
1988年にCRIが発表した、アメリカの現代音楽作曲家
ミルトン・バビットの作品集です。
バビットは数学者でもあって、セリー音楽を発展させた厳格なトータル・セリーに踏みこんだ最初の人とも言われています。
バビットの編み出したMusical Set Theory(ピッチクラス・セット理論)という作曲理論は有名ですが、残念ながら僕はこれを勉強していません。トータル・セリーへの踏み込みという意味ではブレーズあたりより早かったと思うのですが、僕がそのへんの音楽の勉強をしていた90年代前半の日本では、バビットさんの音源はなんとか聴けても理論はほとんど紹介されていなくて、音楽辞典やディスクレビューの端っこにその作曲理論の概略がチョロっと書いてあるだけ、みたいな。ピッチクラス・セット理論って、12音音楽であっても音列技法ではないんですよね、たしか。今ではこの技法の研究本の邦訳も出ているのですが(『無調音楽の構造: ピッチクラス・セットの基本的な概念とその考察』アレン・フォート著)、中古で安く出たら買おうと思っているうちに数万円の値がつく高額になってしまいました(^^;)。。
このCDの背表紙に実際に記されているタイトルは「Milton Babbitt」のみ。いろんな時代の色んな編成のバビットの作品が収録されていたので、きっと「バビットの音楽を時代や編成の偏りなしにザックリ知りたい人のために」みたいな制作意図があったんじゃないかと。
どの時代にせよ、バビットの音楽は無調的ですが、後期(1980~)はセリー的な構造の中にも調を感じさせたものが目立っていました。こういう表現が正しいかどうか分かりませんが、グルッペンとかフェルトと言われた技法に近いのかな?
一方、より無調的だった初期(~1960)は12音列技法系列の技法とそれを自分で数学的に発展させていた頃。中期(1960~80)は電子音楽に踏み込みながら生楽器との可能性を探った時期みたいです(『作曲の20世紀』第2巻の水野みか子さんによる)。
このCD、ざっくりいうと4つのパートに分かれていました。第1は中~後期の合唱曲、第2は全期間のピアノ曲、第3は後期の室内楽、第4は中期の電子音伴奏の歌でした。
「
An Elizabethan Sextette」(1979) は6パートに分かれた無伴奏合唱。バビットってガチガチのセリー主義者で無調の徒みたいな人かと思ってましたが、これはかなり調を感じる曲でした…まあでも世間一般的に言えば無調か(^^)。最初に聴いた時はピンとこなかったんですが、でも瞬間ごとの構造性は相当なもので、こういうところは理論ガチガチに作ったものはそれ相応の強度が生まれるなあと感心しました。だって、これだけ聴き慣れない音でも構造美を感じるんですから。
ピアノソロ作品は、 7曲目から11曲目までの5曲。うち4曲は長くても2分半というショート・ピース、残りの1曲「About Time」は12分ほどの曲でした。全体として言えば、演奏(ピアニストはAlan Feinberg…よくこんな曲弾けるな、すげえ^^;)や録音が良かった事もあるのでしょうが、細密画のように綿密に出来ていて感心しました。でもこれって演者の巧みな演奏表現に助けられたところもあったかな?そうじゃないと、ぜんぜん音が音楽的に響いてこなかった気も(^^;)。
ピアノソロの中でも特に面白く感じたのは、「
Minute Waltz (or) 3/4 ± 1/8」(1977)
「It Takes Twelve to Tango」(1984) 「
Playing for Time」(1977) で、これらも例によって調と無調の間ぐらい。もしかして音列技法ではない12音音楽のピッチクラス・セットって、こういうものを生み出す理論なのかな、と思ったり…やっぱり勉強したかったな。。
「
Groupwise」(1983) は室内楽で、編成はviolin, viola, cello, piano, flute(フルートはピッコロやアルトフルートと持ち替え)。聴いた感じだと、恐らくフルートが主の曲かも。
「
Vision and prayer」(1961) は、電子音とソプラノによる曲でした。詩はディラン・トーマスの手によるもの。60-70年代のバビットといえば電子音楽にも走った時期ですが(アコースティック楽器のための曲も、この曲みたいに電子音とアコースティックの共存した曲もあります)、その理由は、あまりに厳格なセリー音楽に走ったもんで演奏困難になり、だったら電子音楽に走っちゃえ、みたいな(^^)。
この曲の電子音、僕にはピアノの代用のように聴こえました。そして、なるほどこれをピアノで演奏しろと言われたら難しすぎてみんな演奏しないだろうな、みたいな(^^;)。面白いのは、せっかく電子音を使ったのに、音色やダイナミクスにはまったく無頓着だったことで、バビットさんって音高と音価にしか興味がないんじゃないかと思ってしまいました。それでも面白く感じられたのは、ソプラノのBetthany Beardslee という人の表現力が高いから。
シェーンベルク『月に憑かれたピエロ』のシュプレヒシュテンメみたいに歌われるところもありました。やっぱり電子音楽って電子音だけだと限界ありますね。
全体を通して思ったのは、さすがに瞬間ごとの音の組織化はかなり堅牢、ここは今の作曲にも大いに参考にできると思いました。一方で、大きなクライマックスがあるわけでも、ある調的重力に一気に傾くわけでもないので、頭で考えただけの音楽すぎて感覚的な歓びが薄いな、とも思ったり。最初はこういう所から始まって、途中で一気に同じ音の連打になってクレッシェンドしていったりしたらすごくカッコよくなるんじゃないかな、な~んて思ったりもしましたが、そもそもそういう人本主義的なものとして音楽を捉えてないんでしょうね。だから、「音楽とは何か」という根本的なところで、数学的な音楽に同調できない人には合わないだろうし、構造への挑戦みたいな所に魅力を感じる人には面白い音楽になるかも…それだってかなりのソルフェージュやアナリーゼの能力がないと、初期や中期前半の音楽はおぼろに予感するぐらいしか分からない気はします。音楽能力の低い僕が気に入った曲は後期寄りのものばかりだったのは、そういう理由なのかも。それでも最初は「難しい音楽だな」と思いましたが、引っかかるものはたしかにあって、「あれ?これってどういう事だろ」と2回3回と聴けば聴くほど好きになっていく自分がいました。
「Vision and prayer」をバビットの最高傑作にあげる人もいるぐらいだし、
いろんな時代のいろんな編成のバビットの音楽が聴けるので、バビットを1枚で済ませたい人には最善のCDじゃないかと!