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心に残った音楽♪

おすすめCDの紹介のほか、本や映画の感想などを (*^ー゜)v

 

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『イスラエルの音楽 Israël: Traditions Liturgiques Des Communautés Juives 1 / Les Jours Du Kippur』

Israel no ongaku イスラエル、今では唯一のユダヤ教国家ですが(といいつつも元々その地に住んでいたイスラム教徒もいっぱいいるらしいです)、イスラム教の聖地も、キリスト教の聖地もここにあります。思想的な意味では、西洋と西アジア世界は、3000年以上にわたってイスラエルを中心に動いてきたのではないでしょうか。これはフランスのOcoraから発売された、イスラエルの宗教音楽のCDです。1977年にラジオフランスが現地で録音したもので、日本ではキングレコードが「世界民族音楽大集成」の38巻としてリリースした事もあります。

 収録されているのは、すべてユダヤ教のスリホトの祈りでした。スリホトというのは、年の終わりの1週間~40日間(この長さは共同体によって違う)の明け方に繰り返される、その年の懺悔の祈りの事だそうです。夜中の3時ごろ、まだ日もささない闇の中で小さなグループが形作られて、スリホトが唱えられはじめるんだそうです。嘆きの壁の録音では、合唱の合間に、遠くからまた合唱がきこえるのがリアル。なるほどいくつものグループが唱えてるんですね。。

 収録されたスリホトは全部で4つ。最初の2つが嘆きの壁で録音されたイエメン系共同体のもので、残りのふたつはエルサレムで録音されたブハラ系共同体のもの。このふたつの共同体は…ちょいと世界史を思い出さないといけないんですが、イスラエル国家の成立自体が2次大戦後と最近の事。あの「分割して統治せよ」といって、世界各地で兄弟げんかをさせて支配しようとした悪魔のクソ国家イギリス政府の二枚舌外交が引き金となって、国を持たなかったユダヤ教徒が、イギリスが約束したユダヤ教の聖地に国家を作ったのがその始まり。そして、国が出来てすぐにイスラエル政府が行ったのが、そこら中に散らばっていたユダヤ教徒をイスラエルに集める事で、そのひとつがイエメン系、もうひとつがブハラ系というわけです。ところでイエメン系って、あのアラビア半島の最南端にあるイエメン共和国にいたユダヤ人という事でしょうか。本当に世界中に散らばってるんだな。ニューヨークの金融業を押さえているのはほとんでユダヤ人だなんて聞いたこともありますが、本当なんですかね。。

Israeru_nageki no kabe どれも無伴奏合唱(ブハラの1曲だけ羊の角笛の音が混じってました)。合唱といっていいのかどうか…節はついてるんですが、音楽というよりあくまで祈祷という感じ。実際に祈祷なんですからそりゃそうか(^^;)。
 イエメン系の方は、祈祷のリーダーみたいな人が祈祷文を唱えて、それを追いかけるように皆の衆がついていく感じ。ブハラ系より高度な祈祷に感じました。その理由って何なんだろうかというと…イエメンは離れていたので、モーゼ五書は読んでるもののタルムード(ユダヤ教の律法書)は知らず、かわりにゾハール(ユダヤ神秘主義カバラの中心文書)の研究に秀でていたそうで。つまり、独自の進化を遂げたユダヤ集団なんですね。
 一方のブハラ系は、もともとウズベキスタンのブハラに住んでいた人たちの事で、19世紀にパレスチナ一帯に広がっていたそうです。そのうちのユダヤ教徒たちがイスラエルに集結したという事かな?こっちは密教系ではないようで、みんなでシナゴーグ(キリスト教の教会、イスラム教のモスクのようなもの?)に集まってスリホトを唱えている、みたいな感じでした。しかし、子どもの声も混じってるのですが、子どもですら文言を全部覚えているのはすごい。。ああでも、僕も子供の頃は日曜学校で般若心経を覚えさせられて全文暗記していたから、出来ない事ではないのか。

 さて、政治に宗教という2大アンタッチャブルなネタに触れてしまった今回の日記ですが、これは僕たちが日常的に接している娯楽音楽ではなく、人類の智慧や歴史そのもの。好きとか嫌いではなく、これは聴いておかないといけないものではないかと。イスラエルの年末の明け方の嘆きの壁やシナゴーグを体感できる、ものすごいCDです。


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DSDってなんだ?

DSD.jpg ハイレゾ音源にDSD なる規格があります。録音の記録方式の事らしくて、SACD なんかで採用されているらしいですが、これって何なんでしょう。

■ビット数を減らし、かわりにサンプリング周波数を多くとる事で、音が良くなる…らしい

 CDなど多くのデジタルオーディオはPCM方式というのを使ってます。CDだと、16bit44.1kHzがレギュレーション。一方、DSDはビット数を1bit固定にして、代わりにサンプリング周波数を多くとるんだそうな。何故これで音が良くなるかは、色々調べたけど理解できませんでした(^^;)>。

■長所と弱点

 いい点は、周波数帯域を100kHzまでカバーするところ。悪い点は、主に3つ。1.高周波になると量子化ノイズが増える、2. 1ビットを高速伝送できるケーブルが必要、3.ミキシングやイコライジングが出来ない、みたい。

■サンプリング周波数のバリエーション

 PCMと同じように、サンプリング周波数を変えられるようで、以下が主なバリエーションです。うしろに、PCM録音のどれぐらいに相当するかを書いておきます。

DSD64 DSD 2.8MHz PCM変換176.4kHz(192kHz対応DACが必要)
DSD128 DSD 5.6MHz PCM変換352.8kHz(384kHz対応DACが必要)
DSD256 DSD 11.2Mhz PCM変換 705.6kHz(768kHz対応DACが必要)

■DSD をアナログまたはPCMに変換する方法

 DSD は(少なくとも今は)一般的でないもので、PCM 変換できないか…そう思って、色々調べてみました。すると、TEACが「TEAC Hi-Res Editor」なるものを無料で配布していました。ありがとう、TEAC!
https://teac.jp/jp/product/teac_hi-res_editor/top
 また、PCM とDSD の双方に対応したレコーダー/プレイヤー/AD-DAコンバーターとしては、TASCAMのDA-3000 というマシンがあるみたいです。おおーこれは凄い!
https://tascam.jp/jp/product/da-3000/top

 DSD というものを、同じ録音でDSDと、それをPCM化したもののふたつを機比べさせていただく機会がありました。あーんるほど、上の方がすごくきれいなんですね。で、それでどう感じるかと言うと、実際の音により近い感じ。でも、実際の音に近いとどうなるかというと、音楽に使っているだけのを抽出してなくて、余計なものも全部入ってる、みたいな。これは「DSD の方が音が良い」というより、「DSD の方が実際の音に近い」という所が正解なのかも。


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『ロス・インディオス・タクナウ Los Indios Tacunau』

Los Indios Tacunau_Best Now アルゼンチンのギター系フォルクローレとして知られているグループです。ギター・デュオのロス・インディオス・タクナウ、上手いです!それでいてテクニックより歌っている演奏表現に耳が行く所が素晴らしい。そうそうこの二人、実際の兄弟なんだそうです。

 見た目から推測するに、エドゥアルド・ファルーやアタワルパ・ユパンキと違って、白人ではなくてメスティーソ(スペイン人とインディオの混血)みたい。なるほど、それでフォルクローレとスペイン系クラシック・ギターのあいのこみたいな芸風なのか。このベスト盤がそうなだけかも知れませんが、「コンドルは飛んでいく」みたいなインディオ系フォルクローレも演奏しているし、「霊感」や「エル・チョクロ」といったタンゴも演奏していますし、中南米の音楽は何でもやっちゃう感じでした。あんまり先鋭的でもアーティスト的な主張の強さもなくて、有名曲を名人技で聴かせるエンターテイメントなプロ楽団と感じました。

 なにより素晴らしかったのは演奏。べらぼうにうまくて、ものすごくテクニカルに聴こえたんですが、よく聴くとひとりが伴奏でひとりが旋律なので、意外と難易度は高くないのかも。旋律パートがピックで弾いてるのでものすごく旋律が立って聴こえるんだな。それがどうしてこんなにうまく聴こえるのか考えてみたところ、ふたりのシンクロ具合が「うまい!」と感じさせるのかも。「白い小鳩」なんてけっこうリットやアッチェルが出てきて変幻自在なんですが、ピッタリなんですよ!

 僕はこのグループの名前は知ってたんですがCDがなかなか手に入らず。ある時、雑貨屋の中古CDコーナーで100円で売っていたのをゲットしたのでした。いかにも安っぽそうなジャケットですし、安っぽく作ると安く見られるという事かな?このジャケットに購買意欲をそそられる事なんてありえないですよね(^^;)。人間は見た目8割でものを判断すると胆に銘じておかないと…。


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『Atahualpa Yupanqui / Mi rancho』

Atahualpa Yupanqui_Mi rancho アタウアルパ・ユパンキが戦後はじめてアルゼンチン・フォルクローレを体系化した最初の人であり、卓越した演奏技術を持つ巨匠である事は、レコードを何枚か聴いてまったく納得のいくものでした。でも、詞や音楽の雰囲気で伝えようとしているものはともかく、音楽のフォルムが古く感じてしまったもので、戦前録音とか戦後すぐではない録音を聴いてみたいと思ってました。マイルス・デイビスみたいな人ですら10年20年経つと大きく変わりますからね。というわけで、これはEMIから1977年に発表されたアルバムです。

 でも、20年たってもあんまり変わってなかった(^^;)。ユパンキはマイルスというよりジュリエット・グレコみたいな人だったんだな。。でも、僕がきいたユパンキのアルバムの中では、これが一番良かったです。このアルバムはギターというより弾き語り、それも歌という感じが一番強くて、なるほど民族や市民の感情をたしかに音楽で表現していたのかも

 僕的にはやっぱりオールドファッションに感じる音楽でしたが、フォルクローレというもの自体がオールドファッションという事を含んでいると思うので、派手なものを望むこと自体が見当違いなのかも。個人的には少なくともメルセデス・ソーサぐらいまでモダン化してくれていた方が嬉しく感じましたが、古典は古典として存在することに意義があるのかも。ユパンキはアルゼンチン・フォルクローレの古典なのかも知れません。

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『Atahualpa Yupanqui / Camino del indio』

Atahualpa Yupanqui Camino del indio アルゼンチン・フォルクローレの巨匠アタウアルパ・ユパンキの録音がLPで紹介されるようになった最初期のものです。気をつけないといけないのは、同じタイトルでOdeon発表の10インチ盤があるはず。こっちはRCA発表の12インチ盤、1957年発表です。

