FC2ブログ

心に残った音楽♪

おすすめCDの紹介のほか、本や映画の感想などを (*^ー゜)v

 

Category: CD・レコード > ジャズ   Tags: ---

Response: Comment: 0  Trackback: 0  

『Miles Davis / Cookin’』

Miles Davis Cookin チャーリー・パーカーとの共演で名をあげ、その後ニューヨークに出てジュリアード音楽院で音楽を学び、ブルーノートからリーダー作を発表…みたいな感じで、ジャズ・トランぺッターとして順風満帆のスタートを切ったマイルス・デイヴィスですが、その黄金時代の前半である1950年代前半は、プレスティッジからハードバップ系セッションで大量のリーダー作を発表しました。その中には名作と言われてるものが結構ありますが、ジョン・コルトレーン参加、ピアノはレッド・ガーランドというクインテットの名作のひとつがこれです。1956年発表、「クッキン」です!

Miles Davis (Tp), John Coltrane (Tsax), Red Garland (P), Paul Chambers (B), Philly Joe Jones (Dr)

 大人の音楽だ…。ハードバップというと、どこを切ってもキンタロー飴な音楽の代表格と聴く前は思ってしまうんですが、実際に聴くと素晴らしいものが結構あって、これもそんな1枚でした。ちょっとしたことだと思うんですが、起承転結の作り方が実に音楽的で、ソロまわしてるだけなんて甘いもんじゃないところが素晴らしい(^^)。この頃のマイルス・クインテットの演奏って、火の出るような爆発力ある音楽じゃなくって、エレガントさを失わない感じ。例えば、レッド・ガーランドのテンションの挟み方が見事。これ、50年代ですよね…ジャズって、ナイトクラブで演奏されるエンターテイメントな娯楽音楽だったはずですが、そうとは思えないほど和声の進化した音楽なんだなあ、と思い知らされます。そしてその上でラインを作るマイルスのソロの組み立てが見事。1曲目「マイ・ファニー・ヴァレンタイン」はマイルスの18番ですが、アドリブで作ったとは思えないほど綺麗なライン、しかも起承転結が見事で、実に音楽的な組み立てです。このあたりがクラブ叩きあげなだけじゃなくってジュリアードで学んだ人という感じ、エスプレッシーヴォな音楽の大局的な作り方が分かってるというか、コード・プログレッション的にはコーラスまわすだけの構造なのに、マイルスが作ると、その中で大きな構造をきれいに作るんですよね。自分のソロ番になると勢いよくひたすら音符を埋めるだけのハードバップやフュージョンとは大違い、これこそ音楽だ。あと、マイルスのグループにいたからなのか、コルトレーンも後々ソロの組み立てがすごくうまくなるんですが、この頃はもう一歩かな(^^;)。でも、「When Lights Are Low」のソロあたりは、もうコルトレーン節になってます。
 というわけで、40も過ぎると年相応の音楽を聴きたくなるというか、モダンジャズ黄金期の音楽あたりを心地よく感じたりして。一生懸命バンド活動してた頃は、「ハードバップなんてジジイ相手のエンターテイメント演奏して小銭稼ぎなんてやってられっか」みたいな気持ちもあったはずなのに、いま聴くと音楽的な部分がよく聴こえてきて、実によく出来た軽音楽だと思いました。ジャズ、いい!


スポンサーサイト



Category: PC・PCソフト・ゲーム etc. > ゲーム   Tags: ---

Response: Comment: 2  Trackback: 0  

『ゼビウス』 アーケードゲーム

xevious.jpg 70年代後半当時は不良のたまり場だったゲームセンター。僕はインベーダーより少し後のギャラクシアンとかパックマンのときにゲーセンデビューしました。その頃のゲーセンは、ビデオゲームとピンボール台とジュークボックスの3つがありましたが、これが徐々にビデオゲーム一色になっていったのでした。でも当時のビデオゲームのグラフィックはまだ発展途上で、キャラクターはべた塗り。パックマンなんて黄色1色だったしね(^^;)。しかし、そんなゲーセンにとんでもなく綺麗なCGで描かれたゲームが登場したのでした。それがゼビウスです!

 キャラクターに影が描きこまれ、テレビゲームの絵が平面画から立体画に進化しました。有機物だと絵の方がリアルだし迫力がありましたが、こういうメカニカルな絵だとCGの方がリアルだし独特の美麗さがあって、その立体感と美しさに感動しました。背景も丹念に描きこまれて、それまではたいがい黒一色だったビデオゲームが劇的に進化!ゼビウスは画面がスクロールしていくゲームでしたが、ゲームが面白いというよりも、美麗なコンピューターグラフィックスで描かれたその先が見たくて続けていました。最初は森ばかりですが、うまくなって先に進めるようになると、海があらわれ、砂漠があらわれ、ナスカの地上絵があらわれ、そしてそれまでのゲームではありえなかったような超巨大な敵要塞が!!僕にとってのゼビウスは、今までなかった美しすぎるCGを堪能するゲームでした。久々に遊んでみたら、ふたつ目の巨大要塞まで行けました!けっこう覚えてるもんですね(^^)。


Category: PC・PCソフト・ゲーム etc. > ゲーム   Tags: ---

Response: Comment: 2  Trackback: 0  

『ギャラクシアン』 アーケードゲーム

Garaxian.jpg パックマンが大流行していた頃、僕がパックマンに見向きもせずに夢中になっていたゲームがこれ、ギャラクシアンでした。スペースインベーダーの発展形っぽい、ステージクリア型のシューティングゲームです。
 子供のころ、最初に何に魅せられたかというと、画面のうしろに流れている星。これが綺麗だなあと思って、ゲームもせずにずっと見てました(^^)。スーパーマンとかスタートレックとかの映画のオープニングのタイトルロールで、星がどんどんうしろに流れていくCGあるじゃないですか。僕、ああいうの好きなんです、ずっと見てられちゃう…。
 そしてゲーム。小学生のころ、ヤ○○の息子の金回りのいい悪い友人がいまして(^^;)、彼とよくゲーセンに行ったんです。でも僕はお金がないから見てるだけの事が多かったんですが、たまに彼がおごってくれる。そういう状況なので、面白いゲームかどうかよりも、50円でどれだけ長く遊ぶことが出来るかがゲーム選択の基準になってました。点数とかも関係ない、重要なのはプレイ時間!そして僕が一番ねばって長く遊べるのがこのゲームでした。反射神経はいい方だったし、自分でやってない時も人のプレイを見てひたすらリハーサルしてましたし(^^)。大きい旗を1本は立てられた記憶があるので、10面はだいたい行けたんじゃないかと思います。2本立てた事もあった気がします。それがうまいのかヘタなのか分かりませんが、当時の子供の友達の中ではぶっちぎりの腕前でした。
 このゲーム、ただの反射神経ゲームに見えて、頭を使うと有利になる所がありました。このゲームで厄介なのは、上に並んでいる敵がジャンジャン飛んでくる事。これをどうにかできると先に進みやすくなるんですよね。上に並んでる時はなんにも攻撃してこない敵ですが、飛んで来ると体当たりしてくるわ弾をばらまくわで、かなり厄介。さらに飛んでくる敵の数が多くなって特攻の切れ目がなくなると、敵の攻撃をさばき切れなくなります。その攻撃を和らげる方法がありまして、攻略の鍵は敵の司令官みたいな黄色いやつ。こいつを倒すと、敵の攻撃がいったん止んで、飛んでこなくなるのです。というわけで、敵の攻撃が適度に切れるように、うまいタイミングで黄色い敵を倒すのが重要な戦略になるのです。この事に気づくと、けっこう先に進めるようになりました。あとは、撃ち漏らさない正確な射撃と、端に追い込まれないよう敵を誘導しながらの避け。敵が突っ込んでくる角度を和らげるよう、敵とY軸を合わせるようにすると避けやすくなる、みたいな(^^)。
 というわけで、一見するとただ撃って避けるだけのゲームに見えて、どのタイミングで敵の旗艦機を倒すかを考えながら進める、戦略性もある楽しいゲームでした。友人におごってもらって、ずっとやってたなあ。


Category: CD・レコード > ロック・ポップス   Tags: ---

Response: Comment: 0  Trackback: 0  

『Grateful Dead / Live/Dead』

Grateful Dead LiveDead グレイトフル・デッドで1枚といえばやっぱりこのアルバム。ライブ・バンドであるグレイトフル・デッド最高傑作の呼び声高いライブ盤です。1969年発表!

