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心に残った音楽♪

おすすめCDの紹介のほか、本や映画の感想などを (*^ー゜)v

 

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『Duke Ellington / Ellington at Newport』

Duke Ellington Ellington at Newport ジャズ・ビッグ・バンドの代名詞デューク・エリントン、50年代のパフォーマンスではこれと言われている1枚です!名盤ガイドなんかだと、50年代どころか、エリントンの代表作として、これと「ポピュラー・デューク・エリントン」の2枚はたいてい入ってます。昔、ロードアイランドで「ニューポート・ジャズ・フェスティバル」というジャズフェスティバルが毎年開催されていて、これは1956年のニューポート・ジャズ・フェスティバルでのパフォーマンス。エリントンは大トリだったそうです。う~んさすが大御所(^^)。

 僕的には、LPのA面すべてを占めている「ニューポート・ジャズ・フェスティバル組曲」のアレンジセンスが、このアルバムでいちばん魅力を感じました。とくに組曲の1曲目「Festival Junction」が良かった!曲の最初はルバートでジミー・ハミルトンのクラリネットのアドリブ、バッキングはピアノだけで、それも和声を提示するだけ。これに木管がオスティナートを刻んで絡み始め、次には金管が木管のオブリを作って…つまり、ホーンセクションのヴォイシングだけでなく、オーケストラ全体が対位法的なんです。ドッカ~ンとやるエンターテイメントという印象が強くて苦手だったビッグバンド・ジャズでしたが、これは「おっ」と思ったところでした。こういうアンサンブルの妙は、このアルバムだけでなく、60年代の代表作「The Popular Duke Ellington」でも聴く事が出来るので、なるほどエリントンがビッグバンドの中で一目置かれるのは、作曲やらプレイヤーやらバンドリーダーとしての技量よりも、このアレンジ能力にあるんじゃないかと思いました。

 そしてこのアルバム、ディレクターが素晴らしかったのか、構成が素晴らしかったです。組曲がひとつ、スローブルースがひとつ、ザ・ビッグバンドなエンターテイメント曲がひとつの、計3曲のみ。このプログラムで、1曲目に組曲を持ってくるあたりに音楽愛を感じます(^^)。それは、選曲自体もそう。ジャズフェスのトリなので、「A列車で行こう」とか「ソフィスケイテッド・レディ」とか、エリントンの人気ナンバーをやってなかった筈ないんですよね。恐らく、音楽的に質の良いもの、価値の高いものを最初に持ってきたのが主張。B面2曲は、会社を納得させる方便と、従来のエリントン・ファンも納得させる考えでしょう。昔の日記で、「ジャズフェスって大きくなると、音楽なんてろくに分かってないようなスポンサーや市やレコードメーカーや事務所の担当者が口を挟み始めてクソつまらなくなる」なんて事を書きました。最近はクラシックもそうで、LONDON所属のある日本人プレイヤーさんから録音前にプログラムを聞いたら、すごくセンス良かったんです。これは楽しみと思っていたのに、1年後にいざ発売されたCDのプログラムを見たら有名曲ばかりで、しかも有名というだけで脈絡がさっぱりない。セールスばかり気にして音楽に愛がない業界人が音楽をダメにしていく最初のひとりなんだろうな、と僕は思ってます。でも、音楽に愛があって、しかも分かってるがディレクターがきちんと仕切ると、コンサートにしてもアルバムにしても、これぐらいプログラムがよくなるんですよね(^^)。

 基本的にエンターテイメント音楽なので、そういうのが合わない人には合わないでしょうが(昔の僕がそうでした^^;)、ヴォイシングやアレンジという技術面はさすがに一聴の価値あり。僕はエリントンのレコードをそんなにたくさん聴いてないんですが、「なるほど、ジャズ好きの人たちが、これを50年代エリントンの最高傑作というのは、確かにそうなんだろうな」な~んて思っちゃったりしてます。


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『Duke Ellington / EARLY ELLINGTON 1927-1934 (The legacy of Bluebird)』

『Duke Ellington 1927-1934 ビッグバンド・ジャズの代名詞デューク・エリントンで凄いと思う事のひとつは、1920年代から活躍していた人というところ。もっと言うと、生まれたのが1800年代!ジャズエイジに活躍してたのって、フレッチャー・ヘンダーソン楽団とかルイ・アームストロングのホット・セブンとかですよね。そのへんのバンドは、ジャズエイジを過ぎるとみんな解散したというのに、エリントン楽団だけはエリントンが死ぬ60年代まで活躍し続けたのがすごいです。そんなエリントン楽団最初期の演奏を聴く事が出来るのが、このCDです。

 最初に聴いた時の印象は、「あ、ディズニーランドとかで聴くあの音楽に近いな」というものでした。ディズニーランドに行くと、道端で、ウッドベースと小太鼓と管楽器の3人ぐらいのバンドが、楽しげに演奏してたりするじゃないですか。あんな感じに聴こえたのです。要するに、スウィングジャズというよりも、ディキシーランドジャズに近いものを僕は感じたんでしょうね。
 そして、「ゴッドファーザー」のコッポラ監督が撮った映画「コットンクラブ」で使われていた音楽が、これにそっくりでした。そっくりどころか、まんまこれ。だって、この時代のエリントン楽団は、実際にコットンクラブに出演していて、しかもその看板バンドだったんだから、当たり前ですよね(^^)。実際エリントンは、ワシントンD.Cからニューヨークに進出して有名なコットンクラブに出るようになった事が、活動の転機となったそうです。コットンクラブはレベルの高いクラブだったもんだから、音楽も演奏も高いものを要求されて鍛えられるし、コットンクラブ自体がラジオ番組を持ってたから、エリントンは一気にアメリカ全土で有名に。また、この音楽は、エリントン初期の音楽というだけでなく、時代を象徴する音楽でもありました。だって、この時代のアメリカ文化を「ジャズエイジ」と呼ぶほどですからね(^^)。

 ジャズエイジの音楽を、再現ではなく当時の録音で聴けるって、それだけで感動しちゃいました。音楽的には、楽しい楽天的な音楽のほかに、郷愁を誘うようなあったかい音楽も多くて(こういう曲の時の、ホーンセクションの古い録音の音って、めちゃ好きです^^)、これはムード音楽なんだな、と思いました。今って、ジャズファンですら、このへんのジャズまで遡って聴く人は少ないと感じます。むしろ、このへんの音楽を聴くのは、ジャズファンよりブルースやソウルを聴く人のほうが多いのかも。それって分かる気がして、時代の匂いや価値観がモダンジャズよりもアメリカのアーリータイム音楽に近いと感じるので。そんなわけで、ビッグバンド・ジャズがあまり好きではないといいつつ、振り返ってみたらエリントンの20年代から60年代までのレコードを全部聴いていた僕でした。どの時代の音楽でも、どこを聴いて楽しめばいいかさえ理解出来れば、すごく楽しく聴けるもんなんですよね(^^)。


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『Duke Ellington / 1940-1942 (The legacy of Bluebird)』

Duke Ellington 1940-1942 名盤ガイドで僕がよく見かけたデューク・エリントンのレコードは、50年代の『エリントン・アット・ニューポート』と60年代の『ザ・ポピュラー・デューク・エリントン』のふたつでした。でも、若い頃の僕は、オールドジャズの大ファンだった先輩から、「エリントン楽団の最盛期は、40年代のブラントン・ウェブスター・バンド時代だったって言われてるんだよ」という話を聞いて、興味津々。「なるほど、40年代前半ならまだビバップ登場前だし、スイング時代の最後のほうなのでスイング・ジャズがいちばん洗練された頃なのかな」とか、「まだLPのない時代だから、名盤ガイドにその時代のレコードが出にくいのも理解できるな」とか、色んなことを思ったのです(^^)。そんな折、古いジャズやブルースのレコードをCD化した「ブルーバード」というシリーズが出まして、その中に40年代初頭のエリントン楽団のこの3枚組CDが出たのでした。おお~伝説のブラントン・ウェブスター楽団時代の音が聴けるぞ!なんて感じで、浮かれて買った若い頃の僕なのでした。まだ知らない音楽だらけで、レコード1枚買うごとに新たな音楽を扉を開けていたあの頃のワクワクったらなかったなあ。。

 でも、このCDを買った若い頃は、外したと思ったんです。なんと言っても古臭い音楽に感じたし、リズムもヴォイシングも単純、この音楽の和やかな雰囲気も僕が若い頃に聴いていた音楽とは価値観があまりに違いすぎていて、良いと思えなかったのです。ジミー・ブラントンのベースも、ベン・ウェブスターのサックスも、その後のモダンジャズを知ってしまっているからか、正直言ってすごいとは思えなかったし。そもそもウェブスターのソロアドリブなんてほとんど聴けないし(^^;)。そんな僕が、このCDを良いと感じるようになったのは、30代も後半にはいってからでした。創成期のアメリカのクラシックを聴き、色んな映画を観て、色んな本を読んで、世界中の音楽を聴いて、19~20世紀の音楽の流れが見えてきて…そして一巡してアーリータイムジャズに帰ってきた時に、「お、これはいいな」と変化していたのでした(^^)。たぶん、色んなものを通して、20世紀初頭のアメリカが持っていた楽観主義を理解するようになってたんじゃないかと。マイルス・デイビスジョン・コルトレーンの音楽より、文学の「華麗なるギャツビー」や、古いアメリカ映画やコープランドのクラシックあたりの方が、価値観が近い音楽だったのです。楽観主義アメリカの、田舎ではなく都市部にあるナイトクラブのエンターテイメント音楽。そう思えるようになった瞬間に、すごく気持ちのよう音楽に聴こえました。極端な言い方をすると、仕事が終わった後に、緊張した神経を緩めるためのスイッチになる音楽、みたいな(^^)。いま日本で、仕事帰りにサラリーマンが立ち寄って、生演奏を聴いて、気持ちよくリラックスできる場所って、あるでしょうか。まず、生演奏に金を払う気になる人が少ないだろうし、それ以前に生演奏でリラックスした気分を楽しもうという文化自体がないと思います。江戸時代はそれがあったことを考えると、実は戦後から今現在までの日本の市民階層って、経済も文化も貧しいんですよね。でも、20世紀前半のアメリカ都市部は、それを出来るぐらいに心も懐も余裕があったわけです。そのリラックスした時間をこのCDで感じる事が出来た感じでした。

