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心に残った音楽♪

おすすめCDの紹介のほか、本や映画の感想などを (*^ー゜)v

 

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『ジョン・海山・ネプチューン / Tokyosphere』

JohnKaizanNeptune_Tokyosphere.jpg 1988年発表のジョン・海山・ネプチューンさんのアルバムです。今度のレーベルはビクター、インスト音楽をリリースしてくれるレーベルを探して渡り歩いているようですが、もうすぐ90年代という事はインストや芸術音楽が聴かれなくなり始めた頃。インスト系や硬派な音楽を目指すミュージシャンは大変だったはずで、ジョン海山さんほど名を売った人でも、その苦労から逃れられなかったのかも。

 『ザ・サークル』も良い音楽でしたが、これはさらに良かったです!僕が聴いたアルバムでは、88年のこのアルバムではじめて、ジョン海山さんが息と楽音のコンビネーションで作る尺八独自の表現をしてきたように感じました。海山さんの音楽を聴いていた頃、僕はまだ琴古流はおろか都山流ですらまともに聴いていなかったものでよく分かっていませんでしたが、いま聴くと「はじめて海山さんが尺八らしい表現と音を出してきたな」と感じた、みたいな。
 呼ばれたらどんなジャンルの音楽にも対応して演奏するプロ演奏家って、「ここまで来たらいちおうプロ演奏家を名乗っていい」みたいな線があると思うんです。ピアノなら、楽譜初見OK、リードシートみてのアドリブOK、モードOK、表現OK、曲中でタッチとデュナーミクで起承転結をつけた構成OK、ぐらいのところまでくれば、いちおうプロと名乗って仕事を受けてもいい、みたいな。逆に言うと、ここまで出来ないとプロを名乗るのは危険すぎる、現場に行って大恥かく可能性あり、みたいな。そういう意味で、それまでは表現は音の並びだけと勘違いしていてもオッケーだったクロスオーバーの範囲だった海山さんが、ついにレベルに来たな、みたいな。言うのは簡単ですが、最近の藤〇〇山さんの演奏なんかを聴くにつけ、尺八でここに到達するのって大変なことだと思います。他流試合で相手の土俵に上がって勝負できるようになるレベルを要求されているようなものですもんね。

 ただ、純粋な芸術音楽かというとそこまでは届いていない感じで、「売れたい!」みたいな気持ちがそうさせるのか、音楽面でガキっぽいところが残っているとは感じました。デイヴ・ブルーベックのテイク・ファイブを尺八で吹き始めたりね (^^;)。。たぶん、もうやろうと思えば、気力さえあればそういう音楽を作れる技術はある所まで来ているんでしょうね。あとはそういう音楽に挑む視点に来ているかどうか、みたいな。
 実際この後、海山さんはもっといい音楽を作って、新作が出るたびに純音楽としての価値を高めていったように感じるので、来ていたんだと思います。でも海山さんの話はずいぶん長くなったので、その先の話はまたいつか(^^)。


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『ジョン・海山・ネプチューン / ザ・サークル』

JohnKaizanNeptune_Circle.jpg 1985年に尺八奏者ジョン・海山・ネプチューンさんが発表したアルバムです。東芝系のレーベルを離れて以降も海山さんは定期的にアルバムを発表していましたが、アルバムごとにレコード会社が変わるのでショット契約だったんでしょうね。このレコードのリリース元はDENON。DENON はもともとオーディオ機器メーカーだし、それを生かして高音質のクラシックや純邦楽の録音にも取り組んでいたので、音楽面でいえばいい選択だったのではないかと思います。

 これまで、海山さんのアルバムであまりいいことを書いてこなかったですが、それでもなんで海山さんのアルバムをあんなに買っていたかというと、はじめて僕が聴いた海山さんのアルバムはこれで、すごく良いと思ったからでした。海山さんがまじめに作曲や表現力ある演奏に取り組んだアルバムなのです。
 もう、制作への意気込みや準備からして81年までとは段違い、箏やタブラを使うセンスもそうですが、ミュージシャンがちゃんとリハして煮詰めてから録音に臨んだようで、本人も参加ミュージシャンも演奏表現が東芝時代とは雲泥の差。曲も西洋ポピュラーのソングフォーム一辺倒から離れ、色んな楽式を使うようになってました。これがはじめて聴いた高校生の時に「カッコいい!」と感じたんです!いま聴くと作曲はそこまで凄いものでもなかったし、演奏はあいかわらずフルートみたいな吹き方をしてましたが(ここは80年代の都山流なら仕方ないのかな?)、それでも音楽に向かっていく姿勢や、やろうとしている事には感銘を受けました!

 人生万事塞翁が馬。大資本のレコード会社と切れたのは経済的には痛手だったかも知れませんが、それで必要以上にセールスを気にせず音楽に向き合えるようになったかも知れません。逆の道をたどる人もいるわけで、チック・コリアなんて売れる前に小さなレーベルでコツコツやっていた時の方がだんぜん良い音楽をやっていたけど、RTF で売れて以降はエンターテイメントな人になっちゃったわけだし、それを考えたら海山さんの徐々に登って行く生き方の方が音楽家として正しい道筋を歩いている気がしました。ポピュラー音楽の職業演奏家ではない、アーティストとしてのジョン・海山・ネプチューンの歩みはようやくここから始まったのではないかと思っています。


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『John Kaizan Neptune / West of somewhere』

John Kaizan Neptune West of somewhere アルバム『将軍』と同じ81年発表の、尺八奏者ジョン・海山・ネプチューンさんのアルバムです。レーベルはマイルストーン。マイルストーンは60年代にリバーサイド・レコードを創設したオリン・キープニュースがニューヨークで設立したジャズ/フュージョン系のレーベルです。とはいえこのレコードのプロデューサーが日本人なので、東芝の息がかかった制作なんだと思いますけど(^^;)。ミュージシャンは日米混成、キーボードにケニー・カークランド、ギターにコーネル・デュプリー、ベースにバスター・ウィリアムスなんていう名前もありました。今までの東芝制作のアルバムとの差は、作編曲の多くが海山さん本人という点で、つまりこのアルバムで80年あたりに海山さんが考えていることが理解できた気がしました。

 女性ヴォーカル入りのクロスオーヴァーと、ジャズフュージョン寄りのアドリブ・セッションが大半でした。あまり考えずに聞いていると、ジョン海山さんじゃなくてフルートのリーダーアルバムに聴こえてしまうほど。セッションという事もあってか、どの人もあまり表現しにいかず、とにかく小ぎれいに爽やかにまとめるので、クロスオーヴァーどころかイージーリスニングに聴こえる瞬間も少なからずあったりして。

 このアルバムを聴いて、海山さん自身がクロスオーヴァーをやりたかった人で、尺八は音色面で魅せられたぐらいのものだったのではないかと感じました。というわけで、日本で売れていた頃のジョン・海山・ネプチューンさんのレコードはどれも産業音楽な軽いクロスオーヴァー。海山さんのドキュメンタリー映画の中で、「尺八の腕はナンバーワンだったのに外人だから一等を与えられなかった」なんてナレーションがまるでそれが事実かのように語っていましたが、それはあまりに海山さんびいきな意見。これだけ表現が薄いと表現8割みたいな尺八の世界で一等をもらえなくて普通と思ってしまいました。81年の時点では音楽の捉え方がフュージョン程度だったんですね、きっと。邦楽的な色を除外したにしても、デュナーミク、インターバル、アゴーギクなど、表現というものが演奏の中に感じられませんでした。

 ところがこれで終わらなかったのが海山さん。このアルバム以降に東芝はジョン海山さんと契約を切るのですが、そこからのジョン海山さんの音楽が素晴らしくて…その話はまた次回!

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『ジョン・海山・ネプチューン&無量 / 将軍』

JohnKaizanNeptune_Shogun.jpg  81年発表、ジョン・海山・ネプチューンの4枚目のアルバムです。路線は前作『バンブー』と同じで、クロスオーヴァー路線でした。

 尺八とか深い音楽だとか思って聴くからいけない、これはクロスオーヴァーの軽音楽を聴くと思って聴けばいいのではないかと前作で学んだので、最初からそのつもりで聴いたら…おおーなんか懐かしい、クロスオーヴァー調のエレピ、「探偵物語」や「西部警察」を思わせる刑事ドラマ調のブラス・セクションのサウンドとアレンジ…80年代初頭の日本の音楽シーンをそのまま聴いている気分でした(^^)。
 特に良かったのが、エレガットのギター演奏でした。これはギターのアルバムではないかと思ったほど。誰だこのギターは、なかなかいい演奏じゃないかと思ってクレジットを見たところ演奏は直居隆雄さん…つまりこのアルバムのアレンジャーでした。せっかくもらったチャンスだし、海山さんを立てるなんてお人好しな事せず、自分を売り込みに行きたくなるのは分かるなあ(^^)。

 それにしても、部分的に琴を挟んだりしてくるんですが(これはアルバム『バンブー』も同じ)、これが西洋音楽のフォーマットの上で楽器を邦楽器に入れ替えただけで、ものすごく薄っぺらかったです。楽器法とか、それぞれの楽器が持っている歴史とか、そういうのを一切無視して自分たちの価値観だけ押しつけてくる薄っぺらさがワールドミュージック系のクロスオーヴァーには多いんですよね。こういう所にこのアルバムの色んなものが出てしまっていて、要するにどこまで素晴らしいアレンジを施そうがいい演奏を止揚が、やってることが産業音楽なんだな、みたいな。

 前作『バンブー』が大ヒットしたので2匹目のどじょうを狙いに来たんでしょう。レーベルが大手レコード会社の東芝の社内レーベルEXPRESSなので、そりゃそういう考え方をしますよね。産業クロスオーヴァーと思って聴けば完成度も高いしこれはこれで楽しかったですが、わざわざ日本まで来て尺八の修行に励んだジョン海山さんは、本当にこういう産業優先な音楽をやりたかったんでしょうか…その答えの半分は、同年発表の別のアルバムで分かった気がしました。その話はまた次回!

