fc2ブログ

心に残った音楽♪

おすすめCDの紹介のほか、本や映画の感想などを (*^ー゜)v

 

Category: 未分類   Tags: ---

Response: Comment: 0  Trackback: 0  

あのギターは実にロックでカッコよかった…シーナ&ザ・ロケッツの鮎川誠、逝去

AyukawaMakoto.jpg 2023年1月29日、シナロケのギタリスト・鮎川誠さんが膵臓がんで逝去したそうです。このブログでもシーナさんが亡くなった時に思い出をひとつ書いたことがあったので、とうとう夫婦であちらの世界に行ってしまったんですね…。自分が影響を受けた人がまたひとり、この世界から去ってしまいました。なんとも言えない気持ちです。

 僕が初めて聴いたシーナ&ザ・ロケッツは、シングル曲「ユー・メイ・ドリーム」。小3か小4の頃でした。僕は自分がそのぐらいのタイミングで幼年期から少年期に入った実感を持っていて、聴く音楽にもそれがあらわれていたように思います。アニメやヒーロー番組の主題歌ばかりを聴いていたのが、YMO やもんた&ブラザーズ、中島みゆき、そしてシナロケあたりを聴くようになったんですよね。これってテレビ番組「ザ・ベストテン」や、自分や友人の年の離れた兄や姉の影響でしたが、そこには小学生の自分には真似出来ない遊びや音楽という文化を持っている、お兄さんお姉さんたちへの憧れもありました。そしてその頃の日本のチャート音楽は、プロのご年配の作曲家がリスナーの需要に合わせて作った物ではなく、実際にお兄さんお姉さんという若い人が、自分が良いと思う音楽を自分で作り上げていたんですよね。本当の若者文化だったんです。シナロケも山下達郎もユーミンもみんなそう。キラキラ輝いて見えました。

 つまり僕にとってのシナロケや鮎川さんって、まずは少年から見た青春期のお兄さんおねえさんへのあこがれだったんですよね。僕にとってはシーナさんも鮎川さんも、ずっと20代前半のお兄さんお姉さんというイメージのまま。それが74歳で永眠とは、時の流れを感じずにはいられません。

 ギタリストとしての鮎川さんについて言うなら、ポップな「ユー・メイ・ドリーム」ではなく、もっとロックな音楽を体験したことがありました。詳しい事はいずれまた書いてみようと思いますが、簡単にいうとその切れ味とひとりオーケストラの凄みは「ユー・メイ・ドリーム」ではなく、ひとりでバンドのオーケストレーションを支えてしまうパンク系ロック・バンドの名ギタリストそのものでした。ドクター・フィールグッドのウィルコ・ジョンソン、ルー・リードのバンドにいた頃のロバート・クイン、ストゥージズにいた頃のジェームズ・ウィリアムソンなど、そういうレベルのギタリスト。これだけ弾けたらギターとヴォーカルだけで成立してしまうんだろうな、と思ってしまうほどの凄さと、ロック的な粗っぽさを併せ持ったギタリストでした。

 いずれにしても、自分が幼年期から脱皮した瞬間に憧れた文化を作っていた人のひとり。天国でシーナさんとずっと仲良く暮らしてください。ご冥福をお祈りします。


スポンサーサイト



Category: CD・レコード > ジャズ   Tags: ---

Response: Comment: 0  Trackback: 0  

『Wayne Shorter / Moto Grosso Feio』

Wayne Shorter Moto Grosso Feio  1970年4月/8月録音(74年リリース)、アルバム『Odyssey of Iska』の半分のセッションとほぼ同時期に録音され、ブルーノートから発表されたアルバムです。ところがリリースは4年後…かなりフリーだし妖しい雰囲気の音楽なので、レーベルは売れないと思ったんでしょうね(^^;)。メンバーは、ショーター (t.sax, s.sax)、ジョン・マクラフリン (12strings g)、ロン・カーター (b, cello)、デイブ・ホランド (ag, b)、チック・コリア (marimba, dr, pecc)、ミシェリン・プレル (dr, perc)。

 かなり妖しい雰囲気で、整理されていない音があっちこっちからバシバシ飛んできて刺激的!これはカッコいいっす。作曲と即興の割合が1:5ぐらいでしたが、この比率が音楽のカッコよさに繋がっていると感じました。
 妖しさの半分は、曲自体が妖しいからだと思いました。1曲目なんて古楽やファドを想起してしまうような曲想でしたが、それが妙な音階を遣ったりするもんだから「あれ?黒魔術かな?」なんて思ったり(^^;)。妖しさのもう半分は、即興演奏の手が速く、整理されていない音がバシバシくるので音を整理する聴く側のやることが多く、これが実に刺激的だから。これって即興演奏の魅力のひとつですよね。作曲だとこうはいかないっす。
 それでもデタラメにならずに音楽がしっかりとしているのは、作曲してある部分と、センターのショーターがかなりしっかりと曲の統一感をキープし続けてるからだと思いました。これで音楽の方向性がしっかり保てているんだな、みたいな。でも作曲と言ったって4小節か8小節ほどしか書いていないものが多くて、それもメロとコードだけ書いてあるだけじゃないかと思えました。それと引きかえに、即興演奏の刺激が強力でした。

 考えさせられたのは、リズム型や和声デザインのない完全なフリーになる場所があって、そうなると突然プレーヤーたちが音の探り合いになって音楽が止まっていた事。このぐらいのメンバーでも完全なフリーではうまくいかないんですね。それがちょっと共通言語を用意するだけで、みんなその言語をつかって饒舌に語り始めるんだから、「形が崩れないぎりぎりの約束の上での即興演奏で、音楽のムードとドラマをモノにする」というのがこの音楽。このメンバーだと、その裁量のブレンド具合が作曲と即興で1:5ぐらいだった、みたいな。

 『Super Nova』から連なるこの時期のショーターの音楽は圧倒的。これを聴いたら、ことショーターに関してはウェザー・リポートなんて子供だまし、偉い人にはそれが分からんのです。そして…ブルーノート・レーベルって、60年代中ごろに創業者のアルフレッド・ライオンが抜けたじゃないですか。それでも本作を含む60年代後半のブルーノート・レコードに硬派な作品がけっこうあるのは、ライオンと共にブルーノートを維持してきた盟友フランシス・ウルフの頑張りと、プロデューサーとしてピアニストのデューク・ピアソンを起用したからじゃないかと。スポンサー社長が作品に口を出さず、現場にちゃんと音楽の分かるプロを置いたのが、こういう素晴らしい音楽を記録できた要因なんでしょうね。でもって、『Odyssey Of Iska』と本作はデューク・ピアソンのプロデュース。音楽面での妥協がまったくなかったのは、こうしたスタッフリングにもあったのだと思います。これも素晴らしい音楽、おすすめです!


Category: CD・レコード > ジャズ   Tags: ---

Response: Comment: 0  Trackback: 0  

『Wayne Shorter / Odyssey of Iska』

Wayne Shorter Odyssey of Iska  1970年8月録音(71年リリース)、ウェイン・ショーターのリーダー・アルバムです。先に書いておくと、クソカッコいい音楽でした!このアルバム『Odyssey of Iska』、これの姉妹盤『Moto Grosso Feio』、その前の『Super Nova』の3作こそ、ウェイン・ショーターの最高到達点だと僕は思っています!
 メンバーは、ショーター(t.sax, s.sax)、ジーン・ベルトンチーニ(eg)、デイヴ・フリードマン(vib, marimba)、ロン・カーター、セシル・マクビー(b)、ビリー・ハート、アル・ムザーン(dr)、フランク・クオモ(perc)。ギターのジーン・ベルトンチーニという人、僕は知りませんでしたが、このアルバムでの役割はほとんどエレクトリック・マイルス参加時のジョン・マクラフリンみたいでした。

 大まかにはモード・ジャズをさらに推し進めた先に到達したフリーと、ボサ・ノヴァ。フリー色の強い曲をモード通過後と表現したのは、いきなり即興ではなくて元になる和音の指示があったと思えるからで、そこからスケールなり何なりを各自引き出して即興演奏しているように聴こえたからです。
 前年録音『Super Nova』がそうでしたが、フリーとボッサはどちらかだけを演奏しているトラックもありましたが、融合しているものもあるのが凄かったです。フリーとボッサって水と油に思えますが、これが実際にやってみると素晴らしくてびっくり。コロンブスの卵ですね、こんなにジャジーで激しいドラミングのボッサって…ありです、すっごくカッコいい!

 こういう音楽を演奏出来るのは、和音のスケール分解や、スケールというよりもっと直感的な和声イメージからインプロヴィゼーションを引き出せているからだと思うんですが、この時期まで来るとそれが出来るぐらいのレベルまで来たミュージシャンがこれだけ育ったという事なのでしょうね。60年代ジャズの進化が結実している感じ。もちろんショーターがその筆頭で、M2「Storm」のアドリブなんて見事という他ありません。単にスケールや和音を鳴らしているわけではなく、きちんと軸になるメロディを作り、それを発展させることで音楽を構造化してるんですよね。

 いま聴くと、マイルス・デイヴィスのエレクトリック・バンドとの繋がりを感じますが、このアルバムを初めて聴いた音大生の頃、僕はエレクトリック・マイルスで琴線に触れる音楽にはまだ出会っておらず(69年『Bitches Brew』までで聴くのをやめてしまい、超重要な70年をまったく聴いてませんでした^^;)、このモードを拡張した先のフリー、みたいな音楽はチック・コリアやウェイン・ショーターが切り拓いた道だと思っていました。実際にはどうなんでしょうね。僕がウェイン・ショーターのアルバムで一番好きなのがこれです、大推薦!


Category: CD・レコード > ジャズ   Tags: ---

Response: Comment: 0  Trackback: 0  

『Wayne Shorter / Super Nova』

Wayne Shorter Super Nova ウェイン・ショーターは69~70年がキャリア・ハイだと僕は思っています。この頃はマイルス・デイヴィスのエレクトリック・バンドがまだ積極的な音楽に挑戦していた時期で、ショーターも『Live at the Fillmore East』などに参加していました。そして、ハードバップから完全に逃れたショーター黄金期のリーダ・アルバムの始まりとなったのがこれ、69年録音の『Super Nova』です!

 このアルバム、1曲だけジョビンのボッサ・ナンバーが入ってるんですが、それを除けばフリー・ジャズに近いインプロヴィゼーションでした。でもメンバーがメンバーだし、ショーター自身の出自もあるので、フリーと言ってもジョン・コルトレーンセシル・テイラーのような方面ではなく、モード・ジャズを踏まえた上でアプローチした音楽でした。マイルス・バンドに参加する前のチック・コリア『Is』とか、それこそある時期のエレクトリック・マイルスとか、あっち系ですね。
 でもそうなるのは当たり前と言えば当たり前で、メンバーがそのへんのバンドと重複しているんですよね。ボッサ曲を除けば、ウェイン・ショーター(t.sax)、ジョン・マクラフリン(g)、ソニー・シャーロック(g)、ミロスラフ・ヴィトゥス(b)、ジャック・デジョネット(dr)、チック・コリア(dr, vib) ですからね。しかしチック・コリアはピアノでもエレピでもなくドラムとは…。

 そして、こういった「モード・ジャズ通過系フリー」で僕が最初に感激したのが、ショーターの『Super Nova』と『Odyssey of Iska』という2枚のアルバムでした。チック・コリア『Is』はまだ経験していなかったし、『Circle』はむしろアンソニー・ブラクストン色の強いものでモード系とは捉えていなかったし、エレクトリック・マイルスは『Bitches Brew』や『In a Silent Way』や『アガルタ』あたりしか聴いていなくて、ちょっとつまらないと感じてました。ところがこのショーターの音楽と言ったら、全身が痺れました。

 どこが素晴らしいのかというと、フリーでありながらそれぞれの音楽の方向性も色もはっきりしている事です。方向性がはっきりしている上でルールに縛られ過ぎずに自分が得意な事をかましてくるわけですから、そりゃカッコよくなりますわな。ついでに、この自由度の高さが、聴く人自身が自分でより積極的に音を構造化する必要を生むわけで、聴いている側としては最高の音楽体験でした。ハードバップもヘヴィメタルも演歌も、あまりに最初からフォルムを用意し過ぎで、聴く前から何もかも分かり過ぎて、創造的に聴くという喜びが薄いんですよね。これが、聴く側が音を組織化すること自体が出来なくなるほど複雑なタイプの現代音楽になると行き過ぎで、複雑ならいいってもんでもないと思うんですが。

 そして、これだけ自由度が高いのに音楽を見事に統合できている一番の理由は、ウェイン・ショーターのインプロヴィゼーションの方法論にあるように感じました。ポスト・バップっぽいモード系新主流派ジャズをやっている頃のショーターのアルバム『Adam's Apple』の感想を前回書きましたが、その時に僕はこのジャズ・ジャイアンツに対して「アドリブの組み立てが下手」みたいなことを書いてしまいました。ところがこのアルバムでのショーターのアドリブは、勢いもさることながら組み立てが見事で、ショーターのサックスを軸に音楽が構造化されていくんですよね。
 その最たる例が冒頭曲「Super Nova」で、フリーキーなナンバーながら、明らかな第1主題と第2主題を持っています。そしてアドリブではこれを発展させ、また対立部を作り…という形で音を組織化していくんですよね。先にフォルムを用意していたポスト・バップ期にはそのフォルムの上でピロピロと音を出す事しか出来ていなかったのが、フリーになるとその中で音を構造化していくんですから、ショーターは65年から69年の間に大きなブレイクスルーを起こしたのではないでしょうか。でもって、この時期ってマイルス・デイヴィスのバンドに参加していた時期と一致するんですよね。

 もうひとつの素晴らしさは、間にカルロス・ジョビン作曲「Dindi」を挟んだ事。ヴォーカルの入ったこの曲だけがアメリカン・ソングフォーム形式の曲で、アルバム全体に変化をつけていました。ところでこの曲、ショーターは作曲もしていなければ演奏にも参加していないんですよ。だから、ショーターは全然関係ないんですよね。それなのになぜこれを入れたかと言えば、僕には「アルバム構成上の問題」以外の理由が思いつきません。こういう鳥瞰的な捉え方を出来る事が、ショーターのアドリブの変化とまったく一致している所だとも思います。

 これだけべた褒めしておいてなんですが、若い頃の僕はこのアルバムを完全に食わず嫌いしていました。ジャケットもアルバムタイトルも、なんだかクソダサく感じたんですよね(^^;)。それなのに何故このアルバムに手を出したかというと、ショーターがよ翌70年に録音したアルバム『Odyssey of Iska』を聴いて衝撃を受けたからでした。これがまた素晴らしいんですが、その話はまた次回!


