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心に残った音楽♪

おすすめCDの紹介のほか、本や映画の感想などを (*^ー゜)v

 

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『Sun Ra / Featuring Pharoah Sanders & Black Harold』

Sun Ra Featuring Pharoah Sanders and Black Harold_2 1964年12月31日録音(1976年リリース)、フリージャズの御大のひとりサン・ラのコンボのレコード、ライブ録音です。もともとはEl Saturn というサン・ラの自主レーベルからリリースされていた4曲入りLPだったようですが(オリジナルのUS盤はメッチャ高額!)、僕が買ったのはESPから再発された際に11曲入りに拡大されたCDでした。

 まずは演奏のレベルとテンションが素晴らしかったです(^^)。「The Shadow World」でのサン・ラの鍵盤演奏とか、「The Other World」でのクリフォード・ジェーヴスのドラムとか、メッチャすごいんですけど。。他にも、ジェームス・アレンやアラン・シルヴァといった名プレーヤーも参加していて、演奏の圧力が強烈でした!

 それでもデタラメフリー一辺倒にならず、締める所はきっちり統制されている所が、これまた見事でした。管楽器セクションは5管、書きパートでも微妙にアドリブでオブリが入ってくる感じで、スコアとアドリブのバランスが本当に良かったです。4コース(?)の管楽の中からピアノとドラムが徐々にリズムを出してくる「Discipline 9」なんて、その構成力にゾクゾク

Sun Ra Featuring Pharoah Sanders and Black Harold_1 そして、サウンド・イメージの発想力が素晴らしかったです。オリジナル盤には収録されていなかった曲「Cosmic Interpretation」でのチェレスタを用いた即興のサウンド・カラーなんて鳥肌立ちまくり…チェレスタってこんな風に使えてしまうのか、みたいな。「Voice of Pan」はローランド・カークや狩俣道夫さんのような声とフルートの同時演奏で、パン・フルートっぽさを出して、ビートとともにアフリカの密林的な雰囲気ムンムン。音楽にとってサウンド・カラーのゾクゾク感って、実は超重要だと思うんですよね(^^)。

 サン・ラ・アーケストラって、出で立ちにしても発言にしてもけっこう芝居っ気の強い演出が入ってますが、実際の音楽はメッチャ懐が深くて、しかも超本格派です。それはこのレコードも例外ではなく、チェレスタを含むサウンド面でのカラーリングは見事でしたし、ピアノの演奏も強烈。フリー度の強い管楽器セクション大フィーチャーな曲でも音楽が崩れてしまわないのは、コンポジション能力の高さゆえだと思いました。
 これ、ファラオ・サンダースが有名になったから陽の目を見るようになったレコードと思いますが、他がもっとすごいので、正直言ってファラオがどうこうとは感じませんでした(^^;)。ファラオはもちろん素晴らしいけど、実際にはソロイストでもなく期間契約されたプレイヤーのひとりにすぎなかったんだろうし、彼がいなかったとしてもこの音楽のレベルが下がったとは思えません。なんでそれまでリリースされなかったのかが不思議なぐらいメッチャかっこいい音楽でした!


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『Pharoah Sanders / Pharaoh』

Pharoah Sanders _Pharaoh 1964年録音(65年リリース)、ESPより発表されたファラオ・サンダース初のリーダー・アルバムです。アルバムは片面1曲ずつの全2曲、編成はトランペットが加わった2管編成のクインテットでした。メンバーは僕の知らない人ばかりでしたが、みんな堅実なプレイでうまかったです。

 ファラオ・サンダースと言えば、ジョン・コルトレーンのバンドに参加した時の強烈なブローでブイブイ言わせるフリー・ジャズな演奏が、強烈な印象として残っていました。そんなわけで、表現の凄さとは別に、いつしか音楽をちゃんと演奏できない人だと思うようになっていったんですよね、僕。ところがこのレコードを聴いて、デビュー当時からきちんとジャズを演奏できる人だったのだと思い知る事になったのでした。しかもうまい。

 音楽は、テーマがあって、キーも小節もビートも明確、いわゆるジャズでした。2曲目「Bethera」なんて、普通に3625とかを回してましたし、シャレオツなオーセンティックなジャズと言っても良いほどで、フリージャズのかけらすら感じませんでした。
 ただ、1曲目「Seven By Seven」は、ブローイング・コーラスに入ってからのファラオ・サンダースが強烈で、最初はコルトレーン的な構想句フレージングとかもやってるけど、そのうちブローが入り始め、小説をはみ出しはじめ、最後には…みたいな。いやあ、ルールの範囲内だけでチマチマやってるなんてつまらない、反則でも場外乱闘でも何でもやって、強引にでも客の目を惹きつけるのがプロレス…じゃなかったジャズと言うものだと思います!オーネット・コールマンやマリオン・ブラウンもそうですが、初期のフリー・ジャズのサクソフォニストって、こういうジャズと非ジャズの境界でバランスを取るのがうまいと思います。反則アリだけど、反則だけになっちゃったらつまらないんですよね。噛みついて目つぶししての流血戦でも、最後はジャーマン・スープレックスで決めてくれないと、みたいな。

 すごく良い音楽だけどやや小粒に感じるのは、共演陣がうまいけど流血戦も出来ずフィニッシュ・ホールドも持っていないので、迫力に欠けるからかも。でも決して下手ではないし、むしろ彼らがメインストリームなジャズを徹頭徹尾キープできたからからこそ、「あ、デタラメじゃないわ」という所が目に留まりやすくなった効果もあったかも知れません。それにしたってデビュー・レコードからこれは凄いです。うまさだけで言えば、コルトレーン・バンドに参加していた頃より上かも知れません。


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映画『鉄道員(ぽっぽや)』 高倉健主演

Tetsudouin Poppoya 1999年制作、浅田次郎原作、『居酒屋兆治』や『寒椿』の降旗康男監督高倉健主演、小林稔二侍、大竹しのぶ、広末涼子などが出演した邦画です。見る前はそういう映画だとは思っていなかったのですが、これも老境を扱った映画という事でいいのではないかと。

 ひとりで雪国のローカル駅の仕事を切り盛りしている定年間際の駅長・乙松(高倉健)は、仕事馬鹿が祟って仕事を優先してしまい、ひとり娘の死に目にも会えず、妻も先立たせてしまいました。そんな彼が定年を前にワーカホリックだった自分の人生を振り帰って人生を反芻する、という物語でした。以下、ネタバレになるので、見たくない方は***印まで飛んでくださいね。

 このテーマ自体は良かったと思うのですが、脚本や演出がちょっと…。何でもかんでも「それがぽっぽや(鉄道員)だから」とか、決して良い生き方をしなかった男を美化するセリフのオンパレードなのはどうかと。人の行動を判断するのは見る側それぞれであって、それをセリフで一方向に誘導されると、それが同意できない時には違和感しかないんですよね。。
 また、亡くした子供が何度も乙松を訪れるくだりは、かなり早い段階で「これって死んだ子供じゃないの」と分かってしまいました。これは演出で何とかならなかったのか…。
Tetsudouin_poppoya_pic1.jpg また、この子供が現れるというプロットにどういう意味があるかというと…これ、超常現象と理解するなら映画はぶち壊しなので、乙松が生み出した幻想と思った方が物語は面白いです。ただその場合にどういう意味を持つかというと、仕事一筋で生きてきて妻も子供も死なせてしまった自分を許した、というあたりになるのかな、と。それって情緒的ではあるけど、論理的ではないです。心理テストではENTJ(指揮官)タイプという冷徹までに論理的という性格の僕としては、「まったく筋が通らないけど情に訴えられたらオッケー」みたいなこういうのって、すごく嫌なんですよね。これは日本文学や日本の戦後詩にも共通する特性じゃないかと。

***
 悪い映画ではありませんでしたが、大好きな映画『寒椿』を撮った降旗康男監督作品だけに、もう一声と感じました。実は降旗&高倉健では『居酒屋兆治』も外した事あるんですよね。。良かったのは、雪の大自然とローカル列車を対比させた絵面の美しさ。それから、この映画ではじめて広末涼子を可愛いと思いましたね(^^)。


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映画『生きる』 黒澤明監督

Ikiru_KurosawaAkira.jpg 死に直面した老人を扱った映画、次は1952年公開の『生きる』です。監督は黒澤明、脚本は黒澤明/橋本忍/小國英雄。この映画の主題歌に使われた「ゴンドラの唄」が好きだったもので、若いころに何度も見ようとした映画でした。ただ、この映画を観たら死について真正面から向き合わないといけなくなりそうな気がして、恐れおののいて「いま見ない方がいい」と思って観るのを避けてきたんです。でも僕もいい歳になってきたので、ここは勇気をだして観る事にしました!

