
ポピュラー音楽から音楽に親しみ始めた私は、「音楽=曲」という図式が自分の中に出来上がっていました。これって、レコード文化の影響だったのではないかと思うのです。たとえば「松田聖子のスイート・メモリーズ」といったら、もうレコードのあの演奏が全て。実際にテレビで見る生演奏も、あのレコードを如何に忠実に表現するかというところに神経を使ったものだったと思います。クラシックを聴くときもそういう傾向があって、ベートーヴェンといったらあの「ジャジャジャジャ~~ン」という形を思い起こすという感じで、音の感触じゃなくって、音の形を覚えている感じでした。しかし、このマルタ・アルゲリッチの演奏を聴いて、クラシックに対して自分が無意識のうちに作り上げていた、そういう聴き方が完全に覆されました。音楽の形という、いってみれば考えて聴く部分ではなく(そこも凄いんですが)、感じて聴く部分に圧倒されました。ジャズとかロックでは、まさにそういう部分に惹かれて聴いていたと思うのですが、クラシックって、作曲家優先、曲優先みたいな先入観があって、演奏は退屈なものだと思っていたのです。しかしこれは…クラシックのピアニストの表現というものの凄さ、これに圧倒されまくりました。クラシックといって「あの演奏は解釈が…」とか、そういう理屈っぽいもんだと思っていたし、もちろんそういう部分はあるんですが、それを上回るほどのエモーショナルな音楽だと思わされました。この演奏は、この瞬間のこの時にしかありえないものというか、生き物というか。ここにあるのは、凄まじく生々しい音楽だったのです。
アルゼンチン出身のアルゲリッチというピアニストは、若いうちにコンクール優勝などで一気にスターダムにのし上がったタイプのピアニストで、いってみればエリート街道まっしぐらの人、クラシックのピアニストの中でも大メジャーな人です。このCDはそのデビュー・リサイタルの録音という事ですが、実際にはウソみたいです(笑)。しかし、演奏はものすごい。これを演奏したのが19歳の時なのか…絶句です。曲も、ショパンやリストというクラシック・ピアノの王道のほか、ラヴェルとかプロコフィエフなんかの、別のアプローチのクラシックも取り上げていて、飽きる事がありません。しかしやはり決定打は、CDだけに入ってるリストのピアノソナタだと思います。どの世界でも、若い人が出て来た時によく「天才」なんて形容されたりしますが、これほどの天才って、ちょっとなかなか現れないんじゃないかと思います。
僕より少し前の世代だと、クラシックって、それなりに身近な音楽だったようです。ところが僕ぐらいの世代になるとあまり一般的でなくって、自分から興味を持って入っていかないと、耳にすることも難しい感じの音楽になっていました。しかし自分から入るといっても、深い世界だけあって、とっかかりが難しいんじゃないかと思うのです。僕がそうでした。で、そういう人へのおススメ方法がふたつ。ひとつは曲から入る事なんですが、それ以上のオススメが、ものすごいプレイヤーの演奏から入る事です。ピアノでいえば、アルゲリッチとかグールドから入れば、つまらないという事になる事はあんまりないんじゃないかと思います。逆に言うと、アルゲリッチやグールドでダメなら、クラシック・ピアノを聴くのに向いていないというか。で、特にアルゲリッチの演奏でおススメが、このレコードです。これは、アルゲリッチのみならず、鍵盤器楽の録音としても大名盤だと個人的に思っています。
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