Category: CD・レコード > ジャズ   Tags: ---

Response: Comment: 0  Trackback: 0  

『Wayne Shorter / Adam's Apple』

Wayne Shorter Adams Apple 1966年録音(67年リリース)、テナーサックス奏者ウェイン・ショーターのリーダー・アルバムです。この頃と言えばショーターはハービー・ハンコックと共にマイルス・デイヴィスのバンドにガッツリ参加していた頃ですが、よくそんな多忙な時期にリーダー・アルバムを大量に出せるもんだ…と思ったら、さすがに66年録音はこのアルバムだけみたいです。編成はカルテットで、メンバーはショーター(t.sax)、ハンコック(p)、レジー・ワークマン(b)、ジョー・チェンバース(dr)。

 大まかに言えば、構造や形式はバップで、サウンドだけが新主流派風の音楽でした。60年代のブルーノートって、こういう音楽を猛プッシュしていました。若い頃の僕は、この手の音楽のサウンドには大変な魅力を感じていたんですが、どうにも煮え切らない音楽にも思えたんですよね。このアルバムなんてその典型で、サウンドはメッチャかっこいいのに面白いと思えない…みたいな。
1曲目はまるでソウル・ミュージックのようなホンキートンクな3コードブルース。こんなファンキーな事していて大丈夫なのか…と思ったのも束の間、2曲目以降はフォースビルド気味なハンコックのピアノの和音が激烈にモダンなモーダルで新主流派ジャズ調、ハンコックってやっぱすげえわ。なんでこういう事が出来るのに、産業音楽でバイトばっかりするようになっちゃったんですかね…。3曲目はリズムはラテンだけどサウンドはやはり新主流派調。でもって「Foot Prints」…あれ?これってマイルス・デイヴィスパット・マルティーノが演奏していたのを聴いた事がありましたが、ショーターの曲だったんですね。そう言えばそうだった気がしてきました(^^;)。

 かようにして、自分がモードだとか楽式とか、和声を含めた作曲面での技法ばかりが耳に入ってきて、ショーターの演奏がぜんぜん耳に入ってこない事に途中で気がつきました。それって、実はショーターのブルーノート移籍からずっとそうかも。
 ここでいう「耳に入ってこない演奏」って、60年代当時の時流に乗った新しいジャズの形式に対応できる能力があるかどうかだけじゃなくて、アドリブをしながら音楽を構成する能力があるかとか、そういうものを含めての能力の事なのかも知れません。デュナーミクを例にとると、このあたりまでのショーターの演奏って、曲のどこを切り取っても同じ音量だと思いませんか?つまり表現の枠に音量という概念自体を持っていないのではないかとすら疑ってしまいます。この傾向はデュナーミクだけではなくアドリブでのメロディの組み立てもそうで、あるテーマを作ってそれを膨らましていくとか、そういう「ドラマチックに創る」という作曲的な視点がショーターのアドリブには欠けている…偉そうなこと言ってスマヌス。

 このアルバム、なかなか新しいサウンドを生み出したかなりカッコいいジャズだと思いましたが、その魅力がどこにあるかというと、実はショーターではなくハービー・ハンコックのアプローチであって、僕はショーターの音楽でハンコックに感動していたのではないかという気がしてきました。『Speak No Evil』だってそうだったのかも知れません。でも、ウェイン・ショーターがアドリブの構成がずっと下手なままだったかというとそんな事はなく…その話はまた今度!


Category: CD・レコード > 日本のロック・ポップス   Tags: ---

Response: Comment: 0  Trackback: 0  

『弘田三枝子 / マイ・ファニー・ヴァレンタイン』

HirotaMieko_MyFunnyValentine.jpg 1976年発表のアルバムです。『ニューヨークのミコ』での弘田三枝子さんのジャズ・ヴォーカルに感激した僕は、いかにもジャズ・アルバムっぽいタイトルのこのアルバムを見つけるや、夢よもう一度とばかりに即買いしてしまいました。バンドはピアノ/エレピの鈴木宏昌さんがバンマスを務めるセクステット。セクステットとは言っても3管ではなく、パーカッションとギターが入ったワンホーンでした。

 「マイ・ファニー・ヴァレンタイン」なんてタイトルだからすっかりアコースティックのストレートアヘッドなジャズかと思っていたら、クロスオーヴァー調でした。「What's Going On」もやってるんだから、買う前に気づけよ、俺 (^^;)。でもそれでオケがつまらなかったかというとそんな事はなく、かなりいい感じでした!クロスオーヴァーってあのサウンドがいい方に出ると、すごくムードがあっていいんですよね(^^)。

 ただ、ミコさんのヴォーカルがしっくりきませんでした。「マイ・ファニー・ヴァレンタイン」や「There will never be another you」みたいな大人の詞やなかなか大人の演奏をしているオケなのに、声がマッチしません。すごく蓮っ葉で…そうか、口を横に開きすぎるからOよりEが強くなって水前寺清子みたいな声になって色気が出ないんだな。想像してみてください、マイ・ファニーが水前寺清子みたいな声で歌われるのを…ね、嫌でしょ(^^;)。なんで『ニューヨークのミコ』ではあんなにいい声を作れていたのにこうなった…よもや大好きなはずのミコさんのヴォーカルが歌の足を引っ張るとは思ってもいませんでした。。

 このころの弘田さんはアラサー。弘田さんっておばあちゃんになってからも若作りして人魚の格好をしたり、精神年齢が低い人だったのかも知れません。女性も、年齢なりにいい年の取り方をしないといけないと思うんですよね。美魔女とかいっていい歳したババアが20代みたいな若作りするのはアタマ空っぽですと言ってるようなもの。もっと吉永小百合や美智子妃殿下やグレース・ケリーのような教養と品のある歳の重ね方をしてほしいっす。男だってそうですよね、いい歳してウルトラマンのソフビ集めてたら寒いじゃないですか。これは自戒しておこう…。


Category: CD・レコード > ジャズ   Tags: ---

Response: Comment: 0  Trackback: 0  

『弘田三枝子 / ニューヨークのミコ Miko in New York』

HirotaMieko_New York no Miko 1966年発表、弘田三枝子がニューヨーク録音したジャズアルバムです。伴奏はビリー・テイラー・トリオで、完全なアコースティック・ジャズ。先に伝えておきたいのは、このダサいジャケットとは似ても似つかぬ素晴らしすぎる音楽と歌唱だった事です。

 うわああああマジで素晴らしい、なんだこれ…。声はミックスヴォイスで見事に作り上げられたジャズヴォイス、歌えばヴィブラートもスキャットも素晴らしすぎて鳥肌もの。スキャットでのヴォーカリーズのアドリブなんて、それでワンコーラス通してしまうほどの本格派、本当にすばらしかったです。そういえばエラ・フィッツジェラルドが日本公演に来た時、前座で歌ったミコさんを見て「養子にしてアメリカに連れて帰りたい」と言ったそうですね。アメリカ人のいう事だからリップサービス半分にしても、このジャズ・ヴォーカルを聴いたらあながちお世辞だけじゃなかったんじゃないかと思ってしまいました。これは八代亜紀や中森明菜やMISIA が歌ったなんちゃってジャズとはレベルが違う(あれはあれで別物として素晴らしいですが)、マジで素晴らしいジャズ・ヴォーカルでした。ついでに、ビリー・テイラーのピアノがまた素晴らしくてもう。。

 弘田三枝子さんってポップスの世界からデビューしなければ、ジャズ・ヴォーカリストとして生きていたかもしれませんね。しかも、日本有数の女性ジャズ・ヴォーカリストとして。笠井紀美子さんとか澄淳子さんとか、昔の日本人女性ジャズ・ヴォーカリストって素晴らしい人がけっこういます。これも僕的には日本人女性ジャズ・ヴォーカルの名盤に認定です。「言ってもヴァケーションや人形の家の人が歌ったなんちゃってジャズでしょ?」なんて思っちゃいけない超絶レベルでした。


Category: CD・レコード > 日本のロック・ポップス   Tags: ---

Response: Comment: 0  Trackback: 0  

『弘田三枝子 / グレイテスト・ヒッツ Go Go MICO』

HirotaMieko_GreatestHits GoGo Miko ベスト盤を何度も買い直す事ってありませんか?「こっちにはあの曲が入ってる」とか理由は色々ありますが、僕の場合よくあるのは「前に買ったのは1枚だったけど、こっちは2枚組だ!」というもの(^^;)。このパターンで僕が買い直したのは、エディット・ピアフ中島みゆきチャック・ベリー弘田三枝子さんなどです。というわけで、この日本コロムビア盤ベストは2枚組で、なんと45曲入りでした。でも色々な経験をして知恵のついた僕は、1枚ものベスト『ゴールデン☆ベスト』も売らずに残したんですよ。よもやこれが成功するとは。。

 先に、ひとつ前に書いた日記で取りあげた『ゴールデン☆ベスト』にも収録されていたけど書ききれなかった曲をひとつ。実は、僕には「人形の家」以上に弘田さんの歌で好きなものがありまして、それは手塚治虫原作のTVアニメ『ジャングル大帝』のエンディング曲「レオのうた」。作編曲はなんと冨田勲!オーケストレーションの見事さばかりか、アフリカのジャングルに生きるネイティブな方の音楽を表現したかのようなフルートを挟みこんだりして、当時の流行曲作曲家とはレベルが段違い。そして弘田さんの歌唱はおそらく生涯のベストパフォーマンス!ジャングルを疾走しているかのようなリズムに見事に乗る張りがある声のAメロ、そして一気に草原に抜けたかのようなBメロでは見事なレガートと喉を開いた声…当時の日本でこの曲をここまで歌えるポピュラー・シンガーが他にいたとは思えません。アニソンと思うなかれ、当時の日本歌謡でここまでの完成度の曲と歌唱はちょっとないと確信しております(^^)。

 もうひとつ、GS以前に登場した洋楽がらみの戦後昭和歌謡のすばらしさ。まずはオケがビッグバンドか弦が入っているものがほとんどで、75~90年代の歌謡音楽とは金のかけ方が段違い!さらに作編曲家陣もすごくて、川口真、服部克久、渋谷毅、原信夫、冨田勲…クラシックにせよジャズにせよ、きちんと西洋音楽を修めてきた作家揃いで、なるほど編曲面でクオリティが高いのは当然と思いました。GS以降になると、好きで音楽をやってプロデビューして、現役引退後に作曲家になるというパターンが多くなったので、歌謡音楽の作編曲レベルが落っこちるんですよね。60年代の日本歌謡の作編曲家陣のクオリティは見事、ただフォーリズムを演奏するプレイヤーのレベルがちょっと残念で、ここが追い付いていたらさらに素晴らしかったんじゃないかなあ。

 でも、僕は2枚組のこのベスト盤を手放し、1枚ものだったほうを手元に残したのでした。このベスト盤は、1枚目が日本人作曲家の書いた弘田さんの持ち歌、2枚目が洋楽ポップスのカバーでまとめてあって、それ以外は年代がバラバラ。理由は、ヒット曲「人形の家」をトップに持ってきたかったからでしょうが、年代が無秩序なので、音楽の背景にある時代思潮みたいなものを感じにくくて、そこが残念だったんです。懐かしの音楽を聴くときって、その曲を聴くだけでなく、時代の空気も感じたかったりするじゃないですか。
 なにせアルバムではなくシングル、またシングルというよりもテレビやラジオの露出が重要という時代から活動していた人なので、相当なファンでもない限りはどうしてもベスト盤に頼らざるを得ない事も多いかと。これ以外にもミコさんの編集盤は色々出ているので、買う側としては悩ましいところですね(^^;)。。


