
前の記事で書いた「ポーランドにいた頃のショパン」と言って思い出したのが、この映画。ポーランドのロマン・ポランスキー監督の映画です。ポランスキーさんの映画といって思いつくのは、僕の場合はなんといっても『
チャイナタウン
』。内容は思いっきりフィルムノワールなんですが、監督はポーランド人で映画もカラー(^^;)。それなのに受ける印象は徹底してノワールで、しかもこんなにカッコいいフィルムノワールは見た事がないというほどの大傑作ヽ(`・ω・´*)ノ。あと、『
水の中のナイフ
』も良かった。『ローズマリーの赤ちゃん』はピンときませんでしたが、ダコタハウスの中がどうなっているのかを観れたのが良かった。で、
この映画の内容は、第2次世界大戦時の、ナチによるユダヤ人ホロコースト。ナチのホロコースト映画といえば『シンドラーのリスト』も観た事がありますが、あまりいい印象がない…。
この映画、実在したポーランドのピアニスト/作曲家であるウワディスワフ・シュピルマンさんの
実体験をもとに作られています。で、劇中ではピアノ演奏シーンが結構出てくるんですが、ショパンの曲がとにかく多い。ポーランドという所とか、時代背景を表現しようとしたのかも知れませんが、これは映画のストーリーには全然関係なかったりして(^^;)。ショパンどころか、主人公がピアニストである事ですら、映画の主旨とはほとんど関係がありません。重要なのは、この話が
実話であるという点。ここが僕としては非常に重要なところで、
映画用の脚本ではないからこその説得力があります。シュピルマンさんがピアニストである点はさして重要ではなかったのですが、ユダヤ人であった事は、物語上で強い意味を持ちます。ユダヤ人であるがために、大量虐殺の的にされてしまうから。2次大戦の口火を切ったのはドイツのポーランド侵攻だったと思いますが、ポーランドからドイツ軍を追い返すのは2次大戦末期のワルシャワ蜂起だったと思うので、つまり大戦の最初から最後までユダヤ系ポーランド人の主人公は地獄を見る事になります。主人公シュピルマンも、家族まとめて絶滅刑務所送りのホロコーストの運命…だったのですが、軍警察にいた友人のお蔭で、自分だけ地獄行きの輸送列車に乗る事を逃れます。
そしてこの映画、ここからの戦争という極限状況でのサバイバルに殆どの時間を割いています。ドイツ軍に見つかれば即射殺、それどころかユダヤ人であるために同国人である筈のポーランド人にすら見つかる事も許されない。同胞たちが用意してくれた隠れ家の本棚の裏に潜み、廃墟のビルの屋根裏にネズミのように潜伏し、空腹に苦しみ…。少しも熟睡の許されない状況で、ドイツ軍が火炎放射器で迫ってくるのが見えれば、隠れるのか逃げるのかをすぐに判断しなければならず、判断を誤ればこれも即死。東ヨーロッパ寄りの映画だからか、その描き出しが淡々としていて、これによって演出過多による芝居クサさから逃れる事が出来たと思いました。
というわけで、この敵軍に占領された町で潜伏逃避生活を強いられるというサバイバルのリアルさが、この映画の全てではないかと。
見ていて、生きた心地がしません。僕にとっては、映画の良さって、癒しとか感動とかよりも、「自分が送る事の出来なかった別の人生をリアルに生きる事が出来る」点の方がはるかに重要だったりします。そういう意味で、こういう時間を生きなければならなかったある人生を追体験できるのは非常に素晴らしかった。
それから…この映画、次大戦下にユダヤ系ポーランド人の極限状況を描き出しに終始している観があります(途中、ドラマとしては非常に重要になるドイツ将校との物語など、幾つかのエピソードも挟まりますが。そうそう、このエピソードが「ドイツはすべて悪」という誤った帰納を避ける材料になっている)。というわけで、「ドイツ軍のポーランド侵攻」とか「ワルシャワ蜂起」といった
歴史的経緯に関する説明が全然ありません。また、ユダヤ人のヨーロッパでの歴史的な扱われ方(ユダヤを迫害したのはドイツだけではなくヨーロッパ全体であった事とか、なぜユダヤ人がポーランドに多く集まったか、などなど)にも触れていません。こういう事を知っていない場合は、少しだけ西洋史の勉強をしてから見た方が、より映画を理解しやすくなるかも。本当に何も説明がないので、知らないとただ銃を撃っているだけみたいに見えちゃう可能性があるかも。
こういう題材の映画はやっぱりドキュメンタリーの方がどうしても説得力が出てしまうものと思いますが、しかしホロコーストを題材とした劇映画としては上位に位置するものであると思いました。