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『ジョン・海山・ネプチューン with 荒川バンド / バンブー』

JohnKaizanNeptune_Bamboo.jpg 80年発表、カリフォルニア出身の都山流尺八奏者・ジョン海山ネプチューンさんのサードアルバムです。79年デビューで80年に早くもサードアルバム発表、81年までに6枚のアルバムを出してしまうのだから、デビューしてすぐの大ブレイクだったんですね(^^)。。ちなみにこのアルバム、文化庁芸術祭優秀賞というものを獲得したそうです。

 音楽は完全にクロスオーヴァー/フュージョンでした。そこに本当にちょっとだけ(尺八や琵琶が使われているというだけですが^^;)純邦楽が混ぜてあって、そんなわけで近いところでいえば、大野雄二さんが音楽を担当した映画『犬神家の一族』と同じ、みたいな。純邦楽が混ぜてあると言っても、4曲目「源氏」の無伴奏アドリブのパートでちょっとだけ尺八らしいゆりが出てくる以外は尺八の楽器特性なんてほぼ無視なので、尺八にサックスの代用以上の意味はないと感じてしまいました。カラオケ状態のオケトラックを作ってあとから尺八をダビングしたような完全に産業音楽仕様でしたしね(^^;)。

 というわけで、このアルバムの海山さんは担がれた神輿、音楽のイニシアチブは完全に荒川バンドが握っていました。荒川バンドは、サキソフォニストの荒川達彦さんをバンマスにしたジャズ/フュージョン系のバンドで、いつか紹介した松田優作主演映画『野獣死すべし』でも演奏してました…なるほど、ここで大野雄二さんの音楽と繋がるわけか。。その荒川バンドのブラスアレンジを含めたスコアが入魂の完成度!演奏も見事で、タイトなドラムも音楽のサウンドイメージを決定づけているジャズ・フュージョン調のエレピも見事!でした。これは荒川バンドのレコードですね。。

 このレコードのリリース元はファー・イースト。東芝の社内レーベルで、日本人ジャズを扱っていて、佐藤允彦さんや山下洋輔さんのアルバムをリリースしていました。というわけで、レーベルもやっぱりジョン海山ネプチューンさんの音楽をクロスオーヴァ―/フュージョンと見ていたんでしょうね。日本の大資本レコード会社が作ったジャズアルバムに面白いものなし、文化庁芸術祭優秀賞という響きから硬派でディープな尺八の音楽や演奏を期待すると肩透かしを食うこと必至。でも荒川バンドの作ったポップなクロスオーヴァーとして聴けばよく出来たアルバムと思いました。

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『ハイドン:弦楽四重奏曲《十字架上の7つの言葉》 ボロディン四重奏団』

Haydn Seven Last Words borodin quartet ひとつ前の記事で書いたハイドンの弦カル76~78番は「エルデーディ四重奏曲」なんて呼ばれる6曲セットの弦楽四重奏曲の一部ですが、この「十字架上の7つの言葉」は、ハイドン弦楽四重奏の50番で、弦楽四重奏曲の革命作「ロシア四重奏曲」と、傑作「エルデーディ四重奏曲」のちょうど中間。僕はこの管弦楽版を聴いた事があるんですが(でも内容を全然覚えてない^^;)、エルデーディ四重奏曲に感動した勢いに乗って弦カル版も聴いてみよう、そうしよう。

 ハイドンの「十字架上の7つの言葉」には、他にオラトリオ版もあるんですね。すべてハイドン自身の編曲なので、本人も気に入っていた曲なんじゃないかと。そして聴いてみたところ…弦楽四重奏では異例の7楽章制(実際には最後に「地震」という楽章があって8つ)、終曲を除いて他は全部ソナタ、テンポはラルゴ、グラーヴェ、グラーヴェ、ラルゴ…遅い曲ばっかりでした。宗教曲だからこういう異例づくめの事になったのかな?また、管弦楽曲のアレンジものだからか、ピアノ三重奏曲26番や弦カル76番みたいな絶妙なアンサンブルでもありませんでした。
 アンサンブルついでに演奏について書くと、ロシアのボロディン四重奏団の演奏は、かみしめるようにゆったり。歌うというより、鋭くビシッと合わせる感じ。そのビシッと言う感触は、録音にも理由があるのかも。実音が強くて、かつスタジオ録音なのか、残響がデジタルリヴァーブ(^^;)。う~んこれはクラシック録音としてどうなのか…93年録音か、たしかにあの頃こういう録音多かったなあ。綺麗な音といえばそうなのかも知れないけど、クラシックもポップスにつられるように、ライブと録音が別ものになりはじめていた頃です。

 というわけで、純音楽という側面はかなり後退していて、十字架上でキリストが言ったと伝えられる7つの言葉と音楽の関係が重要なんじゃないかと思いました。というのは、この曲から音だけを取り出して楽しもうとすると、すべてが遅い曲で、しかもマイナー調にして緊張感を出すという事も、楽式を多彩にして聴衆をひきつけるという事もしていないので、だれて聴こえてしまったんです。でもそういう聴き方自体が間違っていて、本当は、7つの言葉のひとつ目「父よ、彼らをお赦しください。彼らは、何をしているのか自分でわからないのです」(うちにある新約聖書刊行会の「新約聖書」のルカ伝23章)という言葉をかみしめながらソナタⅠを聴く、みたいに作られた音楽だと思うんです。だからきっと十字架上の7つの言葉が分かっているキリスト教圏の人には、まったく違って聞こえるんでしょうね。キリスト教のニュアンスが分からない僕には、文化の壁を感じた音楽でした(^^;)。もう少しキリスト教のテキストを理解出来てから再チャレンジしたい音楽でしたが、そんな日は来ない気がします。人生って短いなあ。。


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『ハイドン:弦楽四重奏曲 76番《五度》、77番《皇帝》、78番《日の出》 アルバン・ベルク四重奏団』

Haydn_StQ 76 77 78_AlbanBergQ ハイドンのピアノ三重奏曲に続いて、伝説の弦楽四重奏曲に挑戦!いや~ハイドンの室内楽がこんなに良いなんて知りませんでした。なんで今まで知らなかったんだろう、食わず嫌いや自分の好き嫌いだけで音楽を簡単に片付けちゃうから損をしちゃうんだな。分からない時も「どこか自分に理解できてないところがあるんだろう」ぐらいの謙虚な気持ちがないと、いつまでたっても狭い自分の檻の外には出られないと痛感。自分の好き嫌いなんて、単に自分が分かってないだけの事が多いんでしょうし(^^;)。

 ハイドンは弦楽四重奏曲を83曲(!)書いてますが、そのうちの75~80番の6曲はエルデーディ四重奏曲と呼ばれて、傑作の呼び声高いそうですが、いやあこんなに見事な構造美を持つ作品だったとは。。常に何かと何かが関係づけられているドイツ音楽の横のつながりの見事さを体験させられました。ハイドンの交響曲や弦楽四重奏曲って、この後モーツァルトベートーヴェンと続くソナタ形式の基礎を確立したなんて言われてますが、なるほどです。ソナタって始まって終わるという音楽の形を、もっとも美しいフォルムとして表現できる形式なのかも知れませんね。展開して再現部を作るという大きな構造は、人間があとづけしたものじゃなくって、始まりがあって終わりがあるという人間の根本的な欲求にも合ってれば、再現部や変形が出る事でそれ以前のとの形式的なつながりに強いつながりを持たせられるという感じなのかも。

 音楽って言葉に似てる所があって、ある所から先の音楽になると、音楽という言葉が分からないと理解できないんでしょうね。4~5分で何度も同じフレーズを繰り返す単純なロックやポップスだったらそんなのは知らなくても楽しめるけど、もう少し複雑で高度なものになると、聴くだけでもけっこう知的な作業。ラテン文学の素晴らしさに触たければ最初にスペイン語を勉強しないといけないように、音楽もある程度以上のものを聴こうと思ったら、多少は音楽という言語の勉強をしないと理解が難しい…みたいな。僕の場合、それが少し分かった気がした先からが本当の喜びの始まりでした。「ああ、これが本当の音楽だな」みたいな。21世紀にハイドンを聴いて、印象だけ聴いていいと思うなんて事はまずないと思うんですが、構造を追う事さえ出来ればそれは相当に素晴らしいものと感じるんだなあ…と。でも、それって、ソナタやロンドといった楽式を知ってなかっら厳しかった気がします。

 ハイドンの弦楽四重奏、いいと言ってもベートーヴェンの後期四重奏曲には届かないだろうと思ってましたが、そういう問題ではありませんでした(^^)。僕はウィーン古典派の貴族趣味な舞踏会か会食会のBGMみたいな雰囲気は今でも苦手ですが、ハイドンのピアノ三重奏曲や弦楽四重奏曲は、そんな所よりも古典派言語で編まれた構造の見事さに舌を巻きました。それに、ここが分からないと、ロマン派はともかく新古典派や現代曲の理解なんてとうてい無理ですしね。ソナタ形式という音楽言語を分かりやすく理解させてくれて、素晴らしい西洋音楽の世界の入り口になってくれそうでもある見事な作品と感じました。これはおすすめです!


