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心に残った音楽♪

おすすめCDの紹介のほか、本や映画の感想などを (*^ー゜)v

 

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ちょっと気になるマイク

NEUMANN TLM67 オーディオに、それなりに凝ってます。ロックだとあんまり感じませんが、ジャズやクラシックのレコードやCDを部屋でいい音で鳴らした時の「うわあ、すげえいい音だ…」と感じた時の感動は、良い再生環境で良い録音を聴いたことのある人でないと分からない驚異の悦楽じゃないかと。
 でもお金がないので、アンプもスピーカーもプレイヤーも一流品を揃えきれず、超一流ブランドではないけど、まあまあ評価されているメーカーが作った、ちょっと聴き程度では一流と聴き分けられない中価格帯ばかりが揃ってるんです。ピアノに例えれば、ベーゼンドルファーやベヒシュタインじゃないけどヤマハ、みたいな。ヤマハだって悪いものじゃないけど、超一流とは言えないじゃないですか。で、一通り揃ったら、壊れたものからいいものに変えていこう、みたいな。問題は、「ちょっと聴くと分からない」けど、「真剣に聴くとけっこう違う」所なのです。。

 凝っているのはオーディオだけでなく、録音機材もです。これも、いいヘッドアンプやマイクを買うと1本で数十万円が飛んでしまうので、録音の仕事の時に知り合ったプロのレコーディング・エンジニアさんに訊いて、ドイツなんかのブランドマイクじゃなくって、オーディオテクニカとかAUDIXとかの、性能は良いけど高くないもので必要な数だけ揃え、不具合が出たら買い替えていく、みたいにしてました。

NEUMANN TLM193 ところが、オーディオも録音機材も、古くて良いものって故障しないんですよ(^^;)。故障しても、古いものって直せちゃったりします。今みたいに直さない前提で作ってあるものと違って、昔のものって直せるように作ってるんでしょうね。だから、すべてが1流にはちょっとだけ届かないもので、ずっと持ってしまっている、みたいな。

 しかし、一流品じゃないと困るものがあります。ヴォーカルのマイクです。こればっかりは一流半のマイクだといい音にならないんです。そんなところで見つけたのが、ノイマンのこんなふたつのマイクです!

・NEUMANN TLM67 (20万円ぐらい+マイク・サスペンション3万円)
・NEUMANN TLM193 (15万円ぐらい+マイク・サスペンション3万円)


 マイクの一流ブランドと言えば、ノイマン、AKG、Shoeps、B&K あたりですが、ラージダイアフラムのコンデンサーマイクと言えば間違いなくノイマン。僕がレコーディングスタジオで聴いた「うおお、なんだこのマイク、メッチャ音いいじゃん!」と思ったマイクは、U47 tube というヤツなんですが、あれは市場に出ることが稀で、出たとしても100万円を下らない、手に入れたとしてもベストコンディションで保存するのは難しい…そんなの、庶民には無理。。で、手に入るレコーディング・スタジオ定番マイクと言えばU87Ai なんですが、これは30万円ぐらい+マイク・サスペンション3万円なんです…高い、高すぎるよ。

 こんな風にして、いつも「一流よりちょっと下で、でも値段がガクンと安いもの」に手を出していく事になるんですが、でも安いと言ったって、今回の候補で一番安いやつを選んでもマイク1本18万円ですからね、庶民としては1.5流品に手を出すのは仕方がない選択なんでしょう。でもやっぱり高い事には変わりないので、もし買うにしても、一回聴いてから買いたいなあ。いくら金を持っていたって墓場までは持っていけないんだから、オーディオぐらいは良いものを揃えたいと思ってしまうのは、音楽狂の考えなんですかね(^^;)>。


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PDF文書を直接編集する方法

pdf-icon.png 僕は個人事業主なので、いつも自分で青色申告をしていて、決算書や申告書は経理ソフトを使って作っています。ソフトは、リーズナブルな「やよいの青色申告」というもの。ところが今年の決算は、元号が平成から令和に変わるし、消費税率は変わるしというわけで、今まで使ってた経理ソフトで決算書をプリントアウトしようとすると、令和じゃなくて平成のままだったりして、色々と大変でした(^^;)。
 でも、平成を令和と書き変えればいいだけなので、PDFをチョチョイと修正すればいいや、もう経理は打ち込んじゃってるし、新しい経理ソフトは令和2年からでいいや…な~んて思っていたら、PDFの文章を書き換えるのが異常に難しかった!
 というわけで、今回のお題は「PDF文書を直接編集する方法」です!

■PDFの編集には「PDF編集」と「PDF直接編集」がある!
 PDFの編集は、PDF書類を切り離したりくっつけたり、ほかの書類をPDF化したり、もらったPDFに家から何か書き込んだりという「PDF編集」というものと、PDF書類の文章自体を書き換える「PDF直接編集」というのがあるそうです。でもって…

■PDF直接編集は、無料ソフトでは難しい
PDFの無料編集はいっぱいあったんですが、無料のものは「PDF編集」は出来るんです。でも、「PDF直接編集」をできるものは、探しても探してもない!有料のものだと「いきなりPDF」とか、Adobe の純正品とかあるんですけど、無料だとこんな簡単なことが出来ない!おそるべしPDF。。

■Illustrator で開いて修正!
 さんざん頑張ったんですが、もうこれはお手上げ。仕方がないので、Illustrator の上に張り付けて、書き変えなきゃいけない所を城で塗りつぶして、その上から文字を書いちゃえばいいやと原始的な事をやろうとしたところ…あら?Illustrator でPDFが直接読み込めるじゃありませんか!でもって、普通に直接編集して文字を変更できました(^^)。
 ただし、Illustrator は1ページずつしか開けないので、1ページ目を開いて修正してセーブして閉じ、2ページ目を開いて修正してセーブして閉じ…みたいに、若干かったるい作業になりました(^^;)。まあでも、数ページの編集なので、特に問題はなかったです。

 というわけで、PDF直接編集をしたいときは、もしイラレを持っていらっしゃるようでしたらそれを使う手もありますよ、という話でした(^^)。


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『Amália Rodrigues / The Art of Amália』

Amália Rodrigues The Art of Amália 僕がポルトガル音楽と言って最初に思いつくのは、やっぱりファドの女王アマリア・ロドリゲスです(^^)。太平洋に開けたポルトガルの古い音楽で、短調系で切ない曲想をうたうので、何となく「海に出て行った船員の彼を待っている女の歌」みたいなイメージをしちゃうんですが(^^;)、Wikiで調べると「それは先入観で、ファドには明るい曲もいっぱいある」ときっぱりと否定されていました(^^;)。
 数あるアマリアさんのベスト盤からこれを選んだ理由は、CD1枚に18曲も入っていた事、録音が1952年から70年までと広範囲だったこと、そしてブックレットがまあまあ厚かったからでした。ジャケットデザインも良かったですしね(^^)。で、帰ってブックレットを開けてみると…おお!英語とポルトガル語のバイリンガルで解説が丁寧!録音も音楽もいい!これにして正解でした(^^)。

 で、聴いて思った事は…Wikiは否定していたけど、やっぱり短調系の切ない音楽が多かった(^^;)。楽し気な民族舞曲っぽいものも入ってましたが、やっぱり全体的にウェット。伴奏陣はだいたい2~3人の撥弦楽器だけで、メロディ楽器はマンドリンみたいな低音のない複弦楽器みたいな音なので、これだけで「あ、ファドだな、ヨーロッパの港町の哀愁を感じるぞ…」みたいな。古典タンゴもそうですが、大西洋の交易の歴史から生まれた民間音楽にもの悲しいものが多いのは、やっぱり男と女が離れる事が多い港町独特の情緒なんでしょうか。これが古い海洋小説を読んでいるような独特の雰囲気で、「いいなあ…」と毎度のように感じてしまいます。この音楽にアイデンティティを感じる事はないんですが、異国情緒というか、こういう世界があるんだと惹きつけられてしまう、みたいな。

 驚いたのは、50年代の録音も70年の録音も、音質にも音楽にも差を感じなかった事でした。これと同時代の音楽でいうと、ビートルズですら、音質も音楽も数年でどんどん変わっていったじゃないですか。ジャズだって52年と70年では相当に変わりました。ところがアマリアさんのファドは変わりません。つまり、ずっと一貫してこういう独特の民族感情を感じるような歌を歌い続けていた、という事なのかも。音質が50年でも良いのは、アコースティック楽器だからなんでしょうね。エレキ楽器の50年代録音のショボさと言ったら目も当てられないですし(^^;)。

 アマリア・ロドリゲスのベスト盤は、他の物を前に紹介したことがありますが、つまり僕はベスト盤より先に踏み込めてないニワカ (^^;)>。聴くたびにすごく良いと感じるけど、深入りしたくても分からなくて踏み込めない感じ。このへんはシャンソンのジュリエット・グレコなんかと同じで、踏み込んでいったら間違いなくのめり込むんだろうけど、どうのめり込んでいいか分からず、またのめり込んでいる時間も金も自分にはない、という感じなのかも。というわけで、僕はアマリア・ロドリゲスはベスト盤にお世話になっている状態なのでした(^^)。僕みたいなニワカの人には、ファドやアマリア・ロドリゲスと言ったらとりあえず最初の一枚としてこれを聴いておけば、解説もすごく詳しいし録音もいいし、最適の一枚ではないかと!


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『Portugal: Music from the edge of Europe』

Portugal Music from the edge of Europe ポルトガルの音楽のオムニバスCDですが、これは古き良き民族音楽でも、クラシックの古楽でもなく、現代(と言ってもリリースは1998年)のポルトガル音楽でした。これがすごく面白かった!収録曲数は18曲、収録アーティストは12組。僕が知っていたのはアマリア・ロドリゲスだけで、彼女が一番古い音源なのかな?音楽性はそれぞれですが、ヨーロッパの室内楽的な雰囲気が強いもの、ファドの影響が強いもの、そういうものにシンセをくわえていまの英米ポップス色風味を強めたものなどなど。

 真面目にすべてのアーティストをレビューしてもいいぐらいに面白いCDだったんですが、めんどくさいので割愛(^^;)。これは良いと思ったアーティストだけざっと紹介すると、こんな感じでした。

カルロス・パレデス Carlos Paredes。ギラギラしたポルトガル・ギターで哀愁たっぷりなファドのような音楽を演奏していてよかったです!