 とはいえ、それは今の音楽と比較したらそうということで、当時としては全く違う事がいえるかも。20年代のエリントン楽団と比較すると、ホーンアレンジが恐ろしく洗練されてます。これは、この頃ついにエリントン・ビッグバンドのアレンジの影武者ビリー・ストレイホーン(「A列車で行こう」の作曲者でもあります)が参加した事と関係があるんでしょうね。あとは、ラテン系の曲、歌伴などなど、バラエティに富んでるのも耳をひきました。これって、ワンナイト・ショーやツアー、ラジオ番組出演などなど、当時のプロ楽団の仕事の幅の広さが反映されてるのかも。そして、ブラントンのベース。今と同じだから「何がすごいんだろう」と思ったわけですが、でもこの時代のベースと比べると、めっちゃ動くのです。つまり、ジミー・ブラントンでジャズベースの歴史が変わったという事なんでしょうね(^^)。そして、エリントンのオリジナル・ナンバーの多さにもビックリ。例えばCD1でいうと、22曲中エリントンが書いてない曲は5曲だけ。この時代、ビッグバンドってショーバンドなので、わざわざ自分で曲を書かずに、人気ある曲をアレンジして演奏するのが普通だったんです。そういう時代に作編曲にこだわった点は、ジャズのバンドマスターにしてはアーティスト性が強かったといえるのかも。

 今、この音楽を単に音の楽しみとして楽しむなら、楽天的で気分をリラックスさせてくれる古き良きアメリカ音楽として聴けば、いちばん楽しめるんじゃないかと。僕は、このCDをあんまり真剣に聴かず、BGMで流すのが最適と思っております(^^)。そして、時代背景やそのほかの文化や同時代音楽と比較して聴けるぐらいまで色んなものを経験できた後で聴くと、色んなものが見えてくるかも。若いときには自分の未熟さゆえに理解できませんでしたが、今はすごく良い音楽だと思えます。一度はまると抜け出せなくなる魅力を感じる音楽でした(^^)。


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『モンゴルのホーミー 超絶の声』

Mongoru no Hoomii 声の音楽が好きな人必聴!モンゴルのホーミーです!!オルティンドーに並んで、モンゴルの音楽で有名なのがホーミー…な~んて書いたところで、ホーミーって音楽なのかという疑問が浮かんでしまいました(^^;)>。口の中で共鳴させて倍音を作り出して2つの音を同時に出すあの発声をホーミーというんであって、ホーミーを使った音楽というのはあるのかなあ。というわけで、キングレコードが出したこんなレコードを聴いてみよう、そうしよう。

 このCDには、ヨーチン伴奏によるホーミー歌唱と、モリンホール伴奏によるホーミー歌唱が入ってました。それぞれ歌手と曲想が違って、前者はタラブジャビーン・ガンホルドという歌手で、国立民族歌舞団の所属ホーミー奏者だそうです。これが思いっきり中国の漢人音楽にそっくり!そして、これがモンゴルの国立民族歌舞団の演奏という事は、つまり政治レベルでは、モンゴルは中国の影響下にあるという事なんじゃないかと。日本が明治維新で脱亜入欧を目指した後、学校で西洋音楽ばかり教えた状況みたいなものかも。それを自国で望んでやったところを考えると、モンゴルがそうしてたとしてもおかしくありません。モンゴルの場合はアメリカの代わりに中国になってるというだけでね。ところで、僕にはこれは揚琴が漢人音楽を演奏してる前で「ンンン~~~~~」とホーミーを披露してるだけで、ぜんぜん融合してないように聴こえるのは気のせいでしょうか(゚ω゚*)。。
 一方、馬頭琴伴奏の方の歌手は、グンデンビリーン・ヤヴガーンという人で、国立人民歌舞団所属の歌手だそうです。漢人音楽とは違うという事と、音楽がプロ音楽家の手にかかっていなくても出来そうなものだったので、もしかしたらこっちの方がモンゴル土着の音楽に近いかも。大陸的なゆったりした、そして素朴な唄でした。アルバム前半は本当にホーミーのみだったのに、こっちはあくまで歌で、その間にホーミーが入ってくる感じでした。ああ、なるほど、これならホーミーが綺麗に音楽の中に入ってくるなと感じました。前半のはやっぱり無理があるよなあ、ホーミーと音楽が全然無関係なんだもん。。

 というわけで、モンゴルがらみのCDを3枚連続で聴きましたが、民俗音楽はモンゴルの独自性を感じて、それが国立音楽団みたいなのに近づけば近づくほど中国の漢人音楽に近づくといった印象でした。これを理解するには、モンゴルの近現代史を調べないといけませんね。でもそれってめんどくさそうだなあ…そうだ、ほったらかす事にしよう、そうしよう(゚∀゚*)エヘヘ。


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『草原のチェロ モンゴルの馬頭琴』

Sougen no cello_Mongoru no Batoukin ひとつ前の、モンゴルのオルティン・ドー歌手のナムジリーン・ノロブバンザドの歌の伴奏をずっと務めていたのが、モリン・ホール(馬頭琴)でした。オルティンドーにとってモリンホールはほぼセットの楽器だそうで、日本の端唄小唄が絶対に三味線伴奏みたいなもんでしょうか。これは、モリンホールが主旋律、揚琴(ヤンチン、またはヨーチン:板の上にたくさん張られた金属弦をばちでたたいて演奏するダルシマーみたいな楽器です)が伴奏の演奏でした。

 馬頭琴は立てて使う2弦の擦弦楽器で、二胡によく似てますが、楽器はちょっと大きめで、音域もニ胡より弱冠低く聴こえます。そして、このCDのモリンホールは音が驚くほど綺麗!股の間に楽器を抱え込んで、立てて演奏する擦弦楽器というと、チェロやコントラバスを思い浮かべますが、チェロもコントラバスも、ノイズまみれの音がするじゃないですか。オケに混じってるとあんまり分からないけど、ソロチェロとか聴くと、「うわ、チェロってこんなにノイジーな楽器なのか」と驚くこともしばしば。ところがモリンホールは雑音成分が極端に少なくて音が綺麗。驚きでした。
 そして音楽の内容は、中国の漢民族の音楽にそっくりでした。少なくともプロ音楽家の手による音楽と演奏で、遊牧民の音楽とは思えないです。民謡や民俗音楽の類でこんなに和声も旋法も整理された物なんてあるわけない、演奏もアマチュア演奏家に出せる音じゃないです。ライナーを読むと…モンゴルと言っても、これは中国の内蒙古自治区の音楽だそう。

 実際の事はわかりませんが、音からこんな事を想像しました。中国は少数民族に対して同化政策というのを行なっていますが、きっとモンゴル自治区も同じようにその地域に大量の漢民族を移住させ、文化的にどうかしてしまおうという事をやったんじゃないかと。それで、馬頭琴自体はモンゴルのものでも、揚琴は中国の楽器だし、そもそも演奏してる音楽は完全に漢人音楽。こうやって音楽も言語もなにもかも漢人と同化していっている、みたいな。というわけで、音の上で中国の同化政策を目の当りにした気分になったCDでした(^^;)。この類推が当たってるかどうかは(多分、半分あたりで半分ハズレ)…次の日記も参考にしてね(v^ー゚)。


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『モンゴルの歌 ナムジリーン・ノロブバンザド』

MongoruNoUta_NamdzillinNorovbanzad.jpg モンゴルの音楽というと、僕が知ってるのものだとホーミーがとにかく強くて、それを1馬身差でオルティン・ドー(長い歌)が追う感じでしょうか。ところで、ホーミーが西モンゴルに住むオイラート族の音楽で、オルティンドーがそれ以外の地域に住むハルハ族の音楽だという事を、僕はこのCDのライナーを読んではじめて知りました。日本制作の民族音楽CDの良さのひとつは、ライナーがいい事ですね(^^)。海外のひどいレーベルになると、マジで音だけしか入ってないようなものもありますし。。このCDは、ノロブバンザドの歌が入っています。ノロブバンザドは、日本でいう所の美空ひばりみたいなもんで、モンゴルの代表的な歌手なんだそうで。

 長い歌の何が長いのか。このCDだと13分と演奏時間が長い曲もあるけど、2分や3分の短い歌の方が多かった…けど、どうやらこれは抜粋みたいで、全部やったら長いみたい(多分)。そして、曲の演奏時間以上に間違いなく長いのは、音節。「あ~~~~~いえ~~~~~~~う~~~」みたいに、1音節がムチャクチャ長かった!!あんまり長いんでちょっと真似してみたんですが、ノロブバンザドさんの半分も息が持ちませんでした(^^;)。どうも、音楽の種類もそうですが、この歌唱法自体もオルティン・ドーというんじゃないかと。

 すべての曲がそうというわけじゃないんですが、 基本はモリン・ホールの伴奏がついていて、音も演奏も胡弓っぽいので、中国音楽のように聴こえる時もありました。なんか、すご~く雄大な感じなんです。広大な草原とか、ゆったり流れる大河とか、そんな感じ。また歌の音節が長いので、たま~に日本の民謡のようにも錯覚するところもありました。やっぱり東アジアはひとつの文化圏なんですね(^^)。


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『The Doobie Brothers / Stampede』

DoobieBrothers_ Stampede ドゥービー・ブラザーズ、75年発表の5th アルバムです!ドゥービー・ブラザーズは、サザンロック調のトム・ジョンストン期と、AOR調のマイケル・マクドナルド期で、同じバンドとは思えないほどに音楽性が違いますが、このアルバムがトム・ジョンストン中心期の最後のアルバムです。あれ?再結成した時はトム・ジョンストンが復活したんだったかな?晩節を汚してしまう再結成って多いので、ロックバンドの再結成を聴かない事にしている僕にはよく分からないや(^^;)。

 基本的には、典型的なアメリカン・ロックで、明るく楽観主義。ブラスもピアノも入って、コーラスも厚くして、ゲストも大量。とにかく音を分厚くする物量作戦。でもアレンジはざっくり、細かいこたあいいんだよという感じ。やたら色んなものが挟まってるけど、味つけは塩コショウとケチャップだけの馬鹿でかいハンバーガーみたい、アメリカです(^^)。でも、明るくて気持ちよくていいです!雰囲気だけ言えば、ロックなサウンドをしたカントリーみたい。ここがトム・ジョンストン期のドゥービー・ブラザーズの人気が日本でいまいちな理由なのかも知れませんね。こういう「ああ、田舎っていいなあ、広大なトウモロコシ畑に懐かしい家族や友達に…」みたいな感覚って、若い頃の僕には分かりにくかったのでした。

 ところが、それだけでないのがこのアルバムの面白さでした。トム・ジョンストン期のドゥービーズは、ロックをやめて本格的なアメリカン・ルーツ・ミュージックに徹した演奏すると、とつぜん大味さが消えて馬鹿テクになります。このアルバムだと、2台ギターとベースだけのインスト曲「SLAT KEY SOQUEL RAG」はメッチャうまい。。もうひとつ、B面2曲目「I Cheat the hangman」、これはもうプログレ、最後にアップテンポのコーダをつけて劇的な構成、ものすごいかっこいい!

