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心に残った音楽♪

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『ZZ Top ‎/ First Album』

ZZ Top ‎First Album 70年代のZZトップを最高と感じている僕が、なんで71年のこのデビューアルバムはあまり聴かないのか。聴いてないわけじゃないし、悪いアルバムとも思いません。ただ、2nd『Rio Grande Mud』から5th『Tejas』までが素晴らしすぎました (^^)。

 セカンド以降しばらくの素晴らしすぎるZZトップと何が違うのか…3つあって、まずは勢い。60~70年代のロックバンドのファーストアルバムでたまにある事ですが、ファーストアルバムは異常に演奏が丁寧で、音楽が止まっちゃってます。3曲目「Squank」なんて、セカンド以降で演奏してたら、もっともっと爆発的でかっこいい演奏をしてたんじゃないかと。ギターもベースもメゾピぐらいのタッチ、これじゃ勢いなんて出ないですよね(^^;)。キャプテン・ビーフハートグランドファンクもまったく同じ失敗をしてますが、これって別々のブースにアンプを入れて、ヘッドフォンつけて演奏するスタジオ録音に慣れてないんじゃないかと。
 次に、録音。音がスッカスカ、古くせえ(^^;)。グランドファンクのデビュー作の音のしょぼさほどではないですが、それでもこれだけスカスカにすると音楽にならないっす。テクニシャンやエンジニアがダメだったんじゃないかと。
 さいごは、ヴォーカル。ZZトップって凄まじいギターが目だちがちですが、実はベースのダスティ・ヒルのヴォーカルがメッチャかっこよくて、ポール・ディアノがヴォーカルだったころのアイアン・メイデンの迫力。ところがこのファーストは、ギターのビリー・ギボンスがヴォーカル取ってる曲が多くて、これが弱い(^^;)。きっとこの点に気づいて、セカンド以降はダスティ・ヒルとのツイン・ヴォーカル色を強めたんじゃないかと。

 というわけで、このファーストが弱い理由のうちふたつは、本人たちじゃなくてディレクターやエンジニア。もしファーストが、スタジオレコーディングにもう少し慣れてたり、ライブ録音だったりしたら、最初からドカンと行けたかも。まだスタジオ録音に慣れていないロックバンドのデビューアルバムは、こういう所がむずかしいですね。

*追記:ブログ友達さんから書き込みをいただきまして、その返事をマジメに書いたら、このアルバムをもう少し分かりやすく説明できたかもしれないと思えたので(^^)、以下に転載させていただきます!
「ビリー・ギボンズって、ZZトップの前にムーヴィング・サイドウォークスというバンドにいましたよね。このアルバムって、サイドウォークスからZZトップへの移行期ぐらいの音楽に感じます。ハードブギ―にしてリズムを単純化するかわりにノリと勢いを強烈に。ギターはスリーピースバンドの音の薄さをつぶすためにファズをかけまくっていくつかの音が重なるリフを作る。ヴォーカルはふたりともクリーントーンは捨ててハスキーにして、重心の低いオケに対してヴォーカルをハイノートでヒットさせて…みたいな、「これぞZZトップ」みたいなはっきりしたディレクションがまだ確立できてない、みたいな。」



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『ZZ Top / Afterburner』

ZZ Top Afterburner 80年代のZZトップのアルバムをもうひとつ。ジャケットデザインを含め、前作『Eliminator』とまったく同じコンセプトのアルバム「アフターバーナー」、1985年発表です。

 前作よりさらにデジタルシンセやシーケンサーで鳴らしたようなドラムのサウンドが目立つようになって、アメリカン・ロックはここに来て泥臭いブルースロックさえもチャートの順位を気にする産業音楽になったか…という印象でした。僕、MTVとか大嫌いだったんです。曲を売るために、カメラの前でミュージシャンが小芝居したりあて振りしたり、クソダサくて見ちゃいられなかったです。お前ら、売るためには何でもやっちゃうんだな、ロックミュージシャンのくせにそこまで資本主義の奴隷になっちゃうのか…みたいな。ZZトップのMTV にはエッチなものがあってそれだけは好きでしたけどね(^^)。

 僕がリアルタイムで体験したZZトップはこのへんでしたが、その後を追いかけるのではなく、さかのぼって聴くようになりました。音楽の完成度からすれば、さかのぼって聴くほうが自然ですしね。でも初体験がこのへんだったもんで、このシンセドラムのような音を聴くだけで懐かしいです。このレコードを手にすると、昔大量にあった輸入レコード店を思い出すなあ、わざわざ買う店を変えて、いろんなレコード袋を揃えたりして(^^)。


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『ZZ Top / Eliminator』

ZZ Top_Eliminator 70年代から大活躍、下手で野暮ったいアメリカン・ロックの中でプログレ並みのギターテクニックをひっさげてハードブギーを演奏したのがZZトップでした。そんなZZトップが突然デジタルなロックに転身したのが、1983年のこのアルバム。僕がリアルタイで聴いたZZトップはこのアルバムあたりでした。

 ダスティ・ヒルのベースはずっとルートだけを「ボンボンボンボン…」、ドラムはリズムボックスなんじゃないかと思うような音にタイム感に単純さで「ドン、タッ、ドドンタッ…」…はじめて聴いた時の第1印象は、単純すぎて退屈。でも、貧乏な中学生がお金をはたいて買った大事なLPなので簡単にあきらめるわけにはいきません。何度も聴いているうちに、とうとうギターがクソうまいことに気づいてしまったのです!そのうまさというのが速弾きとかそういうのじゃなかったので、ろくに音楽を聴く耳も育っていなかったクソガキな僕にはわかりにくかったんですね(^^;)。

 最初は1曲目「Gimme all your lovin'」の平歌前の「ギューン」というポルタメントがカッコいいなと思った程度だったんですが、だんだん他の曲もギターだけはべらぼうにうまいことに気づきました。荒く野太いファズの効き方も半端なくって、小奇麗に歪ませるメタルのディストーションとはやさぐれ方が段違い。プレイも単旋律でチロチロやるんじゃなくて、和音と旋律をひとりで演奏してしまうその絡ませ方が絶妙。アクセントの押し引きも見事で、指先だけでチロチロやってる軟弱プログレと全然違って強烈!ロックギターのこういう技術を体験したのは、中坊の頃の僕はジミヘンとスティーヴィー・レイ・ヴォーンだけだったもんで、しびれたのも当然だったんじゃないかと。

 すでにメタルの波が押し寄せていた80年代に、このアルバムを単純で退屈だと思ってZZトップを聴かなくなった日本人は10万人ぐらいいると思いますが、僕もそのひとりでした。でもギターに注目して聴けばもっとはやくその凄さに気づけた気がします。でもZZトップの本当の凄さは80年代じゃない、70年代の傑作アルバムを体験して以降、80年代以降のZZトップはやっぱり聴かなくなっちゃったんですよね、僕(^^;)>。
 そうそう、このアルバムには「Legs」という曲が入ってるんですが、ポールダンサーを使ったこの曲のミュージックビデオやTVライヴはぜひ観て欲しいです。カルメン・エレクトラという超有名なポールダンサーを起用してるんですが、生半可なAVより数倍エロいです(^^)。


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ZZトップのダスティ・ヒル、逝去

Dusty Hill_photo1 マジか、学生時代に胸を熱くしたロック・バンドがまたひとつ消えた…。2021年7月28日、ZZトップのヴォーカル/ベースのダスティ・ヒルさんが亡くなったそうです。テンガロン・ハットに長いひげ、酒にロックにライブ漬けの日々…若い頃の僕がイメージしたアメリカの典型のひとり、こういう人生を歩めたらどれだけ幸せだろうと思った人でした。

 ZZトップは、自分がロックを聴き始めた頃のアイドル・バンドのひとつでした。友達と一緒に通っていた楽器屋のギターがうまいお兄さんが、「ロック・バンド始めるの?じゃ、メタルやジミヘンみたいに難しいのを最初からやらない方が良いよ、挫折しちゃうから。フォガットやZZトップのライブを聴くといいよ。そんなに難しくないけど、とんでもなくカッコいいから」とアドバイスしてくれました。あの、どちらもキーボードがいないんですけど(^^;)。。
 何はともあれあんなにエレキギターの上手いお兄さんが推奨してくれたバンドなので、みんなで聴いてみました。当時リアルタイムでリリースされていたZZトップのアルバムは『Eliminator』で、シーケンサーを使ったようなデジタルなサウンドになっていた頃。これはこれで悪くなかったんですが、HR/HMに夢中だった友人間では「これ、面白いか?馬鹿みたいに単純じゃね?」と不評。後日、楽器屋のお兄さんにその旨伝えると「だからライブって言っただろ。ついでに、ZZトップは70年代に限るんだよ」と怒られてしまいました。。
 そこで、70年代のZZトップのライブを聴けるアルバム『Fandango!』を聴くと…うおお熱い、汗クサい、悪そう、カッコいい、これがロックか!今まで俺たちが聴いてた80年代のロックなんて、メタルですらただのチャート音楽にすぎなかったのかも…みたいな。さらに『Rio Grande Mud』『Tres Hombres』と聴き進めると、初期ZZトップのアルバムはどれもこれも大当たりで悶絶(ファーストは除く^^;)。さらに、実はギターもドラムもプログレ級のうまさである事が判明。ドラムなんて、なんでこんなにうまいのに打ち込みにしちゃったんだろ…みたいな。ジミヘンが絶賛したというのもうなづけるすごさでした。

 そして、ダスティ・ヒル。ZZトップのベースって、ルートを「ボンボンボンボン…」と弾くものが多いので、僕はあんまり面白いと思った事がありません。すごかったのはヴォーカル。ZZトップはギターのビリーとベースのダスティのツイン・ヴォーカルですが、力みかえっただみ声でハイトーンをヒットするダスティ・ヒルがカッコイイのです!ZZトップって泥くさくて熱いロックと演奏するバンドに感じますが、実は演奏はえらくテクニカルだったりして、あの熱さ泥くささの多くはヴォーカルだったんだな、と思った事があります。特にダスティのヴォーカルといったらさながらジョニー・ウインターや泥臭かった初期オールマン・ブラザーズ・バンドのよう。ZZトップのファースト・アルバムって、ビリー・ギボンズのヴォーカルがつまらなくてちょっと残念なんですが、バンドやレコード会社もそう思ったのか、セカンド・アルバム以降のダスティ・ヒルのヴォーカルが大フューチャーされてからは、とんでもない熱さ凄さでした!

