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心に残った音楽♪

おすすめCDの紹介のほか、本や映画の感想などを (*^ー゜)v

 

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『シュニトケ:交響曲第2番 ”St. Florian” Leif Segerstam(cond.), Royal Stockholm Philharmonic Orch.』

Schnittke_Symphony2 St Florian ロシアの現代音楽作曲家の代表格シュニトケ。その交響曲第2番は、「セント・フローリアン」という名がつけられています。始まりは無伴奏の男声合唱ですが、これが思いっきり正教会系の合唱で、恐ろしいほど美しいです。過激で破壊的な第1番の次がまったく正反対の音楽、これは驚き…と思いきや、すぐにピアノやグロッケンが不協和音で入ってきてアヴァンギャルドな弦楽につながります。う~ん、さすがシュニトケ( ̄ー ̄)。ところが、この弦が1番みたいにクラスター状ではなくて、怪しい響きながらも実に巧みな和音を作りだしていて鳥肌もの。さらによく聴くと…この怪しい弦の主旋律って、最初の男声合唱のメロディをカノン化して引き継いでないかい?これは第1楽章を聴いただけでも大傑作と思わざるを得ない、すげえ…。

 さて、シュニトケの交響曲第2番ですが、各曲に「キリエ」「サンクトゥス」「アニュス・デイ」などの名前がついてるので、これはキリスト教の典礼を意識しているのでしょう。そして、多くの楽章が、美しい無伴奏男声合唱から始まり、そこからオーケストラが続く感じ。このオーケストラが非常にアヴァンギャルドであったり、反対に美しかったり、はたまた不穏でありながらも実にレクイエムっぽかったり。どうなるのかが見当がつかず、1時間近い演奏時間なのに魅了されっぱなしでした。そしてこれだけのドラマの最後の、ピアノの低弦のバス、弦の静かなのにものすごいサウンド、そして繰り返される美しい混声合唱にたどり着いた瞬間のなんとも言えない感覚。いやあ、すごいです。

 キリスト教圏からはるか離れたところに住んでる僕は、東方正教会系であるロシアの音楽事情なんてなおさらわかりませんが、しかしあれほど美しく、また聖書に準じる宗教音楽で、ここまで不協和な音を同時に鳴らすというのは、大丈夫なんだろうかと思ってしまいます。たとえば日本国歌や雅楽を不協和音だらけにした作品を作ったら、色んな所からクレームやら圧力やらかかりそうじゃないですか。それを正教会圏でやってしまった感じ。それをここまでやるというのは…根底には、ロシア・アヴァンギャルドの精神がある気がします。日本や英米でアヴァンギャルドといったって、せいぜい音がちょっと過激とか、それぐらいだと思うんですよ。でも、ロシアのアヴァンギャルドは、本当に政治や宗教や文化なんかのマジョリティーを破壊しに行くというか、捕まって絞殺刑になる覚悟でやっているぐらいの感じなので、迫力が段違い、しかも技巧に優れているものがおおいです。
 西洋最高の美しさを誇る正教会系の音楽と、ロシア・アヴァンギャルド最高峰の音楽が見事に調和した驚異の交響曲。いいアンプとスピーカーを使って爆音で聴いていたら、天国に連れて行かれそうになっちゃいました(^^)。超がつくほど大推薦、未体験の方はヘッドホンやミニコンポなんかで聴かず、財産はたいてでも良いアンプとスピーカーを買ってきて、爆音でぜひ!



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『シュニトケ:交響曲第1番 Leif Segerstam(cond), Royal Stockholm Philharmonic Orchestra』

Schnittke_Symphony1.jpg 旧ソ連の現代前衛作曲家として、いちばんの有名人じゃないかと思うのが、このシュニトケです。作風はめっちゃアバンギャルド!ロシアのアバンギャルドって本当に無茶苦茶なところがあるというか、ぶっ壊れ具合が半端じゃなかったりするので、正直いって僕には理解不能なものもあります。でも、それが子どもっぽいこけおどしにはまったく聞こえなくて、「う~ん、これは何かあるぞ」と思わせる所が、魅力のひとつかも(^^)。

 これはシュニトケが書いた交響曲の第1番で、作曲は1969‐71年の間。シュニトケには交響曲0番なんてものもあるのがまたぶっ壊れてますが、僕は0番は未聴。そして1番なんですが、これがもうわけわかんないです。まず、第1楽章の構造が僕にはぜんぜん分からない(T_T)意味ありげなカリヨンが鳴り響いて、オケがアバンギャルドにブワ~ンと鳴って、構造が追いきれない、音の印象だけにぐわっと潰されていく感じ。そして、5分ほどしたらいきなり拍手が起こって音楽が一回止まります。う~んなんだこれは…。そして、よく聴くとワーグナーのワルキューレのメロディとか、色んな音楽がグッチャグチャに入ってきます。でもですね、なんか「うわあ」って感じで、面白くて聴いちゃいました。
 そして第2楽章、ピアノとヴァイオリンだけで思いっきりジャズのインプロヴィゼーション。しかもちょっとフリージャズぎみ。いやあ、交響曲でピアノとヴァイオリンのデュオでインプロヴィゼーションの楽章とかあっていいのか…アヴァンギャルドです。
 な~んて感じで、これはアヴァンギャルドというよりデタラメなんじゃないかと思いきや、4楽章が見事。聴いたことのあるような音楽がチラチラ聴こえつつ、最終的にはオルガンと管が見事な構造を紡ぎます。そして、現代音楽特有の複雑な響きがメッチャ魅力的。でも、いきなりマーチが聴こえてきたり、やっぱりアヴァンギャルドなんですけどね。さらにその後に来る楽章「Applause」は1楽章の再現部なんですが、コーダ部分でいきなり調を取り戻して和弦がクレッシェンドでfin。これはカッコいい…。

 というわけで、聴いていて振りまわされまくりました、でも面白い!シュニトケって、旧ソ連の作曲家なのに、新ウィーン楽派系の音楽とか色んな新しい作曲技法を片っ端から身につけていったそうです。でも、ある時に「これは技法に振りまわされて自分がいない」と感じたみたいで、新しい技法も昔の技法もみんな使うという「多様式」という音楽に踏み込んだ、なんて言われてます。自分の心が欲求した音楽は、ジャズでもクラシックでも前衛でも全部統合してしまう、みたいな感じなんでしょうか。だとしたら、1楽章はもしかしたらアレアトリーに近い方法なのかも。そして2楽章は前衛ジャズ、他にもコラージュとかいろいろ出てきて…みたいに捉えれば、なるほどいろんな作曲技法や様式が飛び交っていて、たしかに多様式かも。僕のシュニトケ初体験はこの曲じゃなかったんですが、もしこれが初体験だったらついていけなかったかも。でも今聴くと、「おお、こんなに自由な音楽があるのか、メチャクチャおもしれええ!」って感じで、最高に刺激的でした!



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ProTools で再生開始位置が動いてしまう問題

Pro Tools saisei point Pro-Tools で、再生開始位置が、その直前に停止した場所からになる時と、前回にスタート位置にした所からになる時がありませんか?僕的にはどちらでもいいんですが、自分で設定を変えた記憶もないのに勝手に変わっている時があって、時々とまどいます。今日も勝手に変わってしまい、ちょっと戸惑いました(^^;)。というわけで、この設定を変える方法を!