 トム・ジョンストンは作曲もしてヴォーカルも取ってギターのカッティングはいまも神扱いされて…と、明らかにバンドの中心メンバーだったのに、このアルバム完成直後に麻薬でラリラリになって入院。再起後はバンドに復帰しても中心あつかいでなくなり、主役の座をマイケル・マクドナルドに奪われ、ほどなくして脱退。う~ん、アメリカでもロックなライフスタイルが通じたのは60年代までで、70年代なかばの時点でロックも健全な音楽になっていたという事なのかも知れません。そんなアメリカン・バンドが主流だった時代の最後のバンドが、前期のドゥービー・ブラザーズなのかも。そうそう、ジャケットがメッチャかっこいいので、買うならLPがオススメです。ドゥービーズに限らず、60~70年代のロックのレコードって、カッコいいジャケットのものが多かったなあ。


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『The Doobie Brothers』

Doobie Brothers ドゥービーブラザーズ、1971年発表のデビューアルバムです!なんとも意外、デビュー作は雰囲気がぜんぜん違ってカントリーロックだったのか…でも初期の作品ではこれがいちばん好きかも。バタ臭い演奏のロックという部分がないので、弱点がないです。コーラスワークが思いっきり前、そしてアルペジオ主体のギター演奏も見事、これはいい。でも71年でこれだと、時代に乗り遅れたロックみたいで、売れなかったんでしょうね…。J.ガイルズ・バンドも、ドゥービー・ブラザーズも、シン・リジィも、売れなかったファーストがいちばんいいアルバムだったりするんだなあ。

 今ごろ気づきましたが、プロデューサーがテッド・テンプルマンなんですね。テッド・テンプルマンって、ヴァン・ヘイレンのデビューアルバムのプロデューサーだったと思いますが…おお、ハーパーズ・ビザールのギターヴォーカルだったのか!!なるほど、メインヴォーカル&ハーモニーというアメリカ的なコーラスワークを持ったバンドのプロデュースを手掛けたら一流という事かな?リトルフィートも手掛けたみたいだし、70年代から80年代のアメリカ西海岸のミュージックシーンを作った陰の立役者のひとりかも知れません。

 こういう芸風だったとはなんとも驚き、でもなんで「ドゥービー」「ブラザーズ」なのか、その謎が解けたアルバムでした。ドゥービーブラザーズの良さはコーラスだと思っていた僕のセンスも、あながち的外れじゃなかったかも(^^)。


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『The Doobie Brothers / Toulouse Street』

Doobie Brothers_ Toulouse Street 大ヒット作「The Captain and Me」の前、72年に出たドゥービー・ブラザーズのセカンドアルバムです。このアルバムに入ってる有名曲「Listen to the Music」ですが、リフのベースにギターのカッティングがあって、ロックバンドがカントリー調の曲をやって、コーラスが分厚くてきれいで…トム・ジョンストン在籍時のドゥービー・ブラザーズの音楽性がギュッと詰まってる気がします。

 バンドや音楽の方向性は、次のアルバム「キャプテン・アンド・ミー」と同じです。だから「キャプテン・アンド・ミー」を良いと思った人は、このアルバムも気に入るんじゃないかと。こっちの方が少しだけカントリーとかブルースといったルーツミュージック色がチラホラ見えるかな?4曲目「Toulouse Street」は、コーラスは見事だし、ギターのアルペジオは美しいし、曲はコード進行は見事だしメロディもいいし、さすがアルバムタイトルになるだけのことはある曲です、これはいい!
 そして、ひとつ気づいた事が。これ、アメリカのロックバンドが72年に作ったアルバムですよね?それにしてはコード進行がかなりしっかりしていて、少なくともスリーコードでジャムみたいな感じではないです。ソニー・ボーイ・ウイリアムソンのカバーが1曲ありますが、それ以外にスリーコードのみの曲は1曲もなし。曲がいい事は、意外とヒット曲をたくさん出している事でも説明できるかも。ドゥービー・ブラザーズって、サザンロックでいえば3~4番目ぐらいに名前があがりそうだし、少なくとも日本ではそんなに有名なバンドとも思えません。それでもアルバムを聴くと「あ、この曲知ってる」「あ、これも知ってる」って、けっこう有名な曲がボロボロあるんですよね。

 ひとつ前の日記で、ジョンストン期のドゥービー・ブラザーズを「あかぬけない」なんて書いてしまいましたが、それは時代的に仕方ない事で、まだ曲に演奏がついていけてないだけの事で、実はアメリカン・ロックを大きく進歩させたバンドなのかも。ちょっと前のサイケ全盛期はみんなスリーコードに毛が生えた程度の曲ばかり、残りはブルースロックバンドがほとんどという状況の中で、こういうコードワークの曲を書くバンドが出てきたのは、すごい事だったのかもしれません(^^)。


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『The Doobie Brothers / The Captain and Me』

Doobie Brothers _Captain and Me 長く続くロックバンドって、最初と最後でメンバーがまるで違ったり、ひどい場合にはひとりも残っていない事すらありますが、ドゥービー・ブラザーズはまさにそんな感じのバンドでした。ロックバンドの重要なギター&ヴォーカル&作曲を一手に担っていたトム・ジョンストンが途中で抜けても、まだドゥービー・ブラザーズなんですよね。それでもあなどれないのが、そんなムチャクチャをやりながらカッコよくなってしまったりして、何を信じていいのやらさっぱりわからなくなります(^^;)。これはトム・ジョンストン期ドゥービー・ブラザーズ代表作、1973年発表です。のちにAORの雄になるとはとても思えない、どろくさいサザン・ロック調の音楽でした。

 僕は、昔からこのアルバムが好きなような苦手なような感じです。好きな所は、分厚くてうまいコーラス、カントリー調の曲をやった時のホッコリ感、「The Captain and Me」や「Without You」みたいな、単なるコーラス形式で終わらせない構造の曲のカッコよさ…ドゥービー・ブラザーズの魅力って言われないところばっかりです(^^;)。ちょっと苦手なところは、楽天的なムード。バンドの演奏が70年代のアメリカン・ロック・バンドの典型で、ドラムとベースはバタバタしてあかぬけない、ギターはいらない音もジャ~ンと全部弾いちゃう…大雑把に感じちゃうんです。よく言われるトム・ジョンストンのカッティング・ギターのカッコ良さには、このアルバムを聴いた当初は気がつきませんでした。それを知ったのはずいぶん後で、ギターの上手い友人が、このアルバムに入ってる大ヒット曲「Long Train Runnin’」のギターを弾いているのを見て、メッチャかっこよかった!でもこのレコードの演奏だと、音が太すぎてただのコードストロークに聴こえちゃったのでした。カッティングって、空ピックが聴こえないとカッティングのカッコ良さが半減しちゃうのかも。

 ツインドラムをひとりに減らしてアンサンブルを引き締めて、演奏を大味にジャカジャカやるだけでなく、もう少しちゃんとアレンジしたら、野暮ったさが減ってもっとカッコよくなるんじゃないか…な~んて思うんですが、そうしないのがアメリカン・ロック、野暮ったさがいいんだと言われればそれまでですね(^^;)。良くも悪くも、楽天主義なアメリカらしい音楽だと思うのでした。


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小説『寒椿』 宮尾登美子

Kantubaki_bunko.jpg 何十回も観るほど映画「寒椿」に感動たもんだから、とうとう原作にも手を出したのでした。すると意外な事実が。映画化された芸妓・貞子の話は、4章のうちの1章にすぎませんでした。しかも、小説と映画は似ても似つかぬ話で、共通項と言えば美人というところだけ。選挙がどうだの、男気ある女衒がどうだの、そんな話は一切ありませんでした(^^;)。なんでここまで違う話に「寒椿」というタイトルをつけて映画化出来たのかと不思議に思うほど別物です。というわけで、映画との比較なんて違いすぎて無理。ただ、まったく別のものとして、ものすごく面白かった!

 この小説には、太平洋戦争前の話で、土佐のある芸妓子方屋に集まった4人の女の子の半生が描かれていました。芸妓子方屋とは、舞妓や芸妓を目指す女の子に、三味線や日本舞踊などの稽古をつけ、一人前になったら料亭や売春宿などに斡旋する仕事。集まってきた女の子たちは望んでここへ来たわけでなく、親の事情で奉公に出されています。売られた時に金額がつけられていて、それを働いて返し、返し終わったら晴れて自由の身、みたいな。ただ、売った親が鬼畜な事が多くて、子供を預けた後も、子どもにツケて借金を繰り返し、酒を飲んだり女を買ったりする親も少なくなく、女は働けど働けど親の借金を詰める所まで届かずに働きづめになる事がほとんど…みたいな。そして、ある子は満州に売られ、ある子は芸妓じゃなく娼妓(三味や踊りなどの芸を売るのでなく、体を売る商売)として部屋に鍵をかけられて軟禁され…。

 まだ80年程度しか前じゃないのに、日本ってこんな簡単に人を売り買いしてたのか。驚きでした。厳しい時代だった事もあるだろうし、また芸妓という特殊な商売柄もあると思うんですが、売られる方の女だって体を売る事なんて慣れたもんだし、男は女を買うなんて当然、2号に家を買うのだってまるで当たり前。父親の汗の匂いに興奮する近親相姦まがいのエロ描写もあるんですが、どれここれもなんとも生々しい。環境だけでなく、価値観自体が現代と違うんですね。
 また、この小説の描写が実にリアルで、僕は満州もハルピンも行った事がないのに、その光景が目に浮かぶようでした。それだけに、女の子たちの目に映った事、感じた事がまるで自分で体験しているように痛かった…。

