『Lets Get Lost』

LetsGetLost.jpg ひとつ前の記事で触れた、チェット・ベイカー最晩年のドキュメンタリー・フィルムです。1988年制作なのですが、モノクロフィルム。しかし、映画用のアナログのモノクロフィルムって、全てが1枚写真みたいでメッチャクチャ綺麗ですよね。僕は、モノクロフィルムの美しさを知って以降は、カラー映画をしばらく見られなくなった事すらあります。知り合いの映画監督さんと話したときに、「本当に撮影したいのはモノクロ映画。フィルムはスコッチの***を使って、あれを使えば影の映り方が…」とか、照明や構図や影の作り方以外にも、僕のようなシロウトにはまったく分からないすごく深い部分もあるようでした。そしてこの映画…映像が、とにかく素晴らしい!!そして、内容も素晴らしすぎます。

 僕は、役者さんが歴史上の誰かを演じるタイプの映画があまり好きではありません。なんか、「演出」クサくなって、見るに堪えなくなってしまう。例えば歴史的にすごい野球選手を取り上げても、そのさまになっていない投げ方を見るだけで何かのコメディにしか思えなくなっちゃう。ミュージシャンでも、役者が「懸命にサックスを吹いて名演奏をしている」というお芝居を見ているだけで、その行為自体が既に「演出」であるだけに、そんな猿まねを人前でやって恥ずかしくないんだろうか…な~んて、心配になっちゃうほど(^^)。音楽そのものじゃなくって、「こういう生き方ってカッコいいでしょう」みたいな用意された美観を押し売られるのって、気持ちワルイ…。しかし、ホンモノのドキュメンタリーとなると、話は別です。これは、ホンモノのチェット・ベイカーのドキュメンタリー。生の演奏、私生活、レコーディング、本人から語られる人生観…こういったものが訥々と、美しすぎるモノクロフィルムの中に収められていきます。ミュージシャンの美しい所も、だらしのない所も、弱い所も、全部そのまま撮影されていきます。そして…映画は、被写体であったはずのチェット・ベイカーの突然の死で、唐突に終わります。彼の転落死は、自死なのか事故死なのか…レコーディングが終わった直後の死というのは、意識しての自死だったのかも知れませんね。

 ある視点からある人を美化して描いた映画ドラマとは違い、良いも悪いもすべてが映し出されているところが、とにかく素晴らしい。そしてその中からチェット・ベイカーさんの人生観や美観が浮き出してきます。僕は、「ああ、チェットさんの晩年の音楽にずっと漂っているあの詩情は、彼の人生観そのものなんだな」と思ってしまいました。若い女の子何人もと一緒にオープンカーに乗りながら、しかしどこかで遠い目をするその仕草とか、本当に一瞬だけ見えるそういう所に、ジャズマンという現代の吟遊詩人のような生き方を生涯続けた人の実像が記録された、素晴らしいドキュメンタリー映画と思います。

 そうそう、僕はこの映画、レーザーディスクで持っていたので、字幕入りで何度も見たのですが、DVDやBlueRayでは日本語字幕入りは出てないみたいですね。レーザーディスクって、「ウィ~ン」って音がうるさいし、途中で裏っかえさなくちゃいけなかったりで(この映画を1本続けてみる事が出来ない!)、若干不便。これをDVD化しないなんて、何かが間違ってる。これは出すべきでしょう!!


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『Chet Baker / Let's Get Lost』

ChetBaker_LetsGetLost.jpg チェット・ベイカー最晩年のスタジオ録音作品で、同名の映画のサウンド・トラックでもあります。先におススメしておきたいのは、この映画というのが、チェット・ベイカーを追ったドキュメンタリー映画の方で、これが素晴らしすぎる!映画については、いずれまた書かせていただくとして、今回はこのアルバムの話しを。

 耽美的なほの暗い美しさとでも言うべきか、徹底して貫かれているこの美学が素晴らしい!それがこのアルバムだけでなく、ジャズマンとしての活動を通して貫かれているところが、チェット・ベイカーさんは素晴らしいと僕は感じます。それは、このアルバムでいうと、選曲の素晴らしさと、その選ばれた曲をどのように仕上げるかというその選択、この2点にかなりはっきり表れているんじゃないかと。"moon and sand"なんて、他にも演奏はいっぱいあるというのに、このレコードが出て以降は、これがこの曲の代表的演奏となってしまったんじゃないでしょうか。また、ハードなアドリブ方面のジャズばかり聴いていた僕は、このアルバムで「ああ、いい曲だな…」と初めて知ったスタンダード曲が結構あります。"Imagination"とか"daydream"とか。また、ロックンロール系のミュージシャン(?実はよく知らない^^;)のエルヴィス・コステロの"almost blue"なんて、原曲を聴いても全然良いと思わなかったのに、このアルバムでのそれは「うわあ、すばらしすぎる…」となってしまった。アレンジや表現を含め、音楽の成立のさせ方が素晴らしすぎるんでしょうね。もう、音楽自体は満点のアルバムです!!音楽自体は、ね…