 役所で働く渡辺は、もうすぐ定年。そんなタイミングで自分が癌だという事を知ってしまう。その瞬間に自分の人生を走馬灯のように思い出し、早くして妻に先立たれてからは息子を生きがいにして生きてきたことに気づく。しかしふと耳にした息子夫婦の会話から、息子はそこまで父親の事を思っていない事を知る。その日から渡辺は無欠勤だった役所を休み、貯金を下ろして遊び歩く。それでも心が満たされなかった渡辺だが、町で自分の部下だった若い女とばったり出会い、奔放な彼女の生き方や生命力に惹かれる。それを彼女に伝えると、役所を辞めてこう王で働き始めた彼女に「課長さんも何か作ってみたら」と言われる。渡辺はずっと休んでいた役所に復帰して、ずっと棚上げになっていた公園の建設を実現するために動き出す。

 観る前は堅苦しくて重い文芸映画かと思っていたんですが、いざ見始めると随所に笑いも取り入れてあって面白い映画でした。病院で別の患者に「医者に『ただの胃潰瘍ですよ、好きなもの食べていいですよ』なんて言われたら末期の胃がんですよ」なんていう前振りを入れられたりしてね(^^)。で、診察を受けたらまったくその通りのことを医者に言われてしまうという。
 先入観では、自分の死期を知った人間が、生や死についてどう考え、どう行動するかを深堀した映画と思っていたんですが、その部分の掘り下げはそこまで深くなく(と、僕は思いました)、むしろいろんな言い訳を作って仕事をしようとしない役所への批判がメインの映画とすら感じました。この映画、50分近くを残して主人公が死んでしまうんですが、その通夜の席で役所の人が延々と仕事をしない事の言い訳とか、そんな話ばかりしてるんですよ(^^;)。

 意外にも暗くもしんどくもなく、硬軟併せ持つ面白い映画でした。日本映画って古いものの方が圧倒的に面白いと感じます。ただ、この映画で「生きるとは何か」を学ぼうとしても、それは無理かも…そういうテーマって産業映画には荷が重すぎるんでしょうね。。


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映画『ライムライト』 チャールズ・チャップリン主演・脚本・監督

LimeLight_Chaplin.jpg 1952年制作、チャップリンの映画です。『街の灯』が31年、『モダン・タイムス』が36年なので、けっこう後期の作品でしょうか。歳をとって落ちぶれた男を描いた映画で、チャップリンがあのちょび髭にシルクハットというコメディアンな出で立ちではなく、素顔で出演していました。そうそう、日本のウィキペディアには「コメディ映画」と書いてありましたが、まるでコメディに感じませんでした。

 若いころにこの映画を観ようと思ったきっかけは、晩節を迎えた人間が、人生とは何かを深く掘り下げて考える映画だと思ったからでしたが、そんなにガチな掘り下げではなく、何となくいい話っぽくまとめただけ、みたいな。死なんてそんな綺麗ごとでもお安いもんでもないだろ、とタナトフォビアの僕なんかは思ってしまったのでした(^^;)スマヌス。死や人生に対する掘り下げが浅すぎるといちど感じはじめてしまうと、セリフは芝居くさいし、若い女に想われ慕われるというジジイ(またはチャップリン本人?)の願望を形にしただけに見えてしまったり。

 自分のことを持ち上げようとする人の自慢話って、鼻につくじゃないですか。そういうものを感じてしまった映画でした。僕が感激したチャップリンって、自分を下げてまで人を楽しませようとする人であって、そういう所を含めて『街の灯』や『モダン・タイムス』が大好きだったのかも。そんなチャップリンが薄っぺらいお涙ちょうだいの自画自賛映画を作ろうとは…う~ん、そう思ってしまう僕のほうがすれてるんですかね。。


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映画『ウンベルトD』 ヴィットリオ・デ・シーカ監督

UmbertoD.jpg 1952年のイタリア映画です。監督は『自転車泥棒』、『終着駅』、『ひまわり』のヴィットリオ・デ・シーカ。モノクロですがトーキーじゃありませんでした。内容は、公務員を務めあげた老人が、家賃を大幅に値上げされて年金だけでは家賃が払えなくなり、とほうに暮れるというもの。

 この老人、フライク君という犬を飼ってるんですが、この犬を家族のようにかわいがっていて、犬の方も老人になついています。かしこいし、けなげでかわいいワン。家賃すら払えない老人は、大事にしていた本を売り、時計を売り、どうにかお金を作ろうとしますが、家族同然の犬だけは手放そうとしません。それでもどうにもならなくなり、物乞いまでしようとしますが、最後の最後でプライドが邪魔して出来ず。かわりにフライクに帽子を咥えさせて物乞いをしてもらおうとするも、それをかつての知り合いに見つかって断念。そして思いつめて…

 これは他人事じゃない…自分の老後を考えてしまいました。いまの日本の破たんした年金機構を考えるとね…。それだけじゃなく、齢をとったあと、ボクは自分の人生をどう振り返るんだろうかという事まで考えさせられました。同じ老年期を描いた映画でも、チャップリンの『ライムライト』みたいに老年期を美化した映画とはえらい違いで、容赦なくリアル。観て楽しい映画じゃないですが、これは観た方がいいかも。

 あと、映画の本筋じゃないですが、大戦後間もないイタリアの風景を見れたのは貴重な体験でした。道も建物も石だらけ、病院はまるで野戦病院のよう、市民はみんな貧乏。ヨーロッパの労働者階級って、50年代はかなり貧乏なんですよね。労働者がまともな市民権を勝ち取るのは、もっとあと。そして…映画って、モノクロの方が美しく感じちゃうのはボクだけでしょうか?どのシーンを切り取ってもまるで絵画のよう、美的センスを感じるなあ。


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映画『幸せなひとりぼっち』 監督・脚本ハンネス・ホルム

ShiawasenaHitoribocchijpg.jpg 2015年制作のスウェーデン映画、原作はフレドリック・バックマンの書いた同名小説だそうです。基本はコメディですがスラップスティックではなく、重く深いテーマを軽妙に描いた作品でした。

 最愛の妻に先立たれた老人オーヴェは、異常に几帳面な上に近所で評判の偏屈男。何度も自殺しようとするが、隣に越してきたガチャガチャしたイラン人女性パルヴァネとその家族が引き起こす騒動に巻き込まれ、なかなか死ねない。そのうちに、パルヴァネのふたりの子供に懐かれ、捨て猫に懐かれ、人の命を救った事で新聞記者が押しかけて…

 笑える部分はさりげなく「フフッ」となるような、上品な笑い。親友との仲たがいのきっかけが、好きな車のメーカーの違いだったり、死のうとするたびにお約束のように邪魔が入ったり、死のうとしてるのに隣人の子供に懐かれ、猫にも懐かれ、死ぬに死ねなくなっていったりね(^^;)。それにしても、命を救ってあげて以降、散歩にもついてくるようになったネコが可愛かったです(^^)。

 でもこの映画の主軸はコメディではなく、愛する妻に先立たれたあとの人生を描く事で、笑いは映画を見続けるためのガジェットぐらいのものだったのかも知れません。この映画、最愛の妻(や夫)に先立たれた人に、露骨に「こういう風に生きればいいんだよ」という教訓を伝えるような映画ではありませんでした。ただ、最愛の連れとの人生をふり返って、そのあとの人生の振る舞い方を考える所は、実際にそういうものなのかも知れないと思わされました。長年連れ添った人がいなくなって、ひとり広い家で過ごす日々とか…。ひとつの不幸ばかり見てしまうと不幸に思えてしまうけれど、もう少し視野を広げると、人生にはいろんなところに小さな幸福が落ちているという事なのかも知れません。

 大作とも名作とも違うけれど、心に残るいい映画でした(^^)。。


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『ショスタコーヴィチ:《交響曲第15番》 歌曲集《ユダヤの民族詩から》 ハイティンク指揮、ロンドン響/アムステルダム・コンセルトヘボウ』

shostakovich symphony 15 haitink ショスタコーヴィチの最後の交響曲である15番と、歌曲集「ユダヤの民族詩から」を収録したCDです。指揮はいつものごとくハイティンク。僕がショスタオーヴィチのシンフォニーを聴きまくっていた頃、西側の指揮者でショスタコの録音をしていたのってハイティンクぐらいしかいなかったんですよね。

 「交響曲第15番」op.141(1971)。ショスタコ版「大地の歌」のような変化球気味の交響曲だった後に来た15番は、4楽章のシンフォニーでした。ところが従来の4楽章ソナタとはひと味違った作り方をしていて、僕にはアレグレットの1・3楽章がペア、短調のアダージョから始まる2・4楽章がペアといった構成に聴こえました。2楽章や4楽章に「おお!」と思う所もあったんですが、全体としては茫洋としたシンフォニーに聴こえました…スマヌス。
 1楽章は「ウィアリアム・テル序曲」のモチーフが出てきたりと、まるでおもちゃのマーチのよう…これって何か標題があったんでしょうか。本当にお遊びのような第1楽章でした。で、3楽章もこれに似ていました。
 2楽章へ短調(アダージョ~ラルゴ)はうって変わって重厚。恐らく3部形式ですが、第1部は戦争を悼んでいるよう…以前のシンフォニーに引っ張られ過ぎですかね(^^;)。
 4楽章も2楽章に似た雰囲気でスタートしましたが、途中からクライマックスに達するまでが見事!でも大きなヤマが終わった後にまた音楽が始まっちゃうのはどういう意図があるんだろう…難しいです。第4楽章は他の曲からの引用がチラホラきこえたので、(僕に分かったのはシンフォニー7番「レニングラード」のモチーフと、ワーグナー「トリスタンとイゾルデ」)、何か意味があるんでしょうね。こういうのって、クラシックや西洋文化に詳しくないと謎解きすらできないのが悔しいっす。。

 歌曲集「ユダヤの民族詩から From Jewish Folk Poetry」op.79。おお~これは独特な音楽で面白かったです!!これってユダヤ音楽に元ネタがあるんですかね、それともユダヤの詩編にショスタコが曲を充てたんでしょうか。いずれにしてもロマと中東とスラヴの音楽が混ざったようなエキゾチックなムードの曲が並んでいて最高でした!特に第2曲「Fussy Mummy and Auntie」、3「Lullaby」、4「Before a long separation」は最高。それからソプラノ、コントラルト、テノールの3声の絡み(常に全員入っているとは限らない)も面白かったです。

 家にあるCDやLPを聴くだけでも、僕はもう1周聴いている暇はないと思っています。まして自分で作曲も続けるとなると…。そういう観点から、このCDをもう一度聴く際の備忘録として、「交響曲15番は第4楽章、ユダヤの民族詩からは全部聴き直していいけど、特に2,3,4 が最高」とだけ書き残しておこう(^^)。


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『ショスタコーヴィチ:《交響曲第14番》 《マリーナ・ツヴェタエワの詩による6つの歌曲》 ハイティンク指揮、アムステルダム・コンセルトヘボウ』

Shostakovich_Symphony14_Haitink.jpg 詩を大フィーチャーしたショスタコーヴィチの管弦楽曲作品をふたつ収めたCDです。ひとつは「マリーナ・ツヴェタエワの詩による6つの歌曲」の室内管弦楽伴奏版、もうひとつは何とも独創的なショスタコーヴィチのシンフォニー14番です!

