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心に残った音楽♪

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『ノーノ:力と光の波のように ケーゲル指揮、ライプツィヒ放送交響楽団』

nono_chikara.jpg 第2次大戦後のクラシック音楽界は、激動の時代であったと思います。クラシックの本場であるヨーロッパは隣接する国ごとに対立し、隣人が昨日まで敵国であったというだけでなく、戦争が終わってみれば東西陣営にくっきりと分かれた。同じ陣営であるはずの西側も、ドイツと英仏みたいな国がそんなに昨日今日で仲良く出来るわけもなく。作曲界も、作曲の歴史やメソッド絶たれ、伝達者の多くが死に、情報の共有や、その時点で何が作曲の課題であるのか、こういう根本的なところから立て直さなければならないという状況。そこでヨーロッパ音楽界で中心的役割を果たしたのが、ドイツのダルムシュタットで行われた夏季音楽講習会だったそうです。イタリアの作曲家であるノーノは、初期のダルムシュタットの講習会で指導的役割を果たした人物のひとりです。

 ノーノは共産主義者。現代史を知れば知るほど、大戦後のヨーロッパの資本主義陣営の思想というものは、かつての中国の腐敗した官僚組織を非難する事もおこがましいほどに、腐りきったものに思えてきます。西側は、資本家だけがどんどん得をして、お金のない人や地域は、経済的に奴隷になるしかないという世界支配構造を完成させていきます。そういった流れに歯止めをかけようという思想である共産主義に対して彼らが取った行動は、共産主義というものにマイナスイメージをラベル張りして広める事。これが、ノーノの評判にも災いしてしまっているように思えるのですが…しかし、私は前衛の時代の作曲家の中では、断トツでノーノが好きです。単純に言って、音楽が強いです。理屈ばっかりこねくりまわして、馬鹿みたいな音楽を量産してしまった現代音楽というジャンルの中で(あ、断っておきますが、私は全ての音楽の中で、現代音楽の一部作品が、音楽の中で一番好きなんじゃないかと思っている人物です^^)、音楽の本質を決して見失わなかった人なんじゃないかと。ノーノの作品って、何がしたいのか、これが恐ろしく明確で、そしてそれが音になる瞬間には、ものすごく力強いものになるという感じです。

 「力と光の波のように」は、ノーノの代表作のひとつに数えられる作品です。編成は、ソプラノ、ピアノ、オーケストラ、それに録音テープ。クラスターで叩きつけられるピアノの演奏、何とも言えない独特の音世界を作り上げるテープ、全音域を使い切ったんじゃないかというぐらいの広い音域で蠢く驚異のオーケストラ…背中からゾワッとくるような音楽です。また、なぜこの音楽であるか、こういう理由もしっかりしているように思えます。この音楽はテキストを伴っているんですが、どうにもこれが革命の歌。なるほど、音楽をこれほどまでに強靭なものにしなくてはならない理由というものが、何となく分かったような気がしました。

 この録音ですが、ノーノ自身がケーゲルに録音してくれるように頼んだといわれる、歴史的意味もあるものです。ケーゲルという指揮者は、東ドイツ崩壊とともに拳銃で自殺しています。…どういう事かというと、音楽というものが、音楽という枠の中だけで行われている専門家だけのものではなくて、社会とのかかわりの中で意義を主張し続ける、そういう思いがあったのではないかと。若い頃の僕は、こういう考えが理解できませんでした。音の体験というものは音を聴く人の中にあるわけで、そこに政治的な思惑とかが入ってくるのは見当違いな事なんじゃないか、みたいな考え方ですね。こういう考えは、ある点では的を得ていると思うんですが…じゃ、社会とのかかわりが全くない物が、ある専門分野でどんどん深まっていったとしても、それにどれほどの価値があるのかというと…それって、その分野でしか価値を測ることが出来なくなってしまいますよね。寸分の狂いもなく鉛筆を削る技術があったとして、それだって極めようと思えば、一生かかっても極める事が出来ないぐらいの深いものでしょう。でも、それが人間という机上でどれほどの意味があるかというと…疑問ですよね。音楽だって同じ事で、微に入り細に渡る入れ子細工の作曲を突き進めたとしても、それが人間とどのような関係を結ぶことになるか、ここがなければ、音楽なんて専門バカなだけで、鉛筆削りの達人と大差ないと思うのです。クラシックって、アカデミズム的な面もある音楽なので、専門バカになり易い。しかしノーノというのは、そういう視野の狭いところに落ち込む事なく、全体が見えていたんじゃないかと思うのです。ノーノというのは、社会とのかかわりから測った上で、音楽の位置というものを把握していたんじゃないかと思います。そして、意味ばかりでなく、その音楽自体も、ウェーベルンの徹底した計量的な作曲の延長にあって、専門の中でもトップランナーであった人だったと思います。

 しかし、この音楽を最初に聴いた時は、そういう部分は分かりませんでした。でも、クラスターで炸裂するこの音楽の圧倒的迫力、しかしクラスターでありながら信じられないぐらいに見事に制御されたアレンジの見事さ、こういった神がかった技に圧倒されたのは確かでした。音楽の音響という一面からだけでも、この音楽の魅力が損なわれることなどないと思います。現代音楽の決定的な名作・名演と思います。


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『マルタ・アルゲリッチ / デビュー・リサイタル』

MarthaArgerich_Debut.jpg ポピュラー音楽から音楽に親しみ始めた私は、「音楽=曲」という図式が自分の中に出来上がっていました。これって、レコード文化の影響だったのではないかと思うのです。たとえば「松田聖子のスイート・メモリーズ」といったら、もうレコードのあの演奏が全て。実際にテレビで見る生演奏も、あのレコードを如何に忠実に表現するかというところに神経を使ったものだったと思います。クラシックを聴くときもそういう傾向があって、ベートーヴェンといったらあの「ジャジャジャジャ~~ン」という形を思い起こすという感じで、音の感触じゃなくって、音の形を覚えている感じでした。しかし、このマルタ・アルゲリッチの演奏を聴いて、クラシックに対して自分が無意識のうちに作り上げていた、そういう聴き方が完全に覆されました。音楽の形という、いってみれば考えて聴く部分ではなく(そこも凄いんですが)、感じて聴く部分に圧倒されました。ジャズとかロックでは、まさにそういう部分に惹かれて聴いていたと思うのですが、クラシックって、作曲家優先、曲優先みたいな先入観があって、演奏は退屈なものだと思っていたのです。しかしこれは…クラシックのピアニストの表現というものの凄さ、これに圧倒されまくりました。クラシックといって「あの演奏は解釈が…」とか、そういう理屈っぽいもんだと思っていたし、もちろんそういう部分はあるんですが、それを上回るほどのエモーショナルな音楽だと思わされました。この演奏は、この瞬間のこの時にしかありえないものというか、生き物というか。ここにあるのは、凄まじく生々しい音楽だったのです。

 アルゼンチン出身のアルゲリッチというピアニストは、若いうちにコンクール優勝などで一気にスターダムにのし上がったタイプのピアニストで、いってみればエリート街道まっしぐらの人、クラシックのピアニストの中でも大メジャーな人です。このCDはそのデビュー・リサイタルの録音という事ですが、実際にはウソみたいです(笑)。しかし、演奏はものすごい。これを演奏したのが19歳の時なのか…絶句です。曲も、ショパンやリストというクラシック・ピアノの王道のほか、ラヴェルとかプロコフィエフなんかの、別のアプローチのクラシックも取り上げていて、飽きる事がありません。しかしやはり決定打は、CDだけに入ってるリストのピアノソナタだと思います。どの世界でも、若い人が出て来た時によく「天才」なんて形容されたりしますが、これほどの天才って、ちょっとなかなか現れないんじゃないかと思います。

 僕より少し前の世代だと、クラシックって、それなりに身近な音楽だったようです。ところが僕ぐらいの世代になるとあまり一般的でなくって、自分から興味を持って入っていかないと、耳にすることも難しい感じの音楽になっていました。しかし自分から入るといっても、深い世界だけあって、とっかかりが難しいんじゃないかと思うのです。僕がそうでした。で、そういう人へのおススメ方法がふたつ。ひとつは曲から入る事なんですが、それ以上のオススメが、ものすごいプレイヤーの演奏から入る事です。ピアノでいえば、アルゲリッチとかグールドから入れば、つまらないという事になる事はあんまりないんじゃないかと思います。逆に言うと、アルゲリッチやグールドでダメなら、クラシック・ピアノを聴くのに向いていないというか。で、特にアルゲリッチの演奏でおススメが、このレコードです。これは、アルゲリッチのみならず、鍵盤器楽の録音としても大名盤だと個人的に思っています。




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『Albert Ayler / The First Recordings』

AlbertAyler_FirstRec.jpg ひとつ前の記事の『SPIRITUAL UNITY』がアイラーの最高傑作という人は多いと思いますし、私もそのひとりなんですが、あれがアイラーの音楽性の本質を捉えた録音であるかどうかというと、ちょっと違うような気がしています。あれは特異点というか、アイラーっぽくないというか。ある意味で、フリージャズの王道すぎるというか。じゃ、私が何をアイラーっぽいと思っているかというと…きっとそれはこのアルバムに詰まってるんじゃないかと思っています。このアルバムを最初に聴いた時の、何とも言えない肌触りは、今でも覚えています。

 山下洋輔トリオがアイラーの"GHOST"という曲を演奏したことで、私は初めてアルバート・アイラーというフリージャズのサックス奏者の事を知りました。それで、ジャズディスクガイドみたいな本に載っていたこのアルバムを手に入れたのでした。その時の感想は言葉ではうまく言い表せないんですが、しいていえば「なんじゃこりゃ?!」という感じ。自分の常識ではまったく判断不可能なものだったのです。
 どんな音楽だって、たいがいはうまいとかヘタとか、あるいは好きとか嫌いとか、何かしら判断できたりしませんか?それって、何がうまい下手の基準になってるかとか、自分に何らかの判断基準があってのことだと思うのです。ところが、このアルバムを最初に聴いた時には、まったくそれが出来なかったのです。本当に判断不能に陥ったんですよね。こんな体験、あとにも先にも無かったんじゃないかという気がします。サックスが何を基準にこんな旋律を選ぶのか、どうすればこういう音楽に辿り着くのか、私自身の音楽観とのあまりのギャップにとまどい…そして惹きつけられました。
 これが、ハッタリ100%みたいな音楽だったら、僕は「インチキだ」とか「嫌いだ」とかいう観想を持ったと思うんですよ。あるいはその反対に分からないものへの盲信になってもおかしくなかったと思います。でも、その時はそのどちらにもならなかった。今にして思えば、自分が判断基準にしているような価値基準からこの音楽を判断しては、この音楽にあらわれているものを誤解しちゃうんじゃないかと思ったのかもしれません。で、どこかに鋭いものを感じていました。

