
僕の場合、天才ピアニストというと、モーツアルト、
ショパン、
リストが真っ先に思い浮かびます。モーツアルトは古すぎて神話になってしまっていますが、ショパンやリストは、おじいさんが生で聴いたという人が今も生きていたりして、しかもそれらの証言が共通してたりするので、このふたりはリアルに凄かったんだろうな、と思います。さて、この本は、
ショパンにピアノを習った人たちの証言を集めて、ショパンの教育方法やピアノ演奏観、音楽観にせまった1冊です。ものすごく分厚いです。大きく2部に分かれていて、1部がピアノの技法や様式、練習について。2部がショパンの作品の解釈。こんな感じです。これはピアニストだけのために書かれた本でした(^^)。
僕は大学生の時にこの本を読んだんですが、なんでこの本に手を出したかというと、ショパンの曲の解釈が先生と対立したから(^^;)。下手だった僕はとてもじゃないけど先生に刃向えるはずもなかったんですが、「俺にはどうしてもそうは思えない、ここはショパンだってもっとレガートで弾くだろ」と思ったんですよね。それで、ショパンの発言なんかも出ているというこの本にあたった、というわけです。だから僕は第2部から読み始めました。
第2部は、ショパンの有名曲がズラッと並んでいて、直接のお弟子さんたちが、「ショパンはこう弾いていた」とか「ショパンはこう言っていた」とか、証言しているわけです。というわけで、コンクールとかコンサートでショパンの演奏する人は、第2部は絶対に読んでおくべき!また、ピアニストだけでなく、ピアノ教師の方々も読んでおくべきなのかも知れないです。ショパンの楽曲の解釈に関して、本人がどうしていたか分かるんですから、こんなに為になる本もないと思います。あ、ちなみにですね…例の部分は、どうも先生の方が正しかったみたいです(∵`)。
そして、もうひとつ素晴らしい所は、第1部に書かれているショパンのピアノ教育と、それを通しての彼の音楽観。ピアノ演奏に伸び悩んでいた大学生の頃の僕は、練習方法から自分を疑いはじめちゃってたんです。やってないわけではないのにうまくならない、時間ばかりが過ぎる…焦ってました。そして、ピアノの天才ショパンのピアノの演奏法や練習メソッドが知りたくて、2部だけでなく1部も読みました。いや~、読んだのはもう30年近く前なのに、いまだに覚えてる事があるという事は、ものすごく大きなヒントを貰ったんでしょうね、この本から。今でも覚えてるのは、「1日7時間とか練習するのは駄目。
ものすごい集中して3時間練習。」「
練習を時間で切ってるような奴はダメ。集中した30分とかの方が100倍ぐらい価値が高い。」…まあ、言い方は違ったかもしれませんが、こんな事が書いてありました。僕的には、「でも1日3時間なんかじゃ足りるわけないよなあ」と思い、きっとショパンは「だらだらやるな、集中力がとにかく勝負だ!疲れたら集中力ないまま続けても無意味。休んで、集中力が復活させてから練習。」と言っているのだと思いました。だって、3時間なんて、先生には「そんなにピアノ弾きたくないならピアノやめたら?」といわれるレベルの時間ですよね、いくらショパンが言っていたとしても、文字通り受け取る事は出来ませんでした(^^)。
あと、僕は考えなくても弾けるようになるぐらに体に入れるのが練習だと思ってたんですが、「考えまくり、頭を使いまくって演奏しなさい。」
「つねにどうやればうまくなるか、演奏できるようになるか、これを考えなさい。」ああ…。これも自分の練習方法に思いっきり影響を受けた言葉でした。
少しマニアックな所だと、ピアノ自体の練習法の分割も、自分の練習方法を覆されました。リストの技法の練習の種類は、大きく三種。
1.半音階や全音階、トリルの練習。つまり主に音階練習
2.全音半以上の跳躍進行
3.二声部の重音。つまり3度、6度(5じゃなくて6!なるほどと思いました)、オクターブ。
これが弾ければ、三声部も演奏でき、音符の間隔も分かる、分散和音も演奏できる。
これ、他の楽器にもあてはまるメソッドだと思います。僕は、こういうのを把握してませんでした。特にこのメソッドは、即興演奏に役立ちました。
演奏美学も、思いっきりリスペクトしてしまいました。「すべて
粒の揃った音で演奏するのが目的ではなく、美しい音で、ニュアンスをつけて演奏する事。」もう、その通りとしか言いようがないです。
あとは、「
音楽理論を出来るだけ早く勉強する」、
「練習する曲は、先に構成や形式を丹念に分析する。完全に解体してしまう。すこしも疑問を残さず、完全に理解してからでないと練習しても無駄。」当たり前の事ですが、自分がそのあたりを雑にしか出来ていなかったもんだから、いちいちグサッと来ました。こういう言葉をきき流しちゃう人と、ちゃんとやる人で、雲泥の差がつくのでしょうね。僕がショパンの弟子だったら三日で破門だっただろうな(^^;)。
ショパンは、よほどの高弟でない限りは、ショパンの曲を練習させず、バッハやベートーヴェンを練習させたそうです。これは、今の音大教育にもそのまま繋がってますね。これを知って、好きな曲ばかりを演奏していた私は、はじめてバッハとベートーヴェンに真正面から向かったのでした…って、振り返るとこの本から思いっきり影響を受けてたんだなあ。。なんとか上達したかったんでしょうね。
ショパンは、テンポに徹底的に厳密。ルバートの時も、左手はテンポジュストで右手だけルバート。大げさな表現も嫌いだった。
まあ、覚えてるだけで、こんなような事が書いてありました。もっといろいろ大事な事が書いてあった気がするけど、さすがに何十年も経ったから忘れちゃった(^^;)。伸び悩んでるピアニストって、天才ピアニストの本を読んで、なんとか練習法やら上達方法なんかのヒントを貰おうとすると思うんですが、僕もご多分に漏れずにそううひとりでした。そしてその中の一冊だったこの本は、すごく参考になりました。
グールドの本からはソルフェージュ能力の重要さを学んだ気がしますが、こっちはもっと具体的でしたね。この本に限った事ではないですが、こういう偉大な先人たちの知恵を借りて、練習の仕方を工夫したり、色んな事に気づかされたりしました。やっぱりショパンは偉大です。
リストは、ピアノでオーケストラを奏でるみたいな人ですが、ショパンって、もっと繊細というか、タッチとか音色とか、そういう所の表現をメカニカルに追求した人だと思います。
ショパンの指導方法や証言がたくさん出ているこの本、ピアニストやピアノ教師なら必読。またショパンのファンにとっては、第2部のショパンの曲の解釈がメッチャ面白いです。