fc2ブログ

心に残った音楽♪

おすすめCDの紹介のほか、本や映画の感想などを (*^ー゜)v

 

Category: CD・レコード > 日本のロック・ポップス   Tags: ---

Response: Comment: 0  Trackback: 0  

EP『中村雅俊 / 時代遅れの恋人たち w/海を抱きしめて』

NakamuraMasatoshi_JidaiokurenoKoibitotachi.jpg 以前に日記で書いた78年制作のTVドラマ『ゆうひが丘の総理大臣』は、子供のころの大フェイバリット。あまりに好きだったもので、毎回聴く事になる主題歌も、思い入れがひとしおです。

 番組のエンディング曲だった「海を抱きしめて」のイントロのギターのアルペジオが聞こえるだけで、あの感動的なドラマが思い出されて涙が出そうです(´;ω;`) ウゥゥ。大学生や独身の若い社会人が風呂のない下宿に住み込むのが当たり前だった時代、夜に銭湯に行って、仲間と麻雀して…かぐや姫や吉田拓郎の歌に出てきそうな時代の日本に想いをはせてしまって、ジーンとしてしまうんですよね…。とか言って、僕はそういう生活を経験したわけじゃないんですが。ちなみにどちらも曲は山川啓介作詞、筒美京平作曲。

 中村雅俊さんって、不思議な魅力を感じる人でした。俳優としてはイケメンでもないし、歌手としても歌がうまいとも思えなかったけど、どちらも妙に魅力を感じていました。それって単に役柄が良かったのかも。なにせ『ゆうひが丘の総理大臣』を観てはやく高校生になりたいと思っていた僕の憧れに近い感情を、この歌を聴くと思いだしてしまうのかも。僕にとってはそういうあれこれが見事に歌になっているのが、このドーナツ盤でした。子供のころの宝物だったなあ。。


スポンサーサイト



Category: CD・レコード > ロック・ポップス   Tags: ---

Response: Comment: 0  Trackback: 0  

『David Bowie / Let's Dance』

David Bowie Lets Dance 最初にチープなロックンロールのグラム・ロック時代、次にブライアン・イーノに託した70年代後半を経て、デヴィッド・ボウイは80年代に突入。80年代以降のデヴィッド・ボウイのアルバムで僕が唯一聴いた事のあるアルバムが、『レッツ・ダンス』です。僕がデヴィッド・ボウイのアルバムを聴くときって、ボウイ自身ではなく他の何かに惹かれる事が多かったです。『HEROES』ではロバート・フリップ弾きまくりのうわさを聞いたからだったし、このアルバムの場合はスティーヴィー・レイ・ヴォーンが参加していたから。

 スティーヴィー・レイ・ヴォーン以外の参加者で目立ったビッグネームは、ドラマーのオマー・ハキムとギターのナイル・ロジャース。ナイル・ロジャースが入ると誰のアルバムでもぜんぶ同じになりますが(^^;)、このアルバムも例に漏れず、ビートの強いブラック・ミュージック系AORに仕上がってました。似たサウンドで思い出すのは、シーナ・イーストンにドン・ジョンソン、デュラン・デュランもこんな感じだったかな?間奏部分で転調したり、ゲート・ドラムだったり。こういうパーカッシヴなポップスって、一時期のニューウェイヴがこういう路線に走っていたし、ある意味で時代の音だったのかも知れませんね。

 あの時代、こういうサウンドって新しく感じてカッコよかったし、また流行りもしました。70年代後半のブライアン・イーノ起用もそうですが、デヴィッド・ボウイが自分で作ったわけじゃないけど、時代の最先端を行く人にアルバム制作を任せるその嗅覚がデヴィッド・ボウイの長所だったのかも知れません。自分から進んで聴こうとはなかなか思わないけど、いざ聴くと「あ、こういうのってたしかにカッコいいと感じてたかも」と懐かしくなったりして。いい時代だったなあ。


Category: CD・レコード > ロック・ポップス   Tags: ---

Response: Comment: 0  Trackback: 0  

『David Bowie / Diamond Dogs』

David Bowie Diamond Dogs 1974年発表、デヴィッド・ボウイ7枚目のアルバムです。デヴィッド・ボウイがグラム・ロックっぽかったのって、サード・アルバム『世界を売った男』からこのへんまでだったんじゃないかと、僕は思ってます。

 アルバム冒頭が意味深。ちょっとカッコよさげなサウンドをしたSEから始まって、「お、これは」と思ったものの、1分ほどでいつものけばけばしくて安っぽいロックンロールに(^^;)。と思ったら次の曲でテープの逆回転が始まって「おおっ」と思ったらまた芝居がかった安っぽい音楽。次の曲にはシームレスでつながって、ニューウェイヴなサウンドをしたギターが決まって、「今度こそきたか?!」と思ったら音楽は馬鹿みたいに単純、そのうちにリズムが出てきてまたしてもいかにもグラムロックな安っぽいロックンロール。この期待させて何も始まらない芸風こそ、このアルバムの狙いと見ました(^^;)。

 それでも、僕的には名盤扱いされている『ジギー・スターダスト』より楽しく感じました。歌も演奏もうまくない、作曲もスリーコードに毛が生えた程度しか出来ない、だからギミックやコンセプト・アルバムという方法に走るんだと思うんですが、それが意外にも功を奏してカッコいいと思う所が多い、みたいな。いやあ、変化球を馬鹿にしてはいけませんね。
 グラム・ロック時代のデヴィッド・ボウイの音楽は、とにかくチープ、大袈裟、そしてロックオペラ的。ストーリーを軸に作った音楽なんだろうと感じます。詞と言えば、このアルバムの詞ってカットアップを使ったらしいですが、僕の英語力ではそういうのは全然わからなかったので、そこが分かったらなお面白いかも。というわけで、英語に自信がない方は、日本語訳付きの日本盤を手に入れるといいかも知れません。


Category: CD・レコード > ロック・ポップス   Tags: ---

Response: Comment: 0  Trackback: 0  

『David Bowie / Hunky Dory』

David Bowie Hunky Dory 1971年発表、デヴィッド・ボウイ4枚目のアルバムです。この時代のデヴィッド・ボウイの懐刀にして、のちにモット・ザ・フープルに入ったギタリストのミック・ロンソンが参加しているからか、このへんが僕にとってのデヴィッド・ボウイのステレオイメージです。ああいうギターが似合う音楽なんですよね。

 ポップで、大げさで、なんとなくロック・オペラ調で、ピアノが活躍して…こういう音楽なので、Tレックスやクイーンと同じ匂いの音楽に感じました。歌い方はルー・リードの影響強し。物語を語るのが中心で、音や曲はその添え物と感じました。音楽がコードかバスを押さえているだけだったり、そうでない所もみんな歌メロのオブリに聴こえるんですよね。演奏も迫力あるものじゃなくて、なんというか…チャラい伴奏(^^;)。それでも、何回も聴いているといい曲かもと思えるものがありました。「Changes」なんて、もっとちゃんとアレンジしたら何倍もよく出来るんだろうな、みたいな。それにしてもこの時代のロックのピアノの音ってひどいですね、なんで低音全部カットなんだろう、これじゃ今の無料のサンプリングされたピアノの方がいい音だよ‥。

 詞が分かれば面白いのかも知れませんが、音楽を中心に聴いてしまった若い頃の僕は、安っぽく感じてしまってもう一歩に感じました。あー詞をちゃんと聴いておけばよかったなあ…でも中学生だったし、実際には無理な相談ですね(^^;)。


Category: CD・レコード > ロック・ポップス   Tags: ---

Response: Comment: 0  Trackback: 0  

『David Bowie』

David Bowie 1967年発表、イギリス出身のロック・ミュージシャン、デヴィッド・ボウイのデビューアルバムです。Deram からリリースされましたが、このレーベルからのリリースはこの1枚のみ。残念ながらあまり売れなかったんでしょうね。カバー曲は無く、全曲デヴィッド・ボウイの作曲でした。

 フォークギターの弾き語りをベースに、ホルンやチェンバロやバグパイプ(?)など、ちょっと民族楽器っぽい楽器を取り入れたアレンジの入った、ポップなブリティッシュ・トラッドとでもいうような音楽でした。雰囲気はけっこうほのぼのとしていて、音楽というより、物語を語っているようにも感じました。ああ~これは詞が分からないと面白くないヤツかも。

 ただでさえボンクラの僕が、学生時代にこの英語を聴きとるなんて無理。で、音楽だけ聴いたわけですが、あまりいい曲とは思えず、アレンジもアレだし、何よりヴォーカルが音痴で(^^;)。でも天下のDeramからデビューしたんだから、何か光るものがあったんでしょうね。それっていかにも何かを語っていそうな構成の詞なんじゃないかなあ…歌詞を理解したうえで聴きなおしてみたいアルバムですが、人生でもう聴けるチャンスはないかもなあ(^^;)。


Category: CD・レコード > ジャズ   Tags: ---

Response: Comment: 2  Trackback: 0  

『Keith Jarrett / My Song』

Keith Jarrett My Song 1977年発表、ECMからリリースされたキース・ジャレットを中心にしたカルテットの演奏です。メンバーは、ヤン・ガルバレク(sax)、パレ・ダニエルソン(b)、ヨン・クリステンセン(dr)。このカルテットは、デューイ・レッドマンやチャーリー・ヘイデンを擁したカルテット(通称アメリカン・カルテット)と区別するために、ヨーロピアン・カルテットなんて呼ばれていました…僕のまわりだけでそう呼ばれていただけかも(^^;)。

 僕のミュージシャン仲間に、ドイツでヨーロピアン・カルテットの演奏を聴いたという人がいて、その人いわく「ぬるいフュージョンじゃなかったよ。キース・ジャレットを聴くならヨーロピアン・カルテットかもね」とのこと。へえ、そうなのか…と思っていたんですが、あるバンドに入ってライブ・ツアーをしていた時、小さなライブハウスでのアフターアワーズにオーナーがこのCDを流していて、ついにヨーロピアン・カルテットを耳にしたわけですが…これはポップスじゃないの?というのが正直なところでした。70年代のジャズって、良くも悪くもフュージョンの時代だったんですよね。ECMも70~80年代は特にこういうポップなアルバムもいっぱい出してました…パット・メセニーとか。フリーっぽい曲も1曲入ってたんですが、それすら「ポップスじゃないよ!売れたいために魂を売ったわけじゃないからね!」と弁解したいために入れたんじゃなかろうかと思うほどにポップスでした(^^;)。なぜフリーにしなくてはいけないのかという哲学が何もない、みたいな。

 僕に「生で聞いたヨーロピアン・カルテットは良かった」と教えてくれたミュージシャンは、音楽面で僕は信頼を寄せていた人だったので、きっと本当によい音楽を演奏していたんだろうと思います。さっきチョロッとYoutubeを見たら、たしかにいい音楽をやってるライブがありました…全部は観ませんでしたけど(^^;)。じゃ、なんでこういうアルバムを出したんでしょう。硬派も軟派もどちらも好きなストライクゾーンが広いミュージシャンだった?レーベルからの要請だった?売れたかった?
 僕が怖いと思うのは、硬派だったり高尚だったりする外套だけを着て、中身がそうでないものに騙されてしまう人が生まれてしまう事です。じっさい、ジャズやクラシックのレコードのレビューをアマゾンなんかで見ると、まるで評論家のような口調で(^^;)こういうレコードを「比類なき○○」とか書いちゃう人がいっぱいいるじゃないですか。こういう音楽が悪いだなんて思いませんが、やる側や売る側がこういうもので高尚なふりをしたり、あるいは聴く人がこれを高尚なものみたいに持ち上げないで欲しいと思ってしまうんですよね。これはとっても上手なポップス、そういう音楽だと思います。