Category: CD・レコード > 日本のロック・ポップス   Tags: ---

Response: Comment: 0  Trackback: 0  

『弘田三枝子 / ゴールデン☆ベスト』

HirotaMieko_GoldenBest.jpg きたきたきたー!この人抜きでJポップを語るなんて片手落ちもいいところ、弘田三枝子さんです!第2次大戦からようやく復興の兆しが見えて高度成長期に入った1960年代、日本にもついに洋楽志向のポップスが登場。GS以前のJポップで誰もが認めるトップランナーが弘田三枝子さんでした。もともとジャズを学んで子どもの頃から米軍キャンプで歌っていたというから、ポップス歌わせたら実力ぶっちぎりだったのも当然だったかも。僕は弘田さんのベスト盤を2種類持っていますが、このベスト盤は1枚もので、弘田さんが歌ってヒットさせた曲を年代順に並べていました。

 このベスト盤のいい所は、曲を年代順に並べているところ。弘田さんって時代とともに芸風が変わっていった人なので、年代順に並べてくれるとどう変化していったかが分かりやすくて有り難かったです。

 初期はとにかく洋楽のカバー満載。初期の弘田さんが歌った曲というと、僕的にはコニー・フランシス「ヴァケーション」、フランス・ギャル「夢見るシャンソン人形」、ロネッツ「Be My Baby」などで、いずれも洋楽の日本語カバー。同時代の日本の歌謡音楽というと、越路吹雪「ラストダンスは私に」などの洋楽ポップスが出てきてはいましたが、なにせ島倉千代子や三波春夫あたりの全盛期ですから、洋楽をやっても歌唱にどこか抒情演歌調な日本的なものが入っていました。それはそれであの時代特有の色が出ていて好きですが、やっぱり洋楽そのままを歌うとリズムやタイム感じたいが違うので、進駐軍キャンプで歌っていた弘田さんのようなシンガーの登場は時代の要請だったんじゃないかと。とはいっても、日本人向けにカタカナ英語にしてたりするんですが、それでも発声や西洋音楽のリズム感は群を抜いていて、僕的には洋楽ポップス志向のJポップの本当のスタート地点は弘田さんからだったと思っています。

 GS登場で日本の歌謡音楽の傾向が変わったか、67年あたりからはいかにも昭和歌謡な曲が増えていました。作家陣も筒美京平や馬飼野浩二やなかにし礼などが登場。この中で良くも悪くもターニングポイントになったように聴こえたのが、ミコさん生涯きってのヒット曲「人形の家」(1969年)。この曲、詩や曲やアレンジだけでなく歌唱も本当にすばらしくて、それまで男勝りな歌い方だったミコさんがしっとり情感込めて歌っていて、本当に好きです。70年以前の戦後昭和歌謡きっての名曲名唱のひとつじゃないかと。
 でもヒットし過ぎたのが仇になったか、この後のミコさんの曲は「人形の家」調の暗く切ない曲が続くんですよね。次が「私が死んだら」ですし。。

 弘田さんの素晴らしさって、まずは初期の洋楽調のリズムを持った曲を歌わせたらレベル違いの歌唱力。これは歌唱の方向性だけでなく、日本の歌謡音楽の流れにも一石を投じたように聴こえました。生活は苦しく人生は辛い日本を、高度成長期の勢いに合わせるように前に向かせた強さがあったんじゃないかと思います。
 そして、「人形の家」。本当にすばらしい曲で、人生で何回聴き直したかというほど好きな曲ですが、これが仇になるのだから人生分かりません。超大物だけにベスト盤や編集盤が色々出ていますが、弘田さんを1枚だけ聴くなら僕的にはこれがおすすめ。初期Jポップを代表する名シンガーだったと思います。


Category: CD・レコード > クラシック   Tags: ---

Response: Comment: 0  Trackback: 0  

『ショスタコーヴィチ:歌劇《ムツェンスク郡のマクベス夫人》 チョン・ミュンフン指揮、パリ・バスティーユ歌劇場管弦楽団・合唱団 マリア・ユーイング(sop)』

Shostakovich_Lady Machbeth_Chun 1930‐32年に作曲、34年に初演されたショスタコーヴィチの書いたオペラ第2作です。原作ニコライ・レスコフ、脚本はアレクサンドル・プレイスとショスタコーヴィチの共作。
 このオペラは内容以上にスキャンダル面が有名で、絶対権力者スターリンを激怒させてロシアで上演できなくなってしまったのでした(共産党の機関誌プラウダで批判されたので、「プラウダ批判」なんて呼ばれています)。仕方がないのでロシア共産党のお眼鏡に適うように色々と修正を加えて『カテリーナ・イズマイロヴァ』というタイトルに改めて上演されるようになった、みたいな。この作品のCDやDVDに「原典版」なんて書かれている事があるのは、改作前の台本とスコアという意味で、このCDは原典版。また、フランスではじめて上演されたマクベス夫人を録音したものでもあったそうです。

 愛の冷めた豪商の妻カテリーナは、新たに家に来た使用人セルゲイと貫通してしまう。亭主がいない間に息子の嫁に手をだそうとした舅のボリスは、カテリーナの部屋から忍び出たセルゲイを見つけ鞭打つが、カテリーナは舅を毒殺。ついでに姦通を咎めた亭主も愛人と共に殺害。カテリーナは愛人ボリスと結婚しようとするが夫の死体が見つかり、ふたりはシベリア送りに。それでも愛人ボリスと一緒にいられれば良いと思っていたカテリーナだが、シベリア送りをカテリーナの性だと思っていたボリスは他に女を作る。嫉妬したカテリーナはボリスの愛人を河に突き落とし、自分も河に飛び込んで自殺。

 プッチーニ「マノン・レスコー」ヴェルディ「アイーダ」のように、物語が悲劇的&結末が死なので、ヴェリズモの流れにあるのかな、なんて思いながら聴いていました。といってもロシア語なので付属の日本語訳を読んでいたんですけどね(^^;)。ヴェリズモなんだから不条理な現実を描くこと自体に意味があるのかもしれませんが、姦通してセックスに溺れて3人殺して自分も自殺という物語を有難がるもんかな、なんて最初は思ってました。
 ただ、このオペラの第4幕(このオペラは4幕劇)を実際に聴くと、感じ方が変わりました。足枷をはめられてシベリアに連行されていく描写、愛人から罵られ他の女囚たちから馬鹿にされる描写、愛する人のために凍える足から靴下を脱いで渡すのに、その靴下を別の女に渡されてしまうシーン…こうした悲劇は胸に刺さるものがありました。罪人であったとしても完全な悪人なんていない、でも罪人であるのは確かで、愚かさが悲劇を生んでしまうんだな、みたいな。こういう物語を知っていたら、ひとつの罪を犯した人をネットで一方的に袋叩きにするような人は減るんじゃないかな…。

 音楽は、超一流の劇伴だと思いました。いやあ本当にすごい、通り一片のところなんてひとつもない創造力に加え、クオリティも僕のレベルでは測り切れないほどの見事さでした。ショスタコーヴィチの音楽が好きか嫌いかはさておいて、その音楽能力は凄まじいレベルにある人だと思います。
 ただ、セリフとストーリー進行に音が当てられている形で、音楽だけ抜き出してなお完成度の高い音楽作品と言えるかというと、それはまた違うかも。それでも、ドミナントのはっきりしない海をただようような間奏曲と、第4幕(シベリア送りになる幕)冒頭の曲の合唱部分の愕然とするような絶望感、そして主人公が河に身を投げてからクライマックスは、音楽だけを引っ張り出しても素晴らしかったです。

 僕は、この作品をショスタコーヴィチの作品の中ではけっこう前衛的なものと聴いていたので手を出したのですが、実際にはそんな事もなくて…でもそれは戦後前衛を聴いて来たからそう感じてしまうだけなのかな?すばらしい作品である事は間違いないですしね。このCD、録音が優秀で驚きました。音場感が立体的で素晴らしくて、もう音だけでノックアウトされてしまいました。いや~素晴らしかったです。


Category: CD・レコード > クラシック   Tags: ---

Response: Comment: 0  Trackback: 0  

『ショスタコーヴィチ Shostakovich:協奏曲集(完全版) Concertos (complete) | Cristina Ortiz (p), David Oistrakh (vln), Alexander Ivashkin (cello), Moscow Phil, Leningrad Phil 他』

Shostakovich_Concertos completo_CristinaOrtiz ショスタコーヴィチ、僕は交響曲13番《バビ・ヤール》に嵌まり、以降の交響曲を聴き倒したんですが、どれも素晴らし、いとをかし!でもそれ以前の傑作と呼ばれていた交響曲に手を伸ばすと、えらく保守な作風で…。これで僕は、ショスタコの管弦楽曲は、スターリン時代(~1953年)以降、できれば60年代あたりのものを選ぶようになってしまいました。。
これはロシアのオケが演奏したショスタコの協奏曲集です。ロシアの作曲家はロシアのオケでも聴いてみたいですよね(^^)。ヴァイオリン協奏曲はこのCDで演奏しているダヴィッド・オイストラフに献呈されたもので、このCDこそ最初に聞くべきと思ったりして。ヴァイオリンすごいんですよ!

■Cristina Ortiz (p), Paavo Berglund & Bournemouth Symphony Orchestra
・ピアノ協奏曲 第1番 op.35
・ピアノ協奏曲 第2番 op.102
・Three Fantastic Dances op.5
■David Oistrakh (vln), Yevgeny Mravinsky & Leningrad Philharmonic Orchestra
 ・ヴァイオリン協奏曲 第1番 op.99
■David Oistrakh (vln), Gennady Rozhdestvensky & Moscow Philharmonic Orchestra
 ・ヴァイオリン協奏曲 第2番 op.129
■Alexander Ivashkin (cello),, Valeri Polyansky & Moscow Philharmonic Orchestra
・チェロ協奏曲 第1番 op.107
・チェロ協奏曲 第2番 op.126

 《ピアノ協奏曲 第1番 op.35》。ショスタコーヴィチって元々はピアニストでもあって、ショパン国際ピアノコンクールのソ連代表になった事もあるそうな。でも優勝は出来ず、作曲と演奏の二足のわらじは無理でやんす…と、演奏は自作曲だけに方針転換。そういう中で生まれたピアノ関係の曲のひとつがこれだったそうです。
 1933年に作曲された曲ですが、匂いは世紀末音楽。作曲や和声の様式がそれぐらいの時代の匂いがするというだけでなく、色んなものがチャンポンで斜に構えた感じもそう聴こえました。1楽章は思いっきりベートーヴェンの熱情ソナタ風だったりしつつ、トランペットがガヤを入れたりだまし絵のような和声を使ったりで、どこまで本気か分かりませんでした。2楽章はロマン派時代のシェーンベルク的などこか透明感ある美しいレント、でも途中で…。でも茶化すというより暗い曲想なのでマジではあるんだろうな、みたいな。で、この暗さが素晴らしい魅力でした。
 20代の頃に書いた作品だし、拝啓を考えれば、夢も希望も挫折も皮肉もみんなひっくるめて斜に構えてしまった青年の心情が作品にも反映された、という事なのかも。

 《ピアノ協奏曲 第2番 op.102》。3楽章制で、1と3がアレグロで、それに挟まれた2楽章がアンダンテ。アレグロ部分は颯爽としてるし明るくもあるんだけど、何となくソ連っぽいというか…本当は根は暗くて生真面目な人で、心の底からは楽しんでない、みたいな。そういう暗さや生真面目さが良い方に出たように感じたのは、2楽章アンダンテでした。いやあ、これは美しい。。

 《Three Fantastic Dances》はピアノ独奏曲で、初期ショスタコーヴィチの曲の中で特に有名なもの。印象派を感じるような幻想的な雰囲気もある曲で、妖精が踊っているかのよう。3曲セットとはいえ全部聴いても短い曲でしたが、すごく好きです。あと、ピアノうまいなぁ…。

 《ヴァイオリン協奏曲 第1番 op.99》。この曲は、このCDでヴァイオリンを演奏したダヴィッド・オイストラフに献呈されたもの。あ~買う時には全然気づいていませんでしたが、いいCDを買ったなあ(^^)。
 この短調系の独特の暗さの中に音列技法的なものをはじめ色々な技法が織り交ざって、これこそ交響曲13番「バビ・ヤール》」で僕が熱狂したショスタコーヴィチでした!
 面白かったのはそういう僕の趣味に近い世紀末音楽的な暗さと頭脳明晰な感じのチャンポンだけじゃなく、けっこうロシアの民俗音楽的な雰囲気が入り込んでいる所でした。第2楽章なんて、いつか感想を書いたロシアン・コサックの舞曲みたいで、これが国民楽派の音楽によくある「ロマン派音楽にちょっとだけ自国音楽が混じってる」というレベルじゃなくて、本当に対等な割合でフュージョンしたものに聴こえました。悲壮感と美しさと情熱の同居したような最終第3楽章の冒頭もすごく良かったです。それにしてもダヴィッド・オイストラフさんのカデンツァすげえ、3楽章後半はオイストラフさんの独壇場でした。ただ、録音のハイが詰まっているからか、ヴァイオリンは時々ヴィオラのように聴こえたりして(^^;)。

 《ヴァイオリン協奏曲 第2番 op.129》、これもダヴィッド・オイストラフさんに献呈された作品で、協奏曲というよりはダヴィッド・オイストラフさん驚異の演奏がフロントで、オケは伴奏のように聴こえました。もうこれはオイストラフさんの演奏で聴かないと意味がないかも。いやあ、ヴァイオリンの演奏は表現なんてものではなく爆発した感情そのもののようで、その凄まじさに圧倒されました。これは凄いわ…。

 《チェロ協奏曲 第1番 op.107》。ヒンデミットあたりの書きそうな、表向きは普通だけど実はサイコパスっぽい1楽章は、チェロの演奏を思いっきり前に出したいかにも協奏曲的な曲。これを冒頭に置いてからの2楽章以降が素晴らしくて、ここからノンストップ。情感深い第2楽章からチェロのカデンツァの第3楽章になだれ込み、そして最終4楽章の協奏でのクライマックスへ。やや民族チックな主題やリズムもカッコよかったです!

