
20世紀初頭のクラシック音楽界に、新ウィーン楽派と呼ばれる楽派がありました。これは
シェーンベルク、ヴェーベルン、ベルクの3人の作曲家の事を指していて、12音音楽の創始者であるシェーンベルクがトップ、あとのふたりはその弟子です。簡単に言うと、無調音楽とか12音列技法とかを開拓した楽派です。シェーンベルクが現代音楽のカリスマである事は勿論なのですが、ヴェーベルンも徹底した点描主義なんかで、後のセリー音楽主義者から神扱いを受けていたりして、これも人によってはシェーンベルク以上のカリスマ扱いをされる事があります。しかし、この中で僕が一番好きな作曲家は…そのどちらでもない、ベルクです。
他のふたりは、リクツでは凄いんだろうなと思うんですが、リクツを抜きにしていざ音と正対すると…ちょっと難しい時があります。2~3秒に1音だけなるだけの音楽とまで進むと、構造はともかく感覚的にはやっぱり退屈かな(^^;)。ヴェーベルンの中でも点描主義が極端に進行した曲って、実は音自体はあまり聴いていなくて、アタマで音楽を考えているんじゃないかと思っちゃうんですよね。ところが、ベルクとなると話が違います。聴いていて総毛立つような音楽体験。この人の書く曲って、素晴らしいとしか言いようがないのです。
新ウィーン楽派の中で、なんでベルクの音楽だけが僕には素晴らしく感じられるのか。その理由は、やっぱり昔に書いた「クラシックの中では近代音楽と現代音楽の中間あたりのモノが好き」という事なんだと思います。ベルクの場合、前の時代の和声音楽が築きあげてきた良さというものを残しながら、12音列技法に進んでいます。要するに、両方の音楽のいいとこ取りなんです。ベルクは、音列技法を使いつつ、音の順番に工夫を凝らして、調的にも聞こえるようにしています。12個の音を全部使わなくちゃいけないといっても、最初に出てくる音の順番が「ド・ミ・ソ」だとしたら、あとの順番はどうあれ、人間の感覚は長調的に聴こえる、みたいな。同時に12音音楽でもあるので、機能和声にはない独特の音の重なり方とか前衛音楽特有の鋭さもあって、絶妙なバランスなのです。
僕はベルクの「室内協奏曲」という曲が大好きで、色んなオケで色んなソロイストのバージョンをいくつも聴いたのですが、このアイザック・スターンがヴァイオリンの録音が、一番すごいと思いました。この曲、非常に印象的なヴァイオリンの旋律から始まるんですが、スターンのヴァイオリンの表現力と言ったら、ちょっと言葉では言い表せないものがあります。前衛音楽なんですが、実演する演奏家自体は、今までに培ってきた人間的な表現をそのまま生かして演奏している感じ。自分の演奏を録音した事のある人ならわかると思うんですが、録音を聞き返すと「1音目がほんの少し弱い」とか「2音目をもっとぼやかして弾きたい」とか、たった4小節ぐらいでも、何十回も録音して、それでも成功するのは1回あるかないかみたいな感じ。しかし、ここでのスターンの演奏は…音の入り方から最後の抜き方まで、表現の塊ではないかというほどの勢いと同時に、これ以外にはありえないんじゃないかというほどの正確さ…もう神憑りです。ちなみに、ピアノはゼルキン、オケはロンドン響という事で、こちらも見事。
しかし残念なのは…レーベルがソニーという所。要するに、復刻されない可能性があるんですよね。。アマゾンで見たところ、まだ中古盤が何枚か出回っているようですので、大名曲と大名演が重なったこの神録音を聴きたい方は、速めに手に入れる事をおススメします。演奏家にとっても生涯随一の瞬間だったんじゃないだろうかというほどの素晴らしい演奏でした。
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