
しいてジャンル分けすればフリージャズという事になるんでしょうが、ちょっとそういう言葉では言い表す事の出来ない音楽です。はじめてこのCDを手にしたのは、たしか「レコードコレクターズ」という雑誌で「極限の音」みたいな事が書いてあったからだと思います。で、レコード屋で新譜を買ったのですが、その時に知らない怪しげな人(恐らくディープなジャズファンかミュージシャンだったんじゃないかと思います)から、「すごいのを聴くね」と声をかけられた事を覚えています。
最初に聴いた時の何とも言いようのない感覚が忘れられません。身を削るような音。恐らく狭いカフェかなんかでやっているライブだと思うのですが、演奏が終わった後の拍手もパラパラ程度(お客さんは恐らく3~4人ぐらいしかいないんじゃないだろうか)、演奏の途中で店の電話が鳴って「今日はライブやってるんですよ」なんていう応接の声まで入っています。そんな中を、張りつめたようなサックスの音が響き渡ります。そして…長い沈黙。ああ、これは歌いまわしの世界なんだな、と思いました。そして、それが凄い。もう、全身全霊をかけているという感じの、振り絞り出されるような音。音楽というより、情念そのものをぶつけられているような感覚でした。サックスはさすがに得手のようで見事なんですが、他にもハーモニカのソロとギターのソロが入っています。また、ハーモニカが素晴らしい。ハーモニカの物悲しい歌いまわしは、聴いていて泣けてしまいます。ギターはさすがにデタラメすぎて、ちょっとダメでしたが…しかし、こんな表現があるとは。また、ここまで演奏に何かを託すとは。
そして、このライブの10日後に、阿部薫さんは他界なさったそうです。死ぬまでに、一度は向かい合ってみて欲しい音です。きっと、今まで感じた事のないような何かを感じられるんじゃないかと。音に自分の全てが託されたような演奏なんて、口でいうのは簡単ですが、まず聴く事など、そして演奏することなど出来ないでしょうから。
(2020.7.27 追記) 6年ぶりにまたこのCDを聴いた感想です フリー・インプロヴィゼーション系のアルト・サックス奏者の阿部薫さんのラストライブ、1978年8月28日、札幌の「街かど」という喫茶店(ジャズバー?)での録音です。僕が阿部薫さんの音楽を聴いたのはこれが初で、大学生の頃でした。フリージャズは既に体験していたものの、それでも最初に聴いた時は驚き、そして何度も聴くうちに驚きが感動に変わっていったのを覚えています。演奏は3つで、アルト・サックス、ギター、ハーモニカ、それぞれのインプロヴィゼーションが収録されていました。
はじめて聴いた時は、1分ぐらいまったく演奏せずに無音の部分があったりと、けっこう静かな演奏の印象がありました。でも、何度も聴いていると、吹くにせよ吹かないにせよコントラストがはっきりしていて、持っていく所では静かなんてものじゃない、ものすごい速度で一気に吹ききってしまいます。そして、速いとか勢いがあるとかそういうだけでなく、ものすごく歌っていました。いやあ、これは凄い…。
素晴らしいのはアルトサックスだけでなく、ギターもハーモニカも素晴らしいです。なんでこれだけ出鱈目なのによく感じるのかというと、要するに音楽がデュナーミク、スピード、変化、アゴーギク、こういうものをコントロールしての表現で出来ているからなんじゃないかと。これなら確かに、どんな楽器でもある程度イケてしまうんだろうな。それにしてもこれは素晴らしい。。
同じ78年録音でも、なんで東京の「騒」のライブの数々よりこれがぜんぜん良いんでしょうか。「騒」はレギュラーだったので、各回テーマを持って色々と変えていたけど、これは札幌遠征なので、自分が出来るベストなフォームのものをストレートにぶつけた…みたいな事情があったのかも。あ、あと、阿部薫さんの録音はテープが転写を起こしてしまっているものが多いですが、これは転写していません。音が良いんですね。リヴァーブも何もかけていなくて、ついでにハコも小さな店でのカセット録音みたいに聴こえるので、本当に丸裸という感じなんですが、逆にそれがリアルだし。
阿部薫さんの演奏って、70年はまだアマチュアっぽく、72年ごろが絶頂期で吹きまくり、そしてこの録音や「騒」のシリーズで聴ける最晩年の78年になると間がいっぱいある演奏になります。でも78年がバッドコンディションかというと、この演奏を聴く限りではものすごいです。表現ばかりにとらわれてないで、まじめに音楽の勉強をしていたら、もう少し遠くまで行けた人だったんじゃないかなあ…。久々に聴きましたがやっぱり素晴らしかった。。阿部さんは72年のライブとこれさえあればあとはいらない、僕の青春の一枚、大推薦です!!