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心に残った音楽♪

おすすめCDの紹介のほか、本や映画の感想などを (*^ー゜)v

 

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映画『ハンニバル』

hannibal.jpg この映画、レクターシリーズの中では、『羊たちの沈黙』と『レッド・ドラゴン』の間の、2001年に発表された第2作になります。原作や時系列でいうと第3作で、完結編ということになります。なんで紹介する順番がムチャクチャになってるかというと、僕が見た順序がこうだったからです(^^;)。

 3作ワンセットのシリーズですが、そのすべてに登場する唯一の人物が元心理分析官で猟奇殺人者のレクター博士です。そして本作が唯一のレクター博士主役映画。レクター博士を捕まえようと警察やら何やらから手が伸びますが、レクター博士は彼らをことごとく返り討ち。

 な~んて説明にもなってないようなストーリー説明で申し訳ないですが、それぐらい内容が薄いと感じてしまいました(^^;)。ときどきホラー映画やらなにやらのレビューをする僕ですが、人の首がブシュッと飛ぶのが好きとか、異常者が好きというのではないんですよね。でもなぜそういうのを見てしまうのかというと、好きなんじゃなくて興味を惹かれるから。なんで死体の目に鏡を入れるのかとか、人の皮をはいで着たい心理って一体何なのかとか、そういうというところに興味があるのです。ところがこの映画、警官の内臓がベロベロしたたり落ちるとか、脳みそが丸出しになった人が食事してるとか、視覚的にグロテスクなところばかり満載。ところがなんでそうなのかというところの説明がまるで足りないもんだから、単にキモチ悪いものを見せられてるだけみたいな気分になってしまいました。意味や心理に興味がある僕としては、これじゃ見せ物小屋となんも変わらんと思ってしまった(^^;)。というわけで、この映画は、僕の中ではサスペンスではなくてスプラッター映画です。

 『羊たちの沈黙』シリーズは、もし『レッド・ドラゴン』がなかったら、僕的には、世間では人気があるみたいだけど、僕的には持ち上げるほどのものとは思えないシリーズだったかも。でも、レッド・ドラゴンだけは素晴らしい!そんな感じでした(^^)。


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映画『レッド・ドラゴン』

RedDragon.jpg  『羊たちの沈黙』と同じように、捜査官が天才精神科医の猟奇殺人犯レクター博士の推理力を借りて連続殺人犯を追い求める映画です。2002年公開なので、映画としては『羊たちの沈黙』の11年後の制作となりますが、物語の順序としてはこっちの方が羊より先です。トマス・ハリスの原作では、レクター博士ものの小説としてはこれがいちばん最初に書かれたものだとか。

 一家皆殺しをする連続殺人が起きます。どちらも殺し方が異常で、家族を殺した死体の目に鏡をねじ込み、その死体の前で女を犯し、そして殺します。しかも、殺人は満月の日に限定。この捜査にFBI捜査官グレアム(エドワート・ノートン)が挑みます。そして、かつては自分の協力者でありながらも、人の肉を食う猟奇殺人を犯して牢獄に繋がれている天才心理分析官レクター(アンソニー・ホプキンス)の推理力を借りて、犯人に迫ります。

 プロットが『羊たちの沈黙』とまったく同じですが(^^;)、でもこっちの方がぜんぜん面白かった!!なにが違うかというと、連続殺人犯の描写が丁寧である事です。なぜそういう事をする人物になってしまったのか、今はどうやって生きているのか、何を考えているのか、こういうところがとてもよく描けていて、見ていて「なるほど…」と思えるのでした。「羊」のほうだと、言葉で説明されるだけの張り子の犯人犯みたいに感じちゃったんですよね。異常心理の解明やプロファイリングが映画の見どころのひとつなだけに、ここは超重要だと思うんですが、さすが前作から11年後の制作、洗練されてます。
 また、物語が他の知識にまで波及していくところがいいです。この映画で象徴的に描かれる「レッド・ドラゴン」ですが、これは詩人であり画家でもあったウイリアム・ブレイクの絵画から取ったもの。なぜそれが重要であるのかは、この映画単独ではおさまりません。ブレイクといえば、音楽ブログ的にはドアーズのバンド名の由来になった詞の原作者だとか、メッチャクチャにサイケデリックな詩や絵画を書いていて、その解読は幻想文学どころの騒ぎではない深遠なものを感じますが、そういう所につなげているのが、この映画の深みを増しているようにも感じます。

 これはよく出来た映画です!もし『羊たちの沈黙』シリーズのなかでひとつだけを見るなら、僕ならこれを推薦します!羊以降、こういった異常犯罪の心理分析や犯人のプロファイリングというのは、映画やアメリカのテレビドラマのフォーマットのひとつになりましたが、その中でも屈指の名作と思います!


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映画『羊たちの沈黙』

HitsujitachinoChinmoku.jpg ハンニバル・レクターという天才精神科医で猟奇殺人犯という架空の人物を扱ったシリーズ小説があります。原作はアメリカの小説家トマス・ハリス。僕がレクター博士関係のもので最初に触れたのが、映画化されたこの『羊たちの沈黙』でした。かなり猟奇的な内容なんですが、女の子にこの映画に誘われて観に行ったんですよ。今でも、あの子はこの映画の内容を知って誘ったのかどうか、興味があるところです(^^;)。小説としてはシリーズ2作目で、映画としてはこれが1作目。1991年公開です。

 内容は、若い女性の皮をはぐ連続殺人鬼バッファーロー・ビルの捜査をめぐるものです。新米女性FBI訓練生のクラリス(ジョディ・フォスター)は、猟奇殺人を犯して監獄に収監されている精神科医レクター(アンソニー・ホプキンス)の天才的な洞察力を借りて、犯人を追います。

 見どころのひとつは、わずかな手がかりから犯人像をプロファイルしてしまうレクター博士の見事な推理。天才的な洞察力で犯人をプロファイリングしてしまう推理ものというのは、シャーロック・ホームズ以降の小説や映画の典型ですが、こういうのはいつも「おお~」ってなるので、なんど見ても面白い(^^)。
 でもそれだけだったら、こういう映画はゴマンとあったわけで、この映画が独自であったのは、そこに猟奇殺人の異常性やその心理を絡めたところじゃないかと。この映画を皮切りに、アメリカでは天才的プロファイリング&異常心理を持った猟奇殺人犯という組み合わせの映画やテレビドラマがひとつのジャンルになるぐらいまで増えた気がします。「FBI科学捜査ファイル」とか「プロファイラー犯罪心理分析官」とか、今ではこういうのはゴマンとある感じ。そのスタートとなった大ヒットが、この映画だったんじゃないかと。この映画、アカデミー賞で色々と受賞してたと思います。

 ただ、なんというか…警官の顔の皮をはいでそれを自分の顔に被せるとか、警官を十字架にかけるような絵的な事情を考えた殺し方とか、実際の連続殺人よりも博士の異常さを見せることばかりに専念してしまって、当の猟奇殺人犯自体の心理の掘り下げが浅いと感じてしまいました。同じ異常者を扱うのでも、「ダーティー・ハリ―」みたいにそれを打ち破る無頼漢のカッコよさを描くというならそれでいいと思うんですが、「この人はこういう心理だからこういう事をして、こういう手がかりがあるからこのへんにいる人で…」みたいに、理詰めのすごさを見どころにしてるのに、当の犯人の心理や行動の説明がテキトーというのは、なんだかなあ…と思ってしまいました。
 一緒に映画を観た女の子は、「警官が死ぬところ、すごくきれいだったね」とか、やたらと感動してました。人を食う映画の後で「焼肉いこう!」とか言ってるし、僕的にはレクターよりもその子の方がすごいと思ってしまいました(。・ω・)。あの子、元気にしてるかなあ。