 とくに行くあてもなくジャム・セッションを繰り返してる、いつものグレイトフル・デッドです。それはそうなんだけど、1曲目の「DARK STAR」の、のびのびとしたギターのサステインが気持ちいい…。うしろでピロピロ鳴ってるオルガンが気持ちいい…。ああ~気持ちいい。盛り上がることもなく、ゆるやかな波が押したり引いたり、雲の上に乗ってふわふわしてるみたい。そして、聴いていた事すら忘れていた頃に、いきなりトゥッティが決まってびっくり(^^;)。

 60年代後半のアメリカのサイケな映画もポワーンとしたのが多いので、アモン・デュールのファーストやピンク・フロイドのセカンドのサイケデリック感覚がバッド・トリップだとしたら、これはマリファナのボワーッと気持ちよくなっちゃう系のトリップ感覚に近いんだろうな…な~んて思いながら聴いてました。似たようなボワーンと漂うようなトリップ感だと、ジェファーソン・エアプレインの「ホワイト・ラビット」とか、ビッグ・ブラザー&ホールディング・カンパニーのファーストとか…ああみんなサンフランシスコだ。僕はドラッグを推奨する気もないし、自分でやる事もないですが、気持ちよくなっちゃう系のドラッグのトリップ感覚を音楽で体験するとしたら、これは絶好の1枚なのかも知れません。音楽って、感覚の覚醒度だけを基準にしていえば、意識覚醒を目指す系と、意識低下を目指す系のふたつがあると思うんですが、これは後者。でもいま日本でよく耳にする音楽は、ジャズでもロックでも基本的に前者、だから分かりづらかったのかも。そして、日本でのデッドの評価を見るに、きっと良さがスッと分からなかったのって僕だけじゃないんでしょうね。良いの反対が悪いという考え方をしてしまうと、意識覚醒を目指す音楽を良いと感じたら意識低下を目指す音楽は悪く感じても不思議じゃないですし。そういえば、ロックやジャズがカッコいいと思ってた子供のころ、モーツァルトや演歌がつまらないと感じた理屈ってこれの気がする。そんなわけで、仏教音楽やトランスミュージックが好きな人だったら、なんて事なく「あ、いいじゃん」なんて思うのかも知れません。

 若いころからどこかしっくりこなかったグレイトフル・デッドが、「要するにバッドトリップじゃなくて気持ちよくトリップする系のドラッグ・ミュージックなんじゃないか」と思ったとたんに、突然気持ちよく感じてしまったのは、面白い体験でした。音楽が分かるって、判断基準が分かるということなのかも知れませんね。西海岸サイケを代表する1枚だと思います。



Category: CD・レコード > ロック・ポップス   Tags: ---

Response: Comment: 2  Trackback: 0  

『Grateful Dead / Blues For Allah』

Grateful Dead Blues For Allah グレイトフル・デッド、1975年のスタジオ録音アルバムです!僕がこのアルバムを買った理由は、「ジェリー・ガルシアがギター弾きまくり!天才ギタリストとしての彼のスーパープレイが聴けるのはこのアルバムだ!」「これこそデッドのスタジオ最高傑作!」という宣伝文句をどこかの雑誌で読んだからでした。

 起承転結のない曲がずっと演奏奏され続けるところも、ずっとマッタリなテンションなのも、いつものグレイトフル・デッド。違うのは、コード進行にちょっとだけフュージョンっぽい要素が入ってること。それに合わせてジェリー・ガルシアのギターの即興が、ちょっとだけスケール・アプローチっぽくなってます。そういう意味でいうと、ほんのちょっとだけジャズ/フュージョン路線の頃のフランク・ザッパに似てなくもないです。

 ただ、本人もバンドもプレイが凄すぎるザッパほどの音楽や演奏を期待をするのは危険。僕は「ジェリー・ガルシアのすごいギタープレイが聴ける」の売り文句に期待しすぎてしまって、若い頃に買った時は、肩透かしを食った気分を味わってしまいました。そういう過度の期待をせず、いつものデッドにちょっとだけフュージョンっぽさが入ったと思って聴けば、あくまでまったりダラダラのグレイトフル・デッドも楽しめるし、初期のペンタトニック・ジャムだけじゃない一歩進んだジェリー・ガルシアのアドリブ・ソロも楽しむ事が出来るしで、ハッピーなんじゃないかと(^^)。



Category: CD・レコード > ロック・ポップス   Tags: ---

Response: Comment: 2  Trackback: 0  

『Grateful Dead / Anthem of the Sun』

The Grateful Dead Anthem of the Sun 『アオクソモクソア』にサイケデリックを期待してたらカントリーを聴かされた感じがして肩透かしを食らった若いころの僕は、「デッドでいちばんサイケデリックなアルバムはこれだ!」みたいな雑誌記事を見て、このアルバムに手を伸ばしたのでした。で、聴いてみたら…『Aoxomoxoa』とそんなに変わらなかった(^^;)。。基本的にはジャムセッション、それがクロスフェードしたりSEが重なったり、あとは無調のグチャッとした即興演奏が入ってきたり。フランク・ザッパの『フリーク・アウト』の2枚目みたいなミュージック・コンクレート的なサイケとワンコードのジャムセッションの合いの子みたいな感じでした。

 グレイトフル・デッドのサイケって、グダグダなジャムが続く、続く、ずーっと続く…その時にちょっとした悟りが!!僕が好きなサイケって、ドラッグでいえばヘロインのバッドトリップに近いものというか、かなりディープで心にグサッとくるものですが、マリファナみたいなダラ~っといつまでも能天気に陽気にハイに気持ちよくなれるトリップというのもあるんじゃないか、グレイトフルデッドのサイケ感ってそれなんじゃないかい、と思ったのでした。こう思ったとたんに、今までグダグダにしか聴こえなかった音楽が気持ちよく聞こえ始めた…それはそれでいけない事の気がしますが(^^;)。同じ長時間のジャムでも、ドイツのアモン・デュールやエンブリオはヘロインのバッドトリップや執拗な集中力みたいな異様な説得力がありますが、アメリカのグレイトフル・デッドはマリファナでアタマの中がお花畑の躁状態になるフワーッとした快感、みたいな。アメリカのサイケって、僕が好きなドアーズ初期フロイド系よりも、このふわっと系の方が多いんでしょうね。というわけで、ヒッピーやフラワームーブメントというものがどういうものなのかが何となく分かった気になれました。

 あと、グレイトフル・デッドは、どれもジャケットが素晴らしい!アメリカの暴走族が革ジャンにつけてるワッペンみたいだ。それと…なんと今はボーナストラック3曲入りで再発されてる盤があるらしく、そのボーナスの合計が35分近く、しかも本編より素晴らしいらしい。ちょっと聴いてみたいな…。



Category: CD・レコード > ロック・ポップス   Tags: ---

Response: Comment: 0  Trackback: 0  

『Grateful Dead / Aoxomoxoa』

The Grateful Dead Aoxomoxoa 久々にLPのサイケコーナーを漁ったら楽しすぎる(ゴソゴソ)…あ、グレイトフル・デッドとか出てきた!サイケデリック・ロックがものすごく好きなのに、なぜか代表格のグレイトフル・デッドはそこまで好きじゃなかったりして(^^;)。いや、好きですよ、でもドアーズやクイックシルヴァーほど好きじゃないという感じ。そんなグレイトフルデッドを、久々に聴いてみよう、そうしよう。

 グレイトフル・デッド、バンド名が「死への感謝」ですからね、このセンスがすでにサイケデリック(^^)。ただ、僕は音楽の上でのサイケの意味がよく分かっておりませんで、イメージだけでいえばなんかグニュ~ってしてる感じ?それが音楽的に色んな工夫や冒険に繋がってるものは好きなんですが、単に変わったエフェクターを使って「サイケだ」とかいうのはあんまり面白く感じないし、ドラッグやってルーズなジャムセッションをやってるだけというのも好みじゃないです。ディープで先鋭的なセンスみたいなのが好きなんですね、ドアーズやジミヘンのファーストとか、ピンクフロイドのセカンドとか、クイックシルヴァーの組曲みたいなサイケが好き(^^)。さて、グレイトフル・デッドなんですが、若いころにサイケ的なものを期待してはじめて聴いた時の印象は、「あら?こんなに明るくってカントリーっぽい音楽なの?」とちょっと戸惑ったのでした。しかもジャムセッションっぽいものも多いし。このアルバムも、ロックバンド編成ではあるし、ところどころに工夫があって(アッチェルしてフェードアウトとか)サイケっぽい所もあるんですが、ぐだぐだジャムってるカントリーロックのバンドという印象の方が強かったなあ。

 でももちろん好きなところもいっぱいあって…このアルバムは1969年発表ですが、この時代のロックって、ロックの歴史の中でいちばん飼い慣らされていないというか、産業音楽から一番遠くて、とってもクリエイティブ、やりたい事も自己主張もはっきりしてる、そこが好きです。無伴奏で妙なアナログディレイみたいのがかかったチベット仏教のマントラみたいな曲も入ってますが、今の時代に、メジャーのレコード会社がこういうレコードを出すかというと、日本でもアメリカでもヨーロッパでも絶対にないでしょうね。ドラッグミュージックといっても、ドイツみたいなバッドトリップじゃなくって妙に能天気なのも楽天主義なアメリカっぽくて面白いです。60年代後半から70年代入口のロックは自由で本当に面白い(^^)。ロックが産業に飼い慣らされていなかった唯一の時代の代表バンドのひとつだと思います。60年代ロック万歳!!



