
日本の現代音楽作曲家・武満徹さん自身が書いた、武満作品の語法解説書です。武満徹さんは若い頃の僕が音楽家を目指そうと決断した原因のひとりでして、高校生の時に「
ノーヴェンバー・ステップス」「サクリファイス」「オリオンとプレアデス」という作品を聴いて受けた衝撃は計り知れないものがありました。でも、ロックやポップスみたいなシンプルな機能和声を使ってるわけじゃなし、まだ
メシアンの作曲技法にも触れていなかった段階の僕には「いったいこのすごい和声はどうやって作ってるんだ?!」とまるで魔術を見せられている気分。武満さんの作曲技法について書かれていそうな本は、音楽之友社から出ている『名曲解説全集』でもなんでも買いあさって読んでいたのですが、ついに
武満さん本人によるアナリーゼ本が出たとあって、飛びついて買いました。それがこの本です。
作曲に用いた和声(あるいは音の選択)の技法が紹介されている曲は、以下の通りでした。
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鳥は星形の庭に降りる (p.14-)
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遠い呼び声の彼方へ! (p.22-)
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鳥は星形の庭に降りる」が5音音階を用いている事は有名ですが、もちろんあの響きが5音だけでは出来ているとはとうてい聴こえなかったもので、どういうシステムを作ったのだろうか…と思ってました。でもこういう事みたいでした。
まず、C#, E♭, F#, A♭, B♭,C# という5音音階を構想。この隣接音のインターヴァルは2,♭3,2, 2、♭3。このインターヴァルの並び順を、5音音階のセンター音であるF# を起点に(つまり、このF#が曲中で常にドローンとしてサウンドする事になる)ずらして作る。すると5種類の和音を生み出すことができる…みたいな。あーなるほど、本にはこうしたシステムの構築の手順だけが書いてありましたが、その意味が大まかに理解できました。
基音からだけでなく、すべての音同志のインターヴァルを考慮して基礎になるインターヴァルを固定することで、どこに転調しても基本的なインターヴァルのハーモニゼーションは維持できる。しかし基音からのフォーミュラは変化するので、基礎和音自体は変化する(5音音階の5つのヴァリエーションなので、5つの限定された転調が生まれる)。しかしルールとしてすべての調の構成音にF#が含まれるため、これが曲を通しての調性感を出す、みたいな。
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遠い呼び声の彼方へ!」。基礎音階は、[Eb / E / A / C# / F / Ab](上行)と、その逆行形[Ab / G / D / Bb / F# / Eb](下行)。インターヴァルは「短2/完全4/長3/長3/短3」。いやあ、基礎音階を2オクターブ単位で作っている事、そして6音音階に音列技法を適用している点など、この時点でシステム作曲の見事さがにじみています。すげえ。
形式については、「時間を一本の線と見ず、円環的なものと捉える」「持続は変化してやまないものと捉える」「色んな音色を持つオーケストラ曲が好きだが、西洋のように全員で一致団結するのではなく、色んな中心があってそれをゆっくり徘徊する感じが好き」という考えが印象的でした。こういう所にも西洋と日本の違いを見出していたのかも。
僕は、20世紀以降の芸術音楽の作曲は、既存の作曲システムを用いて作るバリエーションの作曲ではなく、システムから構築してこそ時代に即した作曲だと思っています。僕にとっての武満さんの音楽の魅力は、あの響きと楽曲様式の全体。それって実は和声システムの構築ですでに作曲の半分な気がするんですよね。その考え方を武満さん本人の言葉で聴く事の出来るこの本は、僕にとって自分の作曲に大きな差介となる一冊でした!