Category: CD・レコード > ジャズ   Tags: ---

Response: Comment: 2  Trackback: 0  

『Keith Jarrett / The Koln Concert』

Keith Jarrett The Koln Concert 若いころにクラシック・ピアノを学び、高校からジャズに傾倒してジュリアード音楽院に進んだピアニストのキース・ジャレットは、たくさんのピアノ独奏アルバムを残しています。バッハを演奏したものや作曲をしたアルバムもありましたが、僕が聴いたアルバムはどこかに即興演奏が入り込んだものがほとんどで、すべて即興という触れ込みだった75年録音のこのライヴ・アルバムもそのひとつでした。たくさんあるキースさんのピアノ即興アルバムの中からこれを選んだのは、他のアルバムはLP3枚組とか10枚組とか枚数が多いものが多くて、貧乏な僕にとっては外すと取り返しがつかないと思ったからです(^^;)。

 即興演奏は実に幅が広い音楽で、本当に何の準備をしないで演奏に入るものや、決まった和声進行の上でアドリブするものまで色々。このアルバムでのキースさんの演奏は、クラシックを学んでからジャズに行った人の即興演奏と感じました。和声は基本的に7音音階の調音楽、つまり現代の西洋ポピュラー和声。ジャズ特有のオルタード感は薄く、インテンポのリズムの上でポンピングしながら右手でメロディをパラパラと演奏する、みたいな。曲あたまのアイデアある程度は作曲していた気がしますが、いざ演奏をし始めたら、以降は全体の構成も含めて即興で生み出しているように聴こえました。

 LP2枚組で、メドレーのように切れるところが少なく次々に演奏されるので(これ、CDだとトラックが3つだったりするのでしょうか。LPだと1面1曲の全4曲扱いで、拍手が入るのは1Aラスト、2Aのラスト、2Bラストでした)、若いころ聴いた時には「僕には分らない凄い事やってるのかも」という「自分では理解できなかったけど世間的に高く評価されているものを妙に神格化する現象」にハマっていた気がするですが、いま聴くとこれはポピュラー和声で場当たり的にアドリブしただけだよな、みたいな(^^;)。ただ、キース・ジャレットさんの即興演奏ではそうじゃないものも聴いたことがあるので、このアルバムだけでキースさんの即興演奏を決めつけるのは危険だとは思いますが。

 聴きながら、こういう音楽を即興する意味はどのへんにあるのかと考えてしまいました。演奏する方としてはスコアから解放されて思うがままに弾ける快楽はあるでしょうが、聴く方にしてみれば、楽式にしてもアレンジにしても書いて練り上げた音楽の方が、よほど良いものが聴けますよね?だって、失敗したら何度も何度も修正して作れるんですから。演奏は、即興演奏にした方が慣れない運指とかを使わずに済むので、練習不足のスコア音楽を弾くぐらいならよほど勢い良く弾けるみたいな有利さもあるかな?そうなると、作曲部分では「即興でここまで出来るのか」と思うとか、演奏ならスコア音楽ではなかなかできないカデンツァ的な速弾き箇所とか、そういう所が聴きどころになるのかな…
 まあそうやって必死に良いところを探している時点で、僕はこういうポピュラー和声とシンプルなリズムのうえで指を転がすだけの即興演奏が好きじゃないのでしょうね(^^;)。書いた方がいいところは書いて、即興した方がいいところは即興して…みたいにした方が間違いなく良いものになると思ってしまいました。
 そうそう、録音は後づけのリヴァーブがちょっとわざとらしく感じましたが、まあ70年代のECMらしいといえばらしいかも。ピアノのコンディションは高音部でハーモニクス気味だったりして、あまり良くないと思ったので、それをどうにかするためにこういうミックスにした可能性も少しはある…のかな?


Category: アート・本・映画 etc. > テレビ番組   Tags: ---

Response: Comment: 0  Trackback: 0  

TVアニメ『新造人間キャシャーン』 タツノコプロ制作

SinzouNingen Casshan 1973年制作、ガッチャマンと同じタツノコプロが制作したヒーローものTVアニメです。タツノコプロって、最初の頃は『マッハGO! GO! GO!』みたいな、ちょっと子供大人なものも作ってましたが、僕が幼かった1970年代前半から中ごろぐらいは、カッコいい系ヒーローものアニメと、タイムボカンから続くお笑いヒーローアニメのふたつに絞っているようでした。で、カッコいい系で僕が好きだったのは、『新造人間キャシャーン』と『宇宙の騎士テッカマン』のふたつ。意外にも、ガッチャマンには興味がなかったんですよね…。

 なぜ好きだったかというと、たぶん理由は3つ。ひとつは、ヒーローのデザインがカッコよく感じたから。当たり前とはいえ大事なところですよね、カッコ悪かったら憧れませんから。青い目、戦闘モードに入ると閉じる口、白のボディスーツ!いやあ、幼稚園児の頃は熱狂したなあ。

 好きだった理由の2つめは、ストーリー展開がハードだったこと。人間が作ったアンドロイドが自我を持つようになり、公害を引き起こす人間は抹殺すべき存在と判断し、人間に刃向かう…設定がハードSFですよね。。しかも展開もハードで、母親はロボットにされてアンドロイドのペットにされるわ、地球の各地が次々にアンドロイドに制圧されるわで、子どもの頃の体感としては相当な緊張感でした。

 3つ目は、主題歌がカッコよかったこと!特にイントロと、サビから間奏へのつなぎ方がカッコよすぎて鳥肌もの。キャシャーンとテッカマンは主題歌が熱くて燃えます!いま聴いたって燃えるんじゃないかなあ。作曲は菊池俊輔さん。仮面ライダー、ジャンボーグA、タイガーマスク、電人ザボーガーのエンディング曲、侍ジャイアンツ…僕はこの作曲家さんの音楽にどれだけ胸を躍らされてきた事でしょう。

 大好きだったんですが、幼心に残念に思った事がひとつ。このアニメ、最後はキャシャーンが勝って、ふたたび人類に平和が訪れるんですよ。子どもの頃の僕は、キャシャーンの力だけではどうにもならなくて人類全滅…というエンディングを見たかったんですよね。なんでそんなエンディングを見たかったのかなあ。


Category: アート・本・映画 etc. > テレビ番組   Tags: ---

Response: Comment: 0  Trackback: 0  

TVアニメ『科学忍者隊ガッチャマンF』 タツノコプロ制作

KagakuNinjatai GatchaMan F 『科学忍者隊ガッチャマン』は、映画やら実写化やら色々な関連作品が作られたようですが、僕が子供の頃は3つのTVアニメこそガッチャマンでした。3作品は時系列として繋がっていて、これは1979‐80年に放送された第3弾にして完結編です。物語は前作・前々作とだいたい同じで、地球滅亡を狙う宇宙生命体である総統Xとその傘下組織ギャラクターと、それを阻止すべく闘う地球側の科学組織とその一部隊である科学忍者隊の戦いが描かれていました。

 子どもの頃はガッチャマンというアニメが好きではなかったので見ませんでした。ところが成人してからふとしたきっかけで終盤を見て、「え、ガッチャマンってこんなSF大作だったの?!」と驚嘆。とはいっても子供向けだし古い作品でもあるので、目をつぶらないといけない所はいっぱいあるんですが、いいところだけを見ると紛う事なき純正SF。ある意味で言えば、ハイターゲット向けの日本のSFを総括したオマージュ作品ではないかとすら感じました。そう感じた鍵はこれが79-80年制作という所。ウルトラセブン(’67)、デビルマン(’73)、宇宙戦艦ヤマト(’74)、スターウォーズ(’77)、火の鳥・望郷編(’78) といった、日本でハイターゲット向けSF作品としてヒットした映画や漫画の後に作られたんですね。

 敵組織ギャラクターの司令官は顔が青くて敵ながら見上げた軍人。この物語のラストは反物質惑星が地球に近づき、地球滅亡まであとわずか…このへんは宇宙戦艦ヤマトそっくり。敵司令官が使う剣はレーザー型で完全にライトサーベルで、姿の分からぬ総統Xは「コー、ホー」という呼吸音…ここはスターウォーズ。地球滅亡まであと2分というところで、科学忍者隊は自分たちを犠牲にして反物質惑星を食い止め、反物質惑星からは巨大なエネルギー反応を示す火の鳥が宇宙に舞い…これは火の鳥&デビルマン。最後、残された地球の科学者たちが空を見上げて「ガッチャマンたちを殺したのは俺たちだ」…これは完全にウルトラセブンの最終回です。

 というわけで、オリジナリティは薄いにしても名作のいいところ取りをしたものが面白くない筈はなく、一気に最終回までなだれ込んでいく終盤はSF映画のような迫力。科学忍者隊の生みの親の科学者が死に、忍者隊の細胞崩壊も進んでいき、総統に裏切られた敵幹部が命を犠牲にして総統に噛みつき、最後は自分たちの命を犠牲にして地球滅亡を食い止める忍者隊…いやあ、子どもの頃に観ていたら胸が熱くなってただろうなあ(^^)。

 SF作品って日本だと子供向けスペースオペラが多いけど、元々はあくまで「サイエンス・フィクション」であって、物理化学をベースにした物語の事ですよね。『2001年宇宙の旅』とか『幼年期の終わり』みたいな。『機動戦士ガンダム』にしても『宇宙戦艦ヤマト』にしても、子供向けに作られたSF作品って子どもが分かるように簡素化されていますが、だからと言って作り手側が無知や不勉強とは限らず、むしろ詳しいのではないかと思う時があります。観ている側の子どもたちがそれを理解できるのって、理系に進んだら高校生以降、文系に進むともっと後または一生気がつかない事もあるんじゃないかと。たとえば、反物質という概念って、量子力学に出てくる正電荷の割合が逆の粒子を想定した概念ですよね?これが単なる作り話でなく基礎物理学だと知るのは、量子力学を学んだ時にはじめて知るんじゃないかと。だから、宇宙戦艦ヤマトにしてもガンダムにしても、小学生がメインターゲットにはなってるんだけど、話のコンテキストになっている部分の奥の深さを理解できるのは高校生ぐらいからで、意外にハイターゲット層が食いつくんでしょうね。

 ガッチャマンFは、ある意味で映画やTVドラマでの日本のSFのあり方を要約したものと感じました。このアニメの終盤にも出てくる対発生みたいな現象を視覚化するのはイメージで作るしかないわけで(目で見える現象ではないから)、たしかにアニメやCGでないと難しそう、だから79年時点でアニメの選択は正解な気がします。でもそれが常にスターウォーズ、ガンダム、エヴァンゲリオンみたいな宇宙チャンバラになってしまうのは…ここにいつまでもガキであり続ける日本文化の一片を見る思いもしたりして。僕自身も、いまだに『銀河鉄道999』を見て泣いたりしてますし(^^;)>。


