
テレビドラマ
「疑惑」が面白かったもんだから、松本清張さん原作の映画のひとつでも観てみたいと思い、アマゾンプライムを利用して観た映画がこれ、1974年制作の映画『砂の器』です!僕の調べによると、
松本清張原作の映画ではこれがいちばん評判が良かったのでね。いざ観てみると予想以上の素晴らしさで、涙が出るほどグッと来てしまいました。
ある男の殺害死体が発見される。白いシャツの男、バーへの聞き取りで分かった「かめだ」という言葉、電車から撒かれた紙風吹…これらわずかな手がかりを頼りに刑事(丹波哲郎)が捜査を始める。電車から撒かれたの紙ではなく布で、これを撒いたのが女で、ある音楽家の愛人である事が分かる。また、殺された男が筋の通った元警官である事も分かる。捜査の過程で、殺害された元警官と音楽家の関係が分かる。そして音楽家の過去を調べると… 観終わったばかりですが、色んなところが僕の心の琴線に触れまくり、余韻が凄いです。日本映画って白黒の時代から70年代中ほどまでが黄金期、80年代以降の映画じゃちょっと太刀打ちできないな、みたいな。まとめ切れる自信がないので、とにかく感動したところを書いていこうかと。
まず、映像美がすごかったです。冒頭、夕暮れ時の海と砂浜をバックに、砂で器をいくつも作る人が映し出されますが、これが逆光で撮影されたシルエット。古い日本映画ってこういう構図や光の使い方のセンス抜群です。そして、このショットで「砂の器」というタイトルを印象づけ、そして映画を観た後に「砂の器って何を意味したかったんだろうか」と考えさせるところに繋がって、そしてあの砂の器を作っていたのが少年時代の彼だったことに思い当たり…いやあ、映像表現と物語の絡め方も半端じゃない、ぜったいに今より昔の映画人の方がインテリだわ。絵がらみで言うと、昭和40年代の日本の風景を見る事が出来て、もう懐かしくてゾクゾクでした。
ドラマ。物語の中心は犯人捜しでも犯罪トリックでもなく、その不幸な事件に至らざるを得なかった人間の生い立ちにまでさかのぼるドラマ。らい病を患って迫害を受けた父子が遍路に出て、行く先々で迫害にあい、子どもはそれをずっと覚えている。その窮地を救ってくれたのが人として立派な警官で、彼がらい病の男を病院に入れて救い、残された少年を自分の子として育てる。そして何十年が過ぎ、ふたりが再会し、そこで悲劇が…いやあ、これを人間ドラマと言わずして何というのでしょう。

音楽。この映画、不幸な半生を背負った犯人の心情を代弁するものとして音楽が使われています。ピアノ協奏曲なんですが、弾き振りなんですよね。弾き振りって作曲家の自作自演でもないとなかなか見る事が出来ませんが、この映画では(演技とはいえ)弾き振りを見る事が出来ます。オーケストラの配置やピアノの向きなど、音楽ファンなら見逃せないんじゃないかと。
そしてこの音楽が映画で大変な役割を果たします。映画のラスト1/3 は、犯人の生い立ちの回想と、それに重ねられたコンサートシーンなのです。長大な管弦楽曲に感動した経験が僕には人生で何度もありますが、感動した時に思う事はいつも似ていて、ひとつは
それが時間や人生の縮図に感じる事、もうひとつは
音楽以外ではちょっと体験した経験のない陶酔の感覚です。1日にしても1年にしても一生にしても、始まって終わるじゃないですか。西洋音楽のロマン派系管弦楽曲って、これを実にドラマチックに表現しているように感じるんですよね。同時に、その音楽の中に自分が溶けているような陶酔感。これは経験したことがない人にはわからないかも知れませんが、その瞬間だけは死の不安とか生きている色んな苦しみとか、そういうものから完全に開放されたような感じになるのです。この感覚を陶酔と呼んで良いか分かりませんが、そういう曲を書いた以上、たぶん
ワーグナーも
シェーンベルクもこの感覚を知ってるんですよね。で、犯人が人生の色々を超越したところにわが身を置こうとして、ある種の陶酔の境地に管弦楽曲を持ってきた演出センスに脱帽です。この映画のために作られた協奏曲や演奏が素晴らしい出来とは思わないんですが、ロマン派の大曲がこういうものを伝えようとしてあるものというのをうまく表現しているという意味で、監督の野村芳太郎さんは、ロマン派音楽のこういう側面を身をもって理解していたんじゃないかなあ。。
見終わった後に、なぜこのドラマのタイトルが「砂の器」なのだろうかと考えてしまいました。これは僕の勝手な解釈ですが、砂の器は簡単に壊れるもの。こういった簡単に壊れるもの(たとえば名声)に自らを託したところに悲劇の原因があったという事ではないかと。裏を返すと、対置された簡単には壊せない絶対的なもの(たとえば犯人と実父の息子の愛とか、義父の清廉さとか)の美しさ素晴らしさ、ここに僕の感動があったのかも。これは素晴らしい映画でした。
『悪魔の手毬唄』や
『野獣死すべし』みたいに、原作より映画の方が優れているパターンかも知れません。いやあ、涙が出てしまったよ、素晴らしい映画でした!
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