 しかしこのCD、あるひとつの理由で名盤になり損ねたんじゃないかと。僕的には、聴くたびに「音が悪い」という所が気になって仕方がないのです。ここでいう「音が悪い」というのは、オーディオ的にノイズが多いとかマイクの質が低いとかという事ではなくって、なんというのかなあ…録音のコンセプトが悪いというか、あるいはもっと単純にミキサーにセンスがないという感じなんでしょうか。どちらにしても、ミュージシャンでない所の問題な気がします。例えば、ベースの音。フレットレスなベース音ではあるのですが、生音は一切録音せずにアンプから出た音だけをマイクで取っているのか(あるいは本当にサイレントベースを弾いている?)、エレクトリック・アップライト・ベースみたいな音。これが、ベースの表現力を相当に奪ってるように聴こえます。それでもエレクトリックアップライトならそれはそれでカッコいいサウンドメイクなんて幾らでも出来そうな気がするんですが、強く弾いても弱く弾いても、全部同じ音の大きさ。どうやって奏いても全部同じ音色。うわあ…。。さらに、ベースなのに低音が全部削られているので、せっかくシックな曲で落ち着いた雰囲気のアルバムになっているのに、全体がスッカスカになっちゃってます。似たようなことがピアノにも言えて…ピアノの音が針金みたいに細いです(T-T)。。何を血迷ったか、ピアノの箱鳴り部分はぜんぜん録音されておらず、その上で(たぶん)イコライザーで強引にハイをあげているもので、「シャー」っていう音がずっと鳴ってるし…。ポップスのピアノ弾き語りなんかで、ハイ上がりな音を意図的に作ってピアノの音を台無しにすることが良くありますが、「ハイ上がりなサウンドメイク」&「必要な低音部のカット」って、ロックバンドを始めたばかりの子供のギタリストみたいな初心者がやってしまうミスだと思うんです。というわけで、音が残念(=_=)。でも、ヴォーカルとトランペットはいい音で録音されているというのが、また不思議。

 これだけ音に対して不快感を覚えながらも、今でもたまに引っ張り出して聴くという事は、それだけ音楽そのものに魅力があるんでしょうね。チェット・ベイカー最後のスタジオ録音盤、内容が素晴らしいだけに、是非ともちゃんとしたエンジニアがリミックス(リマスターじゃ絶対無理!)して再発してほしいなあ。


『Chet Baker / Touch of Your Lips』

ChetBaker_Touch OfYourLips ジャズのトランぺッター&ヴォーカリストである、チェット・ベイカーの作品です。僕はこの人が大好きなのですが、その中でも一番好きなのがこのアルバムなのです(o^―^o)。

 チェット・ベイカーというのはアメリカ西海岸のミュージシャンで、1950年代には既にリーダーアルバムも残してます。実力は相当なものだったようで、ジャズの大巨人であるチャーリー・パーカーがマイルス・デイヴィスに「チェット・ベイカーはすごいぞ、気をつけろ」みたいな話をした、な~んていう逸話が残っているほど。しかもハンサムでモテモテ、ところが女や麻薬にだらしのない性格が仇となり、マフィアにぶん殴られて歯を折り、トランペットがまともに吹けなくなってしまったそうな。要するに、ペットをパラパラ~って華麗に演奏したくても、息が漏れてしまう。というわけで、友人のトランぺッター曰く、「チェットの評価は歯が折れる以前と以降では全く違ったものにせざるを得ない」んだそうで。そしてこのアルバム、その「歯が折れた後」のレコードなのですが…いやあ、ため息が出ちゃうほどに素晴らしい演奏です。僕は、そういう技術的な事よりも、音楽のすごく大事な所を見事に捉えた、齢をとってからのチェットさんの方が断然好みなのです。。

 齢をとってからのチェット・ベイカーさんというのは、自分のカラーがはっきりしていて、感傷的なしっとりとした音楽を演奏します。これが、単に「やたらとしっとりと演奏する」というムード的な方面だけではなくて、フレーズをものすごく綺麗に組み立てる。アドリブになると、ここぞとばかりに「演奏技術」的なものをガンガンぶつけるとか、逆にムードやニュアンスばかりでフレージングなんて全然ないというジャズマンは結構いるんですが、チェット・ベイカーという人はすごく曲それぞれの良さを活かして音楽を仕上げるんですよね。これがため息が出るほどに素晴らしい。1曲目"I waited for you"のフレージングなんて、到底アドリブとは信じがたいほどの見事な組み立て。他にも、 "Touch of Your Lips", "Autumn in New York"などなど、選曲のセンスも素晴らしすぎます。そして…このアルバム、トランペット&ヴォーカル、ギター、ウッドベースのトリオなんですが、このドラムレスのサウンドが素晴らしすぎる。特に重要なのはダグ・レイニーさんというギタリストで、これが和声とメロディを実に巧みに操り、しかもジャズギター特有のソフトであったかい音で音楽全体を支配します。僕はジャズギターというのは、リーダー作となるとつまらないものが多いけど、バッキングとなるとジャズギター以外では得られないような温かい音楽となるものが結構あったりする、と思ってるのですが、これはまさにその例。なんか、ロッジで夜に暖炉で温まりながらホットミルクを飲んでいるような快感…。名前からすると、名ギタリストのジミー・レイニーの息子さんなのかな?