ヴィトリーノ Vitorino。旅芸人の一座みたいな民族色を感じる弦楽アンサンブルの前で歌う歌がよかった!これ、フランスの音楽と言われても信じてしまうかも。

ダンサス・オクルタスDancas Ocultas。なんと、アコーディオン4重奏!こういうものが一般に受けてEMIからデビューしたりするところが、日本とは比べ物にならないぐらいにポルトガルの音楽文化の高さを感じさせられました。

ルア・エシュトラヴァガンテ Lua Extravagante。女性ヴォーカルで、収録されていた曲は、ハーディーガーディーみたいな持続音の和声楽器に、カホンのような打楽器、そこにシンセのパッドが重なる伴奏だったんですが、まるでポルトガルの民謡をモダン化したような歌でした。こういう所に文化の深さを感じるなあ。

全体として思った事をまとめると、ポピュラー系の音楽でも、背景にちゃんと器楽や民族音楽の素養がしっかりあるな、と。次に、ポルトガルの商業的なポップスとおもわれる歌でも、アレンジやら何やらがとっても大人なうえに洗練されていました。こういうのを聴くと、今のアメリカや日本のチャート音楽がいかにガキくさいものであるかを痛感させられます。これは音楽どうこうじゃなくて、文化全体の傾向なんでしょうね。そして、ラテン音楽(特にイタリアとか、そっち方面)の歌文化の影響が意外と強いと感じました。フランスのヴォーカルミュージックにも近いものが散見されたのは、もしかすると英米音楽よりフランス音楽の方がいっぱい聞かれてるとか、そういう事があったりするのかな?まあ、日本にもある時期はフレンチポップスの影響を受けまくっていた時代がありましたしね。

 こういうオムニバスCDを聴いていると、音楽文化の流布の仕方が見えるようで面白かったです。そして現代のポルトガルの大衆音楽のレベルが、想像以上に高くて、いい文化を持ったいい国なんじゃないかと思えてきました (^^)。


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『PORTUGAL: Musique Traditionnelle Du Portugal』

Musique Traditionnelle Du Portugal こちらはAUVIDIS というレーベルが作ったであろうポルトガルの伝統音楽のCDです。いつも思うのですが、このレーベルが作ったCDには「UNESCO COLLECTION」と書かれていて、あのユネスコのギリシャ神殿みたいなロゴが入ってるんですが、ユネスコお墨付きなのかな、それともユネスコ自体が作ってるレーベルなのかな…。このCDには、大まかに4つに分かれていました。ひとつは、ポルトガル中部内陸のベイラ・バイシャ県の音楽、ひとつは南部内陸のアレンテージョ県の音楽、ひとつは北部ドウロ河沿岸のドウロ・リトラル県の音楽、ひとつはリスボンのファドです。

 ベイラ・バイシャ県の音楽は、子どもの合唱が3曲入ってました。机か何かを手で叩きながら、楽しげに歌っていました。子どもの歌って、どの地域でも楽しげなものが多くていいですね(^^)。それでいて、「お?今は表?裏?」みたいに、聴いているこちらが混乱しているのに、歌ってる子どもたちはだれも間違えない…地域音楽、恐るべしです(^^)。子どもの歌から離れると、子守歌、そして宗教性の強そうな歌。詳しくは分からないんですが、「聖ヨハネ」とか「煉獄の魂に」「クリスマスの歌」なんてタイトルなので、なるほどキリスト教圏だけど、プロテスタントの教会音楽とも、カソリックの音楽とも、東方正教会とも違う、自分たちの手作りのような温かさを感じる音楽でした。

 南部内陸のアレンテージョ県の音楽は1曲だけ、「アウローラに男の子が生まれた」という曲でした。男声合唱で、音楽の雰囲気は日本の寮歌にそっくり。これも宗教的な内容なのかな、誠実で清らかな感じで、ちょっとジンと来てしまいました。。

 北部ドウロ河沿岸のドウロ・リトラル県の音楽は、(多分)舞踊音楽、宗教曲、ワークソングの3つが入ってました。舞踊音楽(?)はリュート属の楽器、フィドル族の楽器、打楽器を合奏で使って、みんなで歌う楽しげな音楽でした。やっぱ祭りだよね、人に必要なのは(^^)。宗教家はベイラ・バイシャ県のもののように、他のヨーロッパのキリスト教音楽とはかなり違うな、と思いました。無伴奏というところは東方正教会系と同じだけど、あんなに荘厳で静謐な感じじゃなくて、あったかさを感じました。

 そして、ファドです。これだけが、このCDに入っていた、お金をもらって人に聴かせるプロ音楽家の音楽かな?でも、企業がお金を出して大量生産される音楽という感じは全然しなくて、ポルトガルの文化の中に綺麗に溶け込んでる感じがして、そこが良かったです!ファドって、中南米の音楽(特にブラジル北部の音楽)に近いものを感じますが、これって大航海時代の時からの海洋貿易で音楽が海を渡っていったという事なんでしょうね(^^)。

 というわけで、これはCD1枚でポルトガルの色んな地域の色んな音楽を聴くことが出来るとっても良いCDでした!ファドも良かったけど、子どもの歌も、あったかみのある宗教曲も、みんな良かったです。イベリア半島の田舎町に滞在した気分になれました(^^)。


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『ポルトガル トラズ・オブ・モンテス 収穫の歌と羊飼いのパイプ Portugal: Trás-Os-Montes - Chants Du Blé Et Cornemuses De Berger』

Portugal Trás-Os-Montes - Chants Du Blé Et Cornemuses De Berger レーベルOCORAがリリースした、ポルトガルの民族音楽のCDです。アルバムタイトルに入っている「トラズ・ブ・モンテス」というのは地域名で、ポルトガル北東部にある台地で、高く険しい峡谷によって他の地域から分かれているんだそうです。丘の折り重なるその景観は絶景らしいので、ネットでその絶景とやらを眺めて見ようと思ったら…ワインしかヒットしねえ!きっと、ぶどうが名産なんですね(^^;)。。そうそう、このCDは1978年録音で、その頃のライナーによると、「穀物と羊飼いがこの貧しい地方のわずかな資源」なんだそうで。

 このCDに入ってた音楽の印象は、無伴奏で歌われる民謡、バグパイプの独奏、(牧童の笛みたいな)笛と太鼓の合奏、です。バグパイプの演奏は、まだ民族音楽を聴く前はイギリスの専売特許かと思ってたんですが、民族音楽をいろいろ聴いてると、ヨーロッパ中で演奏されてる事が判明。このCDの演奏も、僕の耳には他の地域のバグパイプ音楽との差がまったく分かりませんでした。きっと、楽器の構造が、音程を変える事が出来ないバスと、その上を泳ぐ旋律というように完成されてるから、もうこれしか出来ないんでしょうね(^^)。それだけ完成された楽器とは言えるかも。

tras-montes.jpg 興味があったのは、無伴奏の歌です。えっと、この曲はロマンセなのか…えええ?!なんと現代にロマンセーロが歌い継がれているのか?!うああああすげえええ。。。ロマンセーロというのは、ロマンセを集めたもので、ロマンセとは中世スペインの伝承民謡です。これをトルバドールとかの吟遊詩人がヨーロッパ各地に伝えていき、ヨーロッパ中のロマン主義文学に影響を与えた…みたいな。このCDだと、2,4,6,11,13,17曲目がロマンセらしいです。
 無伴奏の民謡は、ルーマニアでもハンガリーでもヨーロッパの田舎の農村に行くとたいがいあって、それがまた似てるもんだから、僕には差がなかなか分からなかったりします。このCDに入ってるロマンスの中でも2曲目なんかはヨーロッパ中にある民謡との差が分かりませんでしたが、11曲目「かわいい羊飼い」なんかになると、音節が決まっていて、メロディが同じものの上行と下行を交互に繰り返し、偶数行では韻を踏んでる事が分かります。このCDに入ってるロマンセの形式は大体こうで、1行目がメロディが低い音から高い音に向かって、2行目は1行目と似たリズムやメロディラインを持ちながら、逆に低い所に戻ってくるものでした。ああ、これは覚えやすい、こうやって実質文盲だった人たちの間に、色んな物語や知恵やニュースが伝わっていったんですね。

 僕、クラシックの声楽家が昔のロマンセを再現したものなら聴いた事がありましたが、こうして現存している生きたロマンセを聴いたのははじめて…というか、現代に生き残ってるなんて思ってもみなかったです。これは感激でした。というわけで、ポルトガルの民族音楽というより、イベリア半島のトラズ・ブ・モンテス地方というところに中世から残っていたロマンセを聴いたという感慨ばかりが残ったCDでした。ああ、いいものを聴けたなあ(^^)。


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『Eric Dolphy & Booker Little / Memorial Album -recorded live at the Five Spot-』

Eric Dolphy and Booker Little Memorial Album -recorded live at the Five Spot- これまた1961年7月16日と同じ日のライブ録音、エリック・ドルフィーとブッカー・リトルの双頭バンドのライブ盤です!今回取り上げた3枚のアルバムは30年以上前から持ってるんですが、同じ日のライブ録音だという事に、今回初めて気づきました(^^;)。メンバーは、Eric Dolphy (fl, b-cl), Booker Little (tp), Mal Waldron (p), Richard Davis (b), Ed Blackwell (dr)。収録ナンバーは「Number Eight」と「Booker’s Waltz」の2曲です。タイトルからして、簡単なコード進行だけ決めてのジャム・セッションだったんでしょうね…と思ったら、1曲目「Number Eight」のヘッドが独特でカッコいい!これは絶対にドルフィー作曲だな(^^)。。ソロに入ったら完全にハードバップ・セッションでしたが、ファイブスポットでのライブですし、そのへんはTPOだったのかも。

 演奏では、マル・ウォルドロンのピアノがかなりアフター、和音も相当にドミナントでのジャズ訛りがきついんですが、ずっと聴いてるとそこが独特の個性や表現となっているように聴こえてくるのが面白かったです。このセッション、マルがいなかったらけっこうマッチョな技術披露大会で終わってたのかも。でも、リズム面は狙ってそうしたとは到底思えないので、音楽って面白いです。
 そしてこのアルバムは2曲ともブッカー・リトルがファースト・ソロでした。前の2作がドルフィー中心だったので、残りテイクを集めるとそうなるのかも知れません。でもって、そのソロがなかなかいい…んじゃないかと思うんですが、3枚も立て続けに聴いたもんだから不感症になっていてよく分からなくなってしまいました(^^;)。音楽ってどんなものでも慣れてしまったらおしまい、みたいな所ありますよね。。もし3つのレコードの中でこれを最初に聴いたらどう感じるのかは、いつか実験してみたいと思います。
 ドルフィーのソロは意外とあんまりなくて、でも出てくると一気に持って行ってしまうのがやっぱりすごいです。僕がドルフィーの演奏にぶっ飛んだのは、『ラスト・デイト』にしてもミンガスのバンドに参加した欧州ツアーにしても64年のものが多かったんですが、61年の時点でドルフィー的なアドリブの歌いまわしはすでに完成してたんですね。

 ファイブ・スポットのドルフィー&リトルの双頭バンドに感激した人なら手を出して間違いないレコードだと思います。僕が持ってるのはLPなんですが、LPだとジャケットがカッコいいんですよ。。ただ、収録時間が短いので(30分ちょっとぐらい)、経済効率的には1集2集を聴いてまだ物足りなかった人が手を出す感じが正しい順序かな?


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『Eric Dolphy / At The Five Spot Volume 2』

Eric Dolphy At The Five Spot Volume 2 ジャズの天才アルトサックス奏者エリック・ドルフィーとブッカー・リトルによる双頭バンドのライブ盤『アット・ザ・ファイブ・スポット』の第2集です!録音日もメンバー同じで、1961年7月16日録音、メンツはEric Dolphy (fl, b-cl), Booker Little (tp), Mal Waldron (p), Richard Davis (b), Ed Blackwell (dr)。収録ナンバーは前作の3曲からさらに減って「Aggression」と「Like Someone in Love」の2曲です。つまり、ほとんどがアドリブ演奏というわけです(^^)。

 1曲目の「Agression」で先陣を切ってソロをかますブッカー・リトルが熱い!これはいい…と思ったら、続くドルフィーのバスクラのソロが変態すぎて全部持っていかれてしまいました(^^)。やっぱりドルフィーは異次元だわ。クラシック系の人だとミシェル・ポルタルあたりを聴くと、テクニックはドルフィーよりすごいとすら思うんですけど、この鬼ヤバい感覚はドルフィー独特なんですよね。。
 2曲目「like Someone in Love」は、意外にもテーマ部分のフルート、ペット、アルコベースの三重奏のアレンジが素晴らしかったです。ソロはドルフィーのフルートが先行で、リトルがセカンド。でも、ソロはどれもまあまあだったかな?まあ、ミドルテンポだし、アルバム2枚目のB面だったから聴いている僕の集中力が切れてきたのかも。

 じつは、ドルフィー&リトルの双頭バンドは、演奏は良いけど曲がハードパップなもんで、昔は好きじゃなかったんです。で、今回は整理しようと思って最後に一回聴いて終わりにしよう…と思ったら、これが意外とよかった(^^;)。僕は典型的なハードバップの形式で演奏しているドルフィーのレコードをあまり持っていないので、こういうものもあっていいなあ、な~んて思いながら白熱して聴いていました。手放す前に一度聴く習慣は間違いなく必要ですね。。


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『Eric Dolphy / At The Five Spot, Vol.1』

Eric Dolphy At The Five Spot Vol1 モダン・ジャズで僕が一番好きなサックス奏者ってエリック・ドルフィーじゃないかと思うのですが、これはドルフィーとブッカー・リトルの双頭バンドのライブ盤の第1集です。僕が持ってるレコードで言うと、このふたりのライブレコードは3枚出てると思います。1961年7月16日録音、メンバーは、Eric Dolphy (asax, b-cl), Booker Little (tp), Mal Waldron (p), Richard Davis (b), Ed Blackwell (dr)。収録ナンバーは、Fire Waltz、Bee Vamp、The Prophet の3曲です。まあでも数小節テーマを吹いたらあとはアドリブですので、 曲はあんまり関係ないかな(^^;)。