 いま、この記事を書くのに久々に聞き返しているんですが、今では全く違う聞こえ方がします。要するに、この音楽の根底にあるのは、歌なんだと思います。でも、フリーという方法論に彩られ、そしてスタンダードをこんな音楽にしてしまう音楽に最初に出会った時のあの戸惑いにも似たような感覚は、人生で唯一無比だったような気がします。

 このアルバム、アマゾンで見てびっくりしました。中古で5万円が最安値?!これはいくらなんでも高すぎだろ…。昔は中古盤で1000円ぐらいで売ってたのに。。えっと、CD10枚組ぐらいで『Holy Ghost: Rare & Unissued Recordings 1962-70』というものが1~3万円ぐらいで出ているので、そちらを買った方が断然お得な気がします(私は聴いてません)。…このボックス、コルトレーンの葬儀の際の演奏も入ってるのか?!うわ、聴きたいけど、お金がない(;;)…これも限定盤みたいなので、いずれ5万円とか10万円とかになるんでしょうね。。






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『Albert Ayler /Spiritual Unity』

AlbertAyler_SpiritualUnity.jpg フリージャズの大名盤のひとつです。ジョン・コルトレーンが、このアルバムのアルバート・アイラーのようにサックスを吹きたいと語ったのは有名な話で、そのぐらいに神憑りな演奏です。

 今聞くと、アルバート・アイラーというのは、ソウル・ミュージックな人なんだと思います。要するに、音楽を歌わせたい人。その手法のベースとするに、彼にとって手っ取り早かったのがフリーという事だけだった気がします。もし彼の得意がジャズだったらジャズのフォーマットでも良かったんでしょうし、ソウル・ミュージックだったらそれはそれでよかったんじゃないかという気がします。だから、アイラーの音楽って、60年代のフリージャズにしては、何か攻撃的なイメージは弱いし、音楽そのものに対する追及みたいな色もそんなに強く感じません。ところが…このアルバム、アイラーの代表作みたいに言われているものなのですが、同時にアイラーの中ではかなり異質な部類に入るのではないかと思います。非常にアグレッシブで、歌よりも熱気みたいなものが優先されていて、いい意味でも悪い意味でも実にフリージャズ的なのです。それどころか、フリージャズの代表作のひとつになっているほどのところまで行ってしまっています。その要因のひとつは、ゲイリー・ピーコックとサニー・マレイという共演者の存在だったのではないかという気がします。このリズムセクションが、呪術的というか、いい意味で重いんです。ドラムも、ジャズ的に変幻自在にオカズを入れてくるという感じじゃなくって、「ドンドンドンドン…」みたいな感じで、聴いているとなんか朦朧としてくるような感じというか。ベースもこれに同調している感じ。そして、サックスはそのうえで憑かれたかのように過熱していくという感じです。もう、考えてすらいないんじゃないかという感じで、考えるより先に音が出てくる感じ。こういう境地って、ひとりの演奏家でも何度も体験できるものではないんじゃないかと思います。アイラーの場合、この作品がその瞬間だったんじゃないかと。

 ジャズのガイド本でフリージャズの推薦盤っていうと、オーネット・コールマンの『ジャズ来たるべきもの』とか、コルトレーンの『アセンション』みたいなところが取り上げられる事が多いと思うんですが、あれって、本当に面白いと思って推薦しているんですかね?もしかして、フリージャズをたいして好きでもないジャズのライターが、有名だからといってとりあげているだけなんじゃないかと疑っています。もし私が音楽評論家なら、フリージャズの推薦盤を書けと言われたら…間違いなくこのアルバムは推薦盤のひとつに入れると思います。それぐらいに、熱い演奏なのです!








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『Archie Shepp / THE MAGIC OF JU-JU』

ArchieShepp_Juju.jpg ジョン・コルトレーンの専門レーベルのようにコルトレーンのアルバムだらけのインパルスですが、アーチ―・シェップにもかなり力を入れていました。そして、アーチ―・シェップの方も、力を入れて貰うに値するほどの作品を発表し続けました。コルトレーンのアルバムがある意味で金太郎アメ状態であるのに対し、シェップの方はそれぞれのアルバムを作品として完成させようという意気込みがあったのではないかと思います。プレイヤーとしての力量はコルトレーンの方が上。しかし、インパルス時代のシェップには、その差を補って余りあるミュージシャンシップがあったと思います。

 インパルスだけでなく、フランスのアクチュルというレーベルも、アーチ―・シェップのアルバムをたくさん発表しました。そして、これら60年代に発表されたシェップのアルバムは、どれもそれぞれにコンセプトがはっきりしていて、実にすばらしいです。ブラスのアンサンブルとフリーの両立とか、あるいはスモールコンボでのどフリーとか。で、毒々しいジャケットが目立つこのアルバムで最も印象に残るのは、1曲目"THE MAGIC OF JU-JU"です。アフリカのカリンバ・アンサンブルを思わせるような打楽器群のポリリズミックなパターンに、シェップのあのエッジの効いたサックスが切り込んでいきます。サックスは、フリーというよりもソウルフルで、切れ味鋭いだけでなく非常にメロディアスでもあります。この辺りに、実はアフリカン・アメリカンのフリージャズの特徴が表れ始めているのではないかという気がします。つまり、フリーというものが、何か自分の内側から出てくる表現としてあるもの、みたいな。これは、このアルバムがリリースされるよりも前にあったフリージャズではまだはっきりしていなかった考え方だとも思うし、またフリーである事に色々と理屈がくっついているヨーロッパのフリーともまた違った視点なんじゃないかと。で、5分以上続いたサックスとパーカッションだけのフリーの後に来るのは…変化じゃなくって、ドラムが加わります。足し算です。で、更に加熱していくプレイの先にあるのは…変化じゃなくって、ベースの参加です。音楽は完全に一直線、そして変化するのではなくって、まったく同じ状況のまま、プレイだどんどん加熱していって、音圧はどんどん増していきます。変化しないものだから、聴いているこちらもトランス状態みたいになってきます。…なるほど、もしかして「マジック」というのはこの事か?こんな一直線の演奏がノンストップで17分以上続いた揚句…さらに管楽器が加わります。。う~ん、恐ろしく単純、だがそれがいい(^^)。。
 フリージャズのサックスで凄いと思う部分のひとつは、ノンストップで何十分も演奏しているのに、聴いていて飽きない事です。いや、もちろん飽きるサックス奏者の方が多いんですが、コルトレーンとかシェップって、ぜんぜん飽きないんですよ。飽きないという言い方は変ですね、すごくいいんです!このアルバムの"Magic of JU-JU"なんて、20分近くサックスは吹きっぱなしなのに、もっと聴いていたかったと思うぐらいです。ポップスなんて、3~4分の曲でも長いと感じてしまうものばかりだというのに。。

 60年代のアーチ―・シェップには、ほかにも組曲風の『FIRE MUSIC』とか、なんとも強烈なグルーブを見せる『yasmina, a black woman』とか、外れなしというぐらいに、いいアルバムのオンパレードです。それぞれのアルバムに個性がありますが、共通して言えるのは、カッコいい事です!表現とか、技術とか、そんなことを言いいたくなくなるほどの強さが音楽の中にあります。プレイヤーとしては不器用な方かもしれません。しかし、いや、だからこそ、それを補って余りあるほどの情熱を音楽にぶつけ続けたその姿勢には、感動すら覚えてしまいました。
 残念だったのは、80年代以降のアルバムが、ヘタクソなスタンダード集とかバラード集だったりと、なんか日和って見えた事でした。フリージャズの宿命でしょうか、アンチフリーの評論家とかから「ジャズが出来なくって、メチャクチャやってるだけ」とか、言われたんじゃないかと、勝手に思ってます。ほら、ピカソを「ヘタなだけ」とかいう人って、絶対にいるじゃないですか。まあ、そういう批判に有無を言わせないという事も少しはやる必要もあるかもしれませんが、あんまりそれに相手しすぎると、日和って見えちゃうんですよね。だって、批判によって行動が変わっちゃうわけですから。シェップは、80年以降は「俺だってジャズぐらいできるんだよ」って付き合っちゃった感じに見えるのです。自分で演奏もしないくせに、自分の分からない音楽は何でも批判するようなクズ評論家なんか相手にせず、わが道を突き進んでほしかった。そういう期待をしてしまうほど、60年代のシェップのアルバムは魅力的なものばかりなのです。




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『Archie Shepp / Life at the Donaueschingen Music Festival』

ArchieShepp_OneForTheTrane.jpg 日本では『ワン・フォー・ザ・トレーン』というタイトルで発表された、フリージャズのアルバムです。なぜそういうタイトルかというと、"One for the Trane"という曲しか入ってない事と、コルトレーンに絡めておいた方が一杯売れると思ったからじゃないかと(^^;)。ポップスやロックや普通のジャズあたりが音楽の全てだと思っていた頃、アルバム1枚で1曲というのに、ちょっとビビりました。グランドファンクの10分のパフォーマンスですら「よくこんなに長く演奏していられるな」なんて思ってたぐらいでしたから。感性が産業音楽に飼いならされていたんでしょうね。

 アーチ―・シェップは、フリージャズの代表的なサックス奏者のひとりですが、その中でも色々と逡巡していました。作曲でインプロヴィゼーションをコントロールしようとしてみたり、ブラスアレンジの上で一人だけ長時間にわたるゴリ押しフリーをやってみたり。で、このパフォーマンスは、そういう色んなもののバランスがすごく良いものと感じました。演奏は見事だし、コンポジションも構成も素晴らしかったです。
 たとえば…最初のピチカートからアルコに繋がるコントラバスのソロがいい!うしろで鳴っているカバサの彩りがいい!なんだこの素晴らしいベースは…ジミー・ギャリソンでした、なるほど、そういえばコルトレーンの『ライブ・イン・ジャパン』でも素晴らしいベースソロを演奏してました。
 そして、ルバートのベースソロが終わるとついにオケがインテンポで演奏し始めてアーチー・シェップの登場!うおおおおおおカッコいい!!しかもシェップのテナーサックスの音はあいかわらずエッジがパキッとしていてものすごくカッコ良い、録音も良くてすごい立体的!テーマが終わるとラズウェル・ラッドとグラシャン・モンカー三世のボントロが絡んできてカッコいい!メインはあくまでシェップさんで、ボントロふたりはソロをもらうのではなく、あくまでメインに絡む感じ。インテンポ部が終わるとボントロふたりが奇麗にリットを作りひと区切り。ここでレコードをひっくり返すとシェップの独奏。それが明けると有名な「いそしぎ」のコンボ演奏になり、そこからボントロのトゥッティが出てきてアッチェルして…いやーこれはフリージャズなんてものじゃない、良く構成された芸術音楽形式のジャズではないですか!普通のジャズって、歌謡形式を何度も循環してアドリブしてるだけなので、楽曲様式はえらく稚拙なんですよね。。でもこういう劇的構成を取ると、ジャズはあっという間に芸術音楽になるのがすごいです。

 一時期、アーチー・シェップには本当にハマりました。フリージャズと一口にいうけど、これは前編アドリブで通したような音楽ではなく、むしろメインストリーム・ジャズより入念に構成された音楽。今でも定期的に引っ張り出して聴くぐらいに好きなアルバムです。



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『Jimi Hendrix / The Complete PPX Studio Recordings』

JimiHendrix_PPX.jpg さて、ジミヘンのおススメの最後に、ジミヘンのデビュー前の音源を集めたCDを。…いやあ、デビュー前って「マニアックすぎだろ!」と怒られそうな気もするんですが、私以上にジミヘン狂だったバンドマンのお兄さんは、デビュー前のジミヘンが一番好きと言っていました。でも、その言葉もあながち的外れとは思いません。メチャクチャ格好いいんです!