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『Dexter Gordon / Dexter Rides Again』

Dexter Gordon Dexter Rides Again さらにさかのぼって40年代のデクスター・ゴードンです。これは初リーダー作になるのかな?1947年にVerveから発表された1枚です。録音自体は45~47年の間の幾つかのセッションに分かれてます。最初のセッションのドラムはアート・ブレイキーでピアノはタッド・ダメロン、他のセッションではマックス・ローチのドラムにバド・パウエルのピアノという感じで思いっきりビバップだったりと、セッションによってカラーが少しずつ違ったりします。そういう事もあってか…

 これはオールドジャズとビバップの中間みたいな音楽。サックスはビバップの洗礼を受けてるけど、リズム隊がまだオールドジャズという感じで、スイング時代っぽい音楽も混じったり。ソロイストの受け渡しの速さなんかは、それこそフレッチャー・ヘンダーソン楽団ぐらい古いジャズみたいな印象すら覚える時があります。そして…いや~なるほど、どれもデックスの演奏は見事!さすがフレッチャー・ヘンダーソンやルイ・アームストロング楽団といった名門で名をあげてきたテナーサックス奏者だけある高速プレイと見事なアドリブです!この時代にテナーサックスでこれだけアドリブ出来たら、相当目だったんじゃないかなあ(^^)。いきなりヴァーブからデビューもうなずけます。

 ロックでもジャズでもクラシックでも、若い時って表現よりも、速い演奏とかフォルテな演奏とか勢いとか、そういうので突っ走る時ってあるじゃないですか。しかもそれが爽快だったりして。そういう勢いを感じるアルバムでした。久々に聴きかえして思ったのは、デックスはデビューから50年代までの演奏の方がいいと思ってしまいました(^^)。そして、これだけいい演奏だと、麻薬で失われた50年代がなかったらどうなっていたかと考えてしまいます。過渡期のジャズだけに忘れられた1枚という感じもしますが、これはなかなか素晴らしかったです!


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『Dexter Gordon / Dexter Blows Hot And Cool』

Dexter Gordon Dexter Blows Hot And Cool 60年代にブルーノートからアルバムをいくつも出してカムバックを果たしたジャズのテナー・サックス奏者デクスター・ゴードンですが、その前の50年代は麻薬でほとんど棒に振ってます(・_・、)。というか、50~60年代はそういうジャズミュージシャンの数が多すぎちゃって、なんか交通事故にあったぐらいにしか思わないのは時代なのかも。そんな50年代に、デックスが2枚だけ発表したアルバムの1枚が、これです。ジャケット、カッコいい!!

 メンバーは、Dexter Gordon (TSax)、Jimmy Robinson (Tp) 、Carl Perkins (P) 、Leroy Vinnegar (B) 、Cuck Thompson (Dr)。どうしてもピアノに耳がいっちゃう僕ですが、カール・パーキンス(ロックンロールの方じゃないです)のピアノがいい!!ウエストコーストのピアニストと思ってたんですが、ここでの演奏はかなりバド・パウエルに近くて、イーストコーストを感じさせます。しかもうまい。ポンピングなんて、バド・パウエルより気持ちいいぐらいです。
 そしてアルバム全体は…ブルーノート復帰後のアルバムとは違って、スイング以降のムードジャズも残ってる感じ。もうツービートじゃなくなってはいるけど、バップっぽいソロアドリブが音楽の8割というスタイルばかりじゃなくって、曲をいかした古き良きジャズの匂いが残った演奏もあります。2曲面の「クライ・ミー・ア・リバー」なんて、すごくムーディーでいいです。

 そして、メンバーの個人技を聴かせる曲では…いや~、3曲目の「Rhythm Mad」のデックスさんなんて、ブルーノート復帰後より全然いい!ブルーノート盤だと息が抜けちゃったようなスカスカした音だし、リズムは遅れるしといった状態でしたが、これは音はつやがあるし、リズムはキレッキレ!あと、ブルーノート盤のところで「速いリズムについていけない」なんて書きましたが、ここでのプレイを聴くと「ああ、こういう歌い回しなのね」と思わされるものがありました。フレージングはビバップ通過後という感じですが、スイング時代を通過した人だけあって、歌いまわしが色っぽいです。これはレスター・ヤングの影響かな?
 麻薬に溺れていた50年代の演奏とは思えないほどの素晴らしさ。スローバラードでは曲を見事に生かし、アップテンポではバンド全体が見事にグルーブする素晴らしいレコードです。メンバーやレーベルはブルーノート盤圧勝という感じですが、実際の音楽はこちらの圧勝じゃないでしょうか。個人的にデクスター・ゴードンを人に薦めるなら、絶対にこれです。レコード会社の太鼓持ち評論家が推薦する推薦ディスクなんてあてにならないという事ですね。。


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『Dexter Gordon / GO』

Dexter Gordon go 「アワ・マン・イン・パリ」の1年前の1962年、これもブルーノートから発表されたデクスター・ゴードンのアルバムです。メンバーは、Sonny Clark (p)、Butch Warren (b)、Billy Higgins (d)。パリ公演よりこっちの方が古いのに、こっちの方がバップを強く感じます。ピアノがソニー・クラークだからかも知れませんが、初期ブルーノートが推したハードバップというサウンドです。

 「アワ・マン・イン・パリ」に比べると、グループの演奏がますごくとまってます!ジャズのセッションって、コード進行の上でアドリブするから、べつにお互いにインタープレイせずに自分のパートだけ勝手にやってるだけでも、なんとなく成立しちゃうじゃないですか。でも、グループとしてまとまってくると、相手のフレーズにカウンターメロを当てたりとか、ここは押すとか引くとか、そういうちょっとしたことに気が利くようになって、急に音楽としてまとまりはじめたりして。2枚を比較するなら、こっちの方がピアニストが格下だけど、バンドはこっちの方がいいグルーブしてます。ちょっとした差ですけど、そのちょっとが大きい(^^;)。
 そして、デクスター・ゴードンの演奏も、こっちレコードの方が快調。コール・ポーターの「Love For Sale」をテンポをあげてやってますが、うねるような歌い回しは見事だし、ツーファーブのラインなんて、「おっ!」と思わされるものがありました。そしてバラードになったらデックスの守備範囲、スローバラード「Where Are You?」なんて見事なテナー!おお~さすがはジャズジャイアント、麻薬に溺れた直後でもこれだけ光るんですね(^^)。

 ジャケットは購買意欲をそがれるほどダサいですが、60年代にブルーノートから大量に発表されたデックスのレコードの中ではきらりと光る1枚じゃないかと。問題は、こういうバップ系の音楽は、曲もみんな同じものを演奏するし、似たり寄ったりのプレイヤーのソロのちょっとした違いを楽しめるマニアックな聴き方が出来ないと、みんなキンタロウ飴に思えちゃうところでしょうか。あの時代、ジャズマンがアドリブを出来るようにするトレーニングばかりに追われてないで、それぞれがきっちり作曲したりアレンジしていたら、もう少し面白い事になったと思うんだけどなあ。そこが、いい音楽を作るより仕事を回す事を優先していたショー音楽ジャズの泣き所なんでしょうね。


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『Dexter Gordon / Our Man In Paris』

Dexter Gordon Our Man In Paris テナー・サックス奏者のデクスター・ゴードンの録音で一番有名なものではないでしょうか。1963年パリ録音、ブルーノートから発表された1枚です!これを機に、デックスはパリに移住することになりました。というか、アメリカで食い詰めたミュージシャンのパリ移住は、ビバップの頃から続くアメリカのジャズミュージシャンの伝統ですね(^^)。