 ドルフィーというと、ジャズの枠からはみ出した独創的な曲も書いている人ですが、この双頭バンドが演奏する曲はどれもハードバップ。というわけで、先鋭的なドルフィーの音楽をくまなく味わえるわけではありませんでした。しかし、ソロアドリブになるとすげえ!「Fire Waltz」のアドリブも、「The Prophet」のテーマのカウンターに挟むソロも、鳥肌が立つほどの凄さでした。いやあ、これは凄いわ。。そして、すごいのはドルフィーだけじゃなくて、ブッカー・リトルのトランペットはノーマルだけど切れが素晴らしい!!マル・ウォルドロン以下は普通のハードバップでした…いや、否定するわけじゃなくて、僕が好きなマルさんらしさが出た「Bee Vamp」のピアノソロなんて呪術的で素敵ですが、ドルフィーが踏み込んでいる所にはついていけてない、みたいな(^^;)。

 でも、これを「ドルフィー最高傑作」と呼ぶのは抵抗があります。それって、『トゥーランガリラ交響曲』をメシアン最高傑作と言ったり、『狂気』をピンクフロイド最高傑作と言ってしまうようなものじゃない?みたいな。曲はハードバップなので普通の調感ですが、ドルフィーのソロが跳躍や半音階なアプローチ続出なので、音楽ではなく、ドルフィーのアドリブに悶絶するアルバムじゃないかと。ドルフィーがあと3年長く生きてポール・ブレイやラン・ブレイクと絡めたら、ジャズはもう少し先に行けたかも知れなかったと思わされた演奏でした。


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書籍『メルケルと右傾化するドイツ』 三善範英

Merukeru to ukeikasuru doitu これもヨーロッパやアメリカや日本など、なんで今世界の先進国が右傾化してるのかを知りたいと思って読んだ本です。『EU騒乱 テロと右傾化の次に来るもの』がかなりフランス視点での本だったので、ドイツ視点の本も読んでみたいと思いまして、「ドイツ」「右傾化」でググったらこの本がヒットした次第(^^)。グーグルやアマゾンでの検索を考えると、本のタイトルって重要ですね。著者の三善範英さんという方は、読売新聞で長年にわたってベルリン特派員を務めていた方だそうです。

 タイトルから「メルケルによって右傾化していったドイツ」という事が書かれてるのかと思ったら、それ以上に「メルケルの話」と「右傾化するドイツの話」でした(^^;)。首相になる前のメルケルのプロフィールだけで7章中4章が割かれてましたが、この部分はわざわざ本を買わなくたってウィキペディア見れば充分だった(゚ω゚*)。
 というわけで、「右傾化するドイツ」、の理由を知りたい僕にとっては、1~5章は前提の理解のためには読まないわけにはいかないけど、内容は薄かったかな?読むべきは6~7章でした。メルケルさんは才女で、あのEUが吹き飛ぶんじゃないかという危機を乗り越えたのも、原発停止を決断したのも、シリア難民の受け入れを決断したのも全部メルケルさん。

 ただ、この本の主張は、メルケルさんが周辺国に気を使わずに決断するので、ドイツとは違う状況のEU加盟国までドイツの決断に引きずられてしまってそれは倫理的独裁だ、というものでした。難民を救うはいいけど、人道的見地だけで判断して制限なしに受け入れたもんだから、治安は悪化するわテロは起きるわ財政は圧迫されるわで、それに反対する形でヨーロッパ各国で極右政党が票を伸ばしちゃったじゃねえか、という事でした。なるほど、ひとつの正義だけでものを判断してはうまく行かない事もあるという事か、一理あるのかも知れません。

 まあとにかく、起きた事をどうとらえるかは個々人が判断すればよい事だと思いますが、EU危機がどのように回避されたか、難民受け入れの経緯、ここ10年でヨーロッパ各地で次々に起きている実態などなど、ヨーロッパやドイツがこの10年でどう動いているかを知る事が出来たという意味で、良い本でした!


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書籍『EU騒乱 テロと右傾化の次に来るもの』 広岡裕児

EU souran イギリスがEUを離脱したタイミングでこんな本を読みはじめ、ようやく先ほど読み終わりました。イギリスのみならず、欧米も日本も思いっきり右傾化、今の日本なんて極右と言ってもいいほどの状態。テレビや新聞のニュースを見てもそれらの理由なんてろくに話されませんし、話されてもその説明が色んな事実と食い違って感じるので、「本当にそうなのか?」と信用できなくなってる自分がいます。というわけで、「テロ」「右傾化」というキーワードを検索したらヒットしたこんな本を読んでみました。書かれたのは2016年、著者の広岡さんはフランス在住のフリージャーナリストだそうです。

 簡単な感想は、フランスの視点から見たEU騒乱の解説で、日本の新聞やテレビニュースが伝えてる事とはニュアンスがまるで違いました。日本の大手マスコミとこういうフリージャーナリストの見解のどっちが実態に近いのかは分かりませんが、実際に起きてる事の説明は、こっちの本の方が矛盾なく感じました。たとえば、パリ同時多発テロ。フランス在住の移民たちの子孫がISに入信してのテロ…なんてところで新聞やテレビの報道はは止まっていましたが、この本ではその背景を、巨大化したファンドに呑みこまれたフランス国家が、生産性の低いものを郊外に捨てる事でグローバリズムについていった代償として、社会に持つ者と持たざる者がはっきり分かれ、郊外では「フランスを憎む」と言ってはばからない若者であふれるようになり、彼らがフランスの変革を目指してテロを起こす…みたいな説明。もちろん、新潮社が出すような本ですから、いい加減な推測ではなく、いろんなデータを示したちゃんと根拠を説明していました。なるほど…。

 戦後のヨーロッパ史からECやEUの成立、その中での画国間の経済差などから生じた問題、そこに絡む移民問題、「社会的亀裂」とまで言われるようになった持つ者と持たざる者の格差拡大、そして持たざる者が支持する極右政党の台頭…こんな感じ。ものすごく詳細に述べられていて、学生の時に倣った世界史とゴルゴ13ぐらいでしか世界情勢を知らない僕には、「そうなの?!」という事が多くて、情報量がものすごく多く、そこが素晴らしかったです。実にいい本でした!

 ただ…2回読みなおさないと、僕はこの本を理解出来たと思えませんでした。まとめるのがうまくなくて、分かりづらかったのです。たとえば、EU騒乱の理由のひとつに移民問題をあげていましたが、その移民問題の章を読んでも、細かく色んな事が書かれてるんですが、読み終わっても「え?で、移民問題って何が原因で何が問題となって生じてるの?」とピンと来なかったり。そして読み返して、「つまり○○が問題なんだな」と自分で言葉で補わないといけない、みたいな(^^;)。

 まとめ方はうまくないにしても、詳細なデータや書かれてる内容は本当に素晴らしい!実にいい本でした。思うんですが、情報ってタダで人が与えてくれるものだけを信用していてはダメなんですね。国際NGO団体「国境なき記者団」の調査では、日本の報道の自由度は2017年で世界72位、G7では最下位です。こういう本を読むたびに、本当に「日本の社会の教科書や新聞やテレビニュースは信用できないな」と思ってしまいます。事実を知らずに正しい判断をするなんて絶対に無理。年に数冊でもいいから、こういう本は読むようにしよう…。


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『Philippe Manoury: En Echo, Neptune』

Manoury_En Echo, Neptune スペクトル楽派のマヌリの、91年作「ネプチューン」と、93~4年作「エコー」を収録したCDです。どちらも電子音やコンピュータと生楽器を組み合わせた音楽でした。こういう音楽に興味津々で、知らないながらも面白いもんだから聴きまくっていた青年期でした(^^)。ところが、色んな音楽を聴いて、他の事も若い頃よりは知るようになって、一周して久々に聴いたらけっこう聴こえ方が変わっていました。

 「エコー」は、リアルタイムの電子音響システムとソプラノの音楽。ああ~これは現代音楽というより即興の電子音楽みたい、なんかガキくさい。。だって、鍛え上げられたすごい表現力のソプラノのうしろで、「シュワー」とか「ピコピコピコ」とか鳴ってるんですよ(^^;)。6楽章の「Mon Visage」なんて、ソプラノの音を録音して、それを電子変調して、それを途中でピッチシフトしてキュインとかやってるんですけど、これは僕には遊びにしか聴こえません。少なくともこれが和声(や音色)や音価の選択として最善とはとうてい思えない。まあでも電子音楽の歴史はまだ浅いし、深さを増し、洗練されていくのはこれからなのかも知れませんね。

 「ネプチューン」…タイトルの時点で中2臭ぷんぷん、頭が良い人だろうから学生のころからずっと机やコンピュータに向かって作曲ばかりしていて、他の大事なものを学べずに精神年齢が幼いまま大人になっちゃったんじゃないか…な~んてものすごい偏見ですけど、でも僕が行っていた作曲科の生徒って、ろくに文学も絵画も哲学も映画も見ないアニメオタクやアイドルオタクみたいのがそれなりにいたもんだから、そんな偏見を持ってしまうのかも。。
 ところが音楽は良かった!先入観で判断しちゃいけないですね(^^;)。この曲は2台のヴィブラフォン、マリンバ、タムタムという打楽器アンサンブルとリアルタイム電子音響システムという編成でしたが、この打楽器セクションの作曲が良い!この作曲をしているのはマヌリさんなので、スペクトルうんぬんを抜きにして、普通に作曲家として優秀なんだと思います。3楽章なんてコードプログレッションしてるし。電子音の使い方もかなり良くて面白かったです。
 電子音部分もけっこう面白かったです。この曲は5つのパートが切れ目なく演奏されていましたが、最終章のピッチシフトから持続音なんてアコースティック楽器では難しい事なので、確かに電子音で挑戦する価値はあるだそうし、またその効果も抜群い発揮されていたように感じました、カッコいい!!
 ただ、やっぱり電子音に弱点を感じてしまいました。電子音はリアルタイムという事ですが、その操作がシロウトくさかった。。つまみをひねってピッチをきゅっとあげるみたいな所が結構あるんですけど、これがガキくさいうえに下手なのです(^^;)。コンピュータ制御ならもうちょっと人間工学的に音を考えるとかなんかできないのかな、みたいな。もしアコースティック楽器でこんなレベルの演奏したら、オーディションで落とされるよな、みたいな(^^;)。あ、あと、リングモジュレーターを使って打楽器の音を変調してる場所があるんですが、音がくちゃくちゃチープ…。プロの演奏家が鍛え上げてようやくたどり着いた音を、ここまで無神経に汚してしまう事に嫌悪感を覚えてしまった…。このへんは、テクノロジーを含めて電子音楽の課題のひとつじゃないかと。

 まあそんな具合で、これはクラシック~戦後の前衛世代の現代音楽という流れの上の音楽というより、電子音楽スタジオ~ロック系や即興音楽系のアンダーグラウンド音楽の流れの上の音楽のように聴こえました。でも、新しいものへの挑戦がなかったら音楽なんて同じものの再生産ばかりになっちゃって退屈だろうし、面白い所もいっぱいあったので、こういう挑戦が実験室での周波数の研究とか音遊びじゃなくって人間の深い所にあるテーマとつながれた時に面白くなっていくのかも。


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『マヌリ:時間の推移 エトベシュ指揮、グループ・ボーカル・ド・フランス、アンサンブル・アンテルコンタンポラン』

Mnoury_Jikan no suii 2019年にマヌリさんが来日しましたね。でも、現代音楽を聴かない人だとクラシックファンですら「マヌリって誰?」状態かも。かくいう僕もそんなに聴いた事がないのですが、僕が音大に通っている頃にはとっくにすでに高く評価されていたフランスの前衛作曲家でした。当時、ビッグネームの割には日本にCDがあんまり入ってきませんで、その音楽に触れるのが困難だったんです。そんな中、ワーナー・パイオニアがフランスのERATOのリリースした現代音楽作品に日本語解説をつけて販売しはじめ、その中に入っていたのがこれです。「時間の推移 Zeitlauf」、マヌリさんの代表作と言われています。