 個人的には超がつくほどの大名盤だと思っているのですが、あまり取り上げられないのが残念。若い頃のチェットさんしか聴いた事のない人は、この老練してからの音楽家の辿り着いた世界をぜひ一度味わってほしいと思ってしまいます。大推薦!!



『Bill Evans Trio / CONSECRATION -the last-』

BillEvans_Consecration.jpg 抒情的なジャズ・ピアノの切り札であるビル・エヴァンスの、最後の演奏、という2枚組CDです。ティファニー、マイ・フーリッシュ・ハート、マイ・ロマンス…演奏のセットリストには、ビル・エヴァンスが好きな人なら皆知っているんじゃないかというぐらいに、彼の18番のレパートリーがずらっと並んでます。

 ビル・エヴァンスが大好きで、奏法の研究をした事もあるのですが、そんなビル・エヴァンス好きの僕としては、このCDは「ビル・エヴァンスらしからぬ演奏」という感じがします。このCDの解説には、「(病気がひどくて)テクニックの80パーセントはもうどこかに行ってしまったが、プロ意識でどうにかつないでいる」とか書いてあるのですが、実際には正反対というか、ここまでテクニック志向のビル・エヴァンスの演奏は珍しいんじゃないかというぐらいに弾きまくっています。ビル・エヴァンスさんは、かなり曲を大切にする人で、アドリブパートに入っても、綺麗なメロディラインや和声進行を作っていく人で、すごく音を選ぶ。テクニック披露型で弾けるだけ音を詰め込むというタイプのジャズマンではないのです。ある意味、ジャズっぽくないというか…。それが、この演奏と来たら、ほとんど弾きまくりといっていいぐらいの状態。あのリリカルでセンチメンタルなビル・エヴァンスの音楽に浸りたいという場合、これがいい事かどうかは分かりませんが、ピアノのジャズ・アドリブ演奏を勉強したい時に、これぐらい参考になるCDも中々ないのではないかと思います。あ、そうそう、とはいえ、マイナー調の曲は1曲も入っておらず、全部メジャー調なので、教科書として買う人はそこに気をつけた方がいいかも。

 そして、僕はこのCDを買った時に、ひとつの苦い思い出が。CD発売時の触れ込みとしては、「ビル・エヴァンス最後の録音」みたいな感じでしたが、この表現がちょっとクセモノだったのです。サンフランシスコのキートン・コーナーというクラブでの演奏らしいんですが、その日付けが「1980年8/31~9/7」となっているのです。8daysだったのかな?で、ビル・エヴァンスはこのクラブへの出演の最中に入院となり、そしてそのまま他界(´;ω;`)。で、この「キートン・コーナーでのラスト演奏」というCD1枚物が出てたんですよね。で、僕はそれをレンタルCDで借りて聴いていて、その中の何かの曲(マイ・フーリッシュ・ハートだったかな?覚えてないや…)にえらく感銘を受けたのです。それが素晴らしい演奏だった、という感触だけは覚えていた。で、ある日中古盤屋でこの2枚組を見つけ、「おお!1枚ものじゃなくって2枚組のがあるのか!じゃ、これがフルステージ収録の完全版なんだな」と思い、買ってきたら…どう考えても違う演奏(>_<)。…う~ん、この8日間のパフォーマンスからの抜粋盤で、同じ曲でも違う日のものだったんでしょうね。結局、あの素晴らしい演奏は記憶の中にしか残っていないのですが…おおお~、アマゾンを見てみたら、フル収録の8枚組というのが出ているのか?!いやあ、買いたいけど、その1曲の為に8枚組購入は、今の僕の経済状況では無理…。でも、あの名演、もう一度聴いてみたいなあ。。


『GURU GRU / UFO』

GuruGuru_UFO.jpg 同じく、ドロドロのサイケデリック/ドラッグ感覚あふれるジャーマン・プログレッシブ・ロックの名盤を。グルグルのファーストアルバムです!ドロッドロのヤバい感じでいえば、アシュラ以上かも知れない奇跡の1枚です!

 ワウがグニャグニャしまくり、アンプでブーストしまくり、そしてテンポもスケールも外しまくってうねるグッチャグチャのギターがカッコ良すぎます!しかし、音楽そのものはどう聴いてもただのジャム・セッション。それなのに何でこんなにカッコ良く出来るのか。例えば、ブルースロックやジャズのジャムと何が違うのかというと…恐らく、キーは決めているかもしれませんが、構成どころか、コード進行すら決めていないんじゃないかと。その中で暴れまくるものだから、かなりフリーキー。ベーシックなリズムやノートはドラムやベースが既にキープしているので、ギターはアウトすればするだけカッコよくなる…という仕組みではないかと(^^)。
 しかしジャムだけでは、音楽はどこにも行きつく事なく、いずれは飽きてしまうハズ。アシュラの場合はそれを大まかな劇的進行の枠組みを作る事で見事にデザインしていましたが、グルグルの場合は…編集で処理してしまいます(^^;)。やっぱり、「ただやっているだけ」でカッコよくなるなんていう事は絶対に起きない、という訳ですね(^^)。もうこれはレコード音楽という感じ。グニャグニャでヤバさ満点のジャムセッションがカオスに達した瞬間、いきなり編集でオンビートのリズムにカットインする瞬間…うおお、これはカッコいいです!!ハードサイケ、ジャーマン・プログレ、どちらのラインから言っても文句なしの大名盤かと!!