Category: CD・レコード > クラシック   Tags: ---

Response: Comment: 0  Trackback: 0  

『モーツァルト:アイネ・クライネ・ナハトムジーク、ディヴェルティメントKV136, 137, 138 レーデル指揮、ミュンヘン・プロアルテ室内管弦楽団』

Mozart Eine Kleine redel モーツァルトの音楽、生真面目に聴くと後期の交響曲とか弦楽四重奏曲がやっぱり見事だと思うんですが、人気があるのは今も昔も明るく軽く元気なザルツブルグ時代の音楽なんじゃないかと。若いころの僕は明るく元気な音楽って能天気すぎてダメだったんですが、多少は成長しただろう大人になったいま聴くとどうなんでしょうか。というわけで、モーツァルトの代表曲のひとつ「アイネ・クライネ・ナハトムジーク」を久々に聴いてみよう、そうしよう。

 いや~これは気分をよくしたい時に聴いたら最高のBGMかも、あんまり深く考えずに聞けます…というか、深く考えて聴く音楽じゃない雰囲気(^^)。「アイネ・クライネ・ナハトムジーク」は、1楽章も3楽章も(この曲、スコアがなくなっていて2楽章がないんですT_T)クラシックを聴かない人でもみんな知ってるメロディだと思うんですが、こんなの聴いたら気分良くなるに決まってます。この曲はセレナードですが、このCDに入ってるセレナード(小夜曲、「さよきょく」と読みます)とかディヴェルティメント(嬉遊曲)というのは、芸術チックな絶対音楽の追及じゃなくって、聴いて楽しむ娯楽目的で作られた音楽です。若いころのモーツァルトは超売れっ子で、貴族から社交的な目的で作曲を依頼されてこういう曲を大量に書いていたそうですが、金持ちっていいですね、お気に入りの作曲家に曲を書いてもらって演奏してもらって、みんなでメシ食ったり踊ったりするんですから。まあそんな音楽なので、完成度の高さはそれはそれとして、まずは楽しく聴いてればいいですよね(^^)。それでも、聴いていて飽きてしまわないのは、やっぱり構造がしっかりしているからなのかも。有名なディヴェルティメント ニ長調KV136なんて、3楽章とも見事なソナタ形式ですし。

 そしてこのCD、音がソリッドでいいです!ハイドンやモーツァルトの管弦楽曲ってオケが少人数で、その分切れが良いと感じるんですが、色んな楽器が入って音量バランスを取るとか、そういうのを抜きにして考えると、やっぱり古典派時代ぐらいの規模のオケの方が僕は好きです。だって、この切れ味を聴いてしまったら…ねえ(^^)。

 明るく楽しい貴族の晩さん会や舞踏会の音楽、それでいて様式は見事といういかにもモーツァルトな音楽でした!こういうのを受け入れられるようになる心の余裕って大事ですよね。。



Category: CD・レコード > クラシック   Tags: ---

Response: Comment: 0  Trackback: 0  

『モーツァルト:交響曲第38番《プラハ》、第39番 ホグウッド指揮、エンシェンㇳ室内管弦楽団』

mozart symphony 38 39 hogwood ホグウッド指揮エンシェント室内管弦楽団演奏のモーツァルト交響曲40~41番があまりに素晴らしかったので、ついつい買ってしまったのがこのCD。39,40,41の3曲がモーツァルトの三大交響曲なんて言われてるもんで、39だけないというのが何となく寂しくてね( ̄ー ̄)。ちなみにこのCD、ホグウッドのモーツァルト交響曲全集から引っこ抜かれて作られた1枚だそうです。

 第39番変ホ長調は、典型的な4楽章ソナタ形式の交響曲です。曲想は明るく能天気な宮廷音楽のようで、現代の耳で聞くと退屈きわまりないですが(^^;)、構造分析しながら聴くとこれが実に緻密かつ無駄のない完璧な構造で、ちょっと鳥肌ものです。このCDの国内盤は、40~41番のCDと違って形式を説明してくれていないもんだから、構造を自分で分析する必要があります(^^;)。それでもがんばって大雑把に分析してみると…第1楽章の形式は序奏付ソナタ。序奏部分で、半音階で下ってくる旋律が色んな音域でこれでもかと繰り返されるんですが、これが最終4楽章に大いに関わってくるので、集中して聴いていないと構造を見失います(^^;)。でも、ものすごく印象的なクロマチックラインなので、記憶のどこかに残ってると思うんですよね、それが15分後ぐらいにまた出てくるから、推理小説で序盤に出てきた出来事が最後の謎解きに関わってきて伏線が回収されるような快感があります。序章が終わってからも見事な構造で、第1主題は途中で主題を変形させて迫りを作る経過句を用いて綺麗に第2主題へ。第2主題は属調で演奏されて変化を与えられ、盛り上がって一気に展開部へ!…と思いきやリピート(^^;)。展開部はモチーフを和声進行に合わせて色々な声部に移しながら、見事に1主題・2主題の再現部に戻ってfin。再現部1主題に戻った瞬間の快感がすごいですが、この構造を捉まえるのは、記憶力を含めたソルフェージュ能力が少しだけ必要かも。そして1楽章序奏がずっと先の4楽章に生きてくるという…いや~さすがアマデウス、曲想だけ聴いていると明るく能天気な古典派音楽の典型のようですが、構造のこの緻密さ、見事です。ついでに他の楽章もざっと書くと、2楽章はアンダンテの緩徐楽章で2部形式。1部が1主題~2主題、2部が1主題~2主題~1主題。3楽章はメヌエット、4楽章がソナタ…というわけで、典型的な古典派ソナタ形式の交響曲でした。

 交響曲38番ニ長調。始まり方が39番とそっくりなので、イントロクイズされるとキツい(^^;)。ついでに曲想も明るい貴族音楽風で39番とけっこう似てますが、こちらは3楽章形式。38番は39~41番のモーツァルト「3大交響曲」にはギリギリ入ってないんですが、35,36,38,39,40,41の「後期6大交響曲」に入ってます。なんで37番が入ってないかというと、37番は大半部分をハイドンの弟が作ったからだそうです。

 個人的には、40番と41番の方が曲想的に好みです。現代の耳で聞くと、古典派の音楽はサウンドが安定しすぎてるし、また貴族音楽のような優雅さで音楽に求められているものが現代とマッチしない気がするので、そういう面ではやっぱり面白くないと思ってしまうんですよね。でも、いま聴いてこの音楽を素晴らしく思うのは、曲想ではなく構造。真剣に構造を追うと、細部まで実によく出来ていて見事というほかありません。この物語を追うような古典派音楽の形式的悦楽、真剣に聴き始めると病みつきになっちゃう。いっそモーツァルト交響曲全集、買っちゃおうかな。これだけ見事だと、聴かずに人生を終えるのが悔しくなってきました(^^;)。



Category: CD・レコード > クラシック   Tags: ---

Response: Comment: 0  Trackback: 0  

『モーツァルト:交響曲第40番、第41番《ジュピター》 ホグウッド指揮、エンシェンㇳ室内管弦楽団』

mozart symphonies 40 41 hogwood モーツァルトの交響曲と言って僕が最初に思い浮かべるのは40番、これはみんなそうじゃないでしょうか。40番でピンと来なくても、「タララン、タララン、タララ~ラ~」のメロディをきけばみんな「あれか!」と分かるはず。そして時々思うのは、管弦楽って、モーツァルトの時ぐらいのオケの大きさの時が一番気持ちよく感じる時もあったりして。そうそう、モーツァルトが書いた交響曲の最後の3曲は39,40,41番でして、この三曲は「三大交響曲」なんて呼ばれてます。

 このCDに入っている40番は「第1版」と言われてるもので、改訂版はここに2本のクラリネットが追加されているそうです。40番はモーツァルト交響曲の中で数少ない短調で、仕事がなくなった晩年の作品であるからか、昔から批評家から「痛烈な悲哀」「不遇の晩年の心境のあらわれ」などいろいろ言われています…が、僕にはまったくそう聴こえず、むしろ優雅に感じる(^^;)。他の音楽と比較して「痛烈な悲哀」なんて感想が出るとは思えないので、モーツァルトだけ聴いてるとそう感じるのかな?