 ゲオルグ・ヴェーベルンの詩を用いた声楽で、これに管楽器、そして電子音や電子操作(声を電子的に変質させる、とか)が加わっていました。フランスのIRCAMで行なったプロジェクト「音楽構成要素間の相互関係の原理」の研究成果として作曲したものだそうです。
 マヌリはスペクトル楽派と言われる人のひとりで、簡単にいえば電子音楽というか、コンピュータ音楽というか。音をスペクトル解析して、その倍音列とか周波数を構築するとか、倍音のずれを利用して作曲に生かすとか、そんな感じです。でも、僕が聴いた作品は、電子音だけのものはなくて、どれも人間の声や楽器と電子音のミックスでした。僕が知っているスペクトル楽派系の作曲家というとグリゼートリスタン・ミュライユですが、僕はそういう電子音的な理論は全然ついていけず(あ、理屈が分からないだけで、音は好きです^^)、このマヌリの作品の作曲技法は部分的にセリーっぽく部分的にコンピューターの自動作曲なり自動生成の電子音みたいでした。でも、セリーじゃないんだろうな。。
 声楽部分や楽器部分が独特の和声感覚を生んでいて、そこがすごく好きでした。合唱や生楽器部分だけ言うと、普通に主題展開していたりするので、奇抜なのは音の素材だけで、構造はじつは伝統的な西洋音楽だな、みたいに感じました。

 電子音部分。ここで、普通の楽器では制御できないスペクトル解析を元にした事をやってるんでしょうが、僕はそういう事は聴いていて分かりませんで(^^;)、単に音の質感が新鮮でした。伝統的な楽器は音色がいつも同じなので、違う素材を用いるだけでも耳が歓ぶというロックな理由だと思うんですが(^^;)、それでも効果があるんだから仕方ない。。でも、この電子音の質感が、新鮮ではあるけれどちょっとチープに感じました。例えて言えばDX7の巣の音みたいなもので、ぜんぜん音楽的な音まで来てないんですよ(^^;)。細いというか。。電子音楽は、構造は頭で考えてもいいけど音の質感はもっとよく聴いて作り込まないとダメと思うものが結構あるんですよね。電子音楽はむしろ古いアナログ時代の方がいい音のものが多いと感じています。

 けっこう音楽的で良かった!電子音はもう少し何とかならなかっただろうかと思わなくもないですが、それって作曲じゃなくて録音部分だったりするかもしれませんよね。構造部分と生演奏部分はやっぱり見事。この曲、構造だけでも真面目に分析して自分の作曲に活用したらかなり面白いんだろうなあ、な~んて思いました。


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『Tristan Murail: gondwana, desintegrations, time and again』

Murail_gondwana, desintegrations, time and again グリゼーと並ぶスペクトル楽派を代表する作曲家が、トリスタン・ミュライユさんです。このCDは、ミュライユの初期代表作「ゴンドワナ」のほか2曲を含んでいるので、ミュライユを聴くならまずはこの1枚じゃないかと。

 スペクトル楽派とか電子音楽とか現代音楽というのは、なぜそういう作品を作曲したかという制作背景が重要になるところがありますが、そういうのを知らずに聴いたとしても見事な音楽でした。ものすごく静かなところに正弦波がピーッと鳴るだけの音楽とか、そういう理念ばかり先行したような音楽はひとつもなく、どの瞬間も見事にサウンドして音楽が展開していって、いくつかの山場を迎えていく構造で、伝統的な西洋音楽の美感の上に成立している音楽と感じました。電子音楽とかスペクトル楽派とか関係なしに、音楽として素晴らしかったです。というわけで、最初は予備知識や先入観なしで聴いた方が、この音楽の価値をダイレクトに楽しめそう。こうした感想を前提に、一応曲の背景などを備忘録として書いてみると…

 「ゴンドワナ gondwana」(1980)は、オーケストラのための曲で、ダルムシュタット市のコミッションで製作されたもの。演奏はフランス国立交響楽団。現代音楽ではかなり有名な曲で、ミュライユさんの初期代表作なんて言われています。冒頭部分は鐘の音をスペクトル解析して作っているそうです。でもって、曲全体は、このCDのライナーによると、地球が乾いた土地だったところから、今のような状態にされていった様を映し出しているんだそうです。なるほど、だから劇的な展開を音楽の中に感じるんだな…。

 「崩壊 Désintégrations」(1982-3)は、IRCAMの委嘱による作品で、アンサンブル・イティネレール演奏による17人13の生楽器と電子音による作品。この曲はミュライユさんにとって初の楽器と電子音のミックスとなった曲だそうです。生楽器や電子音そのものもありましたが、中盤のグロッケンあたりは生音の演奏のほかに、その音を変調した電子音もあるように聴こえました。あと、「情報理論をもとに作曲」したそうですが、純粋にきちんとアンサンブルの勉強もしてると思うなあ。。
 ちなみに、アンサンブル・イティネレールは、ミュライユやグリゼーと言った当時の先鋭的な作曲家たちが、既成のアンサンブルでは演奏しきれなくなった新しい音楽を演奏するために作ったグループだそうです。

 「time and again」(1986)はオーケストラ作品。このCD ではボン・ベートーヴェンホール交響楽団の演奏ですが、元々はバーミンガム市交響楽団の委嘱で書かれた曲だそうです。何も書いてないけどモジュレーターのような音が冒頭から入っているので、実質的には生楽器と電子音楽の中間ぐらいかも。ミュライユはセリーに否定的だと聞いたことがありますが、この曲を聴くと本当にそうなのかと疑ってしまいました…って、伝統的ともいえるほどしっかりした構造を感じつつ、それがどういう法則に則っているのか分からないから、というだけなんですけどね(^^;)。それにしてもこれは刺激的でありつつもけっこう聴きやすい音楽でした。

 グリゼーの「音響空間」もそうでしたが、「スペクトル楽派」なんていうと、なんか無機質でピコピコ言ってそうな音楽とか、頭の中だけでこねくり回したような音楽かと思いきや、伝統的な西洋音楽の延長で音楽を作っているように感じられて、作曲部分は比較的理解しやすく、また素晴らしく感じました。でも僕は現代音楽系の電子音はあまり好きじゃないみたい。ノイズ系やロック系の電子音は説得力があって好きなんですけど、現代音楽系は音がチープというか、美しくもヤバくもないんですよね…。
 1980年代の現代音楽の代表的な作品のひとつの代表的な録音ですが、一般の音楽ファンはあまり聴かないらしく、CDはアマゾンで2万円クラス!!こと音楽に関しては、資本主義がいい事なのかはちょっと疑問ですね。すごくよく出来た作品だと思うんですけど、聴く人がいないと歴史のかなたに消えていってしまうというのがね…。


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『Gérard Grisey: Les espaces acoustiques』

Grisey_Les espaces acoustiques 1970年代のフランスで、音響のスペクトルに注目した作曲を始めた人々がいて、彼らはスペクトル楽派なんて呼ばれています。その嚆矢になったのがジェラール・グリゼーで、これはその代表作「音響空間 Les espaces acoustiques」全6曲を収録した2枚組CDです。好き嫌いに関わらず、フランス現代音楽を専攻していたのにこれを聴かないのはまずいと思って手を出したCDでした。リリースされたのは、もう現音の作曲をとっくにあきらめた後だったんですけどね(^^;)。演奏は、ガース・ノックス(viola)、ASKOアンサンブル、4曲目以降の大オーケストラ部分はケルン放送交響楽団。2000~2001年録音です。

 この作品は、6曲すべてがミの倍音を元に作っているそうです。昔、音響工学の本で読んだ程度の知識しかないんですが、音のスペクトル解析って、基本は倍音列のはずですが、どの倍音が優勢かで三角波とか矩形波とかいろいろ変わってきますよね?それをフーリエ展開していくと、すべて正弦波の合成に出来るんじゃなかったでしたっけ?うろ覚えだ(^^;)。まあそれはともかく、倍音列をベースに作ったらけっこう調性力の強いものになりそうなものですが、古典派やロマン派のような耳慣れた三和音な響きにはならないものの、セリー音楽のような複雑さには至らずに、どこかで音が見事に溶け合っている感じ。でも、スペクトル解析したら純正律に近づくと思うんですが、それを普通の管弦楽器用のスコアにするというのはどういうからくりなんだろう…興味は尽きることがありません(^^)。それでも、同じスペクトル楽派でもミュライユの音楽はさらに聴きやすかったりするので、このへんはスペクトル解析どうこうだけじゃなくて、取り出した音をどう構成するかという作曲家の個性がかなりありそうだと感じました。

 でもって、この6曲は、徐々に楽器編成が大きくなっていきます。1曲目はヴィオラ独奏だったものが(実は、1曲目の時点では退屈に感じてしまった^^;)、切れ目なくつながる2曲目「Periodes」では管弦合わせた7人のアンサンブル。このへんからかなり面白くなっていって、3曲目では18人、4曲目では33人、5曲目では大オーケストラ、終曲では4人の独奏者と大オーケストラ。

 まったくの僕の勝手な誤解だったんですが、「スペクトル楽派」というぐらいだから、電気的に音響スペクトルを解析して…みたいな感じでなので、電子音楽家と思ってたんですよ。でもスペクトル楽派の作品って、純然たる器楽音楽もいっぱいあるんですよね。なにせ、スペクトル楽派の先駆者グリゼーの代表作のこの作品も、グリゼーと並ぶスペクトル楽派の巨人ミュライユの代表作「ゴンドワナ」も、生楽器による演奏です。そんでもって、戦後からの現代音楽というと難解なイメージもあると思うんですが、これは聴き手に合わせて分かりやすく作ったわけではなさそうですが、しかしものすごく把握しやすいというか、素晴らしい音楽だと思いました。3曲目なんてカッコよすぎて必聴ですが、コンバスがミ音を連打しながら、上に音がドバっと重なっていき、さらに同じ音型を木管がそれぞれに吹き鳴らして、ここまで来るとスペクトル解析なんて言うのは要素の抽出部分と全体を統一するものとして使っているだけで、作曲部分は完全に自由作曲だろうとしか思えず、カッコいいとしか言いようがないっす。

たぶん、純粋な倍音だけでなく、いろんな堆積音を使っているのだと思いますが(弦楽隊が揃ってグリッサンドしている所まである!)、これはクラシック界のサイケ系プログレだと思ってしまいました(そんな安直な感想でいいのか)。。これはクラシックファンというより、フリージャズとかサイケロックあたりのファンの方が食いつきがいいかも。スペクトル楽派を代表する傑作は、実際に素晴らしい作品でした、おすすめ!!


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書籍『野村克也 野球論集成』 野村克也

NomuraKatsuya YakyuuronShuusei プロ野球の頭脳・野村克也さんは、とんでもない量の本を出してるんですが、ほとんどは似た内容だったりします(^^;)。選手としては数々のタイトルを取り、監督としてはID野球と言われるほど野球術の革命を起こしたのに、技術書や戦術書をほとんど書いてないんですよね。そんな中、2017年という晩年のノムさんがついに上梓した野球の技術・戦術書がこの本です!