 しかし…GURU GURU で面白いのは、僕にとってはこのファーストだけでした(^^;)。セカンド以降は、凶暴さが薄れて「変な音楽」をやっているだけの変わったバンドというだけにしか思えませんでした。ロックって、ファーストアルバムしか良いものを作れないバンドが結構ありますが、それはアイデア一発の場合、作曲や演奏の方法論や技術を持っていないものだから、いいものを作り続ける事が出来なくなっちゃうんでしょうね。でもグルグルの場合、1枚でもこれだけのものを作れたのだから、それだけでもう十分なのかも。凶暴なサイケデリックをお探しの方に、大推薦です!!


『Manuel Gottsching, Ash Ra Tempel / The Private Tapes vol.6』

manuelGottschingPrivate6.jpg アシュ・ラ・テンペルでのクラウス・シュルツのドラムのプレイを聴く事が出来るものをずっと気にかけていた僕が、中古盤屋でみつけたのがこのCD。アシュラというより、その中心人物であったギター/シンセサイザーのマニュエル・ゲッチングさんの未発表作品集なんだと思います。全部で第何集まででているのか分かりませんが、僕が聴いた事があるのはアシュラ・テンペルでシュルツさんがドラムを叩いているパフォーマンスの入っている2,3,6のみ、完全に狙い撃ちです( ̄ー ̄)。
 で、この第6集は、1978~9年のアシュラが3曲、そして例のシュルツ在籍時の1971年Ash Ra Tempel のパフォーマンスが1曲という構成で、アシュラ好きとしてはこの第6集が一番のねらい目かと。で、ですね、Ash Ra Tempelは1曲だけなのか…と思いきや、それが54分を超えるパフォーマンス!!もう、この1曲だけでアルバムになっていても全然不思議じゃない。で、曲のモチーフと構造はですね…あのファーストの1曲目と同じです。しかも、もしかしたらこちらの方がパフォーマンスの出来はいいんじゃないかというほどの素晴らしさ、ヤバさと白熱度が桁違いの、ものすごいパフォーマンスです!!トランス状態かというぐらいの爆音インプロヴィゼーションになってからは音が潰れまくっているのですが、むしろそれがカッコいい(^^)。レコードだと54分のパフォーマンスをノンストップで収録する事は不可能ですからね、これはCD時代になったからこそ実現した発掘リリースと言えるかも。
 他には、オルガン(消え去る事のない和音がドローン)のような使い方をされているシンセの上をギターが漂う、アシュラ時代の78年のパフォーマンス(これも11分と決して短くはない)がかなり良かったです。2~3曲目は一変してショボショボで、楽器歴1年みたいな人がペンタトニックだけでジャムしました、みたいなグダグダな音楽(^^;)、これはつまらなかったですが、まあほかの2曲で65分を超える素晴らしい音楽を聴かせてくれたのだから、充分元は取れたという感じ(^^)。基本的に、ゲッチングさんという人は、楽器はうまくないし、素晴らしいコンポジションが出来るような音楽理論や作曲技法などを身につけている人でもないと思います。では、それでもなぜこんなに素晴らしい音楽を幾つも作る事が出来るのかというと…

 おそらく、サウンドの強さに対する意識の高さと、楽曲の構成力、このふたつが突出しているんじゃないかと。テンペルのパフォーマンスで使われているコードはふたつ、スケールもほとんどひとつと言って問題ない。しかし、そのつながりと響きが独特のニュアンスを持っているので、既知観に襲われることが全くなく、こと音を聴いて感じる感覚面だけで一手も飽きないのです。同じ事はアシュラにも言えて、「オルガンのような」といったシンセでは、ほんの少しだけプリセットから音に工夫が加えられていて、単なる4和音を鳴らされても、それが常に変化していて、且つ「美しく物悲しい」という短調の海を漂わせるものだから、もうそれだけで10分近く通されても飽きない。同じようなオルガン系のシンセを使っても、よくポピュラーの後ろでなっているアレなんかは、2小節続いただけで飽きてしまうので、サウンドに対する配慮の違いがこの差を生み出しているとしか思えません。
 そして、楽曲の構成力。ジャズにせよポピュラーにせよロックにせよ、およそこの100年ぐらいの英米ポピュラー系統の音楽は、12小節とか32小節とかで一周し、こういったコーラスを何周もさせる事で成立させる構造を持っています。で、これが単純にならないよう、1周目はうた、2周目は少し盛り上げ、楽器の演奏だけの場所を作り…みたいにして変化を与えて飽きないようにするのですが、やっぱりどこまで行ってもコーラスのリフレインである部分は変わりません。しかしアシュラは、直線的に音楽がドラマチックに進んでいきます。インドの芸術音楽とか、西洋のクラシックとか、高度に成長した音楽と同じ構成感覚なんですよね。これが素晴らしい。ジャーマン・プログレのドロドロのヤバさを持ったバンドは他にもあるし、またこうした「脱コーラス形式」的なバンドも他にも(多くは無いけど)ありますが、この両方を成立させているとなると、やっぱりジャーマン・プログレの中でも際立った存在であるように思います。アシュ・ラのファーストに感激し、しかしシュルツ-ゲッチングのテンペルのパフォーマンスが他にないとお嘆きの方に、ぜひとも推薦したい一枚です!