 ジミヘンって、ギタリストとしてすごかったものだから、レコード会社がピンでデビューさせたという経緯があったんじゃないかと勝手に思ってます。で、以降のストーリーは良く知られている通り。だからスタジオ盤は、慣れない作業を行うので、その試行錯誤がいい方面に出たり悪い方面に出たり。しかし、ジミヘンの原点はやっぱりギターの演奏だと思うのです。で、デビュー前の他人のバンドの音楽は、さすがにギタリストに徹底しているだけに、意識が完全にギターに絞られていて、やたらとカッコいいのです!

 で、ジミヘンの所属していたバンドですが、詳しい事は知らないのですが、ゴーゴークラブのバンドというかディスコバンドというか、そんな匂いがします。ソウルありビートルズありという感じで、有名なポップ曲のレパートリーだらけ。で、これをジミヘンのギターがやたらとカッコよくしてしまう。まだファズやディストーションの進化していない時代なので、サウンドはアタックが強くてローがスカスカで安っぽいんですが(ソウルとか、ビートルズのデビューの頃のギターの音とか、あんな感じ)、それが逆にカッティングなんかの切れ味を強調してます。あと、ときたまインスト・ナンバーが挟まるんですが、これがまたギターがキレキレでカッコよすぎです。このアルバム、マジでおススメです。

 そうそう、似たような傾向のCDで大おススメのものをもうひとつ。『Radio One』というアルバムがそれで、これはすでにソロデビュー後のパフォーマンスなんですが、コンセプトがPPXとそっくりです。『PPX』でも披露していたインストナンバーも演奏してるんですが、これがまたすごい。あと、例のモンタレー・フェスティバルのオープニングで他のロック・ミュージシャンの度肝を抜いた"Killing Floor"も演奏してるんですが、これがモンタレーを上回るすさまじさで、このリズム感はちょっと他にないんじゃないかというぐらいの凄さ。う~ん、記事を書きながら久々に聴いているんですが、これ、やっぱりすごいです。。デビュー前後のジミヘンのキレッキレなギターを聴かずに死ぬのはもったいないです。



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『The Jimi Hendrix Experience / Are You Experienced』

JimiHendrix_AreYou.jpg ジミヘンのスタジオ盤で一番好きなのは、デビュー作でもあるこのアルバムです。今は、アルバムに未収録だったシングル盤の曲が6曲追加されて収録されてるみたいです。昔は、シングル曲を聴くのにもう1枚『GREATEST HITS』みたいなタイトルのアルバムを買わなくてはいけなかったので、これはお得ですね。ただし…シングルは別で聴いた方が、アルバムとしてのまとまりが良いようにも感じるのは、私だけでしょうか。。

 バンド・オブ・ジプシーズが驚異の表現力に達したジミヘンのパフォーマンスを聴くことが出来て、エクスペリエンスのライブ録音がバンドの物凄いテンションのパフォーマンスを聴くことが出来るのに対し、このデビュー作はジミヘンの作曲家としての才能を聴くことが出来るアルバムだと思います。"Third Stone from the Sun"とか"Are You Experienced"とか"Fire"とか"Manic depression"とか、よくもまあこんな曲が書けるなと。いずれも、私が全く聞いた事のないような曲ばかりでした。で、例によって学校で音楽のお師匠様にそんな話をしていると「ギターで作曲するからそうなるのかもね」なんて答えが。なるほど、確かにピアノでこの曲は書けないという感じですし、"Fire"なんて、ギターで弾くからこそ格好良く感じる曲なんだな、とも思いました。これをピアノで弾いても何ひとつ面白くなさそうです(^^;)。

 あと、スタジオ盤ではもうひとつオススメが。『Electric Layland』という生前のジミヘン発表の最後のアルバム(死んだ後に100枚ぐらいアルバムが出ちゃうんですが^^;)。音楽的には、ブルースっぽい要素とか、妙にファンキーな要素とか、ジャムセッションっぽい要素とか、サイケっぽい要素とか、まあいろいろ入っていて、悪く言うとまとまりのないアルバムなんですが、しかしその歌詞に感動させられました。例えば、このアルバムに入っている最後の曲"Moon, Turn The Tides...Gently Gently Away"。「俺とあの人は砂漠で愛し合い、その最後の時に海底に沈む俺たちのマシンに乗って...」みたいな感じ。死生観から、ジミヘンがどういう生き方を夢見ていたのか、こんなものが滲み出しているような感じで、幻想文学的という表層的なところではないところに奥の深さを感じて、じわっと心にしみます。こんな詩も、ロック以外では許されない領域に成立しているもののような気がします。人間文化の中で、ロックの占めていた特異な役割というものを感じずにはいられませんでした。ギターの演奏がクローズアップされやすいジミヘンですが、作曲でも作詞でも、実にすばらしいタレントを発揮したアーティストであったのだと思います。


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『Jimi Hendrix / Live at Winterland』

JimiHendrix_winterland.jpg 録音の面からジミヘンの音楽を分類すると、4つに分かれると思います。ひとつはソロデビュー前に他の人のバンドに入ってギターを弾いていた頃のもの(これがまたカッコいい)。ひとつはスタジオ録音。ひとつは晩年に結成したバンド"Band of Gypsys"の音源。そしてもうひとつは、バンド"Jimi Hendrix Experience"のライブ音源です。ジミヘンの恐ろしいほどの高評価って、この最後のエクスペリエンスのライブ・パフォーマンスによるのではないかと思います。で、このCDはエクスペリエンスのライブ録音。

 エクスペリエンスのライブには、トータルでもっとすごいアルバムもけっこうあります。ではなぜこのアルバムをなぜ推薦するかというと…9曲目に入っている"Foxy Lady"のパフォーマンスが凄まじすぎるのです。ギターも強烈ですが、ベースもドラムも凄すぎます。テンポはやや緩い曲なんですが、それが故に逆にオカズを入れやすく、ギターもドラムも1拍の間に音を入れまくりです。。またそれがきっちりお行儀よく音符に書けるようなものではなく、うねるようにビシバシと入ってくる。すげえ…。。この音楽表現、クラシックやジャズでは不可能です。だって、クラシックやジャズでは自ら封じている表現ですから。そんな状況で音楽がまとまるのかというと、えらくファズがかったベースが、えらく野太い音で音楽を支えます。奇跡のトリオ演奏です。

 "Jimi hendrix Experience"というバンドのライブ録音は、あまり外れがなく、どれもハイクオリティな演奏を聴くことが出来ます。ほかのおススメでは、『STAGES』という4枚組ライブアルバムが、トータルとしてはえらくハイクオリティだと思いますが、いきなり4枚組は取っ付きにくいかも。。映像で有名なところでは、ギターを燃やしてしまう『live at monterey』が有名。1曲目の"killing floor"のギターがものすごいグルーブで神がかり。。あとは、ヒッピー文化の象徴でありクライマックスでもあったようなイベントのトリを務めた『live at Woodstock』も有名です。これはアメリカ国家をファズで歪めまくってグチャグチャに演奏したパフォーマンスが有名なんですが、実際のところは他の曲のパフォーマンスが凄い。また、映画のフィルムで撮影されているので、ジミヘンが一体どうやって演奏していたのかがくっきりと映っていて、ジミヘンのプレイスタイルをちゃんと見ることが出来る最良の記録でもあると思います。

 そうそう、本作には似たようなタイトルで『Winterland』というタイトルのアルバムが出ています(いつの間にこんなの出てたんだ?!)が、こちらは選曲違いのようです。こちらのアルバムは聴いていないのですが、少なくとも例の神がかったパフォーマンスの"Foxy Lady"は収録されてないみたいです。




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『Jimi Hendrix / Band of Gypsys』

JimiHendrix_gypsys.jpg ジャズではジョン・コルトレーンのアルバムを買いあさったことがありますが、ロックではジミ・ヘンドリックスのアルバムを買いあさっていた頃があります。そのぐらいにハマったミュージシャンなので、好きなアルバムが結構あるんですが、いまだに聴くアルバムの筆頭はこれです。

 ジミヘンというのは、ロックのギターの世界では神格化された人です。ほとんど神扱い。またそれが、ファンク系からも、ハードロック系からも、ブルース系からもそういう扱いを受けるという所が凄いと思います。要するに、音楽がある意味で統合的というか、背景にあるものが広いというか。それ故に、アルバムによって色の違いがあったりします。で、このアルバムは、やや静か目の曲が多いせいか、またバンドのメンバーが変わって、バックを務めるベースやドラムが大人しいせいか、ジミヘンのなかでは地味扱いされてるみたいなんですが…ギターの表現力がちょっとハンパでないのです。たとえば、さりげないイントロのリフですが、そのたった1拍の音でも、ひっかけるようなピックアップから入って、だんだんビブラートがかかって…ってな感じで、ものすごい表現力です。0.5秒にも満たない1音で、これです。ここまでの表現力は、ロックでは皆無。クラシックのヴァイオリンを聴くようになるまでは、出会う事がありませんでした。

 で、レコードではA面だった2曲「Who Knows」「Machine Gun」、この2曲ばかりを聴いていました。どちらも静かなんです。しかし、聴けば聴くほど、ギターの表現力に鳥肌が立ってきます。「勢い」とか「ハード」とか、そんな子供っぽい、分かり易いところのものではありません。表現力としか言いようがないというか。信じられない事ですが、わずかなフィードバックまで完全に制御されている感じ。最初に聴いた時から何十年もたった今でも、たまに引っ張り出して聞くんですが、プレイヤーとはこうあって欲しいというほどの境地です。

 ジミヘンと言って、真っ先にこのアルバムを薦める人も少ないと思うんですが、ほとんどキ○ガイといっていいほどジミヘンばかりを聴いていた私が、いまだに聴き続けているのはこのアルバムであることも事実です。これをきいていきなりジミヘン好きになることもないかも知れませんが、それでも人に薦めずにはいられないアルバムなのです!