 なにより見事なほど混み入った構造に耳が行きました。これがものすごく良く出来た建造物で、聴き逃さないようについていけばいくほど、その見事さにため息が。たとえば40番第1楽章ですが、形式はソナタで、有名なあのメロディが第1主題、続く第2主題は弦に管がオブリをあてるのでそのまま行くのかと思いきや、途中で主従関係を入れ替えて対話構造に。そして展開部はよく聴くと第1主題のヴァリエーションが木管のオブリに使われ、それを受けてメインの弦がそれを模倣。つまり、第1主題の主題と、第2主題の構造が展開部に受け継がれて合流するんですね、そしてそのヴァリエーションから元の形になだれ込んだのが再現部。再現部は転調をくりかえしながらそれがストレッタの役割をして音楽のクライマックスを作り…それぞれのつながりになにかしらの有機性があって無関係という事がなく、すべてのパーツが強い意味を持っています。このまったく無駄のない構造、ため息出るほど見事です。第1楽章は7分程度で終わりますが、流れが速いので集中していないとこの構造は見落とす可能性があります。これだけアップテンポで追いかけるのに精いっぱいのめまぐるしい音楽に「悲哀」なんて感想は出ない(^^;)…それとも僕が構造についていけてないだけなのかなあ。
 そして今度は楽章間の関係、それぞれの様式の多彩さがこれまた見事です。2楽章もソナタですが6/8のアンダンテで1楽章と対照にされた緩徐楽章。第3楽章は1楽章と同じㇳ短調に戻りますがリズムは3/4で2楽章からの引き継ぎで形式が3部形式、4楽章は同じㇳ短調のままアレグロ・アッサイで急速に登りつめ…いや~この音楽で最初に構造美を指摘せず何を指摘するというのでしょう、どうやって曲を構造化するかという見事な教科書のような完璧な曲、素晴らしかったです!

 41番はモーツァルト最後のシンフォニー。この頃のモーツァルトは人気もなくなって仕事の依頼がなく、この曲は委嘱されず自分の意志で書いたのではないかと言われてます。そして、これが40番に優るとも劣らぬ見事な構造!古典派のソナタって、最終楽章にフーガ的な書法が用いられる事がありますが(パッと思いつくのは、書き換え前のベートーヴェン弦Qの最終楽章とか…あれは強烈だった!)、これもそういう曲で、ソナタの中の旋律の絡みがカノン状になっている所があります。最後の交響曲の最後の楽章で、モーツァルトは自分が持っているもっとも複雑な書法を使って、実に簡潔で分かりやすい音楽を作り上げました。いやあ、むずかしいものを分かりやすく提示するって、いちばん高度だと思うんですよね。これも見事。

 指揮のクリストファー・ホグウッドさん。イギリス出身で、古楽や古典派音楽の専門家です。現代オーケストラではなく古典時代のオーケストラを使って、モーツァルトやベートーヴェンの交響曲全集を出した画期的な人。このCDも古典時代の小さな編成のオーケストラですが、時々「オケは古典派の頃ぐらいの編成の方がそれぞれの音も聴きやすくていいよなあ」な~んて思う事があります。

 モーツァルトは18世紀の人なので、さすがにいま聴くと和声がシンプルだし、「つねに安定」なので緊張感は薄く、パッと聴きつまらないと感じてしまうかも。なにせ昔の僕がそうでしたし。ところが構造に耳を傾けると、三大交響曲まで来るとベートーヴェン並みの見事さ。「あんまり難しい事は分からないんだよなあ」という人は、このCDの日本盤が構造の解説がすごく丁寧で分かりやすいので、音楽の勉強をしたことがない人でも分かりやすくていいと思います。モーツァルト交響曲の最高峰、さすがに見事でした(^^)!



Category: CD・レコード > クラシック   Tags: ---

Response: Comment: 0  Trackback: 0  

『モーツァルト:交響曲第35番《ハフナー》、36番《リンツ》 バーンスタイン指揮・ウィーンフィル』

Mozart_Symphony35 36 bernstein 18世紀中ごろから19世紀前半あたりに、「ウィーン古典派」なんて呼ばれる音楽がありました。ハイドン、モーツァルト、ベートーヴェンの3人が代表格です。うちベートーヴェンは古典派とロマン派の中間な感じの曲も多いので、「これぞ古典派!」な音楽はハイドンとモーツァルトじゃないかと。これがヨーロッパの宮廷音楽みたいな感じで、若いころの僕は良さがぜんぜん分からず。ところが、はじめて面白いと思ったきっかけになった曲がありまして、それがモーツァルトの交響曲35番「ハフナー」でした!この曲、モーツァルトが書いた交響曲の中でも傑作といわれてます。あ、あと、35番と36番は、モーツァルトがウィーンに移住してから書かれた曲で、全部で41番まであるモーツァルト交響曲の中ではかなり最後の方の曲です。といっても35歳で死んじゃった人なのでまだ20代の時の作品ですが。

 とはいうものの、最初は何回聴いてもやっぱりダメでした(T_T)。優雅すぎて緊張感なさ過ぎ、現代とはあまりに価値観が違いすぎて面白くない…。これを面白いと感じたのは、作曲の勉強を始めてからでした。当たり前といえば当たり前ですが、近現代のクラシックの方が刺激に満ちてるし凝ってるので、パッと聴きは面白いんです。でも、発展した後の音楽だけに、いざ作る側に回ろうとすると高度で難しく、理解するだけでも大変でした。「こりゃ基礎から勉強しないと太刀打ちできないぞ」ってわけで、作曲技法や楽式論を一生けんめい勉強し始めたんですが、その題材はだいたいベートーヴェンかバッハでした。そして、音楽を構造的に理解して聴くという事が少しは出来るようになった頃、あらためてモーツァルトのハフナーを聴くと…動機、動機の変奏、小楽節、大楽節、基礎楽式、そして対位法的な処理にカデンツ、どれもこれもメッチャきれい!「ああ、見事にソナタだな」とか「第2主題を強調しないまま展開部に突っ込むのか」とか、メチャクチャ面白い!そして、後期ロマン派以降の音楽なんかに比べて、構造に無駄がなくて見事だったのです。でもこれを単純といってはいけない、実際に音楽を聴きながらその構造や音の変化や発展や対立、要素の関係性などを追っていくと、退屈なんて言ってる暇はないです。なんといっても構造的に無駄な所が全然ないので、退屈に思う瞬間がないのでした。まったく同じ事が36番「リンツ」にも言えます。

 そして、このCDの日本盤の解説が素晴らしかった!解説を書いているのは佐々木節夫という方なんですが、「これが主題で…」と、「ここで下降旋律を使って戻して…」と、具体的な構造分析をしていて、この音楽をものすごく分かりやすく聞く事が出来たのです!ライナーって、「これが代表作だ」とか、「なんと美しい」とか「見事なレガート」とかそんな事ばかり書いて、ぜんぜん解説になってないものもありますが、これは僕には本当に助かりました。というわけで、もし買うなら佐々木さんの解説つきの日本盤がオススメです(^^)。
 
 はたしてこういう聴き方がモーツァルトの音楽の一般的な聴き方かといわれると、きっと違うんでしょうね。でも、やっぱり優雅な宮廷音楽的な響き自体は現代の価値観とあまりに違うし、現代から見た場合の古典派の価値を、洗練された構造と様式に感じるのはそれほど不自然じゃないと思うのです。なるほどモーツァルトの交響曲最高峰にあげられるだけのことはある、無駄な部分がまるでない見事な構造の曲でした!


