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心に残った音楽♪

おすすめCDの紹介のほか、本や映画の感想などを (*^ー゜)v

 

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『Hans Koller / Vision』

HansKoller_Vision.jpg ジャズってアメリカじゃない国のものの方が純音楽に近づきやすくなるのでは…と思う事があります。アメリカだと、どこかでエンターテイメントを背負ったり、「ジャズなんだからジャズっぽくしないと」みたいな、音楽そのものではない縛りを感じるときがあるんですよね。ハンス・コラー(ハンズ・コルラー)はオーストリアのジャズ系サキソフォニストで、アッティラ・ゾラ―との共演盤やアルバート・マンゲルスドルフとのセプテットなど、ドイツのジャズの中でメインストリームから前衛までをこなした名プレイヤーです。これは66年録音のレコードで、SABAというドイツの電機メーカーがリリースしたアルバム。SABAはのちにMPSというジャズ・レーベルを立ち上げますが、その時にはMPSのカタログ第1号として再発されました。

 リズムや和声など、ベースにはオーソドックスなモダン・ジャズがありますが、色んなところが革新的で実験的。これは通好みでカッコよかったです!たとえば、1曲目「Vision」は、テーマ部分が複数のリード楽器が高速で上下するフレーズを吹きまくり。これが意図的にずらしてあるのでまるでミニマル。2曲目はタイトルが「For Dolphy」…このタイトルだけでも、どれぐらいおいしい事やってるか想像がつこうというものじゃないですか(^^)。でもあくまでモダン・ジャズがベースにあるので、感覚的に言うと初期ミンガスとか50年代セシル・テイラーとか、50年代アメリカの前衛ジャズぐらいの感じでした。そこにドイツ独特な森の中の薄暗さみたいなものが入ってる、みたいな。

 センス抜群!やってることは深いし、やっぱりドイツの音楽レベルは高いですね、エンターテイメントや産業視点からどうしても抜けきることが出来ないアメリカとはひと味違いました。さすがはドイツのジャズに名を残した名サックス奏者のひとり…のはずですが、日本に届くジャズは圧倒的にアメリカ経由が多く、ドイツのジャズはモノも情報も日本にあまり入ってこないので、ジャズ熱の高い日本ですらなかなか聴かれないプレイヤーだしレコードかも。前衛ジャズ大爆発前夜のドイツ・ジャズの名作のひとつと思います!


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『ラモー:歌劇《イポリトとアリシ》より管弦楽組曲 クイケン指揮、ラ・プティット・バンド』

Rameau_Hippolyte Et Aricie_PetiteBande フレンチ・バロックの大家ラモー、現在から見るとどうしても作曲技法面での評価が強くなるのか、僕は音大でチェンバロ曲を推奨されました。実際にラモーは音楽の理論書を書くぐらいの学究肌でもあったみたいですしね。でもラモー本人が夢中で書いたのはオペラだったそうです。このへんは、バロックというヨーロッパの文化様相を知らないと、本当には理解できない所かも知れません。音楽だけでなく美術や建築も含めたバロックの本、一度読んでみたいなあ。というわけで、オペラがらみのラモーの作品を聴いてみたいと思っていたところで出会ったのがこのCDでした。とはいっても、オペラ用に書いた曲を編曲して作った組曲なんですけどね(^^;)。

 オルガン奏者、理論家として各地を転々として生きていたラモーが、初めてオペラを書いたのが50歳の時、パリでのことだったそうです。以降は終生オペラを書き続けたそうですが、そんなラモーのオペラ処女作が『イポリトとアリシ』。ギリシャ神話に題材を取ったものです。そういえば、ウルトラマンAにヒッポリト星人というのが出てきましたが、イポリトのスペルが「Hippolyte」なんですよね。このオペラの中で、イポリトは妃と不倫をしてネプチューンの怒りを買い、怪物に殺されます。ヒッポリトめ、やはりろくでなしだったか。。

 ガヴォット、メヌエット、行進曲、リトルネッロ、シャコンヌなどなど、色んなスタイルの音楽が出てくる音楽でした。印象だけで言うと、曲ごとにキャラクターは違うのに、どれも優雅に感じる事。あーこれは貴族向けに作られたオペラなのかも知れません。
 そんな中、個人的に面白いと思ったのは、大衆の音楽から拾ったと思えたものと、宗教音楽っぽいもの。第3幕のメヌエットやタンブランはピッコロで楽しげに奏でられていましたが、こういうのって当時のフランスの大衆音楽あるいはトルヴェールの音楽がこうだったんじゃないかと思ったりして、聴いていて楽しかったです。
 あと、宗教音楽っぽいものは、優雅さの中にも静謐なものがあってすごく好き。第5幕のサンフォニーとか、いいなあ。
 バロックきっての理論家らしい面を感じたところもありました。いくつかあったカノンはさすがは一流!カノンって、いざ書いてみると3声ぐらいが限界で、かなりゴシャゴシャになっちゃうんですよね(^^;)。それがこれだけ整除して書けてしまうというのは、ルネサンスからバロックにかけての作曲家ってメチャクチャ頭が良かったんだろうな、と思ってしまいます。

 というわけで、恐らくこのオペラや音楽の肝になっていない所ばかりに耳が行ってしまった僕でした(^^;)>。それって、僕が宮廷よりの貴族文化なフランス音楽があまり好きじゃないんでしょうね。というわけで、完璧な音楽だとは思いましたが、21世紀の東アジアに住んでいる庶民の僕には、雰囲気は楽しめても、深い所では同調できない音楽かも。あ、でも、本当にすごい完成度の音楽でした。


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『ラモー:クラヴサン曲集 ケネス・ギルバート』

Rameau_Clavecin-kyokushuu_KGilbert.jpg 僕が中学生ぐらいの頃までは、小さな駅にも本屋やレコード屋がありました。そんな小さなレコード屋で置いてあるバロック音楽はアーカイヴというレーベルのものが多かったです。バッハの「マタイ受難曲」や「ヨハネ受難曲」もアーカイヴのものでした。
 このフランス・バロックの超重要作曲家ラモーのチェンバロ作品集も、アーカイヴがリリースした1枚です。後年、ラモーはオペラ作曲に夢中になりますが、作曲家としてのラモーの重要作はチェンバロ曲だと音大で習いました。これは、そんなラモーのチェンバロ曲を集めたCD。チェンバリストのケネス・ギルバートはフランス・バロックのスペシャリストとして有名な人です。

 これはすばらしい!同じフランス・バロックでも軽妙なクープランとは大違い、まるで大バッハのように宗教的な神々しさ漂う重厚な音楽でした。そして、構造がかなりしっかりしているというか、かなり音数の多い曲でもすごくスッキリ。良し悪しではなく構造的な着想に従って機械的に作曲しているのかも知れません。僕は作曲する時に、どうしても色々いじって収拾がつかなくなっちゃったりするんですが、これぐらいメカニカルに作曲した方が案外うまく行くのかも。。

 ほとんどが素晴らしいと感じたというのが正直なところですが、中でも気に入った曲はバッハ以上の暗さと神々しさの漂うクラヴサン曲集第1集の「前奏曲」、照応しながら進んでいくクラヴサン曲集の第5曲「鳥の呼び戻し」。気に入った演奏は、クラヴサン曲集18曲の「一眼巨人たち」が超絶!

 ラモーは作曲家としてだけでなく、理論家としても後世に名を残していて、機能和声音楽を最初に理論化したのもラモーだったそうです…すげえ、という事は西洋音楽に影響を受けた文化圏の音楽家はみな、この300年ぐらいラモーの生徒みたいなもんですね。。
 そうそう、このCDは曲も演奏も録音も完ぺきで素晴らしかったんですが、抜粋なんですよね。。今はこの1976年録音のギルバート演奏の全曲盤がNAXOSから出てるみたいなので、興味ある方はそちらを買った方がいいんじゃないかと。


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『クープラン:3つのルソン・ド・テネーブル ジュディス・ネルソン(sop)、クリストファー・ホグウッド(org) 他』

Couerin_3tuno Lecons de tenebres_Hogwood フレンチ・バロックの巨匠フランソワ・クープランが書いた教会音楽集です。収録は、「3つのルソン・テネーブル(Trois Leçons De Ténèbres)」3曲と、「復活祭のためのモテット」の合計4曲。演奏はオルガンとヴィオラ・ダ・ガンバ。歌唱はソプラノで、ジュディス・ネルソンとエマ・カークビー。1声か2声のどちらかでした。

 音だけの感想は、バッハの宗教曲のようなシリアスさや壮大さは感じず、どこかあたたかく、家庭的といっていいほどに感じました。もしかすると、オルガンがチェンバー・オルガンという事もあるかも。これがいいんですよ!『ルパン三世カリオストロの城』の結婚シーンのオルガンあるじゃないですか、あの質感です。あと、ドイツよりもイタリアに近いというか、半音階的なところや転調がチラホラと出てきて、理論より美しさを優先したようなところも、人間的と感じた理由かもしれません。

 曲について。このアルバムに収録されていた「3つのルソン・ド・テネーブル」(聖水曜日のための聖務日課)は、タイトル通り聖務日課の際に朗誦されるもの。タイトルに「Leçons」「Ténèbres」という言葉が入ってますが、「Leçon」は読誦、「Ténèbre」は「闇」という意味。そういえばダリオ・アルジェント監督の「シャドー」という怖いイタリア映画がありましたが、あのオリジナルタイトルが「Tenebre」だったな。で、なんでタイトルに「闇」が入っているのかというと、もともとのルソン・ド・テネーブルは聖週間の聖木曜日から聖土曜日に行われる聖務日課のうち、深夜に行われるものだったそう。でもって、詩篇や読誦がひとつ終わるごとに、三角形に並べられた15本のろうそくを1本ずつ消していくので、最後は真っ暗になったそうです。だから闇。でも深夜の聖務日課は過酷だったそうで、時代が経ってそれが前日の午後に移されたんだそうです。というわけで、「聖水曜日のための聖務日課」というタイトルだけど、もともとは聖木曜日の深夜に行われてた、みたいな。

