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心に残った音楽♪

おすすめCDの紹介のほか、本や映画の感想などを (*^ー゜)v

 

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『エンデル・エ・ブレグティト ENDERR E BREGDETIT-O / アルバニア~ラパルダのポリフォニー ALBANIE Polyphonies de Lapardha』

Albania Lapardha no Polyphony CD『Folk Music of Albania』『Marcel Cellier presents Mysterious Albania』の2枚を聴いて、あっという間にアルバニアの音楽に魅了されてしまった僕でしたが、いざアルバニアのCDを探してみるとこれがけっこう難しかったです。アルバニアは第2次世界大戦後から90年代初めまで鎖国に近い状態だったそうで、それで音楽が外に聴こえて来なかったのかも知れません。これは2009年にARIONというレーベルからリリースされた1枚で、アルバニアのエンデル・エ・ブレグティトという男性5人のコーラスグループの歌を収録していました。このグループ、ユネスコの無形文化遺産に指定されているんだそうです。

 これはヤバい、すごすぎる…。無伴奏の男声ポリフォニーで、セルビアやブルガリアなんかで見られる民族ダンスを踊り出しそうなカラフルな民族衣装を着ているもんで、楽し気な舞踊音楽を歌うのかと思ったらぜんぜん違いました。まるでユダヤ教の詠唱や、東アジアの密教系の祈りの音楽をポリフォニー化したかのような神秘的な音楽でした。グレゴリオ聖歌ぐらい古い音楽がポリフォニー化しているかのようで、でもルネサンス音楽みたいなプロ作曲家の手を経ないで宗教家たちが自分でポリフォニー化したかのよう。いやあ、これは凄すぎる。。
 音楽は、曲にもよるけど、詩歌つきのポリフォニーが2~3声で、コーラス化したドローンが2~3声が基本。冒頭に短いメロディ上の老勝負があるほかは、1~2小節で出来たパターンがAとBの2種類ほどあって、AAABぐらいで小楽節を作り、あとはこれを繰り返す、みたいな。だからチベット仏教のマントラのような雰囲気もあるんだな…。旋法/和声的には5音音階が基本ですが、これが多彩。恐ろしく神秘的なもんで、これはいったいどういう音階やハーモニーなのかと調べてみたら、なんとマイナーペンタだけだったりして、それでこんなすごいのが作れてしまうのかと驚いたり。もちろんそれだけではなく、1・長2・長3・完全5・長6という長調系の47抜き5音音階などなど、実際は多彩でした。

 いくら東寄りと言えこれがヨーロッパの音楽とはとても思えず。むしろウクライナやロシアの音楽の方が西洋に感じるほどで、道の世界の異教徒の音楽のようでした。ユダヤ音楽キリスト教の修道士か正教系の祈りの無伴奏合唱のほか、古いギリシャ音楽東アジアの遊牧民の音楽なんかも混じっていて、そこに独自の発展が加わって類例のない音楽になったんじゃないかと思ってしまいました。アルバニアの音楽、僕は3枚のCDでしか聴いたことがありませんが、いずれれも超絶の音楽。これもぜひ聴いてみて欲しい音楽でした。すげえ。


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『Mysterious Albania』

Mysterious Albania これもアルバニアのCDです。この東欧的な雰囲気とアラビアの混じったような独特なジャケット写真と、「ミステリアス・アルバニア」というタイトルに惹かれて買ってしまいました。子供の頃に「アルプスの少女ハイジ」や「カリオストロの城」を観ていたもので、ヨーロッパの山岳地帯的な雰囲気に弱いんですよね(^^)。録音は1979-80年。

 おおーなんと独特な音楽か、しかも曲によってかなり傾向が違うのにびっくり。。1曲目なんて、始まった時は山岳民族の音楽かと思いきや、歌はアラビア音楽インド音楽のような雰囲気、管楽器が出てくればユダヤ音楽のよう、コーラスには正教会系の音楽の影響もあるのかな、いやかなりイスラムの密教系の妖しいハーモニーにも聴こえる…もう、なんと形容したらいいか分からない音楽でした。でもアラビア音楽がちょっと強めなのかな…お、このCDのライナーに、「アルバニアの宗教はムスリム7割、アルバニア正教2割、カソリック1割」と書いてありました。なるほど~。
 強烈なナイのような笛の掛け合いから始まり、途中でものすごい数の笛の合奏となる音楽もありました。なんだこの神秘的な響きは、笛がこだまして増殖していくよう、こんな音楽聞いたことない…。自然のミニマル音楽とでも言えばいいでしょうか、これは凄い!心を奪われてしまいました。。

Albania map 無伴奏の合唱音楽は、声の調和が美しすぎてまるでオルガンのような響き。これも聴いているだけでトランス状態に入っていきそう。ああ~笛にしても合唱にしても、この和声感覚が独特なんだな。。
 他にも、ジプシー舞曲のようなもの、南アジアの歌のようなもの、ハンガリーのフィドル音楽のようなもの、クレズマー風、アル「メ」ニア風の悲しげな音楽、ギリシャのブラス音楽風…いろんな音楽が独立していたり、交じり合っいました。その中で僕がアルバニア的と感じたものに共通するのは、ドローンというか、ある強烈な個性を持った響きや音階を変化させずにひたすら響かせて圧倒していく、みたいな。トランス音楽系なんですね。

 僕が今まで聴いてきた民族音楽のCDの中で間違いなく上位に位置するもの。ブルガリアといい、このあたりの地域の民族音楽はアルバニアの音楽、すごいです。これは超おすすめ!!


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『アルバニアの音楽 Folk Music of Albania』

Folk Music of Albania バルカン半島はアドリア海の西海岸線沿い、セルビアの南、ギリシャの北、マケドニアの西にある国アルバニアの音楽です。レーベルはTopic、このレーベルは民族音楽のCDを集めているとたびたび出くわすんですが、解説も詳しいし情熱もすごくて、素晴らしいレーベルだと僕は思っています。
 このCDはアルバニア各地で収録した音楽が収録されていて、その数なんと11か所!ライナーに収録地の地図が載っていましたが、まさにアルバニア全土で録音していました。

 アルバニアは、国土の真ん中に流れるシュカンビン川という大河によって南北に分断されていて、大雑把な分け方をするなら、北と南で音楽がかなり違う感じ。歌で言うと、北はホモフォニーで鋭く、南はポリフォニーで優しげ(または神秘的)な感じ。この差は、北の山岳地帯はオスマントルコ支配の時代にも第2次大戦のドイツやイタリアのが占領に来た時代にもパルチザンとして戦ったことから、英雄叙事詩的なものが多いのではないか、という事でした。なるほど~。

 近くにあるギリシャの音楽もそうですが、アルバニアの音楽も実に多様でした。
Albani_berato.jpg まずは北アルバニアから。思いっきりトルコのサズーのような音楽もあれば(M2, M8)、それに歌の入ったもの (M4, M8)、スラブ系民族的な無伴奏民謡(M3, M5)、牧童の笛(M6)、ユダヤのバカショートのようなもの(M7)、ダブルリード楽器ズマーレによるヨーデルのような歌いまわしのインプロヴィゼーション(M9)。もう、これだけでもその多様性が分かろうってもんです。しかもそれぞれが独特な雰囲気を持っていて面白いんですよ!
 続いて南アルバニア。バグパイプとダールという打楽器(ダラブッカのような音と奏法でした)により中近東風の雰囲気の曲調のダンス音楽(M10, 18)、北の羊飼いの笛とは一味違ったポリフォニーの牧童の笛(M12)、2~4声ポリフォニーで祈りのような雰囲気のある無伴奏合唱(M11, 15)、その独唱のようなもの(M13)、ポリフォニーだけれど祈りではなさそうな雰囲気のもの(M17)、インド古典芸術音楽かイランのダストガー音楽のような撥弦楽器アンサンブル(M14)、ユダヤのクレズマーギリシャのクラリネット・バンドのような音楽(M16, 19)などなど。南の方がちょっと洗練された文化を持ってるのかと思いましたが、それでも西ヨーロッパにまったく浸食されていない音楽で、スラヴなトルコなどなど、色々な文化を感じました。

 バラエティに富んでいて、CDを聴いているだけでヨーロッパやアルバニアの歴史がブワッっと目の前に広がっていく感覚でした。ベースには牧羊文化があって、そこに正教会の文化が重なる地域があって、そしてオスマントルコに占領され、ナチに侵攻され…みたいにして、こういう重層的な音楽文化が出来上がったんじゃないかと。そしてこのCD、録音をしたA.L.ロイドさんによる18ページにも及ぶ解説の見事な事と言ったら…いやあ、この録音を試みたディレクターの熱意がすごい、金儲けややっつけ仕事的な考えでは、こんな丁寧な仕事は無理。音楽も良ければ西ヨーロッパのクラシックや商業音楽に屈しなかった所も見事、そして解説が読んでいるだけで楽しくなってしまう見事さと、これは民俗音楽好きなら絶対に買いの1枚でしょう!


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過去の日記『阿部薫 / ラストデイト』に追記をしました

AbeKaoru_LastDate.jpg 阿部薫さんが他界した1978年に録音された音源をまとめて聴いたついでに、6年前に感想を書いた『阿部薫 / ラストデイト』も久々に聴き直してみました。ああ、1978年録音ではこれが出色だと思ってしまいます、これは素晴らしい。。

 でもって、感想をつらつらと書いたのですが、書き終わってから6年前も感想を書いていた事に気づいた次第(^^;)。1200枚もアルバムの感想を書いてたら、いつかはダブりをやらかすと思ってましたが、ついにやってしまいました。。でもせっかく書いたので、今回の感想を過去記事に追記しておきました。

 読み返してみると、あまり感想が変わってませんでした。夢中で聴いていた頃も、6年前に聞いた時も、久々に聴いた今も、このライブの演奏は良いと僕は感じてたんですね。阿部薫さんのレコードって存命中はまったく売れなかったそうですが、死後は出るわ出るわで何から聴いたらいいのか分からない状態になってますが、これはマストの1枚じゃないでしょうか?!