 「交響曲第14番」op.135(1969)。このシンフォニーは色んな意味で独創性が際立っていました。全楽章に詩がついていて、11楽章で出来ていて、後半に進みにしたがって無調や音列技法が目立ってきて…これを交響曲と呼んでいいのかという気すらしてしまう音楽でした。詩と管弦楽のコラボという意味では、マーラー『大地の歌』あたりへの意識もあったのかも知れません。そうそう、使われた詩はアポリネール6篇、ロルカ2篇、リルケ2篇、キュッヘルベケル1篇でした。
  僕はこのCDを輸入盤で買ったんですが、有り難い事に4か国語のバイリンガルで訳詩が載っていました…日本語はなかったけど、英語があったのでギリセーフ(^^)。で、その英訳を一部抜粋すると、1曲目ロルカのDe profundis が「The hundred lovers sleep forever under the dry earth」みたいな感じで、全曲が死にまつわる詩でした。ショスタコーヴィチはこの曲を発表した翌70年から療養生活に入るので、自分の命に関して思う所があったのかも知れません。死生観がシンフォニーの創作動機になっているとしたら、そのへんもマーラーに似ているかも。
 音楽は、さっき「後半に行くほど無調」みたいに書きましたが、聴感としてはどれも調的重力を感じるもので、それは音列を使っている(ごめんなさい外れてるかも^^;)第5楽章ですらそうでした。和声法や楽式面で言うと、僕には保守に聴こえたほど。詩があるからか基本的に激しいクライマックスはなく並列になっている感じで、全体の劇性を感じたのは最終楽章のラストぐらい。それでも全体の統一が取れずに歌曲集のように聴こえたかというとそんな事はなく、第1楽章と第10楽章で同じ主題を使うなど、工夫があってさすがでした。

 「マリーナ・ツヴェタエワの詩による6つの歌曲」op.143a(1973)。この曲はピアノ伴奏版もあるそうですが、このCDにはいっていたのは室内管弦楽伴奏版。歌ものという事もあるのか、全体の印象は交響曲14番に近く、全体の統制という意味ではこちらの方が統一感を感じました。全体的に重く暗い音楽で…死ぬ2年前になると、人ってこんな風に自分の命を考えるものなのかも、なんて思ってしまいました。

 このCD、録音がいつかよく分からないんですが(P印でいえば1981+83)、DDD みたいですごくシャープでエッジの効いた音でした。タイトなので、オーケストラよりもっと小さい編成で演奏しているよう。ハイティンク&コンセルトヘボウの演奏だけでなく、たぶんそれが原因だと思うんですが、ショスタコが意識しただろうアンサンブルが鮮明に聴こえるようで、見事な演奏だったと思います。ただ、もっとホールのアコースティックを活かした録音があるなら、それも聴いてみたいと思った…かな(^^)。。


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『ショスタコーヴィチ:交響曲第11番《1905年》 ハイティンク指揮、アムステルダム・コンセルトヘボウ管弦楽団』

Shostakovich_Sym11_Haitink.jpg 1957年に作曲されたショスタコーヴィチの標題つき交響曲、11番「1905年」です!僕は標題音楽って純音楽に比べると、音楽としては原理からしてちょっと格下になっちゃうと思っていた時期があったんですが(今でもそう思ってる節があります)、これは標題音楽だからこその素晴らしい音楽だと思いました。いや、音楽というよりも音楽劇といった感じなのかな?違ういい方をすると、標題音楽的なものが多いショスタコのシンフォニーって他にもあって、他のものは音楽だけでもきいていられるんですが、「1905年」は物語なくしてこの音楽はあり得ないだろうな、と感じました。題材となった「血の日曜日事件」どうこうではなくて、元になった物語なくして音楽をこういう様式にしないだろう、みたいな。

 まずは、音の印象に敏感なアホな僕としては(^^;)、フワーッとした平和と不穏さの同居したような第1楽章がとにかく素晴らしかったです。僕はこのシンフォニー、この録音でしか聴いた事がないんですが、和弦がオルガンみたいな音を出してずっと漂っていて、この音がメッチャ素晴らしかったです!これ、他のオケでもこういう音になるのかな…。で、この印象付けられた1楽章のムードは最後に聴いてくることに。

 全体は全4楽章、楽章をまたいだ展開を含めて言えば、序破序破序急、みたいな。ただ、僕は4楽章シンフォニーだと最初から知っていたもので、聴いている最中は「あ、序破序破で終わりか。面白い構成だけどなんだか1~2楽章をリピートしたみたいに聴こえちゃうな」な~んて思ってました。標題音楽なので音楽そのもののドラマではなく、物語に沿った進行をさせてこうなったのかな、みたいな。
 ところが最後にあの印象的な1楽章に戻って、「あ、なるほどな」と思ったらそれも束の間、とんでもないラストがドッカーン!しかもブツっと終わる感じで、騒乱や不安を残したまま…なるほど「1905年」ですもんね…。いやあ、最後に2回ひっくり返すのは映画音楽作曲家でもあるショスタコーヴィチの演出能力といった所でしょうか、この構成が良かったです。

 僕は気に入った録音に出会ったらそれ以上の聴き比べはしない主義なので、この曲の別録音を聴いたことがありません。その前提で言うと、コントラストの効いた素晴らしいディレクションと演奏でした!1983年録音なので、今だともう少しエッジの効いた録音もありそうですが、我ただ足るを知る、ですね(^^)。素晴らしい音楽と演奏でした!!


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『Jimi Hendrix / Before London』

JimiHendrix_BeforeLondon.jpg 1964~66年録音(1980年リリース)、ソロ・デビュー前のジミ・ヘンドリックスの録音集です。僕が持っているのはUS盤ですが、そのレコードには詳しい録音データは載っていなくて、ジャケット裏の英語ライナーに「ジミが渡英する前の1964~66年の録音」と書いてあるだけでした。僕がなぜこのレコードを買ったかというと、高校生のころにテレビ東京制作のロック番組ででジミヘン特集をやっていて、そこでこのアルバム収録のインスト曲「Funky」が流れていて、それがカッコよくて…。

 歌入りの曲も数曲ありましたが、ほとんどがインスト。クラブ系サイケデリック・ロックと、これまたクラブ系に聴こえるR&B調の音楽。中でもインスト・サイケが途轍もないカッコよさで、「Git Down」と「Funky」の独特なアンダーグラウンド感覚はヤバカッコよすぎ、僕はこれにやられました。この音楽の質感を言葉で伝えるのは難しいですが、このサイケデリック感覚ってロック以外の音楽では聴いた事がないです。。。
 あと、R&Bをはじめポップ・ナンバーはけっこう洒落たコード進行をしましたが、ペンタトニック主体で演奏を組み立てているジミヘンがこれにもうまく対応してしまうんですよね。いったいどういうマジックなんでしょうか…。

 ソロ・デビュー前のジミヘンの音源と言えば、カーティス・ナイトやロニー・ヤングブラッドのバックバンドに入った音源が有名で、僕は『Prologue featuring Curtis Knight』というアルバムと、6枚組CD『The Complete PPX Studio Recordings』を聴いてきました。このアルバムは10曲が入っていましたが、それら有名音源とのかぶりがひとつもないのも素晴らしかったです。マニア向けの発掘音源にしておくには惜しい、魅力ある音楽でした!


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『Jimi Hendrix / Prologue featuring Curtis Knight』

Jimi Hendrix_Prologue 以前、「デビュー前のハコバン時代のジミヘンは、ギターの演奏だけに徹していて、そのギターがキレッキレでカッコよすぎ!」みたいな事を書いたことがありました。それは、ジミヘンがエクスペリエンス結成前にサイドマンとして参加していた時代の録音を集めた『The Complete PPX Studio Recordings』という6枚組のCD BOX について書いたときなんですが、そのボックスが出るまでは、デビュー前のジミヘンの演奏は色んなブート盤を聴きかじる状態でした。デビュー前のジミヘンがカーティス・ナイトというシンガーのバックバンドに参加していたのは有名な話ですが、そのバンドでの音源をあつめたのがこのCDです。『The Complete PPX Studio Recordings』を購入した時点で、僕にとってこのCDは既に用済み…かと思いきや、手放せなかったんですよ!理由はふたつで、ひとつは「Complete」なはずのPPX のボックスに入ってない曲が、このCDには4曲も入っているから。もうひとつは、音がぜんぜん違うから。困ったもんだ(^^;)。。

 『The Complete PPX Studio Recordings』に入ってない曲は以下の4曲です。
 ・「You Don’t Want Me」のヴォーカル入り
 ・「Hang On Sloopy」
 ・「ダンス天国」
 ・「Twist and Shout」

 というわけで、未収録曲だけでもこのCDを持っている価値がありそう。そしてそれ以上に僕が思うのは、こっちのCDの方がマスターのままっぽい生々しい音で、正直言ってこっちの方が音が好きなんです。というのも、「The Complete PPX…」は、すごくリヴァーブがかかってる曲があって、音がボワンボワンだったりして(^^;)、
 ちなみに、「Complete」と名乗ってる割りにPPX BOX未収録の音源ってけっこうあるんですよね。僕は『Before London』というブート盤に入ってる「Funky」という妖しいムードのインスト・ジャムも好きなんですが、そのれもComplete PPX に入ってないもんで、そのブートも手放せないのでした(^^;)。