 「ルソン・ド・テネーブル」のテキストはすべて旧約聖書の三大預言書のひとつ「エレミア書」から取られています。「エレミアの哀歌」については、カヴァリエーリパレストリーナ作曲のものを聴いたことがありますが、あらためてエレミア書の内容をざっくりいうと、神ヤハウェ(ユダヤ教とキリスト教における神の名前)に従わないイスラエルの民がバビロンに滅ぼされるという預言をエレミアは託されます。それを伝えたエレミアはとんでもない事を言うやつだとひどい仕打ちを受けますが、最終的にエルサレムは焼かれ、イスラエルの民はバビロン捕囚にあうというもの。クープランの「3つのルソン・ド・テネーブル」もやっぱりエルサレムが廃れ、「エルサレム、汝、神に立ち戻れ」みたいな感じなので、たしかに哀歌でした。

 いやあ、良かったです。ひとことでバロックと言っても、地域差や個人差がけっこう大きいんですよね。クープランの音楽はこういう宗教曲ですらちょっと上品に感じるというか、それってフランス・バロック全体に言える事かも知れません。若い頃の僕は、クラシックというと古楽と現代音楽が好きで、クラシックど真ん中の古典派やロマン派はあまり良いと感じませんでした。そしてたしかにこういう音楽を聴くと、若い頃の自分のセンスって実に公平で正しい判断を出来ていたと思わずにはいられません。それにしても、聖務日課の朗誦を東アジアのマンションの一室で聴けるなんて、なんと素晴らしい時代でしょうか(^^)。


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『クープラン:クラヴサン名曲集 ロベール・ヴェイロン=ラクロワ』

Couprin_Clavcin_Lacroix.jpg フランス・バロックの巨匠クープランのチェンバロ作品集です。バロックと言えば、大バッハヘンデルテレマンがいるドイツが有名。でも実はイタリアのモンテヴェルディ、スカルラッティ、ヴェルディやイギリスのパーセル、そしてフランスのクープランやラモーなどなど、ヨーロッパ各国に素晴らしい作曲家がひしめいていた時代でもありました。かなり作風の違うこれらの人をバロックのひとことで括っていいのかという問題もありますが、僕はそれぞれ個性があってどれも好き。個人や個性を求めていた時代ではないのに、個性が出るってのも面白いです。そんな中、フランスのクープランとラモーは、どちらもいろんな曲を書いているけどチェンバロの曲が一番素晴らしいと音楽史の授業で習いました。

 僕がこのCDを買ったのは、クープランの音楽を聴いてみたかっただけでなく、組曲というものをちゃんと聴いてみたいと思っていたからでした。このCDに収録されている曲はすべて「Ordre(オルドル)」と呼ばれる組曲だったのです。このCD、それぞれの組曲が全曲演奏されているとは限らないんですが。

 フランス色というものなのかも知れませんが、長調系の曲はドイツ・バロックからはとうてい考えられないぐらいに軽妙。軽すぎてつまらないと思うものまであるほどでしたが、ハマる曲はヤバい。。一方、短調系となると、突如としてバッハ的になるというか、キリスト教的な宗教的深遠さを感じたりして。このあたり、クープランという人の活動を調べれば、どうしてこうなったのか理由が分かるかも知れません…でも人生は短い、僕にはそこまでやる情熱がありませんでした(^^;)>。
 個人的に好きだったのは、第6組曲から抜粋された「神秘な障壁」、第8組曲からの抜粋「パッサカリア」、第11組曲「偉大な吟遊詩人組合の年代記」「神秘な障壁」はクープランの代表作と言われている1曲ですが、長調でこんな曲想の曲が作れるのかと思ってしまうような、古風かつ幻想的な曲。さすが代表作といわれるだけのことはあると思いました。マイナー系では、「偉大な吟遊詩人組合の年代記」の何曲目かに入っていたものが好き。

 チェンバロはピアノのようなタッチによる音色やデュナーミクの差はつけられませんが、あの低音が少なくてキラキラした音色がいいです(^^)。テレマンもそうでしたが、バロックの作曲家は良いと思っても、ここにハマったら一生これに費やしちゃうな、な~んて考えちゃってブレーキをかけてしまう僕でした。でもこうして聴き直すとやっぱり素晴らしいと思っちゃって、深入りしそうで危険です。人生が1000年ぐらいいあったらいいのになあ。


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『斉藤由貴 / SINGLES コンプリート』

SaitouYuki_SinglesComplete.jpg 1980年代後半に活躍したアイドル・斉藤由貴さんのベスト盤です!シングルAB面をコンプリートした2枚組CDで、僕みたいなニワカなファンにとっては、これさえあればあとは何にもいらないナイスな内容でした!
 斉藤由貴さんがアイドル歌手として活躍した頃、僕は中学~高校生ぐらい。ピンク・レディーやAKBといった小学生もターゲットに入れたアイドルと違って、中高生を主ターゲットにしたアイドルに思えました。僕はアイドルにはあまり夢中にならなかった方でしたが、斉藤さんは印象に残っていました。80年代って今では考えられないぐらい、テレビでも街中でも流行歌が流れていましたから、プッシュされたタレントや流行歌は嫌でも目や耳に入ってきたんですよね。70年代はもっとちゃんと歌があった時代でしたが、80年代は歌ではなくてアイドルの人となりを売りに来ていた時代でしたし。

 当時の斉藤さんの印象は、めっちゃくちゃ可愛い!これに尽きました。松田聖子さんみたいに「新曲、買ってください!」と押しつけてくる事がなく、シャイな感じがまた良かった!漫画雑誌のグラビアを見て恋してしまった事が僕は10回ぐらいありますが、斉藤さんは間違いなくそのひとりでした。
 でも斉藤さんにはもうひとつ印象的な事がありまして…派手に歌が下手だった(^^;)。声なんてまるで出ない、音程もスタジオでレコーディングされた曲ですら派手に外すほど。特にデビュー直後のシングル「卒業」「白い炎」「情熱」といった曲は、歌ゆえに聴いてられない状況(;´∀`)。だから、僕にとっての斉藤由貴さんは、歌を聴く人ではなくて、週刊誌のグラビアや駅の広告で見かけて「可愛いな」と思う人でした。

SaitouYuki.jpg そんな僕が、はじめて斉藤由貴さんの曲で「おっ?!」と思ったのが、86年発表の「土曜日のタマネギ」。何かのテレビCMで耳にしたんですよね。谷山浩子さん作詞で、弦とコーラスのみの伴奏、弦のピチカートが気持ちいい。ほんわかしていて、気持ち良かったんです。
 次に心に残った曲が、同86年発表「MAY」。谷山浩子さんの書いた詞がメチャクチャ良かった!!

なぐさめの言葉は百も思いつくけれど どれも言えない
噴水の虹を見ているふりで「きれいね」とつぶやくだけ

いつも私 あなたを喜ばせたい なのに(中略)少しうつむいて微笑むだけ 
だけど好きよ 好きよ好きよ誰よりも好きよ
世界が震えるほどに


 気持ちはあるのにギクシャクしてしまう、その切なさが痛いほど伝わる曲でした。また、詞と曲想が実に合っていて切なさ倍増、「MAY」のサビは必聴です。。

 というわけで、斉藤由貴さん、初期は松本隆&筒美京平のザ・大量生産歌謡曲を歌ってましたが、谷山浩子さんが絡んだ86年「土曜日のタマネギ」あたりから、アイドル歌謡より一歩踏み込んだ曲を歌うようになっていった気がします。ちょっとシャイ、でも秘めた思いはある、みたいな女性の心情に魅力を感じるなあ(^^)。
 斉藤さん、実生活では発覚しただけで3回不倫をしていますが、キャラ的に分かる気がします。不倫は犠牲者が出るので推奨する気はないですが、でも気持ちとしては分かるんですよね。斉藤さん、シャイでちょっとぽわんとしたところがあって、あまりものを考えないうえに、断れない人なんじゃないかな…な~んて思ったりして。理屈ばかりで説明しきれないハートで動く情の部分を持っていることが、女性の魅力でもあると思いますしね。不倫の深いところまでは考える事が出来ず、よく理解できていないまま心のままに行動してしまうフワッとした斉藤ワールド、魅力的でした。


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映画『生徒諸君!』 小泉今日子主演

SeitoShokun_KoizumiKyoko.jpg 1983年制作、小泉今日子主演のアイドル映画です。原作は庄司陽子さんの書いた大ヒット少女漫画。病弱な双子の姉を持つ快活な女子中学生ナッキーが主人公で、キョンキョンはこの双子姉妹を一人二役で演じていました。びっくりしたのは、キョンキョンの演技がうまい事!キョンキョンと同じぐらいの年齢の役者の卵がたくさん出演してるのに、アイドルのキョンキョンの方が演技がうまい、これはどういうことだ…きっと演技してるんじゃなくて、素でやってるんだな。なるほど、後に歌より役者活動をメインにしたのは、こういう素養があったんですね。

 勉強もスポーツも学年トップクラス、ルックスは最高、そして快活で人気者の女の子が主役…子供の頃に見た時は「なんと都合のいい話だろうか」と思ったもんですが、見るべきところはそこじゃない。もちろん物語なので、余命1年の姉とか、それなりのドラマはあるんですが、本当にすばらしかったのは中学生時代の楽しさが見事にスクリーン上に表現されていた所でした。
 中学生の頃って、生きてるだけで楽しい、友達と遊ぶなんてさらに楽しくて仕方がない、放課後にみんなで話してるだけで面白くていくら時間があっても足りない、そんな感じでした。人生は終わるもんじゃなくて、まだこれからどうなるのかが楽しみで楽しみで…そういう若い頃の気分が映画になってるようで、「ああ、俺にもこんな頃があったよな」と、懐かしくて仕方なかったです。

 アイドル映画なので、基本的にはとんでもなく可愛かった若い頃のキョンキョンの動く姿を見るための映画だと思いますが、それで十分(^^)。『マッドマックス』や『猿の惑星』や『オーメン』みたいな映画が好きだった子供の頃には物足りなく感じられた映画でしたが、大人になってから観ると感じ方がぜんぜん違いました。それにしてもこの映画のキョンキョン、可愛すぎ(^^)。そして…ああ~この映画、DVDにもBlu-Rayにもなってないのか、VHSがプレミア価格なんですけど。もしかして、羽賀研二が出てるからリリース出来ないのかな…。