 72年『Rio Grande Mud』から75年『Fandango!』までのZZトップのアルバムに外れなし、どれもこれもロックファンなら聴かずに済ませるわけにはいかない大名盤。76年『Tejas』は聴き手を選びそうだけど通好みのシブい名作、僕にとってのZZトップ最盛期はここまで。学園祭を目指してロックバンドを始めた中学生時代、僕は鍵盤は弾かず、友だちのお兄さんが貸してくれたベースを演奏してました。その時に、ダスティ・ヒルの演奏は、「Just Got Paid」「Jesus Just Left Chicago」「Thunderbird」…もう、何曲コピーしたか分かりません。学園祭で「監獄ロック」のヴォーカルを取った時に教師から「なんてあんなだみ声で悪そうにプレスリーを歌うんだ?プレスリーって実は美声だぞ」と言われましたが、それはプレスリーじゃなくてダスティ・ヒルを真似したから。
 人生でZZトップの音楽と共に過ごした時間はどれだけあったでしょう、日本ではイマイチ人気のないバンドながら、本国アメリカではトラック野郎ご用達、ブルーカラー人気ナンバーワンのこれぞロックバンド。熱くて悪そうで、酒にも女にもバイクにも相性が良さそうで、それでいてスカッとするアメリカならではの楽観主義的な明るさがどこかにあって…もう書き始めたらきりがないです。ご冥福をお祈りします。


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『Morelenbaum², Sakamoto / Live in Tokyo 2001』

Morelenbaum Sakamoto Live in Tokyo 2001 チェリストのジャケス・モレレンバウム、その奥さんでヴォーカリストのパウラ・モレレンバウム、ピアノの坂本龍一、この3人のボサノヴァ・ユニットMorelenbaum² / Sakamoto のライブ・アルバムです。このCDではボッサの「ンッ・チャッ・ンチャッ」というギターも入っての4人編成。全15曲中13曲がアントニオ・カルロス・ジョビンの曲だったので、ジョビンのトリビュート・バンドだったのかな?

 味はあるけど歌や演奏はうまいものではないものが多いボサノヴァというジャンルで、これほど歌や演奏がうまいバンドを聴いたことがありませんでした。いやあ、これはすごいだろ…。しかもそれが技術披露大会にならずに詩情あふれる見事な表現をしていました。なんと内省的な音楽か、これは美しい。。
 音符を埋めすぎず空間を広く取って、見事なアレンジで美しいアンサンブルを生み出していました。プレイヤー4人が本物のプロ。ヴォーカルはヴィブラートをかけず抑揚をつけませんが、これはアストラッド・ジルベルト以降のボッサの伝統というやつで、しかしアストラッドさんより確実にうまい。プレイヤーさんたちは表現する技術があって、歌心があって、でもボッサ特有のエスプレッシーヴォになりすぎない控えめの詩情を崩さず、アンサンブルさせる能力があって、そしてずっとメゾピアノでささやくような音楽を奏で続け…。僕が今まで聴いてきた坂本龍一さんの音楽で一番素晴らしいと思ったのは、このアルバムかも。6曲目「Sabia」のイントロなんて完全に印象派、「Falando de Amor」でのアフター気味のリズムなんて、ジョビンの音楽への愛を感じる表現でした。これはクラシックをベースに、即興音楽もポップスのスタジオ・ミュージシャンもやってきた坂本さんのキャリアが見事に生かされた音楽ではないかと。。

 ジョビンの音楽を聴いていて優れていると感じるのは、何をやったかという所です。作曲家としてもアレンジャーとしてもピアニストとしても、たしかにプロとは思うけどそれはあくまでポピュラー音楽の範囲の話で、他の作曲家アレンジャーより格別優れているとは思わないんですよね。でも、ドビュッシーやラヴェルを含めたヨーロッパ音楽と、ブラジルのネイティブな音楽の両方を見つめて、両方を止揚して「今のブラジル音楽」を作ったその構想は本当に素晴らしいと思うのです。だって、日本のネイティブな音楽と西洋音楽を止揚して、その国の国民が「これが自分たちの国の音楽だ」と思えるほどのものを作り上げた日本の音楽って、かつてはあったけど現代にはまるでないじゃないですか。それを作ろうとしても、僕はイメージすらできないですが、ブラジルだってそうだったと思うんですよね。それをこうして提示できたという所が、ジョビンの縛らしいところだったんじゃないかと。元々こういうスタイルを作ったのはカルトーラかもしれないし、またブラジル音楽独特の詩的世界を作り上げたのはヴィニシウス・ジ・モラエスがいたからかも知れませんが、でもボサノヴァをここまでの音楽にしたのは、どう考えてもジョビンとジョアン・ジルベルトのふたりの力が大きかったと思うんですよね。

 ジョビンのボッサは、初期のバーデン・パウエルなんかとは違って、ブラジルのポップスとフォークのあいの子だったと思うんですが、このアンサンブルがやった事って、ジョビンの音楽を室内楽レベルにまで引き上げたことなんじゃないかと。職業ミュージシャン坂本龍一の企画ものユニットだと思って舐めちゃいけない、素晴らしい音楽でした!


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『Elis Regina & Antonio Carlos Jobim / Elis & Tom』

Elis and Tom 1974年制作、ブラジルのボサノヴァ系女性ヴォーカリストのエリス・レジーナと、ボサノヴァの巨匠アントニオ・カルロス・ジョビンのコラボレーション・アルバムです。レーベルはフィリップスで、ブラジルではなくLA録音。ボサノヴァって、アメリカのジャズ市場でのヒットで世界に広まった節があります。ヴァーヴやA&Mといったアメリカ資本を使ってアルバム制作が活性化しましたし、それで世界市場への宣伝も流通も確保できたのが大きかったでしょうし。

 さすがは合衆国のLA録音、音がメッチャクチャいい!ボサノヴァって、ジョビンにしてもジョアン・ジルベルトにしても、60年代録音やブラジル録音のものは録音がよくないものが多いですが、70年代のアメリカ録音は録音が恐ろしく気持ちよい音になっているものが多くて、このへんは音楽を巨大産業化した合衆国が生んだプロの録音職人の技なのかも。
 アレンジは基本的にギター、ピアノ(たまにエレピ)、ベース、ドラムバンド編成、曲によってうっすらとフルートやホルンなどの管や弦が入る感じ。というわけで、ジョビンのピアノ伴奏を堪能するというよりも、ボサノヴァ特有の心地よいサウンドとアレンジを楽しむアルバムといった雰囲気でした。

 そして、エリス・レジーナの歌が、まるで詩の語り部のようでなかなかの味わい。ボサ・ノヴァって、少なくともヴォーカルに関してはテクニックを聴かせるのではなくて、内省的な詩を自分の言葉で語るところがあると思っています。そういう意味で、エリス・レジーナの歌も良かったです。技巧的じゃないけど下手ではなくて、歌がすべて言葉のほうに向いている、みたいな。僕は、アルゼンチンやブラジルといった南米の歌は、南米の思想を見事に表現してると思っています。ほら、南米って、世界的に見ても相当に犯罪率は高いし、という事はルールを破る人の数がそれなりに高いということだと思うんですが、でも実際には相当に情緒的というか、愛があって、死が身近にある死生観を持っていて…と感じるんですよね。これは音楽詞だけでなく、文学もそう。僕の場合、合衆国のポップスやロックの詩に感動する事は少ないんですが、ボッサの詩はネイティブ・アメリカンの詩の独特な世界観と詩情を継承しているように感じます。
 このアルバム、「トリスチ」「コルコヴァド」「白と黒のポートレート」など、ジョビンの名作ばかりを取り上げていましたが、いずれも詩が素晴らしいんですよね。。実は、ジョビンが直接かかわったジョビン作品集では、『イパネマの娘』や『WAVE』よりこっちの方が好きだったりします(^^)。


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『Antonio Carlos Jobim / WAVE』

Antonio Carlos Jobim wave 60年代末、ボサノヴァの代名詞アントニオ・カルロス・ジョビンは合衆国のA&M(CTI)からイージーリスニング的な内容のアルバムを何作か発表しました。68年発表の本作はその代表作。同時に、ジョビンのインスト系ボッサの最高傑作の呼び名も高い一枚です!

 ギターとピアノを擁するバンドに管弦が重なる編成。このストリングスの音がイージーリスニングなレーベルカラーのA&M的で、まるでシンセサイザーのような独特な音。僕にとってはこのストリングスの使い方と音色がこのアルバムのイメージの半分です(^^)。このアルバムの音楽って、日本のラジオ番組のオープニングで使われていた事があったと思うんですが、意識はしていませんでしたが僕のボサノヴァ初体験はたぶんそれ。つまり、このアルバムのフワーッとした心地よいサウンドが僕にとってのボッサの最初のイメージだったのです。
 ボサノヴァって、「南国の心地よいポピュラー音楽」というイメージが強いと思うんですが、もしバーデン・パウエルのインストみたいな方に驀進していたらそうはならなかったと思うんですよね。ジョアン・ジルベルトが軸に発展したとしても、それはそれで内省的なフォークになっていった気もします。それがイージーリスニング方面に走っていったのって、ゲッツ/ジルベルトとこのアルバムが大きかった気がします。つまり、合衆国の大資本の入ったレコード会社が関わって音楽の深さより大衆性が優先する流れが出来た、みたいな。ところがそれで悪いかというと、これはこれでとんでもなく気持ちいいんだから、それも良かったんだと思います。硬派な方面はジスモンチとかブラジルのクラシックがきちんとやってくれて、決して硬派系の南米音楽の脈絡が絶たれたわけではないですもんね。

 こういうポピュラー音楽に独特な管弦アレンジを加えた音楽って、60年代~70年代前半の匂いがします。ジョビンもそうですが、バート・バカラックとか、フランスの映画音楽あたりも近いことをやってました。これは僕的には真剣に聴く音楽じゃなくて、BGMとしてずっと流しておきたい1枚。ジョビンの代表作のひとつと思います。


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『Antonio Carlos Jobim / The Composer of Desafinado, Plays』

Antonio Carlos Jobim_The Composer of Desafinado Plays 邦題『イパネマの娘』、1963年にボサ・ノヴァの代名詞アントニオ・カルロス・ジョビンが発表したアルバムです!これが初の自作自演盤で、全曲インスト。ジョビンのアルバムといえば、これとA&Mの『WAVE』の2つは絶対に外せないんじゃないかと。