 アタウアルパ・ユパンキはギター演奏のテクニックがほとんどクラシックのものなので、ギター音楽好きの僕はついついギターのテクニックに耳が行ってしまうのですが、実はアルゼンチン中を放浪してフォルクローレを採取してまわったそうです。なるほど、これだけギターがうまいのに弾き語りを続けたのは、音楽というよりもアルゼンチンやアルゼンチンのフォークロアに対する思いがあったからなのかも。音楽がけっこう保守的なんですが、音楽ではなくてフォルクローレの心を追及していたのかも知れません。

 ただ、どうしても音楽を聴いてしまう僕的には、これはちょっと保守すぎたかな?スペイン語、分かりませんしね(^^;)。。まあ戦後まもなくの音楽ですし、その頃のアルゼンチンの状況といったら想像するだけでもシャレにならない状況だったと思うので、市民の悲しみを歌に込めるみたいなものが優先してくるのは自然な事かも知れません。美空ひばりやエディット・ピアフ的な意味で(^^)。


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『アタウアルパ・ユパンキ / 1936~1950』

AtahualpaYupanqui_1936-1950.jpg ギターインストのアルゼンチン・フォルクローレといえばこの人、アタウアルパ・ユパンキです!エドゥアルド・ファルーもそうですが、ユパンキも古い人なうえにアルゼンチンのミュージシャンなので、初期の活動は12 inchレコードの時代ではない上に原盤が残っていないようで、今では入手困難。仮に手に入るにしても10インチ盤はマニアでない僕にはちと辛い(^^;)。というわけで、これは初期のユパンキの録音をうまくまとめてくれた好編集盤!ユパンキの初録音とされる「インディオの道」「マングルジャンド」の2曲を発掘して収録してるほか、アルバムという形で発表されなかった時代のユパンキの録音も収録されてました。いい仕事してるなあ(^^)。

 フォルクローレという言葉から合衆国のフォーク・ミュージックや「コンドルは飛んでいく」みたいなアンデス系のフォルクローレを想像すると、ぜんぜん違うので面くらいます(^^;)。これはギターのシロウトの僕にとってはほとんどクラシック・ギターです。イエペスの「禁じられた遊び」みたいな古いクラシック・ギター音楽ってあるじゃないですか、あんな感じです。弾き語りの曲とインストが半々ぐらいですが、弾き語りのものもやっぱりクラシック・ギター調。一口にアルゼンチン・フォルクローレといってもアンデスのものとちょっと違って幅が広い音楽だと感じますが、このクラシックギター調の弾き語りという伝統はユパンキさんとファルーさんから連なってるんでしょうね。

 そういう古き良き…みたいな雰囲気を持ってるんですが、ユパンキは革命運動に参加し、軍事政権に反発して共産党に入党。これで危険人物としてブラックリストに名が刻まれて48年にフランスへ亡命。こういう人なので、詞の内容は優雅な曲想とはちょっと違ったものがありました。「年経たサンバ」に出てくる「希望を追いかけて行ってしまった私の心はどこにある?」なんて詞はロマン派詩なんかではなくてリアルに亡命の比喩なんじゃないかと感じました。あ、そうそう、フランス亡命中のユパンキはエディット・ピアフと親しくなったそうですが、亡命中の音源がこのCDには8曲入っていて、「ポルテスエロの想い出」なんかはシャンソンと似た作りの歌い回しと曲想でした。

 ユパンキは芸歴の長い人なので、フォルクローレに疎い僕はどこから手をつけて分からない状態だったんですが、デビューから戦後しばらくはこのCDさえあればバッチリじゃないかと!素晴らしい解説と編集ですが、なにせインディーズレーベルの制作なので今では入手困難かも。聴きたい方は見かけたら速攻でゲッチュだ!


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『ヒンデミット:ルードゥス・トナリス アナトリー・ヴェデルニコフ(p)』

Hindemith_Vedernikov.jpg ヒンデミットの作品で紹介してない大事なものがありました!CDの正式なタイトルは、『ヴェデルニコフの芸術―14 ~ヒンデミット』です。収録は「ルードゥス・トナリス(対位法、調整機能、ピアノ演奏の研究)」で、ヒンデミットのピアノ曲の代表的なもの。タイトルが示しているように、ピアノの練習や研究に書かれています。ピアノで演奏可能なある作曲技法の研究作品って、有名なものだとバッハの「平均律クラヴィーア」がありますが、近現代ではバルトークの「ミクロコスモス」とこの曲が有名です。この曲、まさにバッハの平均律クラヴィーアの現代版みたいな構成で、前奏曲と後奏曲を挟んで、フーガと間奏曲がそれぞれ12調12曲、全24曲演奏されます。ちょっと前に「ヒンデミットはアーティストというより研究家肌の人だ」みたいに書きましたが、こういう曲を書くなんて、まさにそうですよね。

 バルトークの「ミクロコスモス」もそうですが、この手の曲って最初は「あ、なんだこんなもんか」みたいに始まるので舐めてしまいがちですが、あとからあとからすごいのが出てきます。作曲上の技巧だけじゃなくて、独特の響きをする曲も出てきて、演奏せずに鑑賞しているだけても強烈に引き込まれました。9番目の間奏曲なんてビル・エヴァンス以降のモダン・ジャズみたいだし…って、この曲書かれたのって1942年ですよね、すごい…。第10フーガや11フーガあたりまで来ると、調的な重力は感じますが、もうほとんど現代音楽のようで不思議な感覚。ヒンデミットの考える和声法というのがちょっと分かったような気がしした(気がしただけです^^;)。

 アナトリー・ヴェデルニコフは、第2次大戦前のロシアのピアニストで、伝説の人です。9歳でリサイタルを開き、12歳でディアベッリ変奏曲のリサイタルを弾いたほどだったそうです。でも、ロシア政府のいう事をきかなかったヴェデルニコフは国外でのリサイタルを開く事が出来ず、逸話だけが残っているような状態。そんなわけで、このCDも隠し撮りなのかというほどに音が悪いっす(^^;)。でも、ヴェデルニコフの演奏を聴いてみたかった僕はこのCDに手を出し、やっぱり演奏は見事。たぶんこのCDは「ルードゥス・ㇳナリス」ではなくてヴェデルニコフの演奏が聴けるのが売りで発売されたものでしょうしね。ヴェデルニコフ、情感たっぷりのタイプではなくクールです。かっこいい。
 ヒンデミットのルードゥス・ㇳナリスは音大レベルでクラシックのピアノをやった人はみんな知ってる曲と思うんですが、録音が少ないです。そんなわけで、ヴェデルニコフとルードゥス・ㇳナリスを同時に聴ける貴重なCDじゃないかと!


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『ヒンデミット Hindemith: The 3 Piano Sonatas グールド(p)』

Hindemith _3 Piano Sonatas_Gould ヒンデミットではこんな音楽も聴いたことがあります。音大生の頃にピアニストのグレン・グールドに狂った時期がありまして、バッハやシェーンベルクだけでなくて他の作曲家のピアノ曲の演奏も聴いてみたい、出来れば近現代で…と思っていたところに出くわしたのがこのCDでした。だから、近現代の作曲家ならヒンデミットでなくても良かったわけで、偶然の出会いだったんですね(^^)。

 正直に言うと、最初にヒンデミットの3曲のピアノ・ソナタを聴いた時の印象は良くありませんでした。だから、どういう曲だったのかすら覚えていない始末(^^;)>。。ところが久々に聴いたら…なんだこの音楽は、調は感じるけど従来の調性感覚と違う、半音階作曲ってこんなことも出来るのか?!すげえ、度肝を抜かれたよ…。

 半音階法といっても、ヒンデミットの場合は別の作曲法を構成したわけではなく、従来の全音階な機能和声法を拡張してそこにたどり着いているので(ヒンデミット著『作曲の手引』を読むとそれが良く分かります)、古典派以降のクラシックのような音楽も作れてしまいます。問題は、そこから踏み込んで経過音や付加和音というレベルでないところで半音階を使うとどうなるか、という所。3つのピアノ・ソナタは、それが堪能できる曲でした。

 ピアノ・ソナタ1番は5楽章で出来ていましたが、1楽章はかなり普通の調性感覚。2楽章の途中で少しだけ「あれ?」って思い始めて、3楽章では完全に「これは凄いだろ」、4楽章の冒頭は無調に近い(感覚上の話です)、みたいな。どんどん深く入っていきました。ちなみに1番の2~4楽章は全部好き、名曲だと思ってます。
 ピアノ・ソナタ2番は4楽章で、冒頭から独特な調性感覚、すべての楽章が素晴らしい!特に最終楽章のロンドが…いや、ぜんぶ素晴らしいです。これも名曲。
 ピアノ・ソナタ3番も4楽章制、これも独特の音楽…なんという音楽だろう、素晴らしすぎる。特に1楽章が好きです。ところで、1番から3番まで、ちょくちょくアジア音楽的に感じる場所があるのは4度の使い方なのかな…ちょっとよく分かりませんが、アナリーゼしてみたら絶対に面白いはず(^^;)。

 面白いのは、最初に聴くと「あれ?」って思うのに、面白くてもう1度聴くと、不思議な調性感覚だと思っていた部分が、そう感じられなくなっていた事でした。1度目で不思議に感じるのは他の音楽と比較してそう感じ、2度目はこの音楽の調性感覚の中での感じ方なのかも。
 若い時に苦手だと思ったのは、前衛にしては従来の西洋音楽の調性感が強すぎ、従来の音楽にしては音痴に感じたところだったのかも。あと、グールドが構造を感じやすくする見事な解釈の演奏をしているんですが、若い頃はそれがゴツゴツした演奏に感じて、もっとレガートに歌うように演奏したらいいのに、と思ったのかも。そういう演奏も聴いてみたいですが、この曲、あんまり録音がないんですよね。ただでさえ難しそうな曲だしな(^^;)。

 ヒンデミットはシェーンベルクとはまた違う角度から西洋音楽に出来る事の可能性を広げた偉大な作曲家だと思います。ドミナントを耳で感じられて、構造が捉まえられないと、「なんだこれ」で終わってしまう可能性もあると思うんですが(19の頃の僕がきっとそうだった^^;)、半音階法以上の作曲の勉強をした人とか、そういうところを越えてきた人は感覚的にも知的にも相当に興奮を覚える音楽と演奏じゃないかと。ピアノ・ソナタ3曲は、音楽の文法の拡張という面から見たヒンデミットの傑作のひとつじゃないかと感じました。これは室内音楽に並んで推薦!!