1. 設定から初期設定を選択し、初期設定画面を開く
2. いちばん上に並んでいるページから「操作」を選択
3. 「タイムライン挿入/再生スタート マーカーは再生に追従」という項目に注目。ここにチェックが入っていると、停止した位置からスタート。入っていないと、前回マーカーをつけたところからつねにスタートになるようです。

 大したことないんですが、いきなり設定が変わると、どこで戻していいか分からなくなりますよね。ああ、戻って良かった(^^)。



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TVドラマ『私が愛したウルトラセブン』

WatasigaaisitaUltraSeven.jpg 僕の目が、作品としてのウルトラセブンだけでなく、そのバックステージにも目がいくきっかけとなったテレビドラマです。放送は1993年、スペシャル番組の形でした。ウルトラセブンの大ファンだった僕は、放送から何十年も経っていきなりウルトラセブンを題材にしたテレビドラマが作られた事に大興奮、夢中で観ました。名作のリメイクとか続編って外すことが多いですが、これは感動するほどに素晴らしかったです!

 ウルトラセブンの制作現場にスポットライトが当たっていて、半分フィクション、半分ノンフィクションという感じです。いいものを作ろうと夜通し奮闘するスタッフ、仕事以外にも青春の葛藤があるまだ若い俳優たち、実社会への疑問を脚本にぶつけるシナリオライター陣…いやあ、感動しました。ウルトラセブンとか抜きにして、とても見事なドラマでした。そうそう、ウルトラセブン・ファンにとっては、本編で没になった脚本の映像化もされています。最初観た時は「こんな話セブンになかったよな」と思ったんですが、没ストーリーだと後で知って感涙もの。この話のタイトルは「300年の復讐」、300年前に妹を人間に殺された宇宙人が復讐をしようとするが、復讐する時に妹とそっくりの顔をしたアンヌ隊員に出会って…というストーリー。いやあ、セブンって没台本まで素晴らしいわ。。

 僕はセブンのリアルタイム放送時には生まれていないんですが、再放送されるたびに何度も見ていたので、本放送が終わった10年後でも20年後でも、ウルトラセブンが過去のものという感覚がなかったんですよね。でも、制作サイドからすると、ビデオのない時代のテレビドラマは、放送されたらあとは消え去るものだったんだそうです。それが、このドラマ放送でセブンが再ブレイク。セブンでヒロイン役を務め、すでに女優を引退していた菱見百合子さんにスポットが当たったり(このドラマの主役はアンヌ。アンヌさんの書いた「わたしの恋人ウルトラセブン」なんて、明らかにこのドラマからタイトルを借用してます)、翌年からセブンの続編が制作されたりしました。でも僕は、あれだけ好きだったセブンなのに、続編と言われてもまったく興味がわかず。大人になっていたというのが理由のひとつですが、それ以上にセブンは「史上最大の侵略」でのダンとアンヌの別れで終わって欲しかったですし。しかし、このドラマだけは別。安保闘争に世間が揺れ、人類初の月面着陸が間近に迫り、テレビも音楽もマーケティングやら費用対効果やらではなく製作者側のダイレクトな思いが熱く感じられた60年代後半という時代の熱気が伝わる、素晴らしいドラマでした!


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書籍『セブン セブン セブン アンヌ再び…』 ひし美ゆり子

SevenSevenSeven AnnuFutatabi 『セブン セブン セブン 私の恋人ウルトラセブン』の文庫化で、内容はほぼ同じです。違いは、文章の端々が改変されている事、最後にもう1章つけ加えられている事、寄せ書きをした人が違う事、そして掲載写真です。

 追加された1章は、最初の『セブン セブン セブン』出版後に起きたことが書かれています。10年で女優を引退した菱見さんが、あの本で大きく注目される事になったそうです。でも、基本的にその後に出した本とか写真集の宣伝文かな(^^;)。
 そして売りのひとつでもある菱見さんの写真ですが、以前の本に追加されたわけではなく、けっこう入れ替わってます。というわけで、ファンの人はどちらか1冊というわけにいかないのが商売上手ですね。「プレイボーイ」のグラビアを飾った有名な写真は、こっちには載ってませんが、今まで見た事ない写真がけっこう出てました。

 素晴らしかったのは、冬木透さんの寄せ書き。「私の恋人…」の方の寄せ書きは、ウルトラセブンのメイン監督を務めた満田さん他が書いていて、これが本章を上回るほどの名文だったんです。でも、こっちの冬木透さんの文章も素晴らしかったです。冬木さん、当時まだ女優になったばかりで「おみそ」のようだった菱見さんが、ロケ地でシャンデリアを壊してしまったり、「アンヌ!」とスタッフに呼び捨てにされたりしながら、ニコニコ頑張っていたから、みんながアンヌに気を留めるようになって、その人柄に惹かれたのではないか、なんて一節を書いていらっしゃいます。きっと、そうだったんでしょうね。仕事の技術があるだけでは生き残れるわけではなく、人から愛されもしないと生き残れないというのは、わかるなあ。ウルトラセブンの現場でのアンヌは、皆に愛された人だったんでしょうね。

 文庫化なので、猛烈なアンヌファンでなければ、「私の恋人ウルトラセブン」か「アンヌ再び…」のどちらか1冊を読めば十分かも。でもファンなら、写真なんかにけっこう違いがあるので、両方買わないわけにはいきませんよねえ。ウルトラセブンの裏話を知る事が出来る楽しさ以上に、60年代後半から70年代の日本のテレビ映画業界の世界の独特なムードを感じることのできる、いい本でした。セブン好きの人は必読の1冊ではないかと!



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書籍『セブン セブン セブン 私の恋人ウルトラセブン』 ひし美ゆり子

SevenSevenSeven WatasinoKoibito HisimiYuriko こっちは「アンヌ今昔物語」の20年前の1997年にアンヌ…じゃなかったひし美さんが書いた本です。いや、ウルトラセブン好きな僕としては「ひし美ゆり子」さんじゃなくて「菱見百合子」さんだな( ̄ー ̄)。「アンヌ今昔物語」が、タレントがサラッと書いたライトエッセイ的な感じだったのに対し、こっちはかなりちゃんと作られた本。文体も立派に校正がはいっていて(「アンヌ今昔」は、素のひし見さんの話し言葉というか、です・ます調とだ・である調がごちゃまぜとか、色々あります^^;)、文字数や写真もこっちの方が圧倒的に多いです。
 内容は、ウルトラセブンを含む菱見さんの出演映画・テレビの回想録と、ウルトラセブン出演者&制作関係者の思い出話。出演作回想録はウルトラセブンにいちばんページが割かれていて、セブンは各話ごとに書かれています。

 本全体としては、あの時代の女優という職業の事や、映画やテレビの世界の空気感が伝わってきて、すごく面白かったです。菱見さんという女優と、当時のエンターテイメント産業の空気感。菱見さん、真面目に作品に打ち込むタイプではなく、時間が来るとタイムカードを押して帰るような仕事感覚で女優業を捉えていたなんて書かれていますが、当時の映画役者の多くは映画会社所属だったわけですし、菱見さんに限らず、多かれ少なかれみんなそういう感じだったのでしょうね。当時のプロ野球選手も、試合が終わると酒や麻雀ばかりだったといいますし。終わると毎日のようにスタッフや役者仲間と飲み歩いた事。流されるようにヌードや汚れ役もこなしていった事。当時のゴールデン街の様子、女優をやめてバーを経営して、店が跳ねてから客と一緒に中華屋に行く…当時の俳優の人生の典型が、ありのまま書かれているようでした。