 サイケでポップでキレッキレのR&R/R&Bのカーティス・ナイトのバンド、メッチャかっこよかったです。当時サイケバンドや黒人チャートのR&B部門で売れていた数多のバンドよりも正直いってカッコよかった…これ、実際にジミヘンの構成期も大きかったと思います。全然売れなかったけど、実はメッチャいいバンドって、世の中にいっぱいあるんでしょうね。。


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『Jimi Hendrix / Cry of Love』

Jimi Hendrix Cry of Love ジミ・ヘンドリックスの未発表スタジオ録音集です。このアルバムは以前に紹介した『War Heroes』や『Crash Landing』みたいなデモテープに近いものの寄せ集めアルバムと違って、生前の発表が間に合わなかっただけで、実質ジミヘンの4作目として進められた録音だったんだそうな。このアルバムに入ってる「FREEDOM」、「EZY RIDER」、「IN FROM THE STORM」あたりは、ライブではバンバン演奏されてましたしね(^^)。

 アルバムの印象としては、デビュー作『Are You Experienced』みたいに作曲がすごい感じもなく、サードアルバム『Electric Ladyland』みたいにすごいコンセプトアルバム&詞も素晴らしい&サイケデリック感満載というわけでもなく、ライブ盤みたいなギターのスーパープレイ満載というわけでもなく、セカンドアルバム『Bold as Love』みたいな小品集みたいなノリ。サイケデリック感は薄くて、今までのブルース系のロックにファンクっぽいリズムが入ってきた感じでした。「Ezy Rider」なんか、バンド・オブ・ジプシーズのライブ演奏だとかなりハードロック的な演奏でしたが、このスタジオ録音だとワカチコとカッティングするギターが目立ってえらくファンク的。

 ジミヘンにしてはサラッとしたアルバム、とてもドラッグで死んでしまった人の死亡直前の録音とは思えない健康的なアルバムでした(^^)。あ、あと、このアルバム、CDでは未発表音源集『First Rays of the New Rising Sun』に全部入ってるみたいなので、特にアナログ盤やジャケットとかに拘らないのなら、そちらを買うのも手かも。まあでも、ジミヘンコレクターとしてはこのジャケのLPが欲しいですよね、やっぱり。。


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『The Jimi Hendrix Experience / Electric Ladyland』

Jimi Hendrix Experience Electric Ladyland1  ジミ・ヘンドリックスのサードにして最後のスタジオ録音アルバムです。このアルバムは2枚組でコンセプトアルバムっぽい雰囲気で普通のバンド・ミュージックとちょっと違っていて、中学生の頃に最初に針を落とした時は「?」状態でした。ところが聴けば聴くほど味が出てきて、3回目ぐらいには「これはすごいわ」となったもので、産業音楽に飼い慣らされていた中学生の青くさい感覚を吹っ飛ばし、音楽を聴く脳を育ててもらった思い出のアルバムでもあります。そうそう、裸のお姉さん達が写ってるのがUK盤で、ジミヘンのアップがUS盤だったと思います。昔の日本盤はUK盤準拠でしたが、曲順が違うんですよね。これって入れ替えたんじゃなくて、レコードのサイドを間違えたんじゃないかと(^^;)。でもこの曲順で馴染んでしまったもんで、僕は昔の日本盤の曲順が好きだったりします。。

 今までのエクスペリエンスのアルバムとの違いは、ゲスト・ミュージシャンの参加の多さです。これが音楽にとってはメチャクチャに大きくて、悪く言えばまとまりのなさにもつながったかも知れないけど、スリーピースのバンドロックという領域をはるかに超えた表現を得たというプラス面がとにかく大きかったのではないかと。
 その筆頭が「Voodoo Chile」(スライト・リターンじゃない方)へのスティーヴ・ウインウッドの参加で、そのハモンド・オルガンの壮絶さに圧倒されました。またウインウッドを含むバンドの演奏が奔放かつ劇的で、シンプルな構成の曲ながら15分をかけてクライマックスにのぼっていくその劇性は鳥肌もの。演奏でいえば、この曲こそが僕にとってのこのアルバムです。すごい。
 
Jimi Hendrix_ Electric Ladyland_2 曲や演奏だけでなく、詞の素晴らしさにも震えました。ジミヘンの詞ってサイケデリックで素晴らしいですが、特にこのアルバムの詞は深さも幻想性も突き抜けていて、とてつもなく素晴らしかったです。多感な中学生の頃、ジミヘンやジム・モリソンの詞をきいたところで、僕はひとつの壁を越えたように感じました。

・山を手でたたき割り、そのかけらを集めて島を作る。砂から山を作ることもできる。なぜなら俺はヴ―ドゥー教のメキシカンだからだ (Voodoo Chile)

・俺と彼女は砂の上で愛し合い、最後の時に会釈する(moon turn the tides...gently gently away)


 そうそう、このアルバムの最後に入っている「moon turn the tides...gently gently away」の歌詞は、この後、海に沈んでいって、最後の時に海底に沈む俺たちのマシンに乗って永遠の旅に出る…みたいな厭世観ただよう幻想詩ですが、この詩的表現は翻訳したら味わいもへったくれもないので英語のまま味わいたい。この曲、詞も曲も演奏も本当に素晴らしくて、ロックの素晴らしさに震えました。

 野蛮や卑俗さこそが身上ですらありそうなロックに芸術性があるとしたら、このアルバムなんてまさにそれじゃないかと。クラシックもオーセンティックなジャズも、文学でいうところのウィリアム・ブレイクやド・クインシーのような領域に踏み込む事が出来ませんでしたが、サイケデリック・ロックとフリー・ジャズはそこに踏み込む事が出来た音楽だったと感じます。中でも「Voodoo Chile」と「moon turn the tides...gently gently away」は必聴。若い頃、こういう芸術的な領域に踏み込んだロックに触れる事が出来たのは、それまで見えていなかったものが見え、聞こえなかったものが聞こえるようになった人生の財産でした(^^)。


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『The Jimi Hendrix Experience / Smash Hits』

Jimi Hendrix Experience Smash Hits 1968年発表、ジミ・ヘンドリックスの生前に発表されたエクスペリエンスのコンピレーション・アルバムです。発売はセカンド・アルバムBold As Love』リリースのちょっと後で、その頃までにリリースされたジミヘンのEPレコードのAB面をすべて収録
 僕が買った英オリジナルのファースト(ファーストは英盤と米盤で収録曲が違う)にも収められていた曲が4曲でこれはダブり。残り8曲がこのアルバムでないと聴けない曲でした。「紫のけむり」「ヘイ・ジョー」「ストーン・フリー」いうジミヘンの代表ナンバーはこのアルバムじゃないと聴けなかったんですよね。「ヘイ・ジョー」は、友達の家でジミヘンのビデオを見せてもらっていたら、いきなり歯でギターを弾き始めてビビった思い出があります(^^)。

 このアルバム、シングル集という事もあって、ジミヘンのスタジオ盤にあるコンセプトアルバムっぽさも、あるいはライブでのあの圧倒的な爆発力もなく、丁寧な演奏でサクッっと3分ほどにまとめてあって大人しく感じました。「Stone Free」なんてこれから面白くなりそうなところでフェードアウトしますし(^^;)。。とはいうものの、久々に聴くと「Purple Haze」の録音とか、メッチャ音が太くて、マルチ録音で音場も見事!ええ~、こんないい録音だったっけ‥そうか、きっとイギリス録音なんだな。こういう音って60年代後半のロックのイギリス録音のスタジオ盤でしか聴けないから貴重かも。クリーム『Fresh Cream』やディープ・パープル『Shades of Deep Purple』、それにピンク・フロイド『A Saucerful of Secrets』もこういうサウンドでした。

 そんな中カッコいいと思った曲が、「賭博師サムのサイコロ」。曲なんてワンコーラスだけ、あとはギター弾きまくりで、その前でジミヘンのアドリブでのマシンガントーク。いや~こういう格好いい発想が出来るところがジミヘンのセンスですよね、実はギター以上に作曲能力や発想力がすごい、みたいな。

 というわけで、コンピとはいえオリジナル・アルバムとセットのようなアルバムでした。CD化の時に、オリジナル・アルバムのボーナス・トラックにまとめられた…かと思いきや、「詐欺師サムのサイコロ」と「Burning of the Midnight Lamp 真夜中のランプ」は未収録なのかな?つまり、アナログ盤でジミヘンを聴いていたいんだったら、このアルバムを手放すわけにはいかないんですね(^^;)。。


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『The Jimi Hendrix Experience / Axis; Bold As Love』

Jimi Hendrix Experience Bold As Love 1967年発表、ロックギターの神様ジミ・ヘンドリックスのセカンド・アルバムです。ジミヘンが生前に発表したスタジオ録音アルバムって3つしかないんですよね。

 ジミヘンのオリジナルのスタジオ録音で僕が一番好きなのは、作曲がスバラしいデビュー作『アー・ユー・エクスペリエンスド』。このセカンドは地味な感じがして、実はあまり好きじゃありませんでした。でも、今まで書いてきたジミヘンのスタジオ録音の未発表音源は、基本的にこのセカンドと路線が似てます。ライブなら型どおりの形式なんてブッちぎったり爆発的な演奏だったりするのに、スタジオ盤になると曲を3~4分の型どおりの小品にまとめ、演奏も大人しくなるんですよね…。こういう傾向ってクリームもそうで、ライブだと何十分もアドレナリンでまくりの白熱したインプロヴィゼーションをかますのに、スタジオ録音になると急にはみ出すところのない普通の歌謡形式の曲を3分ぐらいで大人しくまとめます(^^;)。
 共通するのは、どちらもセカンドアルバムがそうである所。自由にやらしてもらったファーストが売れちゃったもんだから、2枚目ではレコード会社が「ラジオで掛けやすいサイズや曲調にしろや」と指示したとか、制作を急かしたとか、そういう事情でもあったんでしょうかね?ジャズも似たような傾向があって、ローランド・カークあたりもライブだとスゴい個性的な事をやってるのに、スタジオ録音のレコードになると突然スタンダードばかりになったり^^;。というわけで、このセカンドはとにかく地味な印象だったのです。