 そんなわけで、太平洋戦争前夜の日本の風景というと、僕は夏目漱石の小説なんかから作られたイメージを持っていたんですが、あれはエリートから見えた表の顔だったのかも。それに比べこの小説は、その時代の裏の顔、もっといえば庶民にとって世界はこれぐらい厳しく見えていたのかもしれません。そんな世界でも、子どもどうしで一緒に布団に入って笑いあったりして素朴な喜びを感じたり、逆に落ちる所まで落ちて死を覚悟したりしてたんだな、と。これ、たぶん大半が実話だと思うんですが(この4人の娘と一緒に育った女衒の実子が宮尾さんなんじゃないかと)、ある時代の日本の空気感を肌で感じる事が出来た、いい小説でした。

 そうそう、宮尾登美子さん、さすがは直木賞や太宰治賞を受賞しているだけあって、文章がうまいだけでなく良くものを知っていて、また昔の文筆家だから言葉もよく知っていて、読んでいてすごく勉強になりました。この本で「へえ」と思った豆知識をいくつか書いておきます。

・鉤の手がなおらない:物を取る癖がなおらない
娼妓の売れっ妓は大抵不感症:なるほど、いちいち本気で感じていたら身が持たないという事か。
・女郎に操なし:一度娼妓稼業をすると男に対する貞操観念が麻痺する事。これは、宮尾さんの言葉じゃなくて、こういう慣用句があるそうです。これもなるほど、俺も実際にそういう女を知ってるぞ。俺的には、こういう人はむしろ有り難かったけどね(^^;)。
玄人衆の習慣では、花模様の衣装は「素人柄」と言って着ない
・とくに椿は着物ばかりか一輪挿しさえ不吉なものとして避けられる:理由は、椿は首からもげるように花が散るから

そうそう、この小説、女の視点から打算もエロも隠さず書いていてけっこう生々しいので、そういう方面に免疫のない方はご注意!


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映画『寒椿』 宮尾登美子原作、西田敏行・南野陽子主演

Kantsubaki movie これも宮尾登美子さんの小説の映画化作品です。「鬼龍院花子の生涯」はもう一度見ようとは思わないんですが、この映画は僕の大フェイバリット、人生で何十回見たか分からないほど好きです!心が震え、涙が止まらず。あまりに好き過ぎてVHSのテープがベロベロ、DVDで買い直しちゃったぐらいです(^^)。もしかしたら、僕が邦画でいちばん多く観たのって、この映画かも知れません。それぐらい好きです。

 舞台ははじめて普通選挙法が発令された時期なので、大正時代ぐらい?舞台は高知。ばくち狂いの親の借金のかたに身売りされた美女・貞子(南野陽子)だったが、侠気ある女衒(ぜげん)の富田(西田敏行)のはからいで、満州に売り飛ばされる事も女郎になる事もなく、芸妓として働く事が出来るようになる。「ぼたん」という源氏名でいちやく土佐一の美女として売れっ子となるが、これを見受けしようという土佐の有力者どうしの政争に巻き込まれてしまう。親に売られ、客は体ばかりを求める中、自分から何も取らずに守ってくれる富田に心を寄せるぼたん。しかし富田は元侠客で、大恋愛の末に足を洗った男だった。そして、様々な思惑や嫉妬心が重なった事で、やくざに売り飛ばされたぼたんだが、それを知った富田は…

 監督が網走番外地の降旗康男という事で、まったく期待してなかったんですが、これは素晴らしかった!!邦画って元々こういうものでしたよね、撮影所政策でプロ製作者集団が作るもので、文芸作品の匂いがあって、それでいてエリートっぽさではない市民階級の話であって。どこに胸を打たれるって、元々は荒くれ侠客だった女衒の振る舞いです。人を救うために、みじめな思いをしてでも人に頭を下げ、自分の心を隠して歯を食いしばり…。これって、ヒエラルキー社会の様相が強かった昔の日本の中で、庶民の間で理想とされた道徳像なんでしょうね。人のために命を尽くすという美感って、これが悪い方に利用されて特攻隊みたいなのが生まれたりした悲劇もありましたが、それでも日本の文学や映画の中にはよく出てくる美感である事に変わりはないと思います。今、電車で老人が立っていてもスマホをいじって席を立とうともしない大人だらけの社会になってしまった日本人は、こういう映画を観た方が良いんじゃないかと。あんまりヒットしませんでしたが、日本の文芸映画と、任侠映画のいいところがミックスされた大名作だと思います!これはぜひ見て欲しいなあ。。


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映画『鬼龍院花子の生涯』 宮尾登美子原作、五社英雄監督、仲代達也・夏目雅子出演

KiryuuinHanako_Movie.jpg この映画を観ようと思った事は何度もあったんですが、監督が五社英雄さんという所に引っかかって、いままで見ずじまい。五社さんの映画はいくつか見た事があったんですが、文芸作のようなたたずまいはしてるけど結局は女優のヌードが売りのポルノにしか思えなくて、つまらなく感じてたのです。映画自体も、別に深いとは思えなかったんですよね。というわけで、僕としては30年越しの初トライの映画でした!

 この映画といえば女優の夏目雅子さん。僕は、鬼龍院花子=夏目雅子だとずっと思っていたんですが、違った(^^;)。。次に、仮に夏目雅子さんが鬼龍院花子じゃないにしても、主役は鬼龍院花子だと思ってたのに、これも違った。夏目さん演じる役は、物語上は狂言回しに近い位置でした。さらに、当の鬼龍院花子はほとんど登場しないという(^^;)。でもここは「鬼龍院一家の盛衰」という意味のタイトルという意味で、逆に深い感じで良かったかも。あと、良い意味で裏切られた点は、五社監督なので無意味なエロシーン満載かと思ってたけど、そういう事はなくって、プロが作っただけの事はある質の高い映画だったところ。いや~先入観というのは恐ろしいですね。裏切られて正解というめずらしいパターンでした。

 何より面白かったのは、映画の内容の前に、大正から昭和にかけての文化の社会科見学ができたところでした。やくざの親分さんの家の構造とか、子分さんたちはその家でどういう生活をしているかとか、妾たちが本妻と一緒に住んでいる(!)とか、当時のファッションや風景とか、今の日本とは風景も風習もあまりにちがう別世界。おかみさんは、親分が出掛ける時に、石を打ち合わせる「切り火」を本当にやるんですね。あ、あと、日本の闘犬をこの映画ではじめて見たんですが、これがすごかった!メッチャ激しく噛み殺しあいます、闘犬が禁止になるのも分かるわ…。こういう社会科見学的な楽しさが、なにより一番面白かったです。
 そして、役者さんやスタッフの方がみんなプロでした。仲代さんや夏目さんや岩下志麻さんの演技がとてもいいので、安心して身を任せる事が出来て映画に入り込む事が出来ました。同じ事がカメラワークや構図やセットの作りなんかにも言えて、映画スタジオ内のスタッフさんたちのプロフェッショナル具合の高さに驚かされました。こういう所は、テレビ局主導や制作委員会形式で作られる事が多くなった今の日本映画とはレベルが段違いでした。でも、プロじゃない人の方が面白いものを作ったりすることがあるのが、映画や音楽のむずかしい所ですね。

 映画の本筋以外の所ばかりに感心してしまって、明らかにこの映画の正しい観方をしていないですが、僕にとってはそういう映画だったのかも。もう一回みたいとはおもわないけど、1度は見ておいて良かったと思えた映画でした。


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源泉徴収された収入の記帳方法

 僕は個人事業主なので青色申告してます。そして、微々たるもんですが、作曲印税やら原稿料やら演奏のギャラを貰う時があります。演奏のギャラは、いい加減な仕事の時は、終わったら「はいこれギャラ」でオシマイなんですが、きちっとしたプロダクションに所属した歌い手さんの伴奏とか、広告代理店さんが仕切っているCM音楽なんかの演奏など、ちゃんとしたクライアントさんからギャラをもらう時は、紙にサインして、その場で伝票をもらって、源泉徴収された残りの額を受け取ったりするんですよね。
 でもって、年末になるたびに、「あ、あれ?これってどうやって記帳するんだっけ?」と、毎回調べることになってるもんだから、この機会に書き方をまとめておこう、そうしよう。

■源泉徴収された収入の記帳方法

もし、3/4にした演奏の仕事が4万円、その時に源泉徴収された額が¥3781、手取り額が¥36219だった場合、仕訳日記帳にはこんなふうに書く!

日付 | 貸方勘定項目 | 金額 | 貸方勘定項目 | 金額 | 摘要 |
3/4 | 現金 | 36219 | 売上高 | 36219 | 演奏料 |
3/4 | 事業主貸 | 3781 | 売上高 | 3781| 源泉所得税|

以上でした!ところで、もうすぐ消費税率があがっちゃうんですよね。ビンボーな庶民からあんまり絞り上げないでくれよな…。


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『J.S.バッハ:フルート・ソナタ(全曲) ランパル(flute)』

Bach_FluteSonata_Rampal.jpg そんなに有名じゃないバッハのフルート作品ですが、バロック時代の通奏低音やソナタ形式を使った作品の中では相当レベルの高いものだと思うので、僕はものすごく好きなんです(^^)。そしてこのCD、バッハのフルート曲は、このCDだけ持ってればあとはいらないと思って買ったものです。有名な「無伴奏フルートのためのパルティータ」と、その他フルート絡みのソナタ全曲を収録!演奏はフルート世界最高峰のランパル!というわけで、録音さえちゃんとしてれば、僕程度のアマチュアにはこれだけあればいいんです(^^)。

 収録曲は、以下の通りです。
 ・フルートとチェンバロのためのソナタ 4曲
 ・フルートと通奏低音のためのソナタ 3曲
 ・無伴奏フルートのためのパルティータ

 このCD、定位が面白いです。ソロフルート以外はチェンバロとのデュオなんですが、フルートが左でチェンバロが右です。へえ~、普通逆の気がしますが、バロックってこういう配置で演奏したりするのかな。。そして、録音。サロンで演奏したような感じで、響きは少なめ、小さな部屋で演奏しているナチュラルな響きでした。というわけで、「うお~すっげえカッコいい響きだ!」という事はなく、けっこう普通かな?