 《チェロ協奏曲 第2番 op.126》。極論してしまえば、僕はショスタコーヴィチの音楽の独特の暗さが好きなのだと思っていますが、Gm/ラルゴのこの曲の第1楽章なんてその典型、素晴らしかったです!この曲は覚えておこう。。ほの暗いおもちゃのマーチのような曲想の後半2~3楽章は切れ目なく演奏される事もあって、僕にはひとつの楽章に聴こえ、1楽章と対になっているように思われました。面白い音楽だけど、1楽章だけでいいかな(^^;)。

 このCD、20年ぐらい前(?)にタワレコで発見しました。正直言って最初は「この手のクラシックの廉価盤はな…」と思ったんです。オケなんて世界中にいくらでもあるし、そんな中で有名作曲家の作品で録音されていないものを引っ張り出してきて、演奏や録音そっちのけで作曲家の名前だけで売る、みたいな廉価盤っていっぱいあったじゃないですか。ところがこのCDは、オケがモスクワ・フィルやレニングラード・フィル。ロシアの作曲家はロシアのオケで聴いてみたいと、外すのを覚悟で思い切って買いました。スコアを知れればいいやと演奏や録音には期待していなかったんですが、演奏は見事、録音も悪くなかったです。しかもコンチェルトの献呈先のプレーヤーの演奏で、それが驚異のプレイときたら、これがファーストチョイスされるべき録音だったのではと思えるほど。弓の返し損ねはありましたが、こういう所を直さない所で、逆に編集無しの実力でここまで弾くのかすげえ、と思わされたほど。レーベルや知名度だけでものを判断してはいけないですね。素晴らしい3枚組CDでした!


Category: CD・レコード > クラシック   Tags: ---

Response: Comment: 0  Trackback: 0  

『ショスタコーヴィチ:弦楽四重奏曲 第3番、7番、8番 ハーゲン弦楽四重奏団』

Shostakovich_StringQ 3 7 8_HagenQ ショスタコーヴィチの弦楽四重奏曲のアレンジものである「室内交響曲op.110a」と「弦楽のための交響曲op.118a」を聴いて、ショスタコーヴィチの弦楽四重奏を聴いてみたくなりました。実は僕、ショスタコーヴィチはシンフォニーとコンチェルトしか聴いてこなかったんです。避けていたわけではなく、単に聴く機会に恵まれなかっただけ。というわけで、ハーゲン・カルテットの演奏を選んでみました。録音は2005年のザルツブルグ。

 『弦楽四重奏曲第3番 ヘ長調 op.73』。気がつけばストラヴィンスキーの室内楽曲や、チャイコフスキー『くるみ割り人形』あたりと比較して聴いている自分がいました。ああいう、ドミナントははっきりしてるけどちょっと不思議、みたいな感じ。良かったのは1楽章で、ユーモラスだけど楽しいというのではなく風変り。これが曲想ではなく作曲技法という視点で聴いていて、最高に考えさせられるものがありました。あと、最終5楽章も、最後にこういう不思議な雰囲気の曲を持ってくるのかという事と、やっぱり作曲技法的な視点から聴いてしまいました。これは面白い、なるほどなあ…。

 『弦楽四重奏曲第7番 嬰ヘ短調 op.108』。切れ目なく演奏される3楽章の曲。レントの2楽章の分散和音の不思議なムードが素晴らしかったです。そこからアレグロへとなだれ込み、それぞれの楽器が模倣しながら高揚していく3楽章への繋がりも良かったです。

 『弦楽四重奏曲第8番 ハ短調 op.110』。「室内交響曲」を聴いていたからか、すごくしっくりくる(^^)。まずはラルゴで暗くどっしりはじまる1楽章は文句なし。同じくラルゴの4~5楽章はさらに切迫した感じ。なんだろ、このロシア的に陰鬱なんだけど、妙に引き込まれます。でもこの曲、どこかで聴いた事があるようなないような。。

 若い頃の僕が感じていたショスタコーヴィチ像をシンフォニー基準で言うと、後半になればなるほど好き。初期から中期は斬新な手法を使うことがあっても、結局されらはオーソドックスな調音楽に吸収されてしまうので、素晴らしい音楽でも「ロマン派音楽のバリエーションだよな」とどこかで思ってしまっていたんですよね。ところがこのCDに収録されていた曲は、若番である3番ですらドミナントを感じるからといって保守なんてものじゃなくて、実に面白かったです。と思ったら、3番ですら作曲は1945年。なるほど、ショスタコが弦楽四重奏曲を書き始めたのはけっこう遅かったんですね。いやあ、ショスタコの弦カル曲、全部聴いてみたくなってしまいました…そんな時間、人生で残ってないだろうなあ。。


Category: CD・レコード > クラシック   Tags: ---

Response: Comment: 0  Trackback: 0  

『ショスタコーヴィチ:《室内交響曲op.110a》 《弦楽のための交響曲op.118a》 バルシャイ指揮、ヨーロッパ室内管弦楽団』

Shostakovich_ChamberSym_Barshai.jpg ショスタコーヴィチの弦楽四重奏曲を管弦楽用に編曲した作品です。収録は2曲で、『室内交響曲 Chamber Symphony op.110a』は弦楽四重奏曲8番のアレンジ『弦楽のための交響曲 Symphony for Strings op.118a』は弦楽四重奏曲10番のアレンジ指揮はルドルフ・バルシャイで、弦楽四重奏曲8番を室内交響曲という形にオーケストラ・アレンジしたのはこの人だったそうです。その様子はこのCDの解説に書いてありましたが、バルシャイとショスタコは親交が深かったんですね(^^)。ちなみにバルシャイは、モスクは室内管弦楽団のオーガナイザーで、ボロディン弦楽四重奏団の創設メンバーでもあった人です。
 このCDの録音は1989年。ステレオ感がちょっと足りなくも感じましたが、音質と演奏が実に素晴らしかったです。音楽以前に音だけで感動してしまうレベル

 『室内交響曲 Chamber Symphony op.110a』、これがショスタコのシンフォニーで言えば『バビ・ヤール』以降の後期作品に近い暗さと重さと激しさで、曲も管弦アレンジも素晴らしかったです!5楽章制で、各楽章は切れ目なく演奏されていました。ちょくちょく他の曲から引用したメロディが出てきたり、4楽章のスタッカートの中に映画『マッドマックス』の劇音楽そっくりのものが出てくる発見があったりして。
 4楽章のアタッカからレガートに流れ込んで、そしてクレッシェンドして、一瞬光が差してくるように感じる所は、なるほど劇音楽という変化していく心情や光景を音で描くような描写で、引き込まれました。この曲、元々の弦カル曲は『五日五夜』という戦争映画のために、3日で書かれた曲だそうです…あ~だから陰鬱なのか。それにしてもこれを3日で描いたのかよ、すげえ…。

 『弦楽のための交響曲 Symphony for Strings op.118a』は4楽章。第3楽章が緩徐楽章っぽいけどうっすらと悲しげだったり、最終楽章がピチカートをうしろに舞曲的になったりでもマイナーだったりと、楽しいのか哀しいのかよく分からなかったりする所あたりに、ちょっとだけひねくれて感じる音楽でした。面白かったのは対立的な1~2楽章。アンダンテの1楽章は、長調に聴こえたり短調になったりフラフラして、独特の浮遊感でした。一方でガツンとくるアレグレットの2楽章は、最初の音型が全音階。全音階だけで曲の和声システムが作られない所がやっぱり機能和声音楽ですが、でもこのさじ加減がショスタコっぽいな、みたいな。

 時期にもよりますが、ショスタコーヴィチの音楽は基本的に語法が機能和声でドミナントの音楽、調性をしっかりと感じるものが多いです。このCDに入っていた2曲も基本的にはそうで、細かく聴くとメロディの上行きが長3で下降が短3になったり、長調と短調が入れ替わりで演奏されたり、一筋縄でいかない所もありましたが、それだって機能和声の中で使っているからこその効果で、やっぱりベースは機能和声。現代音楽マニアだった若い頃の僕は、古典派やロマン派から続く長調か短調しかない音楽や機能和声音楽のあまりの多さに食傷気味で、それだけでも聴く気が失せたものでしたが、中期を除いたショスタコーヴィチの音楽には引き込まれるものがあります。問題は語法ではなく内容という事なんでしょね。特に『室内交響曲 Chamber Symphony op.110a』が素晴らしかったです!


Category: アート・本・映画 etc. > 本(漫画・サブカル)   Tags: ---

Response: Comment: 0  Trackback: 0  

コミック『代紋TAKE2』#4(46~最終62巻) 木内一雅(作)、渡辺潤(画)

EmblemTake2_51.jpg 大好きだった漫画『代紋TAKE2』もいよいよ大詰め!宿敵江原との決着と、タイムスリップのトリックが暴かれる落ちです。これがなかなか賛否両論となりそうな落ちで、僕の中でも好きな部分と嫌いな部分が相半ばといった所でした。でもいざ読み返すと、個別のエピソードでいい話がけっこうありました。ヤクザの三下の彼女・春香の物語なんて、涙なくして読めないです…。というわけで、ラストまで!

■カオリの射殺(46~47巻)
 明石組が分裂。これを受けて、組を割った大森組の盃を受けた江原が東京を戦場にしに来る。このタイミングで、丈二とカオリの結婚式が行われる。カオリの元の男だった江原は式場のかおりに挨拶に来が口論となり、江原はかおりを射殺しつつ涙する
 この長い物語のヒロインがここで姿を消すとは…。つらい話で、回想シーンがいちいち辛い…。

■潮とその女(50-52巻)
 生きて帰れると思えない江原の東京進出についていくために、舎弟の潮は春香と別れる。しかし春香は潮が心配でたまらず、潮と会うためにやくざに抱かれ、ひきかえに潮の居場所を訊く。ようやく潮と会えた春香だったが、阿久津組に追われてしまう。潮は春香が阿久津組にリンチされると思い込み、そうされるぐらいなら春香を自分の手で楽にさせてやろうと考え、春香もそれを受け入れ、愛する男の手で殺される。しかし…
EmblemTake2_51-107.jpg 歪んだ状況での純愛。これも心を動かされた話でした。切なかったです…。

■傭兵部隊との戦い(47~62巻)
 物語のクライマックスは、明石組の分裂と、それに絡んだ丈二と江原の戦いの戦い。江原がフランスの傭兵部隊を雇って東京を火の海にする物語になるんですが、これがやくざの抗争でもなんでもない上に荒唐無稽。東京タワーが倒されたり、警察や自衛隊が数人のテロリストにボロボロにされたりするんですよ。リアルタイムでこの漫画を読んでいた頃の僕は、ちょっと引いてしまいました。もう、結末が知りたいだけで、たまに「どうなったのかな」とヤンマガを眺めるぐらいの状態になっていました。
 でもいま読むと、荒唐無稽ではあるけどけっこう緊迫感があって、意外に面白かったです。これ、やくざ漫画ではなく、バイオレンス・ジャックマッドマックス2のようなサイバーパンクな物語の中で描かれていれば、けっこう行けた話だったかも。

■江原との決着(最終62巻)
 非難の雨あられとなった、この物語の落ちです。最後は丈二と江原の直接対決。いやいや、直接対決するなら東京を壊滅させる必要はどこにあったのか(^^;)。でもって、最後はタイムスリップの謎解きで、この物語はゲームの中の世界で、リセットして何度も繰り返されるというもの。いやいやそれは夢落ちに匹敵するやってはいけない落ちでは…。

 この落ちは良くないと思いましたが、いいと思った部分もありました。自分の人生って、結果がどうなったかを知った上でやり直したいと思ったことありませんか?僕なんてしょっちゅうそう思うんですよね、あの時に戻ってやり直したいな、みたいな。。あの人にもう一度あってやり直したいとか、あの時ああすべきだったとか。そういう夢をかなえるファンタジーとして、こういうのもありだな、みたいな。ただ、それはドラえもんでやって欲しい事で、やくざ漫画でやるのはやっぱりナシですね(^^;)。
 いずれにしても、面白くて、社会人になってからも夢中になって読んだ漫画だったことは確かです。これはおすすめのコミック。『仁義なき戦い』や『アウトレイジ』のようなやくざ映画が好きな方は絶対に楽しめるはずですので、ぜひ!