 あ、そうそう、同じバンド・オブ・ジプシーズのアルバムに『live at fillmore East』というものがあります。なんとどちらもフィルモアでのライブ録音なので、完全版なのかな?と思ったのですが、違うライブのものでした。で、演奏のコンディションは従来のアルバムの方が圧倒的に上。『live at fillmore East』のほうは、集中力に欠けるというか、演奏が雑です。でも、すごいんですけどね…。あと、『Band of Gypsys 2』というアルバムもあります。こちらは有名曲が結構入っているんですが…すごいプレミアついちゃったみたいです。昔は800円ぐらいでいくらでも売ってたのになあ。






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『Cream / Live Cream』

cream_live cream ジミヘンクリームキング・クリムゾン…このあたりのロック・ミュージックとの出会いは、僕にとっては人生を変えてしまうほどの衝撃だったんじゃないかと思います。実際、これらの音楽との出会いがなかったら、音大に行こうなんて思わなかったんじゃないかという気がします。

 で、クリームです。エリック・クラプトンの在籍したグループとして有名なんじゃないかと思うんですが、実際には逆なんじゃないかと。クリームがあったから、クラプトンのその後があったんじゃないかと。実のところ、どのクラプトンのソロ・アルバムも、クリームのライブ・アルバムの足元にも及びません(方向性がちょっと違うので、比べるのも何なんですが)。また、クリームというのはトリオ編成なんですが、クラプトンが一番下手というか、一番音楽家としての能力が低いです。クラプトンが子ども扱い、そのぐらいレベルの高いバンドです。
 で、惑わされたのが、若い頃に見たメディアの推薦するアルバム。『Disraeli Gears(カラフル・クリーム)』とか『WHEELS OF FIRE(クリームの素晴らしき世界)』あたりが推薦されている事が殆どでした。でも、それを聴いても全然つまらなかった。で、私の音楽の師匠の同級生にその話をすると、「いや、クリームはライブでしょ」と、さらりと言われました。で、ライブアルバムを貸してもらって聴いたところ…ぶっ飛びました。。演奏が凄すぎて、圧倒されてしまいました。ロックのベースギターに感動させられたのは、この時が初めてだったと思います。また、ドラムもとんでもないレベルです。ロックのドラムって、「ドッタッドドタッ…」というものだと思っていたので、誰でも叩けるもんだと思っていました。草野球で言えば、ライト8番みたいな感じ。しかし、フラムトリッパーとか、私が全く経験した事のなかったコンビネーションだらけで、それがまたジャズなみの物凄さ。

 技術力が半端ない事に加えて、演奏のテンションが凄いんですよ。もう考えながら演奏しているというレベルではないというか、演奏が完全に身についていて、マシンガンのように音があふれ出してきます。曲の形式は歌謡曲形式なんですが、いちどアドリブ・パートに突入すると、もう止まりません。10分を超えるインプロヴィゼーションに発展することもしばしば。ギターもベースもドラムも、とんでもない勢いで突っ走ります。凄いとしか言いようがありません。ロックを聴くなら、クリームのライブアルバムを外すことは絶対にできないと思います。


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『藍川由美 / ゴンドラの唄~中山晋平作品集~』

AikawaYumi_Gondora.jpg ひとつ前のキャンディーズの記事で「昔の歌謡曲は~」みたいなことを書きましたが、日本の大衆音楽で最も良い時代というのは、もっと前の事だったんじゃないかと思っています。それは、明治~大正~昭和を跨いだ頃。この時代、大衆音楽というもののあり方自体が、今みたいな嫌な意味での商売音楽なんかじゃなかったんじゃないかと思います。また、音楽そのものにも、当時の日本独特の美観が反映されているというか、西洋の猿真似ではない文化的脈絡が生きてたんじゃないかと。

 中山晋平という作曲家がいます。「てるてる坊主」「シャボン玉とんだ」なんかを書いている人です。昔のコロムビアの録音では、これが三味線とか、和楽器を使って、すごくいい感じの伴奏がついています。音楽的に言えば、よく演歌なんかで言われる「ヨナ抜き音階」(4度と7度を抜いた5音音階という意味)が使われている曲が多いです。これ、脱亜入欧で西洋音楽一辺倒だった当時の日本の楽壇で、相当に意識的にやってたんじゃないでしょうか。今もそうですが、簡単に全員が同じ方向を向いてしまう日本の社会で、何が正しいかをきちんと見定めて、仮に大方と違っていてもその筋を通すという人は、本当にすばらしいと思います。
 でも今回は、「てるてる坊主」とかの話じゃなくって、別の歌音楽の話。この人、劇音楽も書いています。その中で一番好きな歌が「ゴンドラの歌」。ツルゲーネフの小説『その前夜』をテキストにした新劇のために作られ、更に黒沢明の映画『生きる』の主題感も使われています。最初にこの歌を知った時には、鳥肌が立ちました。詞といい曲といい、何という叙情性。詞なんて、ほとんど文学です。

いのち短し 恋せよ乙女
赤き唇 褪せぬ間に
熱き血潮の冷えぬ間に
明日の月日のないものを

 この後も「ここは誰も来ぬものを」「心のほのお消えぬ間に、今日はふたたび来ぬものを」などの詩が続きます。…諦観というか、仏教的というか、こんな素晴らしい詞が他にあるでしょうか。
 しかしこの乙女という言葉、他にも言い換えが可能なんじゃないでしょうか。「明日の月日のないもの」は、本当に乙女だけなんでしょうか。

これは黒沢監督の「生きる」という映画にこの曲が使われた際も、意識されていたんじゃないかと思います。一生懸命働いてきた初老の男性が、自分の余命があと僅かだと知らされ、自分は生きてきて無意味だったと感じる。こうした視点は、作詞をした人だけが達した境地なんでしょうか。もしも、ある文化が全体で同じ理念を共有していたとしたら?…じつは、かつての日本文化とは、このような理念が共有されていた文化だったんじゃないかと思うんです。そして、それが歌という形で残っている。これがまた、5音音階という、なんかかつての日本を想像させるような、からっとした曲調と混じると、独特の叙情性を生み出すんです。

 あまりの名曲であるうえ、オリジナル発表の時は、音楽をレコードで発表するという文化ではなかった時代の事なので、様々な時代にさまざまな人がこの歌を歌っています。録音も多いです。森繫久弥さんの歌いが有名ですが、他にも森光子、美空ひばり、ちあきなおみ、加藤登紀子…。色々ありますが、明治期以降の日本の唄を研究してきた声楽家の藍川由美という人が、中山晋平さんの作品だけを録音したという素晴らしいCDを発表しています。また、選曲が素晴らしい。実は、「ゴンドラの唄」だけであれば、他にもっと好きな録音があるんですが、ここでは、当時の日本文化が持っていたであろう色々なものが詰め込まれた中山晋平作品集という意味で、このCDをあげておこうと思います。







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『キャンディーズ / The Best 微笑がえし』

CandiesTheBest.jpg 成績が悪かったとはいえ、音大まで卒業させてもらうと、変なプライドが出てきて、さすがに人前でアイドルを「良い!」とは言いにくいです。しかし、ブログならダイジョーブ(^-゜)v

 とはいえ、音楽に限って言えば、私はアイドル文化に相当な否定派である気もします。私の青春時代というと、だいたい80~90年代。ピンクレディー、おニャン子クラブ、田原俊彦…この歴史は、AKBなんちゃらにもつながっている気がします。言っちゃ悪いが、あまりにも(以下自粛)。百歩譲って、テレビタレントだから音楽は2の次だと考えるとしても、彼女らが可愛いかというとこれも(やっぱり自粛)。
 …要するに、プロっぽくないんですよね。歌を売るなら徹底的にうまく歌ってほしいし、顔で売るなら徹底的に美人であってほしいんです。それがなぜ中途半端かというと、音楽に関して言えば、作り手自体がアマチュアだから。ピンクレディなんて、事務所がもともと不動産屋だったと思うんですが、知って納得、だから下世話なんでしょうね。おニャン子クラブとかAKBは、作り手がコピーライター。ジャニーズは…。掘っても掘っても同じことで、要するに、狙って素人っぽいんじゃなくて、作り手自体が筋金入りの素人。日本のポピュラー音楽のこういう歴史って、いつからあったのでしょうか。じつは、別の道もあったんじゃないかと思うのです。

 昔、プロダクションではなくて、レコード会社が主導権を握っていた時代があったようです。この頃、歌謡曲というのは、レコード会社に所属するプロの作曲家が書き、歌手は音大とか、演歌系であれば民謡歌手の有名な人とか、こんなところから引っ張られた人がデビューし、売れなければ別の人がデビューし…みたいな。もちろん、レコード会社としては売れればいいのでしょうから、映画スターやらタレントやらが歌を歌う事もあった。でも、本筋はあくまで音楽のプロ。これがいつからか、タレントが歌う方がポピュラーのメインになってしまった。

 そして、キャンディーズです。このグループは、両者の中間に位置する存在だったのではないかと思います。つまり、テレビタレントと歌手という双方を両立させるに、最もいいバランスに位置するグループだったんじゃないかと。私は、キャンディーズの曲で、好きなものが4曲あります。「微笑がえし」「アン・ドゥ・トロワ」「片思いの午後」「アンティック・ドール」。最初の2曲は、シングルにもなっているので有名かと思うのですが、あとの2曲はアルバムに入っている曲なので、CDのベストとかを買うと、入っていない可能性が高いです。しかし、このベスト盤は、有名なシングル曲のほかに、アルバムに入っていたいい曲をチョイスしているのが素晴らしくて、私の好きな4曲全てが入っています。特に「アンティック・ドール」は、キャンディーズというものの魅力の背景にあったものがあらわれているのではないかと。これ、なんとランちゃんのオリジナル作詞作曲。…売り方はアイドルだし、また実力は音楽のプロまでは届かなかったにせよ、本人たちの望んでいたところ、これは立派に音楽家志望だったのではないかと。いや、音楽家志望なんて、掃いて捨てるほどいると思います。アイドルに「歌も歌いたい」というひとなんて、いくらでもいるでしょう。キャンディーズだって、きっとそこから始まったのだと思います。しかし、そこからが重要だと思うのです。誰だって最初からプロなわけではないのだから。その中で、自分で曲を書くための勉強をして、歌の勉強をして…これは、立派なプロへの道だと思います。

 しかし今、アイドルの中にそういう歌い手がどれぐらいいるでしょう。メロ譜を渡されても、自分でさらえないぐらいのレベルのアイドル歌手が大半なんじゃないでしょうか。タレント系のアイドルの歌を聞くにつけ、そう思います。まあこれは、ポピュラー業界自体がアマチュアの集団になってしまったので、それを若い子だけに「プロであってくれ!」と望むのは酷なのかもしれませんが・・・。しかるにランちゃん、詞も曲も素晴らしいんですよ。歌も、うまいかどうかは別として、声から作りこんで、ヴォーカルのトレーニングを受けている事は分かります。
 どんなに素人であっても、一生懸命勉強すれば、1曲であれば良い曲を書くことができると思っています。1曲はよく歌うことが出来ると思います。この曲、ランちゃんにとっては、自分の人生の青春時代の全てが凝縮されたような、渾身の作品なんじゃないでしょうか。ランちゃんがプロであったとは思いません。しかし、プロになる可能性があった人なんじゃないかと思います。そして今、歌謡曲の歌い手から、そのラインは途絶えてしまったように思います。

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『燃えよドラゴン オリジナル・サウンドトラック』

EntertheDragon_soundtrack.jpg ロッキーのテーマを聴いても元気合の出ないような重症の時は、QPコーワゴールドを飲み、リポビタンDの高いやつを飲み、レバーを食べ、大声で叫び、そして「燃えよドラゴン」を大音量で流す!これが元気になる特効薬です!!