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『ヒンデミット:交響曲《画家マティス》、管弦楽組曲《至高の幻想》、ウェーバーの主題による交響的変容 アバド指揮、ベルリンフィル』

Hindemith_GakaMatis_Abbado BerlinPhil 表現主義、新古典主義、即物主義、実用音楽…時代によって色んな呼ばれ方をする人なので、ヒンデミットがどういう音楽を書く人なの、最初はさっぱり見当がつきませんでした。なにから聴いていいかすら分からず(T_T)。そして最初に手をつけたのが、名前だけは知っていた「画家マティス」でした。

 「画家マティス」はもともとオペラですが、このCDに入ってるのは演奏会用に構成し直した交響曲版です。はじめて聴いた時は肩透かしを食った気分がしました。ヒンデミットは僕が現代音楽の勉強をしている頃に出てきた名前だったもんで、刺激的な現代音楽的なものを期待してたのに、普通のロマン派音楽に聴こえたから(^^;)。普通のロマン派といっても、リディアンっぽい音階を使ったり、部分的にフーガっぽくなったりするんですけどね。でも、リディア調にしてもフーガもそれでひとつの構造を作るんじゃなくって、曲のあるシーンがそうなるという多様式的な使い方であって、情景を音楽で描いて移り変わってくこのやり方自体は思いっきりロマン派だよな…と感じたのです。そういう意味で、「画家マティス」のヒンデミットは、僕的には後期ロマン派であって、新古典とか即物主義とか実用音楽と言われてもピンと来ませんでした。そしてこの傾向は、このCDに入ってる「至高の幻想」も「ウェーバーの主題による交響的変容」もそうです。よく考えたら、「即物主義」も「実用音楽」も、「新古典」とか「バロック」みたいに書法に直接関わる言葉じゃないですよね。あ、ちなみにですが、あんまり深く考えずに管弦楽曲として聴いたら、どれもメチャクチャよく出来てる音楽だと思います。

 気をつけないといけないのは、有名な≪画家マティス≫を聴いて「これがヒンデミットの音楽か」と思いすぎない事じゃないかと。もちろんこれもヒンデミットの音楽ですが、ぜんぜん違う事もやってたりするし、むしろヒンデミットの素晴らしさはこういう「典型的なクラシック」なものではないと思うので、決めつけない方がいいかも。「室内音楽」の1番から7番までを通しで聴いた方が、むしろヒンデミットさんの考えを理解しやすい気がするんですよね。個人的には、ヒンデミットにとっての『画家マティス』は、バルトークにとっての「青ひげ公の城」ぐらいの位置にあたる作品だと思ってます。


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『ヒンデミット:室内音楽選集 1番、4番、5番 アバド指揮ベルリンフィル』

Hindemith SitunaiOngaku 1-4-5_Abbado 晴らしかった作曲本『作曲の手引』を書いたヒンデミットの実際の音楽をちょっと紹介。19世紀と20世紀をまたぎ、後期ロマン派から現代音楽の時代をリアルタイムで経験した作曲家は、作風を掴むのが難しい人が多いです。ベートーベンならソナタ、ブラームスならロマン派、ドビュッシーなら印象派…な~んてある程度分かりやすく把握もできるけど、1890年あたりから1970年あたりまでを生きた作曲家の作風は時代でコロコロ変わる事が少なくないです。ヒンデミットもそのひとりで、有名な「画家マティス」を聴いた時、僕は「あ~新古典主義から現代音楽の間ぐらいときいてたけど意外と普通で保守的だな…」な~んて思ったのでした。その考えをひっくり返されたのが、この「室内音楽 Kammermusik」。ヒンデミットはKammermusik を第7番まで書いていますが、このCDはそのうちの1・4・5番が入ってます。

 ヒンデミットの「室内音楽」(楽器編成の事ではなくて、こういうタイトルの曲なんです)は、曲ごとに編成もやる事も変わります。たとえば1番「12の独奏楽器のための室内音楽」は、クラシック室内楽とナイトクラブの軽音楽のチャンポンみたいな音楽。しかも打楽器やらハルモニウムやらまで鳴り響くので、ナイトクラブで行われたダダの騒音音楽イベントみたいに聴こえたりして。ところが4番「独奏ヴァイオリンと大編成室内管弦楽のための室内音楽」になると、奇妙なオスティナートと金管楽器のファンファーレから始まるエキセントリックさは感じるものの、独奏楽器を中心に据えた協奏曲になります。第5番となると、エキセントリックさの中に混じって、ロマン派音楽として捉えても恐ろしく見事な室内協奏曲が混じってきます。

 ヒンデミットって多彩な人だったそうで、ヴァイオリンやヴィオラといった弦楽器を演奏すればソリスト級のうまさ、他にも演奏できる楽器多数。作曲はロマン派・新古典・実験音楽から軽音楽まで書きこなし、音楽教育にも積極的です。こういう所からして、アーティストなだけではなく音楽博士とか研究家肌の人でもあって、彼の音楽は良い音楽を探求したというよりも何が音楽かを探求したんじゃないか…な~んて思うのです。このCDで感じるヒンデミットの音楽は、バッハのカノンシェーンベルクの12音列技法のように、作曲技法を根底から作り上げたものではなく、当時のステレオタイプだった機能和声音楽の内側に入って、その横をつなぐ方法に対位法みたいな方法を使ってみたり普通に機能和声を鳴らしたりして、デフォルメしていっているように聴こえます。
 室内音楽の1番が書かれたのは1915年で、ストラヴィンスキー「春の祭典」と同じ年、バルトークはまだ「かかし王子」を書いている頃で弦チェレ前夜。ラヴェルの「ラ・ヴァルス」もシェーンベルクの「5つのピアノ小品」も登場前。そういう時期にこのエキセントリックさですから、音楽そのものも面白いですが、「もういい加減にブラームスのバリエーションみたいな音楽を作り続けるのはやめようぜ、もううんざりだよ」という意志表明をした一面も強くあった気がします。後期ロマン派の代表的作曲家のR.シュトラウスがロマン派のムードたっぷりのオペラを量産していた時期にこういう音楽をやっていたという事を想像すると…めっちゃパンクでヒップだわ(^^)。僕的には、ヒンデミットの音楽を知りたいなら、「画家マティス」より「室内音楽」を先に聴く事をおすすめしたいです。特に第1番と第4番は必聴じゃないでしょうか?!


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書籍『旋律学』 エルンスト・トッホ著、武川寛海訳

Senritugaku_Tohho.jpg ヒンデミット『作曲の手引』以外の本で旋律論を述べた本では、こんなものもありました。トッホ著、その名もずばり『旋律学』!トッハは19~20世紀のオーストリアの作曲家で、戦争の時にナチから逃げて後にアメリカに亡命しています。旋律そのものの作曲法で1冊を費やした本って、僕はこの本しか知らないです。そして、すごく勉強になりました!

 クラシックをベースにした旋律の教科書ですが、ほとんど機能和声について書かれているので、普通の西洋ポピュラーやジャズでもまったく問題なく使えると思います。章の構成はこんな感じでした。

 1章:序説/2章:旋律の概念/3章:直線/4章:波状線/5章:旋律と律動の弾力性/6章:和声法の支配下にある旋律/7章:旋律構成手段としての非和声音/8章:連打と阻止・旋律の視点/9章:律動雑考

 かなり基礎的な事からセオリー化していました。例えば、「旋律にとっては音高よりも律動の方がはるかに重要」とか、「スケールを直線に登るときは主音から始めない」とか。こういう所から丁寧に書いてくれている所が素晴らしかったです。さらに、参考として引用されている実際の曲の多さも素晴らしいです!やっぱり実際のスコアを見せられると「ああ、なるほど」と思えていいですね(^^)。

 言われてみれば「なんだ、そりゃそうだよな」と思うかもしれませんが、基礎的な事をきちんとセオリー化できるかどうかが重要だと思うんですよね。例えば、「スケールを直線に登るときは主音から始めない」って、当たり前と言えばそれまでですが、知らない人にとっては金言のはず。僕だって、ジャズのアドリブの勉強をしてなかったら、これを当たり前だと思えたかどうか…。また、この本を読んで「あ、僕の作曲は音高ばかりに気をとられて律動が作曲できてないんだな」と思い知らされることにもなりました。マジで読んでよかったと思います。
 いずれの点にしても、知らない人は他の曲を分析し、何十曲と書く中で「主音から始めない方がいいんだな」と、相当な時間を使ってからそれぞれのセオリーにたどり着くと思うんですよ。セオリー化の大切さは、音楽以外のものも同じと思います。プロ野球を見ていても、セオリーを知らない監督や選手がかなりいて、セオリーを知っている選手が多いチームが明らかに強い事が観ているだけでも分かるので、どの世界のプロだってセオリーを言語化して押さえることが出来ているかどうかで雲泥の差だと思うんですよね。

 古い本なので、日本語訳がちょっと古めかしい事と(でも旧仮名遣いはなかったはず)、原文自体が例え話が多くて、例えられるとむしろ分かりにくくなってしまう所もありましたが、要点を抑えて読めば実はシンプル、しかも金言の宝庫!掲載されている楽譜を見ればさらに素晴らしい!「いいメロディが書けないなあ」という方、あるいは作曲をする方は、けっこうサクッと読める本ですので、ぜひご一読を。これも大推薦です!

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書籍『作曲の手引』 ヒンデミット著、下総皖一訳

Sakkyoku no Tebiki_hindemith 新古典主義の大作曲家のひとり、ヒンデミットの書いた作曲本です。音大生だった頃、作曲関係の本を見つけると、古楽だろうが対位法だろうが音列技法だろうが手当たり次第に読みまくっていました。そんな頃に大作曲家ヒンデミットが書いたこの本を発見!タイトルからはまったく想像がつきませんが、半音階法についても触れられている貴重な本です!

