
世界に冠たるスタジオジブリのプロデューサー・鈴木敏夫さんが書いた、
ジブリの映画制作秘話です。鈴木さんは元々徳間書店に勤務して月刊誌『アニメージュ』の編集長をしていて、そこからジブリに移った人なのだそうです…なるほど、このパイプで徳間とジブリの繋がりが強いのか。そしてこの本、読んでいて心を動かされた事、人生の勉強になった点などがいっぱいありました。読んでよかった!ところで、僕が特に好きな作品は、宮崎さんの映画作品では『ルパン三世カリオストロの城』、
『風の谷のナウシカ』、『魔女の宅急便』。高畑さんでは『じゃりン子チエ』なんですが、カリ城とじゃりチエに関する記載は無し。恐らくどちらも鈴木さんが制作に絡む前だったんでしょうね。
この本を読んで特によかったと思ったところは、それぞれの映画制作の裏話なんてところじゃなくて、
高畑さんと宮崎さんの仕事に対するプロフェッショナル意識を伝えてくれている所。読んでいて、「俺もがんばるぞ!」と、力を貰えたんです!
■宮崎駿さんと庵野秀明さんのプロフェッショナル 最初の感動は、宮崎さんや高畑さんの仕事に対するプロフェッショナル度。宮崎監督は、映画「風の谷のナウシカ」制作にあたって、制作期間が短かかったから「6ヶ月間、元旦以外は土日も休みなしで働こう」といってスタッフ全員無休で突っ走ったそうです。そしてその期間、
宮崎監督は朝9時から夜中の3時4時までデスクに向かって仕事をし続けていたそうで。
こういう仕事ぶりは、ナウシカの制作にアニメーターとして参加していた庵野秀明さんも同様。
アニメの仕事をしたくて鞄ひとつで東京に来た庵野さんは、宮崎さんと同じぐらい働いて、仕事が終わると仕事机の下で寝ていたそうです。
雇う側の人間がこういう姿勢でいいとは思いませんが、リーダーや作る側の人間のメンタリティはこうありたいと思わされました。金のためだけに働いている人は、絶対にこういう姿勢は取れないはず。なぜそれを創るのか、それを作る事は何を果たす事なのか…こういうところまで進んだ人じゃないと、こういうメンタリティになれないと思うのですよね。これを読んで、「今日は正月だから」「今日は疲れたから」「今日は妻の誕生日だから」と、やるべき仕事が残っているのに簡単に休んだりやるべきことを先延ばししたりして、いつの間にか「人生最大の課題」ですら簡単に後回ししてしまうぐらい緩んでしまった自分を鞭打つことが出来ました。それだけでも読んで良かった。。
■高畑勲さんのプロフェッショナル 高畑さんのプロフェッショナル精神は別のところ。
いいものを作るためには徹底して考え付くし調べつくして、予算が超えようとも期日が過ぎようとも妥協しないんだそうです。映画制作がそれでいいかどうかはさておき、いい物を作るためには生半可では折れない姿勢、ここにもリスペクトしかありません。やっぱりどの世界でも頂点に立つ人は違うなあ。。
■鈴木敏夫さんのプロフェッショナル そして、プロデューサーの鈴木さんのプロフェッショナルぶりもものすごく勉強になりました。徳間書店に勤めたころの鈴木さんは「週刊アサヒ芸能」の記者になったそうです。そこでは、やくざへの取材で血まみれになったり、警察に呼ばれたり。あるいは、仕事をものにするため、博打好きのある宣伝部長と一晩いっしょにチンチロリンをやって10万円負ければ、話ぐらいはきいてくれるようになるんじゃないか、みたいな。つまり、仕事を成立させるために命がけなのですね。
仕事の面で借金を出来る人ってすごいと思いませんか?例えば、
円谷英二がウルトラマンの特撮を撮影するために、当時にしてウン億円のオプティカル合成機を買ったとか、
アントニオ猪木が新しいプロレス団体を作るために数千万の借金をしたとか。これって、失敗したら自殺もんじゃないですか。でもそれをやってしまう度胸というのは、死んでもやり遂げるという覚悟が出来ているからだと思うんですよね。宮崎さんはちょっと違うみたいですが、
高畑さんと鈴木さんは「これをやり遂げる事ができたら死んで本望だ」という覚悟が出来ていたんじゃないかと思いました。これは見習うべき事で、やたら覚悟をすればいいというもんじゃなくて、本当に
自分の人生をかけるに値する事に挑戦しているかどうか、ということなんじゃないかと思いました。
■他にも色々と学びが多かった そのほかにも、この本から学んだ事は多かったです。
「アニメージュ」編集長になった鈴木さんは、映画版「じゃチエ」制作中の高畑さんと「カリ城」制作中の宮崎さんに毎日会いに行くことになったそうですが、そこで「
これほどまでに働くのか、今や“作家”はこんなところにいるのかと思った」んだそうです。
ナウシカ撮影が終わった後、宮崎さんは「もう監督はしたくない」といったそうです。理由は、
いい作品を完成させようと思ったら、机を並べていた人にも厳しく当たらなくてはいけなくなるので、人との関係を壊してしまうから。でもこれって裏を返すと、いい物を作るためには妥協しないということですよね。
「千と千尋の神隠し」の前に、宮崎監督は「煙突描きのリン」という映画の制作準備を1年近く続けていたそうです。でもそれが出来ないと見るや、あっという間にその制作から手を引いたそうです。音楽をやっていると、長い時間をかけて書いた曲がどうにもうまくない時ああリます。うまくないと思っているのにずっと作っていたものだから捨てられずにアルバムに入れたりしちゃったり。でも、本当に「俺は傑作アルバムを作るんだ」という覚悟が出来ていたら、そこで捨てられると思うんですよ。宮崎さんはその覚悟が出来てるんだろうな、みたいな。
鈴木さんの映画観。戦後のある時期まで、日本映画のテーマの多くは貧乏とその克服だった。でも一億層中流階級時代になってからは貧乏がテーマたりえなくなった。そこで映画のテーマが「心の問題とその克服」になっていった。「千と千尋~」を千尋の恋愛ではなくカオナシを売りとしたのはそれが理由…なるほど。
劇場から見た映画のヒットのさせ方。今はひとつの劇場で複数の映画を上映できるようになりましたが、昔はひとつのスクリーンでひとつの映画。そのころは、日本には3400ほどのスクリーンがあって、うち大勢の客が入れるのは300ぐらい。この300で興行収入の半分ぐらいをあげたんだそうです。だから、作品の面白さや人気も勿論あるけど、この主要300スクリーンを押さえれば確実にいい数字は出る…なるほど~!
移動時間の暇つぶしに読もうと思って買った本でしたが、実に学びが多かったです。そして、この本を読む限り、宮崎さんが本当に作りたかった映画は「ナウシカ」だけだったんだな、と思ったり。たしかに映画を観ればそうなんだろうなと思いますしね。これは宮崎駿さんや高畑勲さんやジブリのアニメのファンだけでなく、音楽を含むクリエイターさんには学びの多い一冊じゃないかと。読んで本当によかったです!