
新古典主義の大作曲家のひとり、ヒンデミットの書いた作曲本です。音大生だった頃、作曲関係の本を見つけると、古楽だろうが対位法だろうが音列技法だろうが手当たり次第に読みまくっていました。そんな頃に大作曲家ヒンデミットが書いたこの本を発見!
タイトルからはまったく想像がつきませんが、半音階法についても触れられている貴重な本です! 大雑把にこの本の主旨を言うと、
従来の7音音階だけではなく半音階法を視野に入れて和音を6種類に分類し、その6種類の和音の結合から音楽の組織、和声、旋律の作曲を再定義するというもの。少し難しいですが、この点さえ理解しておけば混乱しなくて済むんじゃないかと。あ、そうそう、
巻末に「和音規定表」という一覧がついてるんですが、この表がついていることに気がつかないと意味がさっぱり分からないので注意(^^)。
でもって、この本は上記の趣旨に沿う形で、6章に分けて書かれていました。1章が作曲論、2章は素材論、3章組織論、4章和声論、5章旋律論、6章は実際の楽曲の分析例です。
僕が音大で習った和声法とは、音の眺め方がちょっと違うのが驚きでした。例えば転回の理解と、そこからくる和声判定の方法。例えば、長3度と短6度は転回すれば同じものですが、では和声においてどちらと取るべきか。これは機能和声に従った音ならルールの上にあるものなんでしょうが、そうでない音楽を構想した時に重要になると思うんですよ。ヒンデミットによれば、ここに聴覚上の原理のものさしを最初に作って、その結果「長3度のほうが第1音列的に優位であるから、長3度優位でとらえる」と結論するのです。うおお、すげえ!
こんな感じで全体が素晴らしすぎるのですが、それが和声法や作曲全体だけでなく、旋律論にまで発展しているのがありがたかったです。
旋律の作曲の教科書ってほとんどないので、それだけでもありがたかったし、その上この本の旋律論は「あ、なるほど」と思わされることが多くて、自分が作曲する時にものすごく役立ちました…ちょっと高度ですけどね(^^;)。教科書って読めば読むだけ有利になると思うんですよね(^^)。
以上のように、あくまで機能和声法をベースにして、もう一歩踏み込んだ作曲の基準を示した本でした。なるほど、今考えてみれば、ロマン派がいっぱいいっぱいまで来たところで、新ウィーン楽派は無調や音列技法に向かったのに対してヒンデミットは新古典に向かったわけで、まさにヒンデミットの音楽観そのものな理論書いと感じました。
西洋音楽を学んできたプレイヤーや独学作曲家が、どうやって作曲の勉強を進めていけばいいかは難しいところですが、僕なら機能和声法→その延長線上のジャズ→古典対位法→新古典(これ!)→音列技法→メシアン作曲法→セリー…みたいに進めていくと効率がいいんじゃないかと思います。つまりこの本は、近現代作曲法の入り口ではないかと。
超がつくほどおすすめの本ですが、今は絶版になっていて、超高値がついてます(アマゾンで3万円!)。音楽之友社の本は、読みたいと思った時に買っておかないとこうなるんですよねえ。。
(追記)以下は、各章の簡単なまとめなんぞを。あ、記憶だよりに斜め読みで書いてますので、間違っていたらご容赦を(^^;)。
1章の作曲論は序文みたいなもの。2章の素材論は倍音や平均律や微分音程などなど、以降に話すことの前提条件みたいなものなので、ここではざっくり割愛。こういう所を語らないと、当時すでにあった微分音程をなぜ回避しているかとか、なぜ半音階法に踏み込む必要があるのかが分からないから、書き手としては書く必要があったんでしょうね。でも
内容がなかなか難しいので、1章を理解できずに挫折するぐらいだったら読み飛ばしてもいいかも。結合音なんて、僕は
『音楽行動の心理学』やドイチュの『音楽の心理学』という本で存在を知っていたからなんとか「そういうものがある」という事を知っていましたけど、この本ではじめて出会った人は理解が相当に難しい思います。でもここはあくまで前振りなので、飛ばしてもだいたい大丈夫と思うので、気にせず先に進みましょう!