 「イパネマの娘」「ファベーラ」「コルコヴァード」「ワン・ノート・サンバ」「お馬鹿さん」「メディテーション」「ジャズ・サンバ」「ジサフィナード」…今でもカバーされ続けているボッサの大スタンダードがひとつのアルバムにこんなに大量に入っているのが凄すぎ!ボサノヴァってあんなに大きなジャンルなのに、まるでこのアルバムからすべてが始まったみたいで凄いです。実際にはバーデン・パウエルやジョアン・ジルベルトなど、超重要人物が色々いてのことだとは思いますが。

 音楽はピアノ、ギター、パーカッションに管弦が重なる感じのアレンジもの。古いボサノヴァのレコードあるあるですが、ベースはいるようないないような…低音が極端に小さくて聴こえない、ベースじゃなくてギターのバスにも聴こえる(^^;)。
 ジョビンさんは、ピアノを弾けばほとんど右手だけの単旋律、ギターはコードのみで、リズムもビハインドで決してうまい演奏とは感じないんですが、なんというか…味があるなあ(^^)。例えて言えば、「風の谷のナウシカ」での久石譲さんのピアノ演奏みたいな。要するに、演奏家ではなく、あくまで作曲家アレンジャーさんなんでしょうね。作曲しながらアップライトピアノをちょっとつま弾いているような雰囲気で、うまいというのじゃないけど雰囲気がすごくありました。

 ボサノヴァって、その直前のカルトーラあたりのブラジルのブルース的な音楽が、ジョビンとジョアン・ジルベルトで一気に軽やかなブラジルのポップスになったように感じます。若い頃から何度聴き直してきたかwからないアルバム、ボッサを聴くならまずは大名盤のここからいかがでしょう!


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コミック『恋人は守護霊さま』 つのだじろう

KoibitohaShugoreisama.jpg タイトルだけで笑ってしまいそうですが(^^)、これもつのだじろう作の心霊もの漫画です。週刊女性に連載という事で、主人公は女性、内容もちょっとエロいです。
 主人公の女性には高貴なお姫様の守護霊がついていて、最終的にはモテるお医者さんと結婚してハッピーエンドという流れ。さすが女性雑誌の漫画、女性読者が自己投影して気分が良くなるようにできてます(^^)。でもこの物語にはもうひとつの軸がありまして、それは色情霊との対決。女に色情霊がとりついて、いつも霊とエッチしていて…こう書くとアホみたいですが、これがなかなかドラマチックな展開をするんです!

 タイトルから想像がつくように、信じられないほどくだらない漫画なんですが、胸を動かされるエピソードがひとつありまして、そのために僕にとっては忘れられない漫画となったのでした。それは、主人公の親友の、ちょっと頭の弱い女の子。

 その女の子、最初は女優になりたいと思っていただけなのに、アタマが弱いもんだから言いくるめられてヌードグラビアを撮影され、映画に主演できるとポルノ映画に出演させられ、どんどん堕ちていきます。
Koibito ha shugorei sama_pic ヒモの彼氏のことが好きで、だから彼に対しては一途。風俗で働いて貢ぎ、そのヒモの彼はセックスで満足させて彼女から金をまきあげる事ばかり考えて…みたいな。それでも彼女は健気にも「あの人、すき焼き好きだから、今夜作ってあげよう」なんていって、歓楽街のネオンの中で、ヒモのためにすき焼きの具材の買い物をするんですよ。ああ…読んでいて、胸が締め付けられそうでした。
 風俗や夜の商売やってる女の子って、けっこう純愛してたりする人がいるじゃないですか。高級クラブで働くレベルになってくると海千山千の女性になっていくんでしょうが、若いうちは男のために身を持ち崩していく女の子も少なくないんだな…みたいな事を、僕はキャバレーでピアノを弾く仕事をやっていた頃に思い知らされました。あの胸がキュッと来る切なさがよもや心霊マンガに出てくるとは。。

 この漫画、つのだじろうさん作なので霊の話になっていて、霊と毎晩セックスするとか、もはやパロディとしか思えないアホな漫画でしたが、もしこの物語から霊を抜いたら、意外と心を動かされるヒューマンドラマになっていたかも知れません。善人なのにアタマと意志が弱くてエッチなために落ちていき、挙句はヒモにだまされる悲しい女の物語はコミックの1~2巻あたり。さらに彼女には最悪の結末が待っているんですが、僕にとってはこの子に思い入れたっぷりの漫画なのでした。


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コミック『うしろの百太郎』 つのだじろう

UsironoHyakutarou.jpg これも70年代につのだじろうさんが書いた幽霊系の漫画です。主人公の中学生には百太郎というむっちゃくちゃ強い守護霊がついていて、一太郎に降りかかる呪いやら浮遊霊やらの霊的な攻撃を守護霊様がぜんぶはねかえすという話でした。

 これまた怖い漫画で、小学生だった僕がビビるには十分。この漫画を読んだ夜に金縛りにあった人まで出る始末…今思えば、疲れてただけなんでしょうけどね(^^;)。でも、ぼくは『恐怖新聞』の方が好きでした。『恐怖新聞』はストーリーに怖さを感じたのに対して、『うしろの百太郎』は霊的な出来事がいかに本物かを科学的(?)に説明しようとしていて、それが仇。
 昔、呪いのビデオを見たら死ぬという内容の『リング』というホラー映画が流行った事があったじゃないですか。なかなか怖くて面白かったんです。でも、同時上映の『らせん』という映画が、なぜ呪いのビデオを見たら死ぬかを科学的に説明しようとしたもんだから興ざめ。だって、どんなに力説したってデタラメなんですから、語れば語るほどぼろが出て白けてしまう、みたいな。『恐怖新聞』と『うしろの百太郎』の差は、『リング』と『らせん』の関係というわけです。

 でも『うしろの百太郎』にもストーリーを重視した話があって、そういうのは好きでした。学校の非常階段に顔の半分だけ浮かぶ「呪いの仮面」という話は、話以上に絵が恐かった!あと、「呪いの人形」という話は、子どもを思って成仏しきれない女の話で、怖いだけでなく心に沁みるものがありました。

 子どもの頃は心霊とか思いっきり信じてたのに、いつから信じなくなったんだろう…きっと、物理や科学を勉強していくにつれて何が事実で何が迷信なのか自分の中ではっきりしていって、そういうロマンチックなものと決別しちゃったんでしょうね。子どもの頃は、本当にお化けがいて、神様がいて、プロレスや漫画が面白くて、友だちと5時のベルが鳴るまで外で遊びまくって…楽しかったなあ。


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コミック『恐怖新聞』 つのだじろう

KyoufuSinbun.jpg 70年代のオカルトブームを支えた漫画のひとつです。この漫画で「幽霊はガチでいる」と思わされた子供は多かったはず…あたしだよ(^^)。70年代は僕もまだ子供だったもんで、大人向けのホラー映画を見るのはもう少し先。小学生だった僕にとって身近にある恐怖はテレビや漫画でした。漫画では楳図かずおさんも恐怖漫画を描いてましたが、蛇女的なフィジカルな感じであんまり怖く感じませんでした。怖いのはやっぱりメンタルにくる恐怖の幽霊で、心霊ものを描くつのだじろうさんの漫画はマジで怖かった!『恐怖新聞』は、つのだじろうさんの最高傑作だと僕は思ってます。絵も怖いんですよ。。

 恐怖新聞は、心霊にとりつかれた中学生の少年にあてて、超常現象のニュースが書かれた恐怖の新聞が届く物語。UFOやUMAも扱われるんですが、やっぱり怖いのは幽霊系の話。幽霊やポルターガイスト現象の話を、「昭和〇年の○○新聞にきつね憑きが報道されている」みたいに実例を出して説明するもんで、素直だった子どもの頃はこれで幽霊を信じさせられましたね(^^)。中でも印象に残ってる話がいくつかあるので、ちょっと紹介。

「うらみの火が燃える」。近所で放火事件が相次ぎ、顔に出来たやけどのあとが、みんな女の横顔の形(゚ロ゚ノ)ノコレハコワスギル。さらに、除霊して出てきた女の顔が恐い!つのだ先生、あなたの絵がリアルすぎたもんで僕はトラウマになっちゃいましたよ。

「背中が恐い」。墓場を通ると、背中が重い。振り返るとおばあさんが…これも絵がめっちゃくちゃ怖かった!でもこの話、怖いだけでなくて悲しい物語でもあって、なかなか読ませる話でした

「ピアノ」。夜中に学校のピアノが鳴りだす話。そして、その呪われたピアノを使ってコンクールが行われる事になってしまい…。この話は、ピアノの近くに女の霊が浮かび上がる絵が恐すぎた!

「他人の顔」。主人公にとりついていた悪霊の除霊に取り掛かり、それに失敗する話。これで主人公は死んでるのに学校に通うというとんでもない展開に(^^;)。

 久々に読んでみると、怖がらせるだけの話もありますが、ロマンのある話も多くて面白かったです!僕が死ぬことに恐怖を感じるのって、もしかして幼少時に読んだこういう漫画からの影響があるのかも。だって、死が凄惨なんですもの。。キリスト教だと死には絶望だけじゃなく救いのイメージでもあったりするじゃないですか。でも僕には恐ろしいもの以外の何物でもないんです。三つ子の魂百までも、というやつですね(^^)。幼少時の友人間でこの漫画を読んでいない人はいなかった超ヒット作、読んだことのない方は幽霊を信じていてもいなくてもこわくて面白いので、ぜひ!
 