 でも菱見さんは、新劇やアングラ劇団から這い上がった女優ではなくて、オーディションで目をつけられて東宝に入った女優との事なので、俳優としては恵まれたスタートだったんではないでしょうか。そうなれたのは、それだけ周囲の目をひく何かを持っていたのでしょう。自分を飾らず、けっこう赤裸々に本音が伝わってくる本でしたが、そういう本を読んでなお僕は菱見さんに魅力を感じました。なにか、芝居の上手下手とか容姿ではないところにある菱見さんの魅力があるのかも。

 それってなんなのでしょうね。僕は物心ついた時にはもうウルトラセブンもダンもアンヌも知ってました。それは強烈な印象で、ダンは恰好よかったし、アンヌは…不思議な印象でした。正直にいえば、物語序盤は微妙、髪も猿みたいだったりバサバサだったり(^^;)。僕の中でアンヌの印象が間違いなく良くなったのは、「セブン暗殺計画」からでした。さらに、「ノンマルトの使者」あたりのウィッグをつけたあたりになると、人間像に魅かれるようになっただけでなく「美人だな」とも思うようになってました(^^;)。声は酒焼けしたかのようにちょっとハスキー、姿はブスにも美人にも見える。育ちが悪いようにもすれていないようにも、大人にも幼くも見えて、つかみどころがない女優。芝居がうまいという役者力でなく、何にでもなれるという役者力があるのかも知れません。この本を読む限り、彼女自体が実際にそういう人なのかも。
 すごいなと思うのは…僕は「ダーティー・ハリ―」という映画が大好きですが、仮に主役のイーストウッドがマックイーンに差し替わったとしても、すんなりうけいれられる気がするんですよね。ウルトラセブンでも、主役のダンは、森次浩司さんと阿知波信介さん(ソガ隊員役です)が入れ替わっても受け入れられそうです。でも、「セブン暗殺計画」や「史上最大の侵略」のアンヌにハマる女優は、他のどの女優でも代役がききそうにありません。あの21歳の時の菱見百合子さん以外にありえないです。それってなんなのか…そこが、役者の経験もなく、美人でもないのに、映画産業全盛期の東宝のオーディションに出て人の目をひきつけた菱見という女優の不思議な魅力なのかも。

 というわけで、「アンヌ今昔物語」より、もっと素のひし美ゆり子像に迫った本だと思います。カラーテレビの登場で映画産業がすたれていく時代を生きた女優の物語として、とても面白く読めた本でした。(^^)。


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書籍『アンヌ今昔物語 ウルトラセブンよ永遠に…』 ひし美ゆり子

AnnuKonjakuMonogatari.jpg  読み終わった後、ジーンと来てしまいました…。アンヌ隊員の書いたウルトラセブン制作に関する本です。1967-68年制作の特撮テレビ番組「ウルトラセブン」のファンって、日本に何人いるんでしょうか。1000万人はゆうに超える気が…。僕もそのひとりで、今まで何十回見たか分かりません。セリフもそうとう頭に入っていて、僕が役者の喋る前にセリフを喋っちゃうものだから、一緒に観てたかみさんが驚くほど。DVDボックスもサントラも持ってます。そのぐらい好きなので、「セブン」と名のつくものは、つい手に取ってしまうんですよね(^^)。これは去年(2017年)の夏に発行された1冊で、ヒロイン役のアンヌ隊員を演じた、ひし見ゆり子さんが書いた本です。内容は、ひし見さんの幼少時、アンヌ隊員にキャスティングされた経緯、そしてウルトラセブン全話にわたる俳優の立場からの裏話です。

 まず、アンヌ隊員の立場からの、撮影時の思い出話が面白かったです。見た事のない写真もけっこう出ていて、そこも良かった(^^)。僕は昔ひし見さんのブログやウルトラセブンのマニアックなサイトなんかを読んでいた事があったので、知っている事もあったんですが、でも忘れてる事もあって、やっぱり面白かったです。第1話で、アンヌが主人公ダンに対して「ダン、あなたの地球がピンチに立たされてるのよ」というセリフをいう所がありますが、あれはその前にアンヌとダンが「あなたの一番好きなものは?」「地球」というやり取りをしていて、そのシーンがカットされたから浮いたセリフになったんだだそうで。
 そして、こういうトリビア的な裏話だけでなく、思い出話も面白かったです。いや、実はそっちの方が、あとから効いてきちゃいました。「栄光は誰のために」は千葉に一泊ロケで、旅館でメインゲストの山口暁さんに「おちょこに20杯ビール飲めるか」と煽られて飲んだ。「第四惑星の悪夢」で監督した実相寺昭雄監督に「この話で作戦室のアクリル板に映ったアンヌの顔が、僕のアンヌの一番のお気に入りだ」と言われた。…最初はなんてことない話と思ってたんですが、こういう思い出話をずっと読んでいたら、まるで僕自身がウルトラセブンの製作スタッフとしてリアルタイムで一緒に作ってる気分になってしまいました(^^)。

 そして、読んでいるうちに、心を締め付けられるような感慨が。このシーンに出ていたのはロケバスを運転していた○○さん、あの時に一緒に騒いだのは○○さん、このシーンの声はたぶん○○さん…この本の後半で、アンヌさんは、こんな事を書いています。「当時のスタッフとキャストが、どんどん旅立たれていきます。いつか、セブンに関わった人間は誰もいなくなってしまう。私が書いておかなくちゃ…」。今のアンヌさんは、旦那さんが家に帰って来なくなり、子どもたちもみんな独立して、独居生活になったんだそうです。今、ひし見さんは過去を振り返っています。近づいてきた自分の最期や人生についても考えているでしょう。
 その今のアンヌの心境が、自分に移ってしまいました。物心ついた時に、僕はもうウルトラセブンの作戦室にあった赤と青のアレを知っていましたし、「セブン暗殺計画」の不気味な深夜のシーンの記憶もありました。小学生になっても中学に入ってもセブンは観て、そのあと大学、社会人、結婚と、どんどん齢を取っていますが、ウルトラセブンは、あの時のままフィルムに残されていて変わりません。ダンもアンヌも、フィルムの中では齢をとりません。ウルトラセブンが見続けられる限り、ダンもアンヌも若いまま不老不死で永久なのです。でも実際には、この作品を作ってきた人はひとりずついなくなって、いずれはアンヌも、そして観ている僕も…そう思うと、胸がしめつけられるようでした。

 でも、だから人生の素晴らしかった時期が輝いて感じられるのかも知れませんね。アンヌさんも、女優以外の色々な事があって今にたどり着いている人生と思います。そして振り返った時に、まだ20代前半で、自分の残り時間なんて考えず前だけ向いて芸能の世界に入って、辛い事も含めて希望に満ちていた自分の人生の1ページとして、ウルトラセブンが輝いて見えたのではないでしょうか。この本で楽しげに、そして時に悲しく過去を振り返るひし見さんの文章を読んで、そんなふうに感じました。ウルトラセブン好きの方には、大推薦の1冊です!