■3章:組織論(和音の規定)
この章を要約すると、和音を6種に分類して、その6種を音楽的に体系づけるというものです。6種というのは、以下の通りです。
Ⅰ. 三全音を含まず、2度音程と7度音程を含まない和音
Ⅱ. 三全音を含み、短2度音程と長7度音程を含まない和音
Ⅲ. 三全音を含まず、二度音程と7度音程を含む和音
Ⅳ. 三全音を含み、短二度音程と長7度音程を含む和音
Ⅴ. 三全音を含まず、規定しがたいもの
Ⅵ. 三全音を含み、規定しがたいもの、三全音が優位に扱われているもの
(第1音列と第2音列)
でもって、このように和音をくくる原理として、第1音列、結合音、第2音列、全音階、なんていう概念が使われます。第1音列は倍音列の事で1度、8度、5、長3…という順に並ぶアレの事です。第2音列というのは結合音を前提にした「音程の自然的価値の序列」との事ですが、どういう原理なのかは難しすぎて分かりませんでしたが、結果としての音列は93ページの65図に記されていて、以下のような5分割。
Ⅰ. 8度
Ⅱ. 完全5度とその転回である完全4度
Ⅲ. 長3と度とその転回短6
Ⅳ. 短3/長6
Ⅴ. 長2/短7&短2/長7
で、共和音程は8度から長3/短6までで、短3/長6以降は不協和音程とみなす、みたいな。ここさえ押さえれば、とりあえずこの章で一番大事なポイントはオッケー。でも、この結論に至る前の事も参考になることがいっぱいありましたので、僕にとって勉強になった点だけ抜き出して書いておきます。
(転回の理解)
転回に関する理解の仕方が目からウロコ。ジャズ理論をやった人は戸惑うかもしれませんが、機能和声法の中にすべてを組み込もうとするジャズ的な考え方ではなくて、機能和声とともに無調や半音階といったものも同時に作曲の視野に入れようとすると、こういう考え方は合点がいく上に理解しやすかったです。
まず、3度音程を前提にした機能和声法を放棄して、和音決定のための3つの基準を踏まえた体系づけを試みます。3つというのは…
1. 3度構成は和音構成の基礎法則ではない
2. 和音を展開する代わりにもっと包括的な原則を設ける
3. 和音の多義性はなくなる
で、重要となるのは2番だと思うのですが、それは以下のような感じ。
・
転回によって生じる音程関係はひとくくりにして捉える(長3と短6など)
・
転回は目標は、和音の音の交換ではなくて根音をずり上げる(下げる)こと・8度の音が重なっている音は強化されて根音として認知しやすくなる
・
転回によってひとくくりにされた音は、長3/短6の対のものは、長3度のほうが第1音列的に優位であるから、長3度優位でとらえる・
「短3/長6」「短2/長7」は引き分けで、どちらを根音とみなしてもオッケー・
「長2/短7」は、ドミナント進行する場合には短7優勢・三全音は浮遊状態のままあるか、第三音が加わった時点で和声的に締結
(和音判定)
転回と同じ理屈で、和音判定も出来ちゃったりします。一例をあげると…
・
完全5度音程が含まれていた場合、下の音をその和音の根音とみなす。たとえば、和音の中に「ド・ソ」が含まれていたら、ドを根音とみなす、みたいな。
・
それ以上に強い重力を持つ響きがない場合、長3/短6音程が出てきたら、長3判定となる音が根音 まあ、こういった理屈で、長2/短7が出てきたら第3音によってドミナント進行が生じているようだったら短7判定とか、そんな感じ。で、これらを総括した体系づけを行うと、最初に書いた和音の規定表に分類できる、みたいな。
■4章:和声論 3章で分類した和音をどうやって繋いでいくかを書いてるのがこの章です。そして、和音が横に連結していくときの良し悪しの判断を、ヒンデミットは以下の点から規定していました。
・旋律声部の動き
・優位二声部性
・和声の勾配
・基音進行
・誘導音
・調性
「旋律声部の動き」は、要するに旋律の事。
「優位二声部性」とは、つまりは外声の事です。多声部を扱う際でも、特に外声は大事にしろよ、みたいな。
「和声の勾配」は、和音間の結合全体のこと。たとえば、安定した和音から不安定さの強い和音につながると緊張感が増し、逆は弛緩していく感じになる。安定や不安定の度合いは、3章で分けた6種に準ずる。これが和音間でガチャガチャしないように、徐々に緊張感を増して言って最後に弛緩するとか、その逆とか、そういうふうにして和音進行に求められる勾配をつける、という事です。
「基音進行」「調性」は、ざっくりいえば普通の和声進行の事なので、説明はカット。ここはジャズ理論とか、普通の和声法の教科書をやった方がいいかも。ちなみに、この本では無調や多調も説明されてましたが、ヒンデミットの見解では無調は「あり得ない」、多調は「聴く方は結合された二つの和音を多調なんて原理に結び付けて聴くことなんて出来ない」と一蹴してました。なるほど、このへんは新ウィーン楽派に否定的だったヒンデミットらしかったです (^^;)。
「誘導音」も、この本をに手を出す人なら既に学習済だと思うので、説明はいらないですね。
■5章:旋律論 まず、旋律論を書いている音楽の教科書って、ありそうでなかなかないので(それが証拠に、作曲の教科書って「和声法」や「楽式論」のものが多い^^)、この章は超貴重でした!
この本の旋律論は、和声構成音と二度音程から説明していく感じ。例えば、「
旋律の頂点が2度で動いている時は良い旋律を得やすい」なんていう定義とか、それらを演繹して行って「
4度に独立性を与えたかったら3度を弱めないといけないから、4-2-1という旋律にすると際立つ」とか。こういうのって、言われれば「それはそうでしょ」なんて思っちゃったりしますが、それをセオリーとして「○○である!」と言えることが素晴らしいと思うんです。まさにコロンブスの卵で、こうした金言が、作曲している頃は本当に助けになりました。というわけで、ある程度まで和声を学んだ人で、しかも込み入ったプログレッションなり変化和音を作曲に持ち込んでいて「かっこいいい旋律が出来ないんじゃボケ~!!」と発狂してる方は、楽器や楽譜の前でうんうんうなってばかりいないでこの本を読むとスッキリするかも!
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