 久々に聴いて思ったのは…記憶していた印象より相当によかったです。このアルバムの地味な印象って曲順にあるのかも。このアルバムって、ラジオ放送みたいなSEで始まって、ミドルテンポでほぼツーコードだけでマッタリとした「UP FROM THE SKIES」が続いて…地味なんです(^^;)。もしハードロック系のミュージシャンがこぞってコピーした「SPANISH CASTLE MAGIC」をオープニングにして、次もハードな「You've got me Floating」、そしてロック版「禁じられた遊び」とも言えそうな美しいアルペジオ曲「LITTLE WING」…みたいに続けたら、強烈なインパクトがあったと思うんですよね。
 でもいま聴くと…地味の極みみたいに感じていた「UP FROM THE SKIES」が、ドラムはハットでリズムを取りながらブラシでパシパシおかずを入れてまるでジャズ、ギターもTonicに9thを絡めて次のDominant の5度と共用する、これまたジャジーなアプローチ。渋いけどメッチャカッコいいんですけど…何を聴いてたんだ俺は。

 コンセプト・アルバムにした都合で地味な印象を受ける曲順になってしまったんでしょが、たしかにアルバムに構成力が出たのは確か。そしてちゃんと聴くと、実はかなり通好みの事をいろいろとやっているアルバムでした!


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『小椋佳 / 自分史 BEST35』

OguraKei_Jibunshi best35 リアルタイムを知らないもんで、小椋佳さんは服部克久さんや星勝さんのような昭和歌謡の職業作曲家と思ってました。中村雅俊「俺たちの旅」や堀内孝雄「愛しき日々」といった提供曲から推測するに、服部克久さんのようなちゃんとした音楽教育を受けた人ではなく、ギターでコードを押さえてメロコード譜を作って、あとはアレンジャーに丸投げのフォークな人なのかな、みたいな。
 これは3枚組のベスト盤。テレビCMで、エレクトリック・アップライト・ベースをバックに歌う曲が流れていて、「一度ちゃんと聴いてみたい人だなあ」と思って手を出したCDでした。このCDには80ページという豪華なブックレットがついていたのですが、そこではじめて小椋さんは71年にフォークシンガーとしてデビューしていた事を知ったのでした…小椋さん、知らなくてすみませんでしたm(_ _)m。。

 アレンジは取ってつけたよう、ミックスはリヴァーブまみれな上にアンサンブル無視で楽器を横一線に並べるだけ。さらに演奏はスタジオで初見でパッと終わらせた程度のもの…というわけで、アンサンブル面や演奏はちょっとね(^^;)。まあでもJポップスの作家のセルフカバー・アルバムって、予算節約なのか大概こうなので、ここは仕方ないのかも。。

 というわけで、期待は曲。小椋さん、作風はちょっとジジくさいけど、若い頃に、布施明「シクラメンのかほり」と研ナオコ「泣かせて」に猛烈に感動させられた事があったんです。「シクラメンのかほり」のサビで同じメロディを4回繰り返したり、1コーラスはサビを飛ばすといったアイデアは、言葉をイメージしながら作曲しないとなかなか思い浮かばないものじゃないかと思うんですよね。そういう意味で言うと、作詞も作曲も自分でやってるが故の「歌」を作れる数少ない作家だったのかも知れません。実際、「海辺の恋」あたりは、新作として、洋楽の物まねではない現在の日本の歌を作った作品と感じました。
 詞も、さすがに素晴らしく感じるものがありました。それどころか、この人のいちばんの才能をあげるとすれば作詞かも。「君を歌おうとして」の詞「留守と知っていながら3回も掛け10回悔やむ」みたいに、韻や修辞法に感心する点が多かったです。

 ただ、聴いていて嫌だと思った事も。頭でっかちというか、評論家のように口で言うばかりで実践されていないというか、そういうひ弱さを感じてしまいました。みんなでサッカーの話をしていたら、あれこれと御託を並べるからさぞ上手いやつなのかと思いきや、いざみんなで遊んでみたらボールすらまともに蹴れない奴だった、みたいな(^^;)。気のきいた詞だから感心はするんだけど、実感のこもった言葉に感じられないから心に刺さる所まで来なかったです。「初めての空を飛ぶ鳥の心を映して」みたいな詞って、リアルではなくてイメージじゃないですか。そういう頭で考えるばかりの麗句がちょっと多すぎるな、みたいな。
 もっと言うと、その美辞麗句のうしろにある「小さな幸せをかみしめる人生讃歌」みたいな歌声喫茶的な感覚に、僕は同意しかねるのかも。梶原一騎東映やくざ映画の洗礼を受けた70年代生まれの僕としては、そんなすぐに聞きわけ良くなっちゃうんじゃなくて、もっと抗って欲しい、毒もリアリティも欲しい、みたいな。小椋佳より矢沢永吉の方がリスペクト出来るよな、みたいな感覚って分かりますかね。。

 この「頭だけで考えてる」感は、音にも感じました。小椋佳さんって薩摩琵琶を弾くんですが、相当にアレなんですよ(^^;)。そこまで下手なら練習するなり人前で弾くのをやめればいいのに、それはしません。それは歌唱にも言えて…下手なだけならまだしも、声量が驚くほど無いです。という事は、楽器も歌唱も驚くほど練習しないんだろうな、みたいな。きっと考えるだけでやらないんじゃないかと。こういう頭でっかちでひ弱な感じを、おそらく世間も見逃さなかったのかも。プレーヤーとして生き残る事が出来ず、作家というポジションになっていったのって、そういう所かも知れません。

 ところで、僕がテレビCMで良いと思った曲は、「今は、このまま」。曲調や詞から小椋佳さんの曲だと思い込んでいたんですが、実はビリー・バンバンさんの歌でした。じゃあなんで僕はこのCDを買ったんだ…。


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『五つの赤い風船 / 遠い世界に 五つの赤い風船 Best Selection』

ItutusnoAkaiFuusen_Tooisekaini.jpg 1967年から72年まで活躍したフォークグループ・五つの赤い風船のベスト・アルバムです。岡林信康さんのファースト・アルバム『わたしを断罪せよ』で見事なアコギを弾いていた中川イサトさんは、このグループのメンバーです。
60年代の日本のフォークグループって、「青い三角定規」とか「赤い鳥」とか「五つの赤い風船」みたいな名前のグループが多いですよね。90年代の女性シンガーがmisia とかuaみたいな名前ばかりだったのと同じで、こういうのって流行があるんでしょうね。でも流行を追ったものって、流行が過ぎた後にダサく感じて…いやいや、何でもないです。。

 フォークギターとベースを伴奏に歌う音楽で、コーラスをやや重視。しかし残念なことに、僕は半分以上の曲は面白く感じられませんでした。だって「僕は緑の風のような君を待っている」(恋は風にのって)なんて言われても、よくもまあここまで内容のない言葉を恥ずかしいとも感じずに歌えるもんだと思ってしまうんですよね(^^;)。でも60年代後半の日本のフォークって、こういう詞が普通なので、個人の感じ方というより世代間ギャップの問題なのかも。

 でも、感じる詩や音楽もありました。良いと思ったものに共通しているのは、いまは日本から感じられなくなったけど、60~70年代には残っていた日本の匂いを感じられた文化や情景。一例をあげると、80になるだんご屋のおばあちゃんは今も元気で、その孫の女の子は幼馴染で、その子がお嫁に行く事になって…みたいな(「えんだん」)。こういうのって、60年代は地域の人の交流がこれぐらいあったという事ですよね。それが目に浮かぶよう、すごく良かったです。

 他にも、日本の謡曲のような独特の湿った雰囲気を音から感じさせるもの(ささ舟)、自分の言葉としてしっかりと感じている事を吐露していると感じられたもの(淋しいサイの目)など、感じるものがある曲がいくつかありました。時代の匂いが染みついた歌って、あとからは絶対に作れないだけにいものですね(^^)。


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『小室等 / ここから風が』

KomuroHitoshi_KokokaraKazega.jpg 六文銭から独立した小室等さんのベスト盤です。1971年から92年までの曲からチョイスされていて、自分が社長になったフォーライフ時代のものだけでなく、その前のベルウッド・レーベル時代のものも入ってました。レコード会社をまたいでちゃんと曲を入れるベスト盤っていいですよね。

 このアルバムで良かったのは、小室さんと吉田拓郎さんのデュオ曲「君に会ってからからというものボクは」のライブ録音。ワンコーラスずつ交互に歌う会話のような歌で、詞の内容は小室さんと拓郎さんのふたりが出会ってからの事を面白おかしく語っていくもの。互いに色々と突っ込むんですが、客席も笑いながらこの漫談を楽しんでいるようでホッコリ。拓郎さん、いいなあ。

 作曲と歌(とたぶんアコギ)は小室さん。作詞や編曲は小室さんでなく他の人に委嘱したものが多く、作詞者に谷川俊太郎の名があったり、アレンジャーに佐藤允彦さんを起用したり。なるほど、本人も作詞やアレンジは駄目だと自覚してたんですね、六文銭を聴く限り、その判断は正解ですよね(^^;)。自分に向いてない事を冷静に見極める力は、なるほど社長です。でも、残った作曲と歌に才があるかというと…。というわけで、「70年代の日本の産業フォークの大御所ぐらいは勉強のために聴いておこう」と思って聴いてみた六文銭と小室等さんでしたが、僕にはちょっと…趣味嗜好の前に、純粋に音楽のレベルが低かったです。日本の70年代のフォークは好きなものが多いんだけどなあ。