 メンバーが面白くて、バド・パウエル(p)、Pierre Michelot(b)、ケニー・クラーク(d)。つまり、先にパリに移住したビバップあたりのミュージシャンという感じなのかな?というわけで、1963年のアルバムではあるんですが、40年代後半~50年代前半のジャズみたいな演奏です。50年代を麻薬で棒に振ったデックスは、このパリ公演に再起を賭け、そして新天地で第2の人生を歩もうと決断する…こんなドラマがあったんじゃないかと。

 麻薬で50年代がまるまる抜け落ちたようなデックスのプレイは、正直言って調子がいまひとつでした。有名な1曲目「Scrapple from the apple」は、テーマですらビハインド・ザ・ビートになっていてリズムについていけてないし、手に詰まると「ブオ~ブオ~」とワンノートのブローに逃げるし(^^;)。う~んなんでこれが名盤扱いなんだろう、もっといい演奏あると思うんだけどなあ。アドリブ中でスイング時代のビッグバンドのソロイストみたいに有名な曲のメロディを挟んだりするのもダサいと思っちゃうんですよね…これはちょくちょく出てきて、最後の「チュニジアの夜」でも、サマータイムのテーマメロを挟んだりとかするんですが、なんかこういうのって、ダジャレやおやじギャグじゃないけど、ジジくせえと思っちゃうんですよね。

 そのあたりの発展途上な感じが、レスター・ヤングとソニー・ロリンズの間にいたテナー・サックス奏者を思わせて、ジャズのテナー・サックスの歴史を感じました。ロリンズやコルトレーン以前のテナーサックスって、ビッグバンド要員という印象が僕の中では強いです。デクスター・ゴードンは、ビッグバンド要員からは脱してワンホーンカルテットのフロントを張ったテナーサックス奏者の走りのひとりで、彼がいなかったらロリンズもコルトレーンも出て来てないのかも。でも、テナーでアップテンポのバップのアドリブを演奏しきるにはまだ色々と課題があって、ハードバップでテナーがアルトに追いついてくるのは、ロリンズとコルトレーンの熟成を待たなくちゃいけなかったのかも。そんな事を考えさせられた演奏でした。



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『IRON BUTTERFLY / IN-A-GADDA-DA-VIDA』

IRON BUTTERFLY IN-A-GADDA-DA-VIDA サイケデリック・ロックの名盤というと、絶対に取りあげられる1枚、アイアン・バタフライが1968年に発表したアルバム「ガダ・ダ・ヴィダ」です!サイケ好きの友人の影響を受けた中学生の時の僕が、サイケ名盤と言われているCDに手を出さない筈もなく、ロックの旧譜名盤が安く再発されたタイミングで、小遣いはたいて買った思い出の1枚です。いや~レコード屋から家までワクワクして帰ったあの日の気持ちがよみがえるようです(^^)。

 サイケうんぬんの前に、ビート・バンドとしてまとまりのいいバンドと思いました。飛び抜けたプレイヤーがいるわけじゃないんですが、コーラスは綺麗だし、曲も良く出来てるし、楽器もみんな平均以上、キーボードとギターに至っては聴かせどころが分かってる感じ。ただ、ヴォーカルがファルセットもブレンディングもしないで地声で歌う男性ヴォーカルなので、そこだけがちょっと苦手でした。声を作れないヴォーカルって、アマチュアみたいで僕はどうもダメなんです(^^;)。ハードロック以前のアメリカのロックバンドって、こういうヴォーカルが多くてちょっと残念。ステッペン・ウルフもヴォーカルさえファルセットを使えてたらと思うし、フランク・ザッパも、ジミヘンも、みんなそう。一方のイギリスは、スモール・フェイセスディープ・パープルと、いいヴォーカリスト持ったバンドが多いです。ジャズやブルースやロックンロールの文化を持っていながら、ロックに関してのアメリカはイギリスの後塵を拝した感じ。ああ、ヴォーカルさえ良ければ、アイアン・バタフライをもっと好きになってたかもしれない…って、想い出補正も込みでかなり好きなんですけどね(^^)。

 そして、音楽。いや~、独創的な曲のなんと多いことか!基本的に1曲3~4分の曲がズラッと並ぶ感じですが、その曲想が多彩!インドっぽいのもあれば、妙なヤバさを感じるのもあれば、お花畑なフラワーロックも。
 そしてこのアルバムの看板曲「ガダ・ダ・ヴィダ」は、曲中で長いアドリブパートを含む17分の曲。サイケお得意の長尺曲です。サイケの長尺曲って、グレイトフル・デッドみたいに単にダラダラやられると僕はちっと苦手なんですが、ドラマチックに構成されたものは逆にすごい好きなんです。ドアーズの「ジ・エンド」とか、クイックシルヴァーの「愛の組曲」とか、イッツ・ア・ビューティフル・デイのB面メドレーとか。この「ガダ・ダ・ヴィダ」は、そこまで届かないものの、やっぱりかなり好きです。アドリブパートに突っ込んで、ギターがセンスいいソロを聴かせて、キーボードが怪しい世界を作り出しながらクライマックスを作って、15分後ぐらいに主題に戻ってきた時の快感と言ったらないっす(^^)。そうそう、アドリブ・パートの前半はギターのアドリブで、ほとんどペンタトニック一発なんですが、単旋律ではなく分散和音使ったり5度を混ぜたりしてけっこう立体的な組み立てをします。このギターを弾いてるのは当時17歳のエリック・ブランで、うまいという感じじゃないんですが、ツボを押さえてる感じで、カッコいいです。このバンドの看板のひとつじゃないでしょうか!

 もしヴォーカルさえファルセットやミックスヴォイスを使えたら、素晴らしい1枚になってた気がします。そこだけが残念ですが、それ以外は確かにサイケの名盤のひとつといわれるだけの事はある1枚じゃないかと思いました。あ、あくまで60年代アメリカのロックという範囲ですので、過剰な期待は禁物ですが(^^;)、やっぱりサイケ好きな僕にはたまらない1枚なのでした。あ~懐かしかった!



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『Kaleidoscope / Side Trips』

Kaleidoscope Side Trips 色んな楽器でワールド・ミュージックを演奏するデヴィッド・リンドレーが在籍していたサイケバンド「カレイドスコープ」のデビュー作です!67年発表。

 1曲目「EGYPTIAN GARDEN」が、メジャースケールと5度下のハーモニック・マイナーを交互に演奏する進行で、しかもシタールを使って、曲の最後でアッチェルしていくので、インド音楽みたいなムードがあります。でもこれがビートルズやストーンズの演奏したインド音楽とのフュージョンみたいにそれなりにシリアスに聴こえるかというと、かなりポップ。きっと、ビートが強いし明るいからそう感じるんでしょうね。このエキゾチックというか変わってる感覚が、サイケといえばサイケ。これがバッドトリップ方面に行かずに、どこまでも幸せそうでお花畑な感じがするところが、西海岸のフラワームーブメントな音楽だなって思います(^^)。たぶん、異様な緊張感がほしくてこういう変わったスケールを使ったんじゃなくて、ワールドミュージック志向が強くてそうなったのかも。というのは、他の曲でバンジョーを使ったりフィドルを使ったり、ブルースみたいな曲が出てきたりメキシコ音楽みたいなのがあったりジャズのカバーをやったりと、かなり多彩なので。あ、でも基本的にロックバンド臭が強いです。

 ドアーズとか初期ピンクフロイドみたいなディープでシリアスなサイケを期待したらアウトかも。でも、フラワームーブメントなふわふわしたドラッグミュージックとか、ライ・クーダーあたりの力の抜けたポップなワールドミュージック的なジャム・セッションとして聴いたら大ビンゴのアルバムだと思います。強いてサイケにこだわるなら…明るいけど、根っこの部分が病んでそうな気がするところかな(^^)?