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『ブラームス:交響曲 第2番、第3番 カラヤン指揮、ベルリンフィル』

Brahms_Symphony2 3_Karajan_BerlinPhil カラヤン大ブレイクの時代が青春期だった僕なので、なんだかんだ言われてもベートーヴェンやブラームスのシンフォニーはカラヤン指揮のものが耳に馴染んでいるのです(^^)。ブラームスの交響曲2番は、前にシャイー指揮ロイヤル・コンセルトヘボウのものの感想を書いた事がありましたが、その時はカップリングのヴェーベルンの曲の事ばかり書いてしまったのでした。3番は…なんか久々に聴いた気がするなと思ったら、前回は1,2,4番しか聴いてなかったみたい(^^;)。そうそう、カラヤン&ベルリン・フィルのブラームス交響曲2&3番は60年代録音のものもありますが、これは86年録音のものです。

 ブラームスはロマン派の時代の人ですが、シンフォニーの楽式はけっこう古典派の形式を踏襲していて、けっこう綺麗な4楽章ソナタだったりします。ソナタ形式は第1楽章と最終4楽章がとくに重要で、2楽章は緩徐楽章になっている事が多く、3楽章は目先を変えるためにメヌエットやスケルツォという舞踊的なものや3拍子系の音楽を持ってくることが多いです。ところが僕、ブラームスの交響曲3番は2楽章と3楽章が好きだったりして(^^;)>。2楽章の緩徐楽章は美しいし、3/8の3楽章のもの悲しさは聴き入ってしまいます。あ、そうそう、この第3楽章はけっこう有名なので、聴いたら「おっ」と思うかも知れません。あ、あと、4楽章の落ちの作り方がドラマチックで好き。4楽章ソナタは1楽章と4楽章を同じ調にすることが多いのですが、3番は1楽章がヘ長調だったのに、4楽章が同主調のへ短調…かと思ったら、へ長調に抜けた!いや~こういうドラマの作り方って、分かっててもグッと来てしまいます
 交響曲2番の方は、ブラームスの4つの交響曲の中ではいちばん牧歌的な音楽。若いころは、暗く深く劇的な交響曲1番がダントツで好きだった僕ですが、齢をとってから聴くとこういうシンフォニーもいいなあと思ってしまいます。年齢によって、好きな音楽って変わっていくもんですね。僕のまわりには「ブラームスのシンフォニーは2番が好き」という人が多かったなあ。

 カラヤンの演奏は…ブラームスのシンフォニーは60年代の方がいいとか、そもそもカラヤンでは深さがなくてダメだとか、まあいろいろ言われますが、少なくとも僕はカラヤンの録音はこれしか聴いていないので、比較してあれこれいう事が出来ません。でも、この録音だけでいうと、不満点は何もないどころか、実に素晴らしい演奏だと思うので、僕は好きです。なんといっても青春時代をカラヤンで過ごしてしまったもんで、もうこの感じが体に染みちゃってますしね(^^)。


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『ブラームス:ヴァイオリン協奏曲 ムター(vn)、カラヤン指揮、ベルリンフィル』

Brahms_ViolinConcert_Mutter_KarajanBerlinPhil.jpg ブラームスのヴァイオリン協奏曲は、僕的にはけっこう好きな曲なもんで、CDを何枚か持ってます。ムローヴァとアバド/ベルリンフィル以外だと、これもお気に入りです。ムターとカラヤン/ベルリンフィル、これも鉄板!

 ムターは13歳でいきなりカラヤン&ベルリンフィルと共演して、天才少女と言われたヴァイオリニストです。僕は、こと演奏に関しては「○○歳の天才プレイヤー」みたいなのが嫌いで、演奏技術が若くしてトップレベルになる事はあっても、表現や解釈が経験積んできた人より若い人の方が優れるというのはちょっと考えられないと思っています。大人になってから中学生や高校生と話すと「あ、ガキだわ」と思うようなもんです。というわけで、もし表現もスバラしいんだったらそれは師匠の演奏プランが良かったんであって本人じゃない。それを「○○歳ですごい」と褒めるのって、表現を聴かずに指の速さとかそういう所ばかり見ている気がして、ちょっと嫌なんですよね。

 な~んて僕なのですが、ムターさんは聴いた途端に、「これはすごいわ」とのけぞったプレイヤーです。表現過多になりすぎず、ストレートで表現豊か。そして一度高揚するともう止まらない、勢いに乗って一気に持って行ってしまいます!そういう所は若い頃のカラヤンに似ていると言えば似てるかも。ベルリン・フィル常任になる前のカラヤンも、細かい表現よりも勢い重視で疾走するところ、あったじゃないですか。あんな感じ。
 これは81年の録音なので、ムターさん18歳です。僕は同時期のムターさんの演奏で、ブルッフのヴァイオリン協奏曲に打ちのめされた事がありまして、「18歳の時のムターさんの演奏か、これはすごいかも知れないぞ」と、つい手に取ってしまいました。これも素晴らし演奏でした…が、ブルッフの時ほどの感動はなかったかな?

 それにしても、この時期のカラヤン&ベルリン・フィルでグラモフォンの録音は安定していると感じました。どれも一定水準以上、ハズレを聴いた事がありません。そう思うのは、僕がカラヤン全盛期に青春期をすごしたからなのかな?


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『ブラームス:ヴァイオリン協奏曲 ムローヴァ(vn)、アバド指揮ベルリンフィル』

Brahms_ViolinConcert_Mullova_Abbado_BerlinPhil.jpg ヴァイオリンのムローヴァさんが演奏したブラームス、僕はヴァイオリン・ソナタのほかにコンチェルトも聴いたことがあります。ヴァイオリン協奏曲二長調はブラームスの大名曲(僕基準ですけど^^;)!東京公演のライブ録音ですが、お客さんのマナーが素晴らしくて咳ひとつ聞こえません。また、ライブ録音とは思えないほどいい音、日本録音は技術がすごいなあ。フランスやイタリアの録音なん(以下自粛)。たしかこの演奏の録音ドイツでも日本でも大賞を受賞していたはず。

 交響曲1番みたいな重々しく劇的な曲ではなく、2番みたいにおだやかで美しい曲想です。素晴らしい曲で素晴らしい演奏、特に見事な1楽章から、第2楽章の平和で美しいアダージョに入った瞬間のあの落差がたまらないです。第1楽章の最後の終わり方と第3楽章は、いかにも19世紀の貴族音楽っぽくて古くさいですが(でも19世紀に書かれたんだからそこは仕方ない^^;)、他は現代でもまったく通用する…というか、管弦をつかった映画音楽だといまだにこのへんを追いかけているものが多くて、そういうのに比べると今だってブラームスの方が上なんじゃないかと思うほど。以降に続く後期ロマン派のマーラーワーグナーより、僕はブラームスが好きだなあ。ブラームスの方が無駄がないんですよね。マーラーやワーグナーは音楽の中に余談が多いと感じるんですが、ブラームスは「もうこれ以外にありえないだろう」みたいな。これ以上長くても短くても、オーケストレーションを分厚くしても薄くしてもダメ。針の穴を通す完璧さを感じます。
 そして、ヴァイオリンのムローヴァさん。うまいとか、そういうレベルはとっくに超えてます。強い個性を感じるでも馬鹿テクを見せつけるでもないプレイヤーと感じるし、またコンチェルトでのソリストというのは個人技があってなんぼとも思うんですが、それなのに素晴らしいと感じるのが不思議。

 これぞロマン主義音楽の神髄、僕はブラームスの作品では、交響曲1番とピアノ協奏曲2番、そしてこのヴァイオリン協奏曲が特に好き。この曲、他にも名演・名録音がひしめいていますが、もし未体験ならどれでもいいのでぜひ聴いてみて欲しいです。


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『ブラームス:ヴァイオリン・ソナタ全曲 ムローヴァ(vn)、アンデルシェフスキー(pf)』

Brahms_ViolinSonata_Mullova.jpg クラシックって、楽器編成によって名曲が変わってきますが、ある楽器編成では大名曲と言われてる曲でも、それが一般に知られているかというと疑問。たとえばメルツの「ハンガリー幻想曲」なんか、ギター音楽を聴く人ならみんな知ってるでしょうけど、聴かない人にとっては曲どころか作曲家すら知らないかも。オルガン曲やマイナー楽器の世界もそうですよね。かくいう僕も、ピアノの参加しない編成の曲となると、「え、こんな有名曲も知らないの?」と言われてしまうほど無知(p゚ω゚*)。そしてこのCD、ヴァイオリンとピアノという編成の音楽を聴く人にとっては大名曲のブラームスのヴァイオリン・ソナタ全3曲です!!…メロディ浮かびますか?浮かびませんよねえ。

 たぶんこの中でいちばん有名なのは、ヴァイオリン・ソナタ第1番ト長調の第3楽章の「雨の歌」の主題。これ、元々が歌曲で、そこから持ってきてるから「雨の歌ソナタ」なんて呼ばれる事もあります。音大生時代に、チェロの同級生が「いい曲だね、誰の曲?」みたいに言ってきたので、やっぱりみんな自分の事に手いっぱいで自分が参加しない曲は聴いてる暇ないんだなあ、と思ったのでした。

 そして、久々に3曲ぶっ通しで聴いた感想は…ロマン派どっぷりの音楽で、美しかったり、清らかだったり、憂鬱だったり。これはいいなあ。でも…こういう音楽って、クラシック・ヴァイオリンという狭い世界の中だから躊躇なく「いいね」と言えるけど、その後に続いたクラシック音楽の発展や、ジャズやインド音楽みたいな異文化の音楽もひっくるめるた上だと、どうなんでしょうね。「ロマン派のクラシックって、みんなこうだよな」と言われちゃったら返す言葉がない気も…まあそりゃ仕方ないですよね、だってまだ世界の色んな音楽がヨーロッパで知られてなかった130年も前に書かれた曲なんですから(^^;)。

 ヴァイオリンのヴィクトリア・ムローヴァさんの演奏。ムローヴァさんはジャケット右のお姉ちゃんなんですが、かなり有名なヴァイオリニストで、このCDでは秘めた情熱が沸々としたような演奏。サラッと終わらせず、ギリギリと迫ってくる感じがカッコ良かった(^^)。ブラームスのヴァイオリンソナタってプレイヤーによって聴こえ方が変わって感じますが、このブラームスは官能的になりすぎずに凛々しい感じで、けっこう好きです(^^)。


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書籍『Serie Didáctica para Guitarra No2 Técnica de la mano derecha』 Abel Carlevaro

Serie Didactica Cuaderno 2_Carlevaro せっかくセゴビアのスケール本を紹介したので、ついでにクラシックのギター教本をもう1冊ご紹介。自身が作曲家でもあり優秀なギタリストでもあるカルレバーロが書いたギターの演奏メソッド本、第2巻です。なんでいきなり2巻かというと、この2巻がクソ有名で、右手のテクニック練習に特化したものだから。やっぱり右手で挫折するクラシック・ギタリストが多いんでしょうね。ちなみに僕は、カルレバーロ教本はこの2巻しかやってません。最後までやったんですが真ん中以降はクソ難しくて、音大時代に死ぬかと思ったソルフェージュの授業みたいでした。それにしてもギタリストってこんな無理なストレッチしてるのか、ピアニストの僕ですらびっくりだよ。ところで、ピアノの教本も紹介してないうちにギター教本の紹介をしてもいいのか…ピアノは何となく教えたくないんですよね、自分が血みどろになって這い上がってきた道なので、そうやすやすと教えたくない、みたいな(^^;)。今のペースでブログを続けていたら、ピアノ教本の紹介まではたどり着けないだろうなあ。。