Category: CD・レコード > 日本のロック・ポップス   Tags: ---

Response: Comment: 2  Trackback: 0  

『西城秀樹 / GOLDEN☆BEST デラックス』

SaijoHideki_GoldenBestDelux.jpg 西城秀樹さんが他界してしまうとは…僕は70~80年代の歌謡曲がけっこう好きで、歌手別にベスト盤をけっこう持ってます。中学生の頃の友人の中には歌謡曲をシングル盤でコレクションしている強者もいますが、それはお金がいくらあっても足りない…めっちゃくちゃ楽しそうですけどね(^^)。僕が西城秀樹さんで持ってるのはこの3枚組CD。西城さんのベスト盤はいっぱい出てるので、僕的には「情熱の嵐」「激しい恋」「傷だらけのローラ」「ブーメラン ストリート」「YOUNG MAN」「ギャランドゥ」「漂流者たち」が入ってるものなら何でも良かったんですが、最後の「漂流者たち」がハードル高くて、これが入ってるものが少ないのです。というわけで、西城さんのベストはずっと買えないままだったんですが、5年ぐらい前、中古家具屋を覗いていた時にこの3枚組CDを発見、「漂流者たち」が入っていたので即買いでした。タイトルはクソダサいですけどね。。

 この3枚組ベスト盤、かなり新しい曲も入っていて、それはぜんぜん知らない…。やっぱり70年代から80年代前半あたりまでが西城さんの全盛期だと思います。そしてその頃の秀樹さんの曲は、ロック風歌謡曲が多いです。この「ロック風歌謡曲」というジャンル、僕は他に沢田研二さんなんかを知っていますが、ジュリーはバックが井上堯之バンドだったりしてかなり本格的だったのに、西城秀樹は70年代歌謡曲のチープでデタラメな感じがあります。でも、西城さんは手抜きせずに熱唱、しかもうまいしかっこいい。普通にロックバンドンのヴォーカルで通用しそうです。声はハスキーだけどどこか甘さがあって女殺しっぽい、ヴィブラートもきれい。歌謡曲を歌うアイドルの中で、西城秀樹さん、中森明菜さん、岩崎宏美さんあたりは本当に歌がうまい。

 そして、かなり恥ずかしい歌謡曲まで歌わされても手を抜かない西城さんの、ある意味で冗談の通じない生真面目さや熱さ、ここに魅力を感じます。子どものころ、「8時だヨ!全員集合」というコント番組が大好きでして、西城秀樹さんは番組の常連でした。このコント番組、司会進行役のドリフターズがもともとコミックバンドということもあり、音楽とコントをうまくミックスした番組作り。僕はコントの間の歌の時間になると、裏番組のゴレンジャーにチャンネルを変えていたんですが、西城秀樹やキャンディーズなんかの好きな歌手の時だけはチャンネルを変えませんでした。バックのビッグバンドも当日ゲネだけで本番という感じの演奏、客席もコントのセットチェンジがてらのつなぎの歌コーナーというムード。それでもヒデキは手を抜かずに熱唱、絶叫するのです。きっと、「ロックがやりたいんだ、ライブがやりたいんだ」という本人の熱い思いと、音楽をよく分かってないチープな日本の音楽産業界との間のギャップの間に生きた人なんだと思います。間違いなく、70年代なかばから80年代初頭までの歌謡曲の世界の主役のひとり。テレビにヒデキやジュリーや岩崎宏美が出ていた頃の日本のチャートミュージックは、業界はポンコツでも歌い手は素晴らしかった、子どもの頃の楽しい思い出のひとつです。あらためて、ご冥福をお祈りします。



Category: 未分類   Tags: ---

Response: Comment: 2  Trackback: 0  

西城秀樹さん、逝去

SaijoHideki.jpg 歌手の西城秀樹さんが急性心不全のため亡くなったそうです。享年63歳…若すぎる。

 西城秀樹さんの全盛期は、僕が幼稚園から小学生ぐらいの頃。子供だったのでアイドルもシンガーソングライターもなにも区別がついていない頃でしたが、西城秀樹さんと沢田研二さんは別格でカッコいいと思ってました。今から見れば、バラエティ番組に出るわドラマに出演するわとタレント/アイドル的な売り方でしたが、実際のところはヴォーカリストとしても見事な才能を持っている人でした。ドラマーとしてバンドも組んでいた人ですし、ルックスだけでマイク持たされてシャバラバで歌ってるタレントとは根本的に違うんですよね。
 若い頃の写真は今見ても抜群にカッコいいです。この後、男性アイドルは牙の抜けたナヨナヨした人ばかりの世界になって、ちょっとした事で泣いて謝罪会見しちゃうような人だらけになりましたが、70年代は野性味あふれる人がたくさんいました。勝新や松田優作みたいな俳優はもとより、アイドルですら石橋正次さんとか夏夕介さんとかいましたし。子ども番組に出演する人も、藤岡弘さんなんて声は野太いし武道の段持ちだし、「将来はああなりたい」と男の子がルックスではなく強さに憧れる男性像を持っている人たちが多かったです。西城秀樹さんも僕にとってはそうしたひとりで、今のアイドルとは美感そのものが違っていた人だと思います。

 中年になって以降、体調を崩したというニュースを頻繁にきくようになりましたが、63歳ははやすぎる。秀樹やジュリーや世良公則がテレビで歌っていた頃の歌番組は楽しかった。子どもの頃の幸せな思い出のひとつです。ご冥福をお祈りします。


Category: アート・本・映画 etc. > テレビ番組   Tags: ---

Response: Comment: 2  Trackback: 0  

TVドラマ『探偵物語』 松田優作主演

tanteimonogatari_TV.jpg やっぱり「探偵物語」といったら、工藤ちゃんですよね!あのハードボイルドなアクション俳優・松田優作が喜劇を演じたという伝説的なドラマ、メッチャ面白かった!子供のころ、夢中になって観たテレビドラマがいくつかありますが、僕的にはこれか「ゆうひが丘の総理大臣」のどちらかがナンバーワン。再放送があるたびに絶対に観るほどの熱狂的なファンっぷりで、DVDボックスが出た時には飛びついて買ってしまいました(^^)。

 物語は探偵のところに舞い込んでくる依頼を探偵が解決していき、その中に人間ドラマが起きるという展開。喜劇といっても話そのものはしっかり作ってあるものが多くて、笑える部分はちょっとしたセリフのやり取りとか、ライターの火がやたら大きいとか、手錠を外しちゃうとか、そういう細かいところだけです。あ、あと、次週予告がふざけてて、これもめちゃ面白かった(^^)。で、そういう笑える部分は、ほとんどがアドリブだったそうで。アドリブといえば、最終回の「昔、女がいて…」という伝説のひとり芝居の部分、あれも優作さんの完全なアドリブで、台本には何も書いてなかったんだそうで…すごい、そのアドリブ能力はマイルス・デイヴィスもビックリだよ。そしてアドリブやら細かいギャグやらが物語を流れるように楽しく見せる潤滑油の役割を果たしていて、1時間があっという間、ケラケラ笑いながら観てました。僕は松田優作初体験がこれだったもんで、あんなハードボイルドな人だったというのはあとから知ったぐらいでしたし。

 役作りも魅力的。30歳前後の男が、ボロボロの探偵事務所に一人暮らししていて、隣にはかわいい女の子が住んでいてたまに電話番を手伝ってもらったり。街には入れ墨もんがいたり、ポン引きがいたり、そういう人ともうまい事やって友だちだったり。なんか、そういう生き方をしてみたくなるような魅力がありました。このドラマの大きなテーマは「街の人間模様」だと思うんですが(オープニング曲には「Bad city」、エンディングでも「Big City」なんて詞が出てくるし、各話タイトルも「サーフシティ」に「ダウンタウン」ですからね)、とにかくドラマの中で人が生き生きと生きてる感じが素晴らしかったです。優作さんって、演技がうまくないというコンプレックスがすごくあって、それだけに役作りには死ぬほど拘る人だったらしいです。その成果は、このドラマに見事に結晶したんじゃないかと。
 そして、コメディ色の強いドラマだけに、たまにシリアスになる話がコントラストになってグッときます。最終回「ダウンタウン・ブルース」がハードボイルドなのは有名ですが、制作1話(放送2話)の「サーフシティ・ブルース」も見事なドラマ。失踪した男の影を負う女の物語「影を捨てた男」、范文雀の恨みに燃える未亡人の演技が見事な「復讐のメロディ」、悪女になりきれない女を演じるホーン・ユキ登場回「誘拐」など、脚本も素晴らしいものがひしめいてます。日本のテレビドラマに残る大名作、観てない人は必見、観た人も100回ぐらい見直す価値のあるドラマだと思います!


