
ジャズ・ギタリストの
パット・マルティーノさんは、70年代後半からしばらくアルバムを出さなくなりました。理由は脳動脈瘤という病気で倒れてしまい、ギターの弾き方を含む記憶の一部をなくしてしまったからだとか。脳動脈瘤って…ギターどうこうじゃなく死ななくてよかったよ。。そして80年に危険極まる脳の手術に踏み込み、それを成功させ、87年に約10年ぶりにリリースしたアルバムがこれです。1987年2月のライブを収録したもので、僕がリアル・タイムでパット・マルティーノの音楽を体験したのはここからで、バンドが混然一体となって前へ前へと進んでいくメッチャクチャかっこいい音楽でした!万全じゃないんだなと思わされる所はあったものの、すごく好きな音楽。
僕的なこのアルバム最高の価値は、ピアノレスである事。パット・マルティーノさんって、デビューから他界するまで、一貫して単旋律で弾くスタイルでした。リーダー作であっても常に鍵盤楽器なりセカンドギターなりの和声楽器の伴奏者を帯同してました。ところがこのアルバムはピアノレスのギタートリオ。
マルティーノのピアノレスって、このアルバムだけなんじゃ…ギタリストとしてのパット・マルティーノの価値がこれほど問われるアルバムもないです。
でもって、その演奏は…いや~なんとも独特なもので、これで成立してしまっているのが驚きでした。何が独特って、和音の挟み方とスケールを目安に弾いているだろう演奏なんですが、そのスケールの考え方。
僕はピアノが第1楽器なので、コードの変わり目の1拍目に左手で和音を押さえるなんて当たり前なのですが、ジャズ・ギターって、なかなかそうはいかないみたいです。ジャズ・ギターの凄い人の演奏を聴いていると、アドリブの強い人ほど「タラララジャ~ン」みたいにコード頭じゃない所に和音を挟んだりするじゃないですか。これって最初にコードを弾いてしまうと左手の指が指板から外せなくなってメロディを弾けなくなってしまうからそうするのでしょうが、こういう楽器ならではの工夫をしているのがジャズギターだと僕は思っていました。ところがパット・マルティーノは最初に「ジャン」ってコードを弾いたらすぐ左手を開放して旋律弾きまくり、みたいな。そうしたくなる理由があったのかも。
パット・マルティーノさんは
マイナー・コンバージョンという方法を使ってアドリブしていているそうですが、『Conciousness』やこのアルバムあたりは特にそれを感じるんですよね。これって素早く変化していくコード進行に合わせて旋律を弾くのが難しいギターという楽器でアドリブしやすくするシステムだと僕は思っています(詳しくは
以前にチョロッと説明したのでそっちを見てね^^)。この方法を使うと旋法がコードに依拠したものではなくなってしまうので、旋律を弾いてもブロークンコードのように音で和音を暗示出来なかったりするんです。マルティーノさんのアドリブが独特な雰囲気を持ってるのは、和声構成音ではない音にダイアトニック・スケールから外れたものがちょくちょく出てくるから。それがカッコよさでもありますが、不具合が出る事もあります。常にエオリアンじゃなくてドリアンっぽい感じになったり、そもそもセカンダリーのドミナントをマイナーのまま弾くるって60年代以降のジャズ和声としてどうなのか…とか。コード伴奏者なしだと目立つようになるこういう問題を解決するために、コード頭で和音を「ジャン」って弾いてしまう必要があったのかも。
そんな風に演奏される独自のギタートリオの演奏は、なんとも独特、そして超絶。16分どころか32分音符まで普通に飛び出してくるアドリブは強烈だし、さっき書いたような
独特のシステムで弾かれるギター音楽は、これと似たものを聴いたことがないメカニカルでテクニカルなサウンド。しかも
ドラムのジョーイ・バロンを含めてものすごい熱い演奏をしていて、「これは鬼気迫るものがあるな…」みたいな。というわけで、単純に
パット・マルティーノのギター・メソッドを使ってライブでギターを演奏できるようにしたいのであれば、和音伴奏者なしで弾き切ってしまうこのアルバムを教科書にするのが最善じゃないかと思いました。
ただ、問題もあって…まずはこのレコード、音が悪いです。うまく言えないんですが、VHSテープで録音したような音といえば分かるかな…VHSを知らない今の人では分からないか(^^;)。編集もバレバレで、2曲目の4:45秒ぐらいとか、3曲目の9分半ぐらいとか、ブチッとはさみが入ってるのがもろばれ…これ、PAのダイレクト・ツーミックス・アウトなんじゃないかなあ。。
演奏ではパット・マルティーノ自身もベスト・コンディションじゃなかったみたいで、弾いてる内容は凄いけどリズムがヨレヨレ。でも復帰後でかつてほどの冴えがなくなったわけじゃない事は、同年に行われたライブ・ビデオではリズムもキレッキレだったりするので(ついでに音もそっちの方がいい)、あくまでこの日のコンディションがイマイチだっただけじゃないかと。
というわけで、良い点も悪い点も含めて、ジャズやロックのギタリストにとっては相当に学びの多いレコードじゃないかと。なにせかっこいいですしね。で、これを上回るライブ・ビデオというのは…その話はまた次回!