 ピアノと違ってギターはエレキギターやロックやフォークやポップスという身近な音楽があって、そこでのギターがギターにあってギターにあらず、みたいな感じなもんだから、誤解されやすい楽器の気がします。近視眼的にならず、もっとリュート音楽や西アジアの撥弦楽器の歴史を見たり、楽器自体の構造を眺めればわかると思いますが、ギターって明らかに和声と戦慄を同時に演奏するようデザインされた楽器です。別にそう演奏しなくたっていいけど、ギターの100%の能力は発揮できず、フェラーリを買って40キロで走るようなもんです。旋律だけ演奏するならタールみたいにしていった方が合理的だし、和声だけで行くならツィターやハープや箏やリュートに行った方が圧倒的に有利。ギターじゃない楽器を選択した方が良いんですよ、たぶん。それをギターぐらいのサイズに収めたのって、バスと和声と旋律を欲張ったから。馬鹿テクなら6弦じゃなくて11弦にしてもいいけど、それをやっちゃうとリュートみたいに難しすぎてまた衰退しちゃう。だから4和声のストラクチュアを激しいポジション移動なしに実現できる範囲を考えると…たしかに6弦ぐらいが無難な線ですよね。そういう楽器なのです。

 そうなると、本当にギターという楽器の能力を発揮した音楽は実は限定されてきて、そのひとつはクラシック・ギター。というか、クラシック・ギターって、ヨーロッパから西アジア、中央アジアあたりの撥弦楽器を総括したようなところがありますよね。では、バスと和声と旋律を演奏するとすると、難しいのは?両手ですが、僕みたいな独学初心者にとっては右手がマジでわからない、理屈が分かったとしてもどうやって練習すればできるようになるか分からない、そういう状態でした。そんなあなたにこの一冊、動くバスと上声の2コースを同時に練習する教本ですよ!というわけです(^^)。で、これがマジで有り難かったです。

 この本、スペイン語と英語のバイリンガルで書かれていますが、どちらも読めなくたって弾けば何の練習なのかすぐわかるので大丈夫。この本に限らずですが、クラシック系の技術教本って、1回目は本当に出来ないけど2回、3回とやっていくと出来るようになっていって、自分の成長を体験できるのでまじで楽しい(^^)。ソルフェージュとかもそうじゃないですか。ドを鳴らしてもソが分からない人が、1週間もするとドを出せばソが分かり、ひと月もすれば3和音を出せばすべての音を言い当てられるようになる、みたいな。ああいう成長を体験できました。

 とか言って、僕がバスと旋律の同時演奏を学んだのはこの本が最初ではなく、アコースティック・ブルースの教本、ジャズのウォーキング・ベース本、フラメンコの教本もやってたんですけどね(^^;)。親指をどういう角度で弾けば弾けるようになるかは何巻のひとつでしたが、それはこの本じゃなくてフラメンコの教則ビデオとか、それこそクラシックやフラメンコのギタリストのビデオを見まくって突破しました…うまくないので突破できてないのかも(^^;)。。まあ、それぐらいバスと旋律の同時演奏は予習していたはずなんですが、それでもこの本はかなり高度で、やる前とやった後では明らかにギター演奏のレベルが変わったなと実感できました。クラシック・ギターの人って、基礎メソッドでそれが出来るようになってしまえばこの本にはいかないのかも知れませんが、左手で苦心しているようならこの本はおすすめです。それは僕みたいな趣味な人じゃなくて、超有名なクラシック・ギタリストさんが僕にそう言って推薦してくれたので、間違いないと思うんですよ(^^)。この本、入手はアマゾンや一般書店ではちょっと難しく、下手するとヤマハの楽譜売り場でも手にいは要らないかも知れませんが、現代ギター社みたいなギタースコアを売っている所なら入手できるかと。

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書籍『Diatonic Major and Minor Scales』 Andrés Segovia

Diatonic Scales Segovia 「マルムスティーンのギターソロを聴いていると、まるでクラシックギターのスケール練習だと思う事がある」な~んてことを書いてしまいましたが、その時に思い浮かべたスケール練習というのがこれ、クラシック・ギターの大御所セゴビアの書いたスケール練習本です。クラシック・ギターの世界では「セゴビアのスケール」なんて言われてるみたいで、僕はクラシック・ギターでのスケールに特化した練習はこれでしました。

 有名な本なのでクラシック・ギターの人は知っているでしょうが、問題はそれ以外のジャンルのギタリスト。たぶん、クラシック・ギターでこういう固定ドでギターの指板を組織化したスケール練習メソッドってお目にかかれないと思うんですよ。少なくとも僕は目にしたことがないですが、しかしこれがムッチャクチャ有用なのです!少なくとも僕にとっては刮目させられた2つの利点があって、ひとつは固定ドで指板全体を組織化して見渡せるようになったこと、もうひとつはどこでポジション移動をするか。

 後者に関して言うと、たとえばジャズやフラメンコのギター教本だと、けっこう上級のものに行ってもルート音を基準に、スケールに応じた位置関係が示されてますよね。ジャズギターは「ずらせばオッケー」、フラメンコはクラシックみたいに組織化してあるんですが、長が変わるとカポで対応して同じ組織を使う。こういうやり方をするので、ギター上でバスとメロディと和声のアンサンブルを完成させたように書かれた曲に対しては非力。
 もし仮にジャズギターのあのダイアグラムでC Major を5弦3フレットを起点に上方展開して弾くと(つまり2‐5フレット、指が長い人なら3-7フレット)、オクターヴ分を弾ききることが出来ずにラで終わります。ではあとふたつのシとドは1弦を伝って弾くのか?いや、もっと早い段階でポジションを変えてないといけないんですよね。こういった固定ド&ポジション移動の絶対組織は、僕は他のギター音楽では学ぶ事が出来ず、クラシックではじめて知ることが出来ました。少なくとも僕は、指や弦をどこでどのように入れ替えるか、これはクラシック・ギターに手を出してなかったら一生身につかなかった気がします。

 というわけで、とある仕事で共演させていただいたクラシック・ギタリストの方から教えてもらって、速攻で買ったのがこのセゴビアのスケール本でした。朝と夜に1回ずつ、毎日この本を最初から最後まで演奏していたなあ。途中からは、この組織の上でジャズのツーファイブモーションも演奏できるようにと工夫して、5度圏に応じてリディアン→エオリアン→オルタード…みたいな練習に切り替えていきました…ギタリストか俺は。

 この運指が最善ではないと思います。でも最初の基準はやっぱり作る必要があって、その基準は王道から始めておくのが無難。もっと合理的に行ける所は自分でマイナーチェンジすればいいわけで、なるほど固定ドのスケールの場合はこうやって体に叩き込めばいいのかと学ぶだけでも大進歩じゃないかと。メジャーとマイナーが入ってしまえば、あとはその変化でかなりのところまで対応できますしね。本当のギター音楽を目指すなら練習したことがないなんてありえないレベルの超重要メソッド、ロックでもジャズでも西洋音楽のギターを弾いているなら、やったことのない人は速攻で買って明日から練習しましょう!な~んて書いてたらまた自分でも練習したくなってきたぞ。。


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『Yngwie J. Malmsteen's Rising Force / Odyssey』

Yngwie Malmsteen Odyssey メタル大流行だった学生のころ、クラス中が熱狂したイングウェイ・マルムスティーンのアルバムが、『Trilogy』でした。それからけっこう時間が空いてのリリース(2~3年?)されたのが本作で、その間に僕はロックから離れてしまったのでした。でも熱狂したアルバムの次ですから、気になって友だちから借してもらって聴いたんです。

 ロックから離れていたから余計にそう感じたのかも知れませんが、妙にポップになってる(^^)。けっこう硬派なインスト曲もありましたが、そういうのはアルバム後半にこっそり忍ばせてあって、目立つところにあるのは思いっきり歌謡形式で作られたポップな曲でした。「Heaven Tonight」まで行くと、ポップどころか売りたくて作ったんじゃないかというほどで恥ずかしくて聴けないんだぜ。だからと言ってつまらないかというとそんな事はなくって、プレイはカッコいいしアルバムは聴きやすいし硬派な曲も実はあって、楽しく聴いてました。

 このポップさって、実はマルムスティーンさんの作曲やギターアレンジの本質なんじゃないかと思います。演奏は練習したけど作曲は演奏の時に勉強した和声ぐらいしか学んでないからそもそもポップなものしか書けない、みたいな。クラシック・ギターって、マジな方面のやつは作曲でも演奏でも、ロックのギターアレンジや速弾きなんて足元にも及ばないほどすごいじゃないですか。そういうのを知ってると、ロック・ミュージシャンがクラシックっぽい事やろうとしても結局7音音階の和声法とかスケールぐらいしかいじれないでいるのを聴くと、「背伸びしても結局ポピュラーだよな…」と思っちゃうんですよね。でもどうせそれしか出来ないんだったら、最初から高度な事をやるのは諦めて、スケール速弾きみたいな所に特化して白熱の演奏した方が費用対効果がいい…それがこういう音楽じゃないかと。

 マルムスティーンさん、少なくとも1stから4thまでのアルバムを聴いた感じだと、アルバムやライブがワンパターンになってだれない程度にクラシックなテイストをちょくちょく挟みはするものの、基本はポップスで分かりやすい音楽。マニアックに凄いのを聴きたかったらクラシックに行け、ここでは白熱の速弾きを聴けこの野郎!…って音楽だと思います。そう考えるとスケールがどうとかバッハがどうとか生真面目に語るのは無粋。曲より演奏志向の強い、聴いてスカッとするポップなロックじゃないかと!マルムスティーンさんで一番ききやすいアルバムだと思います。


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『Yngwie J. Malmsteen's Rising Force / Marching Out』

Yngwie Malmsteen Marching Out イングウェイ・マルムスティーン1985年発表のセカンド・アルバム『マーチング・アウト』です!このアルバムからヴォーカルが入り、バンドもカラオケではなく絡み合うようになり、ファーストみたいな企画アルバムじゃないバンドとして本格的に始動した感じでした。僕が持ってるLPは、レオタード着たお姉ちゃんがギターを持ってるジャケットなんですが、今のCDはジャケットが違うみたいです。なんか問題あったのか、それともレオタードジャケットが日本独自のデザインだったのか。きっとレオタードはそのうちレア化してプレミアつくんだろうなあ。

 昔聴いた時は、この後に出る「トリロジー」や「オデッセイ」の陰に隠れて地味な印象があったんですが、いま聴くとけっこう良かったです!「I’ll See The Light, Tonight」や「Disciples of Hell」のギターソロも16分音符の上行/下降の繰り返しばかりじゃなくなって組み立てがうまくなってる!バンドもファーストみたいにバイトでやってる感じじゃなくって、かなり躍動してきてました。

 教会旋法を使ったりバッハっぽい感じのインスト曲をちょくちょく挟んでクラシックっぽい個性をアピールしつつ、ヴォーカルが入る曲は形式がみんな歌謡形式になってポップなヘヴィーメタルの典型に乗った感じ。ここで以降のイングウェイ・マルムスティーンのスタイルが確立されたんですね。おじさんになってから聴いても、なかなか楽しかったです!