 読む前は、バントシフトやピックオフプレイなどの戦術指南書かと思っていたんですが、実際に読んでみると戦術面だけでなく、どうやって人を育てるかとか、打撃や送球や走塁の基礎など、野球に関することすべてが網羅されている本でした。これはすごい。子供の頃にちょっとやっていた程度の僕にとっては、目からウロコの話の連続。読み返すたびに「なるほど」と思わされて、この本を読んだ状態で少年野球時代からやり直したい、な~んて思ってしまいました(^^)。それぐらい、「これを読んでから野球やったらできるようになれそう」と感じたのです。
 
 中でも素人の僕にとって白眉だったのが、カウント論。カウントによって攻めや守りが変わるのはアマチュアの僕でも何となく知っていますが、でもそれでどう狙い球を絞り、どう目付けをして、どう待って…と具体的に実践できるほどには全く知らず。だいたい、カウントには12種類あるというのですら、いわれて「なるほど」と思ったほどでしたし。
走塁論も、ものすごく勉強になりました。例えば、奏者2・3塁の2塁ランナー。これはアウトカウントや3塁走者がゴロ・ゴーかどうかなどによって変わって、その為には…みたいな。なるほど、巨人や横浜みたいなこういう面で雑な球団って、2走がアホなミスする事を、たまに見ますよね。こういうところがチームとしてケアできてないんでしょうね。
守備のバントシフトも、すごく勉強になりました。走者1塁だけでも、これだけバリエーションがあるんですね。僕は、球場に野球を見に行くと、バントシフトを観るのが一番楽しいです。チームによって様々ですし、テレビ中継だと映らないんですよね、野球という戦術ゲームの中でも、一番戦術性の出るところなのに。

 上の例はあくまで一例で、こういう野球の基礎的な知識が満載。ノムさんのテレビ野球解説の行間とか、92年の日本シリーズ7戦での広沢の本塁突入などから判断するに、本当はもっともっと深い戦術や戦略、技術的なポイントなどを持っていらっしゃったのだと思いますが、それでも400ページ超の本ですから、野村さんにとっての「プロですら守られていない本当の野球の基礎」は、このへんからなのでしょう。野球でも音楽でも、プロの一流はまったくレベルが違う、アマでもプロでも、結果を残せない人がどれだけ隙だらけでぬるいのかと痛感させられる本でした。野球をやっている人なら、これを読んでいるかどうかで雲泥の差が出る本ではないかと思いました。見るだけの人でも、これを読んでいたら野球の見え方がまったく変わるんじゃないかと。超がつく良書、野球好きなら必読!!


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DVD『熱闘!日本シリーズ1993 ヤクルト‐西武』

Nettou NihonSeries 1993 Yakult Seibu 日本シリーズ史上最高の戦いとの評判もある1992年の森西武vs野村ヤクルトは、翌93年にまでもつれます。野村ヤクルト、あと一点に泣いた92年のリベンジなるか?!この93年の日本シリーズも最終戦までもつれる激闘になりました。これもすごかった!夢中になって見ていた10日間でした。。

 驚くのはヤクルト側の投手陣。前年は岡林がエースで大車輪の活躍だったのに、この年は岡林無し。そして、去年はいなかった川崎と西村という投手が先発の柱。いやあ、強いチームってすごいエースや4番が決まってるから強いんだと思ってましたが、主力選手を入れ替えながら2年連続でリーグ制覇したのか、やっぱり野村さんって凄いんだな。。
 そして、7戦をとおして、力はヤクルトの方がちょっと上と感じました。前年度は西武が圧倒的なところをヤクルトが色んな策を講じてもつれにもつれましたが、93年はその逆。それでももつれた原因は、西武がヤクルトの古田を封じた事。逆にヤクルトは西武の秋山を封じます。短期決戦では主力打者の誰かを封じて打線を分断してしまうのが戦術の柱になるなんて言いますが、両軍ともそれに成功したもんで、戦力差があっても打線が分断されて点が入りにくいのでもつれたのかも。いやあ、こういうのは知将同士だからこそ見る事の出来る戦いなんでしょうね。。

 ただ戦うだけでなく、策を講じて勝ちに行くのが、シロウトの僕にもわかりやすかったのは、例えば第2戦の西武・郭泰源の攻略。前年の日本シリーズで郭にぴしゃりと抑えられたヤクルトは、絶妙のコントロールをもつ郭にはやく追い込まれて、最後はスライダーで料理されていました。その郭のコントロールの良さを逆手にとって、絶好球じゃなくても1球目からカウント球を打ちに行きます。これで郭はヤクルトの作に気づく前に4失点。いやあ、ただ茫洋と戦ってるんじゃなくて、本当に策に策を講じて戦ってるんですね。。

 弱小球団ヤクルトの選手を改革に行った野村監督の成果は、随所に出てきます。第3戦は1対0の投手戦をヤクルトが制するんですが、その1点が池山のライトへの犠牲フライ。池山と言えばどんな時でも振り回すバッターだったのが、ここは一点でいいとフライをあげに合わせに行きました。これがあのブンブン丸がやる野球か、変わりましたね。。

NihonSeries1993-4.jpg 同じく1点を争う展開になった第4戦は、8回に、今も伝説になっているセンター飯田の奇跡のバックホームが炸裂!1対0のワンアウト1・2塁で強打者鈴木健。外野が前進守備にしてしまうと抜かれた時に一気に逆転になってしまうので、中間守備か深めが定跡だと思うんですよ。でも飯田はここでチームの指示に背いて前進守備をとり、走者を本塁で刺します。なんでこうしたかというと、この試合の西武のピッチャーの石井丈裕はシーズンMVPの上にこの試合は絶好調。だから、ヤクルトが勝つためには虎の子の1点を守る以外にはない…みたいに考えたんじゃないでしょうか。これは勝手な憶測ですけど(^^;)、こういう事を考えながら観ることが出来るから、戦略系のスポーツは面白いです(^^)。ファインプレーの裏には頭脳があるんですよね。それにしてもこれは鳥肌が立つ驚異のバックホームでした。

 このDVDでは細かい説明はなかったんですが、第7戦1点差でもつれた展開での3塁走者古田の走塁も見事なID野球。前年の第7戦でそっくりなシーンがあって、内野ゴロが飛んで広沢が本塁で封殺されたんです。内野ゴロが飛んだ時、3塁走者は普通は自重なんですが、前年度の反省から編み出した「状況によっては、ダブルプレーや本塁憤死のリスクを負ってでも3塁走者は打った瞬間に突っ込む」というギャンブルスタートを古田はここで仕掛け、内野ゴロで本塁生還!いずれのプレーも、ただすごいピッチャーとバッターを並べるだけの王ダイエーや長嶋巨人の野球とはまったく違う、見事な野球術でした。

 そして、この日本シリーズは運もヤクルトに味方した印象。先発の枚数もそろい、抑えも3枚持っている西武の豊富な投手陣に比べて、ヤクルト投手陣のやりくりは厳しくて、伊東昭光というワンランク下の投手を先発に使って捨て試合を作るほど。そんな時に第6戦が雨で順延となり、これでエースの川崎を最終戦に使えることになります。ずっと不敗、連覇連覇の西武相手に精神面で「やっぱり西武には勝てない」という心理があったように見えたんですが、最終戦の川崎先発の試合でヤクルトが勝ったのは野球術を含めた力の差だったように見えました。そして、この時の川崎の投球の凄まじさは、今度は頭脳や戦略でなく、全身全霊という感じで、見ていて痺れるほどの命がけの投球。これは感動しました。ヤクルトは前年の借りを返して悲願の日本一!!


 いやあ、音楽でも野球でも、エンターテイメントよりプロフェッショナルの凄さ深さを見せてくれるものほど感動が大きいと僕は思うんですが、92~93年の西武vsヤクルトは野球のプロフェッショナルを見せてくれた凄い戦いでした。野村監督や森監督というという指揮官だけでなく、状況を見ていちかばちかで前進守備を選択した飯田、ギャンブルスタートを選択した古田といった選手の野球術もすごい。野村監督、こんな素晴らし物を見せてくれて、本当にありがとうございました。この激闘の10日間を、僕は一生忘れないでしょう。


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DVD『熱闘!日本シリーズ1992 西武-ヤクルト』

Nettou NihonSeries1992 seibu yakult 世代的な問題で、野村克也さんといえば、僕にとっては選手や解説者としてより監督のイメージが強いです。現役でかろうじて知ってるのは有名な南海時代ではなくロッテや西武時代で、それだってプロ野球チップスのおまけカードで見たことがあるぐらい(^^;)。一方、監督としての野村さんはID野球として一世を風靡し、弱小球団を優勝させてしまう手腕は、日本の野球のやり方自体が変わるレベルの凄さでした。中でも、クソ弱かったヤクルトを3年でセ・リーグ優勝に導き、以降は何年にもわたってヤクルト最強という時代を築いたのは、野村さんが達成した数々の偉業の中でもいちばん凄い事だったと思います。この日本シリーズは、ノムさんがヤクルトを優勝させた最初の年の日本シリーズで、7戦中4戦が延長線、そして西武の森監督とヤクルトの野村監督の両方がプロ野球きっての知将という事で、ものすごい高度な野球になったのが最高に面白かった!

 第1戦から大熱戦、延長12回までもつれた試合の決着をつけたのは、大昔の広岡監督時代に唯一優勝を経験していた14年前のヤクルトにも在籍していた杉浦の代打満塁ホームラン!いやあ、1試合目からこれは熱い、しかも西武圧勝という下馬評を覆しての先勝はアドレナリンあがりまくりでした(^^)。こういう興奮って、スポーツならではと思います。

 第2戦は西武の郭泰源~潮崎という西武投手陣の完封リレー劇。この頃の西武の投手陣の凄さは圧巻ではあったんですが、それ以上にハウエル、広沢、古田といったヤクルトのクリーンアップがシリーズ通して西武に抑え込まれたのが印象的でした。力だけでなく、弱点を徹底駅に研究されて攻められたんでしょう。野村さんに目が行きがちですが、現役と監督時代を通じて日本シリーズ無敗の森監督は、やっぱりとんでもない知将なんですね。それにしても、現役時代の荒木大輔はめっちゃくちゃ2枚目、そして途中まで西武を完全に抑え込んでいたんですが、カーブが素晴らしいんですね。なるほど、プロだとストレートとカーブの両方がないと厳しいけど、これだけのカーブを持っていたから高校野球で無双だったのかも。

 第3戦は野村監督が奇襲を仕掛けて、なんとシーズン0勝のサウスポー・石井一久を先発!しかしこの奇策は失敗(^^;)。一方の西武はシーズン最多勝のエース石井丈裕…もしかすると、野村監督はこの試合を捨て試合と見ていたのかも。もう、この辺はきつねと狸の化かし合いですね。それにしてもヤクルトは主力打者が抑え込まれての完敗で1勝2敗、これは西武圧勝のムードが…。

 第4戦、またしても西武の完封リレーが炸裂!今度は渡辺智~鹿取(ロングリリーフ)~潮崎です。ヤクルト打線は研究されつくしてますね、投球ミスやヤマ張りでも当たらない限り打てそうにありません。これで1勝3敗となって早くも西武は優勝リーチ。これはワンサイドゲームになりそう。

 第5戦、後がない野村ヤクルトはここで手を打ちます。なんと、橋上とパリデスという西武がノーマークだろう選手をふたり先発に起用。なるほど、データがなければ弱点攻めは出来ないという訳ですね。しかもこの戦略は当たり、パリデスは2安打、橋上は1安打1フォアボール。また、相手チームの分析攻略はヤクルトも行っていて、西武の4番清原を完全にブレーキにしています。この試合、ヤクルトの策が功を奏して一時は6対0となるんですが、西武が息を吹き返して6対5となった事で西武はリリーフエース潮崎を投入してしまい、切り札を休養させる事が出来ず、その上で延長の末に敗戦。こういう所は勝負の綾。戦略性の高いチームスポーツって、メッチャ面白い。。

 第6戦これぞ死力を尽くした大勝負、数ある日本シリーズの試合の中でも最も面白かった試合かも。だって、6回も逆転して、またしても延長戦の末に決着ですから、こんなに面白い試合もない(^^)。大激戦の上に最後は7対6でヤクルトの勝利!しかしその裏で、ヤクルトの古田と広沢、西武の清原が完全に封じられるという双方のデータ野球がすごい。。

Nihon Series 1992 7-9 そして第7戦。この試合、7回裏のヤクルトの攻撃で、広沢が本塁憤死というシーンがあるんですが、これはヤクルトのチーム指導で、内野ゴロの際の3塁走者の走塁の方針に「ダブルプレーを防ぐためにキャッチャーにチャージを掛けろ」というものがあったんだそうです。そんなわけで、広沢はキャッチャー伊藤にチャージしに行ったためにタッチアウト。もしキャッチャーを避けて滑り込んでいればセーフで勝ち越しだったかもしれないプレーで、このプレイから野村監督は競った場面でのギャンブルスタートという作戦を思いついたそうで、以降の現代野球でギャンブルスタートは定石化しました。ただし、そういう説明はこのDVDではなかった(^^;)。これが勝負を決めるプレーとなり、1点差でヤクルト敗戦。。あと1点で日本一というところを逃した無念の戦いでした。