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『ハイドン:ピアノ三重奏曲 第12, 26, 28, 30番 シフ(p)、塩川悠子(vn)、ペルガメンシコフ(vcl)』

Haydn_PianoTrio 12 26 28 30_Schiff ハイドンの交響曲に何度も挫折した僕ですが、縁あってこんなCDが家に舞い込んできました。さて、室内楽はどうか…おお、最近モーツァルトばかり聴いていたからか、メッチャいい!いや~40代後半になって初めてハイドンを良いと思いました(^^)。。

 ハイドンは18世紀から19世紀初頭に活躍した人で、時代はチェンバロからピアノへの過渡期です。ハイドンのピアノ三重奏曲は、11番まではチェンバロを意識して書いていたけど、12番からはピアノを意識したそうで、このCDもチェンバロでなくピアノで演奏しています。ピアノ3重奏曲は、ピアノ、ヴァイオリン、チェロの三重奏の事ですが、ハイドンの頃はこの三者が対等というわけではなく、ピアノがメインで、他のふたりはピアノに対メロを当てたり、追奏したり、バスを補強したりという感じ。しかしそれでもヴァイオリンとチェロが抜けたり入ったりしながらの三者のアンサンブルが実に見事!ついでに、主役がピアノから動かないので、複雑に絡んでいる割には構造が分かりやすいです。このCDに入ってる曲はほとんどが3楽章形式でした。

 12番ホ短調、これはどの楽章も素晴らしい!1楽章の1主題こそ古典派の短調曲というムードですが、全体は長調的。2楽章は緩徐楽章でアンダンテのワルツ。3楽章のロンドは、最高にワクワクする感じです。全体として古典派の曲想ガチガチですが、しかしアンサンブルが見事で聞き惚れてしまいました。この12番が素晴らしくって3回も4回も聴いてしまい、先に進めません(^^;).

 26番嬰へ短調、第1楽章の主題が美しい、いいメロディだなあ。そしてこれは変奏曲。僕が持っている楽譜だと、主題2回、変奏2回演奏するのですが、このCDは主題2回変奏1回の演奏です。たしかにこの方がまとまりがいいかも。2楽章は12番と同じように緩徐楽章、これも効果抜群です、うっとりしてしまう(^^)。3楽章はモチーフをひたすら使い倒す感じ…なのかな?アナリーゼ出来ませんでした、今度ちゃんとアナリーゼしてみよう(^ㇿ^;)。

 28番ホ長調、このへんまで来るとけっこう色彩感というか、構造だけではないところにも意識が向き始めたのかな?って感じがしました。第3楽章は拡大ロンドかな?

 演奏は文句なしです!いや~3者のアンサンブルのシンクロ率がヤバいです、クールすぎずエスプレッシーヴォすぎず、絶妙の品格という感じ。そして、さすがにシフは良いですねえ。元々はシフを信頼していたからこのCDを聴いたんですけどね。

 録音は…なんというんでしょうか、すごく残響が多く録音されてるんですが、これだけワンワン鳴ったらそれだけで邪魔でうるさいと感じそうなもんですが、そういう事がなくて、むしろものすごく心地よく感じます。このCDの裏に、「This recording was made using B & W Loudspeakers」なんて書いてありました。僕はB&Wのスピーカーを持ってないので制作者の意図通りの音で聴く事は出来ませんが、要するに「ちゃんといいスピーカーで聴いてね、ヘッドフォンやチャチなスピーカーで聴いても意味ないよ、そういうレコーディングじゃないから」という事なんじゃないかと。いやあ、プロの録音の世界ってすごいです。
 というわけで、緻密なアンサンブル、それでいて耳に難しく感じる事がなく優雅とすら感じてしまう凄さ。素晴らしい音楽と演奏、録音でした!個人的には12番と26番が好きかな?いや~ハイドンは交響曲作曲家と勝手に思い込んでましたが、室内楽曲がこれほどいいとは思いませんでした。このCDを聴いてなかったら知らないまま死んじゃうところでした、あぶなかった。。


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書籍『アントニオ猪木の証明』 木村光一

Antonio Inoki no Shoumei アントニオ猪木関連の本、これも素晴らしかったです!猪木関連の本で僕が人に推薦するなら、これと『1976年のアントニオ猪木』の2冊です。プロレス好きのライターさんが猪木さんにトピックごとの質問していく形で話が進んでいく作りでした。トピックのほとんどは猪木の対戦相手レスラーなんですが、「新日本旗揚げ」「異種格闘技との出会い」みたいに、レスラーがトピックでないものもありました。

 最初に「へえっ」と思ったのは、質問者の木村さんが、猪木さんをプロレスラーというよりも、リアルファイトを戦う技術を持った格闘家として見ている所。それもあってか、インタビュー内容の多くが異種格闘技戦がらみだったり、猪木が身につけてきた格闘技術への質問が多くて、ここが良かったです。こういう質問って、猪木さんや佐山さんには出来そうだけど、鶴田や馬場や長州には出来なそうですものね。。僕はまったくのシロウトですが、猪木さんって格闘家として一定以上の水準にある人なんだろな、と思わせる発言も色々ありました。

 例えば、構えについて。「最近のレスラーは立ってる時の構えがノーガードだけど、ビル・ロビンソンみたいな基礎もあればリアルファイトも戦ってきた昔のレスラーは、脇をしめて、脇のところの隙間をどれだけ小さくするかを意識してた」、みたいな。ウイリー・ウイリアムス評は、もちろん強かったけど未完成ったという評価で、理由はバランス。人間には「丹田」と呼ばれる重心の中心がお腹のあたりに来て、ここを中心に身体意識を…みたいな。
 音楽でいえば、とんでもないピアノの達人が、技術的な質問に対して「肘に重心があって、それを重力で落とすように…」みたいに答えるときがあります。そういう達人の発言にそっくりなんですよね。だから、もうそういう領域にいた人なんだろうな、みたいな。だいたい日プロの道場で、最後には力道山ですら猪木に敵わなくなっていたと言いますし、北沢さんは「ある程度強くなった後のセメントで僕が関節を決められたのは猪木さんだけ。あの人は恐ろしく強い」と発言していましたし。日プロ~新日時代の格闘技のレベルがどれぐらいであったのかは別にして、アマレスや力士や柔道家が集まっていた日本のプロレスという世界でトップに立った事は間違いないな、みたいな。

Inoki vs Gotch もうひとつ面白かったのは、人生訓になるような金言の多さです。猪木さんはプロレスの技術的な職人であるだけでなく、組織の長でもあり、いろんな災難にも巻き込まれ、歴史的なイベントを仕掛け…と、普通の人なら一生体験しないような事を大量に経験した人。その並々ならない経験から得た金言が素晴らしかったです。
 僕がこの本でいちばん印象に残っているのが、猪木の師匠のひとりカール・ゴッチに対する猪木評。「プロレスはこうあるべきである」という哲学や技術を教わったのがゴッチだったとする一方、「ゴッチは常に批判する側に立っていて、与える側に立ってない」というんですよ。いやあ、このひと言から色んなものを教わったなあ。。
 長州力に関する発言も含蓄がありました。「長州はトップレベルに登りつめた男だよね。なんでもそうなんだけど、あるレベル以上に立った人間は怖さも知ってるんですよ」。自分を裏切って猪木が力道山の日本プロレスから追放される原因になった上田馬之助にたいする発言も素晴らしかったです。「私憤というのは、全体からながめて判断すると、そういう個人的なものは消えてしまう」。これが上に立つ人の器量というものなんでしょう。これも心に残ってます。

 というわけで、プロレスといって馬鹿に出来ない、大変な時代を渡って、業界のトップにまで駆け上がり、そこからどん底まで転落した人が至った見解は学ぶものが多くありました。まあ、ここに書いた事だけでなく、猪木の名勝負と言われるものの裏側が色々語られている所もメッチャ面白いんですけどね(^^)。


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書籍『1976年のアントニオ猪木』 柳澤健・著

19786nen no AntonioInoki プロレスのドキュメントとして最高に面白かった本です!猪木が現役時代に戦った3試合のセメント・マッチ(ヤラセではない真剣勝負の試合)の背景を、きちんと取材して書いてありました。子どもの頃はプロレス雑誌の脚色された情報を鵜呑みにしていたもんで、「ああ、本当はそういう事だったんだ」と腑に落ちて本当に面白かったです(^^)。