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『Yngwie J. Malmsteen's Rising Force』

Yngwie J Malmsteens Rising Force 僕の学生時代、メタル方面で神扱いだった超絶速弾きメタル・ギタリスト、イングウェイ・マルムスティーンのソロデビュー作です!1984年発表という事は、マイケル・シェンカー・グループと入れ替わりぐらいのタイミングで出てきたんですね。ここでメタルのギターヒーローが入れ替わったのかな?

 このアルバム、最初に聴いた時は、地味だと思ったんです。でもせっかく買ったんだからと何回か聴くうちにギターソロに耳がいくようになって、「ギターめっちゃ速い!」なんて思うようになりました。ついでに、リズム感が機械のように正確ですごい。ロックの人ってなんでこんなに正確にビートを刻めるんですかね、ジャズやクラシックやってると、どうしても揺らしに行っちゃうので、ロックのこのカッコよさは出せない。。
 これだけ速いのに、ギターソロで気になったのは、スケールの上向または下降するラインか、反復しつつ上がるか下がるかのライン(ドレミレミファミファソ…みたいな感じ)のどちらかを16分音符で演奏するものがほとんどだったこと。つまりほぼ2種類のフレージングしかないので、スケール練習を聴かされてるようで、フレージングに課題ありだな、と思ってしまったのは僕がクラシックやジャズを練習していた人だからでしょうか。バッハばかりじゃなくてショパンリストやジャズも聴かないとね、みたいな感想をメタルにぶつけてはいけないのかも(^^)。。

 うまいのに地味と感じたのは、曲や演奏が平べったいから。演奏でいうと、ベースやドラムやキーボードは完全に伴奏、しかも先に録音して完全なカラオケ状態だと分かりすぎでした。つまり、ギターはうまいけどバンド全体は面白くない演奏なんですよね。

 というわけで、音楽は面白くない、でも高速で正確なギターソロは金出して聴くだけの価値あり、みたいに感じたアルバムでした。それにしたって21歳の若者が初リーダー作でこれだけ速くてリズムの正確な演奏を演奏できるのはやっぱりすごい、それ以上を望んじゃいけないんでしょうね。ロックだからと言って軽く見ちゃいけない、間違いなく楽器をものすごく練習した立派なミュージシャンと思います!


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『決定版 小唄入門』 市丸

ketteiban kouta nyuumon これはビクター盤の小唄のCDです。キング盤『小唄ベスト』が何人かの歌い手のオムニバスだったのに対して、このCDは市丸さんひとりのパフォーマンスでした。そうそう、市丸さんはビクターの専属歌手だった人です。

 市丸さんといえば端唄のオムニバスCD『端唄 古典芸能ベストセレクション』でも歌を聴いたことがある鶯芸者さん。大正~昭和期に活躍した人で、ものっっっっすごい美人!!芸はあるし美人だし、座敷では一晩に10を超える座席を掛け持ちする事もあった超売れっ子芸者さんだったそうです。三味線は、静子または春日とよ晴、何曲かは替に春日とよ五。

Ichimaru.jpg うわ~、市丸さん、声が鼻にかかっていて色っぽい!こんなのそばで歌われたらヤバいだろ、これは売れっ子芸者ですわ。。歌にもしなが入っていて、なるほどこれが端唄になくて小唄にある技巧というやつだな、みたいな。詞も色っぽい男女関係のものが多く、タイトルだけでも「可愛いお方」「ねながらに」「今朝の別れ」「よりを戻して」などなど、完全にセックスの前後を扱った内容、下心満載の客の心を見事にわしづかみしてしまいそうな曲のオンパレードでした。こういう小唄にコロッといって財産を注ぎ込んだ旦那衆がいっぱいいたんだろうな。これだけ艶っぽい歌を歌っておきながら、どこかに品を感じるところがすごいです。

 市丸さんは鶯芸者(歌手兼芸者)だったので色んな歌を歌っていますが、小唄は江戸小歌中村派17世家元、本物です。小唄の家元で大所帯のところは蓼派と春日派がありますが、市丸さんがいた小唄派はそれに次ぐぐらいに有名な一派なんだそうです。他にはいちばん古い堀派会、あとは田村派や吉村派という流派が有名どころだそうです。
 キング盤には小唄派のパフォーマンスは入っていなかったので、ダブりなしというところも良かったです(流派違いでの曲のダブりは「二人が仲」だけ)。入門編としては色んな人の演奏を聴けるキング盤の方が良いのかも知れませんが、僕個人の趣味としては市丸さんの色っぽさが素晴らしすぎるこっちの方が好きでした(^^)。しかしこの色気のかけらもない粗雑なジャケット、何とかならないんですかねえ。。


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『小唄ベスト』 キングレコード盤

Kouta best  端唄から派生、しかし端唄よりさらに短い歌が小唄です。枝分かれしたもんだから、端唄と同じ曲も少なくないんだそうです。今は1曲4~5分のものもあるそうですが、江戸小唄といわれる元々の小唄は1曲1分半~2分半ほどと短め。、端唄の三味線伴奏が撥を使うのに対して小唄は爪弾き。これは、小唄が花柳界で行われたもので、撥で大きな音を出すと隣室の邪魔になるからそうなったんだとか。指導者が花柳界出身の人が多かったので、粋とか乙ともいわれたそうです。また、端唄が平坦に歌うのに対して小唄は技巧的な節をつけて歌うのですが、粋や乙が重要なので鼻につくほど技巧が前に来るのは良くないんだそうで。流派は100近くあるそうですが、大きな流派は蓼派(たでは)春日派(かすがは)のふたつ

 これは、キングレコードからリリースされた、タイトルもジャケットもひどすぎるぐらいひどい小唄のCD(^^;)。。でも、30曲も収録されているし(小唄は作曲されたものは数千曲あるそうですが、今も演奏されているものは200曲ほどだそう)、歌い手は一流どころだそうで、内容は素晴らしい…気がするんですが、なにせ小唄を全然知らないもんで分かりません(^^;)>。ただ、自分の感想だけを言えば、素晴らしかった!!

 あ~なるほど、お座敷でやるだけに、ピアノからメゾピアノぐらいの控えめな音量で、技巧的だけどエスプレッシーヴォにならないようにやるんですね。この力はあるけど控えて半歩下がる感じ、たしかに日本的というか、粋といえるかも。
 詩がまたなんというか…皆まで言わないんですね、少しだけ言って、あとは聴いている側に想像させるというか。例えば、こんな感じ。

君が仰せを初音に聞いて いともかしこき鶯の 小枝にちょっと移り気な
こちの心はそよそよと 空吹く風が憎らしい (君が仰せ)


 これで1曲すべてですが、「君が仰せ」に対する芸妓の心が叙景詩の中に比喩として使われてるんでしょうね、きっと。それをこの短さで表現してしまうんだから、やっぱり日本の「粋」に繋がってる気がします。西洋だったら何故そうかを語るために言葉を増やしていく所でしょうが、日本は逆なんですよね。これは味があるわ。。

 演者は、歌い手も糸も「蓼胡津留」「春日とよ稲」みたいな名前の人が多かったので、苗字部分の「蓼」とか「春日」という部分が家元の名前なのかも。もしそうだとすると、このCDには蓼派、春日派、堀派会の3つの流派のパフォーマンスが収録されていました。でも僕程度ではそれぞれの流派の差や特徴はまったく分からず(^^;)。

 実は僕、素浄瑠璃や長唄や端唄は聴いたことがあったんですが、小唄ってちゃんと聴いたことがありませんでした。でもこれはいいですね、サラッと聴けて、でも実は奥が深い、みたいな。江戸時代の町人文化の音楽って、つまらないと感じるものがひとつもありません。本当なら花街で遊べる旦那衆にならないと体験できない音楽をこうして聴けるのは、なかなか贅沢なことなのかも(^^)。


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『新 端唄・都々逸 全曲集』

shin hauta dodoitu meikyokushuu これも端唄のオムニバスCDですが、ちょっと違うのは都々逸(どどいつ)も入っている点。都々逸の正確な定義は知らないんですが、7775とか57775みいたいな短歌や俳句のような定型句に、端唄みたいに三味線が伴奏をつけた歌になっているもの、みたいなイメージ…合ってるのかな?古い日本映画とかを見ていると、芸者だけでなく遊びに来る旦那衆も一句ひねったりしてたりして、けっこう俳句みたいに自分で作って遊ぶものでもあったのかな…適当なこと言ってるので信じないでくださいね。。端唄は藤京さんと藤本二三吉が6~7曲ずつ、都々逸は柳家三亀松によるパフォーマンスでした。藤本二三吉さんは『端唄 古典芸能ベストセレクション』と3~4曲ダブっていました。

 おお~これもいい!『端唄 古典芸能ベストセレクション』とダブっている曲で歌い手違いのものがいくつかありましたが、聴く比べると、どのへんが作ってあってどの辺が演奏や歌の表現なのかが分かって面白かったです。ほら、日本の浄瑠璃系の音楽って、なんかみんなアドリブみたいに聴こえちゃったりするじゃないですか。でも、意外とばっちり作ってあるんだな、みたいな。
 そうそう、このCDの端唄の伴奏は三味線だけでなくお囃子が入ってたんですが、打楽器が入るとリズム音楽になっちゃって歌や和声旋律楽器の表現が失われちゃいがちになるので、あまり好みじゃなかったです。スワンプ・ロックみたいに、打楽器で音楽が台無しになしちゃったパターン、みたいな。

 皆さん素晴らしかったですが、やっぱり藤本二三吉さんの歌が頭ひとつ抜けてる感じ。フォルムもちゃんと再現してるけど言葉も入ってくるし、しなは作ってるけどエロ過ぎずに芸にしてあるとか、色んなもののバランスが良いのかも。やっぱり端唄はいいなあ、江戸の町人文化、万歳!