Category: アート・本・映画 etc. > 映画   Tags: ---

Response: Comment: 0  Trackback: 0  

映画『探偵物語』 薬師丸ひろ子・松田優作主演

Tanteimonogatari_movie.jpg 「探偵物語」って、海外の映画もあり、松田優作主演のテレビドラマ(僕的にはこれが最高!)もありましたが、これは1983年の角川映画です。この映画版にも松田優作さんが出演してますが、テレビドラマとはまったく別の話です。

 10日後にアメリカ留学する女子大性・直美(薬師丸ひろ子)に、ボディーガードの探偵・辻山(松田優作)がつけられます。探偵にはナイトクラブで歌を歌っている女性歌手との離婚歴があり、その歌手が殺人事件に巻き込まれ、辻山は彼女をかくまいます。ふたりをかばい犯人捜しを手伝う直美。まだ男とつきあった事がない直美は、しだいに辻山に魅かれていきます。

 直美のキャラクター設定と、薬師丸ひろ子さんの演技、そして離婚歴がある冴えなくてすこし翳がある中年男役の松田優作の演技、この3つが素晴らしかったです(^^)。薬師丸さんの役は、恋人がほしくて、でもまだ恋人のいない女子大生なんですが、その青い感じが出まくり。探偵との会話で、「奥さんに逃げられちゃったとか?アハハ」とストレートにきくその無神経さ。ふとしたきっかけから探偵とホテルに入って、彼が回転ベッドのスイッチを切ろうと動いただけなのにビクッと緊張するその反応。どちらも、恋人欲しくてたまらないけどまだ処女って感じが出まくりです(^^)。そしてそれが演技に見えない薬師丸さん、若いしアイドル路線の女優だけど、いやいやどうして立派な女優だと思ってしまいました。松田さんは、昔はカッコいい男だっただろうけど今は疲れた中年になってきた男って感じがよく出ていて、これを演技で表現できるっていうのがまたすごいなと思いました。

探偵物語 1983-1 そしてラストの空港でのキスシーン。ふたりの身長差が、そのままふたりの年齢差を象徴しているよう。キスされた少女は自分から男の腰に手を回して強く抱き寄せ、彼を求めます。書いていて恥ずかしくなってきましたが(^^;)、ああ、この瞬間にもう精神的には処女から卒業して、大人の女になったのだな…という感じ。子供のころ観た時は、「とってつけたようなキスシーンだな」と思ってシラけたんですが、大人になってみるとこのキスシーンでの力み具合とか、細部にわたる両者の演技力が素晴らしい!ただのキスじゃなくて、いろんなものが表現できてると感じます。ガキだった自分がこれを見ても何も感じなかったのは童貞だったんだから仕方ないね(゚ω゚*)。映画全体としては…まあ角川の青春映画なので、映画というよりも軽いテレビドラマぐらいの完成度かな?

 この映画、若いときに友人たちと映画館で見たんですが、テレビドラマの大ファンだった僕はがっかり。一方、薬師丸ひろ子や角川映画が好きだった友人は大満足していました。その後に再び見て、その時も退屈(^^;)。そして今回が3回目。ふとしたきっかけで何となく横目で見てました。2度見て2度ともいい印象がなかったので、ぜんぜん見る気もなかったんですが…いや~良かった。きっと若いときって、ものを判断する物差しが少なすぎたんでしょうね。とんがったものが好きだととんがったものの良さしか分からない、丸いものが好きだと丸いものの丸いものの良さしか分からない、浅い人間だから深いもののすごさが分からない、みたいな。大作でもないし、さっと見て、ちょっといいなとか悪いなとか思って、数日したら忘れてしまうような映画。映画そのもののクオリティも高いとは思いませんが、キャラクターの設定とそれを見事に表現する役者さんたちの技量が素晴らしい映画でした!



Category: アート・本・映画 etc. > 映画   Tags: ---

Response: Comment: 2  Trackback: 0  

映画『野獣死すべし』 村川透監督・丸山昇一脚本・松田優作主演

YajyuuSisubesi_movie1980.jpg 日本のハードボイルド小説作家・大藪晴彦さん原作の小説の映画化作品です。何度も映像化された事があるようですが、1980年制作のこの松田優作さん主演の映画はいちばん原作からかけ離れてる…ような気がします。他を見てないので分かりませんが、原作とかなり違うので(^^;)。しかし、松田さん主演のものがあまりに素晴らしいので、僕の中で「野獣死すべし」というと、この映画しかないというほどの状態。
 主人公の伊達は、大手通信社の外注記者です。世界の戦場を渡り歩いた彼は、感情をなくしたような状態になり、殺人や強盗を重ねます。

 大学生の時にはじめてこの映画を見た時の感動は忘れられません。殺人とか強盗とかそういう事ではなく、主人公の持っている得体のしれない苦悩、ここに同調してしまったのです。その苦悩は、自分が普段から感じていたものと同じに思えたのでした。ちょっと変な言い方になりますが、この映画の主人公が抱えている苦悩を理解できるかどうかは、美術や音楽の大事なところを理解できるかどうかと同じ事じゃないかと思いました。ここが分からなければ、上手に音楽は出来ても、上手に絵は描けても、音楽や美術が表現しなくてはいけないものが分からないんだからそれを表現するなんて出来ない…そう思ったんです。僕が大学生の時、チェロ弾きの女の子がいたんですが、その子が「あの映画、わけ分かんない」といったんですよね。ああ、もうこんな鈍い感性のやつに音楽なんて無理だ…そう思いました。
 主人公は、感情をまるで表に出さない、戦場記者です。アンゴラやレバノンといった戦場を渡り歩いて、そして感情をなくしたようになってしまいます。そして、人を殺害し、他にもいくつも道を踏み外し、さらに茫洋と漂います。この主人公がしてしまう殺人にしても銀行強盗にしても、お金とかそういうのが大事なんでしょうか。まあそれもあると思うんですが、違う所にもっと重要な意味があると僕は感じてなりませんでした。コンサート会場で知り合った女性も殺してしまいますが、その理由も、目撃されたからとか、そういう事ではないと思います。こうした苦悩を抱えて凶行に走る主人公の感情は、映画の後半で爆発します。
YajyuuSisubesi_1.jpg  深夜列車の車内で主人公を問い詰める刑事が、過去の彼に何があったのかを問い詰めたその瞬間から、今までまるで魂が抜けたようだった主人この目の色が変わります。そこから廃墟での独白にかけて、主人公のカタルシスは爆発します。そして、映画のラストシーン。様々な事があったあげく、主人公はコンサート会場で目を覚まします。一連の凶行がすべて自分の夢想だった…そういうシーンです。主人公は声を出し、ホールには自分の声がこだまします。結局は逃れることが出来ずにすべては夢想…そして、ホールを出たところで主人公は銃で撃たれます。

このメインテーマのほかに、もうひとつ素晴らしかったのが、松田優作の演技です。音楽でいうと、決してテクニックが抜群というわけじゃないけれど表現力が異常に高いプレイヤーみたいな感じ。鬼気迫る熱演でした。狂気を示すためにカメラの長回しの間に一度も瞬きをしないシーン。カオスとカタルシスが同居したような廃墟での独り芝居のシーン。これらは日本映画史上に残る名演ではないでしょうか。

 松田優作さん主演の角川映画、ほかのものはイマイチと感じてしまっていた僕でも、「野獣死すべし」だけは別格、好きな日本映画のベスト10に入れたいほどの素晴らしさです。最初の雨の視察シーンの無意味な長さなど、やっぱり角川映画的なダメさはたくさんありますが、映画のテーマと優作さんの演技でぜんぶ帳消し。名作だと思います。そうそう、音楽も素晴らしいんですよ。「野獣死すべし」のサントラについては…あ、そういえば昔書いたんでした(^^;)。


Category: アート・本・映画 etc. > 映画   Tags: ---

Response: Comment: 0  Trackback: 0  

映画『蘇える金狼』 村川透監督/松田優作主演

YomigaeruKinrou.jpg 松田優作さん主演の角川映画です。「野獣死すべし」が僕にとっての松田さん主演角川映画の最高傑作なんですが、DVDが見当たらなかったもんで(^^;)>、今日は「蘇る金狼」を。うちにはVHSがあるんですが、まだ全然見れるというのがスゴイです。MDとかLDとかってもう使いものにならないのに、VHSはまだ大丈夫。VHSってすごい。でも、デッキが壊れたらどうしよう。。