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『Elmo Hope / Homecoming』

Elmo Hope Homecoming エルモ・ホープという渋めのハード・バップなピアニストは、僕の中でブルースマンのスリム・ハーポとよくごっちゃになります。柏原芳江と榊原郁恵みたいな感じ ( ̄ー ̄)。

 このアルバム、3管編成です。基本的には普通のハードバップなのでですが、2曲目のピアノトリオ「La Berthe」が素晴らしい!まず、テーマの作りが実に面白いです。そしてブレーキングコーラスもアドリブソロ部分とリズムのトゥッティ部分が作ってあって、アクロバティックなアスレチックをやってるみたいでなかなか楽しいっす。4曲目の急速テンポのピアノトリオ「Homecoming」も、曲の入りがすごく面白いです。それ以外はハードバップなタイプの曲のソロ回し半分、ジャズスタンダードなタイプの曲の演奏半分、といった感じ。スタンダードっぽいプログレッションの曲でのエルモ・ホープはちょっと不調なのか、アドリブでうまくメロディが繋がらない事が多いです。

 個人的には、2曲目や4曲目みたいな工夫のある曲がもっといっぱい入ってる方が好きですが、やりすぎるとジャズっぽさから遠くなって、ジャズファンから好かれないのかも知れませんね。王道のジャズが好きな人にとっては、はみ出しすぎず、でも新鮮なところもあって、楽しく聴ける1枚なんじゃないかと(^^)。


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『Elmo Hope Trio with Jimmy Bond & Frank Butler』

Elmo Hope Trio with Jimmy Bond and Frank Butler ジャズ・ピアニストであるエルモ・ホープが、1959年にContemporary レーベルに残したピアノトリオ作品です。ハードバップ以降のオーソドクスなジャズピアノという感じです。

 さすが、演奏がうまいです。そして、バップ曲ありバラードありと、当時のジャズのピアノトリオで聴く事の出来る曲想をひと通り堪能できるアルバムです。しかし問題点は…ハードバップ全盛期の50年代ジャズって、みんな同じに聴こえちゃうのです(T_T)。
 プロのジャズマンと昔の映画俳優って、似てると思う時があります。テレビ番組のように映画が次々に作られていた時代の役者さんって、「その仕事はよく覚えてない」なんていう人がけっこういます。ジャズマンもそんな感じで、出たステージや演奏した曲なんていちいち覚えてないんでしょうね。与えられた仕事をやったら翌日は次の現場の繰り返し、自分のした仕事も覚えてない状況で、むしろレコードを何回も聴いているファンのほうが詳しかったりして。モダンジャズ大ブームの50年代、プロのジャズプレイヤーはクリエイティブである事より、音楽を仕事とみなしていた人の方が多かったんでしょう。人気があったジャズなんてその典型で、オーダーされた演奏を毎晩こなして翌日には次の現場…みたいな人が多かったのかも。

 名盤と言われてるこのレコード、悪くない1枚だと思います。でも、アンサンブルをもう少しちゃんと作るとか、テーマ部分で工夫をするとか、ただソロを回すんじゃない工夫をしたら、さらに素晴らしいものに出来たと思ってしまうのでした。でもそうしなかったのは、アーティストである以前に、プロのプレイヤーのひとりだったという事なんでしょうね。「レコーディングしたいんですけど」「いいですよ」みたな流れで作られた1枚だたんじゃないかなあ。そっくりなものの大量生産って、50年代のオールディーズや80年代の産業ロックもそうですが、それってアメリカ自体の傾向だったりして(^^;)。あ、でも演奏はさすがです、これぞプロ演奏家。


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『Elmo Hope / Hope Full』

Elmo Hope Hope Full  ジャズ・ピアニストのエルモ・ホープのアルバムの中で、飛び抜けて好きな1枚です!これはいい!
 好きな音楽って、同族嫌悪みたいになっちゃうときってないですか?僕の場合のジャズは、大好きなはずなのに、普通にジャズっぽく演奏されると「なんの工夫もないのかよ」みたいに思っちゃう時があるんですよね。クラシックってみんな同じ曲を演奏するじゃないですか。ジャズもそういう所があって、同じ曲を演奏してもそこで面白いアレンジをしてるとか斬新なソロが聴けるとかならいいんですが、何の工夫もせずただ演奏してるだけみたいになるとゲンナリしてしまうのです。というわけで、ろくにアレンジも施さずにソロだけ回してるようなジャズはあんまり好きじゃないのです(^^;)。

 エルモ・ホープもそう感じるところがありまして、夜な夜なジャズのステージに立って仕事をこなしてるだけ…みたいな印象があるピアニストでした。ところが、西海岸に移った50年代後半から、ホープの音楽はちょっと翳のあるものになったというか、オリジナリティあるものを出す機会が増えたと感じます。これは奥さんのバーサ・ホープとの2台ピアノで録音された1962年のアルバムで(ソロも演奏してます)、これが実にいい!ラグタイムみたいなジャズもあれば、ジャズ本流もあれば、すごく翳のある音楽もあります。個人的なおススメは2曲目「Yesterdays」。ちょっとレフトアローンに似てますが、インスタントでは味わえないコクと深み、これは素晴らしすぎです。。そして4曲目「Most Beautiful」。ジャズだからと言ってなんでもかんでもジャズなまりに演奏は好きじゃないんですが、こういう風にすると古いジャズと古いアメリカのクラシックみたいでなんとも素晴らしい。2台ピアノを左右に振った「Blues Left and Right」、これも古いジャズとピアノ音楽が混じったような独特の雰囲気でスバラシイです。最初から最後まで丹念に作られた見事なアルバム、やっぱり音楽って個性的で私的なものであって欲しい。ジャズというにもエルモ・ホープの作品というにしても異色作に入るかもしれませんが、音楽として素晴らしい作品。息をのんでしまいました(^^)。


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『Robert Nighthawk / Bricks In My Pillow』

Robert Nighthawk Bricks In My Pillow 前回書いたロバート・リー・マッコイの戦前録音に対して、このレコードは1951~52年という戦後の録音。名前もロバート・ナイトホークに変わって、楽器もエレキギターに持ち替えてバンド・ブルースをやってます。バンドはエレキ・ギターにピアノ、ウッドベースにドラム。ほとんどシカゴ・バンド・ブルースです。とはいえ、シカゴブルースにそんなに詳しいわけじゃないんですが(^^;)。

 ちょっとビックリしたのは、ほとんどロックンロールの曲が演奏されてる事。あれ?チャック・ベリーがMaybelleneを演奏したのって1955年、ジョニーBグッドで1958年、プレスリーのハウンドドッグが1956年でしたよね?いや~、それより前にほぼロックンロールといっていい音楽があったんですね。あと、バンドブルースがけっこうカッコいいです。アップテンポもやるし、ボ・ディドリーみたいな太鼓まで出てくる時がありますが、僕的にはスローブルースがいちばんしっくり来ました。単音のスライドギターがビヨンビヨンいってます。