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『小泉今日子 / コイズミクロニクル』

KoizumiKyoko_KoizumiCronicle.jpg 80年代トップアイドルのひとり、小泉今日子さんの1982年から2017年までのシングル曲をコンプリート(!)した3枚組CDです。中学の同級生だったバスケ部キャプテンのC君がキョンキョンの大ファンで、「むっちゃ可愛い」と連呼してました。あんまりそう言うので僕も興味を持ったんですが、その時は良さが分からず。でも、ドリフのコント番組に出演しているキョンキョンを見たらめっちゃ可愛かった!そして歌番組で「まっ赤な女の子」と「渚のハイカラ人魚」を歌っている動くキョンキョンを見たらヤバいぐらいに可愛かった!!というわけで、僕的には完全にルックスから入った女性アイドルでした。

 僕がよく知っているキョンキョンは1982年から84年まで。85~90年は何となく耳に入ってきていたぐらいの感じで、91年からしばらくはドラマの主題歌になった曲のサビぐらいは聞いたことがあるような…みたいな。95年以降はまったく知らない状態でした。そしてキョンキョンの詞や曲の傾向も、大体この印象に近い形でざっくり分けることが出来ると感じました。

■デビュー(82年3月)から1年ほど:模索期
 まずはデビューからシングル6枚目あたりまでの約1年間。「私の16才」とか「素敵なラブリーボーイ」の頃です。アイドルのステレオタイプの曲が充てられていて、没個性。これは音楽だけでなくルックスもそうで、聖子ちゃんカットなもんだから二番煎じっぽかったです。

KoizumiKyoko.jpg■「まっ赤な女の子」(83年5月)から1年半ほど:ブレイク期
 ただ、最初の6枚のシングルの中で、5枚目のシングル「まっ赤な女の子」だけ色が違っていて、これが突破口になったんじゃないかと。おしとやかな清純派ではなく、健康的で明るくて超絶可愛い女の子というキャラを確立。ヘアスタイルもショートになって(もしかしたら刈り上げていた時もある?)、オリーブ少女的な最先端を行っているようにも見えました。
 他の特徴もあって、ピンクレディー並みにぶっ飛んだ歌詞が目立ちました。「渚のハイカラ人魚」「艶姿ナミダ娘」…意味がよく分からないんですけど、これが良かった(^^)。

■「なんてったってアイドル」(85年11月)から5年ほど:やりすぎ&進路相談期
 ぶっ飛んだ詞がエスカレートしすぎて色物になったのがこの時期の半分。「なんてったってアイドル」「学園天国」「見逃してくれよ」…もし健康活発でむっちゃ可愛いキョンキョンを良いと思っていた人は引いたんじゃないかと…あたしだよ。。こういうガキくさい仕掛けをするって…うわあやっぱり秋元康だ、ミーハーなおっさんはいやだねえ(^^;)。
 で、もう半分が、少女ではない、大人の入り口ぐらいの女性のキャラを作りに行った歌がありました。これが次の時代に続いて…

■「あなたに会えてよかった」(91年5月)から90年代末まで:働く普通の20代女性
 このへんからのキョンキョンはほとんど知らないのですが、テレビドラマに出てたようで、20代の独身OLが色々と迷いながら生きている…みたいな曲想や詞が多かったです。クソ可愛いところがセールスポイントだったのに、どこにでもいる普通のOL的な言葉を連発してしまったから、僕は興味を失ったのかも…いやいや、アイドルを聴くような年齢じゃなくなってたんだな。

■復帰後
 シングルは2000年から2012年まで出てなかったみたいで、芸能界から一度退いてたのかな?復帰後最初のシングルはアレでしたが(^^;)、次の「T字路」という曲が、外連味がなくてすごくよかった!「大人げないまま、こんな大人になりました」「あなたはこれからどこへ?おんなじ方面ならお供します、途中まで」…この飾り気のなさとユーモア、でも枯れていない感じ、いいですねえ。。私生活で色々あったのかも知れませんが、人間色々ありますからね、そういう中で強くなって、でも優しさも忘れないで、相手を思いやって、でも自分を譲らないで…こういう年の取り方はいいなあ、みたいな。

 僕にとってのキョンキョンは、最初にブレイクした「まっ赤な女の子」「渚のハイカラ人魚」「艶姿ナミダ娘」あたり。相当に可愛くないととでも似合わないようなファッションでもいけてしまうルックスと若さゆえのはつらつさ…つまり、歌だけじゃないんだな、みたいな。そういう魅力を最大に引き出せるのは音楽じゃなくて、アイドルの素の状態を引っ張り出せたドリフのコントや、振り付けやファッション込みの視覚を含めての歌番組だった気がします。
 でも、大好きな黄金時代のキョンキョンでもちょっと引くのが歌詞。オッサンくさい詞がかなりあるんですよね…。「ズッキンドッキン」「波乗り」「かわいいヒップ」「なんてったって」…加齢臭がしませんか(^^;)?実際に秋元康や康珍化が作詞してるので仕方ない事ですが、キョンキョンじゃなくておっさんの書いたセリフだと思えてしまう所が、ユーミンや尾崎亜美がライターだった松田聖子や、来生悦子あたりがライターだった中森明菜に負けて感じる所でした(^^;)。

 最後のシングルが2014年ですから、キョンキョンがシングルを発表する事はもうないかも。だとしたら、シングル曲をすべて網羅したこの3枚組はアイドル歌手小泉今日子としての集大成じゃないかと。曲を聴いているというよりも80年代を懐かしく振り返っているようで最高に楽しくて、最初の2枚は立て続けに3回も聴いちゃいました(^^)。キョンキョンのファンはもちろん、80年代のアイドル文化を楽しんでいた人には必須のCD、よかったです!


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『河合奈保子 / ゴールデン☆ベスト』

KawaiNaoko_GoldenBest.jpg 80年代前半が日本の女性アイドル最盛期だと思ってるんですが、その中心人物は松田聖子さんと中森明菜さんでした。でも、ある時期までは松田聖子さんと河合奈保子さんが中心だったんです。どこかで河合さんと明菜さんが入れ変わったんですね。これはそんな河合さんのシングル曲ベスト盤です。

 松田聖子さんとのアイドル・ツートップだった時代の河合奈保子さん、正直いうと僕は野暮ったく感じて、良さがよく分かりませんでした。曲が松田聖子とまったく同じ路線とか、詞が「スマイル・フォー・ユー、あなたがまぶしいわ」とか「す・き・で・す~、言えないけど~」(言ってます)みたいに意味の薄い言葉の羅列が多いとか、ルックスも良さが分からなず、ピンとこなかったんです。そんな河合さんをいいと思ったのは、髪を切ってショートにした時。ええええ~すっげえ美人じゃねえか、最初からこのヘアスタイルだったら日本のアイドル史は変わってたんじゃないか…そう感じたのでした。このCD、ジャケットはシングル盤のジャケットがビッシリとレイアウトされてるんですが、よく見ると「UNバランス」「疑問符」「ジェラス・トレイン」のジャケットの美人さがヤバいです。でも、その頃はもう中森明菜さんが登場していて、もう時代が河合さんの方を振り向く事はなかった、みたいな。。

KawaiNaoko.jpg これらの事を、このCDに入っていた河合さんのシングル曲の傾向と合わせて考えると、要するにキャラ作りに失敗したんじゃないかと。当時のアイドルの中でリズムとピッチがいちおう取れてるのは、明菜さんと河合奈保子さんだけ。ルックスもデビューするだけのことはある美人。間違いなく、トップアイドルになるだけの条件は持っていた人なのです。でも、アイドルが売れるって、そういう事より優先して、疑似恋愛の対象になれるかどうかじゃないかと。聖子さんは同世代の恋人っぽい、明菜さんはカッコいい美人で憧れる人、いずれも疑似恋愛をさせるものを持っていたと感じますが、河合さんは?CDの曲でいうと、最初は松田聖子さんとまったく同じ路線の爽やかなもの、途中で中森明菜さんが唄うような大人びた詩、さらに変化して山口百恵さんのような影ある女…歌の上でのキャラがコロコロ変わるので、どういう人なのか掴みにくかったのかも。音楽は、馬飼野康二さんや筒美京平さんや来生たかおさんなど、聖子さんや明菜さんと作家がかぶっているので、他と差があるわけじゃないですからね。

 そんなわけで、僕が河合さんに触れるなら、髪を切ってからしばらくの時期の河合さんのライブビデオかトーク番組のビデオでもあったらそれが一番ハマりそう。このCDはそういうものではなく、売り手側が河合さんの良さを生かしきれないまま方針が何度も変更になるその過程を聴いているようで、日本の音楽産業界…というより芸能界の因習を見ている気分でした。でもって…僕は河合さんがむっちゃくちゃ好きです(^^)。ルックスを含めた人間性が根っからの善人ぽくて、そういうところに惹かれるんですよね。これが音楽に反映できていたら、松田聖子さんでも到底かなわないぐらいのアイドルになっていた気がします。


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『大地躍動 中央アフリカの歌と踊り』

DaichiYakudou ChuuouAfrica no Uta to Odori これも中央アフリカの民族音楽を収めたCDです。僕は日本のキングレコードが出したものを聴きましたが、裏面のクレジットを見るとどうやら仏ハルモニア・ムンディ原盤みたいです。

 印象は、Ocora盤『MUSIQUE CENTRAFRICAINE』とほとんど同じでした。プリミティブで、アフリカの民族音楽の中では比較的小編成のものが多くて、打楽器音楽はポリリズミック、サンザ(親指ピアノ)を使う事があって、声の音楽はシンプルなものが多い、みたいな。

 シンプルな歌は、打楽器を伴わないものの場合は国籍不明。これを東欧の民謡と言われても東南アジアの歌と言われても僕は信じてしまいそうです。というわけで、歌って元々は5音を使うのがせいぜいで、リズムも4拍子とか3拍子とか相場が決まっていて、プリミティブなものとなるとみんな似るのかも。面白かったのは、他人の悪口をひたすら歌う曲があった事(^^;)。しかも、他人をあてこする歌というのはアフリカ全土にあるんだそうです。炎上案件ですね(゚∀゚*)。
 そして、中央アフリカに限らず、アフリカの音楽を聴いていてビックリするのは、子どもが歌はうまいしリズム感は抜群、すごいです。

 アマチュアにしてこのレベルの高さという事は、西アフリカも中部アフリカも音楽の素養バッチリな地域と感じます。残念なのは、これをベースにした芸術音楽が少ない事。伝統的な音楽、俗楽、リアルタイムの芸術音楽、この3つが揃っていてほしいと僕は思っちゃうんですよね。自分たちの文化にあった音楽を芸術音楽として現代化できた地域って、ドイツ音楽、ブルガリアン・ヴォイスバリ島のケチャイランやインドあたりがありますが、決して多くないです。これだけすごい音楽的な素養があるんだから、これを芸術音楽方面に進化させる人が出たら色んな意味でいい事になると思うんだけどな。まあ、そういう視点自体がアフリカの文化とは違う考えなのかも知れませんが。