 いや~、こんなに気分爽快になる音楽って、他にないんじゃないかというぐらい、燃えます。でもそれじゃ音楽の説明になっていないですね(^^;ゞ。編成は、管弦楽ウィズロックバンドという感じで、それに映画の内容を反映して、中国の楽器も混じっています。
 テーマは、ドカーンと来る管弦楽。その上をブルース・リーの「アチャーッ!!」という叫び声。その直後に中国っぽい旋律を中国の楽器が奏で、テーマを抜けるとワウの効いたファンク色の強いギター(ファンクのギターとベースって、メチャクチャ格好よくって大好きです)に、ファンキーでタイトなドラム。その前でどこかエキゾチックな旋律を弦が奏で…なんか、要求されたことをアホみたいにチャンポンしただけみたいなメチャクチャさ、しかしそれがいい!なんか、それぞれの良さばかりが引き立ってる感じです。血沸き肉躍る感触です!聴いているだけで、誰にでも勝てそうな気になってきます(単純すぎだろう)。。

 一時期働かせてもらっていた会社が、ボロボロの雑居ビルのなかにありました。ここ、お化けが出るって噂だったんです。で、深夜に残業していると、奥の部屋からかすかに「あぁ…」とか、人の声みたいなのが聞こえたりするんです(゚д゚ノ)ノ。あと、扉があいたりとか。私、お化けは全然信じていないんですが、それでも気味悪いのは確かです。で、あるとき思いついたのです。「そうだ、会社に燃えよドラゴンのCDを置いておこう」って。で、ちょっと怖くなると、「アチャーッ!!」って流してたんですね。すると効果てきめん、この音楽が流れてしまったら、恐い気分になる事の方が難しいです。。

 「燃えよドラゴン」、恐がりな方、最近元気が出ないなという方、これから出入りで士気を高めたいやくざの方などにおススメの1枚です!






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『ロッキー オリジナル・サウンドトラック』

rocky_soundtrack.jpg スーパーマンと同時期の映画音楽には、好きなものがいくつかあります。ロッキーの音楽もそのひとつ。作曲家は、ビル・コンティという人。子供の頃は、あのテーマソングがやたらと好きでした。そして、テーマソング以上に好きだったのが、映画の終盤に流れていた音楽。チャンピオンの強烈な一撃を食らい、もう逆転は不可能そうなボクシングの終盤戦。もう眼も開けられない状態で、膝にも来ていて、身の危険を案じたトレーナーに「そのまま立つな」と言われて…それでも必死に立ち上がろうとするボクサーの後ろで流れていた音楽です。あのシーン、もし音楽がなかったらあそこまで感動的なシーンになったでしょうか。音楽の力ってすごいと思います。
 小学校3年生の頃、学校の音楽の授業で、長調と短調について習ったことがありました。その説明は「長調は明るい感じ、短調は暗く悲しい感じ」というもの。そんなの説明になってないと思いました。だって、明るいと感じるかどうかは、個人差があるだろうし、説明してほしいのはそんな事じゃなくて、なぜ音の重ね方が変わると悲しい感じになるのかという事だろ、って。明るいとか暗いとかいうだけだったら、それは感想であって、それなら俺にも言えるんだよ、って思ってたんです。
 ロッキーの映画を見ていた時に、音楽のこういう不思議を強烈に感じさせられました。あの音楽が流れてきて、本当に涙が流れそうになってしまったのです(男の子だったので堪えましたが)。そのぐらいに、グッとくる音楽だったんですね。でも、今思うと、あのシーンから音楽を差し引くと弱いのと同様に、この音楽からあのシーンを差し引くとちょっと弱くなるかもしれませんね(^^;)。

 ロッキーには、他にも好きな音楽がたくさんあります。映画の舞台はフィラデルフィアです。つまり、アメリカの大都市でもないし、かといって農村地帯でも、あるいは山岳地帯でもない。ちょっと寂れた田舎町という感じです。家も集合住宅で、主人公はそこにうらぶれて住んでいる。夢も半ば折れかけている。この街角で、夜中に人々が集まってソウルフルなコーラスをして歌ってたりします。これが、なんか本当にそういう音楽文化があるように思えて、異国情緒を感じさせるというか、グッと来てしまいました。日本ではありえない光景ですから。
 さらに好きな音楽が。エレキ・ピアノという楽器があります。これはシンセサイザーではなく、エレキギターのように、実際に弾かれた弦の振動をピックアップで拾うという楽器。フェンダー社のローズなんていう楽器が有名です。で、このエレピという楽器、音がもの凄くあたたかくて、いい音のする楽器なんです。エレピの音が嫌いという人なんて、まずいないんじゃなかろうかというぐらいにいい音。で、このエレピを使った「反射神経」という曲がロッキーの中にあるんですが、これが良いのです。基本的にはメインテーマのヴァリエーションなんですが、ちょっと切なくて、しかしややファンキーで。これも、子供の頃はずうっと聴いてました。

 ロッキーの音楽は、落ち込んだときとか、「元気出さなきゃ!」という時に、今もよく聞きます。元気が出るんです!で、ロッキーの音楽でも足りないぐらいに打ちのめされているときは… それはまた次回に書きます!




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『スーパーマン オリジナル・サウンドトラック』

superman_soundtrack.jpg もうひとつ、機能和声的なクラシック・オーケストラの映画音楽で、子供の頃に好きだったものが、映画「スーパーマン」のBGMです。この中にある、ヒロインとスーパーマンがニューヨークの空を夜間飛行するシーンで流れる「スーパーマン愛のテーマ」という曲。あまりにいい曲すぎて、小学生の私はおこずかいを貯めてレコード屋に走ったのでした。「スーパーマンのレコード買ってくる」といってドーナツ盤を買ってきて、聴くのがB面ばかりだから、親も兄弟も怪訝な顔をして私を見ていました。…ああ、個人的な事ばかり書いてしまった。。ええと、「スーパーマン愛のテーマ」、美しくて、素晴らしい音楽です!!私の中では、「風と共に去りぬ」とか「エデンの東」なみに良い映画音楽だと思っています。

 ところで、肝心のスーパーマンのメインテーマって、スターウォーズとそっくりだと思いませんか(笑)。メロディも楽曲様式も和声進行も、いくらなんでも何から何まで似すぎだと思います。こういう効率優先の仕事の仕方って、アメリカの産業構造のあらわれなんでしょうか。そんなわけで、作曲家のジョン・ウイリアムズという人、あんまり好きではありません。あまりに職業音楽家過ぎるというか、クリエイティブなところは何もない。ただ、プロフェッショナルであることは確かで、アーティスティックなところは皆無だけど、きっちり仕事するという感じ。その最高傑作が、「スーパーマン愛のテーマ」ではないかと。




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『ウルトラセブン 総音楽集』

UltrasevenBGM.jpg 民族音楽を含めた色んな音楽を先に聴いてしまった私にとって、モーツアルトやベートーベンなどのクラシックの3和音は、音として退屈すぎる代物でした。だから、武満徹さんみたいな、独特の響きを持つようなクラシックに出会うまでは、クラシックが好きでなかったんだと思います。もちろん、子供にクラシックの複雑な構造を理解する事は到底不可能だったというのも大きな理由だったと思うのですが、それ以前に、音がつまらないから聴き始めようという気になれない。。音楽一家に育ったわけでもなかったので、切っ掛けもありませんでした。しかし、武満さんを知るはるか以前の幼少時、クラシック・オーケストラが非常に不思議な音を奏でるという音体験はしていたのでした。同時に、機能和声を用いたクラシックの良さも、少しは感じていました。その原体験が、テレビ番組「ウルトラセブン」のBGMです。作曲は冬木透という人で、この方はたしか音大で作曲を教えていたかと思います。

 劇音楽というのは、音楽が音楽作品の完成を目的にしてなくて、ドラマのシーンに合わせて何かの効果を狙って作るという点が、実は逆説的に音楽の根源的なところを突く事になる事があると思うのです。例えば、音それそのもので恐怖を感じさせるとか。ウルトラセブンの音楽には、これを強く感じていたのです。ドラマ自体が、侵略者が影のように人の生活の中に入ってくる、みたいなものが多かったので、認知不安をあおるようなシーンが多かったのですが、そこで流れる音楽は、子供が不安を覚えるには十分なものでした。また、宇宙空間で流れるBGMなどは、もう完全にいわゆる音楽ではなくって、無機質で、どこにも行きつく事のないサウンドだったり。
 また、クラシックの伝統的作曲技法の曲でも、感動させられたものがありました。ウルトラセブンの最終回といえば、シューマンのピアノ協奏曲ですが、これではない管弦楽の曲が、えらく劇的な音楽で、感動してしまったのです。
 クラシックや今のポピュラー音楽は、そのほとんどが機能和声という手法で書かれています。この手法の長所は、それぞれの和声が全体の中で機能するという点で、和声の移り変わるその瞬間のよじれる感じ、ここが肝なんじゃないかと思っています。感覚的には、泣く前の胸のむずがゆいような感じになるのです。でも、クラシックもポピュラーも、ここでグッと来させることが出来る曲ばかりではありません。むしろ、グッと来ない曲が大半です。オーソドックスなクラシックが好きになれるかどうかは、クラシックはつまらないと感じる前に、こうした和声のよじれる瞬間のある曲に出会えるかどうかにかかっている気がします(偏見ですね^^;)。ウルトラセブンでは、1年近く続いたドラマの最後の最後に、このよじれるような、泣きたくなるような機能和声のずれる瞬間が来るのです。それもオーケストラで。