 まずは「無伴奏フルートのためのパルティータ」は、前までに紹介してきた無伴奏ヴァイオリン無伴奏チェロに連なる作品で、単旋律楽器の独奏でポリフォニーを生み出すような音楽。18世紀フルート独奏曲の最高峰といわれているそうです。いやあ、これは素晴らしい、僕は無伴奏ヴァイオリンと無伴奏チェロばかり聴いてきましたが、無伴奏フルートも素晴らしかった(^^)。

 「フルートとチェンバロのためのソナタ」。バッハはㇳ短調BWV1020、ロ短調1030、変ホ長調1031、イ長調1032の全4曲を書いています…が、1020は贋作、1031は贋作の疑いあり、みたいな状態なんだそうで(^^;)。いずれも3楽章制で、ベートーヴェンの頃のあの「第1主題、第2主題、展開部…」というアレとはけっこう違います。バロック期のソナタって、大きく分けると①教会ソナタ、②室内ソナタ(宮廷ソナタor世俗ソナタ)、③トリオ・ソナタ、の3つに分かれていて、この曲はトリオ・ソナタのフォーマットに従っています。アンサンブルは、メロディ部をフルート、和声部を鍵盤の右手、バス声部を鍵盤左手が演奏します。ちなみに、教会ソナタと室内ソナタは楽式的な分類ですが(教会ソナタは緩急緩急の4部形式、室内ソナタは急緩急の3楽章制が多い)、トリオ・ソナタは楽器編成による分類という事になります。名曲といわれているのはBWV1030で、なるほどこれをCDの1曲目にもってきたのもうなずける見事なアンサンブルの曲でした。特にバス声部と和声部を受け持つチェンバロが秀逸、すげえ。

「フルートと通奏低音のためのソナタ」、このCDでは通奏低音をチェンバロが担当してます。曲は3曲あって、BWV1033、1034、1035。ホ短調BWV1034が有名ですが、これは形式的には緩急緩急の4楽章制で、教会ソナタ。たしかにおごそかな雰囲気があって、「フルートとチェンバロのためのソナタ」とは空気感が違いました。

 そして、演奏。ランパルは、オケや室内楽のアンサンブル要因だったフルートを花形のソロ楽器に持ち上げた、20世紀最高のフルート奏者といわれる人です。僕も学生の時、「フルート奏者ではランパルだけは覚えておけ」と習いました。そんなランパルさんのフルートが見事なのは当たり前ですが、バッハのフルート曲のスコアはそんなに難しくなさそうだし、なんせバロックの曲なのでテンポやデュナーミクがそんなにエスプレッシーヴォでないので、良さがよく分からん(゚∀゚*)シロウトデスミマセン。。むしろ、僕みたいなシロウトがすごいと思ってしまうのは、チェンバロのロベール・ヴェイロン=ラクロワの演奏の方!この人に限らずですが、バロック期の通奏低音とかのチェンバロ演奏って、超絶な人が多くないですか?チェンバロはピアノと比べて音の減衰が速いからか、テンポを速くパンパンとメカニカルに演奏する人が多いと感じますが、だから僕はみんなすごいと思っちゃうんですよね。いや~1曲目のフルートとチェンバロのためのソナタロ短調BWV1030の最初のアンダンテから悶絶してしまいました(^^)。


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『J.S.バッハ:無伴奏チェロ組曲 アンナ―・ビルスマ』

Bach_CelloSuite_Bylsma.jpg 僕がはじめてCDで買ったバッハの無伴奏チェロはカザルスではなく、アンナ―・ビルスマさんが1979年に録音したこれでした。理由は、ビルスマさんがバロックチェロを使っていたので(^^)。このCDを買う少し前、古楽器の生演奏の体験をして、音色が素晴らしくてむっちゃ感動したのです。そんなわけで、「バロック・チェロか、よし聴いたろ!」みたいな気分になったのでした。このCD、バロック・チェロで演奏したバッハの無伴奏チェロ組曲の録音としてムッチャ有名で、歴史的名盤扱いの1枚です。ちなみにビルスマさん、この13年後の92年にストラディバリを使って無伴奏チェロを再録音しています。

 さて、アマゾンのレビューを見るとひとりとして文句を言う人のいないこの歴史的名盤ですが、最初に聴いた時、僕にはかなりきつかったんですよ。もともとチェロやコントラバスって音の中にノイズ成分が多い楽器だし、まして古楽器ならなおさらというのは分かってたんですが、それにしたって楽器の音がやたらノイジー!黒板を爪でひっかいた時の音に似た、弓の具合でヒステリックに「キーッ」って鳴る音がちょくちょくある!楽器のボディの鳴りがあんまりなくって低音がないので、やけに軽く感じる。教会録音の残響がボワンボワンすぎて、聴きにくい。例えば第2番のクーラントみたいに上声部と下声部を高速で弾き分けて2コースに聴かせる曲なんかになると、中低域が残響でボワワワワ~ンみたいになって何弾いてるんだか分からない。要するに、演奏うんぬんの前に、音が駄目なのでした(T_T)。そして、今回久しぶりに聴いてみたところ…残響がやかましすぎるところはやっぱり趣味に合わなかったけど、そんな事より演奏の軽やかさに驚かされました。カザルスが情念こもった濃厚とんこつコッテリ系だとしたら、こっちはゆず塩あっさり系。まるで蝶が舞うような演奏です。古楽器って扱いが難しいときいた事があるのですが、それをこんな風にいとも簡単に奏でられちゃうのか。難解そうなダブルストップも、いとも簡単にきれいに音を出します、これはすごい。いやあ、昔の僕は何を聴いてたんでしょうね。

 カザルスさんのコッテリ無伴奏チェロと、ビルスマさんのあっさり無伴奏チェロ、あまりに違いすぎてどっちが良いとかいえません。楽器がノイジーで低音がないところ以外に、正直いって僕は現代チェロとバロック・チェロの大きな差も感じられないので、「バロックチェロの演奏を聴くなら…」なんて、古楽をよく知ってる人やチェリストだったら意味あるんでしょうが、僕程度の人間にとってはその差別化は無意味。というわけで、ふか~く音楽を聴きたい時はカザルス、ワルツでも楽しむように軽く聴く時はビルスマ、みたいな感じで聴き分けるようにしようかな。あ、そうそう、CDのクレジットに、使用楽器が「Violoncello & Violoncello piccolo」と書いてありまして、なんで楽器を使い分けるんだろうかと思った所…もともと無伴奏チェロの6番はピッコロ・チェロのために書かれた曲だそうで、古楽器で演奏する場合は、ピッコロ・チェロを使わないと演奏困難なんだそうです。へえ~、ひとつ勉強になった(^^)。
 

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『J.S.バッハ:無伴奏チェロ組曲 パブロ・カザルス(cello)』

Bach_CelloSuites_Casals.jpg バッハの無伴奏ヴァイオリンを書いたら、無伴奏チェロにも触れないわけにはいきませんね(^^)。J.S.バッハはクラシックの大作曲家ですが、厳密にいうとバロックはクラシックには数えられないので、クラシックの作曲家ではない、なんて言われる事も。実際のところ、ドイツ音楽が一気に古典派やロマン派へと移っていった時代、バッハは忘れられた作曲家だったそうです。それが再発掘されたのはバッハ全集が発売され、作曲技法の再検証が始まった19世紀。それでもこの無伴奏チェロ組曲は、カザルスが再発掘するまでは単なる練習曲と思われて忘れられた曲だったそうです。今では第1番のプレリュードはクラシックを聴かない人でも絶対に聴いた事があるほどの有名曲となりましたが、それぐらいカザルスの無伴奏チェロの演奏は、この曲を現代に復活させた決定的な大名演だったというわけですね。

 僕にとっての無伴奏チェロのCD初体験は、実はカザルスではありません。なんといっても録音が古すぎて、買う決心がつかなかったんです(^^;)。だって、36年から39年の録音って、大戦中じゃないですか。今まで買ったそれぐらいの時代のCDって、ブルースの録音で聴いた事があったんですが、楽器の音よりノイズの方が大きくて聴けたもんじゃなかったんです。チェリストの技術だってどんどん進歩するだろうし、カザルスは伝説だけどさすがにいま聴くのはきついんじゃないかなあ…そう思ったのです。ところが、他の人の演奏した無伴奏チェロの全曲録音にピンと来なくて、意を決してカザルスの録音聴いてみると…戦前録音にしてはメッチャ音が良くっていま聴くにしても問題なし(それどころか、僕は新しい録音のそのCDより、戦前録音のこっちの方が音が良いとすら思ってしまった^^;)、そしてなにより演奏に引き込まれてしまいました。なんなんでしょうかこの魅力…やっぱり伝説の巨匠だわ。

 アゴーギクもデュナーミクもかなり強くて、全体的にかなり起伏の激しい演奏です。大有名な1番プレリュードの演奏なんて、勝手に付点をつけてるんじゃないかというぐらい音価が変わって聴こえるレベル。最初はこういうのを表現ではなくてリズム音痴とかピッチ音痴に感じたんですが、10分も聴くうちに、これが表現にしか聴こえなくなったのです。この後、戦前のプレイヤーの演奏を何度か聴く事があったのですが、総じて昔の方が表現がこってりしてるというか、楽譜無視といってもいいぐらいまで自分の楽器表現を優先するものが多い事を知りました。今の方があっさりしていて、テクニカルというかメカニカルというか、うまくは感じるけど軽くもなったのかも…みたいな印象。いやあ、ロマン派あたりまでの音楽に関していえば、戦前の演奏家の演奏の方が好きだなあ。
 そして、録音の影響もあるんでしょうが、音が太い!チェロというより、コントラバスのような音。これで弦楽器の独奏なのに音が寂しいという事がぜんぜんなくなって、むっちゃリッチな音になってます。本当にこんな太い音で演奏してたんだろうか…古い録音でそうなったのだとしたら、怪我の功名ですね(^^)。

 友人のチェリストによると、バッハの無伴奏チェロは、比較的演奏しやすい現代のチェロで演奏しても、5番6番あたりとなると高難易度の曲で、プロのチェリストですら一生かけて練習に取り組むぐらいの曲なんだそうです。チェロという楽器に出来る事を引き出しまくった、チェリストにとっては避けては通れない名曲なんでしょうね。そして、カザルスの演奏、今の楽器演奏とは考え方自体がかなり違う気がしますが、聴いていて引き込まれてしまう魔術のような強烈な表現でした。いやあ、これはすごかった!