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『端唄 古典芸能ベストセレクション』

Hauta Kotengeinou best selection 地歌の端歌ではなく、江戸時代の庶民文化の端唄(江戸端唄)の名曲・名演者の録音を集めた2枚組CDです。端唄は三味線伴奏でちょっと小粋に歌う日本の短い歌で、江戸中期から末期に流行。流行の理由のひとつは天保の改革で庶民の三味線の手習いが禁止されたもんで長唄をやるだけの技巧が失われてしまい、代わりにあまり技巧も必要そせず、短いので覚えるのも簡単な端唄が流行ったのではないかという事です。
 このCDには4人の鶯芸者(芸者兼歌手)の端唄が入っていました。昭和に入ると、ビクターやコロムビアといったレコード会社が、新人歌手を育てるより最初から歌がうまくて人気がある人に歌わせた方が速いという事で、人気芸者に目をつけてスカウト合戦したそうで、それが鶯芸者。このCDで歌っていた4人は、昭和初期に活躍した藤本二三吉小唄勝太郎市丸の3人と、現代の代表的な歌い手の栄芝(全員女性)というメンツでした。

 「かっぽれ」みたいなお囃子の入ったどんちゃん騒ぎ系もありましたが、個人的には三味とデュオのしっとりした曲が好み、メッチャ粋なんですよ!歌い方にちょっと色気を出した節まわしを作ってるところはさすが芸者(^^)。三味線も浄瑠璃みたいな技巧はないけど、逆に淡々としたところが粋に感じられてこれはこれでいいなあ。お座敷で芸妓のしっぽりした歌を聴いている時に三味線をバシバシやられても困りますもんね。

 音楽だけでなく、詞も良かったです。天保の改革で風紀の乱れる娯楽が禁止されたからか、もろに言わずに比喩でぼかした表現が多用されるんですが、これがむしろ表現に深みを与えているようで、すごくよかったです。たとえば、「春雨に、しっぽり濡れる鶯の~」みたいな詞は、ぜったいに文字通りの意味じゃないですよね(^^)。こういうところが粋だなあ。そうそう、能は言うまでもなく浄瑠璃ですら言葉が古すぎて解説を読まないと何言ってるのか分からない部分がけっこうあるんですが、端唄は聴いているだけで普通に言葉を聴きとれるのが嬉しいです。

 歌と三味線は、みんなよかったです。さすが芸妓、訓練されてるなあ(^^)。ルックスは市丸が抜群の美人でしたが、歌そのものは藤本二三吉や小唄勝太郎の方が色気があるかな?ついでに、クレジットを見ると、もしかして藤本二三吉と小唄勝太郎は三味線も自分で弾いてるのかも…だとしたらすごい。現代の録音のものはダメなんじゃないかと思っていたんですが、意外とよかったです。子供の頃はロックにハリウッド映画にと英米文化とそれを真似したものばかりに親しんできた僕でしたが、大人になってから触れるようになった江戸から明治大正にかけての日本の芸能ってメッチャ面白いです。端唄のような軽めの大衆芸能ですら深いんですよ!端唄の伝説的な歌い手3人の録音を聴けるこのCDは、にわかな僕には最高の2枚組でした。これから江戸は歌を聴こうという人には、間違いなくおすすめのCDです!


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『Booker Little and Friend』

Booker Little and Friend 1961年の夏に吹き込まれた、ブッカー・リトルが死ぬ数週間前のプレイを記録したレコードです。3管編成で、メンバーはBooker Little (tp), Julian Priester (tb), George Coleman (tsax), Don Friedman (p), Reggie Workman (b), Pete LaRoca (dr)。一線級のミュージシャンばかりじゃないか。将来を嘱望されていたんでしょうね。。

 レーベルが古き良きジャズを伝えるベツレヘム、ジャケットデザインは古臭いと言っていいほどに渋い…そんなわけで、古き良きジャズをやってるアルバムかと思いきや、モードやけっこう新しい語法も含んだジャズを展開しています。とはいえ、ニュージャズと言っていいほど尖っているかというとそうではなく、ハードバップのセッションの匂いも残しています。何となくですが、61年ごろのジャズの中でのバランス感覚がいいアルバムだと思いました。もっとカッコよく先鋭的なニュージャズ方面にも行けそうですが、そうすると従来のジャズファンから見放され、かといってもっと保守にすると時流に置いて行かれそうな中で、絶妙のバランスを取ったな、みたいな。
 演奏としては、「Lookin' Ahead」でのリトルさんのソロが僕は好き。曲では、最後の「Matilde」が、浮遊感をたたえた不思議なバラードで、何とも独特の余韻を残して好きです。でも、コンセプトが先行した部分を感じるのも確かで、モード調のものにしてもヘッド部分のアンサンブルにしても、口で説明して、あとは各自が個人練習してきて、合わせはレコーディングの時がはじめてだったんじゃないかと感じるところがありました。このメンバーでツアーかなんかに出てある程度バンドが馴染んで来たら、かなりおもしろいところまで行った音楽だったかも。

 ブッカー・リトルさん、タイムとかベツレヘムとかキャンディドとか、渋いレーベルに次々とリーダー作を残したもんですね。すごくいいプレイヤーだから、マイナーレーベルが売れる前に青田刈りをしたのかな?仮にそうだとしたら、リトルさんの早すぎる死は予想外だったでしょうが、それでもまだなの売れていない若手にリーダー作を作る機会を与えて、しかもここまでの作品を作ったんだから、小さなレーベルたちもリトルさんもいい仕事をしたんじゃないかと。それにしても「Matilde」はマジでいいなあ、ドン・フリードマン、最高だ。。


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『Booker Little 4 and Max Roach』

Booker Little 4 and Max Roach ブッカー・リトルは夭折した天才トランぺッターのクリフォード・ブラウンの後釜としてマックス・ローチの楽団に入ったところからジャズの世界への道が開けた…な~んて話をどこかで聞いたことがありますが、1958年に発表されたこのアルバムでは、すでにブッカー・リトルのリーダーバンドとマックス・ローチの共演盤という所まで来てます!いや~20歳そこそこでマックス・ローチとタメを張るって、やっぱり天才肌のプレイヤーは注目のされ方が別格だったんですね。アレンジもみんなリトルさんがやってますし、もし23歳で死んでなかったら、マジで相当なところまで行ったトランぺッターだったかも知れません。

 音楽は、けっこう保守的で落ち着いたジャズでした。他のプレイヤーも、トミー・フラナガンとかけっこう渋い人たちで、安定したハード・バップ的。ところが、ブッカー・リトルのペットのキレ味が流石すぎました。1曲目の「Milestones」にしても、2曲目の「Sweet and Lovely」(これはリトルさんのオリジナル)にしても、トランペットの演奏のキレが良すぎ、カッコいいです!
 ついでに、作曲でもリトルさんは3曲書いていて、「これから俺はジャズの世界でバリバリがんばるぞ!」と意気揚々だったんじゃないかと。その元気がビンビンと伝わってくるようで、実に爽快なアルバムでした(^^)。若いって、元気があっていいなあ。。

 思うんですが、ブッカー・リトルさんのレコードって、ジャケットが地味で古くさいものが多くて、それで損している気がします。実際のリトルさんの演奏って、ジャケットのイメージと違ってかなり新しい感じがするんですよね。もしジャケットがカッコよかったら、もう少しよく聴かれる事になったトランぺッターじゃないか、なんて思ったりして(^^)。


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『Booker Little』

Booker Little ドルフィーとの双頭コンボのライブ録音を聴いていたら、ドルフィーはもちろんですがブッカー・リトルの演奏に惚れてしまいました(^^)。そういえば昔も同じことを思って、中古屋でレコードを買ったことがあったな(ゴソゴソ)お、あった!Time 原盤の1960年録音です!ということは、ファイブスポットセッションの1年前ですね。メンバーは、Booker Little (tp), Tommy Flanagan, Wynton Kelly (p), Scott LaFaro (b), Roy Haynes(dr)。というわけで、たぶんブッカー・リトルさんのリーダー作で唯一のワンホーン・カルテット作品です。そして、スコット・ラファロの参加が光ってます!ビル・エヴァンス・トリオ以外でのラファロの演奏って、けっこう珍しいですよね。

 1曲目のテーマ部分からいきなり見事!アドリブに入るとかなりハードバップ的になるのですが、テーマ部分はニュージャズ一歩手前といった感じ。アルバム全体はハードバップ色が強めですが、ニュージャズ色強めの曲ありバラードありと、ダラダラとセッションしているのではなくて、しっかり構成されていてとても良かったです。

 そして演奏は…なによりトランペットの音と演奏がいいです!このレコード、トランペットの音がスパーンと通ってすごいです、これはたまらない…。ジャズのトランペットって、うまい人の音って抜けが良くてほれぼれしちゃいますよね(^^)。
 と思っている暇もなく、続くピアノソロもちょっとしゃれてることをやってました!どっちのピアニストか分かりませんが、たぶんフラナガンでしょう。ラファロさんのベースソロは…ああこれはメチャクチャうまいわ。。というわけで、リトルさんだけでなく全員すばらしかったです。

 サックスとは比較にならないほどトランペットって難しいらしくて、それだけに数も少ないですが、モダン・ジャズの名トランぺッターは全員オープンホーンでの音の切れにやられちゃいます。だってカッコいいんですもの。ブッカー・リトルさんは、僕の中ではクリフォード・ブラウンフレディ・ハバードまでは届かないにしても、大のお気に入りと言っていいほどにお気に入りのジャズ・トランぺッターです。そして、曲や録音を含めて言うと、個人的なブッカー・リトル最高傑作はファイブスポットではなくてこれ!あまり有名じゃない1枚かもしれませんが、これはモダン・ジャズの名盤と言い切って問題ないんじゃないかと!