Category: アート・本・映画 etc. > 本(漫画・サブカル)   Tags: ---

Response: Comment: 0  Trackback: 0  

コミック『代紋TAKE2』#3(30~45巻) 木内一雅(作)、渡辺潤(画)

DaionTake2_44.jpg 社会人になってからも漫画週刊誌ヤンマガを読んでいたのは、この漫画があったから。昔、ちょっとそういう系の店でピアノを弾く仕事をしていた事があるのですが、そこの控え室にこの漫画がずらっと置いてあって、スタッフとして働いているK郎くんが「今回の丈二もカッコよかった」なんて話していたのをお覚えています。彼、やくざになったんじゃないかな。。
 というわけで、物語も一区切りついた後の『代紋TAKE2』の後半戦、面白かったエピソードをまとめていきます!

■臓器販売(31~32巻)
 元海江田組の構成員だった兄(沢田)を探して、田舎から妹が出てくる。丈二は探す手伝いをし、その男が住んでいた家を当たると、死体が出てくる。それは臓器転売された男の死体だった。沢田は黒川組傘下の南場組で、組が禁止している臓器転売の片棒を担がされていた。沢田はかつて自分の責任で兄貴分を死なせてから、親兄弟の命令に逆らえない脅迫神経症になっていた。
 でたらめをやる単層棒組長・南場の無茶を封じる丈二と黒川がカッコよかったです(^^)。そしてこのエピソード、サイドストーリーとして、調子よくいい所づきしていた洋一が、海江田の若い衆から袋にされ、とうとう腹を決めるというくだりがあるんですが、負け組の決意というのが映画『ロッキー』みたいですごくよかったです。

■ゲーム賭博を巡る縄張り争い(33~36巻)
DaionTake2_34-26.jpg 3代目海江田組を継いだ丈二だが、すぐに志村にその座を譲り、小さな阿久津組として出直す。丈二を支えてきた応援団出身の者たちはなわばりを得ようと、全国に名を轟かせた阿久津組の戦闘力を誇示して強引な縄張り拡大に手を付ける。これで阿久津組幹部のサトシは三島組の三瓶組長とトラブルになり、それは双方の組員が死ぬ自体にまで発展。事態はサトシが三瓶組組員を大量に殺害し、またサトシも死ぬことになる。
 いやあ、殺伐とした抗争劇が最高に緊迫感があって面白かったです。それにしても、ヒモに貢ぐ女のエピソードが哀しくて涙。

■晶とさやかの恋(38巻)
 千葉に義理事で帰った丈二についていった晶。免許の更新で戻ったさやか。ふたりはさやかが昔総長を務めたレディースに絡まれる。その帰りに、浜辺で二人は…。
 こういうラブストーリー、好きです(^^)。

■お嬢様との恋(39巻)
 丈二がまだチンピラだった時に知り合い、海外留学したお嬢様と再会して過ごした一夜の話。こういう話も果敢なくていいですね(^^)。

EmblemTake2_40-74.jpg■阿久津組と海江田組の抗争(40~44巻)
 丈二を日本一の親分にしようと、福永が白浜組の組長をやめて阿久津組に入り直す。おりしも阿久津組の若頭・石田の舎弟だった牧田達ふたりが刑務所から出てくる。ふたりはかつて丈二よりも位が上だった事もあり、丈二の盃を受けるのが嫌で、阿久津組に入るのを拒否し、古巣の海江田組に入ろうとする。阿久津組が極道会で舐められないようにすべく、福永はそれを許さない。これが阿久津組と海江田組の抗争へと発展していく。
 抗争に入り暴れる海江田組の狂犬・有田の描写が強烈!根性が座っていると同時に馬鹿なんですよね。こういうメンドクサイ不良って実際にいっぱいいるんでしょうね。。

EmblemTake2_44-x.jpg■頂上作戦(44巻)
 度重なる暴力団の抗争に業を煮やした警視庁が、組長を一斉検挙する頂上作戦に出る。暴力団は政治家を使って圧力をかけ、頂上作戦を中止に追い込むが、警視庁刑事課のトップは腹の虫がおさまらず、丈二を取り柴部の途中で不慮の死を遂げた事にして消そうとする。それを察した黒川組の矢野は、刑事課のトップを脅迫して丈二の救出に乗り出す。
 まずは桜田門の別件逮捕や取り調べのえげつなさの描写が迫力!それを止めるために政治家に働きかけるやくざの裏金や脅迫も迫力。さらに警察の横紙破りの取り調べも迫力!そして阿久津を救った矢野がカッコいい!これも最高に面白いエピソードでした。

■当たり屋(45巻)
 喧嘩は強いが商売はからっきしの晶が、さやかと喧嘩し、売り言葉に買い言葉で「そんなに金が欲しければソープで働け」と言ってしまう。さやかのために稼ぎたい晶は当たり屋をして、思いつめたさやかはソープで働く決心をする。
 最後はラブラブの大団円。晶とさやかのラブストーリーって、ピュアでいいですねぇ。

 大きく見れば、下っ端やくざの成り上がり物語ではなく、組長になったやくざが全国区になっていくのが、後半戦の序盤の展開。ここまでは、やくざの内部事情や抗争の緊迫感などをかんじる面白い漫画でした。問題はこの先で…というわけで、次回は最終回までを書く事にします!


Category: アート・本・映画 etc. > 本(漫画・サブカル)   Tags: ---

Response: Comment: 0  Trackback: 0  

コミック『代紋TAKE2』#2(11~29巻) 木内一雅(作)、渡辺潤(画)

Daimon Take2_16 大好きだったやくざ漫画『代紋TAKE2』の最初の区切りは、下っ端やくざが自分の器量を活かして出世するも、組長を守り切れずに刑務所に収監されるまでの10巻まで。11巻からは、刑務所内での生活から、組長を殺した真犯人に迫り、ケリをつける所までで、これも面白かったです!ではさっそく面白かったエピソードごとにまとめてみます!

■刑務所編(11~14巻)
 阿久津が刑務所に入れられてからの話。タイムスリップ前に知った情報を使って事を運んだり、刑務所全体で暴動が起きたりと、話があまりにも現実離れし過ぎていて、僕はこの話は好きじゃなかったです…スマヌス。

■破門取り消しから白浜組組長へ(15巻)
 刑務所で丈二にほれ込んだ明石組若頭の渕上の計らいで、丈二は海江田からの破門を取り消され、代償として海江田と縁が切れる。破門を撤回せずに丈二の命を取る予定だった江原だが、錚々たる親分衆たちの前でそれが出来なくなり、破門を取り消す。そのことを知らない江原の若頭・福永は江原の指示通りに丈二の命を狙うが、その責任を取って江原に片腕を切り落とされる。丈二は小さいながらも老舗である千葉の白浜組の組長に迎えられ、再起を図る。
 この漫画の面白さのひとつに、ファースト・ガンダムのような政治劇がありますが、それが楽しめた話でした。

■暴走族との抗争(17巻)
 駅前での暴走族の総長とレディースの痴話げんかを仲裁したことがきっかけで、暴走族と因縁が出来る丈二。暴走族の総長も頑張るも丈二は貫禄があり過ぎた。そしてこの事件をきっかけに丈二の舎弟・晶とレディースのさやかが知り合う事になる。
 ビー・バップ・ハイスクールもそうですが、揉め事の話ってなんで面白いんでしょうか(^^)。

EmblemTakes18-209.jpg■タカシの迎え入れ(18~19巻)
 江原の指令で丈二を狙うタカシ。しかし江原が田上連合の幹部になるために、その計画は中止になる。それに納得のいかないタカシは江原に食い下がるが、それが理由で破門される。進退窮まったタカシは丈二を殺して自分も死のうとするが、そんなタカシを丈二は客人として白浜組に迎え入れる。
 一度死んだ人間を救ってやることで腹心を生むというのは、プロ野球の野村監督がやってきた事。逆に、権力をかさに着るばかりで下から好かれないのがABE-Souri や原監督ってところでしょうか(^^;)。

■仲裁(19~20巻)
 飲み屋で起きた喧嘩から始まった千葉の真鍋組と加東組の諍いの仲裁役に指名された丈二。仲裁は一度はうまくいくも、この仲裁に不満を持つ真鍋組の組員が相手組員を殺し、仲裁は失敗。しかしここで丈二がうまく立ち回って真鍋組の組長に引退を決意させ、丈二は株をあげ、白浜組と真鍋組の結束も強まる。
 話自体も面白かったですが、これが千葉のやくざと明石組との抗争の布石になっている所に、話の組み立てのうまさを感じました。いや~おもしろい。。

Daimon Take2_21_195■明石組の千葉進行(20~22巻)
 関西の広域暴力団・明石組がいよいよ関東進出を決断。その橋頭保として丈二のいる千葉に進行する。先兵隊として送り込まれたのは、刑務所で丈二と縁の出来た倉田。阿久津が千葉の組をまとめて連合を作って明石組に対抗した事で、両者ともに死者を出して抗争は泥沼化。明石組と白浜組は決闘をする事になり、丈二は死を覚悟して女たちに別れの挨拶を済ませる。
 元の兄貴分を殺すためにさやかちゃんと一夜を共にする晶のくだりも良かったです(^^)。7~10巻の菊水会との抗争に次いで、好きな話です(^^)。

■台湾マフィアとの抗争(24~26巻)
 千葉のやくざをひとつにまとめ、巨大勢力にする事に成功した丈二だが、自分を育て可愛がってくれた山崎を組長とした時代の海江田組の復興の為に、新宿に戻る。しかし新宿に進出していた台湾マフィア同士の抗争に巻き込まれる。
 青龍刀で切り刻んだりバーナーで手足を切るなど、台湾マフィアがえげつないっす。そんな台湾マフィアを抑え込みにかかる丈二がカッコよかったです(^^)。

■丈二を狙うヒットマン(26~27巻)
 江原と丈二の抗争が激化。シャブが手に入らなくなった江原と取引をしている菊水会の跡目・林田は丈二にヒットマン江藤を送る。江藤は少し揉めただけで相手を殺してマンホールに放り込むような凶悪さ。丈二は殺されかかるもヒットマンを返り討ちににする。
Daimon Take2_29_213 普通でない凶悪な人っていますが、この話に出てくるヒットマンはその典型。命を狙う奴がひたすら追っかけてくるターミネーターみたいな話でした。

■山崎殺しの証拠(27~29巻)
 いよいよこの漫画の前半のクライマックスです!林田が持つ、江原が山崎組長暗殺に関与した証拠の争奪戦。江原を組長とする3代目海江田組と阿久津組の死闘、証拠のテープを聴いた海江田組の上部組織の決断、そして江原の死刑執行と、素晴らしいクライマックスでした。いや~面白い。。

 ここで組長の仇討ちはひとまず終了。組長が殺され、自分も刑務所に収監される壮絶な10巻までも面白かったですが、仇討ちを果たした29巻までも面白かったです。『代紋TAKE2』は、まずここで前半終了といった感じ。後半も面白かったですが、時間がない人は、とりあえずここまで読めば十分じゃないかと。後半については、また次回!


Category: アート・本・映画 etc. > 本(漫画・サブカル)   Tags: ---

Response: Comment: 0  Trackback: 0  

コミック『代紋TAKE2』#1(1~10巻) 木内一雅(作)、渡辺潤(画)

Emblem Take2_1 大学生になっても、僕は週刊漫画雑誌を卒業できずにいました。理由はこの漫画があったからです。読み方は「エンブレム・テイク・ツー」、鉄砲玉として生涯を終えた主人公が、気がつくとヘタレ人生のスタートとなった大学の応援団とのいさかいの瞬間までタイムスリップして戻り、やくざ人生をやり直してサクセスするというストーリーです。こうやって書くとメチャクチャですが、タイムスリップうんぬんは少し前の時代を舞台にするための道具立てであるだけで、僕にはどうでも良かったです。やくざの世界をリアルに熱かった漫画として最高に面白かったです!

 この漫画は一話完結ではない長大な物語でした。主人公の阿久津丈二が、自分の所属している組の組長が殺される未来を変えようと奮闘しようとするも失敗。刑務所の中で日本最大の暴力団の幹部に気に入られ、日本有数の侠客となる足場を作る。親殺しの真犯人を突き止め、けりをつける。死んだはずの真犯人が生きており、彼と対決。ざっくりとしたストーリーはこんな感じでした。
 ストーリーは、おおむね幾つかのユニットで区切ることが出来ます。なにせタイムスリップなんていう荒唐無稽な設定もあるぐらいなので、中にはつまらないユニットがありましたが、面白いものが大半でした。というわけで、面白かったユニットをピックアップして書き残しておこうかと。まずは1巻から10巻まで!