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『六文銭 / 六文銭メモリアル』

Rokumonsen Memorial vol1 六文銭は、小室等さん擁するフォーク・グループです。高校生の頃は「六文銭」というグループ名から「頭脳警察」や「外道」みたいに野蛮なロックをやっているカッコいいグループなんだろうと思いこんでいました。そんな事を友人に話すと、「逆だよ逆。六文銭は綺麗なコーラスを聴かせるフォークユニットだよ」との事。その友人が貸してくれたのがこのアルバムでした。ベスト・アルバムっぽいタイトルですがそうではなく、1972年7月7~8日に行われた解散コンサートを収録したライブ盤2枚組。CDではⅠとⅡに分売されたみたいです。

 岡林信康さんや友川かずきさんはもちろん、あるいはもっと産業音楽寄りな泉谷しげるさんや吉田拓郎さんですら、70年代初頭の日本のフォークって、フォークギター弾き語りで自分の感じた事・考えた事をドカンとぶつけてくるじゃないですか。でも六文銭はグループでやるフォークで、大学のフォーク同好会みたい。そこが僕にはちょっと合いませんでした。

 フォークなのに詞がイマイチに思えたところは特に残念。たとえば「ネコは言いました」「僕はどうにも自分の名前が思い出せない」「この大空に捨ててしまおう」みたいな感じ。ひとことで言うとダサい。。仮にこれがメタファーだとしても、そのメタファーに深いものなんてなくて薄っぺらにしか思えないよな、みたいな。
 詩人のエズラ・パウンドが「詩は具体物を書かないと空想に終わってしまってまるで説得力がなくなる」みたいなことを言っていました。例えば「空が」「森が」みたいに抽象度の高い言い方は駄目で、「焼けただれた松の背景にどんよりと滲む空が」みたいに具象性高くしないとリアリティが出てこない、みたいな。だから「ネコは」「大空に」「自分の名前」という抽象名詞は、詩で使える言葉にまで深められてなくて、なにかをイメージさせるには程遠い、という事じゃないかと。正直言って、頭だ考えただけの言葉に思えて、心に響きませんでした。

 この手の空虚さは音も同じでした。とにかく単純化して刺激を無くしてしまう、みたいな。ビートルズの曲もやってましたが、ビートルズって結構刺激的なサウンドやコードを好みますよね。あのとげを全部取ってしまうもんだから…。

 というわけで、僕にとっての六文銭は、音楽の教養が浅い無菌室育ちの世間知らずなお坊ちゃんお嬢さんがやった音楽ごっこ、みたいに聴こえてしまいました。中学から大学までエスカレーター教育をされ、バイトも喧嘩もバイクもセックスも知らないやつが、見た事もない世界を想像だけで描いた稚拙な世界観、みたいな。ところがそんな小室等さんが、酸いも甘いも知り尽くしたような吉田拓郎さんや泉谷さんを抑えてフォーライフの社長になるんだから世の中は分からないです。


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『赤い鳥 / ゴールデン☆ベスト 翼をください~竹田の子守唄』

Akaitori_GoldenBest.jpg 1960年代から70年代にかけて日本ではフォークブームが起きていたそうです。僕はその最後のかがやきだけはリアルタイムで経験できたんですが、全盛期は知らないんですよね。全盛期は産業フォークではないすばらしいコーラス系フォーク・グループがいくつかあって、その代表格が日本の男女混声の「赤い鳥」だったそうな。「赤い鳥」の活動期間は1969年から74年…という事は、吉田拓郎さんや泉谷しげるさんのようなレコード産業界で生まれたフォークではなく、岡林信康さんや高田渡さんあたりと重なるんですね。たしかに「歌いたい歌がある」みたいな純粋な音楽愛を強く感じるグループでした。これはベスト盤で、その歌たるや本当に素晴らしかったです!

 ボブ・ディランのコピーをするようなフォークではなく、古風で素朴な日本の民謡や唱歌を叙事詩的に美しく仕上げていました。「赤とんぼ」とか「この道」みたいな、ああいう郷愁めいた美しさがぎっしり。実際のところ、アルバム・タイトルにもなっている「竹田の子守唄」は京都の民謡ですしね。そうそう、「竹田の子守唄」は同和地区を歌ったいわくつきの伝承歌ですが、フルコーラスはさすがに歌ってませんでした。歌えないよな…。

 さらにメインヴォーカルとコーラスが素晴らしかったです!なによりメインヴォーカルの山本潤子(結成時はまだ未婚で新居潤子)さんの声が澄んでいて聞き惚れてしまいました‥これは金が取れるフロントだわ。混声コーラスも見事で、プラターズ以上に奇麗なコーラスワークと思ってしまいました。民謡調のオリジナル曲「赤い花 白い花」なんて、対旋律のアレンジが実に見事。これだけコンセプトもコーラスワークもいいと、プロデビュー前のコンテストでオフコースやチューリップを破ったのは当然かも。

 岡林信康さん世代とはいっても、メッセージ性や政治性を持った社会派フォークとは違って、大学生が作ったコーラスグループといった印象でした。当時の大学生って今とは違って、大学進学率が20%に満たない時代でしたし、けっこうなエリートですよね。その知性ゆえでしょうか、民謡や日本伝承歌をただ歌うのではなく、70年代なりのモダン化を試みている所もすばらしかったです。このCDに入っている曲はプロデビュー後の音源で、半分は村井邦彦さんといったプロ作家が作った曲でしたが、それもこのグループの特徴を鑑みて作ったようで、その集大成が「翼をください」だったんじゃないかと。
 70年代当初は、まだ洋楽ベタコピーではなく、日本の音楽と洋楽を止揚しようとしていた流れが民間の音楽にもあったんですよね。日本音楽とフォークのアウフヘーベンという視点から言えば、後年グループに参加した村上ポンタ秀一さんや大村憲司さんは、このグループの音楽をベタの洋楽にしてしまったという意味で、むしろ邪魔だったかも。この後、「赤い鳥」5人のメンバーは、山本潤子擁する「ハイ・ファイ・セット」、オリジナルメンバーの後藤悦治郎と平山泰代(のちに後藤さんと結婚!)の「紙ふうせん」のふたつに分裂。洋楽コピーではなく、古き良き日本音楽の美感を残したまま行けたら、日本の流行歌ももうちょっとオリジナリティの高いものになれたんじゃないかと思うと、ちょっと残念。若い頃はいかにも古くさそうで敬遠していたグループでしたが、いやいやどうして、とても素晴らしい日本のフォークでした!


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『Steve Khan / Got My Mental』

Steve Khan Got My Mental ジャズ・ギタリストのスティーヴ・カーンさんのスタジオ・アルバムです。活動自体は70年代からしていたとはいえ、カーンさんがフロントマンとしてブレイクしたのは90年代。このアルバムあたりがスティーヴ・カーンさんの最盛期だったと思います。
 このアルバム、参加ミュージシャンは多いとはいえ、そのほとんどがパーカッションなので、実質的にはギター・トリオのアルバムと言っていいんじゃないかと思います。パーカッション隊以外のメンバーは、ジョン・パティトゥッチ(b)、ジャック・デジョネット(dr)。

 音作りがコーラスやら何やらをかけて作り上げたフュージョン風とはいえ、内容は思いっきりジャズの王道でした。それをこのレベルでものにしてしまうところが見事でした!アドリブは文句なし、ジャズ・ギターの肝となる旋律と和音の共存も、センスよく処理していました。
 リズム隊も見事でした。メンバー的にもっとロック寄りになってもおかしくなかった所でしたが、デジョネットさんは完全にフォービート、パティトゥッチさんもコンバスをピチカートでウォーキンベースしてました。こうすると音楽の自由度もサウンドの多彩さも格段に上がるんですよね(^^)。

 ジャズ・ギターって、バップ時代にジョー・パスジム・ホールという大名人がいたものの、その時代はまだ曲自体のスタイルが古かったので、ブルースやスタンダードをやるには良いんですが、それ以外となるとレトロになるところがありました。そのあとジャズ自体にモードが起こって、フュージョンが来て…という時代を抜けてきて、ギターは少し置いてけぼりになった感が。それが90年代になってようやくサックスやピアノに追いついたように感じます。そうしたオーセンティックな90年代ジャズ・ギターのトップランナーのひとりがスティーヴ・カーンさん。デジタル・エフェクターの匂いプンプンなサウンドだけ聴くと、褒めたくない認めたくないとおもう自分がどこかにいるのですが(^^;)、でもこれだけ見事なメソッドを築き上げた演奏スタイルを聴くと、これを良いと言わないなんてダメですよね。私的スティーヴ・カーン最高傑作アルバム、90年代以降のオーセンティックなジャズ・ギターのアルバムとしてもベスト10に入れたい名盤と思っています!