 最初に、セメントに至るまでの猪木の心情の経緯が書いてありました。簡単に言うと、全日本プロレスの様々な妨害に対して、猪木(=新日本)の対抗策が「俺たちは本物で、本当に強い」という事を標榜する策に出たという事みたいです。猪木のこうした反骨精神は日プロ時代からあって、知名度で勝てないなら実力でナンバーワンになろうと、メインイベンターになってからも若手に交じってゴッチの下で真剣にレスリング技術の習得に没頭していたそうです。Numberというスポーツ誌に掲載されたゴッチの証言「将来性のあるのは猪木だけだとすぐに分かった(中略)猪木に『もうやめろ』と言っても、倒れるまでやめない。明日という日がないみたいにやるんだから、こっちは参ってしまうよ」という言葉が引用されてました。実際に、日プロの道場ナンバーワンは猪木だったそうですね。日本プロレスと言えば関取出身が大量にいて、他にも柔道日本一の坂口やアマレス強豪マサ斉藤までいたのに、その中で道場ナンバーワン取ったんだから凄いです。で、馬場の妨害をはねのけるために猪木がやった事は、努力以外にもプロモーターとして凄くて、悪訳レスラーのシンに実際に街中で自分を襲わせて社会事件として報道させ、その決着をリングでつけるという事までやってしまう狂気ぶり。猪木が社会現象になったのもうなづけます。

Inoki vs Luska 以降は、柔道重量級世界一となったウイリエム・ルスカ戦、ボクシング現役ヘビー級チャンピオンのアリ戦、韓国プロレスのパク・ソンナン戦、パキスタンのアクラム・ペールワン戦について、それぞれが1章を使う形で書いてありました。対戦相手の状況や試合のアングルが細かく書いてあって、これは読み物として最高に楽しかったです。ルスカなんて、当時総合格闘技があったらと思わずにはいられない逸材に思えました。スタミナがなく、柔道に心酔しすぎて他のものを吸収するのをはねつけていたらしいので、そこさえ克服したら本当にすごかったんでしょうね。でも実力を発揮する場所がなく、柔道世界一になっても娼婦のひもだったルスカには仕事が来なくて、それで猪木との戦いに挑んだらしいです。

Inoki vs Ali モハメッド・アリ戦。アリは素晴らしい人でした。この本によると、アリは台本ありのプロレスやるつもりで来たのに、猪木にシュートマッチを仕掛けられ、それが分かっていてもリングにあがったそうです。猪木が寝たまま蹴るアリ・キックに徹したのは、ルール上立ったまま蹴る事が禁止で、足払いはOKという事だったからで、あれは足払いという事らしいです。で、猪木不利のルールだったという事はまったくなく、まだ異種格闘技の公平なルールがどういうものか模索状態だった時期のルールにしては、「ボクサーは殴って勝て、レスラーは組んで勝て」という比較的公平なものだったそうです。アリが殴る間合いに入らなかったのも、猪木が組みつきに行けなかったのも、真剣勝負だったからどちらも怖くて踏み込めなかった、というのが真相みたいです。それにしても猪木、アリにマジで勝てるつもりだったんですかね(^^;)。いくらなんでもボクシングの現役ヘビー級チャンピオンに挑戦とか、死ぬ気かよと思ってしまいます。

 パク・ソンナン戦は、韓国側プロモーターの思惑が外れ、猪木が敗戦を拒否した事からシュートマッチに発展したとの事。パクはあくまでアメリカン・プロレスなショーレスラーだったので猪木の前で何もできず、フェイスロックで歯が唇を突き破り、目に指を入れられ、リンチ同然であっという間に終了。いま、ビデオで見る事の出来る猪木vsパク戦はこの試合じゃなくて翌日の試合だそうです。パクさんがすげえビビってるのが分かるビデオですが、前日に目に指突っ込まれたんだったらそれも仕方ないですね。猪木こわい。

Inoki vs AclumPaleOne ペールワン戦。格闘家としての猪木の株をあげた有名な試合ですが、これはアリ戦の逆で、プロレスをしに行ったらシュートマッチを仕掛けられたんだそうです。因果応報ですな(^^;)。ペールワンの誤算は猪木をショーレスラーだと思っていた事で、いざシュートを仕掛けたら猪木はゴッチなどから教わった危険な技をいっぱい持っているシュートレスラーだった、みたいな。どちらも打撃技がないグラップラーなので、アリ戦と違って試合がかみ合ったんでしょうね。1ラウンドですでに猪木がダブルリストロックで勝負を決めていますが、猪木は確実な勝ち方を選んで無理に勝負に行かなかったそうです。ビデオを観ると自分から外しているので、まだ本当にセメントなのかどうか疑心暗鬼みたいに見えました。でも、2ラウンド以降は完全に相手を仕留めに行っていて、マウントを取ったりバックをから押さえたりしながら相手の急所にくるぶしを押し当ててスタミナをロスさせ、ラウンドが進んだ所で目に指を突っ込み、最後にダブルリストロックからアームロックという猪木の必殺パターンでペールワンの腕を粉砕して試合終了。ヴォルク・ハンやルーテーズや猪木の試合を見てると、ダブルリストロックって、相手の指を捻って入ると防ぐのは相当に難しい技に見えます。つまり、ダブルリストロックの使い手に対して、手を手で防ぎに行くとヤバい、みたいな。それにしても猪木、平然と相手の目に指を突っ込むんですね、怖い。。藤原喜明さんが「笑って相手の腕を折れるのは猪木さんと佐山だけ」なんて言ってましたが、分かる気がします。

 この本の最後は、この3試合を終えた猪木は、シュートマッチはリスクが高すぎると判断、以降はシュートを戦わなくなり、でもこの3試合がのちの総合格闘技のルーツになっていったというしめくくり方でした。う~ん、確かに僕なんかは猪木の異種格闘技戦から佐山、前田、シューティングやUWFやリングスやパンクラスというルートをたどって総合格闘技を見たので、たしかにそうかもしれません。

 いくつか勉強になった事が。まず、何をやるのでも本物の技術がないとダメという事。上っ面だけじゃダメなんですね、音楽に例えれば、馬場じゃせいぜい産業ロック程度のものしか作れない、猪木や佐山みたいな技術があってはじめて『太陽と戦慄』みたいなものを作れるという事。次に、何かをやる時はルールを突き破る過剰さが必要という事。逮捕覚悟でシンに凶行をさせるとか、自分の名をあげるためにだましてでもアリをリングに上がらせるとか、普通じゃないけどそれぐらいやる覚悟がないと、という事ですね。そして最後に、本業以外の事をやってはいけないという事。ああ、猪木が事業なんかに手を出さずプロレスや格闘技だけを考えていれば…。いずれにしても、最高に面白い本でした!


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書籍『猪木イズム』 アントニオ猪木・著

InokiIIZM.jpg プロレスラーのアントニオ猪木が現役を引退した時に出版された猪木名言集です。猪木さんのキャリア・ハイは日本プロレス出戻りの時期から、新日本プロレス立ち上げ、格闘技世界一決定戦あたりまででしょうが、その時代の猪木をリアルタイムで見ていた男子にとって、猪木はプロレスのみならずあらゆるジャンルでのスーパースターに見えていたのではないかと思います。友達の年の離れたお兄さんが「クラスの男子で猪木のファンじゃない奴なんていない」なんて言っていたので、長嶋茂雄クラスだったんでしょうね。ショーとしてのプロレスが形骸化していく中で、総合格闘技に繋がるプロレスへの道を切り開いた人…みたいな。

 もう成人してプロレスも見なくなったころ、「猪木も引退か、青春のひとつが終わった気分だな」なんて何となく買った本だったのですが、よもやプロレス本に感銘を受けるとは思っても見ませんでした。この本に書いてあった言葉が今も自分の人生に生きてると思えるほどです。人を楽しませるエンターテイナー猪木の言葉じゃなくて、絶望の淵を歩いた現代人の言葉なのです。育てた後輩たちから見捨てられ、自分が作った会社から追放され、想像もできないほどの負債を抱えて自殺を考え…そういう世界を観たプロ&事業主の言葉でした。これはプロレス好きが読む本じゃなくて、社会に出て辛い壁にぶち当たっている人こそ読む本じゃないかと。
 というわけで、心に残って言葉を、備忘録として残しておこうかと。

・金の価値なんてものは、しょせん人間の欲望の果てにあるものであり、人間が生きてい行く根本ではない。

・みんないろいろな物差しを持っているけど、同一の自分の物差しでしか他人のことを見れないやつは悲しいよね。

・本当に革命を始める人間は口だけじゃダメだ。自分が身をもってやらなければ何も変わらない。思い切った一歩を踏み出す勇気もなく、目先の勝ち負けにこだわっていては何も変わらない。

人間の誇りや尊厳は、誰かが無条件で保障してくれるものでも、守ってくれるものでも、断じてない。今の日本人はそのことをすっかり忘れてしまっている。

・レスラーの夢がいまだにキャデラックに豪邸じゃ寂しすぎる。これからのヒーローは、ズタズタになって、いろんなものを引きずりながら、必死になって歩いていく、そんな生き方が出来る人じゃないか。

死に際して、やり残したものがあったり、悔いがあって、もっと生きたいというような生き方を、俺はしたくない

・俺にもどうしても好きになれない人間がいる。しかし、その人間がどういう情報を与えてくれるか、その人間を一度飲み込まなければ、それは得られない。人を飲み込むこのとのできる器というのは、人を包み込める大きさがなければできない。

・本当に自分が追い込まれて、世間から叩かれた時に、本気で自分の支持に回ってくれる人。信じてくれる人が何人いるか。一生で5人もいないですよ。

 何にもまして、死を意識した上での人生観であるように感じます。その上でどう生きるか、これらの言葉はそういう事なんだと思います。成功者の言葉ではなく、頂点にも立ったけどどん底にも落ちて、自殺まで考えるほどの苦難の連続だった人の言葉に感じました。苦しい人は、もしかするとこの本が本当に救いになるかも。辛い人は、馬鹿にしないで読んでみてください。前を向けるようになるかもしれませんよ!