■焦げついた手形を高額の現金に変える話(2巻)
 手形を出した町工場の社長が土地を持っていて、これが地上げの格好の対象になる土地。さらに銀行員が行っていた不正をゆすって…みたいな。これが最終的には菊水会の実力者・鷹山との対決になるんですが、地上げや民暴のからくり、そしてやくざの脅迫の仕方は一般人の僕がまったく知らなかった世界。面白いだけでなく社会勉強にもなりました。

Emblem Take2_3-75■不正融資をしている会社の重役をゆする(3巻)
 殺し屋としてやくざの世界を生きてきた石田だが、商売がうまくないために借金だるま。そこを突かれて組の格下やくざ江原からシャブをさばく話を持ち込まれ、シャブ漬けにされそうになる。その借金を埋めるため、丈二は信用金庫の支店長が行っている不正融資をネタにゆすりを行い、石田の借金を埋め、組最強のヒットマンを味方につけるようになる。いやあ、これも民暴のからくりが描かれていて、面白い話でした。また、丸暴の迫力もすごかった(^^)。

■代紋を取られるも倍返し(3巻)
 代紋を対抗組織・黒川組に取られ、ゆすりをかけられる丈二。相手の黒川組の跡取りは暴走族あがりで根性が入っており、丈二は一度は泣きが入ってしまう。しかし人生の再起を図った丈二はここで引いたらやり直す前の人生と同じことになると奮起、黒川組の組員10人を襲い、逆にゆすりにかける。
 いやあ、丈二の味方になった石田が丈二を救いに来るくだりは良かったなあ(^^)。

■狂った兄貴筋のやくざとの死闘(4~5巻)
Emblem Take2_4-154 少しでも面白くないと平気で人を殺す神田。そのあまりの凶悪さにやくざですら恐れる相手だが、彼が刑務所から出てくる。自分が心酔する侠客・山崎が丈二を可愛がっていることが面白くないため、丈二とその舎弟をいじめる。出所早々に氏家組にもタカリをかけていた神田は命を狙われるも、人違いで舎弟が殺される。誰が神田の舎弟を殺したかで丈二に疑いがかけられ…。
 神田、怖すぎ。前半で一番面白いと思った話です!

■競馬のノミ屋(6巻)
神田の事件をきっかけに氏家が落ちぶれ、氏家組の若い衆だった江原が頭角を現す。また、様々な航跡をあげた丈二も若手有望株と見られ、競馬のノミ屋をまかされる。丈二がうっとおしい江原は、黒川組の跡取りを巻き込んでジョッキーを脅迫して出来レースを組み、同時に丈二のノミ屋を警察にタレこむが…
 いやあ、ノミ屋の仕組みと警察のがさ入れからのガラの躱し方など、すごく面白かったです。この漫画の作者って、何やってた人なんでしょうね。。

Emblem Take2_10-147■海江田組と菊水会の抗争(7~10巻)
 色々と手柄を立てた丈二は山崎組長のボディーガードに昇格。そんな折、屋台の焼きそば屋のソースをきっかけに起きたテキヤ衆と菊水会の諍いの仲裁を、山崎組長が引き受ける。仲裁は一度はまとまるも、功名心に焦る菊水会鷹山の暴走で仲裁が崩れ、海江田組は抗争に巻き込まれる。
 海江田は暴走した菊水会の鷹山を殺るも、それで鷹山の舎弟・ツトムが暴走、山崎親分の命を狙う。兄弟盃の約束を交わしていた丈二はそれを止めようとするも失敗、山崎親分が殺される。
 山崎親分を守り切れなかった阿久津は、親友のツトムを殺す命を受ける。しかし警察の鑑識の結果では、山崎の死因はツトムが撃った弾丸とは違う45口径の銃によるもの。保身に走る菊水会の会長は海江田の若頭・大西まで殺し、事態は泥沼化。阿久津は菊水会会長、ツトムをあげ、最後に江原の命も狙うも、これは失敗に終わり、警察に取り押さえられる。

 いやあ、いろんな話が折り重なった大スペクタクルでした。映画を含め、ヤクザものの話でもっとも面白いのって『仁義なき戦い』5部作とこの漫画じゃないでしょうか?!『代紋TAKE2』は、最初の10冊はひとつの話。最高に面白いです。ここで読むのをやめても成立する物語なので、興味のある方は、まずは10巻まで読むのが良いと思います!


Category: PC・PCソフト・ゲーム etc. > PC関連   Tags: ---

Response: Comment: 0  Trackback: 0  

WordPress の記事内にもくじを作る!(タイトルつきボックスと、指定行に飛ぶリンクを作る方法)

 例によって、記事のライティング仕事で問題発生。昔みたいに紙媒体への寄稿だとwordでの納品で楽でしたが、今はネット記事の納品が増え、そうなるとサイトに直接書く事が増えました。今回はWord Press で作られたサイトへの記事の納品で、直接Word Press へ書き込み。フォーマットをクライアントさんが用意してくれてればいいんですが、クライアントさんが「目次を作ってくれ」とか色々言われたあげく、「html では書かないで」とか言われてしまうと辛いっす。WordPress なら、クライアントさんが「Table of Contents Plus」というプラグインを入れてくれれば簡単みたいなんですけどね。。そして、経験はあるものの、僕は基本的にhtml もPC も超苦手なんです(^^;)。助けてヘルプ、ヘ~ルプミ~!

 というわけで、今回はプラグインを入れていないWored Press の記事内にもくじを作るそのやり方です!これをやるには、やるべき事はふたつ。ひとつは枠で囲われた目次を作る方法、もうひとつは

タイトル付きボックスデザインを作る方法
 このためには、WordPress をhtml 文書で入力できるモードに変えて、html 文書を書き込む必要があります。

1. WordPress をhtml 文書で入力できるモードに変える
やりかたは、ブロック入力モードの時に、文章のすぐ上に表示されるツールバー右端の点々をクリックし、そこから「HTMLとして編集をえらぶ」を選択

2. 以下html文章を入力
html_Mokuji.jpg

すると、以下のように表示されるようになります。

見出しタイトル


囲み内の文章





ちなみに、「#800000」の部分は枠の色、「#ffffff」はタイトル部分の文字色。これを変えたい時は、html のカラーコードを入れ替えればオッケーです。

プラグインなしでWordpressで指定行にジャンプする
 目次を作ったあとは、それぞれの目次を飛びたい場所へ飛ばすためのリンクを貼ります。これは、飛ばしたい先にアンカーというものを作り、それを飛ばす元となる文字列とリンクします。あ~こアンカーって大昔にホームページを作った時にやったなあ。。

1. リンク対象ブロックに名前を付けてアンカーを作る
 a) まずは編集画面でページでジャンプしたい行を選択し、右に出てくる『ブロック』を選択
 b) 編集ページ右側に表示される「ブロック」の編集項目の「高度な設定」を選択、
   その中に『HTMLアンカー』という項目があるので、リンク対象ブロックに名前を付けてアンカーを作る。
   たとえば「AA」という名前を付ける

2. クリックするとジャンプする文字列とアンカーポイントをリンクする
 ジャンプさせる元の文字列を選択し、その上に表示されているリンクボタン(鎖の形をした)を選択、そこに「#(アンカーポイントの名前)」を入力。たとえば名前が「AA」であれば、「#AA」と入力

 以上でした!ご参考になりましたら (^^)。


Category: PC・PCソフト・ゲーム etc. > PC関連   Tags: ---

Response: Comment: 0  Trackback: 0  

Firefox 設定情報をバックアップする方法!

Firefox_logo.jpg PC のブラウザソフト、僕は色々と使ってきたんですが、ある時からしばらくFirefox を使ってました。重いけど、アドオンがクソ便利なんですよね。その後も色々なものを使ってきて、メインではなくなったもの今もFirefox は残してあります。で、そのFirefox のデータのバックアップですが、昔はMozBackUp というソフトを使って行っていたんですが、最近バックアップしようとしたらエラーが出てバックアップできず。。というわけで、他の方法を調べてバックアップする事にしました。

■Firefox の設定情報は「Profiles」というフォルダー内のあるフォルダーに格納されている
 Firefox の設定情報は、「Profiles」というフォルダーの中に入っているフォルダーに格納されているそうです。だから、そのフォルダーのバックアップを取って、万一ぶっ飛んだら所定の場所にバックアップを取ったフォルダーをぶっこめばOK。
ただ、そのフォルダーの作られる場所がひとつではないらしいので、それを特定する必要があるみたいです。というわけで、その特定からバックアップまでの流れを説明。

■Firefox 設定情報のバックアップの手順!
・Firefox を立ち上げ、右上にあるメニューボタン(横線3本のボタン)を左クリック、「ヘルプ」を選択
・「他のトラブルシューティング情報」を選択
・アプリケーション基本情報にある「プロファイルフォルダー」の項目にある「フォルダーを開く」をクリック
・開いたフォルダーが設定情報の入ったフォルダー。階層をひとつ遡ってそのフォルダーをまるっとコピーしてバックアップ終了!

 以上でした!あら?という事は、今までも別にMoz Back Up のお世話になるほどの事でもなかったのかな?ああそうか、あれはThunderbird のバックアップも出来たから便利だったんですね、きっと(^^)。


Category: CD・レコード > ロック・ポップス   Tags: ---

Response: Comment: 0  Trackback: 0  

『Devin Townsend / PhySicist』

Devin Townsend PhySicist 90年代に復帰した後のジェフ・ベックのアルバムを何枚か聴いて思い出したのが、デヴィン・タウンゼンドというギタリストでした。思い出したと言っても音は全然覚えていなくて、はじめて聴いた時に「メタル寄りなインスト・ギタリストといったところなのかな?こういうのってなんていうジャンルなんだろ」と思った事だけが頭の隅に残ってました。これは2000年発表のアルバムで、ソロ名義だと3枚目になるみたいです。

 マイ・ブラッディ・ヴァレンタインオアシスみたいに、エフェクターかけまくっで分厚い音の壁を作ってました。90年代のロックって、こういうの流行りましたよね。こういうのって技術でなくセンスだから、良し悪しは本当に個人の好みになりそう。「好きじゃないけど技術はある」とか「好きだけどうまいとは思わない」という事はなくて、本当に好きか嫌いかだけ、みたいな。

 ただ、カッコいい音を作る事はいいけど、音だけで勝負するのはどうかな、と思ってしまいました。エフェクター任せのサウンド・メイクに走って、バッキングみたいなギターばかり弾いているもんで、これじゃギタリストとしての評価は出来ないかな、みたいな。そりゃそうですよね、弾かないんだから(^^;)。まあでもこういう音作りを「カッコいい!」と感じる頃って男の子なら誰でもあるだろうから、聴くタイミングさえ合えば楽しめる音楽かも知れません。


Category: CD・レコード > ロック・ポップス   Tags: ---

Response: Comment: 2  Trackback: 0  

『Jeff Beck / You Had It Coming』

Jeff Beck You Had It Coming 『Who Else!』で復活したジェフ・ベックが2001年に出したアルバムです。バックトラックの打ち込み依存度は前作よりさらに加速、テクノも通り過ぎてドラムンベースまで射程に入れたような音楽でした。たしかにこういうクラブ系のエレクトロニカって、当時流行ったなあ。

 こういうドラムンベースって、低音ずっしりアタックびしばしなサウンドだけで「カッコいい!」と感じます。理屈抜きに人を躍動させるツボを押さえた音楽なんでしょう。そういう意味では、たしかにかっこいい音楽だと感じました。でも、これをプレーヤーが絡むインスト音楽として絡めるには、どうしてもドラムンベースじゃない要素も持ってこないと厳しくなるのかも。ジェフ・ベックのギターの良さを引き出せていないとも感じたんですよね。

 ジェフ・ベックのギターって、フレーズの最期で汚い音でスライドダウンしたり、極端にアーミングしたりと、えげつない音色で「うおお!」と感じさせたりするインパクトを持ってるじゃないですか。ちょっと悪い言い方をすると、ネコだましの連続で成り立たせている面があって、よく聴くと「あれ?もしかしてアドリブではほぼペンタトニックしか弾けない?」と思ったりもして。つまり、長いアドリブを取らないのは、単純に長いソロをまとめるだけの楽理を持っていないのかも。
 そうなると、演奏ではなく曲自体がある程度のドラマを持てていないと、音をうしろに繋げていくけん引力になるものがなくなっちゃうんですよね。分かりやすいところでいえば、コード進行だって、音楽を次へと引っ張っていく重要な力になります。たとえば「C / Cm / Dm7-5 / G7+5 / CM6」みたいな進行があったら、これだけで飽きずに5小節を持続させる力として働くじゃないですか。ところが「C / C / C / C / C」となっていたら…このへんは聴く人によるでしょうが、僕なら3つ目のCで飽きて「もういいや」となっちゃうのです。コード進行はあくまで例のひとつですが、要するに音楽をうしろに繋げていく力の弱さが、このアルバムで起きている事と思いました。

 ジェフ・ベック関係なしで、ドラムンベースのアルバムだと思って聴いた方が、僕個人は好意的に聴けるアルバム。ギターインストに馴染まず、これをやるならもう少し劇的構成を組み込んだ方が…そうやって作ったのが、70年代中ごろのフュージョン時代の音楽だったり、前作『Who Else!』なのかな?ジェフ・ベックは強烈なKOパンチを持っているけど、試合を組み立てられるフットワークやコンビネーションは持っていないボクサーみたいなもので、彼を勝たせる有能な作曲家アレンジャーというトレーナーがついていることが成功の条件なのかも知れません。それがヤン・ハマーやトニー・ハイマスだったんだな、と。


Category: CD・レコード > ロック・ポップス   Tags: ---

Response: Comment: 0  Trackback: 0  

『Jeff Beck / Who Else!』

Jeff Beck Who Else 1999年発表、一線から身を引いていたジェフ・ベックが発表したアルバムです。85年『Flash』とこのアルバムの間に、『Jeff Beck's Guitar Shop』というアルバムが出ていたんですが(89年)、ジャケットがあまりにもダサく、しかもあのガッカリなフラッシュの後だったので、とても聴く気になれずにスルー。だから、僕にとってこのアルバムは本当に久しぶりのジェフ・ベックのニュー・アルバムでした。そしてこれが懐古趣味に陥るどころか当時の最先端を取り入れ、しかもあのとんがったロック・フュージョンなギターが炸裂するという、僕の想像のはるか上を行く素晴らしい音楽でした!