 というわけで、私のクラシック原体験は、ウルトラセブンなんじゃないかと思っています。ここには、社会化されたクラシックが見失ってしまった音楽の根源にあるものと、機能和声を使っていた頃のクラシック音楽のエッセンシャルな部分の両方が詰まっていると思います。では、作曲家の冬木さんという人が、こういうバランスに優れた人かというと…そうでもない気がします。この後のウルトラマンのシリーズでも音楽を書いているんですが、どんどん突っ張ったところがなくなるというか、オーダーに応じた仕事をするという感じで、どうすれば良いBGMが書けるかとか、そういう視点はどんどん失われていった気がします。ウルトラセブンは、この辺りのバランスが取れた作曲家のピークだったのかもしれません。
 私が子供の頃に買ったのは『冬木透の世界 ウルトラセブン』みたいなタイトルのLP。これが、うまくまとめられた、すごくいいLPでした。それが親に捨てられ(;;)、大人になってから買い直したのが『ウルトラセブン 総音楽集』。これ、今は廃盤みたいです。音楽が3倍ぐらい入ってるんですが、同じもののミックス違いとか編集違いがやたら出てくるので、ちょっと聞きにくいです。で、今手に入るのは『ウルトラセブン ミュージックファイル』というものみたいです。


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『武満徹:ピアノ作品集 藤井一興 (piano)』

TakemitsuToru_PianoSakuhinshuu.jpg 今でこそ武満徹さんは、日本の現代音楽の代表的作曲家と思われているように思うのですが、実際はかなり異端から始まった人で、音大を首席卒業して数々の受賞歴を重ね…とかいう人では全くないです。それどころか「音楽家になるのに学校なんて関係ないだろう」といって、芸大受験を途中で放り出して映画を見に行ったパンクだそうで。アカデミックど真ん中の人ではなく、在野の音楽家として活動を始めたというわけです。カッコいいなあ。

 でもそんなことしたら、日本のクラシック業界みたいな封建的な世界で苦労するだろう事は見え見えです。専門家の集団にありがちな、世間の狭い人たちの大集団ですから。作品を発表するにしても、コンサートも自分でセッティングしなくてはならないし、コンサートをしたとしても、肩書のない作曲家のところに評論家が足を運んでくれるとも思えません。また、足を運んでくれたとしても、クリエイティブな音楽を発表しても…いや、クリエイティブであるほどに、酷評されてしまいそうです。思うんですが、音楽が好きでたまらない評論家ほど、自論にかたくななんですよね。「音楽というのはこういうものだ!」みたいな思い入れが強すぎて、その範囲に無いものが来ると、その作品の意図や理解をしようとする前に「ダメ」という結論が来ちゃうんだと思います。一生懸命勉強してきて、またそれが正しいと思い込んでいるばかりに、そうでないものが来ると「これはインチキだ」みたいな。

 案の定、武満さんが作曲家デビューをした「2つのレント」というピアノ曲は、評論家に「作曲以前」と酷評されたそうです。ところが、この「2つのレント」という曲、恐ろしく素晴らしい響きを持つ曲なんです。最初に聴いた時、私は鳥肌が立ちました。あの武満サウンドの感触が強烈。評論家さんが批判した理由もわからなくはないですが、しかしどうなんでしょうかね。仮に悪い部分があるとしても、そんなのは何を基準に考えるかという事であって、これだけのものの良い部分を全く指摘できないというのは…。自分の基準の方が間違っている可能性というものを考えないんですかね。

 そして、このCDです。武満さんのピアノ作品の有名曲はもちろん、「2つのレント」も収録されています。藤井一興さんというピアニストの演奏なんですが、ピアノや録音の状態を含め、研ぎ澄まされたサウンドなのです。いま、クラシック界というのは、有名なピアニストが有名な作曲家の作品を演奏して、リサイタルが終わったらまた次の…みたいなローテーションになってます。すべてがそうとは言いませんが、その作品が狙ったものが何かとか、その作品を演奏すると何が変わるかとか、そういうところまで突き詰める前にコンサートが行われて、終わるとまた次、みたいなものもあるのは事実。ところが、このCDは…魂を込めた演奏というか、よくぞここまでという演奏でした。なんという素晴らしさ。

 武満さんは世界的にも大有名になった作曲家なので、ピアノ作品のCDはたくさん出ています。しかし、私の場合、最後に戻ってくるのはこれなんですよね。クラシックのピアノやギターって、音が消えて行くその過程が恐ろしく美しく響く楽器だと思っています。ところが、たった1音だというのに、その音は、演奏によってぜんぜん違ったものになります。ギターはまだわかるのですが、ピアノなんて、えらくメカニカルな楽器なのに、不思議です。音大にいた頃、受賞歴がけっこうある、同級生の自信タップリな女流ピアニストの演奏を聴かされたことがあるんですが…何がダメって、音が汚いんですよ。よくぞここまで無神経でいられるなというぐらい。その後に、正直のところリサイタリストとしては無名に近い先生が、同じ曲を弾いたんですが、音が全然違う。すごく綺麗なんです。なんか、指がどれぐらい動くかとか、そういう問題ではないんですよね。この時、音楽家というのは、アスリートではなくて、表現者であるべきだと思いました。このCDで聴く事の出来るような細部に至るまで神経の行き届いたような完全な響きというのは、ジャズやポピュラーの人にはまず出せないんですよ。逆に言うと、クラシックの人に、タンゴやジャズの人のような「ズドンッ」って感じの音は出せないんですよね。同じ1音なのに、不思議です。これは、クラシック特有の、研ぎ澄まされた音の体験ができる、本当に素晴らしい演奏だと思います。このCDに出会えて、素晴らしい良い音楽体験をさせてもらったな、と、当時は思ったものでした。やっぱり、武満さんの音楽にとって、サウンドはとても大事な要素だと思います。


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『武満徹 Toru Takemitsu:サクリファイス Works for Flute and Guitar  Mikael Helasvuo (fl), Jukka Savijoki (gtr)』

takemitsu_FluteGuitar.jpg 武満さんの曲は、オーケストラと同じぐらいに、ギターの入っている曲が好きです。なんか、あの幽玄な響きに、クラシックギターのナイロン弦の温かいサウンドが、すごくマッチして聞こえるのです。

 愛聴していたのは、Mikael Helasvuo (flute) とJukka Savijoki (guitar) の『Toru Takemitsu: Works for Flute and Guitar』というアルバム。なんか知ったような口を叩いていますが、私、おそらくフィンランド人のこのプレイヤーさんをどちらも知りません(^^;)。このCDでしか聴いた事がないかも。収録されているのは、フルートの独奏曲、ギター独奏曲、フルートとギターのデュオ、そして両者にヴィヴラフォンなどが加わった室内楽、こんな感じでした。

・Sacrifice (flute, guitar, vibraphone, crotales)
・Voice (flute)
・All in Twilight (guitar)
・Ring (alto flute, guitar, lute)
・Folios (guitar)
・Itinerant (flute)
・Toward the Sea (alto flute, guitar)

 曲も演奏も実にすばらしく、そして幽玄。何といえばいいのでしょうか、燃え滾るのでなく、冷めるのでなく。具体的なんじゃなくて、でも抽象的でもなくて。ボードレールだったかヴェルレーヌだったか、誰かの詩に「恍惚に傷つき沈む」みたいな一節があったと思うんですが、なんかそんなような音の世界です。
 これを聴いていると、中学生の頃、未来にどういう大人になりたくて、どういう生き方をしたくて、こういうものが見えずに苦しんでいるころに、夏休みになって何をしたらいいか分からなくて、「部活に行く」とウソをついて町の喫茶店に行って、何時間もぼんやりと街路樹や通行人を見ていた時を思い出します。…わけわからないですね、スミマセン。でも、そういう行く先知らずでフワーッとしたような、何とも言えない時間を感じさせるのです、この音楽は。選曲が素晴らしく、サウンドも実に見事で、これに心酔して、何度も何度も聴いていました。

 しかし、チョット後日談が。後になって、福田進一さんというギタリストの弾いた『武満徹ギター作品集』というのを聴いたんですが、これが素晴らしかったのです。正直のところ、Jukka Savijoki さんの演奏は、解釈と表現の面で福田さんの演奏には到底及びません。福田さんの演奏を聴いて以降、武満さんのギター独奏曲に関しては、このCDは聴けなくなったほどです。
 というわけで、ギター独奏に関しては、福田さんのCDを断然おススメします。でも、武満さんって、ビートルズのアレンジみたいな曲を、ギターでやってるんですよ。こういう曲が殆どであるのも、福田さんのCDの特徴。だから、例の2曲しか聴けません。。アルバム全体でどうかというと…やっぱりこういう純音楽のほうがいいですよね。最初から最後まで、あの漂うような、何とも言えない時間が、流れ続けるのでした。



(2023年2月 追記)
 約10年ぶりにこのCDを聴きました。感じ方は10年前に聴いた時とおおむね同じ、なんて素晴らしいサウンドだ…。ただ、少し違った聴こえ方もしました。

 このCD、僕にとってはまあまあ早い段階で体験した武満さんの室内楽でした。それまでは管弦楽曲ばかり聴いていたんですよね。初体験の時、幽玄で独特な響きを持ったこの和音世界に、ものの見事に魅了されたんですよね。Kanneltalo というヘルシンキにあるホールの豊かでリッチな残響が響きを何倍も魅力的にしていて、何回聴いただろうかというぐらい繰り返し聴いたものでした。久々に聴いた今でも、この透明感がありつつ決して冷たくはないこの響きは、感動してしまいました。

 ただ僕は、この後に他の人が演奏した武満さんの同曲を色々と聴きあさる事になり、僕にとってのこの演奏と録音の位置づけがずいぶん変わっていきました。福田進一さんの演奏との出会いもそうですが、それ以外で感じたのは、横方向の音の繋がりの弱さでした。
 アンサンブルものの「サクリファイス」と「リング」の2曲は、若いころはよく分からなかった所も含めて、「これは僕には到底分からないようなすごい視点で作られた音楽なんだろうな」と思っていたんだと思います。でもいま聴くと、響きばかりが重視されていて、時間軸の横のつながりがすごく弱いんですよね。学生のころは武満さんへの信頼が信仰に強いぐらいだったし、そもそも作曲技法や楽式の勉強も、実際の音楽の体験もまだまだ少なすぎて、実際に何が起きているのかを分かっていなかったんだと思います。
 誤解を受けないように言うと、悪い音楽じゃないんですよ、むしろ素晴らしい和音イメージはいまだに聴くたびにゾクゾク。ただ、自分の作曲の教科書にするには構造面が…と思ってしまうという、とっても個人的な事情でそういううち漬け人あってしまった曲、みたいな。
 僕にとってのこのCD は、だんだん「Toward the Sea」専用盤になっていったのですが、その理由が今回聴いてわかった気がしました。ギター曲以外で、時間軸の繋がりが強いのがこの曲だけなんですよね。そして演奏も録音も本当に見事…。