 すごく安定したバンドブルース。でも聴きようによってはあんまり個性のない普通のシカゴブルースのバンドみたいに思えちゃうかも。でも、ブルースでエレキギターが使われた走りみたいな時代の録音だし、いま聴くのとは違って当時はカルチャーショックを与えた音楽だったのかも。マディ・ウォーターズやエルモア・ジェームスはナイトホークを真似てエレキギターやバンドブルースを演奏するようになったそうだし、果てはスライドギターまで真似てます。ボ・ディドリーのビートみたいなのがナイトホークのバンドを真似したのかどうかは知りませんが、ボ・ディドリー登場前にああいう事をやってたのも事実。チャック・ベリーやプレスリーの登場より前に、ほとんどロックンロールな音楽も演奏してます。ブルースのラジオ番組を持っていたことがあるそうだし、もしかすると、アコースティック・ブルースからエレクトリックなバンド・ブルースに変わる時代に、アメリカの黒人音楽に大きな影響を与えた人だったのかも。

 あ、そうそう、アルバムタイトルの「俺の枕に入ってるレンガ」ってどういう意味なのかと思ったんですが、Brick には「麻薬」のスラングでもあるそうです。こんなのアルバムタイトルにしたら、日本だったらすぐ発禁、家には警察が飛んでくるでしょうね。ブルースってやっぱりアンダーグランドなドスの効いた音楽だわ(^^)。



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『Robert Lee McCoy (Robert Nighthawk) / Vol.1 (1937)』

Robert Lee McCoy Vol1  戦前のアコースティック・ブルースマンのひとり、ロバート・リー・マッコイです。ライトニン・ホプキンスとかマディ・ウォーターズみたいに、戦前はアコースティックブルースをやってたんだけど戦後になるとエレクトリックに持ち替えてバンドブルースをやったという人はけっこういますが、その元祖はこの人。エレキに持ち替えた頃からロバート・ナイトホークに名前を変えてますが、どっちも偽名というのが笑える(^^;)。
 この人の特徴は、大きくて張りのある声とスライドギター。歌はダミ声でも、倍音をたくさん白人女性ジャズヴォーカルみたいなウェットな声でもなくって、BBキングとかマディ・ウォーターズみたいな野太いけど澄んだ声。その合いの手にボトルネックを使ったスライドギターがチョイ~ンって入ってきます(でも入ってこない曲の方が多いかな?)。スライドはジョニー・ウインターみたいな和音のままギュイーンってくるすごいやつじゃなくって、単音でキュイーンってかんじで、マディ・ウォーターズやエルモア・ジェイムスみたいな以降のブルースマンがみんなこのスタイルなので、かなり影響力あった人なんじゃないかと。1937年録音のこのレコードにはぜんぶ伴奏が入ってますが、弾き語りもしてたのかなあ。共演者は曲によって違うんですが、ハーモニカが入ってたらそれは全部ソニー・ボーイ・ウイリアムソン(どっちのソニーボーイか分からないT_T)、本人以外のギターはたいがいビッグ・ジョー・ウイリアムス。4曲に入ってるピアノはウォルター・デービス。あと、2曲だけHenry Townsend という人がギターで参加してます。けっこう大物と共演してるんですね。
 音楽的には、けっこう王道なブルース。「ディープで暗い」なんてよく言われますが、僕はあんまり暗くは感じなかったなあ。でもたしかにレイドバックした心地よいブルースじゃなくって、後のシカゴのバンドブルースに直結していくような音楽と感じるので、ブルースの王道を作った貴重なひとりなのかも知れません。どうしてアコースティック・ブルースからシカゴ・ブルースみたいな形になったのかという答えがここにある気がして、とっても面白いアルバムでした。



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『Peetie Wheatstraw / The Devil’s Son-in-Law 1937-1941』

Peetie Wheatstraw The Devil’s Son-in-Law 1937-1941 ピーティー・ウィートストロー、戦前のアコースティック・ブルースです!同じタイトルのアルバムがいっぱい出てますが、僕が持ってるのはWOLF盤のLP、18曲入りのやつです。アルバムタイトルの「悪魔の義理の息子」は、ウィートストローが名乗っていたふたつ名だそうです。ものすごくロックな通り名だな(^^;)。

 ドブロギターを構えて、面構えも悪魔っぽく見えなくもなくって、「悪魔の義理の息子」。こう来たんだから、ジョン・リー・フッカーとか戦前のライトニン・ホプキンスみたいな濃くてヘヴィーなブルースかと思いきや、とってもレイドバックして落ち着いた、聴いていて最高に心地いいブルース。いや~こんなの聴いてたら労働意欲なんてなくなってしまいます(^^)。。
 ジャケット写真では思いっきりドブロ・ギターを構えているのでビヨンビヨンいうスライド・ギターが聴けるかと思いきや、ピアノがメインです。編成は、ピアノとウッドベースとギターが基本編成で、曲によってブルースハープやトランペットが入ります。録音はニューヨークかシカゴ。セッションによってピアニストが変わるんですが、ウィートストロー自身がピアノを演奏しているものもあり。ほとんどが12小節のスリーコードブルースなんですが、40年以降になるとちょっと曲が凝ってきたりして、ジャズっぽく感じるものもあり、都会的なセンスを感じます。歌は太くて通る声、ひつこいぐらいに要所要所に「Woo, well, well…」という合いの手が入ります(^^)。オーティス・レディングの「gotta, gotta, gotta…」よりも、ロバート・プラントの「mamamama…」よりも多い(^^;)。というわけで、聴いてマッタリ気分良くなる系のブルースだと思います。若いころはディープで暗いブルースが好きだったので、アコースティック・ブルースでもこういう都会的で心地いい奴は苦手だったんですが、齢をとってからきくと最高に気持ちいいです。売らないでとっておいてよかった。。いや~これはいい音楽だ、部屋の中がこの音楽だけで南部アメリカのバーみたいな雰囲気になってくれます(^^)。



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書籍『弟子から見たショパン そのピアノ教育法と演奏美学』 エーゲルディンゲル著

弟子から見たショパン 僕の場合、天才ピアニストというと、モーツアルト、ショパンリストが真っ先に思い浮かびます。モーツアルトは古すぎて神話になってしまっていますが、ショパンやリストは、おじいさんが生で聴いたという人が今も生きていたりして、しかもそれらの証言が共通してたりするので、このふたりはリアルに凄かったんだろうな、と思います。さて、この本は、ショパンにピアノを習った人たちの証言を集めて、ショパンの教育方法やピアノ演奏観、音楽観にせまった1冊です。ものすごく分厚いです。大きく2部に分かれていて、1部がピアノの技法や様式、練習について。2部がショパンの作品の解釈。こんな感じです。これはピアニストだけのために書かれた本でした(^^)。

 僕は大学生の時にこの本を読んだんですが、なんでこの本に手を出したかというと、ショパンの曲の解釈が先生と対立したから(^^;)。下手だった僕はとてもじゃないけど先生に刃向えるはずもなかったんですが、「俺にはどうしてもそうは思えない、ここはショパンだってもっとレガートで弾くだろ」と思ったんですよね。それで、ショパンの発言なんかも出ているというこの本にあたった、というわけです。だから僕は第2部から読み始めました。第2部は、ショパンの有名曲がズラッと並んでいて、直接のお弟子さんたちが、「ショパンはこう弾いていた」とか「ショパンはこう言っていた」とか、証言しているわけです。というわけで、コンクールとかコンサートでショパンの演奏する人は、第2部は絶対に読んでおくべき!また、ピアニストだけでなく、ピアノ教師の方々も読んでおくべきなのかも知れないです。ショパンの楽曲の解釈に関して、本人がどうしていたか分かるんですから、こんなに為になる本もないと思います。あ、ちなみにですね…例の部分は、どうも先生の方が正しかったみたいです(∵`)。