 バック・トラックは生と打ち込みのミックスでしたが、これが安っぽいどころか、当時の流行を駆使したサウンドでクソカッコよかったです。ハード・テクノ・ロックとでも言うようなサウンドなんですが(そんな用語、きっとないですね^^;)、サンプラーの使い方、ドラムンベース的なリズムセクションのサウンドメイク、どれもゾクゾクきました(^^)。ライブでの定番となった1曲目「What mama said」のバックトラックなんて、カッコよすぎてたまらないです。
 これはプロデューサーでシンセやプログラミングも担当したっぽいトニー・ハイマスという人の仕事かな?そうそう、バックトラック制作だけでなく、このアルバムに入っていた曲の大半がトニー・ハイマスさんの書いたものでした。このトニー・ハイマスという人は間違いなく優秀、音楽オタクがDTMでピコピコやって音を組み合わせただけじゃない…調べてみたら、このアルバムがでた99年に、サム・リヴァースとデュオ・アルバムを出してピアノ弾いてました…本物じゃねえか(^^)。ジェフ・ベックより全然格上ですね、こりゃ。

 そしてその上で弾きまくるジェフ・ベックのギターは、全盛期の70年代中ごろより凄いのではないかというほどの切れ味でした。ジェフ・ベックって、よく聴くとあんまり長い小節は弾かないんですよね。アドリブ自体は短いんですが、その短い時間で暴れまわる、みたいな。たまに長いアドリブをするときもありますが(このアルバムだとM5「Space for the Papa」とか)、そうなると瞬間瞬間はカッコよくても全体がまとまらない、みたいな(^^;)。そういうスタイルだと、KOパンチとなる短いギターソロを生かすための作編曲が重要になりますが、その完成度が素晴らしかったです。

 というわけで、ジェフ・ベックの短いギターソロの破壊力と、それを活かすようデザインされた曲のコンビネーションが素晴らしいアルバムでした。収録時間が長くてちょっとだれたり、インチキくさい中国音楽みたいなものもありましたが、カッコよいところの素晴らしさが抜群すぎて、そんなのは無問題。99年というと、僕はリアルタイムのロックをまったく聴かなくなっていたので知らないだけかも知れませんが、この音楽に似た音楽をいまだに知りません。ベースになった音楽は色々と分かるものの、それらをくみ上げて創られたものが素晴らしく、またジェフ・ベックのラフなギターがまたクソカッコよかったです。ジェフ・ベックって、ヤードバーズの時代から独創性に富んだ人でしたが、55歳になって若いミュージシャンより尖った事をやっちゃうんだからすごいです。ジェフ・ベックを70年代で卒業し、90年代以降を知らない方も多いと思うのですが、これは買いですよ、奥さん。


Category: CD・レコード > ロック・ポップス   Tags: ---

Response: Comment: 0  Trackback: 0  

『Jeff Beck / Flash』

Jeff Beck Flash 1985年リリースのジェフ・ベックのアルバムです。この前のアルバム『There And Back』が80年リリースなので、けっこう空きましたね。僕はジェフ・ベックが大好きだったのですが、このアルバムのはジャケットがダサく感じて(映画『バック・トゥ・ザ・フューチャー』みたいなロゴとかね^^;)、自分では買わなかったんです。で、のちにジェフ・ベック好きな同僚の家で飲んでいる時に聴かせてもらいました。

 え?え?ヴォーカル入りなの?音楽もダンス・ビートなんだけど?打ち込みに合わせたような曲まであるけど、こういう曲をジェフ・ベックが書いたとは思えないぞ…このアルバム、プロデューサーが何人もいますが、そのひとりがナイル・ロジャースで、11曲中5曲を彼が書いてました。恐らく彼が犯人ですね(^^;)。
 というわけで、映画『トップガン』か『ビバリーヒルズ・コップ』のバックで流れていそうな、いかにも80年代っぽいダンス・ビートなバックトラックの上に、ジェフ・ベックのギターを重ねた音楽でした。ところがジェフ・ベックのプレイがすごく良くて、悲しい事にギターをカッコよく演奏すればするほど、曲の安っぽさがどんど浮き上がって感じられてしまいました。

 久しぶりのアルバムがこれという事は、もうジェフ・ベックは音楽の創作に情熱を失っていて、レコード会社からの持ち込み企画に応えるぐらいの楽な仕事しかしないんじゃないか。だとしたら、ジェフ・ベックもそろそろ終わりかな…と思いきや、ここから復活して90年代以降も素晴らしいアルバムを作るんだから、大したロック・ミュージシャンだったと思います。というわけで、ジェフ・ベック復活の話はまた次回!


Category: CD・レコード > ジャズ   Tags: ---

Response: Comment: 0  Trackback: 0  

『Jackie McLean / Jackie's Bag』

Jackie McLean Jackies Bag 1961年リリース(録音は59~60年)、ハード・バップ系アルト・サックス奏者ジャッキー・マクリーンのブルーノート移籍第一弾アルバムです!マクリーンさんがブルーノートに在籍したのは主に60年代で、その頃はジャズ激変期で、ジャズが芸術音楽方面に進化した時期でもありました。というわけで、マクリーンさんも60年代は激しく音楽性を変化させましたが、ブルーノート第一作はまだハードバップの匂いも残るものでした。とはいえ、これがカッコよかったです!
 このアルバムはふたつのセッションから出来ていました。ひとつはA面収録の59年セッションで、盟友ドナルド・バードと組んだ2管クインテット。もうひとつはB面収録の60年セッションで、ブルー・ミッチェル(tp) とティナ・ブルックス (t.sax) と組んだ3管セクステットでした。

 イケイケ爽快なハード・バップ・セッションを聴けるのは59年セッションの方で、マクリーンのアドリブがすさまじいです!そして、これまではマクレーンのオカズだと思っていた(ごめんなさい^^;)ペットのドナルド・バードもキレッキレ。2曲目「Blues Inn」はブルース・ナンバーですが、テーマでのドナルド・バードのペットがヤバいほどの抜けの良さで、カッコよすぎます。このセッションでもドナルド・バードが絶好調で、3曲すべてでとんどもなく素晴らしいアドリブと、音が抜けまくりの素晴らしいオープンホーンを聴かせてくれます。僕はこのアルバムではじめてドナルド・バードの事をイケてるペッターだと感じました(バードさんスマヌス)。
 また、このセッションは全曲をマクリーンが作曲してるんですが、作編曲にも工夫があって、1曲目「Quadrangle」なんて、2管によるテーマとドラムのアドリブの交換という構造をしています。しかも全員イケイケ。フィリー・ジョーのドラムのアドリブも素晴らしくて、それは3曲目「Fidel」でも炸裂していました。

 60年のセッションは、もう少し新しいジャズの匂いを感じました。B面1曲目「Street Singer」なんてモード(ドリアン?)に聴こえますし、B面3曲目「Medina」はホール・トーンに聴こえます。そのアンニュイなサウンドはたしかに知的でしたが、ちょっとスピード感に欠けるかな?この後半に入っている2曲はどちらもティナ・ブルックス作曲なので、彼の色なのかも知れません。バップ系のアルバムって、ソロを順番にとるわけで、リーダーが誰かなんて、ソローの順番ぐらいでしか分からないですよね。実はティナ・ブルックスのセッションだった可能性も…ないか(^^;)。

 演奏も作編曲も、3曲しか入ってない59年のセッションが素晴らしくて、僕はこれにしびれました。このセッションだけでアルバム1枚作れなかったのかなあ…発表年が61年というのがネックだったのかも知れませんね、そのころだとバップ一色では、みたいな。前半3曲だけで言えば、マクリーンの初リーダ・アルバム『Presenting Jackie McLean』にならぶ名作だと思います…あ、60年セッションの方も、決して悪いものじゃないですよ。このブログを読んで下さっている方ならお分かりかと思いますが、僕はフリー・ジャズが好きです。モードやサード・ストリームも大好きです。でもジャッキー・マクリーンに限って言えば、フリーやモードよりハードバップが似合ってると思うんですよね。


Category: CD・レコード > ジャズ   Tags: ---

Response: Comment: 0  Trackback: 0  

『Jackie McLean / 4, 5 and 6』

Jackie McLean 4 5 and 6 ジャッキー・マクリーンの初リーダー・アルバムとなったAd Lib 原盤の猫ジャケット『Presenting Jackie McLean』の評判が良かったのか、プレスティッジはあっという間にマクリーンをかっさらっていきます。ああ資本主義、義理より金がものをいうんだなあ。。プレスティッジしてやったりといった所ですが、この後ブルーノートがマクリーンをかっさらっていきます。資本主義です。というわけで、これはジャッキー・マクリーンのプレスティッジ第2作で、『4, 5 and 6』というちょっと変わったアルバム・タイトルは、カルテット。クインテット、セクステットの演奏が入っているからこうなったのだと思います。メンバーは、マル・ウォルドロン (p)、ドナルド・バード (tp),、ダグ・ワトキンス(b) はデビュー・アルバムから引き継ぎ。1曲だけ3管になる曲が入っていて、そこにはテナー・サックスでハンク・モブレーが入っていました。

 デビュー・アルバム同様、これもハード・バップ・セッションでした。ここがハード・バップの難しい所だと思うんですが、デビュー・アルバムはすごく良いと思ったのに、こちらはイマイチに感じてしまいました。ハード・バップ・セッションですから、似たような曲を似たようにやってるわけで、何が明暗を分けたのか、僕自身うまく言えないという(^^;)。アップテンポよりミドルが多くて、その分だけ音楽が緩く感じたとか、ノリやアドリブの善悪とか、本当にちょっとした事なんでしょうね。しいて言えば、このアルバムではチャーリー・パーカーの「コンファメーション」を取りあげていたんですが、テンポを落とし気味なんですよ。あれって、あのテーマを超高速で吹くからカッコいいんであって、安全なテンポにしちゃったら面白くないと思うんですよね。そういう「攻め」じゃなくて「安全策」を取っている印象はあったかも。

 でも、56年というハードバップ黄金時代に、白人のアルト・サックス奏者の中からこの精度でパーカーをカバーする人が登場した事、ここに大きな意味があったのかも知れません。だってこの時代、イーストコーストのアルト・サックスと言えばキャノンボール・アダレイエリック・ドルフィー、テナーだってソニー・ロリンズジョン・コルトレーンで、東海岸のポスト・バードは全員アフリカン・アメリカンで占められていましたからね。このレコードは昔から評価する人が多いですが、その理由って、意外とそういう所なのかも知れません。でも、バップ期のマクレーンを1枚だけ聴くなら、僕にはデビュー・アルバムの方を推したいなあ(^^)。


Category: CD・レコード > ジャズ   Tags: ---

Response: Comment: 0  Trackback: 0  

『Jackie McLean / Presenting... Jackie McLean』

Jackie McLean Presenting Jackie McLean 1955年録音、アルト・サックス奏者ジャッキー・マクリーンの初リーダ・アルバムです!あら?ジャッキー・マクリーンのプロ・デビューって、マイルス・デイヴィス『DIG』セッションだと思ってましたが、あれって51年でしたよね?という事は、リーダー・アルバムすら出してない若造の段階でマイルスやソニー・ロリンズアート・ブレイキーと一緒に演奏してたんですね、すげえ。このレコードはクインテットで、メンバーはマクリーン(a.sax)、ドナルド・バード(tp)、マル・ウォルドロン(p)、ダグ・ワトキンス(b)、ロナルド・タッカー(dr)。デビュー作にして全員一線級でした。録音エンジニアもヴァン・ゲルダ―だし、リーダー・アルバムが出ていなかったというだけで、ライブ・シーンではすでに名の知られた存在だったのかも知れません。

 音楽はメンツを見れば分かる通り、典型的なハード・バップ・セッションでした。アップ・テンポの1曲目「It's You Or No One」からジャッキー・マクリーンのアドリブが見事で、速いパッセージもツーファイブ・モーションのラインの組み立ても、とにかく見事!それは3曲目「Little Melonae」も同じで、完全に引き込まれてしまいました。ハード・バップって、ただやっているだけだと単なるジャム・セッションになってつまらなくなるものが多いですが、個人技や演奏の熱気なんかで素晴らしいセッションになったものをいくつも聴いてきました。僕的にはケニー・ドリュー『Undercurrent』ジョニー・グリフィン『Little Giant』などがそうですが、このアルバムも間違いなくハードバップの名セッションのひとつだと思いました。ジャッキー・マクリーンって、僕はどこか堅いというかたどたどしいというか、そういうプレーヤーだと思っていたんですがとんでもない、素晴らしいです!
 もう1曲名演を挙げるとすれば、最後の「Lover Man」。アルトのアーティキュレーションがエロい、これは若造に演奏できるような演奏じゃないぞ(^^;)。また、ねちっこいだけではなくとんでもないファーストフィンガー、フレージングもあまりに素晴らしいもので、思わずピアノで拾ってしまいました。これ、アルト・サックスを演奏している方はメチャクチャ良い教科書になるんじゃないかなあ。マル・ウォルドロンのちょっと気だるい伴奏もいいです。

 このレコード、Ad Lib というマイナー・レーベルからリリースされていまして、オリジナル盤は数十万円。そんなの買えるわけねえ…。しかし内容が素晴らしく、さらにジャッキー・マクリーンがプレスティッジやブルーノートという名門レーベルから次々にアルバムを発表する売れっ子になり、以降はJubilee という別レーベルから『The Jackie McLean Quintet』のタイトルに改め、ジャケット違いでリリースされました。でもこの猫のシルエットのジャケット・デザインって、すごくいいじゃないですか。僕はこのジャケットのLPが欲しいとずっと思っていたんですが、90年代になって日本で復刻!文化が幼稚化した今では見る影もありませんが、昔の日本って、ジャズ熱が高かったんですよね。というわけで、この隠れた名盤はぜひ紫の猫の影絵ジャケットで!