『ASH RA TEMPEL / JOIN INN』

AshRa_JoinInn.jpg クラウス・シュルツ怒涛のドラミングが冴えわたったジャーマン・プログレ屈指の名作のアシュラのファーストですが、しかしシュルツさんはファースト制作後にアシュラを脱退したようで、2作目には既にクレジットなし(T-T)。で、アシュラはどういう音楽になったかというと、あのハードすぎるサイケみたいな作風とは全然違った、当時新しかったであろうシンセのフワーッとした音とギターのディレイあたりをメインにした瞑想音楽みたいなものを作り始めました(^^;)。こういう「シンセによる瞑想音楽」というのも、実はジャーマン・プログレのもう一方の側面という感じなのですが、これはこれで妙に聴き入ってしまう…のですが、キンタロー飴といえばキンタロー飴なので、僕はファースト以降のアシュラのアルバムをみんな手放してしまった…このレコードを除いては。というのは、ゲスト扱いではありますが、この作品でシュルツさんが帰ってきているのです(^^)。。

 アシュラの4作目になるこのアルバムはA面1曲、B面1曲という構成で、A面がファーストの記事で書いたような音楽、B面がその「シンセ&エフェクティブなギターによる瞑想音楽」という構成。つまり、アシュラの2面性が1枚のアルバムでどちらも楽しめるという美味しいアルバムであるわけです(^^)。
 当然僕は1曲目のシュルツのプレイ目当てにこのアルバムを売らずに取っておいている…かと思いきや、まったく逆。1曲目の、例のドロドロ系サイケデリックなセッションもやはりヤバい感じが残っていていいのですが、ファーストに比べたらちょっと物足りない感じだし、持ち上げて「いい!」というものでもない気がするのです。そうではなくて、2曲目です。シンセとやたらと深くりヴァーブをかけたギターによる、ほとんどツーコード(短調を主張に、半音進行の往復横跳び!)のリピート状態である2曲目が素晴らしい。これ、ほとんど教会音楽だろう…というような感じで、聴いていて宗教的な感動のようなものを覚えてしまいます(危ないなあ、僕も^^;)。アシュラはファーストアルバムのイントロ部分で、まったく同じ和声進行を使っていますが、そこだけを24分間もぶっ通してひとつの瞑想音楽を作ってしまったような感じです。で、音楽の合間合間に、子供のような女性の声で、ポツリポツリと何か祈りのようなセリフが囁かれる。12分にも渡って鳴り響いていた木霊のような音のギターが抜け、シンセによるミサ曲のようなシンプルなマイナーの3和音だけが残された瞬間などは、ちょっとゾクッと来てしまう。もし仮に僕が新興宗教を立ち上げるとしたら、瞑想室にはこの音楽を流しておくだろうな。きっと何人かは強烈な宗教体験に見舞われるはず( ̄ー ̄)。

 う~ん、これもアシュラ、音によるドラッグ体験に限りなく近い所に存在するジャーマン・プログレの本質をあらわした1枚と思います。


『Ash RaTempel』

AshRaTempel.jpg ハマってしまったら病みつき必至、暗黒のドラッグ世界・ジャーマン・プログレッシブ・ロックの最高傑作です!!(あ、あくまで私的見解です^^;)。バンド名は「アシュラ」、これは直訳すれば「阿修羅寺」、という事になるのかな、国粋主義の分裂ドイツ時代にしてこのバンド名、カッコよすぎる…。イエスやキャメルや「other side of the moon」以降のピンクフロイドあたりの「プログレ」的なイメージは全く通用せず、むしろサイケデリックに近い世界。「これでドラッグやってないと言われても誰も信じないだろうな。しかも植物系じゃなくって鉱物系に手を出してるに決まってるわ^^;」というようなドロドロにダークなインプロヴィゼーションが延々と続きます。アモン・デュール、エンブリオ、グルグル、そしてこのアシュラなど、ジャーマン・プログレに通底するのはここなんじゃないかと思います。

 全2曲、どちらも20分近く続くインプロヴィゼーション…とはいえ、実際にノープランでこの音楽を成立させることが出来ると思ってはいけないと思います。導入部、全体を支配する事になる基本的なモード・スケール、音楽のクライマックスで暴発するパフォーマンス…うまく行くかどうかはやってみないと分からない、というようなタイプの即興ではなく、これはうまく行って当たり前だ、というぐらいに要所は予め押さえてから音楽に入って行っていると思います。冒頭のオーケストレーション・パート(メロトロンのストリングス?)、オルタード7th(いや、もっとストレートにディミニッシュなのかも)系の不穏な旋法、本編に入って一気に加速していくトリオ・インプロヴィゼーション。怪しげでありながら苛烈な演奏。いやあ、これはカッコ良すぎるだろう…。要所は完全にデザインしてありながら、しかしインプロヴィゼーションに突入すると没我の境地かというぐらいまで苛烈に狂っていく。で、この狂い方が、サイケ的なデタラメじゃなくって実に素晴らしい演奏、特にドラムの素晴らしさは言葉では伝えがたいほどにスゴい。。デザインなしの垂れ流しインプロヴィゼーションというのなら、良し悪しは兎も角として誰だってできると思うんですよね。音楽をデザインするなんていうのも、良し悪しは別として大体みんなやる。しかし、これだけの演奏上での暴発を許容しておきながら音楽の見事なデザインを活かし切るというのは、本当に少ない。まず、これだけの演奏を出来るプレイヤーという時点で、演奏できる人は限られてくるでしょうから…。こういう感じの音楽としては、日本の即興グループのEXIAS-Jというグループのエレクトリックでのインプロヴィゼーションが凄まじすぎて感動した事がありますが、それよりも40年も前にこれほどの音楽を演奏するグループがいたとは。う~ん、ジャーマン・プログレ、やっぱりすごいです。。