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書籍『燃えよ闘魂 アントニオ猪木自伝』 猪木寛至

MoeyoToukon_InokiJiden.jpg 今はもう手元にないんですが、プロレス狂だった小学生の頃に読んだ本です。『新・燃えよ闘魂』みたいなタイトルの本もあったけど、内容はこの本とかなりかぶっていたもんで、写真がド迫力だったこっちの本を買いました。迫力があったのは表紙だけでなくグラビアページの猪木のファイティングポーズも凄い形相をしていて、「マジで怖え、こんな人と会ったら殺される…」と思ったほどでした(^^)。

 今でも印象に残っているのは、プロレスラーになる以前の話です。横浜に住んでたけど家業が傾き、一家そろってブラジル移民。ところがブラジルに向かう船の上で、おじいちゃんが青いバナナにあたって死亡。行った先のブラジルではコーヒー農場での過酷な労働で、着ていたシャツが汗をかきすぎて塩で固まり、脱ぐとそのまま立ってしまうほど。1年目は先に来た移民に騙されて収入がほとんどなし。これが本当に現代の話なのか、こんなのローマ時代の奴隷の話じゃないか…というのが、子どもの頃の驚きでした。

 以降で覚えているのは、日本プロレスでの過酷な練習の話、力道山の話、カール・ゴッチの話、海外武者修行時代にヒートアップした客にナイフで刺されそうになった(刺された?)話。倍賞美津子が不良少女で、猪木の持ってた車に傷をつけて、それが知り合うきっかけだったみたいな話もあったかな?意外と覚えてないのがプロレスの話。まだ異種格闘技戦を戦う前で、シンと流血の抗争を繰り広げ、ストロング小林との日本人団体トップ対決をしたりしていた頃に書かれた本なので、格闘術への言及があまりなかったのかも。

 前田日明や矢沢永吉の自伝を読んでも同じことを感じたのですが、みんなこれが本当に現代日本の話なのかというほど過酷な生活を送っていた事。それを跳ね返そうとするバイタリティーが凄くて、そこに感激して、子どもの頃に影響されまくりました。猪木さんって、皆が悲鳴をあげて逃げようとするゴッチのトレーニングで、ゴッチが「猪木、もう止めろ」というまで練習を続けていたそうです。ここでトップになれなかったら死ぬしかない、ぐらいの覚悟で挑んでたんと思うんですよね。子供が読むにしてはけっこう厚い本でしたが、小学校低学年だった僕が夢中で何度も読みました。ああ、もう一回読んでみたいなあ。


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『Poco / Deliverin'』

Poco_Deliverin.jpg ポコもバッファロー・スプリングフィールドから分裂して出来たカントリーロック・バンドで、同バンドを脱退したリッチー・フューレイとジム・メッシーナが結成したそうです。これは1971年発表のライブ・アルバム。僕は中学生の頃に名盤ガイドでこのレコードの事を知り、中古屋で安く見つけて買ってきたのでした。最近そのレコード屋の近くを通ったので行ってみたら雑貨屋になっていたんですが、ビル自体は残っていて懐かしかったです(^^)。

 基本はロックバンド編成ですが、カントリー・ミュージックっぽいコーラスが常に入っていました。CSN&Yはフォークロックと呼びたくなるのに、ポコはカントリーロックと呼びたくなるのは何でだろう、ちょっとブルーグラスっぽいところがあるからかな?とはいえ、やってる音楽は、カントリーとロックと軽快なポップの中間ぐらい。エレキのスライド・ギターがリードギターの役割を果たしていて、うしろでうっすらとアコースティック・ギターのストローク、それに上品なオルガンの音が聴こえました。

 この編成でロックっぽい事をやっても妙に田舎くさくて、若い頃はあんまり好きじゃなかったんですが、でもこの田舎っぽさがいい人にはいいのかも。良いと感じたのはロックっぽいアップテンポな曲じゃなくて、バラード。「Kind Woman」なんて、ロッキー山脈が瞼の裏に浮かびそうなぐらい、ゆったりとしてよかったです。でもこれ、ロックバンド編成じゃなくて、フォークギターだけで聴いたらもっと良かったんだろうな。コーラスは奇麗で音楽は泥くささたっぷり。カントリー・ロックが好きな人にはたまらない1枚じゃないかと!


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『Stephen Stills』

Stephen Stills 1970年、スティーヴン・スティルスがクロスビー・スティルス・ナッシュ&ヤングでの活動と並行して発表した自己名義のアルバムです。アルバム名から推測すると、初のソロアルバムなのかな?このアルバム、ジミ・ヘンドリックスが参加した事でも有名です。

 へえ~、クロスビー・スティルス・ナッシュのコーラスがすごくきれいだったから美声の持ち主かと思っていたんですが、けっこうだみ声なんですね。音楽も、CSN から想像できるようなフォークやフォークロックよりも、スワンプ・ロックに近いと感じました。なんでそう感じるんだろう、アコースティック・ギターは入っているけどバンド・サウンドの中の一要素ぐらいの感じだし、ロック・バンドの演奏がけっこういなたいからかな?それともコーラスが南部くさいからかな?どっちもですね、きっと。というわけで、雪が積もってるジャケットの雰囲気だけで言えば美声の男性が愛を囁いてそうですが、実際にはハスキーな男がけっこう暑苦しい音楽をやってました(^^)。

 メロコード譜だけ作って、ギターはコード押さえてジャカジャカやって、あとはミュージシャンを集めてセッションしたロックのアルバムで、僕はいい音楽に出会ったことがない気がしますが、これはそういうアルバムでした。ジャズも同じですが、アレンジって大事なんだなとあらためて痛感した1枚でした(^^;)。おかしいなあ、名盤と言われてる一枚なのに。


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『Crosby, Stills, Nash & Young / Déjà Vu』

Crosby, Stills, Nash Young_Deja Vu 素晴らしいグループながら2年で解散したバッファロー・スプリングフィールド、解散の原因はスティーヴン・スティルスとニール・ヤングの不仲だったそうです。ところがこのふたり、また一緒にグループを作るのでした…解散に巻き込まれたほかのメンバーはいい迷惑だな (^^;)。。新たに出来たバンドが、フォークロック・グループのクロスビー・スティルス・ナッシュ&ヤングで、残りのふたりは同じくフォークロックで有名だったバーズ出身のデヴィッド・クロスビーと、ホリーズ出身のグラハム・ナッシュです。これは1970年発表、このグループでいちばん有名なアルバムじゃないでしょうか。

 スチール弦のフォークギターをジャカジャカ弾き、コーラスは見事なハーモニーを聴かせ、曲はフォークやカントリーより少しモダンで途中で曲が展開したり、ハモンドオルガンやエレキギターが重なったり。もちろんそういう曲ばかりじゃなくて、バンド形式の曲もあればもろにフォーク調の曲もあるんですが、ベースはそんな感じでした。なるほど、フォークロックのプログレなんですね、さすがはバッファロー・スプリングフィールドから発展したグループです(^^)。
 そういうプログレッシブ・フォークな意味でいい音楽だと思ったのは、1曲目「Carry On」と、サイドB1曲目「Deja Vu」。どちらも途中でリズムが変わって音楽が展開していくんですが、これをアコースティックに近い編成でやるのはカッコよかったです!他の曲想では、ギターのアルペジオが美しいミディアムバラード「4+20」は、和声進行を含め、詞を聴かせるこういうジャンルの良さが思いっきり出ていると感じました。

 そして、フォークギターをコード押さえてジャカジャカやるスタイルが、いかにも「スチール弦で~す!」という音の抜け方で気持ち良かったです。若い頃に聴いた時には感じなかった事ですが、なるほどフォーク居酒屋に登場するおじさんたちが、やたら高そうなギターを何本も買い揃えているのはこういう音を欲しいからなのかな、と思ったり。

 カントリーやフォークやフォークロックって、若い頃はちょっと敬遠していたジャンルでしたが、いま聴くと違った聴こえ方がしました。あくまで詞ありきで、特にこのアルバムは音楽的に大衆向け&保守だったジャンルを一歩前に進めた音楽だったんだな、みたいな。いいアルバムだと思いました!


