそも作曲技法や楽式の勉強も、実際の音楽の体験もまだまだ少なすぎて、実際に何が起きているのかを分かっていなかったんだと思います。
誤解を受けないように言うと、悪い音楽じゃないんですよ、むしろ素晴らしい和音イメージはいまだに聴くたびにゾクゾク。ただ、自分の作曲の教科書にするには構造面が…と思ってしまうという、とっても個人的な事情でそういううち漬け人あってしまった曲、みたいな。
僕にとってのこのCD は、だんだん「Toward the Sea」専用盤になっていったのですが、その理由が今回聴いてわかった気がしました。ギター曲以外で、時間軸の繋がりが強いのがこの曲だけなんですよね。そして演奏も録音も本当に見事…。
若いころ、「All in Twilight」や「Toward the Sea」を聴いて、こういう曲を書けるようになりたいと思い、メシアンを中心に自分の和声法を最初から作り直したのが昨日のことのようです。海外から見ると、今の日本の音楽ってお笑い種でしかないと思うし、なにより
日本人であるはずの僕も、今の日本には物真似でない生きた音楽なんて無いのではないかと思えてしまいます。でも「All in Twilight」や「Toward the Sea」には、世界にはない日本的なものが見事に音になっているようで、それを生み出した創造力は本当に見事。遠くフィンランドの人が感銘を受けて、アルバム1枚作ってしまうほどですものね。いろいろな面で聴かなくなっててしまった曲も多いけど、それでも録音や演奏を含めてこのサウンドはいまだに感動しました、思い出に残っているCDです。