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『阿部薫 / ソロ・ライヴ・アット・騒 Vol.9』

AbeKaoru_Solo Live at Gaya 9 アルト・サックスの阿部薫の「ライヴ・アット・騒」シリーズ第9集は、1978年7月7日のパフォーマンスのセカンド・セットが収められていました。お、七夕ですね。七夕に狭いジャズバーでフリージャズを聴いたり演ったりする青春って、ちょっといいなあ。大学生にもなってアイドルを追いかけたりSNSで人を叩いたりしている精神年齢の低すぎる青年には見習ってほし青春だよ(^^)。使用楽器はアルト・サックスのみ、使っているメロディは「恋人よ我に帰れ」でした。

 38分一本勝負の長尺のサックス独奏でした。「恋人よ我に帰れ」といっても、曲のコード・プログレッションを使うわけでもヴァリエーションしていくわけでもなく、演奏の一部にメロディがチョロっと出てくる程度なので、ほぼインプロヴィゼーションと言っていいと思います。曲というなら、他の曲のメロディも出てきていましたしね(^^)。
 この日の演奏は自由自在、気の向くままにどんどん変わっていきましたVol.2のピアノ即興やVol.4のファーストセットあたりでは明確な一貫性というか、その演奏のテーマのようなものを感じましたが、この演奏は自由、右に行ったり左に行ったり(^^)。でも自由というのはきっと難しいんですね、聴いていて「あ、ここからどうするのかな?」という所がけっこう出てくるんです。もし即興に慣れてない僕なんかが演奏していたら、そういう所で終わってしまいそうなのに、さすが百戦錬磨、「あ~なるほどこう繋ぐのか」みたいに見事に音を繋げていきます。もしかすると、そんな事すら考えずに、本当にのびのび自由に吹いているだけなのかも知れません。サックスのインプロヴィゼーションって、「何を考え、感じていま演奏しているのか」というのを、ずっと追跡して聴いてしまう時があります。そうやって聴いていると、阿部さんの場合は、常に「俺」というものへの問いかけがあるような気がしてくるんですよね。「恋人よ我に帰れ」メロディを演奏するのでもすごくエスプレッシーヴォにやったりするんですが、その感情の入れ方の裏に「俺」がある気がしてくるし、メロディが切れて次にスッと移っていく所でも、外連味たっぷりになる所でも、もっと軽やかに素直に歌っている所でも、音楽の構造的な美とかそういう所はまったく見ていなくて、常に「俺」みたいな。ついでに、音楽を構成していく勉強はまったく出来ていなくて、だからエモーショナルで私的な表現に行くしかないのも「俺」みたいな。そういう所が、暗くまじめに考えてきた青春に聴こえていました。

 若い頃に阿部薫さんを聴き漁っていたことがありまして、うちには20枚ぐらいの阿部さんのCDが転がっています。分からない部分があって、そこに神秘的なものを感じていたり、あるいはそういう苦悩する「俺」みたいな青春を生きている人にどこかで共鳴したりといった具合で、音楽として純然に引きつけられて聴いていたのとは少し違っていた気がします。
 いま聴いて思うのは、若い頃は分からない部分に惹きつけられてましたが、今はそれが分かってしまうようで、魔法が解けた気分。こういう音楽って、大学生の頃とか、本気で人生を真面目に考えて結論を出さなきゃいけない時にぜひとも聞いておくべき素晴らしい音楽と思うんですが、いざ決意して踏み出した後は、もう卒業なのかも知れません。有島哲郎や太宰治の小説みたいなもんですね。つらく悩み続けた自分の青春時代を支えてくれて、本当にありがとうございました。


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『阿部薫 / ソロ・ライヴ・アット・騒 Vol.4』

AbeKaoru_Solo Live at Gaya 4 アルト・サックスの阿部薫の「ライヴ・アット・騒」シリーズ第4集は、1978年4月29日のパフォーマンス3つが収められていました。アルト・サックスの独奏が2つ、ソプラニーノ・サックスの演奏が1つ。ソプラニーノというサックスがある事を、僕は阿部薫さんで知りました。そして、このCDを買ったのは、「Chim Chim Cherry」と「アカシアの雨がやむとき」を演奏しているようだったからでした。純然たる出たとこ勝負のサックス独奏の即興で面白いと感じたものって少なかったものでね(゚ω゚*)。

 阿部さんのサックスの音って、すごくきれいと感じる事が多いですが、この日のファーストセットのアルトは珍しくて、ブローした音で同じフレーズを繰り返すところが中心になってました。色々な表現を試していたんだろうな、と思ったり。もしかすると、サックスで色々と歌う事だけ考えていた人なのかも知れません。 
 セカンドセットはソプラニーノの演奏で、「チム・チム・チェリー」のメロディからスタート。あーなるほど、ソプラノ・サックスよりちょっと高い音域をカバーするサックスなんですね。
 サード・セットはアルト・サックス。この演奏がいちばん外連味が強くて僕は好き(^^)。とはいっても、持ち上げるほどのものじゃないかも…。

 僕が好きな阿部薫さんのパフォーマンスって、70年代前半のものが多いです。78年でも『ラスト・デイト』は別格ですが、それ以外の78年の録音は歌う事とエキセントリックな演奏の間で揺れているものが多く、この第4集もそんな感じでした。管楽器奏者が歌うように演奏したいと思うのは自然だと思うし、その自然体な感覚はいいと感じるんですが、それだけならそういうのって自分でやりたい演奏であって、人の演奏をお金出して聴く音楽とは思えないよな…というのが正直なところかも。人前でやるタイプの音楽の場合、演っている人と聴いている人の間に何がキャッチボールされてるかが大事じゃないですか。それがあまりいい関係になっていないというか。

 楽器をやらない人には、サックスの独奏自体が珍しい事でもあるし、何かを感じさせる音楽かも知れないけど、音楽を学んだことがある人にとっては何が出来ないのか色々と分かっちゃうところが辛く感じられる演奏かも。スケールでアドリブする場合は大元のスケールしか吹けないので、音程をいじるアドリブの場合はフェイクするか、特殊技巧に走るかのどちらか。プログレッション出来ないので演歌みたい。だから表現はリズムをいじるとか、デュナーミクや音色表現に行くかしかなく、これだと出来る事の範囲が狭すぎて、音楽が単調にもなるし、どこまで表現を過剰にしていっても選ぶ音が普通すぎるので、よほど過剰な事をやらない限り、緊張感を維持できないんですね(^^;)。。こういう所って表現とか重いとかそういうものだけではどうにもならないので、いくら「歌うように」なんて頑張ってもダメで、学んで超えていくしかないんじゃないかと。音楽ってハートや表現だけでどうにかなるほど簡単なものじゃないですよね…。だから僕は、どうせ出来ないなら外連味たっぷりでギラギラしている70年代初期の方が好きなのかも知れません。第2集はピアノ演奏を含めて面白かったですが、4集はもう一声だったな(^^;)。。


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『阿部薫 / ソロ・ライヴ・アット・騒 Vol.2』

AbeKaoru_Solo Live at Gaya 2 日本の即興系のアルト・サックス奏者・阿部薫さんのソロライブ集です。これは東京の初台にあった「騒」という小さなライブハウスでの阿部薫のライブ・パフォーマンスをCD10枚に分けて発表するという、とんでもないプロジェクトの中の第2集。大学生の頃、日本のフリージャズを熱心に聴いたことがありまして、その時に阿部薫のCDもずいぶん買ったんです。でも、このシリーズ10枚を全部手に入れようなんて気はなくて、アルト・サックスの演奏は色々と聴いていたから、それ以外の楽器を演奏しているものだけセレクトして買ってました。この第2集は、1978年1月12日の3ステージが収録されていました。第2集は、ピアノ、ソプラノ・サックス、アルト・サックスの演奏が収録されていました。

 エスプレッシーヴォに楽器を演奏するのがうまい人、というのが、即物的に見たときの僕の阿部薫評です。楽器は何でもいいんですよね、ピアノでもサックスでもギターでもハーモニカでも。ピアノの演奏を聴いても、チャンス・オペレーションとは全然違って、ネコが演奏しても子供がピアノの鍵盤の上を歩いても同じというものではなく、立派な表現があります。それも、胸に迫ってくるものがあります。ただし…これは言ってしまって構わないと思いますが、音の選択は本当にメチャクチャ。恐らく、音を組織化する勉強や努力はしていなくて、音楽を表現の一点に見ていたんじゃないかと。日本のアングラな即興音楽って、そういう節がありますよね。技術や知識がないという事もあるんでしょうが、音楽というのは表現なんだとみている所もある、みたいな。

 でも、このCDを聴いていて感じるのは、そういう即物的なところ以上に、時代の雰囲気でした。この録音、フォルテッシモになると、録音がバチバチと歪むし、テープがよれて聴こえるところもあります。場所によっては転写を起こしてしまっていて、サックスを吹く前に同じ音がゴーストで聴こえちゃったり。お客さんの拍手もパラパラで、お客さんは3~4人なんじゃないかなあ。で、こういう状態でも良しとしちゃうある時代のアングラな雰囲気が、なんだかすごく感じちゃいました。

 ミュージシャンで食べて行こうと決心した若い頃、所属していたジャズバンドのツアーに合わせて、少しだけ東京に住んでいた事があるんですが、その時、フリージャズ系のハコに興味があって何軒も見に行ったんです。そしたら、70年安保の頃にタイムスリップしたのかと思うほどの雰囲気あるハコがいっぱいあってビックリ。荻窪のグッドマンなんて、椅子からバネが飛び出しちゃって、それを隠すためにその上に座布団を敷いてあったり、床が埃だらけで何年間掃除機かけなければこうなるんだろうって状態だったり。日本のアングラ映画で見た全共闘の隠れ家みたいな雰囲気だったんですよ。フリージャズやアングラ劇団や前衛映画があって、全共闘として戦って、麻雀やって、ガロを読んで、学生が戯れるバーで政治談議や音楽談義をしたりして…この音楽って、そういう雰囲気なんですよね。

 でも、そういう酒飲んで芸術談義して麻雀やってなんていう生活がいつまでも続くはずもなく、学生時代が終わればみんな社会人になって、そういう文化を持っていたロック喫茶もジャズのハコもアングラ映画館も徐々に潰れて、団塊の世代の革命はどこに行ったのか…みたいな。
 フリージャズがいちばんよかった頃のミュージシャンでも、富樫雅彦さんや山下洋輔さんみたいに音楽の素養がちゃんとある人は、うまいこと次の時代に移行してスーツ着て演奏する人になったし、近藤等則みたいな商売っ気ある人は妙にポップなことやって「あの頃は何だったんだ」みたいになりましたが、阿部さんみたいな人は、変わろうにもこれしか出来ないでしょうし、またこれ以外をやる気もないだろうから、時代に咲いた徒花として、最後はドラッグで死んでいく人生となったのかも。で、そういう人がいた事に、ちょっと安心を覚える自分がいたりして。だって、「いつまでも安全保障条約でほかの国の軍隊が国のとどまっている国なって、どう考えたっておかしいだろ」という戦いをしていた人が、大学卒業したら外資系の企業に就職してスーツ着て通勤とか、何かが間違っているというか、なんだか寂しいじゃないですか。そんな中で、暗くまじめに苦悩して、文句しか言わなかったり引きこもったりしていないで自力で戦って、みんなが去ってもまだこういう事をやって…みたいな。そうそう、このCD、最後に阿部薫の肉声でのあいさつが入ってるんですが、これがまた硬派な劇団の役者みたいで雰囲気あるいい声してるんですよ。。


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書籍『恐怖の心霊写真集』 中岡俊哉編集

Kyoufu no Sinrei Shasinshuu 僕が幼い頃から高校ぐらいまでの1970~80年代なかばは、心霊や怪談のブームが細く長く続いていました。それ以降になるとテレビで見かける心霊番組もヤラセっぽくなっていきましたが、70年代はかなりガチっぽい見せ方だったんです。異種格闘技戦をやる時の新日本プロレスみたいなもんでで、「他はフェイクだけどこれはマジ」みたいな。心霊系でいうと、宜保愛子さんや織田無道さんあたりが出てきたあたりから「ヤラセっぽいな」と冷めていった僕でしたが、自分が子どもだった事もあるのか、それ以前のものはかなりビビるものが多かったです。

 でも、『世界妖怪図鑑』で鍛えられていたので、子ども向けな「ドロロン閻魔くん」ぐらいではビビらずにいられました。でもこれはマジで怖かった。中岡俊哉さん編集の心霊写真集です。だってアニメや絵じゃなくて写真じゃないですか!フォトショップなんて当然知らなかった年頃なので、いかにもなトリック写真以外は「うわ、マジか…」なんて心の底からビビってました。夜にふとんを頭までかぶって寝るほど怖いくせに、翌日になるとまた友達と一緒に本屋まで行って一緒に見てビビる…そんな感じでしたね(^^)。

 新書サイズのこの「恐怖の心霊写真集」シリーズは、宇宙戦艦ヤマトや猿の惑星のように「続」とか「新」とか、どういう順で見たらいいのかさっぱりわからないほどいっぱい出てました。大ヒットしたんだろうな…。というわけで、どの本に出てた写真かは覚えてないんですが、個人的なトラウマがいくつか。
 ひとつは、縁側で撮影した女の人の写真。女の人は口をあけて笑っているのに、窓ガラスに移った女の人の口は閉じてるんです。怖ええええ!!!小学生だった僕が寝れなくなったのは言うまでもありません…寝たけどね(^^)。あと、後ろに飾ってある肖像画の目が、記念撮影している人をにらみつけているもの。車の中に人の影が見えるもの。映していないテレビの中に目があるもの。仏壇全体に髪の長い女の人が重なって映っているもの。