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『Buffalo Springfield / Again』

Buffalo Springfield Again バッファロー・スプリングフィールドは、スティーヴン・スティルス、ニール・ヤング、リッチー・フューレイ、ジム・メッシーナという、後に大活躍するミュージシャンが大量に参加していたカントリー/フォーク系のロック・バンドです。これは1967年発表のセカンド・アルバムで、名盤の誉れ高い1枚。なつかしいなあ、中学生の時に買ったんですよね、このアルバム。。

 カントリーロックやフォークロックって、バンドでやってるというだけで音楽はフォークやカントリーそのもの、みたいなバンドもいっぱいいるじゃないですか。でもバッファロー・スプリングフィールドは、テープの逆回転は使うわ、メロトロンっぽい楽器は使うわ、曲もえらくロックなものや幻想的なものなど多彩で、なかなかロックでプログレでポップ。とても保守的なジャンルなんて思えない相当に面白いバンドです…って、僕はこのアルバムしか聴いたことがないんですが、少なくともこのアルバムはそうでした。もちろん、いかにもカントリーロックな曲も入ってるんですけどね。
 このバンドのカントリーやフォークに収まりきらないロックな部分って、ようするにニール・ヤングなんじゃないか…と感じるようになったのはずいぶん後の事でした。ニール・ヤングのアルバムや、他のメンバーのアルバムを色々と聴いた後で、そう思うようになったんですが、はじめてこのアルバムを聴いた時は、そういうことは分かりませんでした。このニール・ヤングな部分がなかったら、若い頃の僕はこのアルバムを面白いとは思わなかったかも。

 久々に聴き直して、カントリーとロックのバランスがいいんだな、と感じました。伝統的な音楽の良さと新しい事へのチャレンジのバランスの良さ、みたいな。
 1曲目の「Mr.Soul」がファズの効いたロック、2曲目「A Child's claim to fame」がカントリー・ミュージックの農場の幸福感にあふれ、3曲目「Everydays」と9曲目「Rock and Roll Woman」が途中で拍子を変える作曲の新しさ、4曲目が弦とメロトロンを使ってリヴァーブの効いた幻想的なサイケ、7曲目「Sad Memory」はフォークギター弾き語りのたまらなく美しい曲、10曲目「Broken Arrow」は編集を含めていくつかの曲がメドレーしていくヴァン・ダイク・パークスやビートルズ『Abbey Road』B面のような曲…この音楽性の広さが素晴らしいし、これだけ違う音楽をやっておきながらいい曲が揃っているところもすごいです。

 カントリーっぽいところがあるというだけでも、今の日本人が聴くにはちょっといなた過ぎる音楽かも知れませんが、でもこれだけ音楽としてよく出来たアルバムが保守性の強いフォークやカントリーに近いところから出てきたのが驚きです。僕も、いつも「カントリーやフォークロックは、保守過ぎてちょっとなあ」なんて思ってなかなか聴かないアルバムなのですが、いざ聴くといつも「こんなに良いアルバムだったっけ」と思い出すんですよね(^^)。懐かしさも込みで、いいアルバムでした!


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『富士松菊三郎 / 新内三味線 すみだ川』

FujimatuKikuzaburo_Sinnaijamisen sumidagawa 新内三味線の富士松菊三郎さんのCDです。このCDの解説で、上調子(うわじょうし)と替手を務める富士松菊次郎さんと富士松菊子さんは、菊三郎さんの子供という事が判明。新内流しの場合、太夫が地(主旋律みたいなもの)を、三味線が上調子を担当するんだそうですが、このCDでは菊三郎さんが地、お子さんが上調子を担当して演奏していました。やっぱり歌はなし。

 新内三味線で太夫なしって、かなりイレギュラーだと思うんですよね。そういう中でこうやって三味線だけのインスト作品を発表し続けるのは、菊三郎さんが新内三味線を器楽化したいと望んでいるのかも知れません。津軽三味線だって元々は歌いりだったものが、高橋竹山さんあたりが器楽化を進めたおかげで、今では器楽曲もあるようになったのですしね(^^)。
 そういう試みは立派と思いますが、このCDは演奏がイマイチに感じてしまいました(^^;)。『新内三味線 富士松菊三郎の世界』ではいい演奏だと思ったんだけどなあ…。浄瑠璃にしても端唄にしても、唄と三味線でやる音楽って、三味線にしなやかさがあって、独特のルバート感で地に絡んでいくじゃないですか。でもこのCDの2重奏や3重奏は、互いをあわせるためか、ビッチビチのインテンポに聴こえてしまって、なんだか三味線音楽の良さがなくなってしまったよ卯に感じました。花街で育った新内節は粋でいなせな部分が肝というか、そこがないとちょっとな…みたいな。

 でも、新しい朝鮮って失敗も含めてのものですよね。保守に走りがちな純邦楽の中で、立派な試みなのだろうな、と思いました。


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『新内三味線 富士松菊三郎の世界』

SinnaiJamisen FujimatuKikuzaburou no sekai このCDの新内でしたが、新内節そのものではなくて、モダン化を狙った創作作品っぽかったです。だって、オーケストラとの共演とか、胡弓との合奏とかありましたし、なんといっても歌がないインストでした…あ、だからCDのタイトルが「新内節」じゃなくて「新内三味線」なんですね、納得。

 オケ物はオケのアレンジが演歌の伴奏みたいで僕にとってはイマイチ。というか、純邦楽のプレーヤーさんがこうやって頑張って協奏曲に挑戦しているというのに、こんないい加減な弦のスコアを書いている作曲家はダメだろ、冨士松さんじゃなくて弦の作曲家に喝ですヽ(#`Д´)ノ。

 良かったのは三味線2本での演奏。新内三味線は中棹ですが、音が高くて低音がなくて、音が女性的というか、すごく粋に感じました。曲では「波浮の港」や「十三夜」なんていう、僕でも知っているような曲もやってましたが、インストでヒラヒラ舞うようにチョチョンと弾いていて、カッコよかったです。出音にしても撥さばきにしても、熟練感がすごかったですが、でもテクニックを見せつける大道芸的じゃなくて、あくまでサラッと歌わせるところが良かったです。

 新内節のオリジナルが聴きたかった僕にとっては「あ、そういうCDだったのか、やっちまった」感もありましたが、でも僕が純邦楽の世界に興味を持ったきっかけは武満徹さんとかの現代音楽作曲家の作品からだったので、こういうのはこういうので好きなんですよね(^^)。新内節って富士松や鶴賀という名字が多いので、富士松菊三郎さんは名門の何代目なのかも。もしそうだとしても何ら不思議はない見事な三味線でした。ただ、日本の老舗レコードメーカーのやっつけ仕事が最悪。先ほどの弦の作編曲家もそうだし、デザインの勉強なんて1秒もやった事がない学生が作ったようなクソみたいなこのジャケットは何なんだ…。「CDを作りたい」とレコードメーカーの門を叩いたミュージシャンを客と見て作られたCDではないかと思ってしまいました。しかもその仕事っぷりがクソだったという…。


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『岡本文弥 / 新内珠玉集三 《耳なし芳一》 《むじな》 《河童の道行》 《たぬき》』

OkamotoBunya_SinnaiShuhoushuu3.jpg 新内節の大家・岡本文弥さんのオリジナル作品集第3巻です!口語体に節をつけて怪談を語るものなど、変わり種作品集でした。いやー本当のクリエイターというのは道なき道を切り開いていくもんですね。なるほど、保守派が嫌いな僕が岡本さんの新内にビビッと来たのは、ちゃんと理由があったのかも。

 「耳なし芳一」と「むじな」。どちらも有名な怪談なので、話の筋は聞く前から知っていました。「むじな」は小泉八雲が民間伝承を書き残したのっぺらぼうの話で、「むじな」の意味は穴熊の事。地域によってはタヌキやハクビシンもそう呼ぶそうです。面白かったのは、口語体である事、それに節をつけて歌っている事、そして三味線と浄瑠璃の絡みの楽曲構成です。新内は軽くサラッと弾く印象があるのですが、これはガッツリと構成が考えられてました。「耳なし芳一」、途中までは浄瑠璃的なルバートや語りを挟み込んで進むんですが、終盤で三味線がリズムを出して同じパターンを繰り返して、最後に三味線ソロ。そしてエンディングへ。これは琵琶を参考にしたのかもしれません。でもこれを聴くなら三味線より本家の琵琶の方が迫力があるかも。

 「河童の道行」。浅草の裏小路で、河童の河太郎が道行きにミス河童だったおかわと出会します。しかしミス河童はB29による東京大空襲で見るも無残な姿に。今ではアメリカへの反抗心をさらりと捨てて、今ではみんなアメリカさまと…。
 新内節の軽さを逆用して冗談のようにお茶を濁していますが、作品として残す事で、実際にアメリカが日本にしたことを後世に伝えようとしているのかも。どう感じるかは人それぞれでしょうが、当時に生きた人のひとりがこのような感想を持っている事は、伝えられてよいのではないかと思いました。

 「たぬき」。原作は舞踏家の松賀藤雄さん。妻と子を亡くした老人が山寺に住んでいます。ここに、寒さから家に入ってきた老狸が入ってきて、ふたりで酒を飲んで、狸は老人の死んだせがれに化けてあげて、ふたりしてほろ酔い気分。平和の里は夢の中で、月が輝いて…。
 幻想的で痺れました。、しかも幸せな感じですごくよかったです!余韻が素晴らしいです。人生の終盤というもの悲しさの中に、死んだ息子と再会して酒を飲み、外は平和に月が照り…この対比が、「もうすぐ死ぬけど、じゅうぶん幸せな人生だったよな」と思わせてくれる感じでした。

 「耳なし芳一」の楽曲構成と、「たぬき」の幻想的な世界がすごく良かったです。いずれ新内節としても浄瑠璃としてもかなりの変わり種と思いますが、実に練られた見事な作品と思いました。なんで岡本文弥さんが大家といわれたのか分かるような気がします。今回、久々に聴いたらハマってしまって2度聴きましたが、1度目より2度目の方がより素晴らしく感じたのは、繰り返しの視聴に耐える完成度の作品なんでしょうね。すばらしかったです!