 で、このバンドにはキーマンがふたり。ひとりはマニュエル・ゲッチングというギター/エレクトロニクス担当。うまいとは思わないのですが、しかしヤバすぎるセンスがカッコ良すぎる。もうひとりはクラウス・シュルツ。これはジャーマン・プログレどころか、シンセサイザー・ミュージックの大家として知られていると思うのですが、ここではなんとドラムを叩いています。そして、このドラムのプレイが凄まじい!!これでぶっ飛ばない人なんていないだろう、というぐらいに凄いドラミングを聴く事が出来ます。僕は、このゲッチングのドロドロギター&シュルツの苛烈なドラム&アシュラ全体の怪しいムード…というのに一度ハマってしまうと抜け出せなくなったわけですが、しかしバンドは途中からシンセの瞑想音楽みたいな方向に舵を切ってしまい、この超絶インプロ路線は短命に終わってしまいます。でもこれはなんとなく分かるというか、この方針だとインド音楽的になるというか、すごいんだけどバリエーションを生み出すのは難しくって、LPみたいな形で新作をどんどん作る、みたいなことが出来ないんでしょうね。

 個人的には、ロックはもとより、ジャズ愛好家の方にも、またクラシック愛好家の方にもぜひとも聴いていただきたいと思う必殺の一枚です!


『河島英五 / 未発表録音集』

KawasimaEigo_Mihappyou.jpg 前の中島みゆきさんの記事で、「日本語と洋楽のシラブルが食い違ちゃってて、うまく行ってないんじゃないか?」みたいなことを書きました。英米ポピュラーの丸コピーと化し、1字1音のスタイルが定着した今では気にもしない事かもしれませんが、しかし洋ポピュラーが日本のポピュラーに食い込んできた時代は、これが大変な課題だったんじゃないかと。きっと当時の人は、それぞれの方法で対処したんじゃないかと思いますが、中島みゆきさんみたいなフォーク系だと、「四畳半フォーク」なんて言われる音楽は、この問題をかなりうまく克服したんじゃないかと思います。で、その中でもかなり好きな人が、「酒と泪と男と女」で有名な、河島英五さんです。

 有名な「酒と泪と男と女」でいえば、例えば冒頭の一節は、日本語の言葉一音が16分音符で綺麗に割り振られています。4分音符ごとに分割して書くと…「--わす/れて-し/まいたい/--こと/や---」みたいな感じ。これでまったく問題ないというか、16分音符を一音に振ると、日本語は洋楽のようなメロディ構造にはめ込んでも待たずに済むんですよね。これを8分音符にしちゃうと、音楽が進行しても言葉の進みが遅くって待ってられなくなってしまって、そうなると「物語」を語るのは不可能で、「詩」的な言語表現にしないといけなくなっちゃう。こうやって結論だけを言語化するとえらく単純に聴こえますが、しかしここに辿り着くまでに、色んな人の色んな努力があったんじゃないかと思います。これって、日本の詩吟や小唄・端唄の伝統の逆を行くわけですからね、けっこうなコロンブスの卵だったんじゃないかと。
 さらに河島さんは、もっと音楽的な「歌い方」で深く踏み込みます。これを16分音符で綺麗に歌うのではなく、言葉のシラブルのほうを優先して歌い上げています。「わすれてしまいたい~ことや~」という風に歌うわけですが…いやあ、こうなると言葉としての説得力が凄い!ポップスで、メロディは死ぬほど覚えているのに、歌詞はラララでしか歌えない曲って結構あると思うんですが、それって「詞を言葉として捉えていなくて、自分の中に全然入ってきていない」証拠だと思うんですよね。しかしこの河島さんみたいな歌い方をされれば、詞が入ってこないという事はあり得ないんじゃないかと思うのです。もう、音楽とかメロディよりも先に、言葉として聴く側は捉えに行くと思うのです。これが本当に素晴らしい。

 これって、詞が大事だからそうするのだと思うのですが、河島さんの書く詩というのは、本当に日常のさりげない会話のような、カッコつけていない等身大の言葉が並びます。いやあ、これが素晴らしい。「今日は風がひゅうひゅうと、ちょっと寒い日だったな/帰るとこたつがちょこんと/もうそんな季節なんだな…」みたいな感じ。で、こういう言葉に入っている「こたつがある日常」とかが、本当にいい世界観だな、と思います。

 そしてこのCD、ライブでの弾き語り音源が並んでいます。スタジオ録音で、取ってつけたようなバンドアレンジがされたものよりも、絶対にこっちの方がいい。途中にたくさん入っているMCも、人と等身大で接して会話しているみたいで、実に楽しい、素晴らしい!僕は河島さんの現役時代というのをリアルタイムでは体験していないもので、思い入れのようなものは無いんですが、しかし「大学生が四畳半の部屋で、友達と語ったり彼女と過ごしたり、バイトしたり勉強したり、悩んだり喜んだりしてる」というような風景を、ある種の憧れと共に聴いてしまいます。未発表楽曲なんかも目白押しみたいなので、往年のファンの方にとっても素晴らしいCDではないでしょうか。これは超おススメです!