 今となってはアマチュアですらフォトショップやアプリを使って合成写真なんて簡単に作れるようになってしまったので、心霊写真の信ぴょう性がなくなったもんで、心霊写真の見方が僕の中では変わってしまいました。プロレスと同じで、嘘と分かったうえで完成度を楽しむ、みたいな。でも昔は違って、嘘か本当か疑心暗鬼の状態で、中でも強烈なものが「さすがにこれはマジだろ…」と本気で思ってました。今見たって、完成度の高いものはフェイクと分かっていても怖いですからね(^^;)。
 変な話ですが、友だちとこういうものを見てビビったという事ですら、大人になると懐かしくていい思い出と感じるんだから面白いです。本気でビビってたから、強烈な体験として記憶に残っているのかも知れませんね。僕が心霊写真集に嵌まっていたのは小学3~4年ごろでしたが、本気で怖かったなあ。。


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書籍『日本妖怪図鑑』 ジャガーバックス刊

NihonYoukaiDaizukan.jpg 『世界妖怪図鑑』の日本編です。これも子供の頃に家にありまして、「絶対に見てはいけない本」として自分の手の届かないタンスの上の方に隠してました。でも怖いもの見たさで引っ張り出しちゃうんですよねえ。で、夜にトイレに行けなくなるという。。

 幼い頃の僕は、表紙のリアルさで「世界妖怪図鑑」の方が好きだったんですが、怖さは日本の方が上だった!西洋の方は怖いだけじゃなくて面白かったんです。絵は油絵調で、単純に絵の見事さに感動していましたし(むっちゃ怖かったですけどね^^;)、中世ヨーロッパ風の雰囲気に異国情緒を感じたりもしましたしね。
 一方、日本のお化けの方はおどろおどろしくて情緒なんて言ってられないレベルで、子ども向けなのにリアリズムの追及が半端なくて、ガチでビビらせに来てました(゚ω゚*)。なかでもヤバいのは幽霊系。昔の幽霊画の引用がけっこうあったんですが、この薄気味悪さったらありゃしない。河童や天狗なら家にいれば大丈夫に思えたんですが、部屋に出る幽霊はこっちの安全地帯がない。これはヤバい、お願いだから来ないでくれ…子供のころ、幽霊ほど怖いものはありませんでした。馬鹿だったんだな(^^;)。。

 もうひとつヤバかったのが写真。この本、絵だけじゃなくて写真もけっこうあったんです。大映あたりの妖怪映画から取ってきたものだと思いますが、ウルトラマン以前の日本の特撮技術はガチなのでマジで怖い!のっぺらぼうやろくろ首のページはトラウマ、まだ幼稚園にも入っていない僕は見ては絶対にいけないページでした。マジで夜にトイレ行けなくなったし。

 そしてこれもなんと復刻されていたではありませんか!でも5000円は高い、もう少し値段が落ちるまでちょっと保留かな。いや、ぎゃくに値段が上がってしまう可能性もあるぞ、どうしよう。。


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書籍『世界妖怪図鑑』 ジャガーバックス刊

SekaiYoukaiDaizukan.jpg 僕が幼い頃、家にあった本です。兄が怖いもの好きで、こういう本をいっぱい持ってたんですよね。世界の妖怪や幽霊や怪物が、綺麗な絵と解説文で説明されていました。怖くて怖くて、自分の中では「見ちゃいけない本」になってたんですが、なにせ家にあるもんで、数カ月に1回、怖いもの見たさで見てしまうという(^^;)。表紙で何となく想像つくと思うんですが、やばいのは挿絵。無駄にリアルで怖かったんですよ、女が鏡に映ると骸骨だったりね。この油絵の筆致はアマチュアじゃない、きっと美大出た実力者が食えなくてこういう仕事をして凌いでたんだろうなあ。

 ドラキュラ、サタン、ゴーゴンみたいなメジャーなものから、影を食う妖怪「影くらい」みたいなこの本の創作なんじゃないかというものまでぎっしり。女の裸が見れる「妖花アルラウネ」の挿絵にちょっとドキドキしたり、絵じゃなくて写真のものがわずかにあって戦々恐々したり(゚ω゚*)。
 そんな中、幼少時の僕にとって最大の恐怖は、夜になると馬車の音が聴こえて、それを見ると地獄に連れて行かれてしまう、みたいなやつ。服を着たミイラだか骸骨みたいなのが馬車に乗ってたんですが、絵も怖ければ話も怖くて、夜に外に出たらこういうのに出会って死ぬんだろうな…と本気で思ってました。あの骸骨が引っ張っている馬車の絵をもう一度見てみたい。あと、理科室の人体標本みたいな気持ち悪い奴もトラウマで記憶にあるんですがそれも見たい。

SekaiYoukaiDaizukan_Mozma.jpg 1960~70年代って、お化けや超能力がまことしやかに話されていて、本でも映画でもテレビ番組でも、リアルに怖い作りのものがたくさんありました。子供むけのものですら容赦なしで、この本もそうですが、テレビアニメでも『妖怪人間ベム』や『猫目小僧』とか、マジで怖かったです。『ゲゲゲの鬼太郎』のエンディング曲もムッチャクチャ怖くて聞けなかったなあ。でもどこかのタイミングで、
「子供が本気でビビりまくるからあんまりリアルな描写はやめてくれ」という大人の苦情でもあったのか、80年代に入るとあまり怖く作らなくなったんですよね。鬼太郎のリメイクなんて、同じ曲でもお笑いソングかと思うほど怖くなくなったし。そんなわけで、これはお化けや幽霊がまだリアルに描かれていた戦後日本のある時期の、素晴らしい名作本だと思っています。

 な~んて思って、懐かしくてネットで検索すると…おおおお!なんと復刻されているではありませんか!!これはぜひとも買いたい、でもけっこう高いな…。古本が出たらぜひゲットしよう、そうしよう。


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『テレマン:協奏曲集 ベルリン・バロック・ゾリステン』

Telemann_Concertos_BerlinBaroqueSolisten.jpg テレマンの音楽、室内楽曲につづいては管弦楽曲です!でもバロックなので、管弦楽曲といっても編成が小さくて、ジャズで言うスモールコンボぐらいな感じ。このCDは、あまり演奏される事のなかったテレマンの楽曲を取り上げた協奏曲集でした。

 演奏や録音が素晴らしい事もあるのか、それともルネサンス音楽やバロックは作曲法がメカニカルなところがあるから質を維持しやすいのか、とてもこれが「テレマンの知られざる協奏曲」とは思えない高いクオリティの曲ぞろいでした。でもそういうこともあるか、だって4000曲も書いている作曲家だから、あまり演奏されない曲の中にだっていい曲があっても不思議じゃないですよね。僕の経験だと、有名曲よりも知られてない曲の方がぜんぜんいいなんて事はざらにあるし。まあでも通奏低音の音楽はジャズに似ていて、演奏者でかなり変わっちゃうので、これはベルリン・バロック・ゾリステンの演奏がすばらしいのかも

 そして、よく聴くと相当に高度な事をやらされている演奏や作曲に感じるんですが、全体としては飄々とした音楽に感じる雰囲気が良かったです。まずフォルテにならないし、テンポもデュナーミクもあくまで激しい変化をしないというのもあるんでしょうが、もっと根本的なところに理由があるのかも。僕は今の時代の音楽が持っている個人主義&主知主義的&叙情的な音楽に慣れすぎているのか、バロックを聴くとどこかで人間的でない…というか、なんともいえない突き放したところがある音楽に感じるんですが、でも構造だけがあるかというとそんな事もなくて、色々な曲想によって心に感じるものがあるんですよね。また、楽器奏者同士のアンサンブルさせるための気持ちの交流みたいなものがバロックってものすごく大事というか、ロックやジャズのように周りを聴かずに演奏してもなんとなく成立してしまう音楽と違って、本当に呼吸を合わせる必要のある音楽と感じます。この相容れないものの同居している感じが独特の響きを生み出しているというか…要するに、よかったっす(^^)。

 いまドイツ・バロックの有名人を挙げるなら、まずあがるのがバッハとヘンデル、次点でテレマンぐらいじゃないかと思いますが、当時はテレマンのほうがバッハより全然有名な売れっ子。なぜそうなのか、このCDを聴いてなんとなく分かった気がします。深く聴けばすごくよく出来てるけど、さらっと聴いてもそれはそれで難解さがなくて気持ちが良かったです。大衆性があるんですね、きっと。バッハやテレマンに入れ込んだら何千曲も聴く羽目にあってしまうので、僕は室内楽、管弦楽、宗教音楽をざっと聴いてそれ以上深入りしないようにしましたが、深入りしても外れでは決してない作曲家だと思います。もし人生が200年あるなら、もっと深入りしたい作曲家でした。


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『テレマン:室内楽曲集 コープマン(チェンバロ、指揮) アムステルダム・バロック管弦楽団員』

Teleman_ChamberMusic.jpg バロックの作曲家といえば現代で思い浮かぶのは大バッハですし、バッハしか聴いていないという人も少なくないのでは。バッハの有名作をざっと聴くだけでも大変ですしね(^^;)。でもバロック期には他にも有名な作曲家がいっぱいいて、当時はバッハより著名な作曲家も多数存在。国別にまとめて見ると…

■イタリア:モンテヴェルディ、フレスコバルディ、コレルリ、スカルラッティ、ヴィヴァルディ
■フランス:リュリ、クープラン、ラモー、シャルパンティエ
■イギリス:パーセル
■ドイツ:シュッツ、テレマン、J.S.バッハ、ヘンデル

 テレマンはドイツの18世紀バロックで、活動期間がほぼ大バッハと同じ、当時はバッハよりはるかに有名&売れっ子だったそうです。作曲の才能も強烈で、管弦楽曲、室内楽曲、教会音楽、声楽となんでもござれ、カタログに残っているものだけでも3600曲以上を書いたという化け物です(^^;)。こんなの、作曲するどころか聴いているだけでも人生を使い切っちゃうよ。。というわけで、このCDはテレマンの室内楽をいくつかチョイスしたものでした。7曲すべてが違う楽器編成にしてありました。といっても、通奏低音と幾つかのメロディ楽器のアンサンブルなので、編成が変わった印象はあまりなくて、スッと聞けてしまう感じでした。メロディ楽器と通奏低音の曲が2曲、メロディ楽器2つと通奏低音のトリオ・ソナタが3曲、メロディ楽器3つの通奏低音の四重奏曲が2曲。

 ドイツ・バロックってバッハを中心に入ると荘厳で宇宙的な音楽と思ってしまいがちですが、テレマンやヘンデルを聴くと軽やかな音楽だと思ってしまうなあ。ルネサンス音楽から宗教性を取り除いた感じというか。このCDに入っていた室内楽曲も、緻密なアンサンブルと馬鹿テクのプレイヤーたちじゃないととても演奏できそうにない曲のオンパレードでしたが、でも曲の雰囲気は明るく軽やか。短調のほうが多い気がするのに、重苦しくならないところがすごい。
 それでいて、通奏低音入りの18世紀バロックならではの、メロディ楽器に要求される技術がすごいです。テレマン自身は「俺は簡単でわかりやすい曲しか書かないぜベイビー」な~んていっていたそうですが、これは十分なテクニックを必要とすると思っちゃいました。それとも弦や管の人にとってこれは簡単なんだろうか。ビックリするのは、18世紀当時のドイツって、バッハの難解な曲にしてもなんにしても、プロの楽士じゃない人がこういう曲を演奏しちゃってるんですよね。テレマンの楽譜なんて、他の国では貴族が買ったのに、ドイツは市民が買っていたというんですからなんと音楽レベルの高い社会なんだろうと思います。音楽でドイツ、インド、イランに勝つのは難しい。。日本とは音楽に対する姿勢そのものが違うんだなあ。

 軽く聴いても明るく楽しい、深く聴くと作曲と演奏のすごさにのけぞる、でもこれは自分たちで演奏した時がいちばん楽しいんだろうなあ。。僕は通奏低音の楽譜が読めませんが、アレを読んで演奏するのって、今で言うジャズのセッションみたいな楽しさがある気がする…やっぱり自分で演奏するといちばん楽しいんだろうなあ。バッハは教会寄りでマジで宇宙の事を考えていそうで好き、ヘンデルは貴族に媚びている感じで嫌い、テレマンは充分な才能を持っていながら市民も楽しめる音楽を書こうとしたようで好きです。そうそう、曲も演奏も録音も文句なし、すばらしいCDでした!