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『岡本文弥 / 新内珠玉集二 《ふるあめりか》 《お吉人情本》 《おさん茂兵衛》 《瀧の白糸》』

OkamotoBunya_SinnaiShuhoushuu2.jpg 新内といえばこの人、岡本文弥のオリジナル作品シリーズ第2集です!1集がけっこう長い物ふたつだったのに対して、この2集は比較的短い作品が集められていました。三味線は1集と同じで、5代目岡本宮染(女性です)、上調子が岡本宮之助(5代目岡本宮染の孫)。

 「ふるあめりか」。開国したばかりの日本の横浜港の遊郭は、アメリカ人商人が金に任せて座敷を独占。ついでに、売れっ子の遊女・㐂遊を買い取ろうとします。外国人なんて嫌という㐂遊でしたが、楼主は店のためにと㐂遊に頼み込み、やむなく㐂遊は承諾。しかし、㐂遊は自殺…。
 短いからか、レチタティーヴォな部分(浄瑠璃のレチタティーヴォな部分って、なんて言うんですかね^^;)が多くて、歌ものに近く感じました。浄瑠璃でも浪曲でも、長い物語だと語り部分が多いので、これは新鮮。これぐらい歌っぽい部分が多いと、ちょっとした長唄っぽくも感じました。

 「お吉人情本」。これは「唐人お吉」の話の一節みたい。おかみの頼みでハリスの面倒を見る事になったのに、おかみは交換条件を反故にして、お吉には日本での悪評だけが残ります。その恨み節(^^;)。
 レチタティーヴォ部分がほとんどで、この演目が舞踊付きで演じられ、ここから「新内舞踊」が始まったんだそうです。曲中で都々逸が挟まれたりして、なかなか楽しい!

 「おさん茂兵衛」。これは有名な心中物らしく、本来の物語は不倫の逃避行の果てに磔の死罪になるらしいです。軽妙な新内節だからか、最後の結末を歌っていませんでした。ふたりで死を覚悟しながらの逃避行をし、互いに「お前と出会って初めて人の幸せを知った」「生きるも一緒、死ぬも一緒」なんていいながら、もしかしたら今も二人はどこかで生き延びているかも…みたいな余韻を感じました。これはいい…。

 「瀧の白糸」。泉鏡花の「義血侠血」が原作だそうです。東京に行って勉強を続ける男に、学費を送り続ける女芸人の歌でした。たとえば…

 秋の夜更けの青い月影。河原ほそみち虫の声。思う男をまつ虫や。未練な心きりぎりす。
 楽屋を出ればお月様。月に向かいて手を合わせ、いとし可愛いかの人の。


 ああ、なんという…。ちょっと泣けてしまいました。。三味線も、エンディングでリズムが変わってリフレインになるという、なんともよく出来た構成でした。これはいい!!

 チョンチョンと軽く流すように弾く2本の三味線もいなせでよかったです!低音がな少ないから軽みが出ていいのかも。極端に劇的なクライマックスを作らず、それなりに重い話でもサラッとやるのもよかったです。。迫力を出すなら琵琶や尺八にはかなう筈がないけど、軽く粋に決めるなら三味線の方がいいのかも知れません。浄瑠璃では、義太夫節みたいなズドンと来るものも好きですが、新内みたいな軽く鯔背なのも好きです(^^)。僕の大フェイバリットCDのひとつ、おすすめです!


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『岡本文弥 / 新内珠玉集一 《次郎吉ざんげ》 《行倒れ淀君》』

OkamotoBunya_SinnaiShuhoushuu1.jpg 『新内 古典芸能ベスト・セレクション』での岡本文弥(おかもとぶんや)の浄瑠璃の名調子に魅せられて、岡本さんのCDを見つければ片っ端から買っていた事があります。このシリーズは岡本文弥さんのオリジナル作品を収めたシリーズでした。大衆娯楽は今より江戸や明治や大正時代の方が大人向けだし、色々と高度だったんだなと思える内容で、ものすごく面白かったです。

 このCDのライナーを書いている吉川英史さん(『宮本武蔵』を書いた人ではなく、純邦楽の雑誌の編集長さん)によると、「江戸時代の新内節の両横綱は、『蘭蝶』の作詞作曲者の鶴賀若狭掾と、『真夢』の作詞作曲の富士松魯中。そして全新内節の三大巨匠をあげるなら、それに近現代の岡本文弥を加える」んだそうです。明治から平成までを生きた岡本文弥さんは伝統の継承者というだけでなく、新作もたくさん書いた人で、その量たるや江戸の両横綱を軽く凌駕するんだそうな。というわけで、このCDは文弥オリジナル作品の中から、《次郎吉ざんげ》と《行倒れ淀君》が収録されていました。それぞれ30分弱の作品で、部分的に歌、あとは語りという構成。というか、素浄瑠璃ってだいたいこういう構成みたいですね(^^)。伴奏は三味線二本で、三味線が5代目岡本宮染(女性です)、上調子が岡本宮之助(5代目岡本宮染の孫)でした。

 「次郎吉ざんげ」は天下の大泥棒・ねずみ小僧次郎吉が、昔の友人を殺めてしまったことを悔いて、その友人の奥さんに「縄をかけてくれ」と申し出る物語。でも、その男らしさに恋仲になってしまい、3か月ほどかくまいつつ男女の仲に。でも、いよいよ御用となる時に、ねずみ小僧は自分を縛って突き出すように懇願して…。

 「行倒れ淀君」は、岡本宮子という一世を風靡した美人新内語りの話。昔は取り合いになるほどの人気で、それでわがままな性格になってしまい「楽屋の淀君」とあだ名がつくほどに。ところが今では着の身着のままで行き倒れ。それをかつての芸人仲間に助けられるも、明日からは養老院に…という話。これは切ない。。

 いや~これはテレビやラジオがない時代のテレビドラマですね…って、浄瑠璃ってそういうもんですね。しかも、ただドラマというだけでなく、それを語りで聴かせる芸がくっついて、さらに名人技の粋な三味線や歌が絡むんだから、面白くないわけがないです(^^)。。きっと昔は、寄席で落語や新内節や講談や浪花節なんかをやってたんでしょう。近代以降の日本の町内文化って、享楽的で楽しそうでいいですね。


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『新内 古典芸能ベスト・セレクション』

Sinnai KotenGeinou Best Selection 歌と三味線でやる音楽の事を浄瑠璃と言いますが、浄瑠璃は浄瑠璃だけでやる「素浄瑠璃」や、人形劇と一緒にやる「人形浄瑠璃」、歌舞伎の伴奏に使われるなど、色々な形で発展したそうです。江戸の町人文化の音楽の花形ですね。流派も色々あって、新内節(しんないぶし)は花街を流しで演奏する「新内流し」が有名。このCDは2枚組で、新内節の名曲を7曲収録していました。これが素晴らしかった!浄瑠璃(歌の事)が岡本文弥(ぶんや)、三味線が四世岡本宮染、上調子(うわじょうし:三味線のセカンド)が二世岡本宮之助。ちなみに、岡本文弥さんは人間国宝でこそありませんが、紫綬褒章を受けてるそうです。新内流しの場合は太夫の弾き語りと上調子のふたりでやるのが基本ですが、現在は太夫ひとり、三味線ひとり、上調子ひとりの3人セットが多いんだそうで。このCDには、曲によっては鳴り物や笛が加わったものもありました。

 新内で使う三味線は中棹ですが、中棹という言葉からイメージする音よりかなり軽くて、粋というか風流というか、重くなりすぎずにカッコいい!クラシックに例えれば、義太夫節がドイツなら、新内節はフランスに近い感じ…何言ってるんだ俺は(^^;)。ただ、僕は富士松菊三郎さんという人の新内三味線を聴いたことがあるんですが、それに比べると岡本文弥さんのチームはちょっとフォーマルな感じがしました。流しというより舞台作品っぽかったです。あと、サワリの音がかなり派手に出るところがあるんですが、これが意外。琵琶なら分かるんですが、三味線でもここまでサワリの音って出せるんだ、みたいな。あと、新内節は地(メインの三味線)より上調子がカッコいいですね…あ、考えてみたら、ロックだってサイドギターよりリードギターの方がカッコいいか。