Category: アート・本・映画 etc. > テレビ番組   Tags: ---

Response: Comment: 0  Trackback: 0  

TVアニメ『科学忍者隊ガッチャマンII』 タツノコプロ制作

KagakuNinhatai Gatchaman2 1978~79年放映、大人気SFテレビアニメ『科学忍者隊ガッチャマン』の続編です。1作目が105話超えの大長編だったのに対して2作目は全52話と約半分。僕は例によってゲーム&アニメオタクのヴァイオリニストくんセレクトの重要エピソードだけを見せてもらったんですが、これも意外や意外、面白かったのでした。

 ただ、これは1作目の焼き直し。宇宙生命体である敵の総統は同じ。総統の手管となって敵組織ギャラクターの司令官となるのがミュータントである点も同じ。科学忍者隊のサブリーダーのコンドルのジョーが余命いくばくという設定も同じ。つまり、ほとんど同じです。それにしても、1作目で死んだコンドルのジョーをサイボーグとして復活させたのはいかがなものか(^^;)。
 違いといえば、1作目クライマックスの主人公がガッチャマンではなくコンドルのジョーだったように、2作目クライマックスの主人公が敵司令官であるミュータントのゲルサドラだった事。

 ゲルサドラは幼いころに海難事故に遭って地球外生命体に命を救われ、成長装置を使ってあっという間に大人にされたミュータント。総統Xを信じていたものの、自分の母親がガッチャマン側の科学者である事を知って動揺。さらに、総統がその母親を殺したことで総統に不信を覚え、自分がしていることを調べると、なんとそれは太陽系ごと消し飛ぶ計画。そこで計画を妨害し、総統から殺されるのがこの物語のクライマックス。最後は異常成長させられた体が元に戻り、母親の幻影と共に天へ召され…いや~これは胸にくる話です。でもこれだと主人公はガッチャマンではなく敵組織のリーダーだわ。

 な~んて書いてますが、僕が見たのは友人から勧めてもらった第1話と最後の50~52話だけ。この合計4話だけでひとつのアニメ映画にできるほど良い話でしたが、間にあった残りの49話分はどうだったんでしょうね。気にならなくもないですが、それを見ている時間はもう人生に残されてないなあ。


Category: アート・本・映画 etc. > テレビ番組   Tags: ---

Response: Comment: 0  Trackback: 0  

TVアニメ『科学忍者隊ガッチャマン』 タツノコプロ制作

KagakuNinhatai Gatchaman 1972~74年の足掛け2年、全105話という長きにわたってテレビ放送されたSFヒーローアニメです!105話って仮面ライダーより長いじゃねえか!すげえ。製作をしたタツノコプロは吉田竜夫さんという漫画家が作ったアニメプロダクションですが、吉田さんは77年に死去。TVシリーズのガッチャマンは3作品作られましたが、吉田竜夫さん存命中に作られたのはこの第1作目だけです。

 幼少時の僕は、タツノコプロ制作のSFヒーローは好きなものが多かったです。『宇宙の騎士テッカマン』を筆頭に、『新造人間キャシャーン』『破裏拳ポリマー』、みんなコスチュームのデザインや劇画調の絵柄がカッコよく感じて、好きでした。でもガッチャマンだけは好きになれず、けっこうやっていた再放送も見た記憶がほとんどありません。ガッチャマンは戦隊ヒーローのアニメ版といった風なのですが、隊員のひとりがサザエさんのカツオそっくり。敵組織の幹部の「赤き死の仮面」みたいな風体のやつがふざけていて気に食わない。なにより「ガッチャマン」という名前がダサすぎる…子どもなんて、そんなところで好き嫌いを判断するものなんでしょう (^^;)。
 そんな事を、学生時代に一緒に音楽をやっていたサブカル好きのヴァイオリニストに話すと、「でもテッカマンやキャシャーンが好きでガッチャマンが嫌いって、食わず嫌いじゃないの?」との事。まあそうですよね…。でも今さら105話も見てられないというと、「じゃ、いい話だけ入ったビデオを貸すよ」と。で、彼のセレクトした話を見ると…おおお、これは面白い!というわけで、僕みたいに「今さらガッチャマンを全部観る気にはなれないけど、どんな話かだけでも知りたい」という人向けの重要エピソードを紹介!って、このセレクトは僕じゃなくて友人ヴァイオリニスト君なんですけどね(^^)

■ep1:ガッチャマン対タートル・キング
 ガッチャマンは科学忍者隊5人の活躍を描くアニメですが、忍者隊の名称がガッチャマンなのではなくて、白いコスチュームを着たリーダーのコードネームがガッチャマン…そうだったのか。というわけで、1話は面白くないですが、色々な設定がわかります。ちなみに、この回と第2話は話が繋がっていて、敵兵器タートル・キングのデザインは、ガンダムをデザインした大河原邦男さんらしいです。

■ep52~53:レッドインパルスの秘密/さらばレッドインパルス
 1話の次のおすすめが52話とはさすがガッチャマン、鳥だけに飛びますね(^^)。ガッチャマンの所属しているる科学忍者隊は偵察部隊であって、レッドインパルスという機動隊が別にいます。そして、このレッドインパルスのリーダーが、実はガッチャマンの実の父親。だれかが爆発する宇宙船を操縦して地球を救わなくてはいけませんが、ここではじめて父は正体を明かして子に別れの挨拶を…。この回を見て、人生ではじめて「あれ?ガッチャマンって実は面白い?」と思ったのでした。

■ep102:逆転! チェックメイトX
 ガッチャマンは基本的に一話完結ですが、ウルトラマンのように完全な一話完結ではなく、全体を通して物語が少しずつ動いています。そのストーリーが一気に動くのが終盤で、特に102話以降は目が離せませんでした。
 102話は超重要エピソードで、ひとつはコンドルのジョーの正体が敵に知られる事。もうひとつは、100話以上にわたって人類に立ちはだかってきた敵リーダー・ベルクカッツェの秘密が明かされる事でした。本当は男と女の双子だった人間が、雌雄同体のひとりのミュータントとなってしまう。地球外生物に救われたリーダーが使い捨てにされ…最終話での最後の言葉は「私は何のためにミュータントにされたのか。こんな結末を迎えるのなら、私は人間でいたかった」。いずれ死にゆく人間にとって、ミュータントやサイボーグは今もテーマであり続けていますが、こういう視点から命を描けるのはガッチャマンって、実はハードSF作品なのかも。

■ep103~105:死を賭けたG-2号/魔のブラックホール大作戦/地球消滅! 0002
 終盤のもりあがりのもうひとつは、殉職です。その最初がレッドインパルス隊員たちの殉職。僕はずいぶん歳をとった事もあって、映画・小説・演劇・オペラと、色んな物語を見てきました。で、間違いなく心を動かされるのは感情移入した人の死。だから、シナリオライターが仲間のいる物語の終盤を劇的にしたかったら、ひとりずつ殉職者を出すこと。ガッチャマンの場合、終盤の高揚感のひとつが、ガッチャマンと戦ってきたレッドインパルスの全滅です。これは分かっていても泣けました。。
 そして悲劇の極めつけは、コンドルのジョー。ガッチャマンの終盤って、ガッチャマンではなくサブリーダーが主人公のような展開をします。自分の親がギャラクターの幹部だった事を知り、また今までの戦いのダメージが尾を引いて余命あとわずか。その体調の異変をリーダーに察知され、敵に顔を知られて拉致され、最終回では自分が犠牲になり、ジョーが生前に放っていた羽手裏剣が…これは主人公だよ。コンドルのジョーの最後は、子どもの頃に観ていたら感極まっていたかもしれません。

 僕は全話見たわけじゃないんですが、アニオタな旧友の言葉を信じるなら、100話以上もあるガッチャマンも、最初、真ん中、終盤だけ見れば充分だそうで。ところで、ここまで劇的な展開にするなら、科学忍者隊どころか人類も大鷲のケンと白鳥のジュンだけを残して全滅、そしてこのふたりから人類の第2章が始まる…みたいにしたらさらに劇的だったでしょうが、敵ボスの正体を最後まで隠して生き延びさせたところを見ると、人気があったから続編の余地を残したかったのかも。でもって、やはり続編が作られたんですよね。その話はまた次回!


Category: CD・レコード > ラテン   Tags: ---

Response: Comment: 0  Trackback: 0  

『Tito Puente / Top Percussion』

TitoPuente_YopPercussion.jpg 1958年年リリース、ティト・プエンテのリーダー作です。これもサルサ楽団のバンドリーダーとしてではなく、パーカッショニストとしてのティト・プエンテに焦点が当たったアルバムでした。同様のアルバムではやや芸術音楽調だった『Tambó』に対し、こちらは民族音楽調。いやあ、こういうのをリリース出来てしまうところに、RCA やティト・プエンテのの懐の深さを感じます。

 アルバムは、サイドAがティト・プエンテ以外の人が書いた曲、サイドBがティト・プエンテの書いた曲でした。とはいえどちらもほぼ同様の傾向で、これがサルサ・バンドのリーダーが創り出したアルバムとは信じられないほどの民族音楽調。作曲者のクレジットを見てもなお、僕は「これってアフリカの音楽そのままでしょ?その打楽器隊のアンサンブルを作ったのが作曲者というだけでしょ?」という疑問をぬぐい切れなかったほどでした。すげえ。
 ヴードゥーの音楽やアフリカ音楽でほぼこのままの形式を聴いたことがありますし、このブログのワールド・ミュージックの欄にアフリカ音楽がいっぱい紹介してありますので、ぜひアフリカのコール&レスポンスの音楽を聴いてみてください。そっくりどころか、ほとんどそのままなのです。打楽器セクションこそないものの、アメリカの黒人教会の集会でもこんな感じなのがあったな…。ティト・プエンテってヒスパニック系だと思うんですが、アフリカ系の音楽に惹かれるんですかね…。

 音楽の構成は、全11曲中7曲がヴォーカルとコーラス入り。ヴォーカルはコールするひとりとレスポンスする大勢に分かれ、節こそついているものの歌からは遠く、うしろでパーカッション隊が強烈なポリリズムをたたき出して、ループを創り出していました。パーカッション隊の中にはモンゴ・サンタマリアの名前もありました。クレジットを見るとベースも入っているのですが、私はベースをぜんぜん聴きとれていませんでした。ラテン音楽だと思って安いスピーカーに切り替えて聴いていたんですが、低音をろくに再生できない安いスピーカーで聴いてちゃダメですね(^^;)。

 ただし、ティト・プエンテ作曲のものにはヴォーカルの入っていない純粋なインストもあって、この中には上記のパーカッション合奏をラテン音楽調のリズムにアレンジしたものも入っていました(M9「Ti Mon Bo」)。これを聴いて、何となく合点がいった気が…
 楽器って、その道を究めていくとジャンル関係なしにその楽器で園児らっる音楽の技術すべてを追うようになっていったりするじゃないですか。たとえばギターの道を追っていったら、最初はフォークやロックやジャズから始まっていたとしても、フラメンコのラスゲアードも、ボッサのクラーベも、クラシックギターのひとり多重奏も、みんな演奏できるように道を究めていきますよね。ティンバレスというひとりポリリズムを創り出すティト・プエンテが、ポリリズムを追求する過程で西アフリカのタムタム合奏に触れないままでいるなんて、あり得ないと思うんですよね。