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『ヘンデル:水上の音楽 ガーディナー指揮、イギリス・バロック管弦楽団』

Hendel_suijou no ongaku_Gardiner バッハの音楽はけっこう聴いてきたのに、バッハよりも名声を得ていたヘンデルは「メサイア」とこれぐらいしか聴いてません(^^;)>エヘヘ。しかも、「水上の音楽」は人生で2~3回聴いただけ。というわけで、30年ぶりぐらいに聴いてみよう!

 ヘンデルって優雅で明るい曲を書くのに、性格はわがままで偏屈だったそうです。もともとドイツ人で、ドイツのある領主をパトロンとして音楽活動をしていたそうですが、イギリスに渡ってアン女王に可愛がられて年金もいっぱい貰えるし作曲料もがっぽりもらえて気分を良くしたヘンデルは、ドイツの領主を裏切ってそのままイギリスに住みついてしまったんだそうです。ああ、こういう人はあんまり好きじゃないな…。ところがアン女王が死んだもんだからさあ大変、なんとドイツの領主だったかつてのパトロンがイギリス国王になってしまった!やっべえ、どうしよう…せや、王様の船遊びの時に、水上で素晴らしい音楽を奏でたろ!ってな具合で新王のご機嫌取りで書かれたのが、この「水上の音楽」なんだそうです(゚∀゚*)。

 ちょっと後の時代のモーツァルトが、貴族から委嘱を受けて長調で明るい曲の作曲ばかりしてましたが、ヘンデルも王族や貴族をパトロンにしていた人なので、音楽がクライアント向けで優雅で明るいんでしょうね。貴族の晩さん会や船遊びや舞踏会といった余暇の楽しみとしての音楽がほとんどだったんじゃないかと勝手に想像してるんですが、教会オルガニストのバッハとはここが大きな違い。かたや貴族の娯楽、もう一方は精神性の高い宗教曲や4科のひとつの追及というわけで、使ってる書法はバッハとそっくりなのにこれだけ違う音楽になっちゃうという。
 それにしても、アンサンブルが見事です。明るく軽い曲想なのでBGMにしても気分いい、当時のヨーロッパのお城に暮らしてる貴族のような気分になります(^^)。でも基本的にポリフォニーなので、真剣に聴くとかなり緻密。優雅なんて言ってる場合じゃない、決してムードだけの音楽ではありません。このCDの演奏がいい事もあるんでしょうが、声部の絡みがマジで素晴らしい、さすが当代一の作曲家だと思いました。ただ…裏切った元パトロンのご機嫌取りのために書かれた曲というだけで、ちょっと聴く気が失せてしまうな ( ̄ー ̄)。音に罪はないんですけどね。。


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『ヘンデル:メサイア アーノンクール指揮、アルノルト・シェーンベルク合唱団、ウィーン・コンツェルト・ムジクス』

Hendel_Messiah_Harnoncourt.jpg 大バッハと同時代に活躍したドイツ・バロックの巨匠に、ヘンデルという作曲家がいます。当時は王室からも手厚く保護されたヘンデルの方が富も名声も得ていたそうです。当時のバッハは教会のオルガン奏者で、一方のヘンデルはオペラなどの劇場音楽の作曲家ですからね、金持ちに着いた方が有利という教訓でしょうか(^^;)。バッハとヘンデルのふたりが、バロックの色んな様式をまとめあげたなんて言われてますが、僕はバッハばかりを聴いていて、ヘンデルはこの「メサイア」と「水上の音楽」ぐらいしか知らないんです。そのメサイアでさえ、「ハ~レルヤッ、ハ~レルヤッ、ハレル~ヤッ、ハレル~ヤッ、ハレエ~ルヤ~」の所しか覚えてないし。というわけで、聴きなおしてみる事にしよう、そうしよう。

 「メサイア」はオラトリオです。オラトリオというのは、キリスト教を題材にした物語状の劇場用管弦伴奏つき声楽作品です。物語があるのでCDで聴くとオペラっぽいですが、芝居はなく、あくまで音楽だけ。そしてヘンデルさん、当たり前ですがバッハと書法がすごく似ています。カノンやフーガはバッハが確立したんじゃなくて、その時代にあった作曲技法のひとつをバッハやヘンデルが洗練させていった感じなんでしょうね。面白いのは、バッハもヘンデルも作曲技法がそっくりなのに、バッハは重厚で深い感じがするのに、ヘンデルは軽やかで楽しげです。「メサイア」なんてオラトリオなのに、まるで古典派の舞踊曲のように楽しく優雅に聴こえる事もしばしば。なるほど、ここに教会オルガン奏者&音楽学者でつましい生活を送っていた人と、貴族に保護されて派手な生活をしていたオペラ作家の差が出てるのかも。

 ルカ伝、マタイ伝、イザヤ書など、すべて聖書からの引用で構成されているのに、エグいセリフがありません。バッハの宗教曲では「マタイ受難曲」も「ヨハネ受難曲」も、キリスト殺害から昇天までに絞って、そこをノーカットで思いっきりえぐく扱ってるのに、こっちは「見よ、世の罪を取り除く神の子羊」とか、えぐい表現は避け、「私たちは救われる」みたいな言葉だけを選び出しているよう。これを聴いたキリスト教徒を喜ばせる事を意図して作られたかのようにすら思えました。最後も、バッハはえもいわれぬ救いのようなところに抜けるのに、ヘンデルは楽しげにジャ~ンって終わります。なるほど、このエンターテイメントな感じが、若いころの僕がこの曲を受け付けられなかった理由なんだな。あ、でもこのCD、演奏も音もすごく良くて、素晴らしいと思います(^^)。


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『Uriah Heep / Live』

Uriah Heep Live ユーライア・ヒープ、1973年発表の2枚組ライブ盤です!このブログを書く前にネットで調べてみたところ、ユーライア・ヒープのファンの方のページでは、この時期がバンドの絶頂期だったそうです。ついでに、バンドメンバーも、このアルバムが大のお気に入りなんだそうです。すべて73年に行われたツアーから収録で、メインは73年1月26日のバーミンガム・タウンホールの公演のようですが、その公演だけではなく、3公演の中からセレクトしていました。

 オルガンが大活躍していることもあって、アルバム『対自核』を聴いた時は、いろんなことをやってるハードロックバンドという印象があったんですが、このライブアルバムを聴くと、ロックンロールやブルースロックをベースにスタートしたバンドなのかも。アルバムの最後なんて、「ロールオーヴァー・ベートーヴェン」や「ハウンドドッグ」「ブルースウェード・シューズ」というロックンロールのメドレーでしたし(^^)。

 60年代後半ぐらいだと、アメリカでもイギリスでも、ロックはそれなりに音楽を修めてきた人たちがやるんじゃなくて、あくまで若い人たちが好きでやってる音楽だったんでしょうね。ディープ・パープルキング・クリムゾンみたいにきちんと音楽教育を受けてきた人たちがやってるバンドの方が珍しい、みたいな。で、そういう人たちがやってるロックって、あったかくてよかったです。ずっと学園祭が続いてる、みたいな(^^)。

 いま聴いたらぬるく感じるかも知れませんが、「60年代後半から70年代頭あたりって、こういうロックバンドがいっぱいいて、バスに乗っていろんな街を旅してたんだろうな」な~んて思って聴いていたもんで、こういう青春もいいな、な~んてほっこりした気分になりました(^^)。


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『Uriah Heep / Very 'Eavy... Very 'Umble』

Uriah Heep_Very Eavy Very Umble 英ロックバンドのユーライア・ヒープが1970年に発表したデビュー・アルバムです。アルバム『対自核』がけっこう気に入ったものの、学生は金がないので(^^;)、これは若い頃に友達がレンタルしたレコードを聴かせてもらったのでした。学生の頃の友人同士の連帯感って凄いものがあったなあ。。

 やっぱりハモンド・オルガンのサウンドがこのバンドの売りになってると感じました。ハモンドB3って、鍵盤の上にスライダーがたくさんついていて、それをいじる事で倍音を調節して音を作るんです。で、ハードロック系の人は、けっこう激しく下品な「ギュワーン!!」みたいな音を作っちゃうわけですが、分かっていてもこれがかっこいい(^^)。というわけで、この時代のオルガンなハードサウンドというと、やっぱりディープ・パープルとユーライア・ヒープの2択かも。

 かといって、オルガンをメインにしたハードロックで押しているかというとそうでもなく、ピアノ・ブルースとか、メロトロンを使ったバラードとか、けっこう色々やってました。面白いのは、鍵盤楽器が入らないとただのロックンロールバンドになるのに、キーボードが入ると音楽がガラッと変わっちゃう(^^;)。というわけで、キーボードのケン・ヘンズレーさんが、初期ユーライア・ヒープのキーマンだったんじゃないかと。


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『Uriah Heep / Look At Yourself』

Uriah Heep_Look At Yourself オルガン入りロックバンドのユーライア・ヒープが1971年に発表したアルバムです。日本盤のタイトルは『対自核』で、意味は分かりませんでしたが、ピンク・フロイドの『原子心母』みたいでカッコいいタイトルだな、な~んて思ったものでした。そう思った時から35年が経ったんだなあ、時の流れは速いよ…。

 若い頃によく聴いたのが、1曲目の「Look at Yourself」。いま聴くと、けっこういなたかったんだなとか、色々と思う所がありましたが、若い頃は「むっちゃくちゃカッコいい!」と痺れまくって、僕にとってのユーライア・ヒープはこの1曲がすべてというほどに好きでした!別の言い方をすると、ほかの曲は宿題やりながらの流し聞きに近かったかも。。
 な~んて言いつつ、ほかが悪いわけではありません。しつこいほど4小節のリフのパターンを繰り返すもんで、ある意味でプログレっぽくも感じた「July Morning」とか、ちょっとカントリーロックかサザンロックっぽく感じる「Tears in My Eyes」とか、ディープ・パープルとしか思えない「Shadows of Grief」とか、バラエティに富んだ楽しいアルバムでした。演奏がちょっとバタバタしてるけど、それが逆にまだ60年代を引きずっているバンドみたいで、時代を感じられてよかったです(^^)。今回聴いていて、意外と初期のZZトップに近いな、な~んて思ったのは意外な発見でした。

 オルガン入りのハードロックなもんで、どうしてもディープ・パープルと比較しちゃうんですが、ユーライア・ヒープ自身は「リハーサル・スタジオでオルガン入りのハードロックを構想していたら、隣の部屋でリハしていたディープ・パープルにパクられた」なんて言っていたそうです(僕が持ってるLPのライナーによる)。パープルと比較しちゃうとさすがにちょっと下に感じてしまいますが、それでもこのアルバムはカッコよくて好きでした!こういうロックを漁るように聴いていた若い頃が、一番音楽を楽しんでいたのかも知れない、懐かしいなあ。