 1979年から1980年は、俳優の松田優作さんにとっての絶頂期。この2年で主演映画が5本、TVドラマでは伝説のあの探偵物語もこの時期の放送でした。探偵物語を例外とすると、この頃までの松田さんは、ハードボイルド系のアクション俳優という位置づけだったと思います。松田優作さんは日本映画産業に新勢力として入ってきた角川映画でも主演に抜擢され続け、これはその第2弾だったかな?「人間の証明」とこの映画を連続で観て思った事は…角川映画というのは、面白いかどうかは別として、映画としての作りのレベルが残念という事。キャストや監督がかわっても同じということは、カメラマンとか美術さんとか編集さんとか、角川映画チームのスタッフの問題?この映画で例を挙げると…
  • スタッフの影が映り込む (要塞跡で敵組織を壊滅させるシーン)
  • 岸田森さん、障子を破って倒れないといけないのに、破れずにもう一度自分で助走をつけて破って倒れる(主人公が探偵一味を皆殺しにするシーン)
  • 役者同士のセリフが被って、片方がいい直す (主人公と政界のボスの初対面シーン)

 学生映画だってこんな致命的なミスが出たらテイク2を録り直すと思うんですが、これをオーケーにしてしまういい加減さ(^^;)。ここまでの致命傷ではなくとも、絵の構図とかの話まで行くと、これはもうお話にならない。いい映画にしたいなら、どのシーンを切り抜いても一枚の絵画として成立するぐらいに構図や影まで気を配って欲しいのですが、いい絵が一枚もないという。
 と、ボロクソに書いてしまいましたが、じゃあ見てどう感じるかというと…松田優作という俳優の魅力だけで、これだけたくさんあるマイナスを帳消しにしてしまっている所が凄い。ミュージシャンは下手なのにヴォーカルだけスゴいロックバンドみたい、この映画を面白いと思うとしたら、松田さんしかないんじゃないかと。

 あと、いま見て思うのは、この時期の松田優作さんのテレビなり映画なりは、キャストやスタッフが似ている所が、マニアックに楽しかったです。風吹ジュン、成田三樹夫、岸田森さん(「帰ってきたウルトラマン」では、この人と初代隊長の演技だけが飛び抜けて素晴らしかった^^)あたりは探偵物語でも共演していたし、岩城滉一、阿藤海さんあたりは、テレビでも映画でも松田さんとの共演が多くて盟友という感じ。山西道広(探偵物語の刑事役は爆笑!大好きです^^)、中島ゆたか(この人、美人!)さんあたりは、松田優作がらみの作品でしか観ていない気がするので、これは松田さんお気に入りの役者さんだったのかも。こういう日本の役者さんの人物相関図みたいなものが感じられて楽しかった…というのは、ちょっとマニアックかな(^^)。

 あまり良いことを書けませんでしたが、しかしこの作品とほとんど同じスタッフで、翌年に日本映画のトップ10に入れたくなる「野獣死すべし」が作られるのだから、音楽でも映画でも、ひとつの作品だけで判断してはいけませんね。原作の大藪晴彦さんか松田優作さんのファンでもない限りは、今となっては観る必要のない映画な気がしますが、松田さんのファンであれば一度は見たい作品なんじゃないかと(^^)。


Category: CD・レコード > ロック・ポップス   Tags: ---

Response: Comment: 0  Trackback: 0  

『John Lennon / Rock’n’Roll』

John Lennon RocknRoll ジョン・レノンが若いころに聴いて育っただろうフィフティーズのカバーアルバム、その名も「ロックン・ロール」!ロックンロール愛が強すぎて、作らずにはいられなかったんでしょうね(^^)。僕は本物のフィフティーズを聴くよりも、このアルバムを聴いた方がはやかったです。少なくとも、「スタンド・バイ・ミー」は、オリジナルよりもこっちの方が早くて、「なんていい曲だ」と思ってました。よもやベン・E・キングのオリジナルがあんなに素晴らしいなんて知らなかったのでね(^^)。あ、でも、思い出補正もかなり入っちゃってますが、ジョン・レノンのアコースティックギターで演奏するスタンド・バイ・ミーも好きです。

 フィフティーズとして有名な曲ばっかりです。元曲とアレンジをかなり変えてるものはチャック・ベリーの「sweet little sixteen」ぐらいで、あとはけっこうオリジナルに忠実。なので、「あ、この曲知ってる」みたいな感じで、軽く楽しめるアルバムでした。そうそう、ジョン・レノンって、ある程度の声量で発声しないとピッチを安定させられない人なのかも知れません。シャウトを多用するロックンロールを歌うと、いきなりピッチが安定する!のどから少しずつ空気を送り出すと、のどの筋肉が震えて安定させられないんだな、これはヴォイストレーニングが必要だわ(^^;)。

 このアルバム、いま聴いても僕が好きなロックンロールナンバーがズラッと並んでるので、楽しくって好きです。でも、今回聴いていて気づいたのは、フィフティーズって、アフリカンアメリカンのシンガーさんはベン・E・キングでもサム・クックでも、コーラスグループ出身者が多くて、みんな歌がうまいという事。ロックンロール系ですらエルヴィス・プレスリーにリトル・リチャードにエディ・コクランと、これまた歌がうまい人揃い。こういうナイスシンガーたちと比べると、さすがにジョン・レノンちょっと不利…でもそれは仕方ないか、あっちは作曲はプロに依頼の歌専門、レノンさんは作詞作曲にプレイヤーというソングライターですもんね。


Category: CD・レコード > ロック・ポップス   Tags: ---

Response: Comment: 2  Trackback: 0  

『John Lennon Plastic Ono Band』

JohnLennon_Plastic Ono Band ビートルズ解散後、はじめてジョン・レノンが発表したアルバムです。1970年発表で、邦題は「ジョンの魂」。僕は2枚目の「イマジン」よりも、こっちの方がだんぜん好きで、昔からジョン・レノンのアルバムというと、こればかり聴いてました。

 やっぱり、演奏はちょっと…。ヴォーカルもピッチがフラフラです。1曲目なんて、最初の4小節だけで何回音程もリズムも外すんだよというほどにキツいです。ジョンのソロアルバムって、ヴォーカルに変なエフェクトをかけてあるものが多いですが、これって歌のまずさを隠そうとしたんじゃなかろうか…。でも、この音楽のグッとくるところは、そういう所じゃありませんでした。詩が心にしみてしまいました。教会の鐘の音から始まって、それと同じテンポで始まる「マザー」のその詩…いやあ、これはいい。こういう詞の世界観はアルバム全体に浸透していて、音楽つきの詩集という感じすらします。ギター弾き語りの「Working Class Hero」なんて、まるでプロテストソング。この曲はギターがメッチャクチャいいです。「LOVE」なんて、ビートルズを含めても屈指のバラードじゃないでしょうか。ピアノの音も、コンサートホールでもスタジオでもなくて、自宅でポロポロ弾いているような音で、なんかジ~ンと来ちゃいます。そして、これらの曲はどれも詩がとても私的で嘘がなくて…いいです。つい数年前までヒットチャート音楽を作ってたバンドのメンバーから出た言葉とは思えません。やっぱりジョン・レノンは、オノヨーコと出会って良かったんでしょうね。ふわふわと音楽産業界で神輿に担ぎ上げられていたのが、自分の言葉で話し始めたという感じがします。

 こういうものって、とても私的なものなので、歴史的に見て名盤かどうかとか、そういうことじゃない気がします。音楽として語っていいかどうかも分からないというか、音楽として語ってしまったら、このアルバムの本当の大事なところが見えなくなってしまう気すらします。やっぱりこれは、音楽でちょっとエモーショナルな味付けをした詩…つまり、本当の歌なんだと思います。大好きです。


Category: CD・レコード > ロック・ポップス   Tags: ---

Response: Comment: 0  Trackback: 0  

『John Lennon / Imagine』

JohnLennon_Imagine.jpg ビートルズのメンバーだったジョン・レノンのソロ第2段アルバムです。71年発表。アルバムタイトルにもなっている「イマジン」は、いちどは誰でも聴いたことがある曲じゃないかと。中学生の時に友人と一緒に中古盤屋で買った1枚で、たぶん聴くのはその時以来だろうから、30年ぶりぐらい?!うわあ懐かしい、涙が出そうです。