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『J.S.バッハ:無伴奏ヴァイオリンのためのソナタとパルティータ シェリング(vn)』

Bach_ViolinSonataPartita_Szeryng.jpg 大バッハって膨大な数の曲を書いてるので、最初は何から聴いて良いのか分かりませんでした。19世紀に「バッハ全集」という楽譜が出版された時は、一部の大作曲家たちはそれをバイブルのように研究したそうですが、全集をすべて揃えると46巻!もしすべての曲を研究なり演奏なりしていたら、それだけで人生終了ですね(^^;)。そんなわけで、バッハの名曲はある程度チョイスして聴かざるを得ませんが、それでも無伴奏ヴァイオリンはマストの1曲に入ってくるんじゃないかと。僕が大学生だった80年代後半ごろまでは、ヘンリク・シェリングの無伴奏ヴァイオリンがこの曲の最高峰だなんて言われていました。このCDは1967年録音ですが、たしかシェリングはこの前にもバッハの無伴奏ヴァイオリンの録音をしてるはず。そっちを推す人もいますが、残念ながら僕は聴いてません。

 僕がヴァイオリン独奏を全曲通して聴いたきっかけは、学校で友人のヴァイオリニストが練習してた事でした。この曲集にはパルティータ2番のシャコンヌとか、有名な曲がたくさん入ってますが、彼が練習してたのはソナタ1番の2楽章。最初僕は、「あ、バロックだから2台ヴァイオリンなんだな」と思って聴いてたんですが、ふと見ると、なんとひとりで演奏してるではありませんか!これ、ヴァイオリン独奏なのに和音つき2声のフーガだったのです(゚д゙)スゲエ。クラシックギターのひとり多重奏も驚異ですが、ヴァイオリンでこんな事が出来てしまうとは衝撃でした。そしてこの超絶的な曲が作曲されたのが1720年…う~ん300年近くたった今でも、これだけ見事なカノン部分を持つヴァイオリン独奏曲ってないんじゃないかなあ。

 ソナタという言葉は、ベートーヴェン以降はだいたい同じ意味で使われるので混乱せずに済みますが、それ以前は違う意味で使われる事があるので注意が必要。バロック期には「器楽曲」とか「多楽章を持つ器楽曲」ぐらいの意味で、この曲は後者の意味かな?そして、バロック期のソナタは「教会ソナタ」と「室内ソナタ」なんて分類もあって、前者が緩急緩急で舞曲含まず、後者が急緩急で舞曲含む、みたいな感じだそうです。ちなみに無伴奏ヴァイオリンのソナタ第1番を見ると…アダージョ、アレグロ、シチリアーノ、プレストの4楽章。なるほど、教会ソナタですね(^^)。
 それから、パルティータ。パルティータの元々の意味は変奏曲だったそうですが、主題とか調とかで統一性を持って構成された組曲、みたいな意味に変化していったそうです。バッハの無伴奏ヴァイオリンの場合、パルティータは調がみな同じなので、なるほどここが統一感になってるんですね。ちなみにソナタは1番から3番もまで、どれも楽章によって調が変わってます。

 というわけで、この曲集のものすごさは、フーガ3曲を含む当時のバッハが使っていた作曲様式をそのままヴァイオリン独奏に移したところ。当然、演奏はむっちゃ大変だと思いますが、演奏者の苦労も知らずに無責任に聴くだけの僕としては、その演奏を聴いて「すっげ~」みたいにはしゃぐだけ、みたいな(^^)。僕的には、弦楽器で本当にすごい演奏って、速弾きとかなんとかじゃなくって、2声や3声や伴奏つきやバスつきといったひとり多重奏です。もう、これをやられるとそれだけで悶絶しちゃいます。
 あ、そうそう、オーケストラや室内楽を聴いてると意外と気づきませんが、ヴァイオリンって独奏で聴くと、音がかなりノイズっぽいというかヒステリックです。ついでに、かなりピッチが怪しい楽器です。そりゃそうですよね、フレットレスなんですから。それを逆手にとっての事か、無伴奏ヴァイオリンって、かなり歌うように演奏するものが多いです。それって、このシェリングの名演をみんな真似したからそうなったのかなあ…な~んて勝手に想像してます。クレーメルあたりはどうやって演奏してるのかなあ。
 というわけで、クラシックを聴こうと思ったらまず外せない超重要曲「バッハの無伴奏ヴァイオリン」の、歴史的名演だと思います!


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Microsoft Office 2010 をインストールすると、「上限回数エラー」と表示されてライセンス認証出来ない!その解決方法

Office2010 License ninshou wizard PC音痴な妻のパソコンが壊れました。そこで、妻が新たにノートPCを買って、ソフトを入れ直したんですが、Office 2010 がライセンス認証できない!インストールは出来たんです。でも、ワードを立ち上げると、ライセンス認証ウィザードが表示され、そしてライセンス認証できない。。これ、絶対に自己解決できない所がありましたので、まとめておきます。

認証不能は、以下のように起きました。

1.インストール →成功!
2.ワード起動 →ライセンス認証ウィザードが起動
3. 「ソフトウェアのライセンス認証をインターネット経由で行う(推奨)」を選択 →「ライセンス認証の回数が上限に達してるので、認証を実行できないよん」みたいなメッセージが出て失敗(> <)

そこで、今度はさっきの手順3に戻って、「ソフトウェアのライセンス認証を電話で行う」を選択します。

3’. 「ソフトウェアのライセンス認証を電話で行う」を選択 →次の画面に進む
4. 3つの項目が出る。1には、「ダイアル元の国/地域を選択し、一覧にある電話番号のいずれかを使用してライセンス認証専用窓口に電話をかけます」とかいてある →電話番号がどこにも出てねえ!!でも、とりあえず、自分で入力できる所まで入力してみます。
5. 国の選択 →日本を選択
6. 2は、インストールIDを入力 →Officeを買った時に取っておいたプロダクトキー記載のシールを見て、プロダクトキーを入力
6. 3は、「確認IDを入力します」 →これがライセンス認証専用窓口に電話しないと絶対に分かりません。

というわけで、ライセンス認証専用窓口の電話番号の答えを書くと…
・固定電話からの場合:0120-801-734
・携帯電話の場合:+81(3)6831 3460(東京からの場合。他地域の場合は、カッコ内を市外局番を入れてね)でも、これは国際電話なので、思いっきり電話代が高くつくので、固定電話のフリーダイアル推奨です。

もし、電話番号が変わっていた場合は、以下のページから電話番号を確認してください。

さらに、電話すると、電話機のプッシュボタンでプロダクトキーの入力を求められたりするので、けっこう大変です(^^;)。でも、これで電話先から音声で確認IDを教えてくれます!

Pro Tools にしても何にしても、パソコン関係の外国企業の承認作業というのは、とにかくめんどいです。しかも、電話番号なんてどこにも書いてないし(^^;)。


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『Country Joe & The Fish / I-Feel-Like-I'm-Fixin'-to-Die』

Country Joe The Fish I-Feel-Like-Im-Fixin-to-Die カントリー・ジョー&ザ・フィッシュのデビュー作はフラワーロックな感じでしたが、同67年に発表されたこのセカンドアルバムは趣がぜんぜん違いました。歌は音痴だしバンドはイマイチなので、最初はピンとこなかったんですが、貧乏な子供の頃に買ったもので、もったいなくて何度も何度も聴いているうちに虜になってしまった(^^)。。噛めば噛むほど味が出てくるスルメなアルバム、これは力作ではないでしょうか?!

 セッション色の強いデビュー作に比べて、こっちは曲作りにかなり力が入ってます。曲想も前作と違って、ゴーゴークラブで演奏しているハコバン的な音楽が、フォークをベースにしたサイケバンドのように変貌。音楽よりもセリフが多いので、気になるのは詞です。例えば、ウッドストックで演奏した「I-Feel-Like-I'm-Fixin'-To-Die Rag」。この曲、演奏はサーカスのバンド演奏みたいで楽しげですが、この曲以外はみんなしっとりと落ち着いた、場合によってはダークな曲です。「I-Feel~」にしても、有名なサビ「One, two, three, what are we fighting for?」は、訳せば「なんのために俺たちは戦ってるんだ?」。これってベトナム戦争の事ですよね。それだけ聴いても若い頃は「戦争反対なんだ」ぐらいなもんでピンとこなかったんですが、今、もしこういう歌が日本で歌われたらどうなるかと想像すると、なかなか大事な事をやってるんじゃないかと。原発問題でも9条でも極東地域の外交問題でも何でもいいですが、もしそういう事について歌ったら、それが左寄りの内容であれ右寄りの内容であれ、反対側のごく一部の人が、論理的な反論をするでもなく汚い言葉でグチャグチャに批判、それを見た大半の人が「あ、これはアンタッチャブルな話題だな」と押し黙ってサイレントマジョリティーと化して、事実を調べる事も正しい道を考えるでも行動する事もせず、場合によってはメッセージを投げ入れたミュージシャンが「アンタッチャブルなネタを商売に利用してる」なんて言われたりまでしてオシマイではないでしょうか。正しいかどうかはともあれ、市民やミュージシャンがこういう事で声をあげる力を持っていて、またそれに市民が反応する所が、合衆国やフランスの素晴らしい所だと思います。

 というわけで、音楽どうこうよりも、メッセージ性の強いフォークとして聴くと、色んなものが見えてくるアルバムだと思いました。異文化の音楽の場合、宗教音楽やプロテストソングは理解するのに背景が見えないと難しいので、若い頃には分かりにくかったのかも(^^)。


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『Country Joe and the Fish / Electric Music for the Mind and Body』

Country Joe and the Fish Electric Music for the Mind and Body 若い頃、サイケデリック・ロックに狂った僕ですが、サイケなら何でも良いというわけでもありませんでした。むしろ、痛い目を見たことの方が多かった気が(^^;)。このブログで、サイケについて悪い印象の日記が少ないのは、実はつまらなすぎるアルバムはとっくに手放したからというだけだったりして(^^;)。そんな中、このアルバムはなかなか微妙で、玉石混合。サイケの名盤として名高いカントリー・ジョーの1967年デビュー作です。

