
日本タイトルは「神秘」。ピンク・フロイドというプログレッシブ・ロックのグループのセカンドアルバムです。ですが、この頃はプログレッシブ・ロックというよりも、サイケデリックなイメージの方が強いです。
な~んて言ってますが、サイケデリック・ロックって、何のことだかよく分かりません。「サイケデリック」って、絵なんかのアートだとイメージし易い気がします。極彩色で、グニャグニャしてて、でっかい目がビローンとしてたりとか、飛行機に羽が生えていたりとか。…つまりはドラッグやっている時のモノの見え方みたいなものを絵にしてるんじゃないかと。じゃ、サイケデリック・ロックって?文字通り受け取れば、ドラッグやっている時の聴覚上のイメージを音楽にしたもの、という事になりそうなんですが、では「サイケデリック・ロック」と言われるバンドのレコードを聴いていくと…あんまり共通項がないんですよ。詞を除いて音だけでいえば、フォーク・ミュージックと判別不能の弾き語りみたいなものも結構あります。あと、ビート・バンドとの差が全くないものもあります。ひとつ前の記事のドアーズなんて、サイケの代表格みたいな扱いですが、音楽はこれでもかというぐらいにプロフェッショナルできっちりしているし、全然グニャグニャしてません。詞がドラッグやってるときみたいに支離滅裂、ぐらいの感覚なんでしょうか。いやいや、そんなこと言ったら優れた詩なんか、ランボーだろうがボードレールだろうがサイケデリックになっちゃうだろう…と思えちゃうんですよね。ドアーズの詩をドラッグで片づけるとしたら、それは相当にセンスが無いと思えてしまいます。滅茶苦茶なだけでいいんだったら、いくらでも作れますよね。ドラッグ詩というなら、ロックであるドアーズの詩の方がよほど自覚的で、むしろギンズバーグの詩とかの方が、リアルにドラッグな気がします。
じゃ、詩ではなく、サウンド面でサイケデリックと言ったら?…う~ん、これは様々なんですが、同じフレーズばかりを延々と繰り返すというようなパターンのサイケデリックもありますね。これは理屈としては理解できる気がしますが、僕がドラッグをやらないのもので、実感としては理解できないんですよ。単純に退屈な音楽なだけに聴こえちゃう。グレイトフル・デッドなんていうサイケ・バンドがこの傾向です。このバンド、アメリカでは絶大な人気らしいですが、日本ではぜんぜん人気がないというのは、ドラッグ文化の有無がそのまま反映された数字であるのかもしれませんね。むしろ、ドラッグをやらない僕のような人間からすれば、グニャ~ってしてる感じの音を作り出すサイケデリックのほうが、自分の感覚としてリアルに理解できるのです。理解できるというより、音楽としてものすごく面白い。
でも実際のサイケ・バンドが作り出す、サウンド面でのグンニャリ感って…単にリバーブをいっぱいかけるとか、フランジャーとかリングモジュレーターのような特殊な機械効果を与えるとか、そういう安易なところで終わっているものが少なくないです。というか、リアルタイムな60年代のバンドでは、そういうものの方が大多数とすら思います。しかし、そのサウンド面でのグンニャリ感を、作曲面とか、そいういう音楽的な点から表現したバンドというのがいたのでした。それが、ピンク・フロイド。
普通でない感覚のサウンド化というのは、例えば音程の選択にも出てきます。短2度の使用とか、半音階の使用とか、フィフティーズやビートルズといったポピュラー音楽では絶対に出て来ないような音の使い方をしたりして、これがサウンドとして実に暗く不気味かつ新鮮。普通のクラシックよりもよほど刺激があります。また、楽曲構造もアイデアの塊。ABCとかAABAとかいった普通のポピュラー音楽の形式なんてどんどん無視していきます。ではそれがテキトーな事をやっているかというと…いやいや、これが実に理知的で、見事な楽曲構造となっています。クラシックやジャズなんかよりも、よっぽどクリエイティブです。ピンクフロイドの作品というのを、僕は中学から高校にかけて片っ端から聴きましたが、このアルバムと「ウマグマ」というアルバムの2枚は抜群です。
ピンク・フロイドも、デビューアルバムではシド・バレットという重度の麻薬患者がヴォーカルをやっている頃は、サウンド的には別にサイケデリックな感ではありません。普通のフォークロックっぽい。で、有名な「原子心母」や「狂気」というアルバム辺りまで来ると、逆に職業化したロック・ミュージックの成れの果てにしか聞こえません。ピンク・フロイドが驚異であったのは、本物の麻薬中毒患者がバンドから抜けたこのセカンドアルバム「神秘」からしばらくの間の僅かな期間です。これが本当に素晴らしい。音楽面でこれほどの創造性に溢れた音楽というものが、ロックから出て来たというのは驚異です。というか、誤解を恐れずに言えば、今のクラシックやジャズでは太刀打ちできない創造性。芸術の名に値するアルバムと思います。
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