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『Booker Little / Out Front』

Booker Little Out Front ファイブスポットでの双頭バンドと同じ1961年に吹き込まれた、ブッカー・リトルエリック・ドルフィーの共演作です。録音日が3/17と4/4ということは、ファイブスポットのセッションよりこのレコーディングの方が早いんですね。メンバーは、Booker Little (tp), Julian Priester (tb), Eric Dolphy (a.sax, b-cl, fl), Don Friedman (p), Art Davis, Ron Carter (b), Max Roach (dr) 、3管でした。ドルフィーとリトルはもちろん、僕の好きなドン・フリードマンやマックス・ローチも参加してる!そうそう、ブッカー・リトルって、たぶんマックス・ローチのバンドへ参加して名をあげたんですよね(^^)。

 僕はたぶんモダンジャズが大好きです。でも何でも好きというわけではなく、モダンジャズの定型に収まってるのに「なんだよ、またこれか」と思うものと「うおお、カッコいい!」と思うものに分かれるから不思議です。自分でもその境が何なのかよく分からないんですが、このアルバムは後者。このアルバム、語法は定型かもしれませんが、楽曲が工夫して書かれていて、そこが素晴らしかったです。2曲目の「Strength And Sanity」なんて、3管のアンサンブルだけで引っ張って、ブローイングコーラス突入直前でようやくピアノが入って…みたいに、かなり工夫がありました。3曲目の「Quiet, Please」は曲中で何度もテンポチェンジして緩急自在でカッコいい!!このぐらい曲に工夫が凝らしてあると、さすがに「なんだまたこれか」にならないですね、これは単なるジャム・セッションなんてアルバムではありませんでした、素晴らしい!!

 このブラスアンサンブル、やさぐれたブラバン出身者の書いたものとはとても思えないぞ…と思ったら、ブッカー・リトルはシカゴの音大卒で、元々はクラシック志望だったそうです。まあそうだよね、出音からして違うもんなあ。。楽器を演奏してよし、スコアを書かせて良しという素晴らしいペッターだったのに、リトルはリーダー作を大量にリリースしたこの1961年に病気で死んじゃうのでした。まさに人生これからという時に、なんと哀れな…。この頃のジャズマンって、ドルフィーもコルトレーンクリフォード・ブラウンもみんな早死にですが、当時ってそれぐらい死にやすい時代だったんでしょうか。それとも、ジャズマンだけなのか…。いずれにすても、これは演奏よりブラス・アレンジの見事さに耳が行く良いアルバムでした!高望みをするなら、アンサンブル・パートとアドリブ・パートがくっきり分かれすぎているので、そこをもっと自然につないでいるものも聴いてみたかった…それは言うのはタダ聴くだけでいい側の高望みですね(^^;)>。


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『ケージ:四季 レン・タン(prepaired piano) 他』

Cage_siki.jpg ドイツのジャズ・レーベルECM、クラシック・シリーズから出たケージ作品集です。収録されているのは全6曲で、制作年代がバラバラなので、ケージの作品を俯瞰するには持って来いの1枚と言えるかも。収録曲は、以下の通りでした。

・セヴンティー・フォー(オーケストラのための)ヴァージョン1 (1992)
・四季 (1947)
・プリペアド・ピアノと室内管弦楽のための協奏曲 (1950/51)
・セヴンティ・フォー(オーケストラのための)ヴァージョン2 (1992)
・トイ・ピアノのための組曲 (1948)
・トイ・ピアノのための組曲(オーケストラ版/ルー・ハリソン編曲)

 ケージの作曲技法の変遷でいうと、四季」と「トイ・ピアノのための~」は偶然性導入前の作品です。「四季」は、初期のケージ作品ですが、これがケージの作品だとはにわかに信じがたいほどに普通の作品です。なんだか日本の「さくらさくら」とか、ああいう感じの曲想なんですよ!でも、特に引っかかるものはなかったです(^^;)。
 「トイ・ピアノのための組曲」は、おもちゃのピアノのための短い曲。作曲としては、けっこう音符通りに弾く作品なのかな、と思いました。これは子どもの遊びにしか聴こえなかった(^^;)。同じ曲のルー・ハリソンによるオーケストラ・アレンジは、単純にこっちの方が、音が豊かなのでリッチでしたが、でも褒めるほどのもんじゃないかな(^^;)。。

 セヴンティー・フォー」はケージ晩年の作品で、ナンバー・ピースと言われるもののひとつ。これがこのCDでダントツに素晴らしかったです!!高い音と楽器群と低い音の楽器群のふたつのパートが、それぞれ指定されたひとつの音を、好きなタイミングで好きな長さを保って出すというもの。言葉で書くと単純に思えますが、これが実際の音になるとメッチャクチャ美しい!もしこれをピアノだけで演奏したら、オクターブ離れているだけの音は、音が溶け合ってしまって複数の音が鳴っているようには聴こえにくいと思うんですが、オーケストラ楽器だと違う音が積み重なってるように聴こえるから不思議。弦楽器なんかの微妙な音程差なんかも、そうなる要因なんでしょうか。そして、オクターヴ違う音は最も協和する音程だからか、果てしなく美しく聴こえるのです。これが2バージョン入ってるのは、プレイヤーに意図を投げているので、作曲としての偶然性があるために、2バージョン入れてその偶然性を示そうとしたのかも。

 プリペアド・ピアノと室内管弦楽のための協奏曲」は、偶然性の手法に入って以降の作品。主に数列を用いた作曲技法との事ですが、最初の2楽章はそれによって書かれているようなので、実際には偶然性かどうかは聞き手には分からないですよね。ただ、偶然性の有無に関わらず、サウンドのカッコいい音楽で、第2楽章のプリペアド・ピアノは相当に良い!そして、この曲で有名なのは第3楽章で、コインを投げてそれまでのチャートの組み合わせを決める、またそのまわりの32の異なる動きのどれを作動させていくかを決めるというもの。でも個人的には、偶然性の第3楽章より、そのまえの1~2楽章の方が面白かったです。

 というわけで、僕的には「セヴンティー・フォー」と「プリペアド・ピアノと室内管弦楽のための協奏曲」の1~2楽章をきくためのCDでした。そして、その両方に言えるのは、無作為とか偶然性とか、そういうところに感じたわけではなくて、無作為でも作為でも僕にとってはどうでも良くて、音楽としていいと思った所に感じたという事でした。そして、そのいいと思うところが、どちらも西洋音楽から外れた部分だった、と。でもそれは、西洋音楽がダメなんて意味ではまったくなくて、この音楽で良かった所が、たまたまそういう部分だったという事な気がします。
 アメリカの作曲家って、西と東でちょっと分かれる印象があります。東はヨーロッパ文化な所があって、西はヨーロッパ型の文化とまったく違うものを自由に生み出す感じ。これって音楽に限らず、美術もビート文学もそうですよね。ケージもロサンジェルス出身で、西の人。やっぱり個人というのは文化の中から出てくるんですね。ジョン・ケージの作品では僕的イチ押しCDです!


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『ケージ:鍵盤楽器のための音楽1935~1948 カースティン(piano)』

Cage_Kenbangakki no tameno ongaku 1935-1948_Curstin 曲が始まってから終わるまで楽器の音が1回も鳴らない「4分33秒」で有名な、アメリカ実験音楽の巨匠(または異端児)ジョン・ケージですが、カウエルやシェーンベルクに師事するという実に恵まれた作曲家だったことはあまり知られてないかも。そして、ヨーロッパ留学中は建築を学んで、絵画や詩作にも精を出したそうで、なるほどこれらが融合したら、たしかにああいう音楽が生まれるかも知れないとも思えますし、逆に音楽馬鹿だったら、ああいう音楽は作らなかったんじゃないかと。

 さて、これはケージのピアノ作品集で、演奏はジュリアード音楽院を出たアメリカ人ピアニストのジーン・カースティンです。ケージというと「偶然性の音楽」とか、音が一切ならない音楽とか、とっても難解(または人を食った?)なものを想像してしまうかも知れませんが、実際にこういうCDを聴くと狙いはかなりシンプルだったんだろうなと。「メタモルフォーシス」はシェーンベルクから教わった音列技法を使った習作そのものですし、「バッカナール」「トスト・アズ・イット・イズ・アントラブルド」「季節はずれのヴァレンタイン」あたりはプリペアド・ピアノの作品ですが、作曲技法は簡単なパターンとその構造化なので、実は構造がすごく分かりやすく、デタラメとか偶然性とか、そんなふうには聴こえないです。音楽も、「マルセル・デュシャンのための音楽」あたりは童謡みたいに単純ですし、「夢」なんて子供が書いたピアノ曲みたいにすごく純朴で素敵な曲。純音楽として何か追求したというよりも、ピアノをプリペアドしてみたり、自分が思った通りの事を何でも試して、色んな曲を書いてみたかっただけなんじゃないかなあ、単純に聴いていて楽しいです(^^)。

 ケージ以降、プリペアド・ピアノを用いた作品として、クラムのマクロコスモスとか、完成度の高い作品が書かれるようになりました。それに比べるとケージの作品はまだ黎明期特有のシンプルなもので、聴きやすいし分かりやすいです。僕にしてみれば、ケージにかこつけてでたらめな音楽をやって芸術家気取りな人も好きじゃないし、コムズカシイ理屈をつけてケージを語っちゃう批評家さんはもっと違うと思っちゃったりするんですよね(^^;)。『ソナタとインターリュード』以前のケージって、単に新しい音を使って音楽を楽しみたかっただけだったんじゃないかと。このCDを聴く限り、ケージさんが音でそう語っているようにしか思えない僕なのでした(^^)。


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プロフィール

Bach Bach

Author:Bach Bach
狭いながらも居心地のいい宿で、奥さんとペット数匹と仲良く暮らしている音楽好きです。若いころに音楽を学びましたが、成績はトホホ状態でした(*゚ー゚)

ずっとつきあってきたレコード/CDやビデオの備忘録をつけようと思い、ブログをはじめてみました。趣味で書いている程度のものですが、いい音楽、いい映画、いい本などを探している方の参考にでもなれば嬉しく思います(ノ^-^)ノ

最近気になってるCDとか本とか映画とか
ロシアとウクライナがほぼ戦争状態に入りましたが、僕はソ連解体後のウクライナについて本当に無知…。これは2016年にオリバー・ストーン監督が作ったウクライナのドキュメンタリー映画。日本語字幕版が出たらぜひ観たい このブログをYoutube にアップしようか迷い中。するなら作業効率としては早いほど良いんですよね。。その時にはVOICEROIDに話してもらおうかと思ってるけど、誰の声がいいのか考え中
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