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『中央アフリカの音楽 MUSIQUE CENTRAFRICAINE』

Musique Centrafricane 中部アフリカの内陸部にある国、中央アフリカの音楽です。原盤はOcora、1962年の現地録音という所が素晴らしい!まったく加工されていないリアルな現地音楽なんじゃないかと(^^)。

 中央アフリカはもともと部族社会で、かつての奴隷貿易の奴隷供給地。アフリカには今もコンゴという名の国がいくつかありますが、中央アフリカもかつてのコンゴ植民地のエリアだったそうです。そんな昔のコンゴはベルギー領で奴隷にとって地獄の世界だった事は、ほとんど社会告発を目的に書かれたとしか思えないコンラッドの小説『闇の奥』にある通り。この状況を知っていながら自分が得するために奴隷制度をやめようとしなかったかつての白人貴族は鬼だよ、悪魔だよ。それがヨーロッパの内輪もめで途中でフランス領となり、そんな中で2次大戦後に軍事クーデターが起きて独立。しかしこの後に軍事クーデターが続発して、いまでは「失敗国家」なんて言われているそうです。なんでこんな自然の恵みに溢れた土地が地獄になるんでしょう、人間は愚かだ。マーズが人間を滅ぼすのが地球のためだと判断したのも無理はないっすね…。

 そんな政情不安定な事情もあるんでしょうが、中央アフリカは音楽調査の遅れている地域のひとつだそうです。62年の調査団が録音したこのCD、音楽はものすごくプリミティブで、打楽器合奏とか手拍子の前で歌を歌うとか、そんな感じでした。きっと部族ごとに持っている音楽が違うんでしょうね。子守歌、ワークソング、子どもの遊び歌、狩りの後の余興、儀礼音楽など様々でしたが、音楽的にはポリリズムの打楽器音楽、ピグミー的な声のポリフォニー、コール&レスポンスの合唱音楽など、特徴がアフリカ音楽の典型といった感じで、ただし編成が小さめだったのが中央アフリカの部族社会の特徴といった感じなのかな?
 打楽器合奏は西アフリカみたいな大きななアンサンブルではなく、あくまで村の数人が集まった感じ。でもやっぱりポリリズムなんですね、ここすべてのアフリカ音楽共通なのかも。それにしてもリズム感がメッチャいい!これを演奏してるのがプロじゃないというのが、音楽がどれだけ生活に密着しているかという事の証でしょう。
 あと、意外とサンザ(親指ピアノ)の使用が多かったところに、西アフリカの音楽との差を感じました。親指ピアノはアフリカの楽器の代表的なもののひとつですが、北アフリカや西アフリカだとあんまり聴かなかった気がします。このへんより南で普及してるのかな?
 草笛を使いながら声のポリフォニーを作っているものがありましたが、このへんからピグミーの生息地になってくるはずなので、そういう影響もあるのかな…と思ったら、ピグミー自体のパフォーマンスでした(M2)。
 すごく面白いワークソングもありました。ヒョウタンふたつをポコポコ叩きながら、ふたりが見事なポリフォニーで歌ってるんです(M10)。もう、信じられないぐらいにうまい!これ、ひょうたんを地面に置いてぶっ叩いて、白アリを蟻塚から追い出してるんだそうです…そんなワークソングがあるのか、すげえ。いや~、こういう作業も音楽にして楽しんでしまうんだなあ(^^)。
 子守歌(M8)も、「パン、パン、パン、パン」とボディパーカッションしてしまう所がアフリカ的。俺が赤ん坊なら、リズムがうるさくて寝られないよ。。
 あと、子どものゲームに付随した音楽も良かった(M11, 12)。日本で言えば「かごめかごめ」みたいなもんだと思うんですが、これがコール&レスポンスになってるのがアフリカだなあ、と(^^)。

 1962年録音という事はビートルズのデビューよりもさらに古い録音ですが、そうとは思えないほど音がいいです!当然モノラル録音のはずですが、音楽が立体的で演奏に遠近があるためか、ステレオ録音に聴こえてくるほど。そして、このCDだけかも知れませんが、周辺国に比べてかなりプリミティブ。人類発祥地のアフリカ音楽の中でもさらにプリミティブに感じた音楽で、音楽って元々はこういうものだったのかも知れません。

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『カメルーンの音楽 musiques du cameroun』

Musiques du cameroun 中部アフリカ、ギニア湾の深い所に面した国カメルーンの音楽です!これはフランスの民族音楽レーベルOCORA原盤で、日本ではキング・レコードが「世界民族音楽大集成」シリーズの54巻としてリリースしていた事がありました。

 カメルーンって、僕はサッカーでしか知らないんですが、サッカーが強いという事はドイツかフランスの植民地だったのかな…お、カメルーンは旧ドイツ植民地からフランスとイギリスの植民地に分かれた事があるそうです。音楽は、ポリリズムを生み出す打楽器群の音楽と合唱がほとんどという意味では、典型的なアフリカ大陸の音楽と感じました。合唱はコール&レスポンスになるものが多く、キリスト教圏のアフリカ音楽のような2声や3声のハーモニーはついていないので、合唱というより斉唱…というかホモフォニーかな?打楽器はそれに比べると高度で、やっぱりポリリズムです。西アフリカの強烈な打楽器アンサンブルに比べると、もっと南寄りのアフリカの親指ピアノみたいな素朴さを強く感じました。西アフリカの呪術集団や祭儀的な音楽に比べると、村で演奏する娯楽音楽的な感じなのか、もうすこしゆるい感じ。いずれにしても、かなりプリミティブ。

 また、カメルーンの音楽はかなりフュージョンしてると思わされるところがあって…たとえば、打楽器の中に竹製のものが混じっているときがあって、これが均等分割の調律だったりするもんで、まるで東南アジアの音楽のよう。ギニア湾に接してるから、東南アジア海路で楽器や音楽が伝わったのかな…。
 他には、6曲目なんかはまるでカリブ海のトリニダード・トバゴのスティール・パンの音楽みたい。音もそうですが、どこまでも楽園的なムードがね(^^)。これも、ギニア湾に面しているから、三角貿易でカリブの島々に伝わった(または持ち帰られた)のかな?

 このCDは1965年の録音で、1960年のアフリカの年にカメルーンが独立して間もない頃の、色々な部族の音楽。今ではおそらく西洋の商音楽もいっぱい入りこんでしまって、この形が保たれてないかも知れません。そういう意味でも、今となっては録音すら難しい貴重な歴史的音源ではないかと!

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書籍『一台の黒いピアノ… 未完の回想』 バルバラ著、小沢君江訳

Ichidai no Kuroi Piano_Barbara シャンソン歌手バルバラが残した未完の自伝です。歌が歌えなくなり、どこかで余命を感じ、出版社と約束したんですが、書いている途中で自宅でひとり寂しく死んでしまったそうです(・_・、)。この本、シャンソンが好きな人なら読まないわけにはいかない1冊じゃないかと。衝撃の内容でした。

 とにかく壮観だったのは、歌手になってやっていけるようになるまで。バルバラはユダヤ人なので、第2次世界大戦だった幼少時の生活の厳しさが凄かったです。電車が途中で止まって、ナチの検問にあって、バルバラを含めた乗客は4日間電車の中で過ごした、とか。これが本当に現代の話なのか。戦争だけはやっちゃいけないと思うなあ。
 そして、10歳のときから数年続いた父親との近親相姦。これが彼女の一生を支配するほどのトラウマになっていたのが、この自伝にもにじみ出ているようでした。
 歌を始めてからも、食えずに街角で娼婦をしようとしたり、チンピラに国境を越えてパリに連れ帰って貰ったり、もうギリギリの生活。食えない時のダンサーやミュージシャンや役者って、どこの国もこんな感じなんだな、みたいな。才能があっても自殺しちゃう人が何人もいたり。

 こういう体験がことごとく歌になっていくんですね。創作ではなく、自分の体験を歌にするんですね。なるほど、彼女作った歌は心にズドンと来るものが多かったですが、なるほど実体験を語られればそりゃリアルだわ。。この自伝、けっこう淡々と書かれてるんですが、バルバラの書いた名曲が生まれたエピソードが書かれてる事が多いので、バルバラを聴いた事のある人だと面白さは倍増かも。それにしても、最後の方に完成させられなかった文章の断片が悲しい…。

 60年代以降の英米のポップス以降、大衆音楽は若者向け一辺倒になってしまいましたが、シャンソンのようなアダルトで知的な歌がどういう風に生まれたのかを知るにはもってこいの本でした!読みやすい本だし、まるで映画を観ているようで面白くもあるので、ぜひ一読をお勧めします!