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書籍『ネイティブ・アメリカン 聖なる言葉』 ブラックウルフ・ジョーンズ、ジーナ・ジョーンズ

NativeAmerican SeinaruKotoba ネイティブ・アメリカンのうち北米インディアンの血をひくふたりの人が書いた、北米インディアンの教えの本です。詩か散文になっていて、一節が終わると翻訳者の解説が書いてありました。
 どう生きるかという人間の在り方に対する哲学ではないかと思いました。とにもかくにも素晴らしい教えが多くて、深く感銘を受けることもしばしば。どの教えもそのベースに「人間は自然と一体」という思想があるように感じられました。例えばこんな詩。

 世界を知ることは賢くなること。
 自分を知ることは目を開かれること。
 宇宙を知ることは万物とひとつになること。 (p.52)

 この世の旅では 真に心を開くように努力しなさい。 (p.92)

 人なり自然なりとの調和のうちに自分の人生を考えろ、という事に思えました。で、その調和の先が人間が後から作ったルールやモラルではなく、あくまで自然であるという所が正しいな、みたいな。

 実に素晴らしい本でしたが、教えの後に書かれている日本語訳をした人の解説がクソで、ネイティブ・アメリカンの考えを完全にはき違えていました(^^;)。。例えば、以下の詩。

自己を体験することは 新しい生に 永遠に開かれた窓。
それは初めて大地に触れる太陽の光 原初の雨 サイクルの始まり。
生の喜びに笑うあなただ。

で、その解説が…
あなたがしたいことを今日一日でいいから、今、しなさい。
先に延ばさないように、大きなことでなくていいから。
ラーメンを食べたければ、ラーメンを食べればいい。
「あー、ラーメンを食べたぞ」という満足感で、次に行ける。

 ひどい曲解、北米インディアンの教えも台無しだぜ(^^;)。これが、狙ってやってるんじゃないかと思うほど毎度なんですよ。というわけで、解説はすべて読み飛ばしましょう。

 いま世界を制覇している西洋文明って、優れてはいるけれど、哲学も頭の中で作ったイデアールなものをベースに考えたり、科学も自然を無視(や破壊)して進んだり、政治も弱者を犠牲にすることで強者が理を得る構造になっていたりで、根本のところで何か誤ってしまっている気がするんです。それって、正義の根本に自然を置いてないからなんじゃないかな、みたいな。根本に自然を置いた考えといえば仏教もそうですが、仏教がすごく哲学方面に伸びていって一般人には難しいところまで行ったのに対して、ネイティブ・アメリカンの教えはあくまで社会成員のすべてに分かりやすい言葉で書かれているのが身の丈な感じですごくよかったです。解説はともかく、詩の部分は実に素晴らしく、これは読んでよかった本でした!


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『ポリネシアの音楽 [Ⅲ] イースター島・マルケサス諸島』

Polynesia3_Easter.jpg ビクターが出したポリネシア音楽のCD第3集は、イースター島とマルケサス諸島。子どもの頃、世界七不思議みたいな話が大好きだったこともあって、イースター島の音楽というだけで即買い ( ̄ー ̄)。イースター島はポリネシアの大三角形の東端の島で、モアイ像しか僕は知りません。国としては一応チリ領なのかな?マルケサス諸島に至っては、名前しか知らず他は何にも知りません(T_T)。マルケサス諸島の位置は大三角形の北の頂点であるハワイ諸島とイースター島を直線で結んだちょうど中間、ソシエテ諸島の北東ぐらいにありました。Wikiで調べたら…ほとんど何にも書いてない。。18世紀にポリネシアを占領しようと送り込まれたヨーロッパの宣教師が相次いで食べられたのもこのへんだそうで。最近だと、2011年にドイツの観光客が人に食われたヌクヒバ島は、マルケサス諸島のひとつだそうです。うわあ、このCD、命がけの録音だったんじゃないかい(^^;)?

 イースター島の音楽は、合唱音楽でした。打楽器やウクレレの伴奏がつくものもありましたが、ポリネシアン・ダンスの伴奏みたいな強烈な奴じゃなくて、拍子をとっている程度。比較的大編成のものと、少人数の合唱がありましたが、大編成の方はタヒチのヒメネ・ターラヴァによく似たポリフォニー!いやあ、こういう音楽が同時発生するとは思えないし、距離が近いので、きっとタヒチから渡ってきたんでしょうね。イースター島は他の島々から離れているとはいえ、その中ではソシエテ諸島は近いしなあ。少人数の打楽器で表紙を取りながら歌ってましたが、これも最低でも和声合唱、ものによっては反行などを含むポリフォニーでした。

PolynesianTriangle.jpg マルケサス諸島の音楽は、大まかにふたつに分かれました。ひとつは、ボディ・パーカッション(自分の体を手でたたいて音を出す)でリズムを取りながらの勇壮な声の音楽。これがめちゃくちゃカッコいい!!ノリとしてはオセアニア一帯の戦闘舞踊や、祭儀用の音楽あたりに近いものを感じました。この好戦的で、ある種影のある音楽は、この島々の歴史に関係があるんだろうな…。島の歴史に関しては、あとで書きます。もうひとつの種類は、イースター島の小編成ポリフォニー声楽にそっくり。どちらが先か分かりませんが、一方から一方に伝わったんでしょうね。

 周辺の島々の音楽との関連を強く感じたので、島の歴史が気になりました。このCDのライナーに書いてあったイースター島の歴史をざっくり紹介すると…①マルケサス諸島にあったといわれるヒヴァの国から逃げてきたホツ・マツア王が始祖で、年代は5~13世紀。ちなみに、この王様を讃える歌がこのCDの1曲目に入ってます。②王の死後、長耳族が島に侵入し、王たちの一族である短耳族を支配。長耳族は食人の習慣があって短耳族を食い荒らし、さらにモアイ像を作る。18世紀のオランダのある提督は、長耳族がモアイを礼拝している所を見ている。③頭にきた短耳族、長耳族に怒りの反撃!長耳族を滅ぼしたうえ、モアイを片っ端からなぎ倒す。坊主憎けりゃ袈裟まで憎いですな(^^;)。④1862年、ペルーの奴隷狩りにあい、ついでに天然痘まで持ち込まれて島の人口が100人に激減。白人のやる事はむごい…。⑤1868年、なぜかペルーではなくチリに併合される。

Marukesasu shotou 一方、イースター島のルーツとなったマルケサス諸島の歴史。これは、WikiよりもこのCDのライナーの方が詳しかった!これだけでもこのCDを買った甲斐があったよお母さん。①サモアやトンガという西ポリネシアから人が来たのがはじまり。その人たちが、ヌウヒヴァ(ヒヴァの国)を作り上げる。②1595年、スペインに諸島が発見される。この探検航海のスポンサーだったのはペルー総督メンドーサ。その奥さんの名前がマルケサスだったことから、マルケサス諸島という名がついた。③18世紀、アメリカ捕鯨船の基地となり、奴隷狩りや暴行虐殺、さらに白人が持ち込んだ天然痘で先住民族が激減。白人はむごい。④1842年、フランス領になる。でも、その直前の歴史を見るに、ガンガン食人してやれと応援したくなるのは私だけでしょうか?

 う~ん、音楽の裏に歴史ありですね、歴史がそのまま音楽に反映されてるじゃありませんか。僕にとっての民族音楽を聴く楽しみのひとつは、歴史や異文化を肌で感じられる所ですが、これはなかなかすごかったです。でも、そこで滅ぼされずに勇壮な歌を残すところが、マルケサスの人たちはすごい!ポリネシアの歴史を感じるCDでした!


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『Keali’I Reichel / Collection Two』

Keali’I Reichel_Collection Two ケアリイ・レイシェルというハワイアン系のミュージシャンのベスト盤第2集、2009年発表です。日本タイトルは『カマレイ』。ハワイアンと言っても純ハワイアンではなく(そんなものがあるとしてですが^^;)、英米ポップスとハワイアンの融合という感じ。ストリングスが入ったり、ビートルズの「イン・マイ・ライフ」をやったりもしているハワイアンと思えば、大体あってるんじゃないかと。

 アメリカン・ポップスとの差が分からないぐらいの音楽でしたが、ドラムレスである事と、たま~にスライドギターが出てくること、そしてレイドバックした音楽という所がハワイアンのアイデンティティとして残されてる…のかな?で、90年代以降のハワイアンをかじる程度に聴いた身として思うのは、ドラムレスでビートミュージックにしていない所と、スタジオ録音でハイがキンキンしてなくてすごく落ち着いた音にしてあるところが心地よさに繋がってるんだな、みたいな(^^)。録音がいいんですね(^^)。

 これはハワイアンというより、ハワイ色がちょっとだけ入った英米ポップスぐらいの感覚で聴くと楽しめる気がしました。まあ、ビクターやソニーというメジャーがディストリビュートする地域音楽って、ある程度ポップス化しているものがほとんどなので、そういうものと言ってしまえばそれまでなんですが(^^;)。僕にとってはビンゴというわけにはいきませんでしたが、こういう方向のものがコンテンポラリーなハワイアンだとしたら、「お、これは!」というものが中にもありそうな気がしました。


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『コナ・ウインド ハワイ王国音楽特集』

Kona Wind 「ハワイ王国音楽」というタイトルにつられて聴いてみた1枚です。ところが、「ハワイ王国」の音楽だったかというと、???って感じがしてしまって、50年代ハワイアン8割と70年代以降2割みたいなオムニバスだと思って楽しむことに切り替えたCDです(^^)。

 全16曲、そのほとんどが、僕がハワイアンという言葉でイメージするような、50年代のハワイ音楽的な音楽でした。白人が持ってきたフォークギターやスライドギターを使った、レイドバックしたカントリーミュージックのようなヴォーカルミュージックのあれです。あれってハワイへ移住したメキシコ系カウボーイがギター音楽を持ち込み、それが宣教師たちの音楽と融合してさらに観光産業と融合して出来たらしいですが(このCDの解説に書いてありました^^)、それって本当に「ハワイ王国」時代の音楽なんでしょうか…ハワイ王国って1893年までだったので、確証はないけど違う気がします。タイトルに偽りありかも…まあいいか(^^)。

 そんな中、音楽では2曲ほど面白いと思ったものがありました。M5「ブルー・レイ」トニー・コンジュゲーションTony Conjugacion と、M11「アロハ・ラ・オ・ワイアナエ」のテレサ・ブライトTeresa Bright。前者はフォークギター、ジャズっぽいピアノ、ベースが入ったジャズとハワイアンのハイブリッド、後者は ボッサっぽいギターとベースが歌伴を務めるボッサとハワイアンのハイブリッド。どちらも、モダンでありつつもものすごく気持ちよかったです(^^)。ハワイアンって、50年代の大ブレイクの後、70年代にコンテンポラリー化して再ブレイクしたそうですが、それ以降って、こんな感じなのかな、と思ったりして。

 このCDはいろんなミュージシャンの演奏を修めたオムニバスだったんですが、ミュージシャンについての解説がゼロ。有名な人もいるのかも知れませんが、ハワイアンにぜんぜん詳しくない僕にはつらかったですが、2曲ほどいい音楽が聴けたのが良かったです(^^)。


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『ハワイアン・カウボーイ、パニオロの唄 Songs of the Hawaiian Cowboy Na Mele O Paniolo』

Songs of the Hawaiian Cowboy Na Mele O Paniolo ハワイアン・ミュージックのオムニバスCDです。いつか聴いたハワイアン・チャントのCDみたいに思いっきりネイティブな音楽ではなく、白人入植後の、ギターやウクレレを使って優雅に歌うあのハワイアン・ソングです。僕はこっち系をぜんぜん知らないもので、ダニー・アカカやレアバート・リンゼイという収録ミュージシャンはひとりも知りませんでした(^^;)。

 アルバムタイトルにもなっているパニオロというのは、ハワイのカウボーイの事だそうです。僕はハワイ島に行った事があるんですが、そこらじゅうが放牧の農場でした。馬の親子が優雅に牧草を食べていたりして、のんびりしていて良かったなあ。

 このCDで聴く事の出来たカウボーイ・ソングは、日本でよく知られているあのハワイアンソングのスタイルと同じでした。そして、それを知った瞬間に、ああなるほど、そういえばアメリカの白人のフォークソングあたりのルーツミュージックとハワイアンってそっくりだな、と思いました。なるほどなあ、ずっと観光客向けのエンターテイメント音楽だと思ってたんですが、元々こういう音楽だったんですね。


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MJQ を面白くないと感じる人に捧げるMJQ の聴き方!

