ひとつ前のパーカー本の紹介で、「重要な音楽書って年に1冊ぐらいのペースで出る」なんて書きましたが、2013年が『チャーリー・パーカーの技法』、2014年が『調性音楽のシェンカー分析』がそういう本だとしたら、ここ1~2年で出た最高の音楽書って、これじゃないでしょうか?!ぶ厚いのでビビってましたが、読み始めたらおもしろすぎて一気に読んじゃいました(^^)。
この本ですが、パーカー本やシェンカー分析本と違って、音楽のある一分野の研究書じゃなくって、音楽そのものを解明しに行ってます。分野別の音楽理論じゃなくって、ほんとに音楽自体の解明。だから、今ある音楽理論や音楽学も出てくるんですが、もっと根本的な所から掘り下げていて、その過程で物理学とか人体学とか、いろんな話がバンバン出てきます。そしてそういうところがメッチャ面白くって(自分がどれだけたんなる音楽馬鹿だったのか痛感させられた(- -*))、読んでてひきずりこまれる。。でも、あつかう分野が広いので、自分がどこにいるかを見失うと「あ、あれ?なんの話だっけ?」となっちゃう事もあるかも。というわけで、パーカー本とまったく同じで、主旨を捉えきれるかどうかが重要な所かと思うので、その辺を自分なりにまとめておこうかと思います(^^)。
この本、大きく原理編、コンテクスト編、実践編の3つに分かれてます。最初は気づかなかったんですが、実はこの章立てそのものがすごく大事なんじゃないかと。最初の原理編には「音楽っていったい何なの」という原理そのものが書いてあって、そこから読み進めていくにしたがってどんどん実際の具体的な音楽に近づいていく・・・みたいな構成(たぶん)。そしてボクの理解でいうと、とくに最初の原理編、ここはミュージシャン必読じゃないかと思います。第1章は、音楽を、人と音とがクロスする所に生まれるものとして、人という現象と音という現象を成立から説明。人と音を物理的に解明していくので量子力学や生物学まで飛び出してくるんですが、それが最後に「だから人間はこういう成立をしていて器官がこういう役割を持つようになっていて、この働きの中で音の知覚というのは・・・」みたいなところにたどり着いた時は、ちょっと震えてしまいました。前に
『音楽行動の心理学』という本を紹介した事がありましたが、あれより深いっす。。このへんの音楽が起きる原理の解明はとても書き切れないので、興味ある方はぜひこの本に直接あたってください(^^)。そして音楽が意味として把握されるというところまで進んだところで、原理編はオシマイ。そうそう、音楽を意味として捉えるというところは、むかし『音楽記号学』という本を読んだ事がありまして、いずれその本も紹介しようと思います(^^)。
第1部の最後に書かれていた「意味」っていったいなんなのかという説明が、第2部。音楽の意味なんてその音楽によって千差万別なので、意味というものの原理と、いろんな音楽の意味の様式がいろいろ提示されてる感じ。この本は、意味づけにはその基準になっているものが意味を作る原理になっていて、場合によってはそれが意味そのものとなってる事もある、みたいな事を言ってます。というわけで、文化様式の例として、宗教や哲学や資本主義や化学などの自然科学思想をあげ、それを音楽と関連付けられて説明されてます。なるほど日本でクラシックやジャズやAKBを聴くだけならそんな知識はいらないのかも知れませんが、もっと相対化して音楽を眺めようと思ったら、その価値基準となっているもの自体を理解しないと音楽の意味なんて分からん、ということなのかも。
最後の実践編。音楽理論の紹介もありますが(しかもメッチャ詳しい^^;ジャズのところと対位法のところは専門書より詳しい上に分かりやすいので、ジャズと対位法の理論で苦しんでる人は一読を薦めます^^)、主旨はなぜそういう事になるのかという、やっぱりメタなところ。というわけで、世界中の音楽の構造原理に触れて、西洋音楽だけじゃなくってあらゆる音楽に共通する音楽の原理を引き出しに行ってます。ただ、僕がこの本で唯一もの足りないと思ったのは、作曲原理でアフリカだけが抜けてる気が(^^;)。クラシック、ジャズ、フラメンコ、インド音楽、イラン音楽、日本音楽、インドネシア音楽などなど、世界の音楽の作曲技法が詳細に述べられているのはすごいと思います。イランの音楽理論の本なんて、日本で出てない気がしますし。でも、ここまでやったなら、アフリカにも触れて欲しかったなあ。作曲原理の解明が目的なら、あらゆる地域の作曲法を調べる必要はないとか、ぜんぶ語るなんてどのみち不可能なのでどこかで見切りをつける必要があるとか、そういう事なのかも知れませんが。実践編で個人的にスゴイと思ったのは、作曲法以上に演奏法に関する記述。筋と骨の同調とか、プロしか知らない奥義みたいなもんがギッチリ書き込まれてて驚きでした。こういうのって、僕は音大の実技でしか触れた事がないんですが、それだって「こういう時は鍵盤を押さえるんじゃなくって落とす感じ」とか、部分論のケーススタディでした。それが、演奏の身体法が体系化された書って、実はあんまりないんじゃないでしょうか。そして最後に、実践を含めた上での音楽の意味というところにまでたどり着きます。
ここ数年で一番すごい音楽本だろうことは間違いないでしょう。
音楽という現象が発生するまでのメカニズムと、それを理解するために必要な様々な分野の知識の体系化、これは他の音楽本ではちょっとお目にかかれないものなので、これに代わる本はないんじゃないかと。ボクは音大で音楽を
学んだんですが、それって誰かが作った技術や方法論を後追いしただけなんですよね。この本は、そうじゃなくって、もっと普遍的なものを見出そうとしていて、僕みたいな音楽馬鹿が当たり前と思ってる前提から検証し直して、そしてひっくり返します。クラシックとかジャズとかそういう狭い理論じゃなくって、なんで人間に音楽が発生するのかをえぐってて、音楽そのものの検証をメチャクチャ丁寧にやってる感じでした。だから、研究の舞台がいまの音楽学の範囲じゃなくって、人間とか物理とか認知科学とか、そういうところになってるんだと思います。普通の大学に行かずに音大で音だけを学んでしまったボクにとっては、自分の音楽観が変わるほどの衝撃でした。ある意味、せまい音楽観にこり固まっちゃった専門家の人ほど、読む価値がある音楽書じゃないでしょうか。
音楽の先生でも音大の生徒でもミュージシャンでも、音楽に関わる仕事をしている人は絶対に読むべき本と思うなあ。今後の音楽学の底本になる一冊かもしれないです。