 大雑把にこの本の主旨を言うと、従来の7音音階だけではなく半音階法を視野に入れて和音を6種類に分類し、その6種類の和音の結合から音楽の組織、和声、旋律の作曲を再定義するというもの。少し難しいですが、この点さえ理解しておけば混乱しなくて済むんじゃないかと。あ、そうそう、巻末に「和音規定表」という一覧がついてるんですが、この表がついていることに気がつかないと意味がさっぱり分からないので注意(^^)。
 でもって、この本は上記の趣旨に沿う形で、6章に分けて書かれていました。1章が作曲論、2章は素材論、3章組織論、4章和声論、5章旋律論、6章は実際の楽曲の分析例です。

 僕が音大で習った和声法とは、音の眺め方がちょっと違うのが驚きでした。例えば転回の理解と、そこからくる和声判定の方法。例えば、長3度と短6度は転回すれば同じものですが、では和声においてどちらと取るべきか。これは機能和声に従った音ならルールの上にあるものなんでしょうが、そうでない音楽を構想した時に重要になると思うんですよ。ヒンデミットによれば、ここに聴覚上の原理のものさしを最初に作って、その結果「長3度のほうが第1音列的に優位であるから、長3度優位でとらえる」と結論するのです。うおお、すげえ!
 こんな感じで全体が素晴らしすぎるのですが、それが和声法や作曲全体だけでなく、旋律論にまで発展しているのがありがたかったです。旋律の作曲の教科書ってほとんどないので、それだけでもありがたかったし、その上この本の旋律論は「あ、なるほど」と思わされることが多くて、自分が作曲する時にものすごく役立ちました…ちょっと高度ですけどね(^^;)。教科書って読めば読むだけ有利になると思うんですよね(^^)。

 以上のように、あくまで機能和声法をベースにして、もう一歩踏み込んだ作曲の基準を示した本でした。なるほど、今考えてみれば、ロマン派がいっぱいいっぱいまで来たところで、新ウィーン楽派は無調や音列技法に向かったのに対してヒンデミットは新古典に向かったわけで、まさにヒンデミットの音楽観そのものな理論書いと感じました。
 西洋音楽を学んできたプレイヤーや独学作曲家が、どうやって作曲の勉強を進めていけばいいかは難しいところですが、僕なら機能和声法→その延長線上のジャズ→古典対位法→新古典(これ!)→音列技法→メシアン作曲法→セリー…みたいに進めていくと効率がいいんじゃないかと思います。つまりこの本は、近現代作曲法の入り口ではないかと。超がつくほどおすすめの本ですが、今は絶版になっていて、超高値がついてます(アマゾンで3万円!)。音楽之友社の本は、読みたいと思った時に買っておかないとこうなるんですよねえ。。


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『Traffic / Welcome to the Canteen』

Traffic_Welcome to the Canteen スティーヴ・ウィンウッド擁するロックバンドのトラフィック、1971年発表のライブアルバムです。トラフィックのアルバムではこれが一番好き…って、2枚しか聴いてないんですけどね(^^;)。。このライヴにはデイヴ・メイソンも参加していました。

 名盤と言われている『ミスター・ファンタジー』がギミックやコラージュあふれるサイケな作りだったのに対して、このアルバムはそういう小細工は一切なし、プレイで勝負!熱いライブというより、リラックスしたセッションでした。これがすごくよくて、セッションと言っても作る所はちゃんと作ってあるし、なにせメンバーがみんなうまい!特にしびれたのがベースとドラム&コンガで、エレキベースは太い音でブンブンと動きまくるし、ドラムはパッと聞きは普通のエイトビートかと思いきや、細かい技が入りまくるしタイトでリズム感抜群だし、コンガのうまさはもう語るまでもない…この音楽の心地よさを支えているのはリズム隊なんだな、みたいな。
 リズム隊がしっかりしてるものだから、よく考えられた「Sad and deep as you」のアコギのアルペジオとか、他の曲でのオルガンの気持ちよさとか、ヴォーカルのうまさとか、上物がみんな生きてくるのです! 
 曲も素晴らしかったです。このアルバム、トラフィックの曲は半分しかやってなくて、スペンサー・デイヴィス・グループ時代の曲をやったりしていて、参加ミュージシャンが曲を持ち寄ってセッション用に簡単にアレンジしてやったんじゃないかと思うんですが、そういう作り方をしたら、いい曲も集まろうというもんです。そもそもジャケットには「Traffic」とすら書いてないですしね(^^)。

 程よく力の抜けたセッション、でもいい加減な一期一会ではなくアレンジするところはアレンジし、個々のメンバーに任せるところは上手く任せて、曲も良ければプレイもうまいんだから、良くないはずがないです!スティーヴ・ウィンウッドといえば大滑りしたブラインド・フェイスにも参加していましたが、もしブラインド・フェイスがアレンジもリハーサルもちゃんとやっていたらこうなっていたんじゃなかろうか。というわけで、僕的には成功した場合のブラインド・フェイスを聴いているような気分でした。これは推薦!


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『Traffic / Mr Fantasy』

Traffic_Mr Fantasy  スペンサー・デイヴィス・グループを脱退したスティーヴ・ウインウッドが参加したロックバンド、トラフィックのデビュー・アルバムです。1967年発表。トラフィックのアルバムの中では名盤とも実験作とも言われている1枚です。

 基本はフォーリズムのロックバンドでしたが、ギミックが多くて、メロトロンやチェンバロがオーバーダビングされたり、シタールの演奏が入り込んできたり、いくつかの曲がごった煮になっているような展開をしたリしていました…サイケですね。演奏のあまりうまくないバンドが凝った事をしているという意味で、初期ソフトマシーンっぽいというか、ゴドレイ&クレームをちょっと古くした感じというか、そういう印象を覚えたアルバムでした。同時代だと、ローリング・ストーンズの『サタニック・マジェスティーズ』とかスモールフェイセズの『オグデンズ』に近い世界観かも。

 サイケデリック・ロックが大好物な僕なのに、名盤扱いの初期ソフトマシーンのセカンドやトラフィックのこのアルバムは食指が動かなかったんですよね。聴き直して思うのは、頭で考えて、スタジオでゴシャゴシャ弄り回してばかりで、音楽がガツンと来ない所が辛かったんだと思います。音楽にとって頭で考える部分は大事だけど、考えるんじゃなくてかんかくとして「あ、これはいい」という部分もないと、音楽としては辛いです。サイケに行くのでもピンクフロイド『ウマグマ』マザーズ『いたち野郎』ぐらいもっていって欲しかった、みたいな。曲や演奏のレベルが低いまま、スタジオでつまみをひねったりオーバーダビングを繰り返す事に夢中になっているようでは、ちょっと子供っぽいな、みたいな(^^)。

 これで僕はトラフィックを卒業しても良さそうなものでしたが、トラフィックにはすごく好きなアルバムがあるのです。それはまた次回!


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『The Spencer Davis Group / The Best Of The Spencer Davis Group Featuring Stevie Winwood』

Spencer Davis Group_The Best Of スペンサー・デイヴィス・グループ初期のベスト盤です。1967年発表で、それまでのオリジナル・アルバムに未収録だったヒット・シングルが収録されている点に惹かれました。僕が自分で買ったスペンサー・デイヴィス・グループのアルバムはこれだけ。

 初期のアニマルズヤードバーズもそうですが、ゴーゴークラブのハコバンが演奏していそうな音楽でカッコイイ!音楽は、演奏やヴォーカルの歌いまわしが思いっきりソウルなものがあったりして、アメリカのブラック・ミュージックからの影響を感じましたが、ブルースはあまりやってなくてR&Bやソウル方面の色がちょっと強かったです。でもアニマルズほど真っ黒じゃなくて、特に作曲部分にオリジナリティを感じました。演奏も、ビートルズストーンズに比べて歌も演奏も圧倒的にうまかったです。

 特に好きなのが、ヒットした「I’m a man」。これ、タイトルでマディ・ウォーターズのカバーだと思っちゃいそうですが、オリジナルです。これがオルガンはギュインギュイン鳴ってるし、コード進行はシャレオツだし、めっちゃカッコよかった!同じことが「Gimme Some Lovin’」にも言えます…ああ~、つまり作曲と煽るようなオルガンの演奏がいいんだな(^^)。ちなみに、オルガンはスティーヴ・ウインウッドです。僕は歌よりオルガンにしびれてしまいました…さすがジミヘンの「Voodoo Chile」で強烈なオルガンを演奏した人だけあります。僕にとってのスティーヴ・ウィンウッドはヴォーカリストじゃなくてオルガニストだなあ。。

 60年代のブリティッシュ・ビートは、古くさいなどの理由で敬遠する人も多いと思いますが、掘り下げていくとかっこいいバンドがけっこういるんですよね。僕はスペンサー・デイヴィス・グループはこのベスト盤しか持ってませんが、初期のアルバムもメッチャかっこいいんですよね。。60年代ブリティッシュ・ビートの隠れた名バンドだと思います!


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『The Spencer Davis Group / Their First LP』

Spencer Davis Group_Their First LP スペンサー・デイヴィス本人より、スティーヴ・ウインウッドが在籍したことで有名な60年代のブリティッシュ・ビート・バンド、スペンサー・デイヴィス・グループのファーストアルバム、1965年発表です。

 R&Bやバンドブルース、ソウルといったブラック・ミュージックの影響を強く感じました。音はスカスカなんですが、リズム感とノリが良いし、これ系のバンドでは演奏はうまいし音楽のツボも押さえていて、すごく良かったです!思いっきりソウルのヴォーカリストのフェイクを物まねしたものもありましたしね。でもそれが成功しきっていない所も逆に良かったです(^^)。
 でもって、意外にもスティーヴ・ウインウッドよりもスペンサー・デイヴィスがヴォーカルをとった曲が多い気がしました…いや、僕が声を聴き分けられてないだけかも。トラフィックやブラインドフェイスで歌っていたスティーヴ・ウインウッドの歌い方や声が出てこないもんで(^^;)。

 このアルバム、僕は学生時代に友人の家で聴かせてもらったきりなのです。で、カッコよかったから、「あ、これは自分で買うからいいよ」と借りずに済ませたんですが、いつしか買わないまま時が過ぎてしまったという(^^;)。だから、当時の記憶だけで感想を書いてるんですが、中学生の時は「ビートルズストーンズより全然カッコいいじゃん」と思ったのを覚えています。あ~今はボーナス9曲入りなんていうCDが出てるのか、これは欲しくなっちゃうな…。


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『伝説の竪琴 ミャンマーの音楽』

Densetu no Tategoto_Myanmaa no ongaku ようやく見つかりました、キング制作のビルマの竪琴のCDです!南アジアのCDコーナーに紛れ込んでました(^^;)。バングラデシュの隣なので、まあたしかに東南アジアの中では南アジアに近かったから間違えちゃったのかも。これは日本のキングレコード制作ではありますが現地録音で、しかも音がめっちゃくちゃいい!!録音は1981年から87年の3回にわたっていました。

 ビルマの音楽は静かな室内楽と、屋外で太鼓を打ち鳴らすにぎやかな合奏のふたつに分かれるそうですが、このCDはその両方が入っていました。竪琴の独奏もありましたが、多くは竪琴とシンプルな打楽器を伴奏にした歌音楽。他に、打楽器やチャルメラみたいな音のする楽器での派手な合奏、アメリカのブルーグラスみたいな馬鹿テクのアルペジオを聴かせるマンドリンみたいな形をしたマダリンという楽器の独奏など。竪琴に変わってゴング製の音階打楽器が伴奏になる事もあって、これがまた気持ちいい!