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『Steve Khan / The Suitcase –Live in Koln ‘94–』

Steve Khan The Suitcase ジャズ・ギタリストのスティーヴ・カーン、94年録音の2枚組ライヴ・アルバムです。僕はジャズ・ギターと言うと50~60年代に尖った音楽をやっていた人に耳が行っていたのですが(アッティラ・ゾラーとかね^^)、フュージョン大爆発の時代を抜けた頃に、最先端のジャズ・ギターってどういう感じなんだろうかと、いろいろと手を出したことがあります。ジョン・アバークロンビーにジョン・スコフィールド、もう少し毛色が違う所だとマルク・デュクレやヴォルフガング・ムースピールなど、まあいろいろ聴きました。そんな中のひとりがスティーヴ・カーンさん。このアルバムは、ギター・トリオ編成でピアノも管楽器も入っていなかったので、ギタリストとしての実力を堪能できるんじゃないかと思いまして。共演は、アンソニー・ジャクソン(eb)、デニス・チェンバース(dr)。

 フュージョン以降のギタリストだし、実際に音作りもコーラス系のエフェクターを噛ませてポスト・フュージョンっぽくもありましたが、音楽自体はAOR調や爽やかイージーリスニング調ではなく、コード・プログレッションに対するインプロヴィゼーションを追及している正統派。ジョン・アバークロンビーとか、あのへんをイメージすると近いかと。
 共演者では、多弦エレクトリック・ベース・ギターを弾くアンソニー・ジャクソンが低音部で同じように弾きまくっていて、バスというより二人目のギタリストのようでした。この人の演奏を聴いてみたくてこのアルバムに手を出した所もありましたしね。
 ただ、ドラムのデニチェンがロック調で、僕にはこれがダメでした(^^;)。ジャズ・ドラムって、ハットなり何なりだけがリズム・キープであとはオカズ、みたなマルチ・ドラムさがすごいと思ってるんですけど、リズム・パターンを組み上げてそれを叩くのは、ただのメトロノームみたいでね。ジャズなのになんでわざわざレベルの低いスタイルに落とすのか、意味が分かりませんでした。ディスク2でドラムソロを貰ってましたが、そこでエイトを叩いてるのとか意味わかんないです。もっとすごいアドリブを聴かせてくれ、なんでソロでリズムキープしてんだよ、みたいな。

 あるコード・プログレッションの中で、16分音符の連続のようなアドリブを延々と続ける音楽って、気分が合わない時に聴くと「だから何だよ」と思ってしまう時もありますが、合う時に聴くとけっこう耳を引っ張られて好きです。映画でいう意識追従みたいなもんで、その映画の内容自体に大した意味はなくても、先を見たくなるものってあるじゃないですか、ああいう感じ。音楽にとっては惹きつけること自体が大きな意味なのかも知れませんしね。
 これぐらい弾けるんだったらクールにしてないでもっと来てほしいとか、単にコード進行の上で指だけ動かしてないで大きな形式の曲を作るなりアドリブでもクライマックスを作るとかすればいいのにとも思わなくはなかったですが、そこまで行ったらもうジャズは卒業なんでしょうね。ジャズでは60年代に、モードを踏まえた新しいアドリブの可能性が追求されたことがありましたが、ジャズ・ギターの世界では少し遅れて90年代にそこに追いついたイメージを僕は持っています。スティーヴ・カーンさんやジョン・アバークロンビーさんはその中で気に入りの人でした。上記のとおり不満がないわけじゃないですけど、それでもスティーヴ・カーンさんの代表作のひとつではないかと。でも僕には「これさえ聴ければあとはいいかな」と思っているカーンさんのアルバムがありまして…その話はまた次回 (^^)。


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『Gary Peacock, Ralph Towner / Oracle』

Gary Peacock Ralph Towner _Oracle 1993年録音(94年リリース)、ギターのラルフ・タウナーとコントラバスのゲイリー・ピーコックのデュオです。ラルフ・タウナーさんはクラシック・ギターと12弦ギターを使っていて、ゲイリー・ピーコックさんは生だけどライン録りもミックスしている…のかな?というわけで、まあまあアコースティックなんですが、ECM の録音という事もあって、どこかデジタルっぽい音と音楽でした。

 全9曲すべてがオリジナル曲。6曲をピーコックさん、2曲をタウナーさん、1曲をふたりで書きおろしていました。曲は…大きな構造もない、よくある西洋ポピュラー音楽でした(^^)。演奏は…やっている事全部を楽譜に書き出せそうだなあ、これ。。音楽上のノイズもないどころか、デュナーミクや音色の表現すらない感じ。真っ平。引く事も盛り上がる事もなくて、すごく淡々とした音楽に聴こえました。これをよく言えばクールで透明感のある音楽、悪く言えば刺激や表現に乏しい音楽、といったところでしょうか。たしかにラルフ・タウナーさんってそういうイメージがありますし、ECM もそういうイメージのレーベルですし、そういう意味では想定の範囲内の音楽でした。スマヌス。

 今回、うちにある93~94年あたりのジャズ・ギター系の音楽をまとめて聴いていますが、どうも指先だけの音楽が多くてつまらないです。この音楽も、何となく高尚な雰囲気はあるものの、実際にはかなり浅い音楽だな、みたいな。作曲はいまだにポピュラー音楽のヴァリエーションで芸術的な挑戦なんて何もないですし、演奏は音程と音価しか知らないんじゃないかというほどに狭いです。それって狙ってそうしてるんじゃなくて、作曲の勉強をしてないから、曲を書くといったってドミナントやモード系の音楽の外には飛び出せないし、演奏も音程と音価の練習しかしてないからそれ以外のことが出来ないのでは…。あ、でも9曲目「Tramonto」のギターだけはクラシック・ギターを勉強した痕跡があったかも。まあ、持ち上げるほどのものでもないですか(^^;)。ラルフ・タウナーさんはそれなりに有名な人だし、他のアルバムよりは良いと感じて手元に残しておいたCDですが、これはもう手放してもいいかな…。


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『Dave Stryker Quartet / Full Moon』

Dave Stryker Quartet Full Moon 1993年録音(94年リリース)、デンマークの保守系ジャズ・レーベルのスティープル・チェイスからリリースされた、デイヴ・ストライカー6枚目のリーダー・アルバムです。デイヴ・ストライカーはジャック・マクダフやスタンレー・タレンタインのバックを務めていたジャズ・ギタリスト。僕はそういう事はまったく知らなかったんですが、若いころに中古CD店でこのCDを見つけ、オーネット・コールマンやセロニアス・モンクの曲を取りあげていた事に興味を惹かれて買ったのでした。なんか、月並みじゃないギターが聴けそうじゃないですか。9曲中、オーネット2曲、モンク2曲、ジョン・コルトレーン1曲、ウェイン・ショーター1曲、本人を含めメンバーの曲が3曲。

 教科書通りのアプローチで作ったスタンダードな正統派ジャズでした。どの曲もピックを使った演奏で、シングルラインがほとんど。もっと個性的な音楽を期待していた僕の期待は外されたわけですが、それでも妙なフュージョン風だったりせず、しかもギターのうまさは見事のひとこと。リズムはタイトだし、オルタネートなピッキングも実に綺麗で、ギター独奏の「Monk’s Mood」のアセンディング・ラインなど「お?!」と思わされました。

 でも面白い音楽だったかと言うと…。80年代や90年代の保守派ジャズって、うまいと思ったとしても大概つまらなく感じてしまうのはなぜでしょうか。。答えはいつもだいたい同じで、表現記号というものをまったく感じられない音楽だからではないかと。曲の最初でも真ん中でも最後でも、デュナーミクは一定だし音程も上がりも下がりもせず似たようなところをウロウロ、音価も特に変わらいので、平坦なんですよね。こういうのって僕はフュージョンの弊害と思っていたんですが、こういうストレートアヘッドなジャズでも同じことが起きるという事は、他の理由もあるのかも知れません。
 たとえば、モダン・ジャズって50年代に大爆発しましたが、それでジャズの音楽学校が出来て、音楽を学ぶのではなくいきなりジャズを教え、しかもそれがバップ系の「どうやってアドリブするか」というところに特化したもんだから、音楽をコードとスケールでしか考えられない人が増えたんじゃないか、みたいな。あ~なんとなくこれが正解のような気がしてきました。だって、バークレー出身者ってそういうミュージシャンが多くないですか?でもそれ以前となるモダン・ジャズ黄金期のプレーヤーって、チャールズ・ミンガスでもビル・エヴァンスでも、クラシックを学んでからジャズに入っていたじゃないですか。マイルス・デイヴィスだってニーナ・シモンだって、ジュリアードですよね。だから曲のどこがピークかを間違いなく考えた演奏をするし、表現がしっかりしていたんですよね。ジャズ専門学校を出た人の弱点って、音楽的な視野の狭さなのかも。

 90年代の純ジャズは、リアルタイムだったくせにあまり聴かなかったですが、このアルバムを聴いて理由がわかった気がしました。学校で習った音をそのまま使うだけだから、仮にうまくてもクリエイティヴなものは実に少なく、仮にそういう部分があっても重箱の隅をつついているようなもので、音楽自体がつまらなかったんだな、みたいな(^^;)。


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『F16 ファイティングファルコン』 MSXゲーム

F16 fighting Falcon_pic1 これもフライトシミュレーション系のゲームで、3D画面で戦闘機を操縦して、指定された数の敵戦闘機を倒します。8ビットのPCでこうしたゲームを作るのって、すごい事だったんじゃないかと。

 クソゲーの極みだったアルファスクアドロンとは雲泥の出来の良さ。敵機のうしろに回り込んでミサイルや機銃を卯珍で撃墜!互いにバックの取り合いになるまさにドッグファイト、画面も線画ながら自分の操縦に合わせて360度動くという素晴らしさでした。本当によくできたプログラムだったと思います。

 ただ、ゲームとして楽しかったかというと…つまらなかったなあ(^^;)。このゲームを作ったのはアスキーというパソコン雑誌の会社でしたが、アスキー製のゲームはプログラム技術は凄いのかも知れないけどゲームとしてつまらないものが多かったです。8ビット機でリアルタイムで動く3Dのゲームを作るだけで手いっぱいで、それをゲームとして面白くするなんてまだ早すぎたのかも。

 ドッグファイト系の3Dシューティングでは、のちにナムコが「エースコンバット」という大傑作を作りましたが、それもこういうゲームが土台にあったからなんでしょうね(^^)。