 でもって、作品。7曲中4曲が心中がらみの話!このCDに入っていた「明烏」と「淡島(音羽丹七)」は新内節の大名曲ですが、どちらも心中ものでした。江戸の町人文化って心中ものが大好きですが、これって現代でいえば悲劇的な刑事ドラマを観る感覚なのかな?この心中ものが、遊女が男を弄ぶんじゃなくて、男も女も恋焦がれ、でも結ばれない関係にあって…みたいな描かれ方が多く、しかも実話が元になっている話が多くて、なるほど思わず引き込まれる物語でした。これは江戸時代の町人が夢中になるのもわかるなあ。

■曲種について
 このCD、解説がめっちゃくちゃ素晴らしくて、新内初心者の僕には超ありがたかったです。備忘録として勉強になった事を書いておくと…
 新内節の曲種は大きく分けて4種
端もの:一段で完結しているもの。市井男女の心中物語が多い。作品として、「明烏」「蘭蝶」「伊太八」「淡島」など。
段もの義太夫節の一部を新内化したもの。「日高川」「かさね」「お駒」「千両幟」「佐倉宗吾郎」など。
チャリもの:滑稽な話。「不心中」「朝比奈」「姥が餅」「弥次喜多」など。
祝儀もの:たぶん、正月などのお祝いの時にやる?「翁」「むしろ田」「宝船」など。

■演奏について
 語り方の特色はクドキの部分で、ウレイという旋律系が使われる。リズムは自由に変化、高い声と低い声を交錯させて情感を表現する。声は三味線より高く浮かせるのが基本。
 前弾きは何種類かある中から使う。代表的なのが「中甲(ちゅうかん)」という手で、『蘭蝶』『伊太八』などで使う。ちなみに、段ものでは前弾きはつけないのが基本

 僕は新内節のCDを何枚か聴いたことがあるんですが、なかなかいいCDに出会えませんで、このCDで岡本文弥さんを知ったのが突破口でした。ここから新内というより岡本さんにハマっていきまして…その話はまた次回!そうそう、このCDは演奏はいい、録音はいい、解説も絶品と、初心者の僕には至れり尽くせりの2枚組でした。おすすめ!


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『Hans Koller, Wolfgang Dauner, Adelhard Roidinger, Zbigniew Seifert, Janusz Stefanski ‎/ Kunstkopfindianer』

HansKoller_WolfgangDauner_Kunstkopfindianer.jpg これもドイツのジャズ・サックス奏者ハンス・コラーが参加したレコードで、コラーのほかだと、ピアノをはじめとした鍵盤楽器で参加しているヴォルフガング・ダウナーは超有名。1974年録音ですが、この74年という所が思いっきり重要な意味を持っていました。それにしても、ミュージシャンの名前もアルバムタイトルも発音できない。。

 うおお、冒頭のピアノソロにフランジャーがかかってる!オケが始まったらベースはアンプリファイドされてるし、ハンス・コラーのサックスのフレージングがまるでエルトン・ディーンみたいだぞ。今度はいきなりカッコいいトゥッティが決まった…完全にジャズ・ロック、まるでソフトマシーンのサードみたいでした。

 誰がリーダーというわけでなく、完全にバンドで一体の音楽でしたが、あえてハンス・コラーに注目すると、65年の時点ではアーリータイムのジャズを少し独特にしたような音楽をやっていた人がこういう音楽をやるとは驚きでした。結局、スコアにもアドリブにも強く、作曲に弱いプレイヤーになると、ジャズからポピュラーにかけての音楽でさえあれば何でも出来ちゃうんでしょうね。でも何でも出来ちゃうというのが両刃の剣になっちゃうこともある、みたいな。

 エレクトリック・マイルス以降に生まれた音楽で、ソフト・マシーン系ジャズ・ロックの良作と思いました。メチャクチャうまし、熱いし、言うことなし…のはずなんですが、これだけいい音楽なのにもうひとつのめり込めなかったのは、2番煎じな感じがしちゃうのかも。シンセの使い方に少しだけジャーマン・ロックの匂いを感じましたが、ほぼイギリス系のジャズロックそのもので、むっちゃくちゃうまいし熱いけど物まねっぽい、みたいな。そうそう、このアルバム、僕はLPで買ったんですが(むっちゃ高かった!)、ジャケットがすこぶるカッコいいです。特に裏ジャケ。LPならジャケ買いありじゃないかと(^^)。


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『Attila Zoller, Hans Koller & Martial Solal / Zoller Koller Solal』

Zoller Koller Solal 『Vision』同様、これもMPS原盤のハンス・コラー(ハンズ・コルラー)参加作品、1965年録音です。このレコード、大好きなジャズ・ギタリストのアッティラ・ゾラ―が参加していたもので聴きたかったんですが、LPは超プレミアでとても手が出ず、CD化されたときに飛びついて買いました(^^)。なお、もう一人のマーシャル・ソラールはピアニストで、なんとサックス/ギター/ピアノという変則的な編成。いかにもおいしい音楽をやっていそうで、買って家に持ち帰るまでの興奮が凄かったのを覚えています(^^)。

 セロニアス・モンクとか50年代のセシル・テイラーみたいに、テーマがちょっと風変わりだったり、楽式がリート形式を離れて凝っていたりと、あくまで従来のジャズの語法を使っていながら、ちょっとだけ風変わりで知的な印象のジャズってあるじゃないですか。あれでした。クラシックでいえば19世紀末や20世紀初頭にに出てきた新音楽誕生直前の音楽のジャズ版、みたいな。
 トリオでの演奏は意外と少なくて、それぞれのソロ演奏が基本でした。3人ともメッチャクチャうまくて、さすが音楽大国ドイツはジャズのミュージシャンもレベルが高いな、みたいな。でもそれぞれの演奏が控えめで(よく言えば勢い任せにならずにひたすらインテリジェント)、悪くいえばやや衒学的かも。でも室内楽っぽくていいなあ。

 ドイツのこっち系の音楽だと、それこそアッティラ・ゾラ―さんのリーダー・アルバムにカッコよすぎてヤバい奴とかありました。それに比べると大人しめなので第一感は物足りなく感じましたが、聴けば聴くほど「ああ、これはいいな」と感じるようになっていく音楽でした。ジャズって、決まったスタイルをなぞるばかりのキンタロー飴なレコードが少なくないですが、音楽ってやっぱり創造性が重要ですよね(^^)。少しだけ実験性が入った、いぶし銀の通好みなジャズでした!


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『Hans Koller / Minor Meetings 1958』

Hans Koller_Minor Meetings 1958 発表は2014年ですが録音は1958年、発掘録音です。ドイツのジャズ・サックス奏者ハンズ・コルラー(ハンス・コラー)さんが参加したジャズ・セッションの未発表音源集です。有名どころでは、ドイツ勢ではボントロのアルバート・マンゲルスドルフ、アメリカ勢ではエディ・ソーターやズート・シムズの名前がありました。アルバム・タイトルにもなった曲「マイナー・ミーティング」でズート・シムズの演奏が聴けます。たぶん、アメリカ人ミュージシャンのドイツ公演で実現した放送局がらみのセッションか何かなんでしょうね。

 お酒飲みながら気持ちよく聴く古き良き4ビート・ジャズのセッションでした。もしこのレコードを「ウエストコースト・ジャズのセッションだよ」と言われても、僕なら信じちゃいます。いざアルバムを作ると少しだけアーティスト性を出してくるコルラーさんですが、職業ミュージシャンとしてのセッションマンとしての仕事の方が多かったんだろうな、みたいな。

 なるほど、けっこう尖った事をやるようになっていったハンズ・コルラーさんですが、元々はバップ系のオーセンティックなジャズのプレイヤーとしてスタートしたんですね。心地よいジャズの4ビートセッションで、そういうのが好きな人は楽しめるアルバムかも。でもアーティスト性の強い音楽を求める僕みたいな人にはちょっと物足りなかったかも(^^)。それにしてもドイツのジャズ・ミュージシャンのクオリティは大したもので、同時代のアメリカのセッションマンと遜色なかったです。


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Bach Bach

Author:Bach Bach
神戸住まい、奥さんとネコと暮らす音楽好きです。音大は卒業したのですが、成績はトホホ状態でした(*゚ー゚)

ずっとつきあってきたCDやビデオの備忘録をつけようと思い、ブログをはじめてみました。趣味で書いている程度ですが、いい音楽、いい映画、いい本などを探している方の参考にでもなれば、大変嬉しく思います(ノ^-^)ノ

最近気になってるCDとか本とか映画とか
intoxicateに載っていた1枚。「Vyacheslav Artyomov」、ロシアの作曲家は名前が読めなくってムズカシイ。。「ヴャチェスラーフ・アルチョーモフ」と読むらしいです。伝説の「フレンニコフの7人」のひとりとの事ですが、それって何かすら僕は知らず(^^;)。作風的には初期は新古典的、後に民族的な様式、十二音技法や、複調性、ミニマルなんかも用いたみたい。ロシアの前衛は強烈なものが多いので、聴いてみたいです。アマゾンで買おうと思ったらダウンロード版しかなかった(;_;)。 オスマン時代から現代までのトルコ音楽のガイド本みたいです。おおお~、これは絶対に読もう!!
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