そして、ジャズ・ヴォーカルと古いジャズについて。ジャズにはいろんな聴き方があると思うんですが、モダン以降はスタープレイヤーのアドリブ演奏に注目する聴き方が主流になっていった気がします。マイルスとかロリンズとかを聴く時なんて、そんな感じですもんね。でも、ジャズの曲を追っていくと、だんだんヴォーカルを中心に聴くようになり、そしてその曲が出来た時代にどんどん遡ってしまう…僕の場合はそうでした。そういう聴き方をしていったときに、エラ・フィッツジェラルドのコール・ポーター・ソングブックとか、またこのBOXとかは、宝のような存在です。元曲を尊重したアレンジがつけられた演奏が多いので、古いジャズの元曲の魅力がすごく伝わるんです。例えば、"I Can't Get Started with You" という、まあまあ有名なスタンダードがあるんですが、これをモダン期以降のインストで演奏されたものを聴くと、色々とアレンジしやすい曲なものだから、まあそれぞれ色々やっちゃう。流行のカラートーンとか、自分が好きなやり方とか、どうしてもしちゃう。有名なロリンズの演奏もジョー・パスの演奏もそれは見事だけど、原曲の良さが消えちゃってます。"I can't get ~"の詞は「スペイン内戦を収めたのも僕だし、世界恐慌の時も売り抜けたし、観光名所になってしまった豪邸まで持ってるけど、君とは始める事すら出来ない」みたいな感じなんです。30年代の「アメリカの時代」そのままの世界観(アイラ・ガーシュウィンとヴァーノン・デュークの作)。これは、やっぱりその時の世界をまじかに見た人たちの演奏じゃないととても伝わらないと思うし、あれこれいじって今風にしちゃうのもいいんだけど、この作曲のイメージや詞の世界を再現するのは、あとの時代の人がどんなに頑張ったってもう無理なんでしょう。だから、今となっては当時の音源がすべてで、それを今から作るなんてもうできない。だから宝物に思えちゃうんです。この曲、元は映画のために書かれた曲ですが、その後に有名な歌手はほとんど歌ってるんですが(レディデイもエラもアニタもチェット・ベイカーも唄ってます)、僕の中ではこれがナンバーワン。また、他の曲も、演奏やアレンジの妙よりも、とにかく曲が素晴らしいです。これも、詞や曲をこれだけ美しく響かせるヴォーカリストの存在が大きい!
"I can't get~"の事ばかり書いちゃいましたが(^^;)、他でも「あ、これは素晴らしい…」と思う曲が、予想以上にたくさんありました。いや~、モダン期以前のジャズは名曲のオンパレードじゃないですか。今では名前すら見かけなくなった曲なのに、なんと素晴らしい曲かというものが結構あったのは驚き。他にも、昔のジャズってブルース進行の曲が異常に多かったのかとか(これはもしかするとダイナ・ワシントンがアフリカン・アメリカンだからそうした?)、ビッグバンド優勢の時代があったからこそジャズはアレンジ理論を深められたんじゃないかとか、ジャズはフォルクローレじゃなくて商業音楽だから聴いている人が心地よくなれるような歌詞や曲の作りが多かったんじゃないかとか、このボックスを聴いて思った事は山ほどあるんですが、かき始めたらきりがありません。詞も曲も含め、古き良きジャズ・ヴォーカルの魅力に触れたいならマスト!そして、古い時代のダイナ・ワシントンの魅力は、僕の予想とは全然違って、プロ歌手として歌を大事にしていて、ものすごく素晴らしかったです!