 そして、もうひとつ素晴らしい所は、第1部に書かれているショパンのピアノ教育と、それを通しての彼の音楽観。ピアノ演奏に伸び悩んでいた大学生の頃の僕は、練習方法から自分を疑いはじめちゃってたんです。やってないわけではないのにうまくならない、時間ばかりが過ぎる…焦ってました。そして、ピアノの天才ショパンのピアノの演奏法や練習メソッドが知りたくて、2部だけでなく1部も読みました。いや~、読んだのはもう30年近く前なのに、いまだに覚えてる事があるという事は、ものすごく大きなヒントを貰ったんでしょうね、この本から。今でも覚えてるのは、「1日7時間とか練習するのは駄目。ものすごい集中して3時間練習。」「練習を時間で切ってるような奴はダメ。集中した30分とかの方が100倍ぐらい価値が高い。」…まあ、言い方は違ったかもしれませんが、こんな事が書いてありました。僕的には、「でも1日3時間なんかじゃ足りるわけないよなあ」と思い、きっとショパンは「だらだらやるな、集中力がとにかく勝負だ!疲れたら集中力ないまま続けても無意味。休んで、集中力が復活させてから練習。」と言っているのだと思いました。だって、3時間なんて、先生には「そんなにピアノ弾きたくないならピアノやめたら?」といわれるレベルの時間ですよね、いくらショパンが言っていたとしても、文字通り受け取る事は出来ませんでした(^^)。
 あと、僕は考えなくても弾けるようになるぐらに体に入れるのが練習だと思ってたんですが、「考えまくり、頭を使いまくって演奏しなさい。」「つねにどうやればうまくなるか、演奏できるようになるか、これを考えなさい。」ああ…。これも自分の練習方法に思いっきり影響を受けた言葉でした。

 少しマニアックな所だと、ピアノ自体の練習法の分割も、自分の練習方法を覆されました。リストの技法の練習の種類は、大きく三種。
 1.半音階や全音階、トリルの練習。つまり主に音階練習
 2.全音半以上の跳躍進行
 3.二声部の重音。つまり3度、6度(5じゃなくて6!なるほどと思いました)、オクターブ。
  これが弾ければ、三声部も演奏でき、音符の間隔も分かる、分散和音も演奏できる。

 これ、他の楽器にもあてはまるメソッドだと思います。僕は、こういうのを把握してませんでした。特にこのメソッドは、即興演奏に役立ちました。

 演奏美学も、思いっきりリスペクトしてしまいました。「すべて粒の揃った音で演奏するのが目的ではなく、美しい音で、ニュアンスをつけて演奏する事。」もう、その通りとしか言いようがないです。
 あとは、「音楽理論を出来るだけ早く勉強する」、「練習する曲は、先に構成や形式を丹念に分析する。完全に解体してしまう。すこしも疑問を残さず、完全に理解してからでないと練習しても無駄。」当たり前の事ですが、自分がそのあたりを雑にしか出来ていなかったもんだから、いちいちグサッと来ました。こういう言葉をきき流しちゃう人と、ちゃんとやる人で、雲泥の差がつくのでしょうね。僕がショパンの弟子だったら三日で破門だっただろうな(^^;)。
 ショパンは、よほどの高弟でない限りは、ショパンの曲を練習させず、バッハやベートーヴェンを練習させたそうです。これは、今の音大教育にもそのまま繋がってますね。これを知って、好きな曲ばかりを演奏していた私は、はじめてバッハとベートーヴェンに真正面から向かったのでした…って、振り返るとこの本から思いっきり影響を受けてたんだなあ。。なんとか上達したかったんでしょうね。
 ショパンは、テンポに徹底的に厳密。ルバートの時も、左手はテンポジュストで右手だけルバート。大げさな表現も嫌いだった。
まあ、覚えてるだけで、こんなような事が書いてありました。もっといろいろ大事な事が書いてあった気がするけど、さすがに何十年も経ったから忘れちゃった(^^;)。伸び悩んでるピアニストって、天才ピアニストの本を読んで、なんとか練習法やら上達方法なんかのヒントを貰おうとすると思うんですが、僕もご多分に漏れずにそううひとりでした。そしてその中の一冊だったこの本は、すごく参考になりました。グールドの本からはソルフェージュ能力の重要さを学んだ気がしますが、こっちはもっと具体的でしたね。この本に限った事ではないですが、こういう偉大な先人たちの知恵を借りて、練習の仕方を工夫したり、色んな事に気づかされたりしました。やっぱりショパンは偉大です。

 リストは、ピアノでオーケストラを奏でるみたいな人ですが、ショパンって、もっと繊細というか、タッチとか音色とか、そういう所の表現をメカニカルに追求した人だと思います。ショパンの指導方法や証言がたくさん出ているこの本、ピアニストやピアノ教師なら必読。またショパンのファンにとっては、第2部のショパンの曲の解釈がメッチャ面白いです。



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書籍『ナディア・ブーランジェとの対話』 ブルノー・モンサンジャン

ナディアブーランジェとの対話 伝説の音楽教師ブーランジェ、晩年のインタビュー集です。なんといっても20世紀の名だたる音楽家の才能を片っぱしから開花させた伝説の人ですから、音楽をやっていて伸び悩んでいる人は、この本からヒントを掴めるかもしれない!いちど読んでみる価値がある本です。
 クラシック音楽にある程度踏み込んだ人で、ナディア・ブーランジェを知らない人はいないと思っていたのですが、それって、僕が末席の末席ながらも音楽を学んだ側の人間だからなのかもしれません。というのも、CDを2万枚以上所有しているとても熱心なクラシックファンの知り合いの方が、ブーランジェを知らなかったから。たしかにブーランジェは作曲家としても演奏家としても人前に立っていないので、聴く専門の人には名前を耳にする機会がないのかもしれません。ブーランジェは、フランスの有名な音楽教師で、1887年生まれ、1979年に他界しています。コープランドやバーンスタインやカーターといった大有名なアメリカ人作曲家が彼女に師事しました。多くの大ピアニストも彼女に師事しました。クラシック以外でも、タンゴのアストル・ピアソラやブラジルの天才エグベルト・ジスモンチなどが彼女のもとで学んでいます。そういう意味で言うと、北米南米問わず、芸術音楽の分野でヨーロッパに大きく遅れていたアメリカ大陸全体の音楽水準を引き上げた人といえます。この本に手を伸ばすのは、作曲にしろ演奏にしろ、音楽を学んでいる人だと思いますが、25年ほど前の私もそうでした。伸び悩んで、わらにもすがる思いで「伝説の音楽教師は、どうやってあんなにたくさんの超一流音楽家を育てたんだろうか、レッスンに上達のヒントがあるんじゃなかろうか」と思ったのです。そして実際に、ヒントがたくさんありました。もう、自分がやってる事なんて音楽の勉強にすらなってないんだなあ、みたいな。打ちのめされましたね。