 電子オルガンの音が、初代仮面ライダーのBGMみたいな音で時代ががっててサイケらしさを出してます。この電子オルガンのイメージが、僕にとってのこのアルバムの半分。ここはいいんですが、アルバムの残りの大半は、どうも苦手だったのでした。というのは、大半はマイナーペンタ一発だけで演奏できる単純な曲。ああ、サイケと言ってもドラッグで頭がお花畑になっちゃってるフラワーロック系か‥。サイケと言っても、僕はドアーズとかファームとかサイケ期ピンクフロイドとかに燃え上がっていたわけで、こういう素人で単純なサイケは苦手だったんですよね。ただ、久しぶりに聴いて思ったのは、ハードサイケやレベルの高いグループと比較するからつまらなく感じてしまうんであって、当時の西海岸のクラブの雰囲気ってこうだったんだろうなと思ったら、急に楽しめました(^^)。でも、その程度ならわざわざ買って聴くほどのものでもないですよね。
 それだけだったら僕はこのレコードをとっくに売り飛ばしてたと思うんですが、すごくいい所もあったのです。それはダークでサイケなインスト長尺曲「Section 43」。この曲だけ、アイアン・バタフライのガダ・ダ・ヴィダ的というか、ドアーズのジ・エンド的というか、実によく出来てるんです。この曲だけプログレッションにもクリシェが出てきて、楽曲様式も展開部があったり、バンドもジャムってるだけじゃなくってきっちり作曲されてます。「西海岸サイケは構成された長尺曲に良作あり」ということわざがありますが(僕が作ったんですけどね^^;)、まさにこの曲はそれ。なんで1曲だけちゃんと音楽を作ってて、あとは2~3分の歌謡形式のテキトウな曲なのかは謎です。。

 というわけで、つまらない所はひたすら退屈、いい所ははサイケの良さギッチリという玉石混合なアルバム。サイケって、スリーコードのブルースしか演奏できないレベルのミュージシャンが、何とか工夫して面白い事をやろうとしてるだけに聴こえる事が多くて、「スリーコードで面白い事をひねり出そうと苦労するんじゃなくて、スリーコード以外を使えるようになった方が、面白い音楽を出来るんじゃないの?」と思ったりもします。実際、レベルがアマチュアなバンドだらけのサイケの時代が過ぎると、ロックもポップスもプロミュージシャンの時代となり、マイナーペンタしか演奏できない人たちは一掃されました。普通に考えれば、それでいよいよ面白いロックが聴けるようになりそうなもんですが、実際には演奏レベルは上がったのに音楽は画一化された歌謡形式の曲だけになり、もっとつまらなくなったという。。もし、サイケのグループたちが、ペンタ一発じゃなくてもうちょっと音楽の勉強をして、そして「Section 43」みたいな曲を目指していたら、アメリカン・ロックは産業ロックに埋め尽くされず、いい歴史を歩めてたと思うんだけどなあ。。


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『FARM』

Farm.jpg こういう「あんまり知られてないけど、聴けば間違いなくぶっ飛ぶメッチャクチャにすごい1枚」というレコードを紹介できるのって、今では商業誌やアクセス数ばかり気にしてるアフィサイトでは不可能。ここみたいな個人サイトで口コミで後々まで伝えていくしかないのです(^^)。これは、そんな事を思ってる僕ですら、センスがメディアに飼い慣らされちゃって、ステレオタイプな音楽以外はすぐ「ダメ」とか言っちゃうような人には教えたくない、大好きな隠れ大名盤!ロックが好きなら、ファームを聴かずに人生終わるのはもったいないです。こういうパワーみなぎるカッコいいバンドがいるもんだからロックは卒業できません(^^)。1971年に発表されたアメリカ・イリノイ州のロックバンド、ファームの発表した唯一のアルバムです。ガレージというかサイケというかカントリーというか、そのあたりをグチャッと混ぜた感じですが、ひとつ言える事は…ハードで野太くてメッチャかっこいい!!サイケと言っても色々ありますが、これはいつか紹介したブルーチアーとかハイタイドとか、そういうハード系のサイケ。

 このアルバムのカッコよさを知るには、1曲目「Sunshine In My Window」の冒頭1分をきくだけで充分。僕はそれだけで持ってかれました(^^)。えらく歪ませた音で弾きまくるツイン・ギターがカッコいい!!うしろで鳴ってるオルガンがカッコいい!そして、それらの音を全部押しのけるほどに狂ったように叩きまくるドラムが死ぬほどカッコいい!!1曲目なんて、攻めて、展開して、ようやくヴォーカルが入った時にはもう3分ぐらい経ってます。曲はハードなうえに展開しまくるし、演奏はひたすら疾走、これぞロックだ。。
 2曲目「Cottonfield Woman」はややブルースロックに近づきますが、デビュー時のハードだったころのフリーをさらにハードにした感じ。これもカッコいい、冒頭2曲の時点で、名盤確定です。
 3曲目は曲名こそ違えど、完全に「sweet home chicago」系のバンドブルースです。そういえばイリノイ州と言えばシカゴか。悪くないけど、このメッチャかっこいいバンドが、こんな普通な曲を普通にやっちゃいけないと思うのでパス(^^;)。
 4曲目「Jungle Song」は8分ぐらいあって、これも展開がカッコいいサイケナンバー。展開していく曲と、アドリブのバランスが絶妙。このバンド、ほぼインストな1曲目や4曲目がべらぼうにカッコいいという事は、ヴォーカルがいない方がいいんじゃないかなあ。曲はすごくカッコいいし、演奏は野太くてすごい説得力だし、ここまで音楽がカッコいいとヴォーカルが邪魔にすら聴こえちゃいます。
 ラストの5曲目も8分ぐらい演奏してる長尺ナンバー。カントリーとプルースの間ぐらいの曲調ですが、ほぼインストで、いきなりドラムが入ったり、どんどんアッチェルしたりと、ムッチャ熱い!!こういう系だと、レイナード・スキナードの「Free Bird」って曲が熱くて悶絶ものですが、それに負けないぐらいカッコいい。

 なんでこれだけカッコいいバンドがアルバム1枚で消えちゃったんだろう。メジャーなレコード会社が商売っ気たっぷりで分かりやすく当たり障りない音楽しかやらなくなりつつあった時代に、これだけ熱い音楽を紹介してたんだから、インディーズは捨てられません。このハードなガレージ&サイケデリック感覚は、今まで紹介したロックでいうと、ブルーチアー、ハイタイド、ソニックスあたりに匹敵するカッコよさ。ガレージやサイケが好きな人ならマストアイテム、必聴です!!


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『法悦のカッワーリー[Ⅰ][Ⅱ]』

Houetsu no Qawwali もともとは一緒の国だったインドとパキスタンが分裂したのは、宗教差だったそうです。インドがヒンズー教優勢、パキスタンがイスラム教優勢。イスラム教はスンニー派もシーア派も音楽を、人をダメにする娯楽として敬遠する傾向があります。でも、密教系のイスラム教の中にはスーフィーというイスラム神秘主義があって、ここでは音楽を神秘体験に入っていく道具として使う時があります。トルコにあるメヴレヴィー教団の旋回舞踊なんかは有名ですが、パキスタンのチシュティー教団のカッワーリ―という音楽と詩もスーフィーの音楽として有名。これは、ヌスラット・ファテ・アリ・ハーンを中心としたパーティーによるカッワーリ―です。

 なにせ無我の境地まで人を連れていくための音楽なので、トランス感がすごい!陶酔といっても、静かな音がえんえんと続いて眠くなっていく系とは反対で、同じ音型をくりかえしながらどんどん速くなって、意識がものすごく高揚していく感じでした。感覚的には、バリ島のケチャみたいな、音の波状攻撃に呑みこまれていくのと似ているかな?しかも、イスラム神秘主義と言ってもインドの音楽文化とシンクレティズムを起こしてるので、インドのラーガがトルコの旋回舞踊のように短い時間であっという間に高揚していくんです。いや~これはすごかった!!

 音楽部分は、タブラとハルモニウムがパッと耳につく楽器で、これに主導する文言を歌う人とコーラス(単声)、それに手拍子がつく感じ。メンバーは、このCDの写真で見ると、10人でした。歌(というより、たぶん宗教的な詩)が中心で、その歌い方はガザルドゥルパドに共通するものを感じました。最初はハルモニウムだけの伴奏でリーダー(多分アリ・ハーン)のルバートでのゆったりした朗誦。これにリズムが入ってきてイン・テンポになり、真ん中の詩と、うしろでなんでも繰り返されるコーラスが掛け合いのようになって、それがどんどんアッチェルしていって…みたいな感じです。盛り上がってきた時の、言葉を伴わないインプロヴィゼーションみたいなヴォーカリーズをアリ・ハーンが歌う部分があるんですが、そこがめっちゃカッコよかった!

 詩は、たとえばこんな感じ。「たどりついた場所がどこなのか、私には分からない。そこは仮の宿だったのか…」う~んいかにも意味深な感じです、やっぱり宗教音楽なんですね。

 このCDは、もともとは分売されていたものを2枚組にして再発したものです。というわけで、新たに買うなら2枚組セットのものの方が効率がいいと思いますが、どちらか1枚を買うなら、1曲目の冒頭の朗誦部分が死ぬほどカッコいい第2集がオススメです!


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『カラコルム山地の音楽』

Karakorumu sanchi no ongaku これはパキスタン北部にあるカラコルム山地の音楽です。録音は民族音楽学者の小泉文夫さん一行。本当に、人生を民族音楽の調査に費やした人でした。すごいなあ。

 前半は、中国国境近くにあるフンザギルギットという地の音楽。音楽と関係ないですが、カラコルム山脈のこの場所、山と湖の景観がすごいです!!
 地理的にもそうなので、当たり前といえば当たり前なんですが、インド寄りのパキスタンにある音楽に比べると、もう少しアフガニスタンとか、中央アジア寄りの音楽に近づいていると感じました。アフガン・ルバーブ(西アジアの擦弦楽器のルバーブじゃなくて、パキスタンやアフガニスタンにある撥弦楽器のルバーブ)にしてもシタールにしても、古典芸術音楽という感じじゃなくて民俗音楽っぽい演奏でした。音楽専従者の演奏じゃない普通に生活している人が演奏してる感じだし、楽式はシンプルだし、器楽じゃなくて常に歌がついてるから、そう感じるのかもしれません。4曲目の「ビターン」という民間信仰のための音楽や、5曲目のポロ競技(ポロって英国のスポーツかと思いきや、元はフンザ・ギルギット地方なんだそうで)のための音楽まで来ると、ダラブッカみたいな打楽器の音に笛がピロピロ鳴っているので、インド音楽よりもトルコ音楽の方に圧倒的に近い印象を受けました。そして、このトルコ寄りの音楽がカッコい!!