 ワールド・ミュージック大好きな人なら、この音楽はすんなり入ってくると思うんですが、戦後の英米ポップロックやその亜流(日本のチャート音楽もですね^^;)で音楽観が完成している人、反対にサルサに強い固定観念を持っている人なんかが聴くと、ちょっと抵抗がある音楽かもしれません。でも、そういうものをいちど捨ててしまえば、これは間違いなく素晴らしい音楽だと思いました。
 現代の視点でこの音楽とリスナーの間に生まれる意味を想定するとしたら、ソロでも合奏でもポリリズムに魔術的な才能を発揮したティト・プエンテの音楽の背景にあったものを知ることが出来る、ラテン・ビッグバンドがいないのでサルサ・バンドの強烈な打楽器陣がどういう演奏をしているのかをはっきり聴きとることが出来る(あ、そういう意味ではラテン音楽をやっている打楽器奏者の人には最高にありがたいアルバムかも)、プレーヤーというものが表で演奏する音楽と裏で追及しているものは実は大きく違っていたりするという事を知ることが出来る(ましてエンターテイメント音楽に従事しているプロ・プレーヤーの場合はなおさら)、な~んて所は、仮にこの音楽に馴染めない人にとっても起きなプラスとなるアルバムかも。いや~それにしてもすさまじい演奏でした、すごい…。


Category: CD・レコード > ラテン   Tags: ---

Response: Comment: 0  Trackback: 0  

『Tito Puente‎ / Tambó』

Tito Puente‎ Tambo 1960年発表、ティト・プエンテが発表したアルバムです。クレジットに注目で、これってティト・プエンテ楽団ではなくて個人名義なんですよね。ここがこのアルバム最大の特徴を見事に反映していて、ダンス音楽縛りもラテン・ビッグバンドのアンサンブル縛りもなく、ティンバレス演奏の凄まじさ大フィーチャーの曲が目白押し。これがすごいんですよ!
 音楽は、ラテン・ビッグバンドを使ったパーカッション協奏曲のようでした。協奏曲は言いすぎかな…ビッグバンドがアンサンブルパートを演奏したら、あとはパーカッション隊の演奏を聴かせまくる、みたいな。もう、この打楽器セクションの演奏といったら、言葉ではとうてい伝えきれない凄まじさでした。打楽器だけじゃなくて音楽全体もすごく良かったんですけどね。。

 そんなこのアルバム、僕的には3つほど際立った特徴を感じました。ひとつはパーカッションの演奏の凄さ、ひとつは純音楽としての素晴らしさ、もうひとつはヒスパニックとしてのアイデンティティです。
 まずは打楽器奏者としてのティト・プエンテの演奏技術にフォーカスされている点について。1曲目「Dance Of The Headhunters」の打楽器チームの演奏の凄さなんてちょっと言葉が出ないレベルだし、管アンサンブルのヘッドが終わったらひたすらすさまじいティンバレス演奏が続く4曲目「The Ceremony Of Tambo」なんて、ほとんどティンバレス協奏曲です。そもそも、ティンバレスという楽器をあそこまで凄い楽器だと知らしめたのって、ティト・プエンテですよね、多分。その極めつけという演奏をこれでもかと聴くことが出来て、僕はもう思い残すことはありません(^^)。

 ふたつ目は、ダンス音楽から離れ、純音楽としてのカッコよさを追求した曲の多さ。3&6曲目「Rumba Timbales」「Cuero Pelao」なんてもうほとんど実験音楽ですし、2曲目「Call Of The Jungle Birds」や10曲目「Witch Doctor's Nightmare」は、まるで60年代のニュージャズ的な先鋭的なイメージで、その妖しくもアグレッシヴな曲想に私は思いっきりやられてしまいました。このクラシックなジャケットに騙されちゃいけません、音楽はめっちゃ先鋭なんですよ!!

 3つ目は、その純音楽の方向性。ヒスパニックという自分のアイデンティティを追っているのか、中米独自の音楽というものを生み出そうとしているように聴こえました。M2「Call Of The Jungle Birds」、M7「Jungle Horiday」、M12「Voodoo Dance At Midnight」なんて、音楽自体が素晴らしいんですが、タイトルだけを見ても中南米やアマゾンを意識しているようにしか思えないです。「Voodoo Dance At Midnight」なんて、これがブードゥー教の祭祀音楽だと言われたら信じてしまいそうなぐらいの怪しさと狂乱ぶりのある音楽でしたが、僕が実際に聴いたブードゥーの音楽って、ぜんぜん違うんですよね。。ジャングル・ビートって言葉があるじゃないですか。あと、昔ブログで「エキゾティカ」なんていうジャンルの音楽を紹介したことがあったじゃないですか。あんな感じで、実際にそういう音楽があったにせよなかったにせよ、そういう「ヒスパニック的」「中米的」なものを生み出そうと意欲を強く感じました。日本って、簡単に「日本とは」という所を手放すじゃないですか。でもラテン・アメリカ系の人は、ここを常に意識するというか。

 合衆国在住または合衆国に出稼ぎに来るヒスパニック系のミュージシャンが演奏するラテン音楽って、まずはご陽気なエンターテイメント性が目立つじゃないですか。ティト・プエンテもそうしたショー・バンドからキャリアをスタートさせた人でしたが、そんな人がこれだけ硬派なアルバムを出せるのも凄ければ、実際にこれだけの音楽を生み出せたのも凄いと思いました。サルサってキューバをはじめとしたラテン音楽とジャズのあいのこだと思っているのですが、それだけにジャズへの目配りはあって、ジャズが芸術音楽音楽への深度を深めていった60年代というのが、このアルバムにも影響したのかも知れません。


Category: YouTubeチャンネル   Tags: ---

Response: Comment: 0  Trackback: 0  

You Tube チャンネル 【ティト・プエンテ Tito Puente】 アップしました

Tito Puente_Thumb Nail メッチャ興味はあるものの、ラテン音楽はどこから聴けばよいのか分からない…そんな青春時代を送りました。ブラジルやタンゴはまだ良かったんですけど、メキシコ系やキューバ系は糸口すらつかめないんだぜ…素晴らしい音楽雑誌『ラティーナ』が休刊になってしまった今なんて、なおさらそうかも知れませんね。

 そんな時、個人的な突破口となったのが、キューバならペレス・プラード、そしてサルサはティト・プエンテ。まあ、カトちゃんの「ちょっとだけヨ」や、ロックのサンタナあたりがきっかけだったんですけどね。。

 こういう熱いながらも陽気さを失わない音楽って、ラテンアメリカ音楽独特ですよね。これを知らないで人生を終えるのは勿体ないってもんです。というわけで、なかなかラテン音楽に飛び込めない方のために、ティト・プエンテの動画を作ってみました。のんびり話していますので、どうぞゆっくりしていってくださいね。そしてもし気に入っていただけたようでしたら、チャンネル登録や高評価をいただければ有り難いです♪

(YouTube チャンネル) https://www.youtube.com/@BachBach246
(ティト・プエンテ動画) https://youtu.be/P0abw6byqMs


Category: CD・レコード > 日本のロック・ポップス   Tags: ---

Response: Comment: 0  Trackback: 0  

『青春歌年鑑 60年代総集編』

SeishunUtanenkan 60nendaiSoushuuhen 僕が70年生まれという事もありまして、70年あたり以降の日本歌謡曲は馴染みがあります。問題は60年代まで。つまり、グループ・サウンズあたりまでの流行歌を把握できてません。というわけで、こういうオムニバスは最高にうれしいです(^^)。

 なんとも意外に感じたのは、60年代の流行歌の方が、50年代より知らないという事。でもって、60年代は世相や流行がけっこう流行歌にあらわていると感じました。60年代初期は坂本九さんや梓みちよさん…というか、中村八大なのかな?つまり、50年代の音楽が完成した感じ。一方で伊東ゆかりさんなどの洋楽丸パクリも目立ち始めて、これが以降のJポップに繋がるんでしょうね。そして戦後から立ち直って余裕が出てきたサラリーマンさんたちのムード歌謡も全盛60年代後半にはビートルズ旋風を受けてグループサウンズが流行。日本に基地を残して出ていこうとしないアメリカに学生や市民が怒っての反戦運動にリンクしたか、フォークも流行の兆し。ざっくりですが、音楽のうしろに聴こえる60年代の日本ってこんな感じでした。

 これらの音楽全般に感じたのは、好きではあるんだけど、音楽自体がなんともチープな事。60年代後半と言ったら、洋楽のロックならもうキング・クリムゾンディープ・パープルもスライ・ストーンデビューしてる時代だし、ジャズならもうかなり高度な所まで行っている頃ですよね。でも日本は伊勢佐木町ブルースに夜明けのスキャットです。これは外国と比べてだけでなく、同じ日本音楽と比べても、戦前にあった浪曲や小唄端唄新内節なんかよりえらく安っぽくて、粗製乱造と感じました。これって、戦後でまだ音楽家が育っていなかった事もあるでしょうが、、レコード会社がトップダウンで作る産業音楽が、費用対効果ばかり気にして悪い方向に出たのかも知れません。50年代の方が丁寧なんですよね、仕事が…。

 ちなみに、この2枚組CDに入っていた曲で僕が気に入ったものは、坂本九さん「見上げてごらん夜の星を」と、弘田三枝子「人形の家」。このCDには入ってませんでしたが、ピンキーとキラーズ「恋の季節」やジャックス「マリアンヌ」あたりも60年代。岡林信康さんもそうでしたよね。そう考えると、日本の場合は流行歌といい音楽が必ずしも一致してないのかも知れません。


Category: CD・レコード > 日本のロック・ポップス   Tags: ---

Response: Comment: 0  Trackback: 0  

『青春歌年鑑 演歌歌謡編 1960年代ベスト』

SeishunUtanenkan EnkaKayouhen 1960 50年代演歌を聴いた以上は60年代も…というわけで、聴いてみたCDです。さすがに50年代よりは知っている曲が多くて、自分の価値観とまったく相いれないものではなく、自分が持っている価値観のルーツにある世界を持ってるな、と感じました。

 詞にしても曲にしても歌唱にしても、いきなりグッとくるものがいっぱいありました。西田佐知子「アカシアの雨がやむとき」なんて、いま聴いたってこの詞に打たれる人は多いんじゃないかと。また、詞に比して歌唱があっさりしているのはギャップ萌え、これって熱く歌うよりこうした方が刺さる気もします。千昌夫「星影のワルツ」もすばらしい詞とアレンジで、それを淡々と歌う所がまた刺さる…こういう「控える事の美」って、日本的なのかも知れませんね。
 でもって、50年代は演歌と言っても僕が思う演歌っぽく感じた曲がなかったのですが、60年代に入ると「これは演歌的だな」と思う曲がチラホラ。村田英雄「王将」、都はるみ「あんこ椿は恋の花」、美空ひばり「悲しい酒」…ああ~なるほど、浪曲なり民謡なり邦楽器なり、なにか日本文化を感じるものを戦後の歌謡音楽に組み込むと演歌と感じるのかも。50年代は曲として民謡を取りこんだものはあったけど、意識的に西洋と日本を区別したものはなかった、という事なのかも知れません。