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『アルファスクアドロン』 MSXゲーム

AlphaSquadron_pic1.png ソニーが制作したパソコン用のフライトシミュレーター・ゲームです。僕が早い段階で体験したフライトシミュレーションのひとつで、このころ僕はまだ中学生でした。『ザ・コクピット』のようなリアル3Dではなく疑似3Dで、宇宙飛行機を滑走路を走らせて離陸させ、宇宙にあがったら敵を倒し、そして着艦する、みたいな。

 あまりに難しすぎて、離陸すらまともに出来ませんでした。。友だちの家でみんなで遊んだんですが、なぜみんなで遊ぶことになったかというと、このゲームの持ち主が助けを求めたから。「説明書通りに遊んでるつもりだけど、戦闘どころか離陸すら出来ずににゲームオーバーの連続だ。ここまで下手だと俺が何か勘違いしているとしか思えない。助けてくれ」とまあ、こんな感じ。そこでゲーム仲間が大挙してコンピューター研究部の部室に押し掛けたのですが、だれひとりとして離陸できない(^^;)。滑走路を走ってスピードに乗ってくると機体が左右に揺られ、滑走路をはみ出さずに走る事すら至難の業。また、スピードに乗っても機体を持ち上げるタイミングがむずかしく、誰もかれもが1分も持たずに死んでいくことの繰り返し。なんだこれ…

 いったいどれだけの死を乗り越えたか、何時間も悪戦苦闘したところで、ようやくひとりが離陸に成功!「うおお、離陸できたぞ!今度は何やるの?」「ブラックホールに突入するみたい」「あれだな、よし突入!」ドッカーン。え、何で死んだんだ…。またしても長い時が過ぎ、30分に1回ぐらいの割合での離陸成功の末、ついにブラックホールを突破するものが現れ、ついに着陸!しかし、何百回もやって1回しか離陸できなかったのに、その逆を成功させろと言われたってとても無理。しかも着陸は離陸より座標を合わせるのがむずかしい。あ、画面が真っ赤になったぞ…地上に激突したようで、ゲームオーバー。

 結局、離陸に成功する事ですら神業、着陸に成功した人はゼロ。平均プレイ時間はせいぜい1~2分という僕的キング・オブ・クソゲーにさん然と輝くゲームにランクされたのでした。これに5000円近いお金を払った友人が気の毒で仕方なかった遠い日の思い出です (^^;)。

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『ザ・コクピット』 PCゲーム

TheCockpit_pic1.png 中学生の頃、コンピューター研究部の部室でやらせてもらったゲームです。雨になるとみんなで昼休みにコンピューター研究部に遊びに行ったものですが、あそこは完全にゲーセンでした(^^;)。飛行機を操縦して着陸するゲームで、パソコン雑誌の広告でよく見かけたので、83年ぐらいに各種PCで発売されていたものと思うのですが、僕が遊んだ機種が何だったのか覚えてません。

 画像は3D、夜にコクピット視点で空港の滑走路を眺めて、見えるのは町の光と滑走路の誘導灯のみ。BGMはなく、音は飛行機が風を切る音、英語で聴こえる管制官からの指示、そしてコクピット内の計器の音のみ…もう、本当にコクピットにいるかのようなムードでした。ゲームじゃなくて、コクピット視点から見た夜の滑走路をCGで表現したその美しさを楽しむもの…ぐらいに感じていました。

 魅せられたのはCGだけでなく、音もでした。風を切る音がホワイトノイズで表現されて、速度に応じて音の高さが変わる…あれ?ホワイトノイズって全帯域が埋まってるんだから音の高さってないんじゃないの?な~んて思ったのは音楽やっていたからでしょう(^^)。

 じゃ、どうやって音の高低をあらわしているんだろう…当時の僕の推測は、ホワイトノイズと正弦波を同時に出しているんじゃないかというものでした。でもって、正弦波のほうのピッチを変えていたわけです。こうすると正弦波+ホワイトノイズには聴こえず、まるでホワイトノイズの音程が変わっているように聴こえる!なにせ同時発色数も発音数も限られていた昔のパソコンで、工夫を凝らしてこういう表現をするところが実にクリエイティブだと思いました。これ、CGにしても音にしても、今どきのフライトシミュレーターよりもある意味で美しいと思うんですよね。

 僕が小学高学年から中学にかけては、いよいよパソコンが家庭で買える所まで来ていた頃。ネットもメールもない時代にパソコンで何をするのか…大人ならまた別だったでしょうが、学生の僕にとっては、本当にプログラミングをするものだと思っていました。で、なにをプログラムするかというと、映像や音楽だったんですよね。そのためにベーシックなりマシン語なりを覚えて…みたいな。その手本のようなものがこのゲームでした。
 というわけで、僕にとってのこのゲームは、プログラミングの見本であり、これからはコンピューターの時代になっていくんだな、という何だかすごい未来を見せられたようなゲームでした。

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『スカイオデッセイ』 PlayStation2 ゲーム

SkyOdyssey.jpg これもプレステーション2のゲーム、3D空間で飛行機を操縦してミッションをクリアしていくものでした。プレステの1や2がそれまでのゲーム機より格段に優れていたのは3Dの表現力だったので、その特徴をいかした一人称視点の3Dゲームがいっぱい出たんですよね。レーシングやフライトシミュレーターはその最たるもので、このゲームはフライトシミュレーター系の隠れた傑作という触れ込みで遊んでみたのでした。

 このゲームで面白かったのは、ちょっと古めのプロペラ機を操縦すること。レトロな飛行機の離着陸といった操縦自体も面白いし、ジェット機じゃないので風の影響を受けまくるのでうまく風をつかまえて飛ぶ必要があって、そのフワフワ感が面白かったです。本当に風を摑まえて乗ってググっと進む感覚なんですよ!逆に向かい風になると前にいかないしね(^^;)。

SkyOdyssey_pic1.jpg ステージ構成の多彩さによる冒険感覚も面白かったです。序盤は渓谷を飛ぶとか、洞窟をくぐるとか、操縦自体を楽しむステージが続くんですが、だんだんミッションがむずかしくなって、走っている汽車に追い付いての空中給油、はては遺跡の探索など、飛行機が出来たばかりの時代の大冒険感覚にあふれていましたねぇ(^^)。たしか最終ステージは古代の空中都市みたいなものを発見して入っていく展開でした。

 ただ、『レスキューヘリ エアレンジャー』ほどではないにせよ、これも操作がなかなか難しくて、飛行機が思うように飛んでくれないイライラとの戦いが、ゲームがうまくない僕にはちょっとだけつらかったです。でも最終ステージまで行けたので、うまい人にはなんて事ないのかな?もしかすると、フライトシミュレーター系のゲームというのは、どれも「ゲームをどうやってクリアするか」ではなく「難しい操作を出来るようになるか」というところにスポットが当たってるのかも知れませんね。それでもかなり面白かったゲームで、自分が遊んだフライトシミュレーター系のゲームでは、けっこう上位に食い込むソフトです。


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『レスキューヘリ エアレンジャー』 『同2』 PlayStation2 ゲーム

RescueHeri AirRangerRescueHeri AirRanger2 3Dで表現された世界で救難ヘリを操縦し、遭難者の捜索や救助を行うゲームです。僕にはちょっと難しくて、最後まで遊べたかどうか覚えてないです。でも面白い部分はメッチャ面白かったんですよね。

 先につらかったことを書くと、ヘリコプターの操縦が難しくてかなりイライラ。ゲームがうまい人にはなんてことないのかも知れませんが、僕にはそうとう難しかったです。トレーラーが横転、崩れた鉄筋を宙づりにしてどかすというステージがあったんですが、同じ場所でホバリングしないといけないんだけど、それだけのことが激ムズでまったく安定できず、ゲームを楽しむんじゃなくて、ヘリコプターが思うように動いてくれないイライラとの戦いでした(^^;)。というわけで、操作のシビアさが求められるステージだとストレスたまりまくりでした。

 ところが、面白いステージになるとこれが一転、最高に面白かったです!今でも覚えているほど面白かったステージがいくつもあります。
 例えば、座礁した旅客船から乗客を救助する任務。沿岸に仮設した救助基地からヘリを飛ばして旅客船まで行き、縄を垂らしてひとりずつ救助していきます。でも船が時間経過とともにちょっとずつ沈んでいくので、ヤバそうな場所にいる人から先に救助して…いや~これは人助けをした達成感がありました(^^)。
 ホテル火災の任務も面白かったです。まずは消火活動の手伝い、ある程度火が消えたら窓から助けを求めている人を救助…いや~人助け最高です!

 他にも、雪山で遭難した人の捜索と救助、高層ビル街での負傷者の緊急搬送、大きな橋で起こった事故の処理などなど、楽しく感じたステージ満載。これでもう少し難易度を下げてくれたらなあ。でも、ゲームがうまい人なら最高に楽しいゲームじゃないかと!記憶が曖昧ですが、たしかステージが追加されたものも出た気がします。


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Bach Bach

Author:Bach Bach
狭いながらも居心地のいい宿で、奥さんとペット数匹と仲良く暮らしている音楽好きです。若いころに音楽を学びましたが、成績はトホホ状態でした(*゚ー゚)

ずっとつきあってきたレコード/CDやビデオの備忘録をつけようと思い、ブログをはじめてみました。趣味で書いている程度のものですが、いい音楽、いい映画、いい本などを探している方の参考にでもなれば嬉しく思います(ノ^-^)ノ

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ロシアとウクライナがほぼ戦争状態に入りましたが、僕はソ連解体後のウクライナについて本当に無知…。これは2016年にオリバー・ストーン監督が作ったウクライナのドキュメンタリー映画。日本語字幕版が出たらぜひ観たい このブログをYoutube にアップしようか迷い中。するなら作業効率としては早いほど良いんですよね。。その時にはVOICEROIDに話してもらおうかと思ってるけど、誰の声がいいのか考え中
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