MJQ_Concorde.jpg モダン・ジャズ・カルテットのアルバム『Concorde』の感想文のコメント欄から、ブログ友達さんより「(MJQ は)さっぱり良さが分からなかった」という趣旨のコメントをいただきました。僕もしばらくずっとそうだったもんで、すごく分かる気がするご意見でした。そういう人って結構多い気がしますし、特に、リアルタイムではなく後追いで聴いた人だと「MJQは分からん」という意見は少なくないんじゃないかと。

 でも僕の場合、「面白くない保守的で退屈な音楽だな」と思っていたMJQ に、ある時から大ハマりしてしまいました。今では、ジャズ史に残る名アンサンブルのひとつだと思っているほどです。というわけで、コメント欄に返信させていただいた内容を以下に転記しておきます。名付けて、「MJQ を面白くないと思った人に捧げるMJQ の聴き方」!

* * * * * *

■MJQ には、たしかにカクテル・ジャズ風の退屈なアルバムがそれなりにある
 おっしゃっている事、すご~くよく分かります。MJQ、僕も最初はさっぱりでした。その最初というのは『ベニスに死す』と『ジャンゴ』で、これがどちらも大アウト。いま考えるとこの2枚は○○さんいうところの「カクテルジャズ」方向の色がメチャクチャ強かったという(^^;)。。どちらもジャズ評論家やSJ誌が大絶賛していましたが、今から思うとジャズ評論家のポンコツさや80年代以降のSJ誌のレコード会社の太鼓持ち加減って、罪だったと思います。あれのせいで日本でジャズが死んだといっても過言じゃないぐらい。というわけで、MJQ は、レイドバックしたカクテルジャズ、アンサンブル音楽、ショーバンド、この3つのバランスで出来ているグループで、カクテルジャズ方面に寄りすぎると、たしかに面白くないと思います。

■でもMJQ は室内楽風のアンサンブルをやると素晴らしい!
MJQ_SPACE.jpg 僕の転機はジャズやロックのミュージシャンがごっちゃで出演した『スーパー・ショー』というビデオを観た時でした。ツェッペリン、バリー・ガイ、MJQ、ローランド・カークなど、ジャンルを超えたミュージシャンが出演しているスタジオライブだったんですが、ここでのMJQがハーモニック・マイナーのモード4あたりを使いながらアドリブとアンサンブルが混然一体となった音楽をやっていて、これにぶっ飛びました。もう、音楽のレベルがケタ違い。このビデオは今では見るのが難しいかもしれませんが、その曲自体は『Space』というアルバムに入っています。
 というわけで、MJQ の本当の素晴らしさは、カノン以降の西洋音楽の作曲技法を色々使える音楽能力の高さと、それをアンサンブルにして表現できるアレンジ能力にあると感じます。そういう事をやっていたジャズって、MJQ 、ミンガス、ジミー・ジュフリー、シェリー・マン、ジョージ・ラッセル…限られるんですよね。やろうと思っても出来る知識があるジャズマンが少ないという事もあるだろうし。

■MJQ が室内楽アンサンブルをやればやるほど、アドリブの意味がジャズのメインストリームとは違っていく
 こういう枠で音楽をやっているので、MJQ の場合はアドリブの役割がバップ系統のジャズとは違う気がします。エスプレッシーヴォな表現ではなくてカデンツァやゲネラルバス的なんですよね。今回の記事でも書いていますが、初期MJQ はまだハードバップ色が強くて、アンサンブル面が安定してくるのはもう少し後からです。

MJQ_PorgyandBess.jpg そういうアレンジ面が絶品のMJQ のアルバムでおすすめは、『Pyramid』、『Blues on Bach』、『Porgy and Bess』、『Space』の4作です。スコアが本当に見事で、なぜベースとドラムがああやっているのかはこのへんのアルバムを聴くと分かるんじゃないかと思います。チェンバーミュージックの低弦の役割を理解しているコンバスってジャズでは多くないと感じますが、そんな中でパーシー・ヒースは相当にレベルが高いと思います。音から判断するに恐らくガット弦を張ってますし、アルコもうまいですし。もし僕が室内楽ジャズのグループを作るとしたら、バスはパーシー・ヒースかバリー・ガイかスティーブ・スワロウを指名したいぐらい。そうそう、ドラムのコニー・ケイも、ジャズやロックのドラマーでは珍しいぐらいにアンサンブルをよく聴いていると感じます。そうそう、MJQ のリズム・セクションの室内楽への対応能力の高さが分かる超優秀アルバムは、『Blues on Bach』や、ポール・デスモンドのアルバム『East of the Sun』あたりがおすすめです。ジャズのミュージシャンって出音が汚い人が多いですが、MJQ のリズム・セクションは音がものすごくきれい…タッチがぜんぜん違うので、やっぱりクラシックやってたんじゃないかという気がします。少なくとも、聴いて勉強はしていたでしょう。

■サード・ストリーム・ミュージックは、ジャズやロック/ポップスだけ聴いている人だと良さを理解するのが難しいかもしれない
 MJQだと、他には『Third Stream Music』や『A Quartet is a Qurtet is a Quartet』『Jazz Abstruction』などなど、サード・ストリーム色の強いアルバムも僕は好きですが、こっち方面はバロックや近代クラシックを聴いた後じゃないとピンとこないかも。最近書いた記事で言うと、バッハのブランデンブルグ協奏曲のゲネラルバスやヒンデミットの「室内音楽」が良いと思うようなら、サードストリーム方面もそうとうに面白いと感じる気がします。僕は、ヒンデミットやバッハは、若い頃はまったく分かりませんでした。

 いっぱい書いちゃいましたが、カクテルジャズ方面のMJQでは、僕の場合『コンコルド』や『Fontessa』は気持ちよさが退屈さを上回るのでセーフ、『ジャンゴ』や『ベニスに死す』は退屈さが優ってしまってアウトです。こういう境界線って、要するに個人差なんでしょうね(^^;)。


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『John Lewis / Grand Encounter: 2 Degrees East - 3 Degrees West』

John Lewis_Grand Encounter MJQジミー・ジュフリーとのセッション『At Music Inn』と同じ1956年に、MJQ のピアニストのジョン・ルイスが行ったセッションです。MJQ からは他にベースのパーシー・ヒースも参加してました。セッションの売りはアルバムのサブタイトルにもなっている、2人の東海岸ジャズのミュージシャンと、3人の西海岸ジャズのメンバーのセッションという所なのかな?とはいえ、ソニー・ロリンズの『East Meets West』や、アート・ペッパーの『Meets the Rhythm Section』と違って、全員が室内楽なジャズを得意とするミュージシャンだったので、ウエストコースト・ジャそのものに感じました。だってメンバーがJohn Lewis (p), Bill Perkins (ts), Jim Hall (g), Percy Heath (b), Chico Hamilton (dr) なんですものオホホ。

 これも『At Music Inn』と同傾向のレイドバック系のジャズ室内楽セッションでした。マッタリと心地よくてやばいです。夏に聴いたら部屋の温度が2度は下がりそう、仕事中に聴いたら労働意欲がなくなりそう(^^;)。これ系の室内楽ジャズのセッションは、芯がなくてみんな似たようなマッタリしたサウンドの金太郎飴になってしまうところが弱点と思いますが、逆に言えばこのサウンドが好きだとすべてがドツボにハマるかも。実際、このアルバムを高く評価するファンの人は昔から多いみたいで、つまりは「やべえ、気持ち良すぎるぞ!」となった人続出だったんじゃないかと。

 個人的に、この手の室内楽ジャズの最高傑作はビル・エヴァンスの『Unknown Session』ですが、よく考えてみたらこういうセッションをレギュラー化したのがモダン・ジャズ・カルテットなのかも知れません。ミュージシャンも演奏も完璧だと思ったので、もう少しアンサンブルを書き込んでいたら、さらに素晴らしいものになっていた気がします。「2 degrees East 3degrees West」のテーマなんて、ちょっとしゃれたアンサンブルを見せて見事だったのでね(^^)。なかなか顔を合わせる機会もなかっただろうメンツなので、頑張ってそこまでやって欲しかったな。


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『The Modern Jazz Quartet with Jimmy Giuffre / At Music Inn』

MJQ JimmyGiuffre_At Music Inn 室内楽ジャズのアンサンブルMJQと、クラリネット奏者ジミー・ジュフリー、この両者が共演した1956年のレコードです。どちらも超がつくほど好きなアーティストですが、良いミュージシャン同士が共演したからと言っていいものになるとは限らないのが音楽の怖いところ。というわけで、恐る恐る手を伸ばした1枚でした。なかなかのレア盤で高いもんだから二の足を踏んだという事もあったんですけどね(^^;)。。

 このアルバム、全曲にジミー・ジュフリーが参加しているわけではありませんでした。良いと思ったのは、アレンジがきっちり施してあるところで、アレンジをしたのがジョン・ルイスなのかジミー・ジュフリーなのか分かりませんが(どちらも当時のジャズ界の名アレンジャー)、リードシート作ってアドリブなんていう雑な事はやらず、作るところをきっちり作った見事なアンサンブルでした。なんといえばいいのか…MJQ がこういう室内楽的なアレンジを施したことをやる時って、これに似たジャズを僕は他に知りません。しいて言えば、それこそ初期のジミー・ジュフリーが近いかな?アメリカのアーリーミュージックとヨーロッパの室内楽を混ぜたようなサウンドです。こういう言い方が良いかどうか分からないけど、真面目に聴くんじゃなくて、仕事をしながらとか読書しながらBGMとして何となく流しておきたい音楽だな、みたいな(^^)。

 ちょっとマッタリさせすぎてぼんやりしてしまった感じがしなくもないけど、こういうマッタリ観って、僕はけっこう好きです(^^)。悪く言えば、チームワークを優先しすぎてエースや4番のいない音楽のようでもありますが、この雰囲気を活かしたままアンサンブルや個人技を強化していったのが、この後の『Fontessa』や『Pyramid』といったMJQの名盤群に繋がっていったんじゃないかと(^^)。


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『The Modern Jazz Quartet / DJANGO』

MJQ_DJANGO.jpg モダン・ジャズ・カルテットの始まり、僕はちょっとよく分かってません。最初はミルト・ジャクソン・カルテットだったのにそれがモダン・ジャズ・カルテットのレコードにカウントされたり、最初の頃はメンバーもけっこう違ってたりするので、「これもMJQに入るのかな?」と曖昧。のちのモダン・ジャズ・カルテット的なクラシック・アンサンブル的なアレンジ&ハードバップ的なアドリブではないものもあって、50年代初頭にヌルッと始まった印象なんですよね(^^;)。でも、1956年発表のこのアルバムあたりにくると、音楽的にもそろそろMJQになってます。それでも、ドラムが長年固定メンバーになるコニー・ケイではなく、ケニー・クラークなんですけどね(^^;)。