 素晴らしい日本シリーズは79年の広島vs近鉄とか85年の阪神vs西武とかいくつかありますが、もっとも高度だった日本シリーズはこれだったと僕は思っています。負けはしたものの、金や囲い込みを行って最強球団を作った西武を崖っぷちまで追い込んだ野村ヤクルトは凄かった!そして翌93年、またしても日本シリーズはこの両者の対決に。そして…その話はまた次回に(^^)。。


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書籍『エースの品格』 野村克也

NomuraKatsuya Ace no Hinkaku プロ野球の頭脳、ノムさんの書いた本です。現役時代はキャッチャーだったので名投手をたくさん見てきたし、ホークスの選手兼監督時代に阪神の剛腕エースだった江夏豊さんをリリーフエースに変身させた名監督でもあるので、投手に関する薀蓄があるという事なんでしょう。この本が書かれたのは2008年の初頭、まだ楽天イーグルスの監督をしていた頃で、あのクソ弱い球団だった楽天をクライマックスシリーズに進出させてしまったし、その前も超弱小ヤクルトスワローズをセリーグ最強にしてしまったので、本当にすごい監督なんだと思わされたものでした。

 さて、この本のタイトルは『エースの品格 一流と二流の違いとは』でしたが、タイトルと内容はほぼ関係ないです(^^;)。たしかに最初の方は、野村さんが現役時代や監督時代に見て触れてきた投手に触れてますが、エースどころか投手にすら触れていない話もいっぱいで、ほぼ野村さんの自伝でした(^^;)。それはそれで面白かったからいいんですけどね。江夏に関する記述では、「私が長い野球人生で目の当たりにした最高の速球投手は、まぎれもなく江夏豊である」(P.50) というぐらいかな?
 勉強になったのはエース論ではなく、野村さんの人生哲学の数々でした。まず、現役時代の教訓。練習量が普通でない!そして、ただ練習するのではなく、どうすればよいのか常に頭を使っていたのがよく分かりました。そして、指導者になってからの数々の名言が素晴らしかったです。「恩情に報いる力」という言葉を言っておられます(p.104)。情けをかければ、人はそれに報いようとする、というものです。これは自分でも思いあたる事が人生で何度もあった事で、心に響きました。

 というわけで、タイトルに偽りあり、でもプロ野球の内側にいた大監督から見たプロ野球のベンチ裏風景や人生訓は、すごく面白かったです。あと…落合監督の本を読んでもそうなんですが、専門の世界でトップを取る人は、どうやればできるようになるかを考えまくっていて、ただ練習しているんじゃないんですよね。そして、練習量が尋常でないんですね。口でいうのは簡単ですが、それを実践している人が実際にいると知る事が出来るだけでも、音楽家にも参考になる本じゃないかと思いました。野球好きな人というよりも、どうすれば組織が向上するかに悩んでる人向きな本かも。


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プロ野球のレジェンド中のレジェンド、野村克也さん逝去

Nomura Katuya うああ、プロ野球のノムさんが逝った…。王貞治に次ぐ本塁打数、三冠王獲得、監督になってからはID野球を標榜して超弱小球団のヤクルトを何度も優勝させ、これまた超弱小の東北楽天イーグルスを日本シリーズに導き…偉業を数え始めたらきりがないほどの人。日本のプロ野球で重要な10人をあげろと言われて、この人が外れる事はないでしょう。

 そんな偉業の中で一番すごいのは、やっぱり選手時代の数々の記録や改革なんでしょうが、残念ながら僕は現役時代のノムさんの記憶がほとんどありません。世代がずれているために、ようやく野村さんの事を知り始めたのは、全盛期の南海時代ではなく、ロッテから西武に移った頃でした。少年野球をやっていた友達のお兄ちゃんが、「野村って3冠王取ってるんだぜ。しかも、キャッチャーってあんまり打たないのに、ホームランも王の次にいっぱい打ってる。とんでもない選手なんだよ」なんて言っていた事を覚えていて、それが最初の記憶。テレビでは巨人戦か阪神戦しか放送されていなかったので、僕はパ・リーグの選手のことを全然知らなかったんです。たまにプロ野球チップスでパ・リーグの選手のカードが出ると「あ、外れだ」と思ったぐらいでしたし(^^;)。そんな時に、そんな話を聞かされたもんだから、実はパ・リーグってすごいのか、そこには闇の帝王みたいな知られざるすごい人たちがいて、野村や福本はそういう人たちなんだな…みたいな印象を持った事を覚えてます。

 そして、本当にノムさんの凄さを思い知ったのは、ヤクルトの監督時代。まさにID野球で、広島で使い物にならなくなった小早川を取ってくるやいなや、小早川は相手チームを無双しまくっていた全盛期の巨人斎藤から3打席連続ホームランを打ってしまうのでした。これが開幕戦で起きたことで、優勝候補だった巨人がヤクルトの足元にひれ伏す始まりとなったのでした。
 これ、「カウント1-2になると斎藤はスライダーでカウントを整えに来る」というデータがあって、「1-2になったらスライダーを打ちに行け」と指示していたらしいです。それで打っちゃう小早川もすごいですが、このホームランの本当の主役は、スコアラーをフル活用してデータ解析させ、指示を出した野村監督でしょう。ヤクルト時代の野村監督の凄さは、数えだしたらきりがありません。

 解説時代のノムさんにビビらされた事もありました。バッターは長嶋一茂。プロ1軍としては平凡以下の選手で、親の七光りと言われても仕方がない成績の選手でした。ところが、その長嶋の仕草を見て、解説のノムさんが「今の長嶋の待ち方からして、カーブだけは投げちゃダメ。カーブを投げたらホームランもあり得ますよ」と言ったんです。打率は2割前半、ホームランなんて年に何本打てるだろうかというバッターが、そんな簡単に打てるわけねえだろ…と思っていたら、カーブが来てそれをホームラン…度肝を抜かれるとはこのこと。江川や赤星のハッタリばかりのでたらめ解説とはレベルが違い過ぎ、野球を知っているとはこういう人のことを言うんだと思わされました。

 星野仙一、金田正一、野村さん…僕が少年時代に夢中になった野球選手が次々に世を去っていきます。そして、プロ野球選手を「あの人はすげえ」とか、友人と話しながら草野球をやっていた頃は楽しかった。僕の少年時代の楽しい記憶の一部分に、野村さんもちょっと食い込んでるんですよね、きっと。日本野球の中でもっとも野球能に優れた素晴らしい野球人、ご冥福をお祈りします。


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ギターを演奏すると左手が痛くなる問題の解決方法!

Guitar ensouhouno genri あるブロ友さんが、「いままでギターを何度もやって何度も挫折してきたけど、その理由は左手が痛くなるからだ!」な~んておっしゃってました。わかる、わかります、僕もそうでした!フェンダーのストラトみたいなエレキギターならまだいいんですが、フォークギターやクラシックギターになるともうお手上げ。バレーコード多用の曲があると、10分か15分弾いたぐらいでもう激痛、弾けなくなってました。
 でもその問題、僕はある時にかなり解決できてしまったんです。きっかけは、クラシック・ギター。というわけで、全国に100万人はいるだろう、左手が痛くなってギターに挫折した人に贈る、その解決方法です!

●奥義その1:左手をギターを支える視点にしない
 第1は、左手をギターを支える視点にしない事です。バレーコードを多用していると、親指の付け根が痛くてたまらなくなったりするじゃないですか。あれは、左手でギターを支えているからです。
 ギターを右腹、右腕、左ひざの3点でしっかり支えられていると、左手は親指で握りこまないで指を乗せるだけでも、ギターはまったくぶれません。左手親指で支えを作るのは、ギターがぶれないようにするのではなく、ほかの指がぶれないようにする程度で済むんです。こんな単純な事に気づくのに、僕はものすごく時間がかかりました(^^;)。たぶん、クラシック・ギターを習っていたら、子供でも知ってる常識なんでしょうね。独学はつらいよ。

●奥義その2:左腕の関節部分をなるべく曲げないフォームにする!
 第2は、左腕の関節部分をなるべく曲げないフォームにする事です。方法は二つで、ひとつはギターをなるべく立てる事、もうひとつは左ひじをなるべく開く事です。
 手首が曲がると手首より体に近い方の筋は使えなくなります。指が曲がると指より体に近い方の筋は使えなくなります。逆に、一直線になっていると、体に近い方の筋の力も借りることが出来るのです。指でギターを弾くより、腕でギターを弾いた方が、疲れないわけです。腕から指までで曲がっている部分を作らないフォームで演奏すすればするほど、指の力だけでなく、腕の力なども活用して使えるようになります。腕の力を使っているというわけでなく、筋のメカニズムの関係で、勝手に指への負担が軽減される感じです。
 そうするためには、ギターが立つ形になればなるほどいいし、肘が広がれば広がるほどいいです。チェリストの左肘が広く開いている絵を見たことがあると思いますが、あれは手首に角度を作らないようにするためだと思います。

●奥義その3:そもそも、セーハを多用することが間違っている
 その3は、そもそもセーハなんて、プロだってそんな多用していないという事です。高度なギター音楽ほどそうで、クラシックでもフラメンコでもジャズでも、よく見てみると「あ、セーハを長時間なんて、こういう人でもやってないんだな」とわかるし、よく考えたら西洋音楽をやるなら、6つの音をジャンて鳴らすのが一曲のうちでずっとあるなんて、それ自体が音楽的にも素人くさい気がしたりして(^^;)。
 例えば、プロのジャズ・ギタリストの演奏を見ていると、バレーコードを長時間押さえるフォームでなんて演奏してません。同時に演奏する弦は多くてもせいぜい4本で、普通はそれ以下です。フォークギターをジャカジャカ演奏しようと思うとそれは無理かもしれませんが、長時間コードをジャカジャカ演奏するフォークシンガーだって、よく見ると実はカポを多用してバレーコードを長時間押さえるなんてしてなかったりします。ジョン・バエズさんとかサイモン&ガーファンクルとか長渕剛さんとか、ギターにカポがついている絵が浮かびませんか?あと、フラメンコも、間違いなくカポを使ってますよね。そもそもセーハを多用するなんてことがおかしいのです!

 というわけで、私的「ギタリストの左手痛いぞ問題の解決方法」でした!あ、でもこれらの知識は我流ではなくて、ちゃんとしたギター教本をミックスしてます。カルレバーロ『ギター演奏法の原理』は、クラシック・ギターの教本ですが、左手痛い問題に悩んでいるギタリストの皆さんは、ぜひ一度読んでみるべしです!!