 それにしても、流行歌の西洋化から10年で、詞がずいぶん洗練されてきたと感じました。まあ、青江三奈「伊勢佐木町ブルース」みたいな「ア~ン、ア~ン」みたいなアホみたいなのも出てきましたけどね(^^;)。そういう砕けた事が公に出来るようになったのも60年代なんでしょうね。


Category: CD・レコード > 日本のロック・ポップス   Tags: ---

Response: Comment: 0  Trackback: 0  

『青春歌年鑑 50年代総集編』

SeishunUtanenkan 50nendaiSoushuuhen 50年代演歌編に続いて、演歌という枠を外した日本歌謡の1950年代のベストです!50年代とは書いてあるものの、このCDには1945年からの曲もそれなりに収録されてました。戦後という事なんでしょうね。この時代の日本歌謡音楽はまったく知らない…と思いきや、いざ聴くと知っている曲だらけでビックリしました!むしろ60年代よりしている曲が多いかも。テレビ番組などで戦後日本を扱うと、このへんの音楽がBGMとして使われたりしていた利して、耳に入っていたのかも知れません。

 戦後最初のヒットと言えば「リンゴの唄」ですが(「赤い~リン~ゴ~に~くちび~る寄~せ~て~」のあれです)、すでにこれが管弦伴奏。音楽の色はクラシックでも民謡でもなく、ジャズ色が強いものでした。GHQ駐留中のこの時期、町で流れる音楽が駐留軍が聴く音楽ばかりだったとしてもおかしくないし、日本はすでにアメリカ色の強い音楽文化になっていたのかも知れません。。GHQが日本から撤収する49年までずっと同傾向で、「東京ブギウギ」「銀座カンカン娘」など、ジャズのビッグバンドの演奏が目立ちました。

 そして、45年から50年代前半までは、詞がすごく前向きでした。失恋がどうとかリアリズムがどうなんて全然出てこない…戦争でボロボロになった状況なので、流行歌に求められていたのは前向きさや明るさだったのかも知れません。「何にもなくてもいい、口笛吹いてゆこうよ」(東京の屋根の下)、「カルピス飲んでカンカン娘、ひとつグラスにストロー二本」(銀座カンカン娘)なんて、前を向かせる気満々に思えます。銀座とか東京というキーワードが出てくる曲がやたら多いのも、同じ理由かも。そう思い始めると、子供のころは馬鹿じゃないかと思っていた「サイクリング、サイクリング、やっほ~」なんて詞が、暗かったり辛かったりもする現実に少しでも希望を与えようとするものに思えて、すごく好ましく感じてくるから面白いです…ダサいですけどね(^^;)。ただ、アメリカ崇拝に繋げたかった文化政策の一面もあるのかな?

 敗戦から立ち直り始めたか、50年代後半になってくるとジャズ色が薄れました。これって進駐軍がいなくなったことで、ジャズが日本の街に流れる機会が減ったのか、それとも日本歌謡の中に同化していったのか…どうなんでしょう。たしかに50年代後半から、戦後日本歌謡のスタイルが確立してきたように感じました。でもそれって、中村八大や船村徹の書く音楽の事なのかも知れません。あと、「東京ナイト・クラブ」や「嵐を呼ぶ男」など、市民にも余裕が出てきたと思える詩や曲が増えてました。う~ん、時代だなあ。

 全然知らないと思っていた1945~59年までの日本歌謡音楽でしたが、いざ聴いてみると、知っている曲が大量。そして、実は60年代よりいい曲・興味をひかれる詞が多かったです。何とか社会に力を与えようとするエネルギーを感じるのかも。同時に、音楽にもアメリカの文化政策の痕跡を感じる事が出来てしまって、そこは日本人としてちょっと複雑でもありました。いくらなんでも国際条約を無視した原爆投下はダメだよ、アメリカさん(- -*)。


Category: CD・レコード > 日本のロック・ポップス   Tags: ---

Response: Comment: 0  Trackback: 0  

『青春歌年鑑 演歌歌謡編 1950年代ベスト』

SeishunUtanenkan EnkaKayouhen 50nendaiBest 1950年代に日本で流行った演歌のオムニバス盤です。1枚ものCDですが20曲入ってました。1950年といえば、ようやく日本からGHQが出て行って自治権が認められた頃。映画や音楽に関する日本の戦後文化はここからですが、僕はその時代の音楽をまったくと言っていいほど知りません。このCDに関して言えば、知っていた曲は、石原裕次郎「俺は待ってるぜ」、美空ひばり「港町十三番地」、ペギー葉山「南国土佐を後にして」、菅原都々子「月がとっても青いから」だけ。つまり、70年代生まれの僕ですら、50年代は遥か昔だったという事でしょう。

 音楽的には50年代末になってやっとバンド・サウンドが出てきて、その前はドラムすら入っておらず、ベースすら入ってない(録音が古くて聴こえないだけ?)のが普通でした。ではオケ楽器は何かというと、管弦とピアノがベース。つまり、レコード会社の抱えた楽団をバックに歌うのが基本形なんでしょうね。ここに、曲によってアコーディオンやラテン・パーカッションや邦楽器やギターなどが被さって、それぞれの曲が個性化されていました。民謡系の曲なら邦楽器を重ねるし、「ブルース」と名のつくものならサックスやアコーディオンといった西洋楽器が少し前に来る、みたいな。
 そういう音楽を僕が演歌と感じたかというと、ほぼすべての曲でそうは感じませんでした。むしろ60~70年代の方が演歌っぽい曲が多いと思ったほど。純邦楽よりむしろ唱歌に近く、ここに少しだけ民謡が入り込んだ音楽なんだろうな…それってどういう事なんでしょう。
 あくまで推測ですが、当時こういう音楽を作曲していたレコード会社所属の作曲家が習った西洋音楽は、西洋の機能和声音楽の初級メソッドだったんじゃないかと。そこから作曲するから、ドミソでスリーコードな音楽で、転調ですらまずない、みたいな。

 このCDを最初に聴いた時は、まったく面白くなかったです(^^;)>。何もかも面白く感じられなかったんですが、とくに詞が今の感覚と乖離し過ぎていて、同調できなかったんです。「赤いドレスが良く似合う君と初めて会ったのは、ダンスパーティーの夜だった」とか、なに言ってるのか分からないレベルでした。
 ところが何回も聴いているうちに、初級西洋音楽8:日本民謡2をシェイクしたような音楽性に時代や地域性を感じ始め、そうこうしているうちに詞の方も「昔は実際にこれぐらい恋愛が純真だったんだろうし、故郷の風景はりんご畑で東京は銀座だったんだろう」なんて思うように。音楽が好きかどうかではなくて、歴史小説を読むような面白さを覚えるようになっていきました(^^)。

 このCDは「演歌歌謡」なので、それでも邦楽の匂いが少しは残っていて(江戸時代から繋がっている浄瑠璃あたりの匂いは僕にはまったく感じられず、あくまで民謡)、もっとジャズをはじめ思いっきり洋楽を感じる「東京キッド」あたりは未収録。じゃ、演歌という枠を外した50年代日本の流行歌とは…それはまた次回!


Category: CD・レコード > ロック・ポップス   Tags: ---

Response: Comment: 0  Trackback: 0  

『Circus』

Circus.jpg 1969年、イアン・マクドナルドという素晴らしいリード楽器奏者を擁してデビューした、伝説のプログレッシヴ・ロック・バンドのキング・クリムゾンですが、マクドナルドはファースト・アルバム『クリムゾン・キングの宮殿』に参加しただけですぐに脱退。クリムゾンは、急遽マクドナルドの代役を務める事の出来るリード楽器奏者を捜し、そこで白羽の矢が立ったのが、サーカスというバンドにいたメル・コリンズでした。この人がまたいいんですよね(^^)。で、そのサーカスが、キング・クリムゾンのデビューと同じ69年にリリースしたアルバムがこれです。僕は、完全にメル・コリンズを追っかけてこのアルバムにたどり着いたクチ。見つけるのも大変な幻のレコードでしたねえ(^^;)。ギター/ヴォーカル、ベースまたはギター、ドラム、サックスというフォーピースバンドでした。

 おおおーアートロック的でカッコいい!サイケデリックでガレージで、インストの割合が高くて、ジャズ色もあって…近い所で言えばヴァニラ・ファッジとか、ファーストアルバムの時のディープ・パープルとか、ああいう感じでした。その2つのバンドほど上手くはないものの、あれよりもややジャズ色が強く、実際にソニー・ロリンズチャールズ・ミンガスの曲も演奏してました。これらも純ジャズには演奏していなくて、アート・ロック的な仕上げ方をしていて、そこが色というか、カッコよかったです。こういうのって表現を聴く音楽ではなくて、アレンジや雰囲気の味を楽しむ音楽なんでしょうね。その味が、僕にはビンゴ。
 そう言えば、ヴァニラ・ファッジもディープ・パープルもビートルズの曲をハードにサイケにやってましたが、このアルバムも1曲目はビートルズの「ノルウェーの森」。なんでみんなビートルズをカバーするんだろ…みんなかなりアレンジを変えているので、良く知られた曲をやればアレンジやプレイの差を強調できるし、そのへんのメリットを狙ってるのかな?