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『Love / Forever Changes』

Love Forever Changes ロスアンジェルスのバンド「ラヴ」が1967年に発表したサードアルバム。このバンドの代表作なんて言われてます。60年代後半のロスときたら、サイケだと思うじゃないですか。ましてこのジャケット、そして「サイケの名盤」の触れ込み。それでドアーズとかクイックイシルバーみたいなのを期待してしまった僕でしたが…超フォークロックだった(´・ω・)。このバンド、もう1枚有名なアルバムがあるんですが、そっちがサイケなのかなあ。

 でもサイケさえ期待しなければ、これは美しいフォークロック。このグループのリーダー格であるアーサー・リーという人、アフリカ系アメリカン人なんです。そういう人が、60年代にこういう音楽をやっていたというのも驚きです。公民権運動につながる戦闘的な黒人フォークではなく、カレッジフォークじゃないかと思うほどピュアな音楽を演奏してます。これ、ロスじゃなくってアメリカの田舎町でやってたら、アフリカ系アメリカ人たちから「白人にこびてんじゃねえ」みたいに袋叩きにあってたんじゃないかなあ。

 60年代中盤~後半のアメリカ西海岸って、ドアーズやジェファーソン・エアプレインみたいなサイケデリック・ロックなバンドと、CSN&Y みたいなフォークがごっちゃになってる印象があるんですが、ラブはその中間と言えそう。そして、これ以前の西海岸となると、僕にはジャズ以外はまったく分からなくって、それこそカントリーとかブルースとか、そういう音楽しかなかったんじゃないでしょうか。というわけで、アメリカ西海岸でロックが登場してきたころの状況を捉えた1枚なんじゃないかと思いました。



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ジャズ初心者のための、最初の独学勉強方法

すこし前に、コメント欄から「マークレヴィンのザジャズセオリーを買ってみたのですが、書かれていることがチンプンカンプンでして…。結論から申し上げますと、何かジャズ初心者向けのおススメの入門書などございましたら、教えていただけますでしょうか?1冊に限らず、複数冊でも構いません。」というご質問をいただきました。それに真面目に返答したら、けっこう長い文章になってしまいましたので、記事にしておこうと思います。コピーしただけですけどね(^^)。ジャズの演奏に挫折した事のある初心者の方の参考になりましたら!

(以下、コメント欄より引用。読みやすいよう、少しだけ修正してあります)

ジャズの演奏を出来ると、ポピュラー音楽全般でアドリブが出来るようになって楽しいですよね(^^)。

ポピュラーの音楽理論はもう覚えていますでしょうか。ダイアトニック・スケール・コードとか、5度圏とか、代理という言葉がまだ分からないようでしたら、先にポピュラー音楽の理論をやった方がいいと思います。オススメは「ポピュラー音楽理論」です。

ポピュラー音楽理論が終わっていたら、普通のジャズ理論に入って大丈夫だと思います。ジャズ・セオリーはすばらしい本ですが、初心者には難しいですよね。「セカンダリー・ドミナント・モーション」という言葉が理解できるぐらいまで来てから読んだ方がいいと思います。最初の頃のオススメは、「実用ジャズ講座」です。このへんのジャズ和声論の基礎は、大体どの本も書いてあることが同じでして、説明が分かりやすいかどうかの差ぐらいだと思います。貞夫さんの「ジャズ・スタディー」も大体同じ内容です。

ただ、生徒さんに教えていると、基礎的なポピュラー音楽理論も、次のジャズ和声法でも、どこまで噛み砕いて説明しても、理解できない人が少なくありません。そこで、他の本で理論を理解できなかった人におすすめなのが、「音楽の原理」という本です。これは救いの1冊で、基礎ポピュラー理論もジャズ和声も説明してくれていますが、どちらもものすごく分かりやすいです。kazu様の場合は、第8章「作曲」のなかの、「西洋音楽:機能和声法」と「ジャズ」というところがピッタリではないかと思います。ジャズって、曲中で転調するのが普通なのですが、転調を判断できずに挫折する人が多いです。それなのに転調を理論的に説明している本が少ないのですが、この本には転調の説明があって、しかも分かりやすかったです。

以上が演奏のために最低限必要な理論です。それと並行して、楽器の練習も始めておくとよいと思います。楽器は楽器ごとにメソッドが違います。ピアノならコンテンポラリージャズピアノあたり、ギターなら、全4巻のコンプリート・ジャズギター・メソッドがオススメです。ただ、なんの練習をやっているのか分からない場合は、理論の勉強が追いついてくるのを待ってください。実際の練習は、こういうメソッド本をやるより先に、ダイアトニック・スケール・トレーニングというのをやると効果があがると思います。が、そのやり方を書いてある本ってジャズだと少ないんですよね(^^;)。過去の記事で、ギターの場合のスケールトレーニングの方法を書きましたので、参考にしてみてください。他の楽器の場合でも、やり方は同じです。うまくなったら、徐々にセカンダリーのコードなどに入れ替えたり、ディミニッシュを挟んだりしてこの練習を繰り返します。実は、メソッド本よりも、こういう基礎トレーニングだけをひたすら繰り返す方が効果的だと思います。というか、こういうのをやらないとそもそもメソッド本の演奏も出来ない気が(^^;)。

もうひとつが、読譜能力です。演奏には、①曲の中の和声機能を分析する能力、②コードとスケールを演奏する能力、③スコアを読む能力、の3つが必要です。①は、最初の理論で養ってください。②は、楽器ごとのメソッド本またはダイアトニック・コード・スケールのトレーニングで養ってください。③は、ジャズというよりも、音楽そのものの能力で、ソルフェージュという勉強のうち「読譜」というものをやると良いと思います。国立音大が出している「ソルフェージュ 読譜」という本か、「ダンノーゼルのソルフェージュ」という本あたりがオススメです。ジャズの場合、それほど高度な読譜は要求されませんので、ジャズの楽譜を読める程度までのトレーニングでいいと思います。

すぐれたメソッドの構築自体が、うまくなる秘訣のようなものでして、他にも「音楽は理屈よりも聴感覚が重要で、ドミナントやサブドミナントぐらいは耳で聞いて分かるようになれていないと厳しいので、本当はソルフェージュの聴音もやった方がいい」とか、「実践ではコード進行に合わせたフレーズをどれぐらい覚えているのかが鍵なので、CDを聴いていいプレイヤーのいいフレーズ自体をひとつでも多く覚える」とか、どんどん出てきますが、とりあえずはこんな感じでしょうか。

まずは、コード進行に合わせて、アドリブでコードとフレーズが弾けるようになる事を目標にすると良いと思います。真面目にやれば、そこまではけっこう速くたどり着くと思います。そこまで行ければ、うまいかどうかは別にして、一応どんなセッションでも演奏できるようになるし、演奏をかなり楽しめるようになると思います。僕もえらそうな事を言えるレベルではないのですが、どうぞがんばってくださいね!