『中島みゆき / The Best』

NakajimaMiyuki_Best.jpg で、中学生ぐらいになってから、はじめて自分で買った中島みゆきさんのアルバムが、これ。ベスト盤で、当時の中島みゆきさんのシングルを片っ端から収録したという感じの作りだったんじゃないかと思います。当時はCDが出始めで、LPからCDへの過渡期。音楽好きの友人仲間の間でも、CDプレイヤーを持っていない人の方がまだ多いぐらいの頃でした。僕もようやくCDプレイヤーを手に入れた段階で(単独のCDプレイヤーを買って、ラジカセのラインインにつないで聴いていた!!)、そんなわけで僕が最初期にかったCDの1枚、という思い出もあります。しかし…

 中島みゆきさんの詞の世界観がどうにも合いませんでした。失恋とか憂鬱とか女心とか…なんというか、文学女子タイプの人ための歌なのかも知れません。これに関しては、すでに買っていた中島みゆきさんの歌詞集で、なんとなく分かっていたハズなのですが…。この点に関しては、中島みゆきさんがどうとかいうよりも、それを受け取る僕側の嗜好の問題が大きいんでしょうね。僕は、日本の一部の純粋詩や文学というのも馴染めないことが多くて、あおの「じめじめ」を良しとするセンス自体が好きじゃない。しかし日本のジットリ系の現代詩や感傷系フォークミュージックというのは、それでひとつのジャンルを形成するぐらいにものすごくたくさんの人から支持されているみたいなので…やっぱりこれは嗜好の問題なんでしょうね。
 それでもなぜ中島みゆきさんのCDを買ったのかというと、やっぱり「悪女」が素晴らしすぎて、詞ではなく音楽に期待していた。で、その音楽はというと…いやあ、これもダメだった。少ない小遣いの中から、かなり「聞いてみたいリスト」の上位にあった音楽なので、当時は「どうやって聴けばこれを良く思えるだろうか」と努力したほどなのですが(^^;)…。今考えるに、一番の悪因は、カレッジフォークみたいな音楽を無理やりポピュラー編成にアレンジするものだから、すごく「取ってつけた感」があったんじゃないかと。実際、今聴いても、そこが最初に耳についてしまう。これならいっそのことフォークギターだけか、せいぜいウッドベースとヴァイオリンの追加ぐらいに留めれば、作品の比重を「言葉」に大きく片寄せる事が出来て、よほどカッコ良く出来たんじゃなかろうか。しかしアレンジャーさんの苦労も少しは分かる。少なくともこのベスト盤が発表された辺りまでの中島さんの作品って、やっぱり詞が先行に聴こえます。音楽は後付けで、いわんやアレンジなんて…。というわけで、音楽への弊害は色々とあるのですが、例えば音韻の数。ひとつのメロディラインに言葉を押し込み過ぎていて、これをメロディラインとして音楽の中で生かし切るのが非常に難しい。例えば、「道に倒れて誰かの名を呼び続けた事がありますか」これが4小節の間に押し込まれる(しかし、何気なく取り上げたこの一説ですら湿っぽいというか、やっぱり詞の内容が好きじゃないなあ…)。一拍ごとに区切れば「みちにた/おれてだ/れかのな/を…」という感じ。いやあ、これは言葉自体までぶつ切りになってしまい(アウフタクトなので、活字に見えるほど聞きづらくなるわけではないのですが)、こうなるなら詞を優先して、伴奏なんてシンプルにするほど良いんではないかい?と思ってしまう。逆に、これが英語詞で一音節に一単語ぐらいぎっちる詰めたら、逆に物語が濃密になって、ブロードサイド・バラッドのような成立の仕方が出来たかもしれない。要するに、日本語詞を英語ポピュラーの方に嵌める際に起こるシラブル処理の問題をもろに受けちゃっている感じがするのです。しかも、これにつけているオケが「ズンチャッ・ズンチャッ~」では…これを好きになれなかった中学時代の僕のセンスも、理解できる。

 結局、僕にとっては合わなかったんですが、しかしデビュー以来、流行り廃りの激しい流行歌の世界で何十年も現役でい続けているのですから、多くの人に愛されている音楽なんでしょうね。「恋や人生にリアルタイムで真剣に悩んでいる女性」なら、もしかしたらものすごく解る世界観なのかも知れない、なんて想像しています。


「中島みゆき / 愛が好きです」

NakajimaMiyuki_AigaSukidesu.jpg 整理をしていると、こんな本が出てきました。うおおお~、なつかしい!!!子供の頃に買った本です。小学校3年生ぐらいだったんじゃないかなあ。