 どの種類の音楽でも、女性ヴォーカルの歌はインドやパキスタンの民間音楽のようなあのアタックを抑えた優雅な歌い方。歌の中に「ラ~メ~ヤンナ~」みたいな言葉が聴こえたので、ラーマヤーナが題材になっている歌もあるのかも。
Burma_pic.jpg レイドバック系の音楽は、竪琴もゴングもギターもダルシマー系の楽器も役割は似ていて、竪琴を例に言えば、竪琴は起承転結がなく、どこまでもぽろぽろと弦をつま弾いていて、打楽器も小さな鈴の音と拍子木ぐらいの控えめな音で、涼しげな風鈴の音がかすかにリズムを取っている、ぐらいの感じ。

 こんなゆったりとした音楽を奏でられて気持ちよくないはずがない、最高でした!レイドバックした音楽を味わうなら東南アジアが最強じゃないでしょうか(^^)。映画の影響か、ビルマの竪琴というとチベット仏教の赤い袈裟を着た僧侶が持っている姿を思い浮かべてしまうんですが、僕はもしかするとビルマの竪琴で演奏された仏教音楽を聴いたことがないかも。音楽はインド音楽系のあのゆったりした女性の歌唱法と、インドネシア方面のリラクゼーション音楽が混じった感じ。タイやベトナムみたいに、東南アジアは漢人音楽の影響が混じる地域も多くて、ビルマも屋外音楽はちょっとそういう毛がありましたが、室内楽となると中国色はほとんど感じられず、インドネシアと南アジアの音楽を竪琴伴奏の歌音楽にまとめたような響きでした。
 ビルマと言えば政情不安定で経済崩壊の地域という印象ですが、このCDの解説を読むと、人々は活気にあふれて大勢の人が行き交いし、客が来ればおもてなしして笑顔が絶えず、現代が忘れてしまった人間の心の豊かさがここにあると思うほどの土地だったそうです。その雰囲気は音楽にもあふれていました。なんと優しく穏やかな音楽だろう、この音楽を流しているだけですべての人を許せる気持ちになってしまいました(^^)。大推薦!!


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『Mahagita / Harp & Vocal Music of Burma』

Mahagita_Harp and Vocal Music of Burma これもビルマの音楽ですが、アンサンブルじゃなくてビルマの竪琴を伴奏楽器に使った歌でした。そう言えば昔『ビルマの竪琴』という映画を見たことがありましたが、僕にとってのビルマのイメージってあれがほとんどだという事に今気づきました(^^;)。

 あ~なるほど、編成こそ違えど、ビルマの伝統音楽のCDと音楽の様式そのものは同じでした。劇的な起承転結があるのではなくて、ゆったりと同じ所をぐるぐる回りながら飽きない程度に少しだけ変化する、みたいな。これが絶妙に気持ちいい。あ~気持ちいい。東南アジアに生まれていたら、僕は音楽狂になってたんじゃないかなあ…って、日本に生まれてもそうか(^^;)。
 歌い方は、やっぱりインドやパキスタン系のマッタリとねちっこく歌う感じでした。あ、そうそう、このCDは女性ヴォーカルでした。

 ただちょっと残念なのが、ビルマの竪琴の演奏。CDの裏ジャケットを見ると、威厳のありそうなおじさんが竪琴を構えていたので、ビルマのハープ奏者の中ではそれなりの人の演奏じゃないかとは思うんですが、もうひと声でした。このCDに限っては楽器の音はいまいち、演奏もプレイヤーの技量以前に演奏システム自体に改善の余地ありって感じ。ビルマの竪琴がどれほどのものか、実際のところはもっといろいろ聴いてみないと分かりませんね。たしか昔に日本のキングが録音したCDを買った事があったんだけど、どうしても見つからない(- -*)。


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『Birmanie - Burma: Musiques Traditionnelles - Traditional Music / Aung Win』

Birmanie - Burma_Traditional Music ビルマ(ミャンマー)のトラディショナル音楽のCDです。レーベルはエアーメイルミュージックというところで、このレーベルのCDは内容は良くても解説が少ないのが残念(^^;)。。伝統音楽のCDって、音と同じぐらいに背景の解説が重要だと思ってるもんで、そこだけは何とかしてほしいなあ。

 とはいえ、音楽の内容は素晴らしかった!演奏はAung Win Group というビルマの民族楽器を使ったアンサンブルで、これぞ東南アジアのレイドバック音楽、聴いてるだけでアジアの極楽のように思えてきました(^^)。CDのジャケットはビルマの仏教徒が写ってますが、CDの裏ジャケに書いてある解説を読むと、この音楽は儀礼音楽や結婚式や踊りと一緒にやるものだったりするみたいなので、僧侶よりも市民や王族たちという社会階層の人たちの中にあった音楽なんじゃないかな…な~んて、インドネシア音楽から類推して言ってるだけなんですが(^^;)。
 音楽は大半がインストで、竹の音階打楽器、(たぶん竹製の)笛、琴か箏、鈴のようなきれいな音がする金属の打楽器などジャワ島のガムラン影絵芝居もそうですが、インドシナ半島や東南アジアの音楽には、竹や金属打楽器を使った凄くリラックスした音楽がありますが、これはまさにそれ。そういえば、カンボジアのラーマヤーナの音楽もこんな感じで気持ち良かったな…。
カンボジアのラーマヤーナの音楽で思い出しましたが、ヴォーカルが入ってる曲の歌い方はインドやパキスタンの音楽そっくり。南アジアの伝統音楽って粘りつくような感じでマッタリ歌う歌い方するじゃないですか。まさにあれで、これはタイやカンボジアといった東南アジアと、インドやパキスタンといった南アジアの中間にあるミャンマーの地理的な面が出たのかも。

 ビルマというより汎東南アジア音楽なんじゃないかと感じました。音楽にとって国境なんてあんまり意味はないですね。東南アジアの音楽は、ベトナムみたいに漢人音楽が入り込んだものもありますが、僕は竹や青銅を使った東南アジア独特のリラクゼーション・ミュージックの方が好きだなあ。最高でした!


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『Les Musiques du Ramayana Volume 2: Cambodge』

Les Musiques du Ramayana Volume 2 Cambodge タイラオスベトナムに囲まれたインドシナ半島の国、カンボジアの音楽です!タイトルを直訳すると「ラーマヤーナの音楽第2集:カンボジア」となるので、きっと第1集や第3集があって、それはカンボジア以外の国のラーマヤーナなんでしょうね。そうそう、僕も詳しい事は知らないんですが、ラーマヤーナというのはマハーバーラタと並ぶ古いインドの叙事詩インドネシアの影絵芝居でも、ラーマヤーナが題材になってるものを見た事があります。ヨーロッパでいうイリアスとか、日本でいう平家物語みたいなもんじゃないかと。そうそう、このCDは昔日本で「クメールの遺産 カンボジアの宮廷音楽」というタイトルで、キングレコードがリリースしていた事があります。原盤はOcora、1964年録音です。

 おお~、インドネシアの宮廷ガムランと仏教音楽がミックスしたような音楽、ものすごく心地よい、これは楽園にいるようだ。。すごく遠くから、まるで夢の中で鳴っているような笛の音が聴こえてきたり、鈴や鍵盤打楽器の心地よい音が聴こえたりするのは、ジャワのガムランのよう。その前で合唱ので淡々と語られている物語は仏教音楽のようです。インドシナ半島やインドネシアの音楽で思うのは、竹の楽器にしても銅で作った楽器にしても、とにかく音色が心地よいですね(^^)。

Cambogia_pic.jpg さて、このCDに入っていたのは、宮廷舞踊劇リームケールというものでした。ようするに、クメール版のラーマヤーナみたいです。昔は何夜にもわたって上演されたらしいんですが、今はラーマヤーナの中の何か一つのエピソードに限って1夜だけ上演されるのが常になったそうです。このCDは、そのダイジェスト版。熱いカンボジアの夜にあかりをともして上演されるなんとも魅惑的な芝居なんでしょうね。音だけ聴いても、これは素晴らしいものでした。芝居も一緒に見たら壮観なんだろうなあ。。


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『LAOS -A Musical Anthology of the Orient-』

LAOS -A Musical Anthology of the Orient ユネスコ世界音楽シリーズの中の一枚で、ラオスの音楽を収録しています。僕が人生で出会ったラオスの伝統音楽の録音はこれだけなので、貴重な1枚です(^^)。
 ラオスは東南アジアのインドシナ半島にある内陸国で、まわりを中国、ベトナム、カンボジア、タイ、ビルマに囲まれています。社会主義国家で、主要産業は農業。使用言語はタイ語に近いラーオ語。宗教は小乗仏教が6割、アニミズム4割で、両者が融合している場合もあるそうです。なるほど、社会主義国家で農業メインだと自国だけで完結した世界を築けでしまいそうだから、外国にあまり情報が出ないのかな?僕、ラオスについて何も知らないですし(^^;)。

 あ~なんと心地いい音楽だろう。。これはエンターテイメント用に作って売られて捨てられていく音楽じゃない、民族のなかで歌い継がれているフォルクローレなんじゃなかろうか…と感じました。厳しい音楽はなくて、ほっこりする音楽が多かったです(^^)。

laos_pic.jpg 音楽自体は、パッと聴いた第一感は、「香港時代のブルースリー映画で流れてる音楽みたいだ」というものでした。このレコードがそうだというだけかもしれませんが、社会主義国家で仏教圏という事で、チベット音楽みたいにもっと仏教音楽の色が近いと思ってたんですよね。でも実際には違って、タイからベトナムあたりの音楽に共通しているちょっと中国が入った俗楽がベース、みたいな。
 でも、あまりに心地よくて何回も聴いてると、いろいろ感じるようになりました。鍵盤打楽器を使ったアンサンブルはインドネシアのガムランのようでもあるし、オルガンみたいな音はパキスタンのあの楽器なのかそれとも笙なのか…いずれにしても、南アジアの音楽を感じました。最後にラーマヤーナも入ってましたしね(^^)。あたりまえの事かも知れませんが、要するにラオスを囲んでいる色々な国の音楽が混ざってるんですね。政治的には社会主義勢力に押さえられた国なのかも知れませんが、そこで生きている人はもっと自然にまわりの世界の文化と共存してたんじゃないかという気がします。

 農業国っていいなあ、農業国で厳しい音楽や攻撃的な音楽を聴いたことがありません。これって、音楽がその地域での生活の雰囲気を反映してるんじゃないでしょうか。ラオスの音楽、最高でした!!