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『Barbara / Bobino 1967』

Barbara_Bobino1967.jpg 1967年、シャンソン歌手のバルバラがボビノ座で行ったライブの録音です。バルバラの素晴らしいところは、作詞・作曲・ピアノを自分で演奏している事。ピアノはコードを押えたりアルペジオしたりするぐらいですが、それでもエディット・ピアフやジュリエット・グレコが作家の書いた曲を歌う歌い手だったのに対して、バルバラはアーティストぎみ。「ぎみ」というのは、フランスのシャンソンって、ムスタキとかゲンスブールとかジョルジュ・ブラッサンスみたいにかなり思想を持った作家が作詞や作曲を受け持ってるものもあって、あっちはガチ系というジャンル分けに僕の中ではなってるんですが、バルバラは自作自演ながらそこまでマニアックにならず、歌と作曲と思想(=作詩)のバランスがいい感じ。アーティストというよりシンガーで詩人という感じなんですよね。

 このライブアルバムは楽器編成もいいです。バルバラが歌とピアノ、あとはアコーディオンにコントラバス。この楽器編成だけでもおいしい大人の音楽が聴けそうじゃないですか。聴けるんです(^^)。そしてヴォーカルがいいです。戦後しばらくのシャンソンって、けっこうレチタティーヴォっぽい所があるじゃないですか、あれが素晴らしい。レチタティーヴォがグッとくるシャンソン歌手って、僕的にはジュリエット・グレコとバルバラです。
 ライブ全体は物語を語るように歌うレチタティーヴォ気味の歌唱がど真ん中、これ自体はいいんですが、楽曲のアレンジが雑で、特に目立ったイントロも間奏も後奏もないまま次々に演奏されてしまうのがちょっと残念。古いシャンソンってこういうスタイルのものもありますが、でもちょっと前のバルバラのスタジオアルバムを聴くと、小編成でも綺麗にアレンジしてあるもんで。音楽というよりまるで舞台を見ているみたいという意味では良いアルバムですが、僕にとってのバルバラの傑作はフィリップスから出た初期のスタジオ録音かな?いやでも、これもいいレコードだなあ。

 今でこそ歌手ってポップスもロックも「多少アタマが弱くても歌がうまきゃいい、顔が良ければいい」みたいになってしまった気がしますが、僕的には、歌い手さんには知的であってほしいのです。尊敬できる人の言葉だから、胸の奥にまで届くのだと思うのです。
 人間関係って、相手に対して尊敬の念がないと成立しないらしいですが、それって歌を聴く時にも同じことが言えると思うんです。唄ってる人があんまりアレだと「そんな事も知らないんだったら正しい判断なんて出来ないんじゃないの?そんな人が言う言葉に説得力なんてないし、だから愛だ恋だしか歌えないんじゃない?」と思っちゃったりして。日本は今も女性にやさしさや愛想や同調性を求めていて、それが女性ヴォーカルを「へりくだった拙いもの、かわいいもの」という所に押し込めている気がします。でも、自立して正しい判断を出来るだけの知識や知性を持った大人の女性ってのはそんなもんじゃない。大衆歌の中で、シャンソンって素晴らしく知的な歌が多いと感じますが、あの詩を歌ってさまになる女性歌手で、バルバラほどの人は中々いないんじゃないかと。


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『Barbara / Ma Plus Belle Histoire D'Amour』

Barbara_Ma Plus Belle Histoire DAmour バルバラを聴くときに困ることは、『Barbara』という名前のオリジナル・アルバムが何枚もある事で、僕が知ってるだけで3つもあります。ひとつ前の日記で書いたアルバムは65年発表の『Barbara』で、こっちは67年発表の『Barbara』…やめてくれ(=_=)。フランス盤とそれ以外の国のリリースでこういう事態になるんでしょうか。ちなみに、僕が持っているCDは、タイトルとジャケットデザインは4曲入りの7インチEP『Ma Plus Belle Histoire D'Amour』と同じジャケットとタイトルで、収録曲は67年盤『Barbara』と同じもの。67年盤『Barbara』には7インチEP収録の4曲が丸々入っているので、タイトルに区別をつけるためにこうしたのかも。

 このアルバムもやっぱり有名曲がけっこう入ってて、「Parce que Je T’Aime」(なぜなら)、「La Dame Brune」(ブルネットの婦人)、「Ma Plus Belle Histoire D’Amour」(我が麗しき恋物語)、「Madame」、「Les Rapaces」(欲望)はこのアルバムの収録曲です。そうそう、「ブルネットの婦人」でバルバラとデュエットしてるのは、ジョルジ・ムスタキでした。新興宗教の教祖みたいな顔したひげ親父のくせに、甘い声してるんですよね(^^)。

 全体として、フィリップスの最初の2枚『Barbara Chante Barbara』と『N°2』にあったような、体から出てくるような表現も、嘘偽りない本心というような心に響く詩も少なくなってきました。うしろにストリングスが鳴っていたりするもんで、アレンジャーが用意した曲の上に乗って歌って聴こえちゃったからかも。職業作曲家になってきちゃったかな?みたいな。でも、ひきかえにプロフェッショナルな感じは出て来たように感じました。このへんのバランスって難しいですね。歌は、悲しいものでも楽しいものでも激しいものでもおだやかなものでも、心を動かされるほどいい歌なのだと僕は思っているので、60年代のバルバラを人に薦めるなら、やっぱりフィリップスの初期2枚です。でも間違いなく20世紀を代表する歌手のひとりに違いないので、全部聴きたくなっちゃいますよね(^^;)>。このアルバムはジャケットもかっこいいし。


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『Barbara』

Barbara No2 65年にフランス人歌手バルバラが発表したフィリップス第2弾アルバムです。個人的には『Barbara Chante Barbara』に並ぶバルバラの傑作!フィリップスからの2枚目なので、俗に「N°2」なんて呼ばれてます。気をつけないといけないのは、『Barbara』というタイトルのオリジナル・アルバムが何枚かあるんです…。聴きたい方は、このジャケットを目安にしてくださいね(^^)。

 バルバラの有名曲が入ってる割合は、『Barbara Chante Barbara』よりこっちの方が多いかも。「la mal de vivre」(孤独のスケッチ)、「Si la photo est bonne」(報道写真)、「Septembre」(美しい9月)、「La Solitide」、「Göttingen」(パリとゲッチンゲン)など、これらシャンソンの大名曲がこのアルバムに入ってるんですよ、凄すぎる、信じられない。

 曲とアレンジで好きなのは、「Le mal de vivre」。この時代のシャンソンのいい所はクラシック歌曲の表現力を残している所で、デュナーミクもテンポも緩急自在です。英米ポピュラー音楽が全盛になってから失われてしまった「音楽を歌わせる」という技術が、戦後からしばらくのシャンソンには残ってたんですね。これが失われたのは悲しい。8ビートのドラムは西洋の軽音楽をダメにしたよなあ…。

 響きが見事なのは「Tol l’homme」。こんな空中にただよっているような和音、音楽やってる人ですら聴いた事がない人の方が多そうですが、こういう音をイメージで来てしまうセンスが本当に素晴らしい。

 そして、詩の内容や歌の歴史として素晴らしいのが「ゲッチンゲン」。バルバラはユダヤ系で、第2次大戦中はナチから追われて死ぬ思いをしたそうです。エンターテイメントで間の恋だのと言った詩も少なくないシャンソンの中で、バルバラの詩に内省的で厭世的なものが多いのはそういう経験も影響してるんじゃないかと。そんなドイツにひどい目を合わされたバルバラが、戦後にドイツのゲッチンゲンでコンサートをすることになったけど、会場にはアップライトピアノしかなくて、バルバラはグランドピアノを要求したんだそうです。そうしたら会場にたまたまいた老人がピアノを提供、学生たちやお客さんがみんなでピアノを運び…と大奮闘して、数時間遅れで無事コンサートが出来たそうです。これに感動したバルバラは滞在を延長して「ゲッチンゲン」を作り、会場にあった庭でゲッチンゲン市民たちにこの歌を語って聴かせ、感謝したそうです。そしてこの曲の詩の内容は…これは色々と複雑な詩なので自分で読んでいただきたいんですが、要約すると「パリもゲッチンゲンも同じ」と歌っているのであって、不幸な戦争があったけど、憎しみ合わずに和解しましょう、という事。ドイツとフランスだけでなく、いがみ合っているすべての国々の市民に聴いて欲しい歌、いつまでも残って欲しい歌です。

 『Barbara Chante Barbara』と『N°2』は兄弟みたいなアルバムなので、どちらかを機にいったらもうひとつも絶対に気に入るんじゃないかと。個人的には、アレンジやら曲が揃ってるのは先の方で、「Tol l’homme」や「ゲッチンゲン」という大名曲が入ってるのはこっち。この2枚はとんでもなく素晴らしいので、バルバラを聴いたことのない方はぜひ聴いて欲しいです。初期のバルバラも聴かずに歌を語るなかれ、と本気で思います(^^)。


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『Barbara / Chante Barbara』

Barbara Chante Barbara 1964年にシャンソン歌手のバルバラが発表した自作自演集です。バルバラはこの前にブラッサンス曲集やジャック・ブレル曲集という10インチLPを出してるから、わざわざこんなタイトルにしたんじゃないかと。でも世間一般的にはこれがバルバラのデビューLPという事になってるみたいで(12インチがLPというなら、確かに嘘じゃないのかも)、これがフィリップス第一弾アルバム。バルバラがフランス国外にも知られるようになったのは、このアルバムが多国籍企業のフィリップスから出たのが大きいんじゃないかと。

 スコアの完成度、アンサンブルの素晴らしさ、録音の良さなどなど、このアルバムの素晴らしさは息をのむほどでした。録音もいいから表現の機微が伝わってきて、心に刺さりまくってしまいました。。編成は曲によって違いますが、基本的にギター以外はアコースティックで、ついでに編成は大きくてもせいぜいトリオ程度。大きいレコード会社になったからと言って、豪華なオケでドカンとやるなんていう成金な事はしません。フィリップスってこういう所が音楽的にセンス良い事が多くてすごく好きです。フォルクローレのメルセデス・ソーサも、ジャズ/ソウル/スピリチャルのニーナ・シモンも、キャリアハイをたたき出したのはフィリップス時代だったと思いますしね。

 このアルバムの驚く所は、よくぞこれだけいい曲を揃えたなという点と、アレンジがことごとく素晴らしい事だと感じました。
 10小節ワンコーラスで矢継ぎ早に繰り返す「À mourir pour mourir」(死に憧れて)がアルバム1曲目。音楽も素晴らしいし、詩も「どうせ死ぬなら私は綺麗な若いうちに死にたい」、この1曲目で僕のハートは鷲づかみでした。
 2曲目「Pierre」はバルバラの代表曲のひとつ。ピアノでマイナーのダイアトニック進行を作った上にずっとの勝っているトランペットがカッコ良すぎる、歌が素晴らしすぎる。。3曲目「Le bel age」もピエールと同系統の曲で、切なく憂鬱な感じ、聴き入ってしまいました。いやあ、マジでいいです。。
 他にも「Je ne sais pas dire」は曲が見事、「Sans bagages」はルバートでうねるように進行する曲と、アルコのコントラバス&ヴィブラフォンを活かしたアレンジがしびれます。楽器の使い方で言えば、「Ni belle, ni bonne」のミュート・トランペットの素晴らしさも「うわあ…」と感激してしまいました。ついでに7曲目「Nantes」(ナントに雨が降る)もバルバラの代表曲のひとつ…というわけで、アルバムを通じてつまらない曲が本当に1曲もないんです。

 僕はこのアルバム、1回聴くとあまりの素晴らしさに2回、3回と繰り返し聴いてしまうんです。それぐらい素晴らしいです。しかも歌はうまいしアレンジは素晴らしい…シャンソンの名盤を1枚だけ選べと言われたら、僕はこのアルバムを選ぶかも。