 小学生の頃、「ザ・ベストテン」という、日本の流行歌のチャート番組が好きで、よく見ていました。たまに演歌もランクインするのですが、しかしほとんどはアイドル歌謡。そんな中、ニュー・ミュージックとかシンガー・ソングライターなんていう人が少しだけ混じって出てくるのですが、この人たちは自分で作詞作曲をして自分で歌っている。「おお、ホンモノだ!」なんて思っていました。で、番組では、「もうすぐベストテン」みたいなコーナーがあって、ベストテンに入らない、11から20位の曲が、そこでほんの数秒ずつ流れる。ここはニューミュージックの宝庫で、中島みゆきさんの「悪女」という曲も、ここに入っていた。これがすごく耳に残っていて、「全部聞きたいなあ」なんて思っていたのですが、結局は最後までベストテン入りしなかった。

 そんなわけで、僕は悪女をサビぐらいしか聴けなかったのですが…ある日兄貴がシングル盤を買ってきた!!で、僕はそのレコードを何度も何度も聴いて、「いい歌だなあ」と思ってました。そんなわけで、中島みゆきさんのLPも欲しいと思ったんですが、でもなにせ小学校3年生ぐらいですからね、小遣いが足りなすぎた。そして、ある日に本屋に行くと…おお!中島みゆきの本があるじゃないですか!!それがこの本というわけです中島みゆきさんの曲の歌詞(当時発表したもの全てだったんじゃないかなあ)と、エッセイ、けっこうたくさんの写真…こんなものが載っていました。LPレコードと違って文庫本は安いので、「これなら自分でも買えるかも…」と思ったのです。しかし…数十円お金が足りない(;_;)。僕の記憶では、月の小遣いは300円だったと思うので、本が320円とか、そんな感じだったのかなあ。

 まだ10歳にもなっておらず、常識というものを知らなかった僕がその時に何をやったかというと…レジで値切った(笑)。「この本、●●円で買えませんか?」って。その時レジにいたのは、女子大生ぐらいのバイトと思しきお姉さん二人。当たり前ですが、「それは出来ないよ」と断られてしまった。で、僕は悲しくなって、その場で涙が溢れてきてしまいました。お姉さんたちはクソガキの意味不明な反応に激しく動揺、何やら二人で相談し始めた。そして…足りない数十円を自分たちで出してくれて、その本を渡してくれたのです!!今となってはどうしようもありませんが、そういう事をした記憶のある女性の方がおられましたら、その時のクソガキは僕かも知れません。あの時はありがとうございました、本当に感謝していますm(_ _)m。で、会計の時に「いくつなの?」とか「そんな齢で中島みゆきが好きなの?」なんて言われたりしたのを覚えています。不思議だったんでしょうね。

 「悪女」しか知らなかった幼少時の僕が知らなかったとしても仕方のない事だと思うのですが、昔の中島みゆきさんの詩って、演歌っぽいというか、湿っぽいんですよね。失恋歌あたりが多い…そんなもの、小3男子に理解できる筈が無いw。。けっこうな思いをして手に入れた本である割に、意外と空振りだったわけです。しかし…この本では、1枚の白黒写真に感銘を受けました。ライブ前のリハーサル風景を撮影したものだと思うんですが、うしろにミュージシャンがボンヤリ写っていて、セッティングのまだ済んでいないアンプなんかがゴチャゴチャにおいてある。で、中島みゆきさんはフォークギターを持っていて、その前にヴォーカル用のマイクがぽつんと立っている…なんか、「ミュージシャンって、かっこいい!!」と感じたのです。こういうのも、のちにミュージシャンを志すきっかけのひとつになったのかも知れませんね、無意識のうちに。

 というわけで、思い出の一冊でした。


プロフィール

Bach Bach

Author:Bach Bach
神戸住まい、奥さんとネコと暮らす音楽好きです(ノ^-^)ノ
音大は卒業したのですが、成績はトホホ状態でした(*゚ー゚)

ずっとつきあってきたCDやビデオの備忘録をつけようと思い、ブログをはじめてみました。
プロでも評論家でもありませんので、たいした事は書けないかも知れませんが、いい音楽、いい映画、いい本などを探している方の参考にでもなれば、大変嬉しく思います(ノ^-^)ノ

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 今月号のintoxicateに載っていた1枚。「Vyacheslav Artyomov」、ロシアの作曲家は名前が読めなくってムズカシイ。。「ヴャチェスラーフ・アルチョーモフ」と読むらしいです。伝説の「フレンニコフの7人」のひとりとの事ですが、それって何かすら僕は知らず(^^;)。作風的には初期は新古典的、後に民族的な様式、十二音技法や、複調性、ミニマルなんかも用いたみたい。ロシアの前衛は強烈なものが多いので、聴いてみたいです。アマゾンで買おうと思ったらダウンロード版しかなかった(;_;)。 少し前に取りあげたエリザベス・コットンですが、ライブ盤なんてあるのか?!これは聴きたい… オスマン時代から現代までのトルコ音楽のガイド本みたいです。おおお~、これは絶対に読もう!! レコ芸に載っていた近藤譲さんの新譜、室内楽作品集みたい。好きな作曲家なんで聴きたいんですが、持っている2枚のALM盤と4曲かぶってるので悩み中…
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