 個人的なイチ押し曲は、アルバム2曲目に入っていた、メル・コリンズ作曲の「Pleasures of a Lifetime」。ギターのアルペジオと魅力的なコード進行で幻想的に始まって(まずはここが見事!)、途中で5拍子の展開部に入ってサックスのインプロヴィゼーションに聴き惚れて、ヘッドに戻る、みたいな。あ~これはいいですねぇ。そう言えば、こういう曲のアシッド・フォーク感と演奏の弱冠ジャズな所は、アート・ロックとも言えるかも知れませんが、初期のキャラヴァンソフトマシーンといったプレ・UKプログレにも繋がる世界観なのかも知れません。
 そうそう、メル・コリンズ作曲で言えば、「Goodnight John Morgan」という曲が、アダルト・コンテンポラリーなボッサ調で、なかなかイケてました。けっこういい曲を書いてると思うんですが、メル・コリンズって、クリムゾンで曲を採用して貰えなくて、泣いてリハスタをとび出した事があるらしいです。ロバート・フリップ、そういう所だよ(^^)。。

 サーカスって、僕はこのアルバムしか知らないんですが、クリムゾンにメル・コリンズを引き抜かれて解散しちゃったみたいなんですよね。このバンド、リード楽器とドラムがうまくて、ギターとベースは決して下手なわけじゃないけどあくまでサイケ/アートロック系の人たちに聴こえました。そういう面では、いずれ別々に活動する事になる運命のグループだったのかも知れませんが、それでもこの音楽の狙っている所ががなかなかカッコ良く感じたもので、あと何枚かアルバムを残してくれたら、もっと面白い事になっていたかもしれないな、なんて思いました。…あ、そうしたらキング・クリムゾンのセカンド以降は生まれてなかったのか?!なかなか世の中うまく行きませんね(^^;)。


Category: 未分類   Tags: ---

Response: Comment: 0  Trackback: 0  

アバド/ロンドン交響楽団のラヴェル曲集に追記しました

Ravel_Bolero Abbado LondonSymphony なんとも意外な取り合わせですが、ロック・バンドのキング・クリムゾンのアルバム『リザード』の中に、ラヴェルの「ボレロ」から影響を受けたように思えた曲があります。先日、クリムゾンの動画を作っている時に、どうしてもラヴェルのボレロの説明をしないと色々と伝えにくい状況になり、「ボレロ」がどのような仕掛けのされた曲なのかを簡単に説明しました。
 せっかくですので、ものすごく簡単なものですが、ボレロの仕掛けについて、以前に感想を書いたCD『ラヴェル:《ボレロ》 《スペイン狂詩曲》 《マ・メール・ロワ》 《亡き王女のためのパヴァーヌ》 アバド指揮、ロンドン響』に追記させていただきました。興味がありましたら、ぜひ!

http://cdcollector.blog.fc2.com/blog-entry-1546.html


Category: YouTubeチャンネル   Tags: ---

Response: Comment: 4  Trackback: 0  

You Tube チャンネル 【1970年のキング・クリムゾン 2 “リザード”】 アップしました

King Crimson 1970-2_Thumbnail おかげさまで第4回まで続ける事が出来たキング・クリムゾン動画、今回は1970年12月にリリースされたサードアルバム【リザード】を中心に、音楽やバンド運営の舞台裏など、色々と話してみようと思います。

 アルバム【リザード】は、はじめて聴いた若いころから痺れまくったアルバムで、音楽にも詩にも、そしてジャケット・アートにも色々な仕掛けがあるんですよね。ロックの歴史に残ると言っても過言ではないそれだけの事をしながら、舞台裏は…いやあ、ロバート・フリップ先生には頭が下がります。

 だんだん寒くなってきました。皆さまどうぞ体調にお気をつけください。そして、もし楽しんでいただけましたら、チャンネルを登録していただけると有り難いです♪

(YouTube チャンネル) https://www.youtube.com/@BachBach246
(1970年のキング・クリムゾン #2 【リザード】) https://youtu.be/0t-mKTdRDMU


Category: CD・レコード > ジャズ   Tags: ---

Response: Comment: 0  Trackback: 0  

『Eric Dolphy / Naima』

Eric Dolphy Naima 現状で発表されているエリック・ドルフィー最後の録音は、64年6月11日にフランスのラジオ放送用に吹き込まれたセッション。この録音は色々と名前を変えてリリースされてきましたが、恐らく最初にアルバムとして陽の目を見たのが、このアルバムです。
 このアルバム、5曲中4曲がラスト・レコーディングでのもので、いわばアルバム『ラスト・レコーディングス』の姉妹盤。実際のリリースはこちらのアルバムの方が早かったので(こちらが1987年、『ラスト・レコーディングス』が88年リリース)、こちらがお姉さんですね。64年セッションのメンバーは、アルバム『ラスト・レコーディングス』と同じで、ドルフィー (a.sax, bass clarinet)、ネイサン・デイヴィス (t.sax)、ドナルド・バード (tp)、以下ピアノとリズムセクションはフランス人ミュージシャンでした。

 僕はこの曲が大好きという事もあるんですが、まずは「Naima」が聴きごたえありました。ヘッド部分の3管アレンジ(和音にしてるだけですが、これが気持ちいい^^)、冒頭の無伴奏のドルフィーのバスクラのアドリブ、ソロ・オーダー1番手となるドナルド・バードのベットのアドリブ、そしてついに来たドルフィーのバスクラのアドリブなどが見事でした!
 ただ、どれだけフロントが熱い演奏をしようが、それに絡んでいけないリズムセクションの弱さが(^^;)。。せっかくドルフィーやドナルド・バードと絡める人生に二度とないチャンスかもしれないんだから、あとで怒られてもいいからガンガン絡めばいいのに、と思っちゃったりもしましたが、即席バンドでは致し方ないのかも知れません。ビビりも入るでしょうしね。

 この録音が行われたのは6月11日。ドルフィーがベルリンで倒れたのが6月29日なので、他界する18日前の録音という事になりますが、これだけ素晴らしい演奏をした18日後に人って亡くなっちゃうんですね。。クラシックやロックで、老齢になったプレーヤーの演奏を聴いて「もうやめておけばいいのに」と思う事がたまにありますが、コルトレーンにしてもブラウニーにしてもドルフィーにしても、50~60年代のジャズ・ミュージシャンって、これだけの演奏をしながら…というものが多すぎると感じます。64年の渡欧後のドルフィーのリーダー録音で僕が一番好きなのは、ミシャ・メンゲルベルクのトリオと演奏した『Last Date』が断トツですが、ことドルフィーのアドリブ演奏に関して言えば、コンディションが悪いと思うものなんてひとつもなかったです。また、63年以降に録音されたリーダー・アルバム『カンバセイションズ』、『アイアン・マン』、『アウト・トゥ・ランチ』などで、ようやく自分の音楽が持っている個性が作曲作品という形になり始めたとも思えたので、返す返すもヨーロッパでの客死を残念に思わずにはいられません。


Category: CD・レコード > ジャズ   Tags: ---

Response: Comment: 0  Trackback: 0  

『Eric Dolphy / Last Recordings』

Eric Dolphy_Last Recordings エリック・ドルフィーの最後の録音は、64年6月2日にオランダでミシャ・メンゲルベルク・トリオと吹き込んだ『Last Date』と思われていましたが、のちに64年6月11日にフランスのラジオ放送用に吹き込まれたセッションがあったことが判明。そのうちの一部ががこのアルバムです。ところで、『Last Date』というタイトルのあとの音源をどういうタイトルでリリースするのかと思いきや、『Last Recordings』とか『Unrealized Tapes』という名でリリースされる事に…レコード会社も大変ですね (^^;)。
 編成は3管のセプテットで、メンバーはドルフィー (a.sax, bass clarinet)、ネイサン・デイヴィス (t.sax)、ドナルド・バード (tp)、以下ピアノとリズムセクションはフランス人ミュージシャンでした。

 全4曲すべてがドルフィーのオリジナル曲で、うち3曲はドルフィーがこれまでにも演奏なり録音なりをしてきた曲でした。私が聴き逃してきただけかも知れませんが、このアルバムで初お目見えになったのが、20分近く演奏された「SpringTime」。Gのロクリアンで書いた曲で、マカロニ・ウエスタン風というか、エキゾチックな曲想の音楽でした。こういうのってムード面での個性が出てすごくいい…とは思うんですが、きちんとプログレッションを作るなり構成をしっかり作っていくなりしないと、ただ音階を上に行ったりしたにいったりするだけになりがちなんですよね。で、そうなってしまっていたのでした(^^;)。ドルフィーも参加したジョン・コルトレーンの『Olé』とか、チャールズ・ミンガス『Tijuana Moods』に入っていた「Ysabel's Table Dance」とか(あれらはフリジアンでしたっけ?)なんかもそうでしたが、64年だとまだモード曲をリードシートだけ渡して形にしていくだけの技量が、まだジャズ・ミュージシャン側になかった頃なのかも知れませんね。

 残りの曲では、「245」でのドルフィーのアルト・サックスと、「Serene」でのバスクラのアドリブがカッコよかったです!ただ、1960年の初リーダー・アルバム以降、エリック・ドルフィーのアドリブは、どれを聴いてもだいたい素晴らしいので、わざわざこのアルバムを聴く必要もないかも知れません…とか言って、ファンだから聴かずに済ませるわけにいかないんですよねぇ(^^;)。
 じゃ、他がどうかというと…音楽は全員でテーマを演奏して、メンバーがソロ・オーダー順にアドリブを演奏して、最後にテーマに戻って…という実にジャズ・メッセンジャーズ的なバップ構成なもので、面白いかと言われたら…。他のプレーヤーさんのアドリブは…たとえば「GW」を例にとると、ネイサン・デイヴィスやドナルド・バードのアドリブは、とてもお金を貰っていいレベルのものとは…スマヌス(^^;)。。ただ、64年のドルフィーノドナルド・バードとの共演では、別のアルバムでコルトレーンの「Naima」を演奏してるんですが、そこでのドナルド・バードの演奏がすごくいいんですよね。。

 まさにその「Naima」演奏が入っている『Naima』というアルバムがあるんですが、そこにはこのアルバムと同じフランスラジオ放送用に収録された音源がいくつか入っていまして…その話はまた次回(^^)。


Category: CD・レコード > ジャズ   Tags: ---

Response: Comment: 0  Trackback: 0  

『Eric Dolphy / Out To Lunch』

Eric Dolphy Out To Lunch 1964年2月25日録音(リリースはドルフィー死後となる64年8月)、エリック・ドルフィーの死後にリリースされた、スタジオ録音アルバムです。全5曲で、すべてがドルフィーが書き下ろした曲でした。62年に「自分のグループを作るので抜けさせてくだせえ」とジョン・コルトレーンのバンドから抜けたドルフィーが、いよいよ本格的なリーダー・グループを始動させ、しかもついにブルーノートへと吹き込むとあって、相当な意気込みで創作に取り組んだ作品だったのではないでしょうか。そう感じさせるだけのものがいっぱい詰まってました!バンドは2管クインテットで、メンバーはドルフィー (a.sax, flute, bass cl)、フレディ・ハバード (tp)、ボビー・ハッチャーソン (vib)、リチャード・デイヴィス 8b)、アンソニー・ウィリアムス (dr)。

 挑戦する姿勢は、1曲目「Hat and Beard」から随所に垣間見えました。作曲で言えば、テーマ・メロはホール・トーンで、拍子も9/4…もう、当たり前のものなんて作らないという気合いが凄いっす。しかも奇をてらっているわけではなく、こうしたのには理由があったと思うんですよね。なぜホールトーンを使うかは、ドルフィーのアドリブの組み立てで重要になってくる音階のひとつがホールトーンだからではないでしょうか(詳しくはアルバム『The Illinois Concert』の感想を^^)。
 一方、9/4にした理由は、4分音符を続ける必要があったけど、それで音楽が退屈にならないようにするため。なぜ4分音符を続ける必要があったかというと…この曲のドルフィーの得物はバスクラなんですが…ヘッド部分の管がバス・クラリネットだけになる部分のリピート回に、バスクラだけで同時にふたつの音が出てるんですよ!つまりマルチフォニックを飛び道具としてではなく作曲にそのまま組み込んだわけですが、これを速いパッセージで出していくのは難しかったんでしょう。というか、出来るだけで凄いんじゃないかと管楽器のシロウトの僕は思ってしまうんですが(^^;)。。でもこんなに綺麗にふたつの音が出るものなのか…いやあ驚きました。これをやりたかった事で、ヘッドがああなったという僕の推理が当たってるかどうかは、ドルフィーさん亡き今、誰にも分りませんね。。あ、特殊奏法への挑戦という意味で言うと、この曲はドルフィーのバスクラにしては珍しく、フラジオも使ってますね。