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『ベートーヴェン:ヴァイオリン協奏曲 メニューイン(vn)、フルトヴェングラー指揮、フィルハーモニア管弦楽団』

Beethoven ViolinConcert_Menuhin_Furtwangler カザルス演奏の、オケの音が全然聞こえないチェロ協奏曲の古い録音を聴いた事があります。それ以降、古い録音は買う前にビビりまくってました。それが以前に書いたフルトヴェングラー&ウィーンフィルの録音を聴いて以降、古い録音への苦手意識が減りました。むしろ本当にすばらしい空間録音は古いものにある、みたいな。と言っても、ノイズ問題があるので買うのに慎重になるのは変わりませんが(^^;)。
 ある時期、クラシックのCDの世界で、古いモノラル音源を「ブライトクランク」という方式で疑似ステレオ化して、ついでに音質も向上させて発売する事が流行した事がありまして、その中のひとつとして登場したのがこのCDでした。ユーディ・メニューインとフルトヴェングラーによるベートーヴェンのヴァイオリン・コンチェルトも、聴いてみたかったけど古い録音なので躊躇してたんですが、音の心配さえなくなれば聴くべきでしょ!というわけで、いよいよ挑戦したのでした(^^)。

 まずは録音。「なんだかんだ言って宣伝文句ほどのものじゃないでしょ」と思っていたのに、音の深みや管弦の楽器の再現性が本当に素晴らしかった!ものっすごく立体的に聴こえるんですが、これってどうやってるんでしょう、ステレオになってるだけでなく、それぞれの楽器がすごくしっかり聴こえます。う~ん科学ってすごい。そういう音楽的なところは実に素晴らしい録音ですが、やっぱりマスターテープが53年録音である事に変わりはないので、「サー」って言ってるノイズはけっこう大きいです。スピーカーで聴いている分にはちょっと気になる程度でしたが、ヘッドフォンだと耐えられないレベル。ヘッドフォンで聴きたい人は、歴史的録音というのを差し引いても、ちょっとしんどいかも。

 そして演奏。まずはヴァイオリンのメニューインさん。神童の走りみたいな人ですがこの時は37歳、それでも素晴らしい演奏でした!カデンツァとかの持ってく所は驚異の演奏でガッツリ持っていき、それ以外のところは表現力が高い(ボウイングの表現とか、マジですげえ…)!オケとのマッチングも素晴らしい!いや~発言やルックスからして、もっと独善的な人なのかと思ってましたが、強烈な個性や表現力と同時に、全体を見渡す能力もめちゃ高かった。昔の人なので話が大きくなっているだけでそこまですごくないだろうと思っていたんですがとんでもない、マジで伝説の人だった!これは恐れ入りました。
 そして、フルトヴェングラー&フィルハーモニア管弦楽団の演奏。これまた先入観で「古いオケだから表現過多で必要以上にたっぷり演奏しちゃってもたったりしてるもんかと思ってたんですが、全然そんな事ない、表現はたっぷり目でしたがめちゃ機敏だし、オケ全体でひとつの人格持ってるぐらいの統率力、これも素晴らしかった!いや~これもお見事でした。

 ベートーヴェンのヴァイオリン協奏曲は、「3大ヴァイオリン協奏曲」のひとつに挙げられるほどの名曲です。解説には「そこまで技巧偏重でない抒情的な協奏曲」なんて書いてありますが、ヴァイオリンを弾かない僕にとってはとんでもない技巧を使う所がてんこ盛りに聞こえます(^^;)。ほぼ同時期に書かれた「運命」とかに比べれば、たしかにシリアスじゃなくて抒情的と言えるかも知れません。あと、オケとソリストが競い合うようにどんどん登りつめてくところは、まさしく協奏曲の王道という感じ。全体で40分超えの堂々たる音楽です。

 いま、将棋のソフトって、プロより強いそうです。そのソフトで江戸時代に指された将棋の解析をすると、江戸時代の名人って今の最新鋭将棋ソフトと同じ手をバシバシ指してるんだそうです。それに似ていて、「昔の人だから、言っても話ばかり大きくなっていて実際には今の人の方が技術は高いだろ」な~んて思ってたのに、実際には昔の達人は今でも達人で通るほどの凄さでした。僕は若い頃、「ベートーヴェンの管弦楽曲聴くなら、カラヤンばかりじゃなくてフルトヴェングラーも聴いたら」なんて年上の人に言われたんですが、その意味が分かったような気がした1枚でした。


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『ベートーヴェン:交響曲第1番、第2番 ショルティ指揮、シカゴ響』

Beethove Sym1 2_Solti ChicagoSymphony ショルティ&シカゴ交響楽団が演奏したベートーヴェンのシンフォニーでは、1番と2番のセットも持っています。これは完全に勉強のために買った1枚。若いころ、音大にまで行かせてもらったんだから、ベートーヴェンの交響曲ぐらいは全部知ってないと恥ずかしいと思ったんですよね(^^;)>。ショルティはベートーヴェンのシンフォニーを何度か録音してますが、これは89年の録音です。というわけで、ステレオ録音でもあって、音質もなかなか良好でした。

 交響曲第1番。若いときの僕は、「1番と2番は他からの影響が強い」「ベートーヴェンの交響曲は3番からだ」なんてことを本で読んでいたもんで、1番にはまったく期待してなかったです。まだ習作期で、ハイドンモーツァルトの交響曲にそっくりなんだろうな、みたいな。聴いてもいないくせに分かった風な口ばかりたたく耳年増はウザくて困ったもんです(^^)。
 ところがどっこい、このCDの1番を聴いた途端、「うわ~これはまさに運命を書いた人の交響曲だわ」と感じました。少なくとも、この曲を聴かされて、「この曲を書いたのは3人のうち誰でしょうか」みたいなクイズを出されたら、クラシック聴く人なら全員ベートーヴェンと答えるんじゃないかと。ハイドンは貴族音楽的、モーツァルトは中性的、ベートーヴェンは男っぽくガツガツ来るものが多い感じがしませんか?ガシガシガシ…ジャ~ン、みたいな。1番は、たしかにウィーン古典派らしい貴族趣味な音楽でしたが、でもワルツですらガシガシ来るのがベートーヴェンらしくて、ベートーヴェンは最初からベートヴェンでした(^^)。

 交響曲第2番。これも第1楽章からベートーヴェンっぽかったです。しつこいぐらいに何度も繰り返して盛り上げて、ジャジャ~ンみたいに終わるところとかね(^^;)。第2楽章でピッコロがちょっとひっかけてますが、あとはいい演奏だと思いました。

 このCDでのショルティ&シカゴ響の演奏は、フルトヴェングラーあたりのドイツの巨匠の伝統的な録音に比べると速め。僕はピアノだったのでオケに乗った事もないし、1番と2番はスコアも見てないんですが、でも実際のベートーヴェンの指定はけっこう速いらしいので、ベートーヴェンが目指していたのは僕たちが知ってるような重く荘厳なシンフォニーじゃなくて、もっとウィーン古典派らしい軽妙な音楽だったのかも。このCDの演奏は、そういう意味で実際のベートーヴェンのイメージに近い演奏なのかも知れません。


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『ベートーヴェン:交響曲第3番《英雄》、《エグモント》序曲 ショルティ指揮、シカゴ響』

Beethoven Sym3 Egmont_Solti CicagoSymphony フルトヴェングラー&ウィーンフィルの英雄に続いて、ショルティ&シカゴ響のものを聴いてみよう、そうしよう。ショルティはベートーヴェンの「英雄」を何度か録音してますが、これは89年のステレオ録音、全集録音のひとつです。

 指揮者のショルティ。この人は、クラシック音楽家の典型的な苦節街道を歩みながら成功にたどり着いた人で、エリート街道まっしぐらじゃないところが応援したくなります(^^)。ハンガリー出身という事もあって、若いときはバルトークコダーイにも師事したピアニスト志望の音大学生。ところがクライバー指揮のベートーヴェンに感動して指揮を志望するようになりつつ…でもピアノもがんばる!ザルツブルグ音楽祭(モーツァルトを記念した大きな音楽祭)のリハーサル・ピアニストのオーディションに合格すると、そこでトスカニーニに目をかけられて彼の助手をしながら指揮の勉強。ジュネーブ国際コンクールではピアノで優勝。ここのへんから成功の道を歩み始めますが、時代は大戦で荒れる東欧。ショルティは亡命者となります。そんなショルティで有名なのは、このシカゴ交響楽団の音楽監督についた時の数々の名演じゃないでしょうか。ポンコツ楽団になりかけていたシカゴ響を立て直して世界に冠たるオケのひとつにまで引き上げ、その関係は長年におよびました。僕的にショルティ&シカゴ響で印象深いのはバルトークの弦チェレで、さすが直弟子のタクトは違うと思ったものでした。

 このCDのショルティの指揮は落ち着いていて、アダージョもピアノもやりすぎず、わりとすらっと行く感じ。「ドッカ~ン」とか、ダッシュで駆け抜けたりとか、そういう感じの指揮ではなく、安定感がすごい。ケーゲルもそうですが、東欧の指揮者って重厚な人が多いのかな?