 この本は、大きく分けて彼女の音楽観や音楽教育観を述べた前半と、彼女と深く関わりのあった音楽家との思い出を書いた後半に分かれています。クラシック音楽ファンなら、後半もすごく面白いと思います。なんせ、ストラヴィンスキー、リパッティ、マルケヴィチ、プゾーニといった偉大な音楽家の裏話や実像が大量に書かれているので、読んでいるだけで面白いです。ストラヴィンスキーの自筆譜に残っている書き直し跡の話とか、なぜマルケヴィチが作曲を公表しなくなってしまったのかとか、もうここまで来ると音楽史の重要な証言で、読んでいて貴重でもあるし、学ぶところも多かったです。
 でも、恐らくこの本を手にする人の大半が興味を持つのは、前半のナディア・ブーランジェの音楽観や音楽教育観ではないかと思います。ここは、直接のレッスン内容が書いてるわけではないのですが、光が差した思いでした。今この本の感想を記憶だけで書いてるのですが、思い出せる事を書いてみます。
 まず、一番覚えているのが、ブーランジェがまだ音楽文化の遅れていたアメリカの音楽家を教育する時に感じた事が、アメリカ人は人一倍勉強家で、才能にも恵まれているのに、耳の発達が十分でないために専門的習得が遅れる、というものでした。外声しか聞こえずに内声を別々に聞く事が出来ない、音は鳴っているのに何も聴いてない、つまりソルフェージュが出来ていない、ということですね。実際、ブーランジェのソルフェージュのレッスンで、驚くほど多くの一流音楽家が育ったわけですし、これは「彼らは俺たちとは別次元だから」とか「クラシックの世界だから」とか、見過ごせないところだと思います。このブーランジェの思想は今の音楽教育に生きています。ソルフェージュが苦手だった僕は、ピアノの練習やら作曲やらの前に耳だ、と思い知らされました。
 次に、集中力。何かあった時に、それに気づける人は進歩の可能性があるけれど、気づかない人は全てをやり過ごしてしまうので進歩しない。集中力や注意力のない人は社会でいい人になるけれど、音楽には向いていないということでした。ブーランジェをはじめ、優れた音楽家は、かなり難しいクラシックの曲でもいちど聴くと覚えてしまうそうですが(しかも忘れないらしい)、ブーランジェに言わせるとそれは特殊な能力というよりも、集中力なのだそうです。ブーランジェの生徒だったイディル・ビレットという7歳の女の子が、楽譜も読めないのにピアノを弾いて聴かせると、和音を取り違える事もなく1音漏らさず聴き分けたというのも、そこに繋がるのだと感じました。僕は、自分の課題以外ではそんなに音楽に集中していませんでした。また、そんなに集中すると疲れるからといって、どこかでブレーキをかけていました。でも、そんな姿勢で音楽をやるなど甘すぎるということを、この本に教えられました。僕がトップクラスの生徒じゃなかったというのもあったんだと思いますが、音大での僕の先生は僕に優しい人が多かったんです…。人生で出会える素晴らしい音楽の数は限られていて、それを聞き逃すなどもったいなさ過ぎる、いちど聴いて全部覚えてしまうぐらいの集中力で常に聴いてないと駄目だったのです。しかもブーランジェは、朝の9時から夜の10時とか、それをずっとレッスンに費やしていたそうなので、集中力の鍛え方が半端でないと思いました。集中力が強いと、人からは神経症というか、ヒステリーに見えるそうです。でも、そう片付けるのは簡単で、そういう人だけが叡智を与えられるのだ、とブーランジェは言っていました。
 欲求とか情熱。凡人はやりもしないことを口にしたり、時間がないと弁解したりするけれど、それはバッハだってシューベルトだってそうだったはず。シューベルトが残した楽譜を調査すると、書くのに25年かかるそうです。でも、シューベルトは実際には15年でそれを書いています。天才とかなんとか以前に、実際に音楽に費やしている時間が違うんですよね。すぐ才能とかいう奴は、それ以前にやる事やってないんだよ、と言われた思いがしました。

 そして、誰だったか、ナディア・ブーランジェのレッスンを受けた高弟の証言が印象に残っています。あれだけ多様な音楽家を育てながら、彼女のレッスンはソルフェージュ、和声、対位法、オーケストレーションの型どおりの練習以外はどんなメソッドも使わなかったそうです。今の作曲技法すら信じていなかったとの事です。ブーランジェ自身、たしか「私は生徒に音楽で話す事が出来る言葉や技術を与えるだけで、私の音楽観を彼らに押し付けないように細心の注意を払っている。音楽は彼らのものだ」みたいなことを言っていたはずです(この本に書いてあったことかどうかは、ちょっと記憶が曖昧。ほかの本だったかも)。そして、彼女が音楽漬けであったことも記憶に残っています。僕は、音楽はなんとなく取り組むのがむずかしくて、聞くなら集中して聴く、練習するならきちんと4時間とか5時間とかきちんと時間をとって練習する、という風にやっていました。でも、ブーランジェは、朝から夜までレッスンをして、疲れて家に帰ってくるとラジオをつけてクラシックを聴くのが趣味だったそうです。それも、さっきの話みたいに、僕とは全く違うレベルで集中して聞いているのでしょうね。

 読んでから20年以上経ってしまったもので、かなり記憶が曖昧になっていますが、何度も読んだ思い出の本です。ほかにも、色んな彼女の考えが書いてあったと思います。音楽家を目指したい方、あるいは音楽で伸び悩んでいる方は、クラシックに限らず、大きな転換点となる1冊かもしれません。一読をおすすめしたいです!


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『Footloose / Original Soundtrack』

Footloose Original Soundtrack うちにある80年代のロックのレコードを聴いていて気づいたのは、自分の青春時代まっただ中の80年代、リアルタイムの音楽で僕が好きだったのはクラシックで、ロックやジャズは50~70年代のものの方が好きだったのかも(^^;)。でも、リアルタイムで聴いていた洋楽もありました。たとえばこれ、1984年のアメリカ映画のサントラです!

 僕はこの映画を観てないんですが、サントラは流行してました。このアルバムに入ってる曲だと、ケニー・ロギンスの「フットルース」はもちろん、ボニー・タイラーの「Holding Out For A Hero」に、Moving Pictures の「Never」あたりも大ヒット。といっても、超安っぽい日本のテレビドラマの主題歌としてね(^^;)。「金曜日の妻たち」「スクールウォーズ」「不良少女と呼ばれて」…なんて言っても、同世代の人じゃないと分からないですよね(*゚∀゚)アハハ。これらの曲は、アレンジすらほとんど変えずに日本語訳だけして完コピーされ、日本のテレビドラマの主題歌に使われてたんです。そんなわけで、映画を観ていなくてもアルバムを持っていなくても、みんなこのアルバムの半分以上の曲を知っている状態でした。
 僕にとっては、音楽が時代をあらわすという典型の1枚です。このサントラが流行した頃は僕の学生時代とピッタリ合っていて、楽しい思い出が多いんです。ボーリング場とかロッテリアとかゲーセンとか、友だちや彼女と楽しく過ごした場所で、こういう音楽がずっと流れてました。スネアにすごいリヴァーブをかけて「バ~~~~ン!」みたいに鳴ったり、デジタルシンセでストリングスやベースの代用をしたり、いま聴くと軽薄に聴こえるけど当時はこれが軽妙に聴こえて、そこが85年という浮かれた時代にピッタリ(^^)。すごく楽しい時代の空気がギッチリ、聴いてるだけで懐かしくって涙が出てきちゃいます。