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TVドラマ『ゆうひが丘の総理大臣』

YuuhigaokanoSouridaijin_TV.jpg ユーミンの初期アルバムを聴いていたら、70年代の日本の青春テレビドラマを見たくなってしまいました。「ゆうひが丘の総理大臣」は1978~79年に放送された、中村雅俊主演の学園青春テレビドラマです。少年チャンピオンに連載されていた同名コミックのテレビドラマ化作品、大好きでした。うちにはテレビ録画したVHSが残っていますが、残念ながら全話は揃ってない状態。

 舞台は高校、主人公は破天荒だけど情熱的な英語教師。このドラマが作られた70年代後半といえば、過度の受験戦争や暴走族などが社会問題化していた頃で、ドラマではこれらの問題が真正面から扱われていました。受験勉強にがんじがらめの生徒、落ちこぼれで学校やまわりから白い目で見られている生徒。こうした問題に、あたらしく高校に赴任してきた若い教師が、生徒の目線にたって一緒に悩み、生徒と一緒にいろんな問題を解決していきます。先生も生徒も、本音や理想を真正面からぶつけて、本気で泣いたり叫んだりします。今の社会が持ってる価値観からしたら「クサい」とも言えそうですが、逆に当時を基準にしたら今はちょっとカッコつけ過ぎというか、みんな自己防衛で本音を隠しすぎるのかも知れませんね。

 小学生の頃このドラマを見て、はやく高校生にはやくなりたいと思ってました。あこがれた理由はふたつで、ひとつはひとり暮らししていたり、友達と楽しそうにしていたり、高校生活が自由で楽しそうだった事。お兄さんへの憧れみたいなものでした。もうひとつの理由は、人の距離の近さです。先生は下宿してぼろアパートに住んでるんだけど、そこでの人との交流があたたかくていいんです。70年代って、今と比べていろんなものがぼろかったり貧しかったりしたけど、人と人との距離はもう少し近くて、温もりがあった気がします

 そして、久々にうちにあるビデオを見返して、このドラマに憧れたもうひとつの理由を見つけてしまいました。物語が基本的にハッピーエンドだからです。物語のテーマは当時の世相を反映した青春の苦悩ではありましたが、でも本当にはみ出した人とか、ディープな結末とかは描かれません。落ちこぼれといっても、バイクに乗ったりちょっとやんちゃしたりする程度で、破滅的な結末を迎えたりする事はありません。苦悩しても自殺まではいきません。暴力事件で退学になる生徒も、不登校になってフェードアウトする生徒も出てきません。最後には苦悩を乗り越え、笑顔で夕日に向かって石を投げる…みたいなハッピーエンドな青春ドラマなのです。現実はハッピーエンドとはいかない事も多かった時代だっただけに、現実にある問題を扱いながらも、こういうハッピーエンドに終わってくれると、気分がいいし後味が良かったのかも。ドロップアウトした人やアウトサイダーから見れば青くさく見えるドラマかも知れませんが、そうでない人にとってみれば理想の青春。実際に自分の青春と重なった人も多かったんじゃないかと思います。

 金曜8時は金八先生じゃなくて絶対にワールドプロレスリングだった僕が、ほとんど唯一といっていいほどに好きだった学園ドラマ。今見ても「こういう青春や学園生活を送りたかった」と思ってしまいます。学園ドラマの傑作として、超おススメです!



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『荒井由実 / コバルト・アワー』

AraiYumi_CobaltHour.jpg ユーミン、1975年発表のサード・アルバムです。名曲「卒業写真」が入ってるのはこのアルバム。いや~これも名盤じゃないか、いい曲といい詞が満載のすばらしいポップスでした!

 明らかにフィフティーズな6/8バラードの「何も聴かないで」とか、日本情緒を入れた「花紀行」とかを聴くと、作曲のパターンが広がってきてると感じました。「Over The Rainbow」のプログレッションを参考にしたような曲もあったし、このへんは自分の中から出てきたのではなく、勉強して作ったんでしょうね。そして、これまで通りのコード作曲でも、世代を超えて知られた曲「卒業写真」などなど、いい曲満載でした。

 とはいえ、やっぱり僕は詞がいいなと感じます。曲だけ取りあげると、意外と普通に感じちゃうかも。歌は相変わらず信じられないほどの棒読みのうえピッチが怪しいですが(^^;)、むしろそれが心地よく感じるほど。アニメ映画の宮崎駿監督が、声優を使わずに声優をやった事のない人を起用したりするじゃないですか。それで棒読みのオンパレードになったりしますが、でもあの感じって、僕は声優特有の芝居臭さがなくて好きなんですよね。荒井姓時代のユーミンにも、そういう演出過多に陥らない、「言葉を歌う」という本質をきちんと押さえているという良さを感じます。この「言葉を大事にした声」は後に失われてしまうわけですが(^^;)、それと引き換えに本人はブランドの服に大袈裟なステージとバブルな女になっていきました。金は人を狂わせますね、おお怖い。

 いつまでたっても歌がうまくならない(むしろ下手になってる^^;)ところとか、メロコードだけしか作曲しないところはキャロル・キングに似てるなと。ただ、ユーミンがキャロル・キングより恵まれていたのは、アレンジャーだったんでしょうね。大まかにいうと、キャロル・キングは、メロコードだけ作った曲を、ヘッドアレンジでスタジオ・セッションに雑に仕上げるだけ。でもユーミンは、アレンジャーがきちんと「どういう色の音楽にするか」を考え、そして丁寧にアレンジしています。アレンジやプレイのクオリティはまだアメリカに追いついてない感じですが、モノを作ることに対する丁寧さは日本の方が上かもな…な~んて思いました。いや~40代も後半になってからはじめて初期ユーミンの音楽を聴きましたが、いずれも素晴らしかったです!17~24才ぐらいの時に聴いてたら、さらに感動したかも。ユーミンの初期作品に外れなし、これも素晴らしい1枚でした!


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『荒井由実 / MISSLIM』

AraiYumi_Misslim.jpg 僕がユーミンの『ひこうき雲』を「あったかいし、独自の世界観があってすごくいいね」なんてほめたもんだから、CDの持ち主だった妻は上機嫌。そして「初期のユーミンならこっちの方がいいよ」と出してきたのが、このアルバムでした。ユーミンのセカンドアルバム、1974年発表です!

 さて、聴いてみよう…おお~本当だ、こっちはさらにいい!!宮崎駿監督のアニメ映画に使われてた曲も入ってました。そして、ファーストアルバムに引き続いて、詞が素晴らしい!「ソーダ水の中を貨物船が通る、ちいさな泡も恋のように消えていった」って、こんなの泣くだろ(・_・、)。この世界観はなんといえばいいのかな…詩だけじゃなくてエレピの音とかに時代を感じるというのもあるのかも知れませんが、「ゆうひが丘の総理大臣」とか「探偵物語」とか、70年代後半あたりにやっていた青春テレビドラマに共通する世界を感じます。世知辛い世の中だけど人に温かみがあって、夕日がきれいで、真剣に悩みがあって、でもそれをどこかで吹っ切る気持ちの良さがあって、どこまでも抒情的で…みたいな。

 初期のユーミン、僕の心に刺さるのは何にも増して詞の世界でした。これは素晴らしい!詞の内容が少女的なので、ちょっと元気な男の子だった僕は、「ユーミンなんて女くさくて聴いてられっか」って感じだったのかも。でも大人になってきくと、これは心の入った、いい歌だとかんじます。妻いわく、「ユーミンは最初の4枚がすてき」なんだそうです(^^)。


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『荒井由実 / ひこうき雲』

AraiYumi_HikoukiGumo.jpg 1973年、松任谷由実さんが結婚する前の荒井姓だったころに発表したデビューアルバムです。名盤と名高いこのアルバム、今回初めて聴きました。

 ユーミンの歌い方があの黒柳徹子みたいな発声じゃない、話し声みたいなすごく素直な歌い方で驚きました。こっちの方がいいと思うなあ。歌い方がそうだからか、歌詞がスッと入ってきて、1曲ずつちゃんと物語がある事に気づきました。ユーミンさんは美大出身だときいた事がありますが、イルカさんとか美大出身の人は、ちょっと違う角度から物事を捉えられるのか、詞に世界観があっていいなと思いました。有名な「ひこうき雲」、ちゃんと聴いたのは初めてなんですが…エエ~爽やかな曲だと思ってたのに、「あの子」って死んでるじゃないっすか(・ω・ノ)ノ。