 ベートーヴェン本人が一番気に入っている交響曲は、この3番だそうです。この曲には色々と逸話がありまして、ナポレオンの英雄的ふるまいに感動して書いたとか、そのナポレオンが結局権力志向の人間だと知った途端に「こいつも俗物か」と、タイトルの書かれた表紙をちぎり捨てたとか、1楽章の主題がモーツァルト「バスティアンとバスティエンヌ」にそっくりとか、2楽章になんと葬送行進曲が入ってるとか。
 個人的には、このへんから大規模なものへと向かうドイツ音楽が始まった気がしています。1楽章の和弦の「ジャンッ!ジャンッ!」という始まり方とか、以降の貴族趣味な舞曲風な感じとか、いかにもウィーン古典派という感じ。ところで、なんでウィーン古典派って和弦の「ジャン」で始まる曲が多いんでしょうね(^^)。
 あと、「エグモント」はゲーテの戯曲で、ベートーヴェンは本人から依頼を受けて音楽をつけたらしいです。エグモントは実在の人物で、スペインからの独立運動を指揮した人ですが、死刑宣告を受けます。彼を救おうとした彼女も救出に失敗して自害。エグモントは断頭台の上で彼女の幻影を見て…みたいなお話。う~んこれは序曲だけじゃなくて戯曲全体を見てみたいぞ。。


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『ベートーヴェン:交響曲第3番《英雄》 フルトヴェングラー指揮、ウィーンフィル』

Beethoven Symphony3 Eroica_Furtwangler Vienna Phil フルトヴェングラーベートーヴェンのエロイカを何度も録音してますが、これは52年にウィーンフィルと録音した有名な1枚です。全世界で今まで500万人ぐらいはこの録音に感動してきたんだろうなあ…な~んて想像しながら手にした1枚でした。

 手にしたもうひとつの理由は…世代的な問題で、僕のベートーヴェンのシンフォニー体験は、どの曲もだいたいカラヤンが最初で、良し悪し以前にカラヤンのベートーヴェンがインプリンティングされているのです。ところが、大人になって少しずつ自分の音楽観が変わっていく中で、カラヤンのベートーヴェンは速いんじゃないかと思う機会が増え、昔の巨匠の演奏も聴いてみたくなった次第。ちょっとだけ音楽が分かってきた気になった頃って、偉そうに能書き垂れはじめて、勢いやエフェクターで作ったような音楽じゃなくって、タッチで音を作り演奏で表現するものが演奏だって思いはじめたりするじゃないですか。そういう「玄人ぶりたくなる素人」の初期症状の頃の僕にとって、フルトヴェングラーはもってこいの存在でした(^^;)。。野球でいえば、イチローや松井を褒めるのはアマチュア、広島の前田やロッテの土肥の名前をあげてこそ玄人。プロレスならハンセンを良いといってるうちはシロウト、通ならスティーブ・ライトあたりをあげるぐらいじゃないとね、みたいな(^^;)。

 そんな思いで買ってきたフルトヴェングラー&ウィーンフィルの演奏ですが…テンポが想像以上にゆっくりでした(^^;)。曲のテンポは時代とともに変わると言いますし、慣れ親しんだカラヤンのベルリンフィル時代はテンポの速い時代でしたし、テンポの良し悪しは僕個人の中ですら、いつ聴くかで変わっている気がします。このCDのテンポ感、今の僕にはさすがに遅すぎでしたがそれでもなかなか好きなので、60歳をこえたらもっとしっくり来るかも。
 いちばんの感動は、録音でした。古くさいジャケットに昔の録音なので音には期待していなかったんですが、モノラル録音なのにすごい立体感、しかも良い音、これはビックリしました!低音が出ていて音が太い!モノラルなのにバランスがいい!これは素晴らしい3番な気がします。

 いま、うちにある英雄のCDをいくつか処分しようと整理中なんですが、これは手放してはいけないな。いや~聴き込んじゃって、整理がぜんぜん進みません。あれ、ぜんぜん「英雄」についてのトリビアを書かなかったぞ、それはまた次回という事で(^^)。


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特別定額給付金の仕分け方法

ここのところ仕事が忙しくて、青色申告がまだ終わりません(^^;)>。でもって、昨年はコロナ禍で特別定額給付金が支給されたんですが、これって雑所得でいいのかな、分からない。。というわけで、どうやって貴重したらいいのか分からなかったので調べてみたところ、こうすればいいみたいでした。

借方勘定科目 | 借方金額 | 貸方勘定科目 | 貸方金額 | 摘要
普通預金 | 100,000円 | 事業主借 | 100,000円 | 特別定額給付金


お、つまりこれは自分のお財布から仕事用の口座に貸したという事ですね?つまり、仕事用の口座でなかったら仕訳自体をしなくていいのかも。このへん、似たようなものでもホアの支援金とは違うという事ですね(^^)。


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『Bad Company / Rough Diamonds』

Bad Company Rough Diamonds 1982年発表、バッド・カンパニーのラスト・アルバムです。と言ってもこの後に再結成しちゃうんですけどね(^^;)。でもポール・ロジャースがいないバンドをバッド・カンパニーと名乗っていいのか、水谷豊のいない相棒とか、レッドのいない戦隊ヒーローとかありえないよな…というわけで、僕にとってはやっぱりこれがラスト作。

 アルバム1曲目の「Electricland」が、バッド・カンパニーの曲の中で1・2を争うアレンジに力が入った曲で、ピアノやシンセも入っていて、バンド・サウンドよりも曲の完成度を優先した感じでした。クロスフェードでつながる2曲目「Untie the Knot」も、そういう意味でいうとバンド・サウンドではなくって、作りがポップスです。バッド・カンパニーって初期は産業ロック的なバンドでしたが、解散直前にはプロのアレンジャーの手が入った上質のロック調ポップスと言っていいんじゃないかと。

 個人的にはスリーピースのスッカスカなロックばかり聴かされるより、音楽としてまとめてきたこのアルバムのバッド・カンパニーの方が好きです。僕が好きなバッド・カンパニーの曲って、ファーストの「Bad Company」や「Seagull」、またはセカンドの「Anna」あたりと、どれもスリーピースなロックじゃないですし(^^;)。ティーンエイジャー向けな音楽なので、僕はずいぶん前に卒業したつもりのレコードですが、若い頃に好きで聴いていただけあって、久々に聴くと善悪を超越してなつかしかったです!自分が持っているレコードの数を考えると、このレコードがもう一度ターンテーブルに乗る時間はなさそうなので思い切って手放す事にしますが、音楽そのものじゃなくてこのレコードを買った中学生の頃の色んな思い出がフラッシュバックしてきて涙が出そうになります…モノって、思い出が閉じ込められているところ、ありますよね。。


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『Bad Company / Run With The Pack』

Bad Company Run With The Pack 1976年発表、バッド・カンパニーのサードアルバムです。バドカンのロック曲で僕が一番好きな「Live for the music」が入ってるのがこのアルバム。この曲、ギターでもベースでもドラムでも、楽器始めたばっかりの人に超おススメです。死ぬほど簡単だけど、やるとカッコいいので(^^)。ちなみに、バドカンのミディアム~スローナンバーで一番好きな曲はファーストアルバムに入っていた「Seagull」です。

 ロックナンバーでは、「Live for the music」のほか、「Simple man」も「Run with the pack」もかっこいい!!特に「Run with the pack」は、ピアノやストリングスなど色々と被さっていて、音の薄さというこのバンドの弱点を見事にカバーしていました。そして、バラードの「Love me somebody」は、どこかアメリカン・カントリーのような郷愁も感じるし、ポール・ロジャースの歌唱力もあって、すごくよかったです(^^)。

 曲もメドレーのように繋がっていたり、バッド・カンパニーの初期3枚の中では、これがいちばん完成度の高いアルバムじゃないかなあ。あくまで若い人向けの極端にシンプルなポップロックなので、色々な音楽を聴くようになってから聴いたら少しだけ物足りなく感じてしまいましたが、昔聴いた身としてとっても懐かしくも感じた1枚でした。要するに、ロックバンド編成のチャート・ポップスなんだな、みたいな。


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『Bad Company / Straight Shooter』

Bad Company Straight Shooter 1975年発表、バッド・カンパニーのセカンド・アルバムです。メンバーは、ポール・ロジャース(vo)、ミック・ラルフス(g)、ボズ・バレル(b)、サイモン・カーク(d)。おお~キング・クリムゾンにいたボズ・バレルがベースだ!普通のロック・ミュージシャンがクリムゾンでやっていくのはきつかったんだろうな…。

 ファーストに続いてミドルテンポのシンプルなロックとポップスが混じったアルバムでした。昔から、そこまで好きでもなかったんですが、聴くと「あ、この曲知ってる」「あ、これも知ってる…」ってな感じで、けっこう曲を覚えていたのが不思議。それぐらい、シンプルだしキャッチーな曲が多いのかも。
 このアルバムで好きな曲は「Anna」。これ、バンドサウンドにせず、きれいにアレンジしたら、もっといい曲に出来るんじゃないかと思います。同じ事が「Shooting Star」にも言えそう。つまり、やっぱりいい曲がいっぱい入ったアルバムなのかも。

 フェイセズとかエアロスミスとかバドカンとかAC/DCとか、70年代中ごろのこうしたシンプルなロックバンドは、曲やアレンジや演奏があまりにも単純すぎて僕は昔からいまいちのめり込めませんでした。でもバッド・カンパニーだけは聴いていたのは、前身バンドのフリーが好きだったからなんだと、今回聴いていて気づきました。時代がハードで複雑な音楽ではなく、シンプルでスカッとしたものを求め始めていたのかも。子どもの頃、おにいちゃんたちが受験勉強して、息抜きにラジカセでこういう音楽を聴いていたんだろうな…みたいなことを考えたりして、懐かしかったです(^^)。


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『Bad Company』

Bad Company 1974年、フリーのポール・ロジャースとサイモン・カークが参加したロックバンド・バッドカンパニーのデビュー作です!いや~懐かしい、このアルバムを聴くのは30年ぶりぐらい。それなのに曲をみんな覚えてるよ…。

 バッド・カンパニーはハード・ロック・バンドと紹介される事がありますが、ぜんぜんハードじゃないし、音も音楽も死ぬほどシンプル。1曲目の「Can’t Get Enough」からして、曲も演奏もドがつくほどシンプルなので、ハードロックと思って聴くと間違いなく肩透かしを喰います(^^;)。
 でもこのファーストアルバム、僕は「Bad Company」と「Seagull」の2曲がすごく好きなのです。どっちもミドルテンポのナンバーですが、いい曲なんですよね。特に後者のアコギの演奏と、途中の「Lalala~」と歌う所は本当に好きです。

 というわけで、初期のバッド・カンパニーは、音がスッカスカなブルース・ロックにちょっとだけポップな曲が入ってくる感じ。はじめて楽器を買ってロック・バンドを組みたい方には、バッド・カンパニーはおすすめです。どのパートも簡単なのでカバーしやすいんじゃないかと(^^)。


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『Village Music of Yugoslavia』

Village Music of Yugoslavia ノンサッチのワールド・ミュージック部門エクスプローラー・シリーズのカタログの中のひとつです。このシリーズは昔ワーナーが日本語解説をつけた輸入盤を出していた事がありまして、そのサブタイトルは『ボスニア=ヘルツェゴヴィナ、クロアチア、マケドニアの歌と踊り』でした。ブルガリア、アルバニア、ギリシャなどなど、バルカン半島の国々の音楽はどれも間違いなく面白いですが、政情不安定な地域だったからか、昔は聴くのがなかなか大変でした。というわけで、中古屋で見つけた時は「おお、ボスニアの現地録音盤があるのか?!」と狂喜乱舞、即買いでした(^^)。1968年の現地録音、6つの村で採録したものでした。