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『Lee Morgan / Live At The Lighthouse』

Lee Morgan_Live At The Lighthouse 僕がはじめてリー・モーガンの演奏を聴いたのは、メッセンジャーズの『Moanin'』かコルトレーンの『Blue Train』、次が『サイドワインダー』。どれもいい演奏には違いなかったんですが、いかんせんすべてスタジオ録音だったもんで、どこか抑えている演奏に聴こえたのです。そういう事は得てしてあるもので、マイルス・デイビスだってスタジオ録音ではエレガントな演奏だけど、『Four & More』あたりのライブ盤だと火の出るような演奏。そう考えると、「クリフォード・ブラウンの再来」なんて言われたペッターの演奏はこんなもんじゃない気がして、いつかライブ演奏を聴いてみたいと思ってたんです。そんな20代なかばの頃にCDショップでみつけたのが、名盤と言われているこのライブ盤でした。1970年録音で、もともとは4曲入りでしたが、僕が買ったのは計13曲入りの3枚組ボックス!デラックスな装丁もよかったし、ワクワクして持って帰ったのでした(^^)。メンバーは、Lee Morgan (tp, flg), Bennie Maupin (t.sax, fl, b-cl), Harold Mabern (p), Jymie Merritt (b), Mickey Roker (dr)。

 おおーモードはあるし匂いが新主流派っぽい!新主流派ジャズってフォースビルドやら何やらといった和声面での処理が独特なので、僕の場合はどうしてもピアニストに耳が行っちゃうんですが、70年まで来ると、それがハービー・ハンコックマッコイ・タイナーの専売特許じゃなくなっていて、みんな普通に使えるようになってるんですね(^^)。というわけで、このアルバムのサウンド面での特徴はピアノのハロルド・メイバーンと感じました。

 一方、この3枚組は、僕にはきついところがありました。単純に長いんですよね。。3枚というボリュームだけではなく、1曲の演奏時間が必要以上に長いんです。しかも曲の構造が単純なので飽きる…。モード調の「absolutions」はほぼひとつのスケールで20分以上、「Nommo」は2小節パターンの繰り返しで18分、4小節パターンを繰り返すだけの「Neophilia」も19分。
 ついでに、アドリブがスケールをパラパラやってるだけで、これを表現と言われてもなあ、みたいな。60-70年代って、ジャズでもロックでも長いアドリブを演奏表現とする事が多くなりましたけど、それってライブの時間を埋める口実に使ったものが多かった気がします。ロックでも、レッド・ツェッペリンの長いアドリブとか、クソつまらなくてやめてくれと思ってましたし。。20分って、古典派クラシックで言えば交響曲1曲分じゃないですか。その時間をこんな単純な構造の上で、スケールをパラパラやるアドリブだけで何とかしようという発想に無理があるんじゃないか、みたいな(^^;)。
 そんなわけで、僕的においしかったのは、聴いていて退屈しないコード進行を持った曲&アドリブが長すぎずいい組み立てのものでした。この条件に嵌ったのは2曲で、「Peyote」と「Something Like This」でした。でも、わざわざこのアルバムを買って聴くほど凄いというほどのものじゃなかったかな?

 というわけで、リー・モーガンの火の出るようなすごいアドリブを聴きたいなら、むしろ初期のスタジオ盤の方が良く、新主流派的なおいしさを聴くなら『Search for the New Land』の方がぜんぜん完成度が高いぞ、みたいな。ライブ盤だから演奏が爆発してるとも限ったもんじゃないんですね、レコードを買う方もけっこう難しい(^^;)。。


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『Lee Morgan / Search for the New Land』

Lee Morgan_Search for the New Land リー・モーガンが1966年に発表したアルバムです(録音は64年)。僕が聴いたリー・モーガンのリーダー作は8割がたハードバップでした。『サイドワインダー』だって、エイトビートであること以外はハードバップまんまだと思っちゃいましたし。そんな中、もっともニュージャズな事をやっていたのがこのアルバムでした。それもそのはず、メンバーが思いっきり60年代のジャズをけん引した人だらけ。Lee Morgan (tp), Wayne Shorter (t.sax), Herbie Hancock (p), Grant Green (g), Reggie Workman (b), Billy Higgins (dr)。つまり、このメンバーだとむしろモーガンさんとグラント・グリーンだけが50年代型のミュージシャンなんだな、みたいな(^^;)。

 1曲目「Serch for the New Land」は、オープンパートはフリジアンを基調としたモード曲。でも、印象だけで言うならモードというよりブルースに近いでしょうか。これがこのアルバムの特徴をよくあらわしていて、要するに50年代ジャズと60年代ジャズが混ざってるのでした。グラント・グリーンのアドリブはスケール一発という感じなのに、ハンコックはフォースインターヴァルな和音を含めて相当にモーダルなソロ。
 こういう傾向は1曲目だけでなく、他の曲も色々と60年代です。3曲目の「Mr. Kenyatta」なんて、ピアノとサックスがソニー・クラークとベニー・ゴルソンあたりだったらハードバップに聴こえたかもしれない所が、まるでプラグドニッケルのマイルス・デイヴィスみたいな音楽になってました。う~んこれはカッコいい。。でも、ハードバップ愛好家からすると、こういうジャズあたりから、ジャズについていけなくなった人も多いかも。仕事帰りによるナイトクラブでレイドバックしたり陽気でアップテンポな音楽を聴いたりして、お酒を飲んで日中の緊張感を解く、みたいに楽しめる音楽ではないですもんね。。

50年代型のミュージシャンが淘汰されていく瞬間を見ているかのよう。僕が少しだけピアノを触ってたからそう思うのかも知れませんが、とにかくハービー・ハンコックが先を行ってるんですね。アルバムタイトル「新たな地を求めて」は示唆的で、たしかにこれまでのモーガンのアルバムでは聴かれる事のなかった音楽。でも、この後にモーガンはまたどハードバップなアルバムを発表したりするので、モーガンにとってみれば異色作かも。50年代のリー・モーガンが好きな人にしてみれば、「こういうのを聴くならマイルスを聴くからいいよ」な~んて人もいたりするかも知れませんが、50年代より60年代のジャズの方が好きな僕にとっては、かなり好きなアルバムです(^^)。


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『Lee Morgan / The Sidewinder』

LeeMorgan_Sidewinder.jpg いかにも外向的で猪突猛進タイプのモダン・ジャズのトランぺッター、リー・モーガンが1964年(録音は63年)にブルーノートから発表したリーダー作です。編成はジョー・ヘンダーソンとの2管クインテット。このアルバムのタイトル曲「サイドワインダー」はジャズ・ロックなんて言われてるんですが、今も昔もどの辺がロックなのかまったく分からない僕なのでした(^^;)。まあたしかに8ビートではあるけど、ロックみたいに「ドンドンダンドン」と叩いているわけじゃないですからね。。

 リー・モーガンはジャズ・メッセンジャーズにいた事がありますが、このアルバムを聴いて最初に感じたのは、「これはジャズ・メッセンジャーズだ」という事でした。なんでそう思ったんですかね。テーマの作り方がすごくハードバップっぽくて(ハードバップっぽいテーマってあると思いませんか?「Mornin'」とか「Blue Train」とか「Work Song」みたいな^^;)、スタジオ録音でリズム隊がタイトでおとなしくて、メンバーが順々にアドリブしていくからでしょうか…って、考えたら答えが出てしまいました(^^;)>。やっぱりコーラスごとにソロを渡して順々に演奏するだけのスタイルのジャズって、フィフティーズのポップスや80年代のハードロックと同じで、あまりに同じものの金太郎飴すぎちゃって楽式として面白いわけがないと思っちゃうなあ、アドリブが良いとか、余程のことがないとね (∀`*ゞ)エヘヘ。
そして僕は、「クリフォード・ブラウンの再来とまで言われたトランぺッターの音楽がこんなにタイトでおとなしいわけないよな。モダン・ジャズはスタジオ録音と相性が良くない音楽なんだろうな」な~んて思ったのでした。

 というわけで、ブルーノートきってのセールスを記録したというこのアルバムですが、僕には50年代に大量に作られたに大量のハードバップとの差が良く分からなかったのでした(^^;)。メッセンジャーズの『Moanin'』もそうですが、若い頃の僕は「これはすごい!」と感じるリー・モーガンの演奏になかなか出会えなかったのです。でも、そのうちにモーガンに大ハマりしてしまって、えらく散財させられることになってしまったんですけどね(^^;)。


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『Lee Morgan / Candy』

Lee Morgan_Candy 1958年にブルーノートから発表されたリー・モーガンのリーダー作です。お気に入りのトランぺッターなので、気がついたらアルバムを7枚も8枚も持っていましたが、僕が今まで聴いたリー・モーガンのワンホーン・カルテットのアルバムはこれだけ。58年というと、モーガンがメッセンジャーズに参加して『モーニン』を録音した年。ここからモーガンはしばらくメッセンジャーズに帯同する事になるので、ある意味でこのアルバムはデビュー以来のモーガンのひとつの区切りだったのかも知れません。

 ハードバップだし、曲はすべてリート形式でヘッドを演奏したらアドリブでコーラス回すという方から絶対はみ出ない…というわけで、芸風はこれまでと同じですが、入れ込み過ぎず枯れすぎず、飄々としていて心地よかったです。1曲目の「Candy」なんて、曲自体が何だか恋人と別れた後の新しい生活が始まった、みたいなさばさばした雰囲気を感じますし、「I feel for You」も、重くしようと思えばもっとズドンと暗く演奏することも出来そうなのに、どこか爽やか。これって、モーガンさんの人間性なのかも知れません。そして、バラード「All the Way」の情感と言ったら…これ、モーガンもいいですが、ピアノのソニー・クラークがいいですね。ソロはハードバップどころかほとんどアーリータイムジャズのよう、バッキングなんてほとんどコードプレスだけなのに、なんでこんなに良く感じるんだろう…やっぱり、ピアノだけでもペットだけでもなくて、トランペットとのアンサンブルがいいのかも。