 演奏は…クレジットを見ると、「キャラメル・ママ」って書いてあります。名前はきいた事あるんですが、音を聴いたのは初めてかも。メンバーに細野晴臣さんや松任谷正隆さんや鈴木茂さんの名前が見えます。そして、2曲目「くもり空」の間奏でフルートが出てきて、クラシックじゃなくてジャズっぽい音を出すなあと思ったら…おおおおおお~宮沢昭さんだああ!!!宮沢さんは知る人ぞ知る素晴らしいジャズミュージシャンですが、こういう仕事もしてたのかあ、ちょっとジ~ンと来てしまった。

 音楽はポップス、詩はフォークみたいな印象でした。ユーミンさんの事は詳しくないんですが、80年代のユーミンさんよりこっちの方が僕は好みでした(^^)。


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『マーラー:交響曲第8番《千人の交響曲》 クーベリック指揮、バイエルン放送交響楽団』

Mahler_Symphony8_Kubelik.jpg マーラー交響曲の集大成、交響曲第8番「千人の交響曲」、これはロマン派音痴の僕ですら、ちょっと表現できない類の感動を覚えた壮大な音楽でした。人にマーラーの曲を1曲だけ薦めるとしたら、僕の場合は迷うことなくこれです。「千人」という表現は誇張ではなくて、初演時は本当に千人超えの編成だったそうで。この世紀のイヴェントは大センセーションを巻き起こし、シェーンベルクシュトラウスといった大作曲家はもちろん、いろんな国の国王や皇太子、文学者や画家などの文化人なども観客として押し寄せたそうです。観客の興奮は凄まじく、終演後30分たってもまだ万雷の拍手が鳴り響きつづけたとか。マーラーは、自分の死の半年前の1910年の初演で、人生最大の賞賛を受けたことになります。死の直前で人生のクライマックスにたどり着くとはなんと素晴らしい人生でしょうか。後期ロマン派を代表する作曲家と言われるだけの事を実際にやってのけた大作曲家だと思います。

 この曲、交響曲とはいうものの、編成が交響曲の範囲を超えてます。オルガンやハルモニウムやピアノを含む巨大なオーケストラ、児童合唱と混声合唱が2組、独唱が8人です。また、交響曲に詩を使う事をやめていたマーラー、ここで詩を復活させます。復活どころか、ずっと詩を軸に進んでいくので、交響曲じゃなくて声楽に思えちゃうほど。全体は2部に分かれていて、1部は教会音楽風の大合唱の讃歌でものすごいテンション、絶叫に近い瞬間すらあります!そして2部はゲーテのファウストのテキストを用いた神秘的なところから始まる音楽。マーラーの音楽って機能和声なロマン主義ど真ん中という音楽が多いですが、この第2部はマーラーの作品の中でもかなり挑戦的な響きが多く入ってると感じました。純粋に音響面だけ見れば、僕にとっては千人の交響曲の第2部がマーラーの最高傑作で、弦楽器隊のピチカートの上に乗る木管、その中から独唱が出てきた瞬間は鳥肌ものです。さらに、ラストの昇天の豊饒さ静謐さ美しさ官能性といったら…。

 そして、この1部と2部のコントラストが見事、この素晴らしさは文章では言い表しがたいです。詞の内容は、ユダヤ教やキリスト教という一神教の世界観を理解できていないとなかなか深い所まで分からないんだろうな、とは思いましたが、この巨大な作品の最後の言葉が「永遠に女性的なものが、我々を率いて昇りゆく」ですから、やっぱり一神教的世界観が根底にあるなと思いました。そしてこの結末が、マーラーのすべての交響曲に共通するものなんじゃないかと。西洋の宗教音楽の多くって、死者を送り出すときに使う宗教音楽がとてつもなく美しくてゆったりしていて、まるでそれが最高の幸福のように鳴り響かせますよね。それに僕はいつも胸を打たれて、僕は死ぬのが恐いのに、こういう音楽を聴くだけで、まるで死が救いや安らぎのように感じられて、恐怖がスーっと引けていくのです。こういう感覚って、バッハのミサ曲ロ短調とか、フォーレのレクイエムを聴いていても感じますが、千人の交響曲もやっぱりそういう音楽なんじゃないかと。ロマン派音楽崩壊寸前にこの音楽がきたというところに、なんとも言えない感動を覚えてしまいました。西洋のロマン派音楽が目指してきたものを総括して要約すると、これを言いたい音楽群なのだ、みたいな。この曲の最後に来る「神秘の合唱」は救いとともに官能の極致の響き、これほど劇的なラストを持つ音楽って、劇性の強いロマン派の交響曲ですらなかなかないです。

 最後に、ちょっと異端かもしれない見解を。マーラー研究の学者さんからは怒られてしまうかも知れませんが…マーラーの交響曲って、2番以降はずっと声楽つきで、5番から7番までは純粋器楽、8番になって声が戻ってきて、しかもそれが宗教曲のような様相、結末は昇天です。そして8番最後の昇天は、実際にマーラーの人生のクライマックスともピッタリ合ってます。つまり…交響曲第1番がイントロダクション、そして2番から8番はそれでひとつの超巨大な交響曲になっているとも言えそうです。8番のみならず、マーラーのシンフォニー全体のラストであるかのように響くのが、僕にとっての千人の交響曲です。だから、この8番だけを聴くだけだと感動は半減、マーラーのシンフォニーぜんぶを聴くと「千人の交響曲」を聴いた時の感動が跳ね上がり、さらにロマン派音楽全体を聴いた後に聴くとそれだけで絶頂しちゃいそうになるという。な~んて、マーラーはこのあと第9番も書いたんですけどね(^^;)。


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『マーラー:交響曲第7番《夜の歌》 ブーレーズ指揮、クリーヴランド管弦楽団』

Mahler_Symphony7_Boulez_Cleveland.jpg マーラーの交響曲第5番と似た構造をしているのが、この第7番「夜の歌」です。5楽章形式だったり、ど真ん中にスケルツォが置かれている事とかね。2楽章と4楽章の「夜の歌Ⅰ」と「夜の歌Ⅱ」が先に出来たらしいので、その時にアーチ構造にしようと思いついたのかも。

 バロックとか古典派とか新古典を聴いた後にマーラーを聴くと混乱します。「え、この構造は美しいの?」とか、「なんで宮廷舞踊みたいな曲がここで出てくる必要があるの?」とか思っちゃうんですよね(^^;)。しかも無駄に長いし…。「夜の歌」は、とりわけそう感じていました。でも天下のマーラー、せっかく5番を聴いた事だし、久々に7番も聴いてみよう!と聴いてみたところ…長すぎて寝てしまいましたzzz。

 で、寝ながら聴いていて、ようやく耳を奪われたのが第4楽章「夜の音楽2 アンダンテ・アモローソ」。これが優しげでかわいらしくて美しい!小さい女の子ふたりが、ベッドの中でコソコソと楽しい内緒話をしてるみたいです(^^)。というわけで、僕にとってのマーラーの楽しみ方は、好きな楽章の色彩感覚だけを楽しむ感じかな?

 ところでこの曲、美しい第4楽章「夜の音楽2」で終わらず、その後にファンファーレがけたたましく鳴り、執拗に繰り返されるロンドの第5楽章が18分も続きますが、この楽章って必要なのかなあ。ついでに、第1楽章も20分も必要かなあ、長いわ調がコロコロ変わるわで、ソナタ形式なのにまとまりなく聴こえます。僕が「マーラーは長くてくどい」と思ってしまうのは、こういう所なんですよね(^^;)。最初に作った「夜の音楽」2曲を活かそうと思うなら、1楽章と5楽章はいらないと思うなあ、冗長なんですよね…。



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『マーラー:交響曲第5番 嬰ハ短調 アバド指揮、ベルリン・フィル』

Mahler_Symphony5_Abbado_BerlinPhil.jpg マーラーの中期の代表作&超人気作、交響曲第5番です!交響曲を声楽つきで書く癖がついていたマーラーが、久々に器楽として書き上げた交響曲で、この曲を書いている頃に運命の女アルマと結婚してます。おめでとう!