 若いころ、「All in Twilight」や「Toward the Sea」を聴いて、こういう曲を書けるようになりたいと思い、メシアンを中心に自分の和声法を最初から作り直したのが昨日のことのようです。海外から見ると、今の日本の音楽ってお笑い種でしかないと思うし、なにより日本人であるはずの僕も、今の日本には物真似でない生きた音楽なんて無いのではないかと思えてしまいます。でも「All in Twilight」や「Toward the Sea」には、世界にはない日本的なものが見事に音になっているようで、それを生み出した創造力は本当に見事。遠くフィンランドの人が感銘を受けて、アルバム1枚作ってしまうほどですものね。いろいろな面で聴かなくなっててしまった曲も多いけど、それでも録音や演奏を含めてこのサウンドはいまだに感動しました、思い出に残っているCDです。


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『武満徹~作曲家の個展~ '84コンサート・ライヴ』

Takemitsu_Sakkyokukano.jpg クラシックの録音の紹介第1号にしたいと思っていたのは、ベートーヴェンでもバッハでもなく、武満徹という作曲家です。高校の頃、すでにポピュラーやジャズを浴びるほど聴いていたので、如何に壮大な事をやられても、ベートーヴェンやモーツアルトの3和音は、私にはサウンドとして退屈過ぎたのだと思います。きっと、クラシックをつまらないという人の多くは、私に限らず、何にもましてサウンドがつまらないと感じてしまうんじゃないでしょうか。これは今でもそうで、サウンドがつまらない事を受け入れた上で他の部分を聴く、みたいにしないと、クラシックの多くは聞くに堪えないのです。それを補って余りあるものを見つけられないと、もうダメ。しかし、武満という人のサウンドは違いました。総毛立つような、まったく体験したこともないようなサウンドだったのです。

 現代音楽というものを知ったのはもう少し前の事だったのですが、その中でも特異な、なにか計り知れないような深遠なものを感じさせられました。オーケストラが1音奏でるごとにゾッとするというか、あれだけ大量に音楽を消費してきて、今まで自分が聴いてきたものは音楽のある1部分だけだったのではないかと思わされました。以降、武満さんの録音は、お金が貯まる度に買いあさり、片っ端から聴いていきました。それで行き着いたのは、3つ。オーケストラ音楽と、ギター音楽と、ピアノ音楽。オーケストラの極めつけが、この録音だと思います。この録音は、武満さんのオーケストラ作品の代表的なものが網羅されています。有名な曲では「地平線のドーリア」とか、琵琶と尺八協奏曲風の「ノーヴェンバー・ステップス」あたりかと思いますが、それ以降の音楽が、これに輪をかけて凄いです。前者はどこかサウンドイメージ1発という感じ(しかしそのサウンドがすごい、初めて聞いた時には本当に鳥肌が立った)ですが、以降の作品になると、構造までが見事というか、よくぞここまで…と思わされるものでした。現代音楽というジャンルは、幾つかの方向性を持っているかと思うのですが、これは旋律/和声のシステム自体の変更、というラインで捉える事が可能なんじゃないかと思っています。このラインの良いところは、前の時代にあったものと切り離されたものでは無い事です。だから、前の時代が人々が作ってきた貯金をそのまま使うことが出来るので、最初から深いところから始められること。

 今も続いているのかどうか知りませんが、昔はサントリーがスポンサーになって、年に1度、日本人の現役作曲家ひとりをとりあげた「作曲家の個展」というコンサートシリーズをやっていました。この録音は、そのシリーズで武満さんが取り上げられた時のライブ録音です。まだ「オリオンとプレアデス」が初演という所に時代を感じますが、これがリアルタイムだったんです。今やろうと思ったら、スコアをもとに解釈して…ということになるんでしょうが、リアルタイムなので、作曲家と指揮者が話し合い、リハーサルで細かい変更が行われ…と、細部にわたって血肉化されたような、まるで生きているような演奏を聴くことが出来ます。
 いま、こういう新作が出てくるでしょうか。また出て来たとして、どうやればそれを探せるのでしょうか。それは難しい状況になってしまったと感じます。いま、クラシック系の雑誌を見ると、レコード会社の広告ばかり、新録といってまたベートーヴェン、期待の新人がリストを弾いて、論評は上から目線で「解釈が」とか「タッチが」とか…あれ、読んでいる人は面白いんですかね。私には業界ぐるみの3文芝居にしか見えません。そう考えると、第2次大戦後から80年代初頭というのは、音楽にとっては色々な要素がうまくかみ合った最良の時代であったのかもしれません。時代が良かったというより、作曲家にせよメディアにせよスポンサーにせよ、そういう時代が生まれるに値する努力をした人たちのいた時代であった、そんな気がします。





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『John Coltrane / Interstellar Space』

JohnColtrane_IntestellarSpace.jpg フリージャズばりばりのアルバムです。疾走感が半端ではありません。
 フリー期のジョン・コルトレーンに影響を与えたものが2つある気がします。ひとつは、ファラオ・サンダースというサックス奏者のブローしまくり、フラジオしまくり、フレーズとかそういうものではなく、圧倒する演奏そのもので音楽を押し切ってしまう人の存在。もうひとつが、音楽を、ずっと同じ場所にぐるぐるとさせるような、ちょっと呪術的な感じがするアリス・コルトレーンという人の音楽性。コルトレーン自身の音楽性を含めた、この3つの要素がどう混じり合うかで、色が変わってくるという感じなんだと思います。
 ところがこのアルバム、その2人の要素が入っていません。ラシッド・アリというドラマーとコルトレーンのデュオです。他の要素がそぎ落とされた後に残ったのは、速度です。パワーです。途絶える事のないインスピレーションです。和声的な制約もナシです。始まったらノンストップ。これを聴いたら、デスメタルもノイズミュージックも子供の遊びに聞こえてきます。
 …ところが、何度か聞いているうちに、テーマがある事に気づきました。やっぱり、こういう所がしっかりしているから、聴いているこちらが意識していない状態でも、退屈する事なく聴けるんでしょうね。ひとつ前の記事で取り上げたアルバムとは好対照なアルバムです。大好きです。




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『John Coltrane / Expression』

JohnColtrane_expression.jpg 次から次へと未発表音源が発売されるので、今はどうかわかりませんが、私がこのアルバムを買った頃は、これがジョン・コルトレーンのラスト・アルバムという事でした。
 このアルバムは、ジャズ的な側面とか、フリー的な側面とか、コルトレーンの色々な側面が映し出されていると思うのですが、何とも言えない感慨を感じるのは、2曲目に入っている"TO BE"というナンバーのフルート演奏でした。私の場合、これがこのアルバムの印象の全てとなっています。
 コルトレーンさんってアドリブとか即興演奏とかを、エモーショナルな表現として捉えて、ひたすらそれを追及してきたみたいなところがある人だと思うんですが、どんどん過激化していく彼の演奏の中で、この曲は少し別のところを見ているような印象を受けます。音数は決して少なくないのに、なんだか妙に霊的というか、神妙に感じるというか、異様な雰囲気に包まれているのです。テーマのメロディが異様な雰囲気を醸し出しているところなんかも、そう思わせる理由のひとつになっているのかもしれません。

 自分の魂を焦がして激しい演奏をしてきて、し続けてきて、そこにあったものって何だったのでしょうね。これはまったく私の勝手な想像ですが、そこに何か意味が欲しくなったのではないかと思っています。ほら、例えば、仕事をしていて、ふと「仕事して何になるんだ」とか考えてしまう事って、ありませんか?子どもだったら「学校行って何になるんだ」とか、飛躍した話をすれば「テニスやって何になるんだ」「生きていて何になるんだ」…まあ、何でもいいんですが、そういうことです。この時に、意味を見つけることが出来れば、何の問題もないんでしょうが、意味がみつからない時って、どうなるんでしょう。アグレッシブな人の中には、意味を見つけるんじゃなくって、自分で意味を作っちゃう人なんかもいるんじゃないかと思います。このアルバムには、そういう匂いを感じるんです。迷いなく突っ走り続けてきた人が、これ以上ないという所までたどり着いた時に感じてしまったもの、みたいな感じ。

 こういう感想って、コルトレーンさんの音楽を片っ端から聴きまくってたから持つ感想なんでしょうね。久しぶりに聴いたら、もっと即物的な、音楽上の感想しか出てこないから不思議です。でも、初めてこのアルバムを聴いた18歳ぐらいの頃、そういった思索的なものを確かに感じていました。コルトレーンさんのアルバムで、最初に聴くべき作品とは到底思えませんが、同時に決して聞き逃すことのできない作品でもあると思います。





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『John Coltrane / Afro Blue Impressions』

JohnColtrane_AfroBlueImpressions.jpg 前の記事で書いたコルトレーンさんのアルバムがフリージャズ寄りなものであるのに対し、こちらはジャズ期のコルトレーンさんの演奏です。といっても、今聞くと、コルトレーンの音楽は、ジャズもフリージャズもあんまり差がないんですよね。違う事をやっているわけでは全然なくって、まったく同じ土俵にある音楽。昔、そこを区別して聞いていた自分を恥ずかしく感じます。いったい、何を聴いていたのかと(>_<)。でもあえてそこを区別し、ジャズ時代のコルトレーンさんを聴くなら、その代表作としてこれを推薦したいです。1963年、ヨーロッパツアーでのライブ録音です。

 コルトレーンさんのアルバムの殆どは、最初の頃は"Atlantc"というレーベル、ある時期以降は"impulse"というレーベルが発表したもので、そのどちらでもないこのアルバムは、海賊盤的な扱いを受けている気がします。しかし、「レコード作るぞ!」というのではないライブの録音なので、ライブでバンドがやっていた音楽が的確に記録されている気がします。スタジオ盤で聞かれるような、どこか丁寧に吹きすぎているような感じはなくって、快調に飛ばしている感じです。また、気に入っている事の大きな理由のひとつに、選曲があるのかもしれません。"Afro Blue","NAIMA","SPIRITUAL","LONNIE'S LAMENT"…ジャズ期のコルトレーンの名曲がギッシリ!!これに嵌ったら、ジャズ期のコルトレーンの音楽は、全部楽しめるんじゃないかと思います!