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『Muddy Waters / More Real Folk Blues』

Muddy Waters_MoreReal Folk Blues マディ・ウォーターズの『The Real Folk Blues』の続編、1967年発表です。これも録音年がバラバラですが、48~52年と、1集よりもある程度はまとまった時代でした。

 『The Best of Muddy Waters』『The Real Folk Blues』、『More Real Folk Blues』の3枚は、恐らくどれもマディ・ウォーターズのシングル盤をまとめたレコードで、どれもシカゴに来てからの50年代の録音なので、音楽性はどれもほとんど同じ。同じなので、どれかを気に入ればぜんぶ気に入るだろうし、気に入らなければ全部ダメなんじゃないかと。その中で、もし僕が最後にまわすとしたら、これかな?だって、僕がシカゴ・ブルースで好きなのって、ハーモニカとピアノ、次にリードギター…みたいな感じなのに、このアルバムはハーモニカの参加率が低いんですもの(´;ω;`)。あ、もうひとつの特徴は、このレコードはドラムレスが多いです。

 30年ぶりぐらいにターンテーブルに乗せた1枚なんですが、シカゴ・ブルースはブルース界のロックなんだな…みたいに感じて聴いていました。僕が大好きな戦前のアコースティック・ブルースに比べると、「ブルース」という割にはそんなにブルーでもなければレイドバックもしてない、アコギの見事な演奏を聴けるわけでもなく、バンドでガツンとかます感じ。ロックみたいって、シカゴ・ブルースがロックンロールやその後のブルース・ロックに繋がってくんだから当たり前なんですけどね(^^;)。個人的なマディ・ウォーターズのお気に入りはアコースティック演奏のものか、バンド・ブルースならジェームス・コットンの素晴らしいブルースハープが聴ける『at Newport 1960』などのハーモニカのスーパープレイ入りのものなんですが、チェスのスタジオ録音を聴くなら、リトル・ウォルターかウォルター・ホートンのハープとオーティス・スパンのピアノあたりに注目して聴くとカッコよく感じるかも。


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『Muddy Waters / The Real Folk Blues』

Muddy Waters_The Real Folk Blues 1966年にリリースされたマディ・ウォーターズのLPです。録音が66年という訳でなく、古いものは1947年録音、新しいものでも1964年というレコードです。これも『The Best of Muddy Waters』と同じで、シングル盤を集めたレコードなんじゃないかと。チェス・レコードは、ハウリン・ウルフやリトル・ウォルターでも「the Best of…」とか「The real Folk Blues」というアルバムを作ってますが、それらはみんなシングル集なんでしょうね。そんなわけで、「The Best of Muddy Waters」と、音楽の傾向は同じです。だから、あっちを気に入った人はこれも気に入るだろうし、ダメだった人はこっちも難しいかも。

 個人的には、まずは49年録音の「Gypsy Woman」が素晴らしかった!サニーランド・スリムのピアノがとってもホンキートンクで、ブルースだけでなくどこかラグタイム的なレイドバック感を感じさせてくれてよかった(^^)。ジャズもブルースも、アーリーミュージック時代のあの匂いっていいですよね(^^)。
 50年代の録音では、リトル・ウォルターとウォルター・ホートン(って、ビッグ・ウォルターですよね?)のブルースハープがカッコいい!シカゴブルースの主役はハーピストだと僕は思ってるんですが、このふたりとジェームズ・コットンは本当にすばらしいです。
 あとは、「Same Thing」と「You Can’t Lose What You Never Had」の2曲の64年の録音は、オーティス・スパンのピアノと、全体がワーンとなるプレートエコーがカッコいい。でもこれ、嫌な人は嫌だろうな(^^;)。

 若いころはダメだと思っていたシカゴのバンド・ブルースですが、聴きどころが分かってきたのか、いま聴くといいなあ。とかいって、マディ・ウォーターズを聴かずにふたりのハーピストの悶絶プレイと、オーティス・スパンの転がすように弾くピアノばかりに耳を奪われてるんですけどね(^^)。次にこのレコードを聴くのはまた5年後か10年後なんだろうけど、その時にも感想が変わっていそうで、しかも今よりもっとこの音楽を楽しめるようになっているような気がしていて、ちょっと楽しみだったりします(^^)。


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『Muddy Waters / The Complete Plantation Recordings』

MuddyWaters_CompletePlantation Recordings 『Folk Singer』を聴いて、マディ・ウォーターズはアコースティックに限る…な~んていう世間一般の常識に対立するような感想を持ってしまった若い頃の僕でしたが、アコースティックを弾いてるレコードはあんまりないんですよね。でもシカゴに来る前は本格的な戦前ブルースをやっていたと噂にきいた事がありまして、とうとう出会ったのがこのCDでした。1941~2年、まだマディ・ウォーターズが綿花栽培の労働者として働いていた頃のレコーディングです。

 このレコードでマディ・ウォーターズはアコースティック・ギターを弾き語りしてるんですが、思いっきりデルタ・ブルース。すげえ、バンドブルースを聴いてギターがド下手な人かと思ってたのに、こんなにうまかったのか。。3曲目「I Be's Troubled」なんてめっちゃうまい!なんでこれだけ弾けるのに、シカゴではエレクトリック・ギターで単旋律でビヨンビヨンやってたんだろう、謎だ。。ライトニン・ホプキンスもそうですが、どう考えたってアコースティック・ブルースでのギターの方が音に表情はあるし和音の厚みもあるしバスとメロディも同時に演奏できるギターの素晴らしさも聴かせられるのに、なんでエレキギターにしちゃったのか、理解に苦しむばかりです。。

 僕みたいに、バンドブルースなマディ・ウォーターズが性に合わなかったという人は絶対にいるはず。そんな方は、アコースティックのマディ・ウォーターズにトライしてみるといいかも。そして、アコースティックなブルースを聴いた後にシカゴ・ブルースのマディ・ウォーターズに戻ると、どういうわけかこれがまた悪くない音楽に聴こえてきたりして…その話はまた次回!


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『Muddy Waters / Folk Singer』

Muddy Waters Folk Singer いかにもシカゴ・ブルースな「the best of Muddy Waters」を聴いて、バンドブルースのドラムやエレキギターのショボさにガックリ来た僕は、あっという間にマディ・ウォーターズから手をひいてしまったわけですが、ある時にブルース好きの友人にそんな話をしたら、「マディ・ウォーターズはアコースティックが良いんだよ」な~んて言って、こんなレコードを紹介してくれました。それがこのレコードで、64年録音。バンドは、マディ・ウォーターズ(vo, g)、バディ・ガイ(g)、ウィリー・ディクソン(b)、クリフトン・ジェームス(dr)。というわけで編成はバンドブルースになってましたが、エレキ・ギターをキュインキュインいわしてるあのバディ・ガイまでアコースティック・ギターを弾いてるのか?!これは聴かないわけにはいきません。即買いでした(^^)。

 これは素晴らしい…。まず、2本のギターがどちらも素晴らしい。ボトルネックの金切り声のような演奏、ブルース独特のつぶやくような演奏、ブルーノートが混じる和音。そして、マディ・ウォーターズの唸るようなヴォーカル。ウィリー・ディクソンのウッド・ベースがまたいいです。ベースってどんな音楽だろうがエレキのベースギターよりアコースティックのコントラバスの方がいいと思ってしまうなあ、仮にそれがすべてピチカートだったとしても。

 特に素晴らしいと感じたのが、2本のギターだけでの弾き語り「My Captain」。2台と言っても、マディの方のギターはたまにベースを弾く程度なので、ほぼバディ・ガイのギターだけです。バディ・ガイの自在なアコースティック・ギターがつぶやくようなヴォーカルに絡みまくり、これはいい。バディ・ガイってこんなにギター上手かったのか。なんでエレキで単旋律なんて弾いてんだよ、こういう演奏してる方がぜんぜん凄いじゃん。

 これは聴き入ってしまいます、これだよ、これがブルースだよな…な~んて具合で、マディ・ウォーターズといえばシカゴのバンド・ブルースなんでしょうが、音楽的には圧倒的にアコースティックが良いという事をここでお伝えしておきたい次第でございます。これは推薦!!


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『Muddy Waters / The best of Muddy Waters』

MuddyWaters_The best of Muddy Waters 白人がカバーしたブルースじゃなくて、本物の黒人ブルースです!中でもマディ・ウォーターズは戦後のバンドブルースで一番の有名人じゃないでしょうか?!1957年録音のチェス盤で、一般的にはこれがマディ・ウォーターズでもっとも有名なアルバムじゃないかと。タイトルもそうですが、曲によって録音年が違うので、シングル盤のオムニバスなのかも。ブルースのレコードって、もともとはシングル盤をジュークボックスやラジオで聴くものだったらしいですしね。その前はあくまで酒場でやっているのを聴くもので、録音は黒人音楽の研究として行われたものが多くて一般の観賞用じゃなかったみたいですし。

 高校生の頃の僕がこのアルバムを買ったのは、ジョニー・ウインターとかジョン・メイオールとかのブルース・ロックが大好きだったから。好きが高じて、本物のブルースを聴いてみたくなったのです。そしてこのアルバム、ローリング・ストーンズのバンド名の由来になった「Rolling Stone」とか、ストーンズやフォガットが演奏していた「I Just want to make love to you」、それにブルースの曲としてもっとも有名な曲のひとつじゃないかという「Hoochie Coochie」…みんなこのアルバムに入っていたのです。もう、胸は期待でいっぱい。で、ワクワクして聴くと…渋すぎた(゚ω゚*)。このアルバムをはじめて聴いた時、僕はもうハードロックもジャズもクラシックも聴いてたんですよね。そういう音楽からすると、あまりに単純だったのです。

 でもいま聴くと、感想が違います。「プオ~ン」と轟くリトル・ウォルターのブルースハープがめっちゃくちゃカッコいい!オーティス・スパンの転がすようなブルージーなピアノがたまらんスッカスカのオケのレイドバック感が、ブルーノートと相まってしびれる! 意外とチンピラ感漂うロックな音楽で、なるほどロックが爽やかな音楽にならなかったのはアメリカのカントリーミュージックだけじゃなくてブルースにも影響を受けたからなんだな…みたいに思ったり。

 まあそんな感じで、大人になった今聞くと、やさぐれ感がカッコいいと感じましたが、若い頃はぴんと来ないアルバムで、マディ・ウォーターズとのファースト・コンタクトは、正直いってイマイチだったんです。そんなわけで、マディ・ウォーターズはこの1枚を聴いてしばらく離れていたのですが、そんな僕のマディ・ウォーターズ評を覆すレコードに遭遇しまして…その話はまた次回!


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『Grèce: Hommage À Tsitsanis - Bouzouki』

Grèce Hommage À Tsitsanis - Bouzouki フランスのオコラ原盤のギリシャのブズーキ演奏のCDです。どういうわけか、ギリシャを広く扱った民俗音楽のCD3枚にはいずれもブズーキの演奏が収録されてませんでしたが、ブズーキと言えばギリシャかバルカン半島かというぐらいの楽器ですよね。なんで民俗音楽のCDには入ってなかったんだろう。芸術音楽の扱いという事なのかな…いや、音楽の内容からしてそれはないな(^^;)。

 ブズーキというのは、ルックスも音色もちょっと大きいマンドリンみたいなリュート属の復弦楽器です。このCDでブズーキを演奏していたのはVassilis Tsitsanis さんという方で、ジャケットに映っている写真の人がその人です。演奏はブズーキ独奏のものから、最大でブズーキ、バグラマ(これもギリシャのリュート属の楽器)、ギター、歌のアンサンブルでした。

tsitsanis.jpg ポルトガルのファドやマグリブのアル・アンダルース音楽あたりと、アラビア音楽の中間ぐらいの音楽に感じました。「タクシーム」(アラビア音楽で即興の意味)なんて曲が入っていたぐらいなので、トルコ経由で入り込んでいる音楽の影響も間違いなくありそう。でもって、ファドやアル・アンダルースとの共通したものを感じる点は、地中海の海洋貿易を通して、これらの国の音楽が相互に影響しあったのかも知れませんね。アル・アンダルースもファドもこの音楽も、ちょっと古風で、打楽器が少なくて撥弦楽器のキラキラした音が鳴っていて、すごく気持ちいいから大好きです(^^)。

 ギリシャの民俗音楽のオムニバスCDのどれにも入っていなかったという事は、これをギリシャの代表的な音楽と言ってはまずいのかも知れませんが、好き嫌いで言えば僕は思いっきり好きな音楽でした。いや~現代のギリシャって色々とある地域ですが、こと音楽に関してはすごく好きな国です(^^)。これはおすすめ!