 こういった工夫は、すべての曲に感じることが出来ました。もう、このアルバムは全曲ともマジメにアナリーゼするに値するんじゃないでしょうか。そういうジャズのアルバムって、ジョージ・ラッセルの『Jazz In The Space Age』とか新生ジミー・ジュフリー・トリオのアレとか、ジャンヌリーとラン・ブレイクのアレとか、僕は数えるほどしか人生で出会ってきませんでしたよ…いやあ、凄いです。ドルフィーさんってきっと視野がジャズの中だけに閉じていなくて、現代音楽とかクラシックとか、色んなものにも開かれていたんでしょうね。

 ただこのアルバム、サウンドが非常に冷たいです。それって作曲や調的なものなどが理由ではなく、単純に帯域やダイナミクス上の空虚さが問題だと思うんですよね。ありていに言うと、ボビー・ハッチャーソンのヴィブラフォンが現代音楽的とも言えるような冷たさと同時に、バンドをサウンドさせることやグルーヴさせることにブレーキをかけている気が…いや、ハッチャーソンさんを責めるわけでなく、この音楽にダイナミック・レンジの狭い楽器は合わなかったという事な気がします。同じボビー・ハッチャーソンの演奏でも、この前年となる63年に録音されたジャッキー・マクリーンのアルバムでの演奏なんて、ボビー・ハッチャーソンこそが影の主役じゃないかというほどに、音楽をリードしても致し、目指す音楽にフィットしてもいたんですよね。

 これに近い音楽と言って、僕はついトニー・ウィリアムス『Spring』やジミー・ジュフリー『Fusion』あたりを思い浮かべてしまいますが、あれらって和声楽器がピアノで、それぞれハービー・ハンコックとポール・ブレイ。もう、和声に対する熟練度が…。火の出るようなドルフィーやフレディ・ハバードの演奏を聴くに、本当はもっと熱い演奏を出来る所までバンドがこの音楽に熟練出来ていたら…と思ってしまうのは贅沢ですね。だって、こういう新しい音楽での演奏に熟練するには、それが出来るレベルのプレーヤーですらけっこうな時間が必要でしょうし。

 それにしたって、驚異のアルバムである事は間違いないと思います。アルバム『Iron Man』に次いで、アドリブから自分の音楽言語を構築してきたエリック・ドルフィーが、それを作曲に反映させてきたと感じました。このアルバムのリリースはブルーノート…さすがアルフレッド・ライオン、どこかでジャズのフォーマットでの演奏をドルフィーに要求してきたようにしか思えない他のレーベルのスタジオ録音と違って、ミュージシャンがやりたい事をそのままやらせたように思います。ブルース・リーが生涯きっての大傑作『燃えよドラゴン』を自分では見ることが出来なかったのと同様、ドルフィーは自分でこのアルバムを聴くことが出来なかったわけですが、これが生前に発表されていたとしたら、ドルフィーの人生もジャズの命運も、また違っていたのかも知れません。


Category: CD・レコード > ジャズ   Tags: ---

Response: Comment: 0  Trackback: 0  

『Eric Dolphy / The Illinois Concert』

Eric Dolphy The Illinois Concert 1963年3月10日、幻となっていたエリック・ドルフィーのリーダー・グループのライブ録音です。ワンホーン・カルテットで、ピアニストはハービー・ハンコック
 ドルフィーは1962年に自分のバンドを結成すべく、ジョン・コルトレーンのバンドへ脱退を告げ、ハービー・ハンコックをメンバーにしたリーダー・グループを結成したことが知られていました(ドルフィーの研究書であるシモスコ&テッパーマン『エリック・ドルフィー』に言及あり)。でもこのあとハンコックはマイルス・デイヴィスのバンドへのレギュラー参加が決まって脱退。代わりに参加したのがヴィブラフォンのボビー・ハッチャーソンで、ハッチャーソン参加以降の録音はそれなりりにあるものの、ハンコックと組んだバンドの実態は闇の中…という状態でした。それが1999年になって、ブルーノートがハンコック参加時のドルフィーのリーダー・バンドの録音を発掘! それがこのアルバムでした。
 当時の新生ブルーノートは、コルトレーン参加時のモンクのバンドの録音とか、こういう発掘を積極的にやってたんですよ、ありがとう…一応ラジオ放送用に録音されていたものだそうですが、録音は良くなかったですけどね(^^;)。そうそう、イリノイ大学での講演という事もあってか、イリノイ大学のブラス・アンサンブルやビッグバンドと共演したものが1曲ずつ入っていました。でもこれで音楽の質が落ちたという風には感じませんでした。大学生、頑張りましたね(^^)。

 特に新曲が書きおろされたわけではなく、これまでのドルフィーのアルバムに収録された曲、ヨーロッパ公演のリーダー・グループで取り上げた曲、そしてスタンダードで構成されていました。だから、ドルフィー自身がやっている事は、60年に録音した3つのリーダー・アルバムや、ミンガスのバンドでやった事と変わっていないのですが、ハンコックが入っているからか、曲の構成も和声も、マイルス・デイヴィスやウェイン・ショーターの60年代前半の音楽みたいに感じました。60年代前半のジャズ和声にとって、ハンコックって完全にキー・パーソンだったんだなあ。

 で、このハンコックの支配力が強くてですね…例えば、このライヴの1曲目は、スタンダード曲「朝日のように爽やかに」をハ短調にして演奏してるんですが、ドルフィーはドミナントでホールトーンを露骨に使いに行って(ドルフィーはよくこの手を使います)、グロテスクと感じるほどの奇抜なサウンドを出してます。無伴奏のイントロどころか、ヘッドですらこのアプローチに行って、むっちゃくちゃカッコいいんです。ところがハンコックは、その前後でフォースビルドなんか挟んじゃったりして、実にモダンでシャレオツなサウンドを出すんです。こういうアプローチは、この頃のハンコックが取り組んでいたものだし、リードシートを配って、あとは個人に任せるスタイルで演奏するタイプのジャズなら、音の選択は個人に任されているので仕方ない事ですが、でもハンコックのピアノがドルフィーの生み出す和声感覚を中和してしまっていると感じてしまいました。せっかく激辛のカレーを頼んだのに、そこに牛乳を混ぜてマイルドにしてしまっているようなもので、ドルフィーの生み出したヤバカッコよさが実に大人なサウンドで包み込まれて、典型的な60年代ジャズのサウンドに要約されてしまうという…。

 ただ、非常にカッコよかったものもあって、それは「アイアン・マン」。これが素晴らしい個性を放った音楽と演奏!この曲を聴くためだけにこのアルバムを買っても損はないと思えるほどでした。「アイアン・マン」ってて、この数か月あとにドルフィーはスタジオで録音しますが、この時点で完全に仕上がっていたんですね。この曲に至っては、ドルフィーはドミナント以外のところでもとんでもない跳躍を使ってアドリブしていますが、これを支えるハンコックのピアノが見事。というか、ハンコックがいなかったら、僕はプログレッションを見失っちゃいそうです。

  ドルフィーとハンコックの和声アプローチの話ばかり書いちゃいましたが、ベースのエディ・カーンとドラムのJ.C.モーゼスの演奏も実に見事でした。プロは違いますねぇ…。よく見れば、カッコよかったけどまとまりきっていなかった60年録音の3つのドルフィーのリーダー・バンドのサウンドが、ここで一気に洗練されてジャズのメインストリームに食い込んだ感じ。悪く言えば、メンバーが増えるほど中和されて個性がそがれて無難なところに落ち着いてしまうというジャズのセッションの悪い面が出たかも。曲も新曲は1曲しか揃えられていない段階のようだし、この録音は大学での公演を利用したバンドの試行錯誤の記録、という所が実際のところかも。ジャズって、このぐらいのところで「これで良し」にしてしまうものが多いけど、ドルフィーならもっと先まで行けた…というのは、これ以降にドルフィーが残した音楽が証明している気がするんですよね(^^)。その話は、また次回以降に!


Category: YouTubeチャンネル   Tags: ---

Response: Comment: 0  Trackback: 0  

You Tube チャンネル 【殺人罪で終身刑を喰らった男のブルース ブッカ・ホワイト】 アップしました

Bukka White_Parchman Farm_thumbnail3 アコースティック・ギターのボディに鉄板を張り付けたレゾネーター・ギターと言えば、タンパ・レッドとこの人ブッカ・ホワイトでしょう!ブッカ・ホワイトも、あの戦前ブルースの一大拠点となったミシシッピ・デルタで活躍した人です。これを聴かない手はありません(^^)。

 というわけで、今回はブッカ・ホワイトについて、私的一番推薦のこのアルバムを中心に、茜ちゃんと葵ちゃんの力を借りつつ、ゆるゆるとお話しさせていただこうと思います。よろしければ、チャンネル登録や高評価をいただければ有り難いです♪

 あ、そうそう、ブッカ・ホワイトさんもまだ著作権が切れていませんでしたので、自分でギターを弾きました。下手で申し訳ありません…。ブッカ・ホワイトの音楽の雰囲気だけでも味わっていただこうとしたことですので、どうかご容赦を。。

(YouTube チャンネル) https://www.youtube.com/@BachBach246
(ブッカ・ホワイト動画) https://youtu.be/6gmcOzT_U4k


Category: CD・レコード > ラテン   Tags: ---

Response: Comment: 0  Trackback: 0  

『Astor Piazzolla / Concerto Para Quinteto 五重奏のためのコンチェルト』

Astor Piazzolla Concerto Para Quinteto 1970年録音(71年リリース)、作編曲家/バンドネオン奏者のアストル・ピアソラのスタジオ・アルバムです。A面がキンテート、B面がバンドネオン独奏、B面ラスト「Recuerdos de Bohemia」(ボヘミアンの思い出)がバンドネオン四重奏でした。僕が買ったのは日本盤で、これにはバンドネオン多重録音とバンドネオン二重奏のボーナストラック3曲が入っていました。

 面白かったのは3曲入っていたキンテート演奏の曲。「五重奏のためのコンチェルト Concierto para Quinteto」は、バンドネオンとオケが掛け合いになるコンチェルトではなく、バロック・コンチェルトのようにプレーヤーそれぞれに見せ場があるコンチェルトでした。僕はピアソラ五重奏団ではエレキ・ギターだけは要らないと思ってますが(音がオケに混じらない^^;)、ここでトリを務めたカチョ・ティラオのギターの速弾きは素晴らしかったです。これ、楽譜通りに弾くの大変だったんじゃないかなあ。

 そして、ピアソラの「ブエノスアイレスの四季」シリーズから、「ブエノスアイレスの冬 Invierno Porteño」と「ブエノスアイレスの春 Primavera Porteña」の2曲が入っていました。これは作編曲が素晴らしくて感激。どちらも劇的構成をしていて、時としてちょっとタンゴらしくないんですよね。ただ、ピアソラの音楽って、どこかで「大衆音楽のタンゴに近づけなきゃ、タンゴらしくしなきゃ」と迎合しているように感じる時があるので、むしろタンゴの枠をはみ出していくこういう曲の方が、僕は好きです。