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『John Coltrane / LIVE IN JAPAN』

JohnColtrane_LiveInJapan.jpg マイルス・デイヴィスは才能に恵まれながらも俗っぽい性格が祟って正しい道を選べない人、ビル・エヴァンスは才能がありながらもあまりにセンシティブで自分に負けてしまう人という感じなのに対し、ジョン・コルトレーンという人は、才能は彼らほどではなかったのかもしれないけど、努力し、ひとつひとつの問題に対して真剣に考えて「俺はこれが正解だと信じる!」と突き進んで、ものすごい高みに到達した人のような印象があります。マイルス・デイヴィスのバンドにいた最初の頃はたどたどしいソロだったのに、数年後には主役のマイルスを食っちゃうぐらいの演奏をしてしまいます。そんな人です。それで、自分のバンドを持つようになって、ジャズがどんどん自分の色になていって、もうジャズ・ミュージックじゃなくってコルトレーン・ミュージックになっちゃった、みたなところまで突き抜けてしまいます。その最もすごい瞬間を捉えたのが、この録音だと思っています。

 6曲演奏の合計時間が4時間。しかしそれを聴いていて、飽きることなどありません。クラプトンの3分のギターソロで退屈になってしまう私なのに(いえ、クラプトンがダメだと言っているのではないのです。クラプトンぐらい好きな人のソロでも、3分が限界、という意味です)、これはいったい何なのでしょう。それどころか、最初に聴いた時には惹きつけられてしまって、言葉では言い表せないような感動を覚えてしまい、CDが終わるとまた最初からかけ…という具合に、何日もずうっと聴き込んでしまったほどです。演奏はほとんどフリージャズ一歩手前ぐらいの所まで行っていますが、しかしそれを支える曲のテーマや和声進行が、道に迷ってしまう事を見事に防いでいるように感じます。また、そのテーマが感動的だったりします。1時間も忘我の境地を彷徨った果てに、「クレッセント」のあの1度ずつ上がっていくコード進行に辿り着いた時なんて、鳥肌モノでした。

 コルトレーンも、マイルスと同じように、その時代によって音楽性に違いがあります。しかし、コルトレーンの場合は、その変化が直線的というか、ある一点に向かって駆け上がっていく感じ。大雑把にいうと、ジャズの時期とフリージャズの時期があると思うのですが、これはちょうどその真ん中にあるような音楽になっています。コルトレーンの録音をひとつだけ聴くなら、私は間違いなくこれを選びます。音楽が好きなら、死ぬまでに1度は体験しておくべき音楽です!!





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『Bill Evans / Unknown Session』

Bill Evans Unknown Session マイルス・デイヴィス『カインド・オブ・ブルー』の中の1曲の紹介で、本当の主役はビル・エヴァンスなんじゃないか、みたいなことを書きました。どちらかというとハード目な音楽が好きだった私が、ジャズの世界の中で、そういう興奮するみたいなものよりも、もうちょっと叙情的というか、知性的なものに魅かれるきっかけとなったのが、このビル・エヴァンスというピアニストの存在だったような気がします。
 ジャズ・ピアニストの代表的存在のひとりかと思いますが、そのキャリアはクラシックど真ん中で、クラシックの勉強をしている学生の頃に、夜にジャズのライブハウスやセッションなどで演奏しているところから、ジョージ・ラッセルとか、マイルス・デイヴィスとかに目をつけられて、以降の人生をジャズ・ピアニストとして生きた人のようです。そんなわけで、音楽も勢いでどうにかしてしまおうという感じではなく、非常にセンシティブではあるんですが、それをどう具体化していくかという所に、非常に理知的である人だとおもいます。

 そんなビル・エヴァンスのCDで、一番好きなのがこの録音です。ものすごくいい音楽なのです。タイトルから想像されるようなイージーなジャム・セッションとは全然違って、ものすごく練りこまれたアレンジを聴くことが出来ます。サックスがズート・シムズという人で、ギターがジム・ホールという人。ジャズって、周りが全然見えていなくて、自分の演奏がアンサンブルを壊している事にも気づかずに「俺が俺が」と演奏しまくってご満悦、みたいなプレイヤーに出会う事も少なくないんですが、この人たちは違います。自分がどういう役割を演じれば音楽は良くなるか、こういう事を考えられる人たち。この人選も見事だったと思います。アレンジの見事さを言葉で説明するとすれば、例えば、サックスとピアノとギターが輪唱のようにテーマを引き継いでいく曲。ジャズは随分聞いたんですが、こうした形式で演奏された曲って、ちょっと他に知りません。
 そして、そのサウンドの質感です。非常にけだるく、たゆたうような世界を彷徨うのです。夜の音楽、大人の音楽という感じです。明るいとか暗いとか、あるいは赤とか青とか、そういう原色な感じではなく、すごく中間色の感じ、色々なものが絶妙にブレンドされ、その機微を味わうようなサウンドです。焼肉のうまさではなく、和食のうまさです。具体的には、音の出し方だけでなく、和音の積み重ね方が所謂ジャズとは違う感じです。

 このアルバム、ビル・エヴァンスのアルバムでは、あまりとりあげられる事がありません。こんなに素晴らしい作品なのに、信じられない。。このCDを聴かずに、ジャズピアノを通り過ぎるのは、あまりにもったいないです。室内楽としてのジャズの良さが全て詰まった大名盤だと、私は思っています。



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『Miles Davis / AT PLUGGED NICKEL, CHICAGO』

MilesDavis_Plugged.jpg ひとつ前の記事で紹介したマイルス・デイヴィスのアルバムがあまりに有名なので、マイルスの音楽といってああした質感を思い浮かべてしまう人もいるんじゃないかと思います。でもあれはスタジオで丹念に作り上げた「作品」であって、実際のライブはかなり違ったものだったんじゃないかと。ライブとなると、何度も聞かれることを想定するというより、その瞬間に燃焼する事を重要視していたんじゃないかと思います。そう思わされるライブ録音が、マイルス・デイヴィスのバンドにはいくつもあるのですが、これはその集大成だと思っています。

 子供のころ、ジャズというのはムーディーで、お酒を飲みながら聴くものぐらいの認識でした。それが、ふとしたことを切っ掛けに結構激しい音楽なんだなと思ったのですが、このライブ盤を聴いて、それどころじゃないと思い知らされました。ハードロックやヘヴィーメタルで「おおっ!激しいっ!」とか感じていた自分が馬鹿みたいに思えてくるほどでした。ドラムなんて、ロックで神様扱いされている人が子供に見えてくるほどです。トニー・ウィリアムスという人がドラムなんですが、ライドだけがリズムを軽くキープしているだけで、あとは全ておかずみたいな感じ。縦横無尽、変幻自在、もう達人としか言いようがありません。こうした傾向はドラムだけでなく、バンドの誰も彼もが、考えてから演奏するなんて暇もないほどのものすごい境地に来ている感じです。

 これは1965年の録音なんですが、この前後のマイルス・デイヴィスのライブは外れがなく、これが気に入ったら、同傾向のライブアルバムが他にも結構あります。『MILES IN TOKYO』というアルバム、私は実はこちらのアルバムの方が気に入っています。プラグド・ニッケルの方は、バンドのテンションや熟成度はやたらと高いんですが、当のマイルス本人がミストーン連発。。勝手にどんどん盛り上がるバンドの行き過ぎたテンションに、技術やコンディションが追い付いていない感じです。しかし東京の方は、その辺のバランスが実に良いです。サックス奏者も違うんですが、東京の方はサム・リヴァースというサックス奏者。プラグドニッケルでサックスを吹いているショーターが「おおっ!すげえっ!」って感じなのに対し、サム・リヴァースの演奏はアンサンブルがよく見えていたり、色々と深いです(深い他の理由はまたいつか^^)。日本のジャズ評論家さんはこのリヴァースがダメという人が結構いるんですが、本当に聴く耳がないと思います。ロック、ジャズ、クラシックの評論家さんの中で、一番クズなのはジャズの評論家さんだと、私は密かに(以下自粛)。

 評判がいいものだからか、プラグドニッケルのパフォーマンスは「完全版」、豪華ブックレットつき8枚組ウン万円みたいな感じでレコード会社が出し直しています。いくら好きだからって、同じ日に3回しぐらいやるジャズのステージを全部リリースするって…センス悪いと思います。ほとんど同じ曲を回すのだから、同曲に関してはその中からいいテイクをセレクトするというのが筋かと。というわけで、よほどこのバンドの演奏の分析をしたいとか、コレクターさんでもない限り、完全版を買う必要はないと思われます。



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『Miles Davis / Kind of Blue』

MilesDavis_KindofBlue.jpg なんか、ロックのCDの紹介ばかりが続いてしまったので、この辺りでジャズを。さんざんロックの事を語っておきながら、実はジャズの方が好きなのです(^ ^)。しかも、フリージャズ。しかし、クラシックやジャズの世界は、最初が大変でした。ものすごく興味があったくせに、いったい何から聞けばいいのか分からなかったのです。それで利用したのが、たまたま音楽雑誌の特集にあった「ジャズ最初の30枚」みたいな記事でした。その中から良さそうなものを3~4枚選んで買ったなかの1枚が、これです。

 音楽以前の話になるのですが、まず音の良さ、美しさにビックリ。「うわあ…」と、魅せられてしまいました。「ボ~~ン」と柔らかく響くウッドベースの音がこんなに良いなんて、ドラムのシンバルの音が「シャ~~~~ン」って感じでものすごくきれいで、サックスは…。それで、録音年代を見て改めてビックリ。1959年って、ビートルズのデビューより前じゃないですか。。翌日、同級生の私の音楽のお師匠さんにその話をすると「エレキの音を録音するというのがハンデだったのかもね」なんて話してくれました。なるほど~。

 そして、音楽です。音楽自体は、最初はそれほど良いとは感じなかったです、1曲を除いて。その1曲というのが「Blue in Green」という曲。言葉で形容するのは不可能な感触、しかしあえてそれを表現すれば、あまりに美しかったのです。のちに音大に入ってから、この曲は随分と分析したんですが、分析の進むたびに感嘆は深まるばかり。どう考えてもピアニストのビル・エヴァンスがアレンジしたとしか思えないのですが、すごいのはエヴァンスだけでなく、リーダーのマイルス・デイヴィスのアプローチも、サックスのジョン・コルトレーンのアプローチも見事という他はありません。スケールをパラパラ吹いているだけなんて、そんな安易なものではないのです。

 聴いていきなりショックを受けるような音楽ではない気がします。しかし、ジワジワ来ます。そしてそのジワジワは、私の場合、音楽というものを知れば知るほど深くなっていきました。




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Bach Bach

Author:Bach Bach
狭いながらも居心地のいい宿で、奥さんとペット数匹と仲良く暮らしている音楽好きです。若いころに音楽を学びましたが、成績はトホホ状態でした(*゚ー゚)

ずっとつきあってきたレコード/CDやビデオの備忘録をつけようと思い、ブログをはじめてみました。趣味で書いている程度のものですが、いい音楽、いい映画、いい本などを探している方の参考にでもなれば嬉しく思います(ノ^-^)ノ

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ロシアとウクライナがほぼ戦争状態に入りましたが、僕はソ連解体後のウクライナについて本当に無知…。これは2016年にオリバー・ストーン監督が作ったウクライナのドキュメンタリー映画。日本語字幕版が出たらぜひ観たい このブログをYoutube にアップしようか迷い中。するなら作業効率としては早いほど良いんですよね。。その時にはVOICEROIDに話してもらおうかと思ってるけど、誰の声がいいのか考え中
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