 ボスニア=ヘルツェゴビナ、クロアチアマケドニアの音楽と言っても、このCDに入っているのはすべてクロアチア人の音楽でした。タイトル通りヴィレッジ・ミュージックといった感じで、プロの音楽家ではなく村人が演奏している風で、ほとんどがフォーク・ダンスか民謡風の音楽でした。

 いちばん多く入っていたのがフォークダンス風の音楽。伴奏楽器はギター、マンドリン、フィドルで、この上でみんなでワイワイうたいます。盛り上がって叫ぶ人も(^^)。これは楽しそう、村の祭りとかで踊るんだろうな。エキゾチックに感じる曲想はなく、ブルガリアのような複雑な変拍子などもありませんでした。これはクロアチアが比較的西ヨーロッパに近いからかも。

 民謡は、無伴奏合唱はハーモニーがバルカン風。マケドニアやアルバニアが近いですし、こういうハーモニーはスラヴ民族共通なのかも知れないと思いました。歌の節のつけ方にブルガリアン・ヴォイスに共通するものも感じました。独唱となると、もうこれは田舎の民謡といった感じで、こうなるとヨーロッパもアジアもなくて、「あ、民謡だな」みたいな。おばあちゃんが歌っているようで、聴いていてホッコリしました(^^)。

 唯一、西アジアというかギリシャというかトルコというか、あちら方面の音楽を感じさせるものがありました。バレル・ドラム系の打楽器の伴奏に、ダブル・リード系の楽器が2本で演奏するもの。リード楽器のうち1本はドローンとして使っているので、バグパイプのようにも聴こえました。これがかなりカッコいいインスト音楽、東ヨーロッパの国にはどこもこういうトルコの軍楽的な音楽が残ってますが、こういうのを聴くとオスマンの影響力って本当に強かったんだな、と感じます。

 『Folklore from Croatia | tamburica orchestra veritas』よりもこっちのCDの方がリアルなフォルクローレっぽく感じました。冷戦下のヨーロッパの火薬庫での録音、これは貴重じゃないかと!


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『Folklore from Croatia | tamburica orchestra veritas』

Folklore from Croatia_tamburica orchestra veritas セルビアの隣、文化も似ているように見えるのにセルビアとメッチャ仲が悪いクロアチアの音楽のCDです。戦闘機が上空を飛んじゃうし、「セルビア人お断り」「クロアチア人お断り」なんて看板が店先に出てるぐらいのレベルだそうで、日本と韓国やドイツとフランスの仲の悪さなんて可愛いレベル。14曲入ってましたが、ぜんぶトラディショナルだそうです。

 このCDにはいっている音楽は、すべて民族舞踊の音楽みたいでした。セルビアの舞踊音楽にすごく似ていて、いかにも東ヨーロッパのフォークダンスの音楽。テンポがどんどん速くなって、明るい曲想で、すごく楽しげです(^^)。ジャケットに写っている民族衣装もセルビアの衣装に似ていて、やっぱり文化は似てるんじゃないかと。音楽的に目立ったのは、主旋律を奏でるのがジャケットに写ってる撥弦楽器ですが、この民族楽器の高音がキンキンするんです。音色はマンドリンをさらにキンキンにした感じ。あ、ちなみに楽器編成は、ヴォーカルのほかはすべて撥弦楽器に聴こえました。主旋律を奏でる楽器が左右に対向配置されていて、ほかはコードとリズムを刻む楽器とベース。もしかしたらツィター属の楽器も混じってるかも知れませんが、みんなで元気に「ズン・チャッ・ズン・チャッ」とやってるので、音がだんごでよく分からない(^^;)。

 良く聴けば差があるのかも知れませんが、僕みたいなアマチュアが聴くかぎり、東ヨーロッパの民族舞踊音楽はブルガリアもセルビアもクロアチアも、みんな似たものに感じます。文化が繋がっているからないのだと思うんですが、音楽でここまで似たような文化を持ってるなら、政治で争わなくてもいいのにね。こんなに楽しくて爽快なダンス・ミュージックを持ってるなら、一緒に踊って仲良くして欲しいもんです。でもこの大変さは、島国の日本に住んでる僕には分かりにくいのかも。きっと、狭い地域に人間が多すぎるんだろうなあ。それにしても、楽しげでなかなかいい舞踊音楽でした!


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『Music of Serbia | Folk Dance Ensemble Vila』

Music of Serbia_Folk Dance Ensemble Vila Ocora 盤のセルビアの音楽CDが、農村のアマチュア音楽家による素朴な民謡や舞踊音楽やバルカン・ブラス・バンドだったのに対して、こっちのCDはプロの民族舞踊団が演奏したセルビアの音楽。民族音楽としてどっちが説得力があるかは考え方次第と思いますが、こっちのCDの方がメッチャうまいのは確か。しかも、録音もメッチャクチャいいです。。

 このCDは、セルビアの音楽の中でも民族舞踊の音楽のみを取りあげていて、バルカンブラスや民謡は入っていませんでした。編成はけっこう大きく、ヴァイオリン、クラリネット、アコーディオン、ギター、ベース、打楽器(ダラブッカ?)の音なんかがきこえました

 どんどん速くなっていくし、手拍子が入って明るかったりして、複雑なステップを踏むんだろうなといういかにも東ヨーロッパの舞踊音楽でした。これ、踊りきれたら爽快だろうな、ムッチャクチャ難しそうだけど(^^)。そうそう、このCD、フルカラーで28ページのブックレットが付いてるんですが、アルプスかブルガリアみたいな民族衣装を着て踊っている人の写真がいっぱい出てるんですが、女性がみんな美人。紛争地域で怖いけどセルビアに行きたくなったぞ。
 たま~に他の文化が入り込んだような音楽が入ってきて、これがけっこう面白かったです。たとえば強烈にアラビア音楽っぽいものまではいってるのです(例えば3曲目)。東ヨーロッパはどこにでもジプシーが入り込んでいて、プロ音楽家はジプシーの専門だった地域もあるそうなので、これはジプシーが持ち込んだのかな?一方7曲目は、まるでユダヤのクレズマーのよう。これって、セルビアにはそれなりにアシュケナジムが入り込んでたって事でしょうか。ジプシーにしてもアシュケナジムにしても、音楽の中にその地域の歴史を感じる事ってありますよね。

 バルカン半島ってスラヴ民族の土地というイメージでしたが、その中にジプシーやアラビアの文化も混じってるんだなと、ちょっとした発見がありました。日本と違って、大陸で繋がってるから色々と混じってくるんですね。たしかに、セルビアはバルカン半島のど真ん中で、四方八方が他の国に接してますもんね(^^)。


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『ユーゴスラビア セルビアの音楽 楽園の蝋燭 Yougoslavie serbie orientale Les bougies du paradis』

Yougoslavie serbie orientale Les bougies du paradis フランスの民族音楽レーベルOcoraがリリースした、セルビア音楽のCDです。録音が1980年から85年までと、ユーゴスラビアという国がまだあった頃なので、CDタイトルにその名残が残ってます。ところで、ユーゴ分裂後、今はいくつの国に分裂したんでしょうか。セルビアとモンテネグロは一緒の国になったんでしたっけ?あとは、クロアチア、アルバニア、ボスニア・ヘルツェゴビナ、マケドニア…コソボは国でしたっけ、都市名でしたっけ?いやあ、覚えきれません(^^;)。

 このCDに入っている音楽は、セルビアの東に住んでいるヴァラキア族の音楽でした。ヴァラキアといえばルーマニアですが、このCDに入ってるセルビア居住のヴァラキア族は、ルーマニアとは関係がないそうです。演奏の大半は農民によるもので、例外的に職業音楽家であるジプシーの演奏も入ってました。音楽はいかにも東ヨーロッパ的なフィドルで演奏される舞踊音楽、無伴奏で歌われるこれまた東ヨーロッパの農村地方っぽい民謡(そういえば、ルーマニアの民謡に似たようなものがあったな…)、東ヨーロッパに万遍なく広がっているバグパイプの演奏、マーチングバンド風のバレル・ドラムと金管楽器の音楽、などでした。ブラスバンドの音楽は、いわゆるバルカン・ブラスという事になるのかな?セルビアは本場のはずなので、きっとそうですね。そうそう、バルカン・ブラスというのは、バルカン半島にはブラスバンドの伝統があって、なかなか派手な感じです。

 バルカン半島って、「ヨーロッパの火薬庫」なんて言われるほどに紛争の絶えない地域。特に、セルビアとクロアチアは普通に今も戦闘機や爆撃機が飛び交っているような土地ですからね。セルビアとクロアチアの仲の悪さは、ドイツとフランスや日本と朝鮮なんてもんじゃなくて、インドとパキスタンレベルのやばさ。そりゃ優雅に音楽やってる場合じゃないですよね。。実際、音楽は非常に素朴で、プロ音楽家が存在したりエンターテイメント性豊かな楽しませる感じはなくて、素朴なものが多かったです。でもそれがいいんですよね。ギリシャ、マケドニアアルバニアの音楽と、トルコ方面からの音楽の中間という感じがしました。


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プロフィール

Bach Bach

Author:Bach Bach
神戸住まい、奥さんとネコと暮らす音楽好きです。音大は卒業したのですが、成績はトホホ状態でした(*゚ー゚)

ずっとつきあってきたCDやビデオの備忘録をつけようと思い、ブログをはじめてみました。趣味で書いている程度ですが、いい音楽、いい映画、いい本などを探している方の参考にでもなれば、大変嬉しく思います(ノ^-^)ノ

最近気になってるCDとか本とか映画とか
intoxicateに載っていた1枚。「Vyacheslav Artyomov」、ロシアの作曲家は名前が読めなくってムズカシイ。。「ヴャチェスラーフ・アルチョーモフ」と読むらしいです。伝説の「フレンニコフの7人」のひとりとの事ですが、それって何かすら僕は知らず(^^;)。作風的には初期は新古典的、後に民族的な様式、十二音技法や、複調性、ミニマルなんかも用いたみたい。ロシアの前衛は強烈なものが多いので、聴いてみたいです。アマゾンで買おうと思ったらダウンロード版しかなかった(;_;)。 オスマン時代から現代までのトルコ音楽のガイド本みたいです。おおお~、これは絶対に読もう!!
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