 綺麗にアレンジされたアンサンブルと、そこに組み込まれたジャズ的なアドリブ演奏という意味では、このへんから立派なMJQ。でもこのアルバム、音楽がちょっと保守的すぎて、若い頃の僕には刺激が足りませんでした(^^;)。MJQ の音楽っていい方に出ると、とっても創造力あふれたアンサンブルが描き出されて素晴らしいと思うんですが、悪い方に出ると退屈なシャンパン・ジャズになる危険も。結局、アンサンブルの美しさと同時に、退屈しない程度には創造的で刺激的な事をすること、音楽ってこのへんのバランスが重要なのかも。MJQ は創造的な音楽も作りだすけど、一方でプロ楽団として音楽でメシを食う所にも力が注がれていて、たぶんある所より先に進む事は自分たちでセーブしてると感じます。ましてこの1枚はレーベルがAtlantic ではなくジャズ超保守のPrestige。セッションでスタンダードをサクっと録音して膨大なタイトル数を生み出していたレーベルでは、冒険もあまり許してくれないし、時間がかかる事も許してくれない、スタンダードも何曲かは要求される、という事なのかも(^^;)。

 というわけで、僕個人としては真ん中よりちょい下ぐらいなMJQのアルバムでした。でも、仕事のBGMに流すなら、うるさくないし、気持ちよくていいかも。


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『The Modern Jazz Quartet / Concorde』

MJQ_Concorde.jpg 室内楽っぽい落ち着いたアンサンブルが最高に気持ちいいグループ、モダン・ジャズ・カルテットが1955年に発表したアルバムです。僕が持ってるMJQのアルバムでいちばん古いのがこれなんですが、いちおうこれが最初の作品なのかな?「いちおう」というのは、この前にMilt Jackson QuartetというMJQがあるからなんですが(^^;)。

 最高に気持ちいいです、テーマメロが輪唱で演奏されるとか、色んな工夫がさりげなく施されているんですが、そういう所よりも音の気持ち良さがとにかく最高!仕事でクタクタに疲れて帰ってきても、家でこんな音楽を聴いたら、疲れなんか吹っ飛ぶ心地よさ (^^)。若い頃、MJQの音楽は、すこし挑戦的な事をやってるアルバムの方が好きだったけど、いま聴くとリラックスしたこういうアルバムもメッチャクチャ好き。大人にならないと分からない音楽かも。

 音楽のための音楽じゃなくて、日々の生活の中で、緊張した心を解くためにあるレイドバックミュージックのよう。それでいて、ガーシュウィンの曲のメドレーやってたり、たんなる環境音楽じゃなくて、衒学になりすぎない適度な知的さもすごく好き。40歳も過ぎたら、こういう音楽を楽しめるようになりたいですよね(^^)。


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簡単アーリー・ミュージック入門!

 アーリー・ミュージックは僕の中でまとめきれていない部分が多いので、ルネサンス音楽をきいたついでに、自分の頭を整理しておこう、そうしよう。

(アーリー・ミュージック)
 まず、アーリー・ミュージックについて。西洋音楽というと、今だとバッハがいる18世紀バロックという音楽以降に注目が集まる事が多くて、クラシックの教科書でもバッハより前にさかのぼる事は珍しいです。そして、バロックの前の16世紀は、いわゆるルネサンス音楽の時代。このルネサンス音楽以前の西洋音楽を、まとめてアーリー・ミュージックと呼びます。

(グレゴリアン・チャント)
 そして今、西洋のアーリー・ミュージックをどこまでさかのぼる事が出来るかというと、9~10世紀ごろに出来たといわれるグレゴリアン・チャント(グレゴリオ聖歌)まで。グレゴリオ聖歌はローマ・カトリック教会で歌われる聖歌なので、カトリック系の教会ではなんと今でも歌われ続けてます。1200年も歌い継がれてるって、すごくないですか?!というわけで、アーリー・ミュージックというと、だいたい9~10世紀のグレゴリアン・チャントから16世紀のルネサンス音楽までを指す事が多いみたいです。

(世俗歌曲)
 ヨーロッパの5~15世紀は中世と呼ばれてますが、中世ヨーロッパの音楽が宗教曲ばかりだったわけでもなくて、世俗音楽もいっぱいあったんじゃないかと。ただ、教会音楽は歌い継がれ書き記されてきたから、残りやすかったんでしょうね。でも世俗音楽の中にも現代にまで伝わったものがありました。吟遊詩人たちが歌い継いだ曲がそれです。中世の吟遊詩人は名前がついているものがあって、中でもトルバドゥール、トルヴェール、ミンネゼンガーと呼ばれる吟遊詩人が有名です。いちばん古いのがトルバドゥールたちで、11世紀ぐらいが起源で、南フランスで活動。次がトルヴェールたちで、12世紀後半ごろに北フランスで活躍。最後がミンネゼンガーたちで、12~14世紀のドイツで活躍。これらの世俗歌曲はつながりがあります。音楽の形式にもそれぞれ特徴がありますが、まあそんな事より歌を楽しむところから始めるのがいいんじゃないかと。今とはぜんぜん違う生活風景なんかが歌われてて面白いです(^^)。そして、グレゴリアン・チャントとトルバドゥール~ミンネゼンガーまでの歌は単旋律であるのが共通した特徴です。

(アルス・アンティクヮ)
 そんな西洋にも多声楽が生まれ始めます。初期の多声楽は「アルス・アンティクヮ」といいます。アルス・アンティクヮは、オルガヌム、モテトゥス、コンドゥクトゥスという様式が3本柱です。
 オルガヌムは、グレゴリアン・チャントを斉唱してるだけではつまらなくなってきて、度数を変えて2つの旋律にしたのがはじまり…な~んて何かの本で読んだ記憶があるんですが、何の本だったか覚えてない(>_<)。まあ2声の多声楽である事は間違いないんですが、これがカノン状になっていくものまであってメッチャ素晴らしい!今の歌謡音楽よりよっぽど高度でしかも美しく、未体験の人にはぜひ聴いてみて欲しい声楽です。オルガヌムの中では「ノートルダム楽派」が有名で、これはノートルダム寺院で発展したオルガヌムなんですが、実に見事。

 モテトゥス(モテット)は、用法によって意味合いが変わるややこしい言葉ですが、ここではアルス・アンティクヮやアルス・ノーヴァの時代の世俗ポリフォニーをモテトゥス、ルネサンス音楽以降の教会ポリフォニーをモテットと呼ぶ方法で紹介。オルガヌムが長大なものになりやすいのに対して、モテトゥスは短め。でも、3声のモテトゥスの中には、上部2声が別の詞を歌ったりしたものもあって(これ、『十字軍の音楽』というCDなんかで聴く事が出来ますが、同時に違う詞を歌ってるのに、ちゃんと聴き取れるんです、すげえ!)、これがバッハまで連なる対位法音楽の基礎になったように感じます。

 コンドゥクトゥスは、それぞれの声部が違う動きをみせるモテトゥスと違って、すべての声部が同じリズムで動くので、声部音楽というより和声音楽のように聴こえます。でも、コンドゥクトゥスが発生的にはいちばん最後だし、これが現在のホモフォニーな合唱曲や、和声音楽の基礎になったのかも(あくまで僕の見解なのであまり信じないでね^^;)。

GyaumeDeMachaut_NotorudamuMissa_Parrott_TavenerConsort.jpg(アルス・ノーヴァ)
 アルス・ノーヴァは、アルス・アンティクヮからルネサンス音楽への橋渡しになった音楽で、フィリップ・ド・ヴィトリーという司教が書いた「アルス・ノーヴァ」という音楽理論の本が最初。それまでノリで書いて発展してきた多声楽が、これで一気に理論的にまとまり、ノリや経験だけで作ってきた音楽と違って理論から音楽を生み出せるようになったもんだから、新しい音の組み合わせやリズムのかみ合わせがブワッと出てきた、みたいな感じ。そんなアルス・ノーヴァの代表的作曲家が、ギョーム・ド・マショーです。マショーの作品で、そういうアルス・ノーヴァ的な技巧があらわれた傑作が「ノートルダム・ミサ」というミサ曲で、この曲は連作ミサ曲をひとりの人が作った最初の曲だといわれます。ここで使われているイソリズム(アイソリズム)というリズム面での技巧が使われていて、以降のカノン系の音楽を生み出す大発明…だそうですが、実は僕、この「イソリズム」というのがよく分からない…。
 このへん以降のヨーロッパ音楽は、世俗音楽以外のものはかなり高度で、プロの音楽家でないととても作る事が出来ない高度なものの連発。そんなわけで、作曲家の名前が残っているものが一気に増えます。

DUNSTABLE motets(ルネサンス音楽の夜明け:ブルゴーニュ楽派)
 ルネサンスというと14~16世紀のヨーロッパのアレの事だと思いますが、ルネサンス音楽というと15~16世紀のヨーロッパ音楽のアレの事。作曲家の柴田南雄先生は、『西洋音楽の歴史 上』の中で、「ほほ1430年の頃が音楽史上アルス・ノーヴァとルネサンスとの交替期」と書いてます。理由はいろいろですが、たとえば和声の整備。ちょっと前までは1・4・5・8度以外の音程は全部不協和音程だったものが、長3・短3・長6・短6が不完全協和音程になり…みたいに、ほぼ現代と同じように整備された事などなど。これに伴って、15世紀に入るといきなりすぐれた作品がどんどん生まれてきたのでした、ルネッサ~ンス!
 そんなわけで、ルネサンス音楽がついに咲き乱れるわけですが、さっき書いた3度と6度の発展で重要な役割をしたのがイギリス人ダンスタブル。ダンスタブルはイギリスから大陸に3度と6度を持ちこんだのでした。イギリスは音楽不毛の地なんて言いますが、要所でいい仕事をするんですよね(^^)。

 そして、初期のルネサンス音楽は、ベルギー・オランダ・フランス東北部あたりのブルゴーニュ地方で花を開かせます。ダンスタブルはアルス・ノーヴァの作曲家に見なされる事もあるし、最後はブルゴーニュ公国の宮廷と関係を持ってたのでブルゴーニュ楽派に数えられる事もあるみたい。ほかにブルゴーニュ楽派で有名な作曲家は、デュファイバンショワ。デュファイのミサ曲はドミナントとサブドミナントがはっきりしていて、声部書法優勢だった多声楽に、思いっきり和声法が食い込んでます。もうこのへんの西洋音楽の精密さは、今のアマチュア音楽家の延長程度のポップスの作曲家では太刀打ちできないレベルです。すごい。

Lassus_Motets et Chansons(ルネサンス音楽:フランドル楽派)
 ブルゴーニュ楽派に続いて、フランドル楽派なんてものも出てきます。昔はこのふたつを合わせてネーデルランド楽派と呼んだそうです。フランドル楽派は、ルネサンス音楽の大本命オケゲムジョスカン・デ・プレラッススなどの錚々たる作曲家ぞろいです。
 この中でオケゲムは発明家的な才能があって、カノンの中に拡大・反行・逆行なんていう、後のシェーンベルクにまで繋がってくる書法を開発します。すげえ。
 そして、ジョスカン・デ・プレ。ルネサンス音楽でひとりだけ作曲家を挙げろと言われれば、たぶんこの人。洗練というヤツですね、色んな技法を見事に使いこなしてる感じ。そういう意味でいえばラッスス(ラッソ)も同じで、ラッソはモテットのような宗教曲ばかりでなく、マドリガル、シャンソン、リートなんていう世俗音楽も大量に書いていて、こんな作曲の達人に曲を量産されたら、アマチュア音楽家なんて曲を書けなかったんじゃないかと。ベートーヴェンが歌謡曲も大量に書いちゃうようなもんですからね。フランドル楽派、おそるべし。