Barudhisutan.jpg 後半は、カラコルム山脈の向こうは中国のウイグル自治区というバルティスタン地方の音楽。バルティスタンはK2の真南という事で、ものすごい山岳地帯。ここに住んでるとか、僕には信じられません。どういう人生になるんだろうか。でも、これまた景観がものすごいので、ぜひネットで画像検索してみてください!
 そして、バルティスタン地方になると、音楽的には完全にトルコ系ズルナ(チャルメラみたいな音のするトルコの楽器)にダラブッカみたいな太鼓の音です。7曲目にハリーブという旋法&楽曲が入ってましたが、こう聴くとラーガやマカームみたいなのを想像するかと思いますが、もっとフォームのルーズな民俗音楽っぽく聴こえました。他に入っていた民謡は、楽器はトルコっぽいんですが、音楽は…全然違う土地なんですが、アンデスあたりの音楽に似てました。文化的につながりがあるはずがないので、太鼓ドコドコ笛ピロピロで盆踊りみたいな音楽やると、どうしても似てくるという事かも。でもこの民謡、村の仕事歌みたいなものではなくて、王宮の儀式音楽なんだそうで。

 パキスタンの音楽というと、ほとんどインド音楽の延長だと思ってたんですが、カラコルム山脈まで来ると音楽文化的にはかなりトルコ色が強くなるんですね。面白いのは、隣接してる中国の色がもっと混じってきても良さそうなもんですが、それがまったくないのが面白かったです。ヒマラヤ山脈とつながってるカラコルム山脈の壁は厚いという事でしょうか。このへんの土地は、山で他の文化が入って来なかったり、古い文化が生きていたり、不思議な言語を持っていたりして、シルクロード随一の秘境と言われてるそうです。そう言われるだけのことはある、秘境めいた魅力満載の民俗音楽でした!


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『渓間のガザル カシミールのラバーブ』

Tanimano Gazaru_Kashimir no Rubab CD『パキスタンの音楽』の感想の中で、西アジアの擦弦楽器ラバーブじゃなくって、パキスタンやアフガニスタンに撥弦楽器のラバーブがあると驚いてしまいましたが、僕はパキスタンのラバーブによる演奏をまるごと収録したCDを持ってました(^^;)。いや~、持ってるだけでちゃんと聴いてないLPやCDって、意外とあるもんですね。整理のためにブログを書いててよかった、書いてなかったらずっと埋もれたままでした(^^;)。ちなみに撥弦楽器の方のラバーブは、カラコルム山脈近くとアフガニスタンに残っているそうです。

 収録は5曲で、うち2曲はラーガ、3曲はガザルでした。ガザルに関しては、昔、『ウルドゥーの歌姫 パキスタンのガザル』なんてCDの感想を書いた事があるので、興味があったらそっちも読んでみてね(^^)。

 ラーガはトゥンバクナーリというタブラみたいな音のする打楽器との合奏。カラコルム山脈の山間部の秘境のような場所に残っている音楽というから、もっとアマチュアっぽい演奏や音楽かと思ていましたが、ラーガの即興演奏なんて相当に見事でした。

Funza.jpg ガザルはラバーブの弾き語り、またはラバーブ弾き語りにトゥンバクナーリがついてる形。『ウルドゥーの歌姫 パキスタンのガザル』というCDでのガザルは、アーシャー・サマンという色っぽい声の女性歌手が歌ってましたが、このCDで歌ってる人の声はハスキーで、軽い歌音楽なんて雰囲気じゃなくって、昔から村に伝わってきた儀礼歌のような厳かさを感じました。これは素晴らしい音楽、人を寄せ付けない霊峰の近くにひっそりと住む人たちが受け継いできた音楽という感じ、ちょっとジンときてしまいました。インド/パキスタンというと暑い所だと思っていましたが、さすがにこのへんは涼しいんでしょうね。

 ちなみに、この音楽の収録されたフンザという地域は、今でこそパキスタンに編入されたものの、ちょっと前までは山の王国だったんだそうです。フンザの近くは、カラコルム・ハイウェイというのがあるそうなんですが、K2の真横にある大山脈カラコルムやインダス川と接しながら進むので、とんでもない断崖絶壁や、神秘的な巨峰を拝む事の出来る絶景の連続なんだそうです。あまりに険しい場所のため、工事中の事故死者数は三千人を越えたそうで。。こんな所に、ひそかに生き残っていた楽器がパキスタン・ラバーブで、これが日本の正倉院に残っている五弦琵琶のルーツという学説があるそうです。何千年も前からずっと続いている人類と音楽の歴史は、本当にすごいなあ。。


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『パキスタンの音楽 Tresors Du Pakistan』

Tresors Du Pakistan インドは音楽も文化も深すぎてちょっとビビってます(^^;)。インドとパキスタンは宗教の違いから今は分裂した国家になってますが、文化的にはひと続きです。というわけで、インドのとなりのパキスタンの音楽で慣らしておこう、そうしよう。

 このCDはタイトルからしてフランスのものですが(レーベルは「PLAYA SOUND」という所なのかな?)、解説がかなりぞんざいで、パキスタンの器楽曲という事のほかは、これがパキスタンのどんな音楽なのかはよく分かりません(^^;)。ただ、2~3人(に聴こえる)という少人数アンサンブルという事、すべてタブラのリズム伴奏がついている事、すべて5分から9分ぐらいの短めの演奏、スケールが決まっていて、即興っぽくて、でもリズムはしっかりしてる事、このへんは共通しています。というわけで、古典音楽か、それに属した民俗音楽なんじゃないかと。こっち方面の音楽にはまったく詳しくない僕的には、北インドの古典音楽と見分けがつかないぐらいに似てました。あ、そうそう、1曲だけハルモニウムが加わった毛色の違う音楽が入ってましたが、これはジプシーの芸人集団のパフォーマンスみたい。

 フロントに来る楽器は、擦弦楽器のサーランギサリンダ、そして撥弦楽器のラバーブでした。え?ラバーブって西アジア~中央アジアにある擦弦楽器じゃなかったっけ?と思ったら、パキスタンにあるラバーブは撥弦楽器で、形も違うんだそうで。北インドの古典音楽ではパキスタン・ラバーブは使われず、これにとってかわる形でサロードが使われるそうです。サーランギは、ペグみたいのがやたらいっぱいついていてメカニカルで分厚くって共鳴弦がいっぱいついてるあれです。サリンダは、サーランギよりちょっと大きくて、共鳴弦はないみたいです。

 それにしても、皆さんクソうまいです。名演の連続。演奏者のクレジットを書いたところで、僕は全然覚えられないんで書きませんが、こんなのがいっぱいいる南アジアと西アジアの音楽家のレベルの高さは推して知るべしというもんでしょう。音楽はものすごくいいので、プレイヤーや音楽の解説がしっかりしててほしかった。やっぱり、OCORAとかユニセフとかニワトリマークのとか、日本の小泉文夫さんがらみの録音とか、解説のしっかりしたCDで聴いたほうが民俗音楽はいいという事だな(^^;)。


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『Michel Legrand / Legrand Jazz』

Michel Legrand Legrand Jazz 僕がミシェル・ルグランの音楽をはじめて意識して聴いたのは、「シェルブールの雨傘」や「女と男のいる舗道」といった映画音楽ではなくて、マイルス・デイヴィスらニューヨークのジャズマンを集めて作ったこのレコードでした。正確には、「Legrand Jazz」に3曲を追加して作られた「Legrand Jazz Alpha Plus」というアルバムです。若いころにこのレコードを聴いたきっかけは、僕が参加していたジャズバンドのマスターに薦められたからでしたが、正直いってピンと来ませんでした。面白いですよね、音大ではフランス音楽が専門だったくせに、こういうフランス風の音楽がダメだったんですから(^^;)。きっと、「ジャズはもっと攻撃的でないと」と思ってたんでしょう。モノの判断基準が狭くて、人間として若すぎた自分でした(^^;)。

 ところが、もっと大人になってから聴いたら、アレンジの素晴らしさにしびれたんです。たぶん30代だったと思うんですが、それぐらいまでは、こういう粋は分からななかったんです。フランス物でいうと、プーランクあたりを良いと思うようになったのも、その頃でしたし。このアルバム、ジャズの名曲をルグランがアレンジしてのビッグバンド演奏なんですが、リズムやテンポチェンジは当たり前、1曲目の「ジターバグ・ワルツ」なんて、倍テンになったり戻ったり、それでいて歪になるんじゃなくてひたすら美しいんですから、素晴らしいとしか言いようがないです。今では「これは素晴らしい」と、何度もリピートして聴いてしまうこの「ジターバグ・ワルツ」が、若いころはこれですら「軟弱すぎて聴いてられない」と受け入れられなかったんですよ…。それでもこのCDを取っておいたのは、この音楽が分かるようになる日がいつか来ると思っていたのかな?

 ジャンゴ・ラインハルトの名曲「ヌアージュ」のフワーッとしたアレンジも見事、ガレスピーの大名曲「チュニジアの夜」のアレンジも、途中でホーンセクションが2コースとアドリブの3コースに分かれる見事さ。アメリカのジャズがイーストコーストのセッション垂れ流しではなく、ウエストコーストみたいにもう少しアレンジを大事にしたまま進化していたら…と思わずにはいられない素晴らしさです。自分が30代になるまで理解できなかった、ビッグ・バンド・アレンジのフランス流の料理の仕方を味わえる見事なアルバムと思いました。名盤と言われるだけのことはある1枚だと思います。


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プロフィール

Bach Bach

Author:Bach Bach
神戸住まい、奥さんとネコと暮らす音楽好きです。音大は卒業したのですが、成績はトホホ状態でした(*゚ー゚)

ずっとつきあってきたCDやビデオの備忘録をつけようと思い、ブログをはじめてみました。趣味で書いている程度ですが、いい音楽、いい映画、いい本などを探している方の参考にでもなれば、大変嬉しく思います(ノ^-^)ノ

最近気になってるCDとか本とか映画とか
intoxicateに載っていた1枚。「Vyacheslav Artyomov」、ロシアの作曲家は名前が読めなくってムズカシイ。。「ヴャチェスラーフ・アルチョーモフ」と読むらしいです。伝説の「フレンニコフの7人」のひとりとの事ですが、それって何かすら僕は知らず(^^;)。作風的には初期は新古典的、後に民族的な様式、十二音技法や、複調性、ミニマルなんかも用いたみたい。ロシアの前衛は強烈なものが多いので、聴いてみたいです。アマゾンで買おうと思ったらダウンロード版しかなかった(;_;)。 オスマン時代から現代までのトルコ音楽のガイド本みたいです。おおお~、これは絶対に読もう!!
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