 作編曲だけでなく演奏も素晴らしくて、間違いなく良い音楽だと思いました。ただ、いかんせん古いピアソラのレコードは録音が悪くて、そこで凄く損をしてると感じてしまいました。僕、レコードを楽しむためだけに聴いているわけじゃなくて、どこかで音楽の勉強をしているつもりで聴いているフシがあるんです。自分の作曲や演奏に反映させようと思ってい聴いている、みたいな。そういう意味で言うと、このアルバムで良かった3曲はスコアやある程度整った模範演奏が欲しいのであって、そうなるとこのアルバムはお役御免かも。だって、「五重奏のためのコンチェルト」は、このブログのアルバム紹介第1号『Tango: Zero Hour』に演奏も録音も素晴らしいものが収録されていましたし、四季シリーズは『レジーナ劇場のアストル・ピアソラ1970』にほぼ同じメンバーで4曲すべてを演奏していましたし。


Category: CD・レコード > ラテン   Tags: ---

Response: Comment: 0  Trackback: 0  

『Astor Piazzolla Y Su Quinteto / Piazzolla En El Regina レジーナ劇場のアストル・ピアソラ1970』

Astor Piazzolla Piazzolla En El Regina 1970年、アストル・ピアソラ五重奏団のライブ録音です!このライヴ・アルバムって、「ブエノスアイレスの四季」シリーズ4曲すべてがはじめて全曲録音されたものなんですよね。ところがそれ以上に演奏が素晴らしくて絶句。ピアソラの音楽ではキンテート作品が人気が高いそうですが、その白眉がこの演奏ではないでしょうか!メンバーは、ピアソラ(bdn)、アグリ(vln)、オズバルト・マンシ(p)、キチョ・ディアス(cb)、カチョ・ティラオ(eg)。

 このライブも、音がボワンボワンで決して録音がよいとは言えないと思います。音がだんごになって、だれが何を弾いているのかよく聴こえなくなる所も多いですし。でも、演奏が素晴らしかったです。これを聴いて、ピアソラってスタジオ録音と相性が悪かっただけではないかと思いました。それがアルゼンチンのレコーディング・スタジオの問題なのか、バンドの問題なのかは分かりませんが、バンド全体の躍動感も、ここのプレーヤーの表現力も、演奏が小さくなってしまう事の多かったこれまでのスタジオ録音とは、まるで違いました。
 タンゴ楽団って、たいがい打楽器が入っていないじゃないですか。あれって、バンド全体でアタックをつけ、デュナーミクを変化させ、テンポを劇的に変化させて…とやりたいからだと思うんですよね。それがスタジオ録音ではみんな失われていたのが、このライブといったらもう…いやあ、これがあってこそのモダン・タンゴですよね。スタジオ録音だと「結局長調か短調ばかり」「タンゴ的な型にとらわれすぎ」「しょせんはポピュラー音楽」な~んて思ってしまう事もあったのが、こういう演奏をされた途端に、これぞ音楽、これを聴かずに何を聴くのか…と思うほどに手のひらを返してしまう僕がいたのでした(^^)。これは素晴らしい。。

 もし他の人に、アストル・ピアソラ五重奏団のアルバムを薦めるとしたら、69年リリースのスタジオ・アルバム『Adiós Nonino』と、70年リリースのこのライブ・アルバムを推薦したいです。ピアソラの音楽をタンゴといってよいのかどうか、僕は今でも分かりませんが、タンゴやアルゼンチン音楽を聴かない方にも、ぜひ一度体験して欲しい名盤と思います!


Category: CD・レコード > ラテン   Tags: ---

Response: Comment: 0  Trackback: 0  

『Astor Piazzolla Y Su Orquesta / Pulsacion』

Astor Piazzolla Y Su Orquesta Pulsacion 1970年リリース(録音は1968~69年)、オルケスタ編成のピアソラのアルバムです。オルケスタといってもグランド・オーケストラがついているわけではなく、バンドネオン、ヴァイオリン×2,ヴィオラ、チェロ、コントラバス、フルート or サックス、ピアノ、エレキギターといった編成でした。面白いのは木管楽器が入った曲があるところで、これで南米のポピュラー音楽というか、ジャズやブラジル音楽のような匂いが足されたように感じました。

 63年『Tango Contemporaneo』や65年『ニューヨークのアストル・ピアソラ』でも感じた事ですが、このへんのピアソラは悪い意味でのプログレッシヴ・ロックみたいな部分を感じます。色々と工夫してるけど、それが芸術音楽方面に行くのではなくて、あくまでポピュラー音楽の範囲で小細工が足し算されていく、みたいな。

 でも、このスコアって、演奏や録音次第ではそう聴こえずに済んだ可能性もあるのかな、な~んて考えたりもして。なぜこれが芸術音楽ではなくプログレに聴こえるかというと、ひとつには20世紀後半に入ってなお、まだ長調か短調でしか曲を書かないからというのはありますが、それ以上に、デュナーミクやタッチの部分での演奏表現が薄く、チマチマと書き込んだ音符の縦線をただ揃えて演奏しているように聴こえたから。でも、もしかするとそれって録音でそう聴こえてしまっているだけで、本当はもっと表現力のある演奏をしていたのかもしれない…なーんて思わなくもなかったんですよね。なにせいつものようにオンマイクべったりで録音した後に、ただ楽器を横一列に並べただけみたいなミックスになっているから、デュナーミクもアンサンブルも死んでしまった音になっていて、そんな風に聴こえてしまうのかな、と思ってみたり。それぞれの楽器がカノン状に同じフレーズを変奏して追いかけていく「Fuga Y Misterio」なんて、録音や演奏次第ではもっと音楽的に豊かに鳴らせた気もするんですよね…。

 こんな事を考えるのは、現代の演奏と比べてしまうから。今のタンゴ楽団もこのへんのピアソラの曲をよく取り上げますが、すごく音楽的に響かせる事が多いんですよね。もしかすると、僕が今のタンゴをライブハウスやコンサートホールで聴いているからそう感じるのかも知れないけど、それにしたって同じ曲なのに、オリジナルの偉大なピアソラの方が、「あれ?思っていたよりショボい?」なんて思ってしまう事に、自分でもちょっとびっくりなんです。
 というわけで、これは僕にとっては悪い意味でのプログレ的なモダン・タンゴ。いい所が山のようにあるスコアの気がしますが、サウンドしない音楽(レコード?)だぞ、みたいな。


Category: CD・レコード > ラテン   Tags: ---

Response: Comment: 0  Trackback: 0  

『Astor Piazzolla y su quinteto / Adiós Nonino』

Astor Piazzolla Adios Nonino_1 1969年リリース、アストル・ピアソラ・キンテートのスタジオ録音盤です。先に結論を書くと、僕はアストル・ピアソラ五重奏団のスタジオ録音最高傑作はこれだと思っています!もう、断トツと言ってもいいほど。演奏も強烈、アンサンブルも見事、そしてどういう理由かわかりませんが、50~60年代を通じて録音激悪だったピアソラのスタジオ録音の中で、なぜかこれだけメッチャ音がよいのです。いや~録音って大事ですよね。。

 ピアソラの五重奏団は大きく分けると60年代の前期と、80年代の後期に分けることが出来ます。後期はほぼ固定メンバーですが、前期はそれなりにメンバーの出入りがあります。それでも大体のメンツは決まっていて、このレコードもほぼレギュラー・メンバーですが、どういうわけかピアニストだけはピアソラ・キンテートで見た事のないDante Amicarelli という人。僕、この人がどういう人なのか全然知らないんですが、まずはこのピアニストが素晴らしい演奏をしていました。タンゴ的じゃないという指摘を受ける事もあるのかな…いや、そのへんはタンゲスタじゃない僕には分りませんが、とにかく音楽面だけを見れば、間違いなく素晴らしいんですよ!

 アルバム1曲目はピアソラの代表曲「アディオス・ノニーノ」の再録ですが、ダンテさんというピアニストを意識したのか、ピアノの長いカデンツァから始まるんですよね。この演奏表現が素晴らしくて、曲が始まる前からハートをわしづかみされました。ピアソラの後期五重奏団って即興性が高くなりましたが、それってこのアルバムでやったことが大きなきっかけになったのかも知れません。
Astor Piazzolla Adios Nonino2 この自由自在なダイナミクスや速度の変化は、ピアノ独奏だけでなく、その後のアンサンブル・パートでも存分に発揮されます。「アディオス・ノニーノ」初演がいつか知りませんが、僕が聴いたレコードだと61年発表『Piazzolla Interpreta A Piazzolla』が最古で、そのテイクと聞き比べるとアンサンブル全体の表現力がもう段違いです。もう「うわ、これは…」と息をのむほどの音の躍動感です。この素晴らしさは聴かない事には分らないネスよね、ぜひ体験して欲しいっす。。

 そして、この躍動感に録音が少なからず貢献していると感じました。もしかするとこのレコード以前から、ピアソラ・キンテートってこういう演奏をしていたのかも知れないんですよね。ただ60年代のアルバムは、大体がアンサンブルがぜんぜんアンサンブルしないミックスになっています。デュナーミクも狭く、インテンポで叩くドラムがいる事で速度面での押し引きも狭いロックやジャズではそこまで感じないかも知れませんが、打楽器レスが普通のタンゴだと、バンド全体の押し引きが重要な音楽表現。ところが楽器の音がバラバラでアンサンブルがしっくりしていなかったり、デュナーミクの狭かったりする録音をされると、タンゴ楽団の演奏表現という物自体が分からなかったりして。それがこのアルバムではアンサンブル全体の演奏表現がビシビシ伝わってきました。しかも、個々人の演奏レベルも強烈。これは見事な楽団だと思いました。

 僕が一番好きなピアソラの音楽は、50年代末のオルケスタ・デ・クエルダスの音楽です。でも世評が高いのは60年代のキンテート。その60年代キンテートのベスト・アルバムを挙げるとすれば、僕的には間違いなくこれ。「ピアソラのアルバムをまずは1枚聴いてみたい」という方は、このアルバムから始めるのが良いのではないかと。超推薦盤です!


11 2023 « »
SUN MON TUE WED THU FRI SAT
- - - 1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 - -
プロフィール

Bach Bach

Author:Bach Bach
狭いながらも居心地のいい宿で、奥さんとペット数匹と仲良く暮らしている音楽好きです。若いころに音楽を学びましたが、成績はトホホ状態でした(*゚ー゚)

ずっとつきあってきたレコード/CDやビデオの備忘録をつけようと思い、ブログをはじめてみました。趣味で書いている程度のものですが、いい音楽、いい映画、いい本などを探している方の参考にでもなれば嬉しく思います(ノ^-^)ノ

月別アーカイブ
検索フォーム
これまでの訪問者数
最近気になってるCDとか本とか映画とか
ロシアとウクライナがほぼ戦争状態に入りましたが、僕はソ連解体後のウクライナについて本当に無知…。これは2016年にオリバー・ストーン監督が作ったウクライナのドキュメンタリー映画。日本語字幕版が出たらぜひ観たい このブログをYoutube にアップしようか迷い中。するなら作業効率としては早いほど良いんですよね。。その時にはVOICEROIDに話してもらおうかと思ってるけど、誰の声がいいのか考え中
アド
ブロとも申請フォーム
QRコード
QR

Archive

RSS