Category: 未分類   Tags: ---

Response: Comment: 0  Trackback: 0  

嘘でしょ…ジェフ・ベック逝去

jeff beck jan hammer live ああ、マジか…。若い頃、僕が胸をときめかせたロック・ギタリストのジェフ・ベックが、1月10日に逝ってしまいました。享年78歳。

 僕がジェフ・ベックの名前を最初に知ったのは、たぶんヤードバーズのギタリストとしてでした。通称『Roger The Engineer』の中に、弦をミュートしたままカッティングを続けて徐々に音高をあげていく演奏をしている曲があって、とにかく発想が自由、そして演奏が良くも悪くも荒っぽく、実にロックを感じる人でした。
 そしてそれより先に、金曜8時から放送されていた僕の少年時代の大フェイバリット番組・ワールドプロレスリング中継で、次期シリーズの選手紹介のテーマとして、ジェフ・ベックの曲「Star Cycle」が使われていて、なんてカッコいい曲なんだろうかと思っていました。あまりに好きなものだから、ある時テレビ局に電話してその曲が何という曲なのかを訊いたのです。そしてヤードバーズのギタリストとプロレス中継の音楽の作曲者が一致したのですが、ヤードバーズとあのギターインストはまったくイメージの違う音楽だったので、それを同じ人が作っているのは驚きでした。

JeffBeck_blowbyblow.jpg 僕は、ジェフ・ベックは3つの時期に分けて捉えています。ひとつは、ヤードバーズや初期ジェフ・ベック・グループのような、ヴォーカル・ミュージックをやっている頃。ベック・ボカート&アピスもここに入れてます。この時期で好きなのは、ロッド・スチュワートが参加した最初のジェフ・ベック・グループです。最初はよく分かりませんでしたが、後になってすごく好きになりました。理由はまたあとで書きますが、近いうちにこのアルバムの紹介記事を書こうと思いますので、その時に詳しく書こうと思っています。

 ふたつ目は、フュージョン期のジェフ・ベック。75年から80年が黄金時代で、さっき触れた「Star Cycle」はこの時の曲。他にも「Scatterbrain」など、この時期には名曲名演が詰まっていて、つまらないアルバムなどありませんでした。時代はフュージョン全盛期でしたが、若い頃はジャズ方面のフュージョンより、ジェフ・ベックやサンタナといったロック・ミュージシャンが作ったフュージョンの方がだんぜん格好良く感じていました。あれって時代の音だったと言ってもいいのではないでしょうか。いま思い出しても胸が熱くなる音楽です。
Jeff Beck You Had It Coming 90年代以降のサンプリングやシーケンサーを使ったような音楽も、僕の中ではフュージョン期。バックトラックは流行に合わせて変化したけど、ジェフ・ベック自体は変わってないんですよね。しかもさらに凄くなってる、みたいな。『Who Else』なんて、恰好よくて悶絶ものでした。

 3つ目は、ヴォーカル期とフュージョン期の中間にある過渡期。ヴォーカルはいるんだけど、音楽はフュージョン期の土台がしっかりできている時期です。これって、アルバムで言うと第2期ジェフ・ベック・グループで、アルバムは『Rough & Ready』と『Jeff Beck Group』の2枚だけなんですが、これがかなりファンクでニューソウルでフュージョンで、ここでジェフ・ベックはブレイクスルーしたのだと感じました。そして、この時期の音楽を聴いてはじめて、ロッド・スチュワート期の音楽でジェフ・ベックがもくろんでいた事がいきなり分かった気がしました。

 ジェフ・ベックがいなかったら、僕は70年代後半のロックに興味を持てなかったかも。ロックをほぼ聴かなくなった後も、アルバムが出るとリアルタイムで聴いていた人。僕の中では間違いなくロックのトップ集団にいる大フェイバリット、唯一無二のギター・ヒーローです。ジミ・ヘンドリックスエリック・クラプトン、あるいはイングヴェイ・マルムスティーンヴァン・ヘイレンより高く評価する人もけっこういるのではないでしょうか。もし自分が生まれ変わっても、ジェフ・ベックの音楽がある青春時代をまた送りたいです。天国でも熱い演奏をして、神様たちを熱狂させてください!ありがとう、じゃあね。


Category: CD・レコード > クラシック   Tags: ---

Response: Comment: 0  Trackback: 0  

『ドビュッシー:歌曲集 マジー・テイト(soprano)』

Debussy_kakyokushuu_Maggie Teyte ソプラノのドビュッシー歌曲録音といえば、このマジー・テイトの録音は圧倒的に有名です。なんてったって、ドビュッシーが直接関わった歌手ですからね(^^)。これは1936年から1944年までの録音なので音質に難ありですが、でも30年代から40年代前半の録音としては優秀といえそうです。ピアノの音もつぶれずにぜんぶ聞こえるし、歌とのバランスもいいです(^^)。

 収録は、ドビュッシー歌曲で一番有名な「月の光」を含む「華やかなうたげ第1集」全3曲、第2集全3曲、「ビリティスの3つの歌」全3曲、「恋人たちの散歩道」全3曲、「叙情的散文」全4曲、それに単独曲や他の曲集の中の抜粋が5曲、全21曲です。好きな曲をバラバラにチョイスするより、こうやって曲集をまとめて録音してくれた方が、聴く側としてはアタマの中が整理しやすくって有り難いです(^^)。

 ただ、マジー・テイトさんの声がかなりおばさんっぽく聴こえてしまいました(^^;)。エディット・ピアフあたりもそうですが、戦前や戦後間もなくのヨーロッパの女性シンガーって、声がおばさんっぽく聴こえるのは僕だけでしょうか(^^;)。というわけで、歴史的録音という所以外は、個人的にはナタリー・デセイの方を聴いてしまうのでした(^^;)>。

 それにしても、詞が良かったです。ヴェルレーヌやボードレールの詞ですから、当たり前といえば当たり前なんですが、こういう歌を聴いてると、今の英米や日本のポップスのレベルの低さを痛感してしまいます。日本だって昔は北原白秋とかが書いてたんですよね、いつからこうなったんでしょうか。。大衆や子供向けの流行歌やフォルクローレも悪くないけど、知性ある歌曲は是非すたれないで欲しいと思ってしまいます。


Category: CD・レコード > クラシック   Tags: ---

Response: Comment: 0  Trackback: 0  

『ドビュッシー:歌曲集《月の光》 ナタリー・デセイ』

Debussy_Kakyokushuu_NatalieDessay.jpg ナタリー・デセイが歌ったドビュッシー歌曲集です。ナタリー・デセイはフランス出身のソプラノ歌手ですが、R.シュトラウスなどのドイツ・オペラで名声を得た人。それがフランス歌曲を歌うという事で興味をそそられました。そしてこのCDの売りは、世界初録音となる4曲のドビュッシー歌曲。フランスって、ベルリオーズの頃から純粋詩に曲をつけて歌曲化する伝統があって、しかもその中に傑作がひしめいてますが、ドビュッシーも素晴らしいフランス歌曲を作ったひとりです。「月の光」が有名ですが、「星の輝く夜」などなど、いい曲が多いのです。

 まず、ナタリー・デセイですが、さすがに素晴らしい。素晴らしいんですが、全盛期と声が変わった?そして、高音で声を伸ばしきれないところが何カ所かありました(^^;)。曲の一番盛り上がるところで「Ahh~~~」と歌いたそうなところで、「Ahh…」みたいな。これは2011年の録音ですが、さすがに年齢的にオペラの主役を務められなくなって歌曲に移行したのかな…でも傷というほどではないし、他の部分に素晴らしい所が多かったので、「細かい事はええんやで」の精神で気にしなければいいですね(^^)。

 そして、ドビュッシー歌曲はやっぱりすばらしかった!貧乏だった若いころのドビュッシーは、歌唱レッスンの伴奏者として日銭を稼いでいたそうですが(これがきっかけでマリー・ヴァニエと出会い結婚してる)、もうバイト感覚の作曲ではないです。また、元になった詩が、ヴェルレーヌにマラルメにテオドール・ド・バンヴィル、ポール・ブルジェと、素晴らしい詩なのです。この詩と曲のシンクロ具合も素晴らしんですが、やっぱり響きが良かったです。この響きの豊かな感覚がドイツ歌曲との大きな違いなんだなあ…。個人的なツボは、「星の輝く夜」、「月の光」、「ひそやかに」、「ロマンス/霧のように消える魂」、「アリエルの恋歌」、「未練」。そして、ソプラノ・メゾソプラノ(カリーヌ・デエ―)・ピアノ・合唱による「選ばれた乙女」…もう、これだけ感激する曲が入ってれば、何もいう事はないっす。歌曲のピアノ伴奏をどう作るかとか、本当に勉強になりました。

 う~んこれは良かった!すべてフランス語なので、フランス語が分からない方は、日本語訳のついている日本盤をお聴きになる事をお勧めします。横にフランス語が平行して書いてあるので、音楽と聴き比べながら、詩と音楽のシンクロ具合を堪能する事が出来ました(^^)。。


Category: CD・レコード > クラシック   Tags: ---

Response: Comment: 0  Trackback: 0  

『ブラームス:歌曲集 アンネ・ゾフィー・フォン・オッター(mezzo soprano)、ベンクト・フォシュベリ(piano)』

Brahms_kakyokushuu Otter Forsberg これもブラームスの歌曲集、メゾ・ソプラノが僕の好きなオッターだったので買ってしまいました。特にお目当ての曲があったわけでもないのに、若い頃は本当に手当たり次第だったんだなあ、飯も食わずにその金を全部CDや楽譜の購入費に充てて(^^;)>。。まあ、それで素晴らしい時間を貰ってたんだから、決して悪い事じゃなかったのかな?

 やっぱり歌は基本的に女性のものと思ってる僕は、バリトンよりソプラノやメゾソプラノの方がしっくりきます(^^)。そして、オッターさんはやっぱり凄かったです。これは1989年の録音ですが、オッターさんの脂が乗りきった頃じゃないかなあ、声は出てるし表現は見事、それであの美声ですから、言うことありません。

 でも、いくら歌や演奏が良くても、好きな曲がないというのは痛かったです(^^;)。。僕は現代人なので、やっぱりフランスの4度堆積和音や平行進行やジャズのテンションなんかを知ってしまってるわけで、いかにブラームスと言えどやっぱり和声面ではいま聴くと単純すぎて辛く感じちゃうんですよね。。そんな中、抜群に素晴らしいと感じった曲が、「9つの歌曲」Op.63の中の第8曲「懐郷 Heinweh」。いやあ、これは素晴らしすぎるだろ…。。そして「ダウマーによる8つの歌曲」Op.57の中の第8曲「なまぬるい風 Unbewege laue Luft」 、これも良かったです。


01 2023 « »
SUN MON TUE WED THU FRI SAT
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31 - - - -
プロフィール

Bach Bach

Author:Bach Bach
狭いながらも居心地のいい宿で、奥さんとペット数匹と仲良く暮らしている音楽好きです。若いころに音楽を学びましたが、成績はトホホ状態でした(*゚ー゚)

ずっとつきあってきたレコード/CDやビデオの備忘録をつけようと思い、ブログをはじめてみました。趣味で書いている程度のものですが、いい音楽、いい映画、いい本などを探している方の参考にでもなれば嬉しく思います(ノ^-^)ノ

月別アーカイブ
検索フォーム
これまでの訪問者数
最近気になってるCDとか本とか映画とか
ロシアとウクライナがほぼ戦争状態に入りましたが、僕はソ連解体後のウクライナについて本当に無知…。これは2016年にオリバー・ストーン監督が作ったウクライナのドキュメンタリー映画。日本語字幕版が出たらぜひ観たい このブログをYoutube にアップしようか迷い中。するなら作業効率としては早いほど良いんですよね。。その時にはVOICEROIDに話してもらおうかと思ってるけど、誰の声がいいのか考え中
アド
ブロとも申請フォーム
QRコード
QR

Archive

RSS