 56年にソロ・デビューしたリー・モーガンですが、58年までのリーダー作は傑作が多いです。ハードバップは似たものの金太郎飴で深くはハマらなかった僕ですが、まさにハードバップの典型なはずのこの時代のリー・モーガンにはハマりしました。後にモーガンさんは芸風を少しだけ変えるんですけど、でもマイルスコルトレーンなどの他のイーストコーストのミュージシャンに比べれば、ハードバップと共に生きハードバップとともに死んだ人と言えるかも。それもまたカッコいい生き方だったんじゃないかなあ。愛人に射殺されるという最期ですら、ジャズ・ミュージシャンとして粋だったんじゃないかと感じてしまうのは、ニューヨークのナイトクラブが彼の生きる世界だったと感じさせる演奏をいっぱい聴いてきたからなのかも。


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詩集『ヘッセ詩集』 ヘルマン・ヘッセ 高橋健二訳

Hesse sishuu_TakahasiKenji リヒャルト・シュトラウスの「4つの最後の歌」のCDをいくつか聴いてきましたが、あの歌曲集で使われた詩の4つのうち3つがヘルマン・ヘッセのものなんですよね。ヘッセは1877~1962年まで生きたドイツ生まれのスイスの文筆家で、「荒野の狼」「車輪の下」「シッダールタ」あたりの小説が有名。ロック好きな僕がヘッセの名を最初に知ったのは、映画『イージー・ライダー』の主題歌を歌ったステッペン・ウルフ。このロックバンドの名前の由来がヘッセの『荒野の狼』だったのです。そして、コリン・ウイルソンの書いた名著『アウトサイダー』にヘッセの思想が紹介されていたもので、興味を持ってヘッセの『荒野の狼』を読んだところ、大衝撃。文学なんて学校でやる奇麗ごとの世界だと思っていたものがとんでもない、命がけのムチャクチャ深遠な世界、魂を奮い起こされるとはこのことでした。そしてヘッセの本を片っ端から読んだ事があります。これは新潮文庫から出たヘッセの詩集で、初期から晩年まで隔たりのないようにヘッセの詩を収録してありました。「4つの最後の歌」収録のものでは、「九月」が収録されていました。

 まず、詩の内容。新ロマン主義にくくられるだけあって、19世紀から20世紀に生きた詩人とは思えないほど、キリスト教的な世界観を背景にした幻想性が全面ににじみ出ていると感じました。たとえば、「精神は神のごとく永遠である。われらはその似姿であり道具であって、われらの道はこの精神に向かっている」(沈思 Besinnung)みたいな。これ、ヘッセと知らずに詩だけ読んだら、ヘルダーリンやノヴァーリスあたりの詩と思っちゃうんじゃないかなあ。仏教圏に生きている僕は、間違ってもこういう見方はしませんから、やっぱり西洋のパラダイムの上にある言葉なんだな、みたいな。

 そして、死を意識した詩が多くて、ちょっと後ろ向きというか、暗い感じ。また、かなり頭が良さそうというか、感性だけで書いているのではなく、後ろに思想があるなと感じました。例えば、こんな感じ。「私は花をつみに行こうと思ったが、今はすべての花を咲くにまかせて、家に帰っていく。老いた人として」(最初の花 Die ersten Blumen)。ね、死生観とか人生観とか出まくりじゃないですか。しかもこれは死を意識した人が、命あるものはあるがままにしておきたい、みたいな事を言っているんじゃないかと思うんですが、これが意識的であるように思えてならないんですよね。そもそもヘッセの書く小説って、これは宗教か哲学じゃないかというものが多いので、感性だけの不思議ちゃんな文学者のわけがないですし。

 僕が良い詩と感じたのは6篇で、「眠れぬ夜 Schlaflosigkeit」、「花咲く枝 Der Blutenzweig」、「最初の花 Die ersten Blumen」、「イタリアを望む Blick nach Italien」、「九月 September」、「笛のしらべ Flotenspiel」。以下に、紹介程度に、心を動かされた詩の一部だけ抜粋しておきます。

瞬間のうちに無数の生を幻のように生き、熱に疲れながらいつまでも休もうとしない。 (眠れぬ夜)

私はかつて生きた時の長い列が砕かれもせず永遠の日の中を通るのを見る。 (眠れぬ夜)

人生のあわただしい戯れも 楽しさに満ち、むだではなかった、と告白するまで。 (花咲く枝)

私は花をつみに行こうと思ったが、今はすべての花を咲くにまかせて、家に帰っていく。老いた人として (最初の花)

この世界は私をあんなにもたびたび欺いたが、私はやっぱり世界をいつもいつも愛している。愛と、孤独。愛と、満たされぬあこがれ。それが芸術の母だ。私の一生の秋にもまだ、それらは私の手を引いて導いてくれる。そのあこがれの歌が、湖と山々と、別れを告げる美しい世界に不思議な力で輝きをひろげる。 (イタリアを望む)

この世の秘められた意味が、彼の呼吸の中にあらわれていた。そして心はいそいそと浸りきっていた。そしてすべての時が現在となっていた。 (笛のしらべ)


 こういう詩なので、ロマン派らしく幻想的でステキ…な~んて上っ面だけ読んでると大事な事を読み逃しちゃいそう。ランボーやトラークルみたいなモロに知的だったり硬派だったりではないんですが、読めば読むほどグッとくる。「眠れぬ夜」や「笛のしらべ」なんて、ヘッセが体験したヴィジョンの言語化じゃないのかと思ったほど。これは深いぞ…。
 訳がちょっと噛み砕きすぎだとは感じましたが(僕は堀口大學みたいな噛み砕いた口語調の訳より、小林秀雄みたいなド直球の文語調の訳の方が好きなんです。分かりやすくなんてしなくていい、解釈はこっちでするから噛み砕きすぎないで訳してほしい、みたいな)、でも素晴らしい内容の詩集だと思いました。ヘッセは、小説がさらに凄いので、いつかまた感想を書きたいと思います。でも、残りの人生でレコードを全部聴きかえす事が難しいのと同じで、本を全部読みかえすのは絶対に無理なんだよなあ、どうしよう。


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『R.シュトラウス:歌曲集《4つの最後の歌》 ほか ジェシー・ノーマン (soprano)、マズア指揮ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団』

RStrauss_4tunoSaigonoUta_JessyeNorman.jpg R.シュトラウスの大名曲「4つの最後の歌」、大トリはジェシー・ノーマンです!ジェシー・ノーマンさんは昨2019年の9月に天に召されました(・_・、)。ニグロ・スピリチャル、讃美歌、歌曲…僕にとってのジェシー・ノーマンさんはオペラ歌手ではなくコンサート歌手、その極めつけがこのCDです。このCD、僕にとってはジェシー・ノーマンのとどめというだけでなく、リヒャルト・シュトラウス「4つの最後の歌」のとどめでもあります。ノーマンさんが他界した時、今年の最後に聴くCDは絶対これにしようと思ってました。オケはクルト・マズア指揮ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団。「4つの最後の歌」のほかは、ローベルト・ヘーガーがオーケストラ編曲したシュトラウス初期歌曲を6曲やっていました。キリ・テ・カナワとショルティ&ウィーンフィルの録音とけっこう曲が被っていたので、聴き比べてみるのも面白いかも。

 「4つの最後の歌」、ノーマンさんはゆったりたっぷりしているうえに声量がすごい!それを受けるように演奏するオケとソプラノのシンクロ具合がヤバい!第1曲「春」の最初の1分で魂を持って行かれてしまう…。そして、第2曲「9月」の最後、歌が静かに抜けてホルンが流れる事でコーダに入って行くんですが、この切な美しさはちょっと言葉に出来ない…。

 他の曲でも心を打たれたものがありました。「あすの朝」op.27-4。歌も音楽も静かに美しく感動的なんですが、ジョン・ヘンリー・マッケイの詩がヤバいです。「あすは太陽がふたたび輝き、私が行くはずの道で、この陽を呼吸する大地の中で、我々を幸せにまたひとつに結び付けるだろう」。
 若い頃の僕は、ロマン派の詩がほとんど理解出来ませんでした。例えばこの詩、若い時だったら文字通りに受け取っていたと思うんです。もしそう読んでしまったら、何が良いんだかさっぱりわからなかったかも。でもこれ、伴侶に先立たれた男の詩の心情を歌っているんじゃないか…そう思た途端に胸がギュってなりました。。今の僕は、ロマン派詩の主要テーマは死と救いだと思いはじめているんですが、この詩もやっぱり死を救いとか永遠の世界への帰入のように捉えていて、人を死の苦しみから救っているのではないかと感じるんです。そしてそれが涙が出るほどに素晴らしい…。

 録音は1982年でややオフ目、エッジの立った音ではなくて、管弦の音がほどよく溶けて滲んだような感じ。だからかも知れませんが、シャキシャキした演奏というより、大きく大きくうねるような印象でした。そして、それが素晴らしいです。
 やっぱり白眉は「4つの最後の歌」。音楽好きでもクラシックは聴かないという人が稀にいますが、シュトラウス「4つの最後の歌」のオーケストラ版は絶対に聴くべき、これに感動できないわけがないです。これだけ素晴らしい曲を書いたシュトラウスもすごい、この音楽をリアライズしたノーマンさんとライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団もすごい、そしてこの詞を書きあげたヘッセも素晴らしい。音楽や詩って、人間が人間らしく生きるために、無くてはならないものなんじゃないかな…。こういう詩や音楽を全く体験できずに終わる人生なんて僕には考えられません。本当に素晴らしい音楽でした。大推薦!