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『ギリシア北部の音楽 Musica Popolare Della Grecia Del Nord』

Girisha hokubu no ongaku これまで取り上げたギリシャの民俗音楽もののCDとちがって、これはギリシャ北部に的を絞った録音です。これまでのCDを聴いていると、ギリシャの文化は3つの地域に分けて考えられているようで、ひとつは島嶼部、ひとつはコリント湾以南のペロポネソス半島、もうひとつはコリント湾以北です。このCDでいう北部ギリシャというのは3つ目の地域のさらに北半分の国境沿いの地域で、西からエピロス(アルバニア国境沿い)、マケドニア(マケドニア国境沿い)、トラキア(北はブルガリア、東はトルコ国境沿い)の3つに分けて捉えていました。

 まず、この国境沿いは多数派を占めるギリシャ人のほか、ワラキア人、ユダヤ人、アルバニア人、スラヴ人、トルコ人が少数民族集団を形成しているんだそうです。でもって、19世紀までギリシャはトルコに支配されていたそうですが、エピロスとマケドニアの山岳地帯はギリシャの愛国主義者の拠点になって、彼らはゲリラ戦を展開してトルコに抵抗したんです。で、彼らの事を「クレフト」と呼ぶんだそうです。このへんまでが、このCDを楽しむための予備知識(^^)。

 でもって、このCDには大きく分けて3種類の音楽が入っていました。ひとつは歌、ひとつは器楽、もうひとつは舞踊音楽です。まずは歌ですが、北部ギリシャの歌で重要なもののひとつが、クレフトの歌った「クレフティコ」という歌で、叙情詩や、トルコとの戦いをうたったバラッドが含まれています。クレフティコも多分そうですが、この地域の自由リズムは「トゥ・トラぺジウ」というそうで、これは直訳すると「テーブルの歌」という意味だそうで、要するに舞踊音楽ではなくテーブルの前に座って聴く音楽という事みたい。で、これらギリシャの歌はだいたい単旋律。M4「クレフトの歌」はまさにその典型のおじさんの無伴奏独唱でしたが、これがいかにも東欧の民謡という感じでよかったなあ。そうそう、東欧の民謡って、日本の民謡にけっこう似てるんですよ!でも例外があって、多声合唱の伝統を持ってるアルバニアと接しているエピロスには多声歌もある、みたいな。それがM5「ボゴニアニの歌」で、自由リズムで歌い始めて3/8に変化させていっていました。このスタイルは北部ギリシャだけでなく、ブルガリアやグルジア、それにワラキア人が似たスタイロ歌を持ってるんだそうです。へ~、勉強になった!

Greece Epiros つづいて器楽。エピロスとマケドニアで多用されている楽器はクラリネットで、ギリシャではこれを「クラリーノ」と呼ぶんだそうです。で、クラリネットはヴァイオリンやリュート(またはギター)を含むアンサンブルの中で演奏される、みたいな。ああ、このバンドの事はTopic盤で「クンパーニャ」と呼んでたなあ。で、この音楽を担当しているのはジプシーだそうです。やっぱりそうか、そうだと思ってたんですよね(^^)。これはM3「オ・スカロス」やM6,M7などで聴かれました。ほかのCDに比べると、ユダヤ色が薄くてジプシー色が強いと感じました。
 似たようなアンサンブル形式の音楽では、トルコ系の「ジイーア」というアンサンブルによるものがありました(M8)。これ、楽器編成的にはクンパーニャのクラリーノがオーボエに変わっただけに聴こえましたが、なるほど確かに曲想はトルコ系に感じました。
 羊飼いのフルートも有名で、これをワラキア人は「ツァマラ」、マケドニアの人は「カヴァリ」と呼ぶんだそうです。このCDではM2「ミロロイ(哀歌)」というのがそれで、ナーイの演奏とそっくりだったので、きっとトルコから入ってきたんじゃないかな、みたいな。
 フィドル系のリラという楽器もよく使われていて、その一番一般的なものは黒海南岸のポントス地方からギリシャ人によってもたらされたもので、マケドニアとトラキアに伝わったそうです。

 最後にダンス。エピロスとマケドニアの山岳地帯の村は孤立しているので、それぞれの村落が民俗舞踊を持っているんだそうです。ああ、この辺は東欧と似た状況なんですね(^^)。でもギリシャ北部特有のリズムや舞踊音楽というのはあまりないそうです。

 そして、上の3つを全部含んだものもあって、このCDだと1曲目の「私は葡萄畑へ行く」という曲が、単旋律の歌があり、クンパーニャが伴奏していて、そしてダンスであるという、まさに3つの融合。ちなみにこのダンスは「ベラトのダンス」と呼ばれるもので、エピロス全域で聴けるんだそうです。

 上のどれにも入っていない11曲目のバグパイプの演奏も面白かったです。スコットランドのバグパイプとは違って、ドローンは切れ目なく最後まで同じ音を出し続け、旋律パートはものすごくアラビア風。いやあ、これはカッコいい、バグパイプ版のマカームかドゥルパドのようでした。

 このCD、原盤はアルバトロスというイタリアの民俗音楽のレーベルなのですが、僕が持っているCDは日本のキングレコードが解説を日本語訳してディストリビュートしたもので、この解説が詳しくて素晴らしかったです!今回、解説を読みながら何回も繰り返し聞いてしまいましたが、 解説のほかにも、録音がいい、取り上げた音楽が偏ってないなど、実に素晴らしいCDでした。大推薦のCDですが解説がないと魅力半減だと思うので、できれば日本解説つきの日本盤がおすすめです(^^)。


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『ギリシャの民族音楽 -エーゲ海の宴』

Girisha no ongaku Egekai no utage キングレコード原盤のギリシャの音楽のCDです。これもギリシャ全土の民族音楽が色々と採取してあって、なかなか面白いCDでした(^^)。これまでのCDに比べると、少しだけ島嶼部の音楽が多めに入ってるのかな?

 クレタ島やカルパトス島(クレタ島とロードス島の間にある小さな島)の舞踊音楽が、トルコ音楽にすごく似ているのが驚きでした。と思って地図で見ると…なるほど、実際にトルコに近いんですね。かつてはオスマントルコに占領されていたというのも音楽に出てるのかも、みたいな。
 一方で、ナクソス島のカップルダンスやコルフ島の男女混声のフォークミュージックなんかは東欧のフォークダンスみたいな雰囲気で、フォークギターの伴奏にフィドル歌が楽しく歌いまくってる、みたいな。

 個人的に好きだったのは、ギリシャ北西部の音楽だという11曲目のクラリネットとギター(?)の「挽歌」という曲。これはジプシーバンドの演奏という印象はまったくなく、コーカサスの音楽とかカラコルム山脈の音楽とか、ああいう印象すら覚えてしまいました。ギターがずっと同じ音のドローンを奏でているんですが、高地で延々と続く笛の音、みたいな感じなのです。いや~これは独特の情緒がある曲だなあ、素晴らしいです。。

 ほかにも、僕的にはギリシャと言えばこれというブズーキの演奏や、羊飼いのフルート、例によってジプシー系のクラリネット・バンドなど、この前感想を書いたのキング盤『オリエント残照』やTopic盤と同じように、いろんな音楽が混在している地域なんだな、みたいな。昔このCDを聴いた時には、「つまらないな」と思ってしまったんですが、きっとイメージした古代ギリシャの音楽とのギャップに戸惑ったり、あまりにバラエティに富みすぎて理解することが出来なかったんじゃないかと。いま聞くと、実に多彩で面白かったです(^^)。


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『オリエント残照 ~ギリシャの音楽』

OrientZanshou Girisha no ongaku これもギリシャ全土の民俗音楽を収録したCDですが、1973年録音でTOPIC盤よりちょっと新しいです。監修が日本の民族音楽研究の第一人者の小泉文夫さんなので、解説がしっかりしていてすごくよかった!あ、誤解を受けないように言うと、Topic盤も素晴らしい解説でした。このCDも音楽が地域別にまとめられていましたが、Topic盤より細かく7地域に分類されていました。

 クレタ島の音楽。クレタ島というと、エーゲ海の真珠的な古風なヨーロッパ文明的な音楽が聴けるのかと思いきや、ジプシーバンドがアラビア音楽をやったような演奏でびっくりした(^^;)。Topic版でもそう思ったんですが、僕のギリシャ音楽の第一印象はジプシーバンド、クレズマーバンド、アラビア民俗音楽の共存です(^^)。4曲目「ヒトラーよ奢るな」なんて、マカーム使ってるんじゃないかなあ。。

 マケドニアの音楽。マケドニアはギリシ北部にあって、そこにあるアレキサンドリア村の音楽は、ダウールというバレルドラムが鳴り響いて、その前でズルナ(ダブルリード楽器)がピロピロいっているので、まるでトルコの軍楽みたいでした。

 マケドニアのテッサロニキ市の音楽は、フィドルと掛け声によるもので、ジプシー系の舞踊音楽に聴こえました。実際、ステップの音とか入ってるしね。フラメンコにかなり近い舞踊音楽でしたが、ヨーロッパを移動して歩いた遊芸民が持っている音楽なので、実際につながってるんでしょうね。これはカッコよかった!

 カト・パナイア地方の音楽は、打弦楽器と(恐らく復弦の)撥弦楽器の合奏で、ムードはまるでポルトガルのファドのよう。マジでギリシャの音楽はいろんなものが混在していて訳が分からない…でもどれもいい音楽という所がすごいです。。

 エピルス地方の音楽は、クラリネット中心のバンド音楽で、ユダヤのクレズマーとパキスタンの大衆音楽が融合したような音楽でした。

 ルメリ地方メガラ地方の音楽。ルメリ地方の音楽は、TOPIC盤にも記録されてましたが、このキング盤に入っていたのはギリシャを代表する踊りだというツァコニコスという5/4拍子の舞踊音楽。舞踊音楽と言ってもマケドニアのフラメンコのようなものではなくて、インドやアラビアの宮廷音楽のような雰囲気でした。この雰囲気はメガラ地方も同じでしたが、これはハープ属の音楽がそういう雰囲気を出しているだけなのかも(^^;)。

 モレアス地方の音楽はフュージョンしていて、ギリシャ的なギターフォーク音楽(僕はシャンソンのムスタキを聴いて以来、ギリシャにはギターフォークが結構根付いていた時期があると勝手に思い込んでます^^)、トルコ系の打楽器、ルメリやメカラの宮廷風音楽、そしてクレズマー系の音楽がちゃんぽん、みたいな。

 ギリシャの民俗音楽全般を扱ったTOPIC盤とこのキング盤を聴いて思うのは、今のギリシャの伝統音楽というのは、古代ギリシャの音楽とはまったく違うんですね。ギリシャって、哲学でも音楽でも演劇でもヨーロッパの重要な震源地だったと思うのですが、その伝統が一度ぶっ壊されて引き継がれず、まったく違う文化が入ってきたという事を聴いたことがありますが、それが事実だという事を身を持って体験できたCDでした。そして、音楽だけで判断すると、ギリシャって素朴な市民文化(東欧的な民謡)の上に、トルコやアラビア文化が覆いかぶさり、ユダヤ人も食い込み、ジプシーが通り過ぎていき…みたいな国なのかも。西欧の音楽をあまり感じなかったので、人の流れは西欧からギリシャに来ることはなくて、ギリシャから西へと流れるのかも…ギリシャやバルカン半島にもあるジプシー系の音楽がインド~イランの流れである事からするとそんな気がします。というわけで、なんだか今のギリシャ事情を音楽で知ることが出来たような、CDでした。バラエティに富んでいて楽しかったです!


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プロフィール

Bach Bach

Author:Bach Bach
神戸住まい、奥さんとネコと暮らす音楽好きです。音大は卒業したのですが、成績はトホホ状態でした(*゚ー゚)

ずっとつきあってきたCDやビデオの備忘録をつけようと思い、ブログをはじめてみました。趣味で書いている程度ですが、いい音楽、いい映画、いい本などを探している方の参考にでもなれば、大変嬉しく思います(ノ^-^)ノ

最近気になってるCDとか本とか映画とか
intoxicateに載っていた1枚。「Vyacheslav Artyomov」、ロシアの作曲家は名前が読めなくってムズカシイ。。「ヴャチェスラーフ・アルチョーモフ」と読むらしいです。伝説の「フレンニコフの7人」のひとりとの事ですが、それって何かすら僕は知らず(^^;)。作風的には初期は新古典的、後に民族的な様式、十二音技法や、複調性、ミニマルなんかも用いたみたい。ロシアの前衛は強烈なものが多いので、聴いてみたいです。アマゾンで買おうと思ったらダウンロード版しかなかった(;_;)。 オスマン時代から現代までのトルコ音楽のガイド本みたいです。おおお~、これは絶対に読もう!!
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