 第5番は5楽章で出来ていて、葬送行進曲から始まり、ど真ん中にワルツ調のスケルツォを挟んで、美しいバラードから最後に楽しそうなワルツに抜けて終わる構成です。面白いのは、こういう構成だと始まりと終わりを先に作曲して、最後に緩衝楽章を書きそうなもんですが、マーラーが最初に書いたのは真ん中のスケルツォだったそうで。この交響曲でスケルツォが重要な役割を果たしているようには聞こえないので、なんだかとっても不思議。

 マーラーの良さが分からないという致命的な弱点を持っている僕は、クラシックを聴く人の多くがみな受け入れるこの大人気曲ですらやっぱりよく分からない(- -;)。でも、抒情的なアダージェット第4楽章はラヴェルの「亡き王女のパヴァーヌ」に並ぶほどの美しさ、これは後期ロマン派の美しい名曲のひとつだと思います…って、ミーハーすぎますね。この第4楽章はマーラーがアルマへプロポーズするために送った曲で、手紙も何もついていなかったのにアルマはその意味を察して、そのプロポーズを受けたのだそうです。嘘みたいにロマンチックな話ですね(^^)。でも、こんなに美しい曲を送られたら、クラっと来ちゃうのも分かるなあ。そうそう、この曲は映画「ヴェニスに死す」で使われて、これが70年代のマーラーブームにつながったんだそうで。パターンとしては映画『ある日どこかで』のラフマニノフのラプソディに近いですね。この曲の後の最終楽章への流れも見事なんですが、その最終楽章がまたしても長い(^^;ゞ。ミーハーといわれようが、第4楽章だけ聴ければいいや…。



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『マーラー:大地の歌 ブーレーズ指揮、ウィーン・フィル』

Mahler_DaichinoUta_Boulez_WienerPhil.jpg 久々に登場、マーラーです!前回にマーラーの記事を書いたのは…3年前か、やっぱり労働者階級の一般人の生活では、マーラーの巨大な音楽を聴くひまがないんだな(-ω-。)。

 マーラーの音楽を簡単にいうと、機能和声法という音楽の描き方を使って、映画や小説のように色んなシーンをたどってエンディングに行きつくというもの。マーラーは交響曲と歌曲の大家で、歌曲も管弦による伴奏のものが多いので、結局ほとんどの曲が大規模。一方の交響曲もどこかに歌が入っている事が多くて、この曲もそうです。この、色んなシーンをめぐりめぐるというのと、詩が入っているという所で、音楽だけでない文学性というか劇性というか、音そのものだけで音を構成するわけではないドラマ構築みたいなものを感じます。この曲、マーラー自身は「交響曲 大地の歌」とタイトルをつけてますが、なんせ声がメインなもので、交響曲じゃなくって管弦伴奏の歌曲とされることもあります。

 僕は、マーラーの音楽の良さがいまいち分からない人なんですが、マーラーを聴いて良いと感じるときのパターンがありまして…それは曲の最後。いろんなドラマを通過して、最後にとても美しい所にたどり着いたりするんです。交響曲3番もそうですが、この大地の歌もそうです。この曲の最終楽章には「告別」というタイトルが付けられていて、この第6楽章の最後がとんでもなく美しいです。最初は重々しいハ短調のハーモニック・マイナーから始まって、色々なシーンを渡り、最後に行きつくのがハ長調への同主調、マイナーからメジャーに抜ける快感がたまらない、しかもとんでもなく美しい。この楽章も歌がついてるんですが、元ネタは中国の詩。重々しく始まった最終楽章は、最後に「いとしきこの大地に春がきて一面に花開き、新緑が生える。遠き果てまで永久に青い光。永久に、永久に…」。この楽章、タイトルが「告別」ですが、つまり一面に永久に続いてる光や花って…死の事ですよね、きっと。マーラーの音楽って、長時間かけて最後は永遠に続くような静かで美しいところに到達しますが、それって死の事じゃないかと僕は思っています。そしてその死が、恐怖とか終わりというんじゃなくって、浄化とか救いとか、そういうイメージ。マーラーはずっとその事を音楽で表現し続けたんじゃないかと。

 というわけで、僕にとっての「大地の歌」は、最終楽章の最後の3分を聴くための音楽なのでした。逆にいうと、最終楽章のラスト3分の美しさを感じるために、その前の57分がある音楽。でも、57分を耐えるのは僕にはしんどいので、いつも最終楽章だけ聴いてしまいます。それだって30分ぐらいあるんですけどね(^^;)。。



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『Charles Lloyd / Canto』

CharlesLloyd_ Canto いちど音楽界から離れたジャズのサックス奏者チャールズ・ロイドがECMに復活してからの作品のひとつで、1996年発表。ECMに残したロイドさんの作品では、これがいちばん音楽的な挑戦があって好き…って、ぜんぶ聴いたわけではないんですが(^^)。

 1曲目「Tales of Rumi」が面白いです。ハーモニック・マイナーを使ってるんですが、ハーモニック・マイナーって、当たり前ですがⅤがハーモニック・マイナー・パーフェクト・フィフス・ビロウというスケールになって、これがめっちゃエキゾチック。アルメニアの音楽なんかで好んで使われているイメージがあるんですが、これが独特なので、これを使って曲を書くだけで、曲のキャラがスケールに支配される感じになるんですよね。曲のタイトルの「Rumi」って、イスラムのスーフィズムの旋回舞踊のルーミーじゃないかと思うんですが、あれと同じようにだんだん速くなっていきます。単にジャズを普通にやるわけでないものは、他にもあります。4曲目「Canto」も曲のフォームが見事、同じコーラスを何回か回してオシマイ、なんていう雑な音楽はやりません。5曲目もチベットのオーボエを使った民族色を感じる音楽から、西洋ポピュラー音楽につなぎます。他は美しいジャズバラードで、この本気と弛緩のバランスがこのアルバムの特徴じゃないかと。

 レギュラーグループでずっと活動しているわけではないようなので、やっぱり「リードシートを元に合せました」みたいな、悪い意味での産業音楽臭さはあちこちにあるんですが、それでもこの数年後のクインテットよりも相当に意識の高い音楽でした。いちばん大きいのは、ピアノのボボ・ステンソンさん。「The Water Is Wide」のブラッド・メルドーと違って、小手先でなく音楽を表現としにいくので、僕的にはステンソンさんのプレイの方がぜんぜん胸にしみる…3曲目の「Desolation Sound」や4~5曲目なんて、この音楽をものにしたのはロイドさん以上にボボ・ステンソンさんだと感じます。そうそう、ボボ・ステンソンさんは、スウェーデンのジャズマンで、僕が知っている限りではヤン・ガルバレクのアルバムに参加していた人という印象が強く、音を小奇麗にまとめるECMっぽいピアニストという認識でしたが、実際にはかなり表現力のあるレイヤーさんだなと、このCDを通して知りました。すばらしい!