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『R.シュトラウス:歌曲集《4つの最後の歌》ほか エリーザベト・シュヴァルツコップ(soprano)、ジョージ・セル指揮 ベルリン放送交響楽団、ロンドン交響楽団』

RStrauss_4tunoSaigonoUta_ErizabethSchwarzkope_GeorgeSzell.jpg 「4つの最後の歌」の名演として知られている録音で、エリーザベト・シュヴァルツコップというソプラノによるリヒャルト・シュトラウスの歌曲集です。もちろん、「4つの最後の歌」目当てで買いました(^^)v。アビイロード・スタジオでリマスタリングしてのCD化。ただ、アビイロード・スタジオでのクラシックのリマスタリングは以前にもシューベルトのシンフォニーで外した事があって、低音スッカスカで良くなかったので、僕にとってはプレミア感を感じるどころかむしろマイナス要素、音には期待してませんでした(^^;)。録音はベルリン放送交響楽団との共演が1965年(「4つの最後の歌」はこっち)、ロンドン響との共演が1968年でした。

 ん?何か違和感があるぞ、べたっとした演奏だなあ…ああなるほど、モノラルなんですね。で、演奏もあんまりデュナーミクがついてなくて平面的でした。クラシックの古い演奏って間違えない事を優先してるためか、表現面がクールなものがけっこうありますが、これもそんな感じの演奏でした。期待の「4つの最後の歌」は、ショルティ指揮ウィーンフィルのものと比べるとテンポ速め。1曲目の「春」なんて、アレグロ気味にすら聴こえます。個人的にはショルティのテンポ設定に心を打たれまくったもんで、演奏もエスプレッシーヴォで表現も素晴らしかったものの方が好みでした(^^)。まあでもこれは本当に好みですね、こっちの店舗間の方が好きな人も多そうです。

 でもサラッと演奏している分だけ和声や構造がとても見えやすい演奏で、それで気づいた事が。「4つの最後の歌」ってさすがシュトラウスというか、ロマン派なのに後期なだけあってサウンドの色彩感が凄いんです。例えば1曲目「春」なんても転調の連続。それなのに、こういう平坦な音で聴くと、3和音しか聴こえてこないんです。ショルティ&ウィーンフィルだと表現がすごくてそこに気づかなかったんですが、音がすごいカラフルなのに、テンションどころか6度や7度の音すらあんまり使ってないんじゃないか、みたいな。ただしディミニッシュはよく出てくるので、タテの音の厚みではなく、ヨコの音の変化でこれだけの色彩が出てるのかも。4和音もテンションも組み込まずにここまで見事な色味を出せるのか、すごい作曲技術だと改めてゾクッと来てしまいました。これ、分析すればなんでそうしてるのかとか、色々と気づく事がありそう。「4つの最後の歌」は、いつか真面目にアナリーゼしてみたいなあ。後期ロマン派ばんざい!

 他にも、op.27-4「あした」、op.36-1「ばらのリボン」など、他の演奏で感動した曲も演奏していたんですが、比較的手堅い演奏で、もうひとつ心が揺さぶられませんでした (^^;)。いや、演奏に傷があるわけでもないしむしろピシッとしていて悪くないんですけど、モノラル録音とか立体感のなさとか、そういう録音的なところで感動できなかったのかも。そう考えると、ステレオ録音の発明ってすごい事だったんだなあ。


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『R.シュトラウス:歌曲集《4つの最後の歌》 《8つの歌》 ほか バーバラ・ボニー (soprano)、マルコム・マルティノー (pf)』

RStrauss_4TuoSaigonoUta_BarbaraBonny.jpg キリ・テ・カナワ&ショルティ指揮ウィーンフィルによる「4つの最後の歌」に猛烈に感動した僕は、この曲のピアノ伴奏編曲版ってないのかと思ってCDを探しました。好きな曲って自分で弾いてみたいじゃないですか。そして見つけたのがこのCDでした。おお、バーバラ・ボニーってあの美声のアメリカ人じゃん…というわけで、ワクワクしてこのCDを聴いたのでした。

 バーバラ・ボニーの声が明るく美しくて歌がうまい!それ以上にピアノのマルコム・マルティノーのピアノがエスプレッシーヴォでいい!なるほど~、後期ロマン派は過剰なぐらい思い入れたっぷりに演奏して丁度いいぐらいなんだな、すごく勉強になる。。そして録音が良い!いやあ、これはすばらしいCD だ、と思いきや…

 マックス・ヴォルフによるピアノ編曲版「4つの最後の歌」でしたが、テンポが速い、速すぎるぜ。もう、あのショルティ&ウィーンフィルのゾワーッと来るようなモデラートに近いアレグレットが体に入ってしまってるからか、せっかちに聴こえてしまいました(^^;)。でも、楽譜に書かれている速度記号を見る限り、こっちの方がシュトラウスの指定には近いのかも。やっぱり、作曲家の意図に忠実過ぎちゃいけない事もあるという事でしょう。音楽は感動してナンボ、約束を守ってつまらなくするぐらいなら臨機応変に変えてしまってもいいと、個人的には感じました。
 そして、「8つの歌」全曲、これは曲自体がイマイチでした。作品10なのでまだ若い頃の作品で、印象派やジャズを通過した後の耳だと、普通の3和音ばかりだと響きとして単純すぎて感じちゃうんですね(^^;)。

 素晴らしかったのは、色んな歌曲集からチョイスされた歌。このCDに入っていた良いと思った歌曲をダーッと書くと、「憩え、わが魂」op.27-1、「あした」op.27-4、「薔薇のリボン」op36-1、「わが子に」op37-3、「子守歌」op41-1、「したわしき幻」op.48-1。ちなみにop27-4はカナワ&ショルティもやってましたが、あんまり覚えてなかったんです。音楽って演奏や録音で聴こえ方がこれだけ変わってしまうという事なんでしょうね。そういえば、どれもピアノの演奏と録音の音の美しさで、心がしびれてる気がします。中でも良かったのはop.27の2曲ですが、シュトラウスの作品27って何だろう(音楽辞典で検索中…)おっ、「4つの歌曲」op.27 だそうです。これ、他にも「4つの歌曲」ってタイトルの歌曲集があるから気をつけないとな(^^;)。

 というわけで、僕が好きなR.シュトラウスはやっぱり中期以降で、後期になればなるほど好きみたいです。初期はドミソとドミナントばかりなのに、途中からは転調の仕掛けやら何やらとにかく工夫が満載で官能性が倍増、機能和声での作曲を勉強したい人にこれほど勉強になる教科書ものもないな、みたいな。そしてこのCD、ソプラノもピアノも録音も完璧!あとは、期待の「4つの最後の歌」ピアノ版だけどうにかしてくれていたら(^^;)。。


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『R.シュトラウス:《4つの最後の歌》ほか キリ・テ・カナワ(soprano)、ショルティ(cond, pf)、ウィーンフィル』

RStrauss_4tunosaigonouta_KiriTeKanawa_Solti.jpg リヒャルト・シュトラウスの歌曲を集めたCDです。ソプラノはキリ・テ・カナワ。オーケストラ伴奏は「4つの最後の歌」で、ショルティ指揮ウィーンフィル。残りはショルティのピアノ伴奏の歌曲でした。指揮者って何かの楽器がうまかったり作曲家だったりするもんですが、ショルティがピアノを弾くと知りませんでした(^^)。

 まず、「4つの最後の歌」に猛烈に感動しました!最初にこのCDを聴いた時の感動は言葉に言い表せないほど。今回しばらくぶりに聴いても、やっぱり鳥肌を禁じ得なかった、涙が出そう…。パフォーマンスもスコアも素晴らしかったですが、まずスコアに感動!R.シュトラウスの曲って、初期は普通の機能和声でシンプルな調なんですが、後期になると調感はあるものの「え?これって何調なの?」みたいにふわふわと漂っていくような曲を書く時があります。「変容」とかね。この曲の第1曲「春」もそんな感じ。ものすごく官能的で、しかもフワーッと不思議なプログレッションです。そして、ショルティ&ウィーンフィルの演奏がすげえ!録音が素晴らしい事もあるんでしょうが、理屈でなく胸にグッと来てしまうんです。これぞオーケストラの魔術、心が震えるとはこの事だよ…。

 このように、音だけでも鳥肌ものなんですが、「4つの最後の歌」は、すべて死がテーマで、この詩がまた胸に来る…。最後の「夕映え」がアイヒェンドルフの詩で、残りがヘッセの詩なんですが、第2曲「9月」なんて、死がテーマの詩だと知らなければ、意味が全然変わってきそうです。「薔薇の下にしばらく夏は留まり、平安を憧れる」という一節があるんですが、この夏って、要するに生とか人生という事の気がします。それが静かに閉じていく、みたいな。穏やかな曲なんですが、穏やかに命が終わるというイメージ、こんなの泣くだろ…。

 他のピアノ伴奏のリートもいい曲が多かったです。でも、「4つの最後の歌」の管弦が凄すぎて、ピアノ伴奏では太刀打ちできないと感じてしまいました。実は僕、この演奏を聴くまで、歌曲はピアノ伴奏に限ると思ってたんです。実際、初期ロマン派なんてピアノ伴奏が多いですし、古楽でも歌曲ってリュートとかシンプルな伴奏が多いじゃないですか。でも管弦伴奏でもこれほどすごいとは。。

 そんな具合で、僕にとっては歌曲そのものの印象が変わった決定的なCDでした。ソプラノのキリ・テ・カナワさんはニュージーランド生まれでヨーロッパ人とマオリ人のハーフ。イギリスのオペラ界で頭角を現した人だそうです。僕はクラシックの歌手で「これはいまいちだな」という人を聴いた事がないんですが、彼女もやっぱり素晴らしかったです。ただ、「4つの最後の歌」だと、僕はこの後にバーバラ・ボニーさんやジェシー・ノーマンなどなど、色んなソプラノを聴きまして、そっちがまた凄かった…。比較すると、カナワさんはヘッドヴォイスが抜けきらないのかな?でも、そんなの評論しようと思えばそう言えるというだけのことで、聴いてる時は圧倒されて聞き惚れていたぐらいに素晴らしかったです(^^)。


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プロフィール

Bach Bach

Author:Bach Bach
神戸住まい、奥さんとネコと暮らす音楽好きです。音大は卒業したのですが、成績はトホホ状態でした(*゚ー゚)

ずっとつきあってきたCDやビデオの備忘録をつけようと思い、ブログをはじめてみました。趣味で書いている程度ですが、いい音楽、いい映画、いい本などを探している方の参考にでもなれば、大変嬉しく思います(ノ^-^)ノ

最近気になってるCDとか本とか映画とか
intoxicateに載っていた1枚。「Vyacheslav Artyomov」、ロシアの作曲家は名前が読めなくってムズカシイ。。「ヴャチェスラーフ・アルチョーモフ」と読むらしいです。伝説の「フレンニコフの7人」のひとりとの事ですが、それって何かすら僕は知らず(^^;)。作風的には初期は新古典的、後に民族的な様式、十二音技法や、複調性、ミニマルなんかも用いたみたい。ロシアの前衛は強烈なものが多いので、聴いてみたいです。アマゾンで買おうと思ったらダウンロード版しかなかった(;_;)。 オスマン時代から現代までのトルコ音楽のガイド本みたいです。おおお~、これは絶対に読もう!!
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