 バンドはアメリカ南部のバンドじゃないかというぐらいに泥臭くって、お世辞にもうまいとは言えません。ジョン・レノンの歌にいたっては、ピッチは悪いし声はふらつくし、聴けたものじゃないです。ビートルズ初期のシャウトを決めまくってたジョンはもうここにはいない…。でも、訴えてくるものがあります。詞です。「Jealous Guy」なんて、昔は何とも思わなかったのに、ちょっとジンと来ちゃいました(・_・、)。
 ジョン・レノンって、小野ヨーコと付き合って、色々と変わったんでしょうね。ロックンロールバンドやって、ポップスの世界で大成功して何でも買える大富豪のポップスターになって、何が大事かもわからなくなっちゃって、そして小野ヨーコの詩集を読んで大感銘を受けてしまったという。ちゃんと読んだ事はないんですが、昔、テレビでビートルズのドキュメンタリー番組を見ていて、オノヨーコの書いた「グレープフルーツ」っていう、ジョンが感銘を受けてしまった詩集の一部が紹介されたんです。その一節をちょっときいただけで、僕も感動してしまいました。ビートルズが作ってきたものより、オノヨーコの詩の方が全然すごいじゃないかと思うほどの衝撃でした。オノヨーコは、ビートルズ解散のきっかけなんて言われてますが、僕としては何が正義かもわからなくなっちゃってるポップスターが、こういう素晴らしい言葉に出会えて感動できたのは、本当に幸せな事だったんじゃないかと思います。そして、ただ音楽が好きでやっていたビートルズの頃と違い、自分の言葉で世界を捉えはじめたのが、ジョン・レノンの1枚目と2枚目のアルバムなんじゃないかと思います。
 「イマジン」の詩って、オノヨーコの詩とほとんど同じ構造ですよね。それぐらい、影響を受けたんだと思います。曲は良い悪いではなく好き嫌いの問題という事もあるので何とも言えませんが、単純に曲や演奏やヴォーカルのクオリティだけでいうと、決してほめられたアルバムじゃないと思います。でも、この私的な詩の世界は、持ち上げて崇め奉るようなものじゃないとは思いますが、生きがってカッコつけてロックンロールやって、金持ちになって鼻持ちならない奴になっていた不良少年が、やっと飾らないで自分の言葉で話す事が出来るようになった誠実さ、みたいなものを感じました。

 と、ここまで褒めておいてなんですが、歌唱と演奏はやっぱりちょっとね…(^^;)。



Category: CD・レコード > クラシック   Tags: ---

Response: Comment: 0  Trackback: 0  

『ヤナーチェク:シンフォニエッタ、タラス・ブーリバ、嫉妬、利口な女狐の物語 マッケラス指揮、ウィーン・フィル』

Janacek_Sinfonietta_Mackerras.jpg こちらはサー・チャールズ・マッケラス指揮、ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団による、ヤナーチェク管弦楽曲集です。ああ、僕はレーグナー&ベルリン放送管弦楽団よりこっちの方が好みだな、単純に音も演奏も太い方が好きなんです。

 冒頭2曲はレグナー指揮のものと同じなんですが、曲順が入れ替わるだけでこうも印象が変わるものかと驚きました。シンフォニエッタの第1楽章ってこんな民族的だったっけ?きっと、聴いてるうちに慣れてしまって何も感じなくなるんでしょうが、いきなり聴くとドイツ音楽との違いに耳が行くのかも。それにしても、オケの表現力が見事で聞き惚れてしまいます。クラシックのCDって、どれもみんな「うまい!」って思うんだけど、超一流のオケやピアノになると、うまいのは当たり前、表現に心がゆすぶられるんですよね。わずかな差なんでしょうけど、この紙一重がなかなか越えられない大きな差なのかも。

 「嫉妬」は、オペラ「イエヌーファ」の序曲。「利口な女狐の物語」は、ヤナーチェクの書いたオペラの中でも1~2を争うほど有名ですが、これは演奏会用にターリヒが編曲した管弦楽組曲。オペラが苦手な僕はどちらも観てないんですが、ヤナーチェクってチェコの国民楽派以外の知られ方としては、オペラ作曲家として有名なんですよね。そういえば、クエイ兄弟の映画でもヤナーチェクの曲が使われてたっけ…。なるほど、ヤナーチェクの管弦楽は、描写性の高い音楽と感じました。な~んてヤナーチェクの弦楽四重奏と管弦楽曲を紹介しましたが、本当にすごいのはピアノ曲だと僕は思っております。ピアノ曲もまたいつか紹介できるといいんですが、果たしてその日は来るのか…。


Category: CD・レコード > クラシック   Tags: ---

Response: Comment: 0  Trackback: 0  

『ヤナーチェク:タラス・ブーリバ、シンフォニエッタ レーグナー指揮、ベルリン放送管弦楽団』

janacek_TarasBuuriba.jpg ヤナーチェクの管弦楽作品です。どちらの曲も、ヤナーチェクの曲の中ではけっこう有名です。

 交響詩「タラス・ブーリバ」はゴーゴリの小説にもとづく標題音楽で、コサックの隊長ブーリバにまつわる物語の音楽化です。「シンフォニエッタ」も同様で、5楽章のそれぞれに「城」「王妃の僧院」「街並み」なんて標題が添えられています。旋律やリズム型に民族色が若干出てますが、基本的にはドイツ/オーストリア型の後期ロマン派の標題音楽でした。そして、「タラス・ブーリバ」の第1楽章の色彩が素晴らしい!なんでしょう、この憂愁な感じは…。あまりに見事なので、展開部を作らず、印象派のようにそのままこの色彩感覚を続けて欲しかったと思ってしまいました。和声音楽は、こういう色を使えるのが素晴らしいですね(^^)。
 そして、「シンフォニエッタ」の構造は…いや~モチーフを発展させていく形だと思うんですが、これはなんという様式なんでしょう、自由だ。そして、個人的には爽やかで大海原に旅立つような颯爽とした1楽章と、「王妃の僧院」と名付けられた3楽章のちょっと哀愁ある感じがいい(^^)。

 ヤナーチェクって、ピアノ・ソナタを聴いた時は、リスト的な人かと思ったんですが、弦カルを聴けば民族っぽいし、これを聴けばロマン派的な和声の色彩感覚が見事な人だと思ったりと、実に多彩。しかも和弦とかメッチャきれいで、これを聴いたらローカルな人だなんてちょっと言えないんじゃないかと。あ、あと、指揮者のハインツ・レーグナーという人、僕は知らなかったのですが、たびたび日本に来日していたらしいです。ベルリン放送管弦楽団の首席指揮者になっていた事もあるそうなので、その頃の録音かな?このCD、音がメチャクチャ良いです!演奏もきれいにまとまっていて素晴らしい…のですが、綺麗にした分だけ、ちょっとガッツが足りないかな?この辺は好みですね(^^)。



05 2018 « »
SUN MON TUE WED THU FRI SAT
- - 1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31 - -
プロフィール

Bach Bach

Author:Bach Bach
神戸住まい、奥さんとネコと暮らす音楽好きです。音大は卒業したのですが、成績はトホホ状態でした(*゚ー゚)

ずっとつきあってきたCDやビデオの備忘録をつけようと思い、ブログをはじめてみました。趣味で書いている程度ですが、いい音楽、いい映画、いい本などを探している方の参考にでもなれば、大変嬉しく思います(ノ^-^)ノ

最近気になってるCDとか本とか映画とか
intoxicateに載っていた1枚。「Vyacheslav Artyomov」、ロシアの作曲家は名前が読めなくってムズカシイ。。「ヴャチェスラーフ・アルチョーモフ」と読むらしいです。伝説の「フレンニコフの7人」のひとりとの事ですが、それって何かすら僕は知らず(^^;)。作風的には初期は新古典的、後に民族的な様式、十二音技法や、複調性、ミニマルなんかも用いたみたい。ロシアの前衛は強烈なものが多いので、聴いてみたいです。アマゾンで買おうと思ったらダウンロード版しかなかった(;_;)。 オスマン時代から現代までのトルコ音楽のガイド本みたいです。おおお~、これは絶対に読もう!!
検索フォーム
これまでの訪問者数
アド
ブロとも申請フォーム
QRコード
QR

Archive

RSS