 表面的な音だけをきいてしまうと、この後の作品と大差なく思ってしまうかもしれませんが、アルバムの構成や作曲コンセプトなどの力の入れ方が、ロイドさんがECMに残した作品の中では抜群に高い1枚なんじゃないかと。そして、それを月並みなジャズに終わらせなかったボボ・ステンソンさんが見事。90年代以降のチャールズ・ロイドを聴くなら、僕的にはこれかな(^^)。



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『Charles Lloyd Quartet / Dream Weaver』

Charles Lloyd Quartet Dream Weaver 大ヒットアルバム『フォレスト・フラワー』と同じ1966年に発表された、チャールズ・ロイ・カルテットのスタジオ録音です。メンバーもフォレストフラワーと同じで、キース・ジャレット(pf)、セシル・マクビー(b)、ジャック・デジョネット(dr)。今見ると豪華なメンバーですね。

 一聴して誰もが「コルトレーンだ」と思うはず。バックバンドもバイト感覚で「コルトレーンをやればいいのね」みたいな感じ(^^;)。キース・ジャレットの演奏なんて、ブラインドやったらほとんどの人がキース・ジャレットと答えずにマッコイ・タイナーと答えるんじゃないかと。リーダーのロイドさんも、たとえばアルバムタイトル曲なんて、曲もサックスの演奏もコルトレーンそっくりです。これは完全にコルトレーンのエピゴーネン。しかもあの音楽の「なぜそうするか」ではなく、プレイメソッドやチェンジだけを模倣したように聴こえるので、上澄みだけさらったように聴こえてしまいました(゚∀゚*)エヘヘ。

 でも、本人自身が誰よりそう思ったんじゃないかと思います。ロイドさん、このバンドを4年続けた後にバンド解散、かなり長期間にわたって音楽から離れてしまいます。その後は瞑想の先生になったりね。瞑想の先生になるなんて、まさに意味を求めに行ったわけじゃないですか。自分でも「形ばかりで、何か大事な何かがない」と感じたんじゃないかと。音楽やりたい人が最初にすることって、好きな音楽があって、それを演奏できるようにする事だと思うんですよね。つまり、形から入るわけです。形って馬鹿に出来なくて、最初は形を真似るだけでも大変。高度な技術が必要な音楽であればあるほど、形を真似できずに終わる人が大半になるほどです。でも、好きなジャズを演奏できるようになって、ふと思うところがあったのかも。「今までがむしゃらに好きなジャズを演奏出来るよう練習してきたけど、形が出来るようになってみると、それがなんだ?だからどうした?与えられた形を真似るのが音楽なのか?音楽って、もっと大事な意味があるんじゃないか?」みたいな。

 というわけで、ある意味でモダン・ジャズの熱い時代が終わる瞬間の象徴のように聴こえたアルバムでした。ここから先のジャズって、ポピュラー音楽に戻ってしまった感があって、僕は次第に聴かなくなっちゃたんですよね。時代も意味を求めない軽薄な時代になってしまったしね(^^;)。ロイドさんは意味が問われなくなる時代に入っていく中で、意味を探そうともがいて戦った人だったのかも。



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『Charles Lloyd / Forest Flower』

Charles Lloyd Forest Flower ジャズのテナー・サックス奏者チャールズ・ロイドが、1966年に発表したライブ・アルバムです。モントルー・ジャズフェスティバルでのライブ演奏、これがチャールズ・ロイドのアルバムでいちばん有名かも。チャールズ・ロイドはこのあと一度音楽から足を洗って、ずいぶん後になって復活してECMからたくさんアルバムを出すようになるんですが、僕の中ではこの両者が同一人物だとは思ってませんでした。

 チャールズ・ロイドは、チコ・ハミルトンのグループに参加していたことがあるそうです。ああなるほど、だから「Forest Flower」を演奏しているのか…と思ったら、作曲者がチャールズ・ロイド自身だった(*゚∀゚*)。という事は、あのチコ・ハミルトンのカルテットにチャールズ・ロイドがいたんだな、きっと。。そしてロイドさん、当時はロックのファンからも人気があったそうです。BBキングやビーチボーイズのバックもやってたからか、それともちょっとスピリチャル(音楽のではないです)な感じもあるので、フラワーロック方面に受けたのかな?でも僕がロイドさんの名前を知ったのは、新主流派ジャズ系の流れでした。このアルバム、名盤ガイドに載ってたから手を出したんですが、たしかにこのアルバム、モードや新主流派っぽいです。メンバーも、キース・ジャレット(pf)、セシル・マクビー(b)、ジャック・デジョネット(dr)ですから、なんとなく音がイメージできると思いますが、その想像はたぶんほぼ当たり。でも残りの3割は予想外かも。60年代当時の新主流派ジャズにしてはちょっとポップスっぽいです。

 どこか指先だけで演奏している感じ。フリーっぽくなっても、演奏が白熱してそうなったんじゃなくって、技法としてそういう部分を用意してあってそれをやってる…みたいな。モードも同じで、それをなぞってる感じ。どうにも形だけを真似しているように聴こえちゃって、あまりのめり込めませんでした。でも、今のジャズの主流ってまさにこれなので、時代を先取りしてたとも言えるかも。こういうアルバムをいくつもきいた結果、新主流派以降のジャズは「ジャズ」という型を練習して発表するものに聴こえてしまって、新しい何かに挑戦するとか、創造的な部分を感じられず、いつしか追いかけなくなってしまったのでした。でも「Forest Flower」は気持ちの良い曲で、これだけは好きなんですよね(^^)。



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『UFO / Strangers In The Night』

UFO Strangers In The Night マイケル・シェンカー在籍バンドということで、UFOというイギリスのバンドを。これは1979年の2枚組ライブ・アルバムです。このバンド、歴史がけっこう古くて1970年デビュー。メンバーの入れ替わりが激しく、20人も30人も出入りしてるらしいです。でも僕はマイケル・シェンカー在籍時しか聴いていないので、他の時代はちょっと分かりません(゚∀゚)アハハ。

 サウンドはメタル直前の70年代後半のハードロックな感じですが、曲はロックンロールなみのシンプルさ。この時代のメジャーレコード会社発売のロックって、楽曲様式が判を押したようにどれもこれも歌謡形式なんですよね。もう少し前のハードロックって、レッド・ツェッペリンディープ・パープルブラック・サバスグランド・ファンクマウンテンも、曲の形式を色々と工夫していてもっとドラマチックだったんだけどなあ。音は派手になって進化したけど(一方で楽器メーカーの思惑通りにみんな同じ製品の音になって無個性になったかも)、音楽自体が退化してしまったように感じます。

 でも、「Lights Out」のギターソロとか「Rock Bottom」のギターリフの刻みあたりは、さすが評価されてるギタリストだけのことはあると感じました。マイケル・シェンカーのギター・プレイを堪能できるside3 「Lights Out」「Rock Bottom」の2曲はカッコ良かったです!


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プロフィール

Bach Bach

Author:Bach Bach
神戸住まい、奥さんとネコと暮らす音楽好きです。音大は卒業したのですが、成績はトホホ状態でした(*゚ー゚)

ずっとつきあってきたCDやビデオの備忘録をつけようと思い、ブログをはじめてみました。趣味で書いている程度ですが、いい音楽、いい映画、いい本などを探している方の参考にでもなれば、大変嬉しく思います(ノ^-^)ノ

最近気になってるCDとか本とか映画とか
intoxicateに載っていた1枚。「Vyacheslav Artyomov」、ロシアの作曲家は名前が読めなくってムズカシイ。。「ヴャチェスラーフ・アルチョーモフ」と読むらしいです。伝説の「フレンニコフの7人」のひとりとの事ですが、それって何かすら僕は知らず(^^;)。作風的には初期は新古典的、後に民族的な様式、十二音技法や、複調性、ミニマルなんかも用いたみたい。ロシアの前衛は強烈なものが多いので、聴いてみたいです。アマゾンで買おうと思ったらダウンロード版しかなかった(;_;)。 オスマン時代から現代までのトルコ音楽のガイド本みたいです。おおお~、これは絶対に読もう!!
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