 当時の日本は、疑いもせずにアメリカ文化をそっくりそのまま受け入れた戦後最大の時期だったと思います。音楽という文化的なものまでアメリカ製のまま無条件で受け入れて、そのままテレビドラマの主題歌に使われるほどでしたから、思考停止もここまで来たら大したもんだよというほど(^^;)。でも、それを思考停止とすら思わないぐらいの幸福な空気感だったんです。でもそういう無意識に刷り込まれたアメリカ文化万歳な感覚は、僕の場合は90年の湾岸戦争で吹き飛んでしまいました。どこか地に足がついてない感じの正体が、いきなり分かった感じ。イラクに飛び交う無数の銃弾をリアルタイムで見せつけられて「実は本当の現代史って…」みたいなところを否応なしに考えさせられて、はじめて学校の教科書じゃない世界史の本を読んで、その瞬間に僕の中で搾取と犠牲の上に成り立っている現代のローマの幸福が終わったのでした。実際、それまでの僕は本気で「和食きらい、ハンバーガーすき」「邦楽ダサい、洋楽かっこいい」ぐらいの感覚だったんですよ(^^;)。

 それでも僕にとって、バブルの弾ける直前の5~6年が実際に幸福だった事は事実で、その幸福な時代の空気感がこのサントラにギッチリ詰まってる感じです。この心地よさって、フィフティーズのそれに似てるかも(^^)。



*追記:ブログ友達の方からコメント欄に書き込みをいただきました。ありがとうございます!その返答にちょっと荒っぽい推論を書きましたので、以下に転記しておきます!

「 僕も80年代のロックは明るくないのですが、レコードからは共通する傾向が聴こえてきますね。これってバンドやミュージシャンの意向以上に、レコード会社の方針が強く反映されているからかも知れません。80年代はフォークロアもインディーズも弱いので、仮に色んな音楽があったとしても、レコード会社の検閲を通ったもの以外は一般には届きにくかったんだろうな、と思いました。実際、ものすごくアンダーグラウンドですけど、アメリカ80年代のノイズ系とか90年代のクラブ系とか、相当に素晴らしいです。でもそういう音楽って大手レコード会社の流通に乗らないので、自分で深く探して聴く人以外には、そういう音楽はまったく無視されてますよね。あるけど、ないも同然にされてるというか。

 テレビラジオもレコードもアメリカの音楽産業の傾向は、ジャズもロックも、ジャズエイジの頃から変わってないように感じます。基本姿勢は「音楽を聴かない人にもわかりやすいもの」「はやく生産が出来て次々に消費できるもの」「消費者の需要の範囲で、すこしだけ違う似たもの」なんじゃないかと。ここにゆらぎが生じる理由は、背景にある商業主義の揺れの事で、戦争なんかの大きな事件が起こると、産業音楽よりも民間音楽が目立つようになる時があって、その時だけ「変わった」ように見えるだけで、実は産業音楽自体は変わっていないのだと思います。または、そういう時だけ主張ある音楽が売れるようになるので、その時期だけレコード会社がそういう音楽を拾う、みたいな。

 アメリカで産業音楽が支配的になる時代って、ジャズエイジのジャズ、50年代のハードバップやフィフティーズ、80年代のロック・ポップスに共通するところで、つまり1次大戦後のひとり勝ち、2次大戦後のひとり勝ち、ベトナム戦争の傷が癒えた時期とピッタリ重なっています。つまり、そういうことです。」


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『Triumph / Allied Forces』

Triumph Allied Forces これも80年代前後のロック。カナダのスリーピースのハードロックバンド、トライアンフが1981年に発表した5枚目のアルバムです。音楽は、ハードロックど真ん中、ちょっとだけ転調したりリズムが変わったりというスパイスが聴いてる感じ。
 若いころに興味を持った理由は、スリーピースバンドときいたから。ジミヘンクリームZZトップみたいに、ギターは分業制にしないのが好きだったんです。だって、ピアノがリードピアノとサイドピアノに分かれてたら変じゃないですか。そして友人が貸してくれたので聴いてみたら…ギターがいっぱい、オーバーダビングかあ_| ̄|○ ウウ。

 子供の頃、最初にターンテーブルに乗せた時は…おおお~ギターがギュインギュインしてるしリフもメロディもカッコいい、ドラムもバシバシ決まってヴォーカルもいい、これはすごくいい!メッチャいい!って思いました。でも、A面を聴き終わらないうちに飽きてしまった(;_;)。なんでこんなにかっこいいと思ったのに15分で飽きてしまったんでしょうか。
 思うに、音が一本調子で変化しないところが原因だったんじゃないかと。特に音色は、演奏中にひとつの音色しか出せないんですよね。理由はテクニックとかそういう所じゃなくって、音色づくりを大量生産品のアンプやエフェクターに頼りすぎたからじゃないかと。これだけディスト―ションかけたらそりゃ音に迫力は出るだろうけど、どうやって弾いても全部エフェクターの音になっちゃうだろうし画一的にもなるわな、みたいな(^^;)。ここがハードロックの難しい所かも知れませんね。マーシャルの3段積みやRATのエフェクターやらを使えばあのズギュ~ンってくるカッコいいディスト―ション・サウンドにはなるけど、やりすぎるとニュアンスもへったくれもなくなって、しかもどんどん画一的な既製品の音に近づいてしまうという。こういうのを僕は「味の素現象」と呼んでます。ちょっと入れるとうまい、でも入れすぎると全部化学調味料の味になって、どんな料理も同じ味になってしまうという(^^;)。

 とはいえ、AC/DCやエアロスミスと違って、みんなうまいし曲もいいです。最初の出会いがもっと若いときだったら絶対に衝撃を受けただろう1枚。産業性が強くなった80年前後のハードロックではあるけど、名作のひとつじゃないかと。


03 2018 « »
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プロフィール

Bach Bach

Author:Bach Bach
神戸住まい、奥さんとネコと暮らす音楽好きです。音大は卒業したのですが、成績はトホホ状態でした(*゚ー゚)

ずっとつきあってきたCDやビデオの備忘録をつけようと思い、ブログをはじめてみました。趣味で書いている程度ですが、いい音楽、いい映画、いい本などを探している方の参考にでもなれば、大変嬉しく思います(ノ^-^)ノ

最近気になってるCDとか本とか映画とか
intoxicateに載っていた1枚。「Vyacheslav Artyomov」、ロシアの作曲家は名前が読めなくってムズカシイ。。「ヴャチェスラーフ・アルチョーモフ」と読むらしいです。伝説の「フレンニコフの7人」のひとりとの事ですが、それって何かすら僕は知らず(^^;)。作風的には初期は新古典的、後に民族的な様式、十二音技法や、複調性、ミニマルなんかも用いたみたい。ロシアの前衛は強烈なものが多いので、聴いてみたいです。アマゾンで買おうと思ったらダウンロード版しかなかった(;_;)。 オスマン時代から現代までのトルコ音楽のガイド本みたいです。おおお~、これは絶対に読もう!!
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