Palestrina_Missa to motetus_Turner(ルネサンス音楽:ローマ楽派)
 というわけで、ルネサンス音楽は不思議な事にルネサンスの震源地イタリアでなくてネーデルランド周辺で大爆発だったわけですが、とうぜんその音楽はローマ・カトリック教会にも飛び火。ローマ楽派なんてものも生まれますが、その代表選手がパレストリーナです。ローマ・カトリックの肝いりという事もあるのか、パレストリーナの方が厳格で様式美的、ラッススの方が遊び心あり(なんせシャンソンまで書いてますからね^^;)、みたいな感じ。パレストリーナの作った聖歌はいまでもカトリックの総本山バチカン宮殿のシスティーナ礼拝堂で歌われてます。CDでは、前に紹介した『システィーナ礼拝堂の音楽』なんかで聴く事が出来ます。あともうひとり、ローマ楽派で僕が聴いた事があるのはカヴァリエーリ、これも素晴らしい作曲家でした。僕が聴いたのは預言者エレミアを扱ったポリフォニーでしたが、素晴らしかった(^^)。

Monteverdi_Poppea no taikan_Gardiner(ルネサンスからバロックへ:モンテヴェルディ)
 そんなルネサンス音楽も、バロック音楽へと移行していく時が来ました。そこで活躍したのがモンテヴェルディ。ルネサンス音楽末期には、オペラがずいぶんと盛んになっていて、フィレンツェには「カメラータ」というグループがオペラを生み出します。そんなオペラを一気に芸術的レベルまで持って行ったのがモンテヴェルディ。彼の『オルフェオ』は、本格的なオペラ最初期の作品として有名、なんと今でもその中の曲は演奏され続けています。また、モンテヴェルディがすごかったのは、けっこう野蛮ギャルドなんですよね、不協和音なんて全然気にしないというか、オペラで緊張感のあるシーンになると不協和音を平然と鳴らします。これは、あのどこまでも整合性のとれた調和を聴く事が出来るパレストリーナの音楽とは大違い。ぶっ壊して次の時代への道筋をつけたとも言えそう(あくまで僕の見解なので、あんまり真に受けないで下さい^^)。

 お~、書いてみたら、グッチャグチャだった自分の中でのアーリー・ミュージックが整理できた気がするぞ…あ、マイスタージンガーとか書いてないや、どうしよう(^^;)>。次のバロックへの道はドイツのオルガン音楽の歴史についても書かないと…まあいいか、ここまで整理出来ていれば、あとはいくらでも深く入っていけそうな気がします。
 アーリーミュージックで僕が特に好きなのは、オルガヌムと後期フランドル楽派の音楽。このへんの音楽を聴いてると、昔の作曲家ってべらぼうに頭が良かったんだろうな、と感じます。中世~ルネサンス期の音楽を聴いてみたいけど何が何だかわからないという人は、どうぞ参考にしてみてくださいね(^^)/。


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『カヴァリエーリ:エレミアの哀歌とレスポンソリウム ハリー・ヴァン・デル・カンプ音楽監督、ジェズアルド・コンソート・アムステルダム』

Cavalieri_Eremia no aika パレストリーナと同じローマ楽派の作曲家をもうひとり。エミリオ・デ・カヴァリエーリです。カヴァリエーリはルネサンス音楽からバロックへと変化していくその瞬間、つまり作曲技法がポリフォニーからモノディへと変化するその瞬間を生きた作曲家で、カヴァリエーリ自身は自分が新様式の生みの親だと主張したそうです。でも、カッチーニも同じ主張をしたので、言い争いになったそうです(^^;)ミニクイネ。そうそう、オラトリオを最初に書いたのもカヴァリエーリと言われていますこれは、当時のローマ・カトリック教会の復活祭(イースター)に先立つ3日間に詠まれるようになっていたエレミア(旧約聖書に登場する紀元前7~6世紀に生きた預言者で、バビロン捕囚を実体験している)の哀歌を教会音楽化したものです。

 まず、ジェズアルド・コンソート・アムステルダムの合唱が見事!完璧で、ため息が出てしまいました。優れた西洋の声楽でいつも驚くのは、これが当たり前と思って聴いてしまうのですが、よく考えたら、これ、ピアノやオルガンじゃなくって人の声なんですよね…。なんでこんなに正確なピッチで音を出し続ける事が出来て、しかも一糸乱れずに合わせられるのかと驚いてしまいます。そしてこのアンサンブル、マドリガルを中心に歌うようなのですが、ミサ曲やカンタータやモテットという宗教曲も得意なんだとか。録音もメッチャクチャ綺麗で、非の打ちどころなしといった感じです。

 そして、「エレミアの哀歌とレスポンソリウム」。音楽的には、通奏低音の使われた初期の作品のひとつで、正規の典礼音楽に数字つき低音が使われた最初の作品だそうです。このCDでは、チェンバロやチェロ(ヴィオラ・ダ・ガンバ?)や古楽フルートみたいな音も聞こえて、なるほどバロック音楽という感じ。このCDは2枚組なんですが、1枚目が1600年版の「エレミアの哀歌」とその「レスポンソリウム」。2枚目が1599年版のそれでした。
 テキストですが、哀歌が3日分(イースターの前の木曜、金曜、土曜。1599年版は木曜と金曜の2日分だけ)と、それに対するレスポンソリウム(応唱)がつけられてました。レスポンソリウムの方はイエスが出てくるので、「ん?旧約なのにイエスが出てくるの?」と思ったら、レスポンソリウムというのは、新約聖書の観点から歌われる応答なんだそうです。へ~、おもしろいなあ。内容は、旧約の方の哀歌が、本当にバビロン捕囚とかエルサレムの腐敗とかが歌われていて、エレミアという人が架空ではなくて、本当に生きていた人だというのが驚き。

 旧約聖書に出てくる人が、本当に詩を書いていて、それが今も残って、いまだに謝肉祭の前にこの曲が歌われてるって、すごくないですか?いや~、口承じゃなくて書いて伝えたのが、ヨーロッパ文化の圧倒的な強みだったんだろうなあ。そして、僕はローマ楽派というとパレストリーナとカヴァリエーリの音楽しか(たぶん)聴いた事がないんですが、ルネサンスからバロックにかけてのこの人たちが作った音楽が、今もローマカトリックで歌われ続けているところに歴史の重厚さを感じて、グッときました。素晴らしかったです!


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『パレストリーナ:ミサとモテトゥス《バビロンの川のほとりに》 ブルーノ・ターナー指揮 プロ・カンティオーネ・アンティクヮ』

Palestrina_Missa to motetus_Turner ローマ楽派パレストリーナの作品では、こういうCDも聴いたことがあります。すべてパレストリーナ作品で、しかもミサ曲とモテトゥスの両方が入ってるので、パレストリーナの作曲技法を色々と聴けるんじゃないかと思いまして(^^)。ルネサンス時代の作曲家にとってのミサ曲は交響曲みたいな一面があるので、やっぱりミサ曲を1曲ぐらいは聴いておきたかったのが大きかったです。ちなみに、大バッハもパレストリーナのミサ曲に影響を受けたと言われています(^^)。ちなみに、このCDに入ってた曲は以下の通り。

・ミサ曲「エテルナ・クリスティ・ムネラ」
・予言者エレミアの言葉
・モテトゥス「谷川慕いて鹿のあえぐごとく」
・モテトゥス「バビロンの川のほとりに」
・モテトゥス「おお、慈悲深きイエス」

 ライナーを開いてみると…うわあ、パレストリーナはミサ曲を104曲も書いてるのか?!小曲のシャンソンやモテトゥスなら分かりますが、ミサ曲104曲っていったいどういう事でしょう、人間にそんな事できるのか。。
 このCDに貼っていたミサ曲は「エテルナ・クリスティ・ムネラ」で、パラフレーズ・ミサ曲だそうです。パレストリーナは5種類のミサ曲を書いているそうで、これがミサの種別の勉強になったのでまとめると…

① 定旋律ミサ曲:グレゴリオ聖歌などで使われた旋律をある声部に置いて(だいたいテノール)、あとは新たに作曲する
② パラフレーズ・ミサ曲:聖歌なんかから取ってきた旋律素材を自由に変形して作るミサ曲
③ パロディ・ミサ曲:世俗曲から素材を持ってきて作るミサ曲
④ カノン・ミサ曲
⑤ 自由モチーフのミサ曲

 へ~、定旋律ミサはいろいろ聴いてきましたが、パラフレーズ・ミサっていうのがあるんですね、勉強になりました(^^)。ちなみに、ミサ曲「エテルナ・クリスティ・ムネラ」の旋律素材になっているのは、使途と福音史家共通の朝課で歌われるイヌムス「キリストの永遠なる贈り物 Aeterna Christi munera」の冒頭部分だそうです。このミサ曲、厳かで静謐というより、どこか爽やかで明るい曲調でした。5つの楽章すべてでこの素材を使っていたので、循環ミサという事にもなるのかな?

 「予言者エレミアの言葉」は、旧約聖書に出てくる予言者エレミアの言葉に音楽をつけたもの。エレミアはバビロン捕囚を実際に経験した預言者で、それが詩にも出ていました。「われらが家は異邦人のものとなれり」みたいな。それでいて、暗く重い音楽にならず、どこか清々しいのはパレストリーナの音楽の特徴なんでしょうか。ちなみに、パレストリーナと同じローマ楽派の作曲家にカヴァリエーリという人がいますが、この人もエレミアを題材にした巨大な哀歌を書いています。これも聴いた事があるので、次回にでも書きますね(^^)。

 モテトゥスは3曲入ってました。CDのタイトルにもなっていた「バビロンの川のほとりに」は、日本でも良く歌われる有名なモテトゥス…だそうですが、キリスト教徒ではない僕は知らなかった(^^;)>イヤア。このCDに入っている曲では珍しい短調系。詩編第136(プロテスタントでは137)を声楽曲化したもので、「バビロンの川のほとりにわれら座し、シオンを思って涙する」みたいな詩なので、これも旧約の世界かな?

 ブルーノ・ターナー指揮プロ・カンティオーネ・アンティクヮの合唱は、外したことがあったもんでちょっと怖かったですが、このCDのパフォーマンスは素晴らしかったです。曲によって人数が変わって聴こえたんですが、男声合唱でカウンター・テノール、テノール、バスを、曲によりますがだいたい4コースに振り分けて歌ってました。録音がじゃっかんモケモケなのは74年録音だからでしょうが、ARCHIVがリリースした古楽CDは、古楽リバイバルで超重要な仕事をしていて、しかもこれが基準になっているようなところがあるので、今でもパレストリーナ演奏の手本となっている1枚じゃないかと!


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プロフィール

Bach Bach

Author:Bach Bach
神戸住まい、奥さんとネコと暮らす音楽好きです。音大は卒業したのですが、成績はトホホ状態でした(*゚ー゚)

ずっとつきあってきたCDやビデオの備忘録をつけようと思い、ブログをはじめてみました。趣味で書いている程度ですが、いい音楽、いい映画、いい本などを探している方の参考にでもなれば、大変嬉しく思います(ノ^-^)ノ

最近気になってるCDとか本とか映画とか
intoxicateに載っていた1枚。「Vyacheslav Artyomov」、ロシアの作曲家は名前が読めなくってムズカシイ。。「ヴャチェスラーフ・アルチョーモフ」と読むらしいです。伝説の「フレンニコフの7人」のひとりとの事ですが、それって何かすら僕は知らず(^^;)。作風的には初期は新古典的、後に民族的な様式、十二音技法や、複調性、ミニマルなんかも用いたみたい。ロシアの前衛は強烈なものが多いので、聴いてみたいです。アマゾンで買おうと思ったらダウンロード版しかなかった(;_;)。 オスマン時代から現代までのトルコ音楽のガイド本みたいです。おおお~、これは絶対に読もう!!
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