
若い頃は、シリアスで激しい音楽が好きでした。だから、ご陽気だったり楽園的な南国系の音楽というのは好みではありませんでした。スティール・パンという音階打楽器があるのですが、これはその最たる例で、音がもう楽園的だし陽気だし、このサウンドだけでもう苦手。更に、演奏する音楽も非常にポピュラーでノリノリのものばかりだから、もう全然興味が湧かないのでした。が…
トリニダード・トバゴというカリブ海に浮かぶ島国では、このスティール・パンが国民的楽器なんだそうです。なんと廃品となったドラム缶を加工して作るそうで。なんでそうなったかというと、それはこの島の歴史に由来があったとの事で、カリブの島国ですから、思いっきり植民地支配や冷戦の巻き添えやパックス・アメリカーナを喰らっていて、ほとんどの人が奴隷の被支配者だった時代があり、その軍事物資としてドラム缶が大量にあったそうです。で、そうした大変に苦しい時代を過ぎ、突然ドラム缶が大量の廃棄物となってしまったとの事。そこで島の人たちが作ったのが、船でも生活道具でもなく、なんと楽器。そしてこの島の人たち、恨み節を作るのではなく、大変に明るい音楽を大人数で演奏し続けたとの事。
数か月前、テレビでトリニダード・トバゴのドキュメンタリー番組をやっていました。やっぱり話の中心はこのスティール・パンで、一般の市民がとんでもない人数のスティール・パン市民オーケストラを結成していて(いや、ジャズのビッグバンドなんてものじゃないです、クラシックオケよりも巨大だったんじゃないだろうか…)、これが全員がとんでもないテクニックでビッタリ合った合奏を披露していました。いやあ、あれはすごかった。。そして、そのすぐ近くの路地ではギャングの銃声が…。不幸な歴史を持ち、今も政情不安定なこの地で、なぜ明るい音楽を演奏し続けているのか。これは単にご陽気なんではなくて、陽気で楽しく生きようではないかという、ひとつの思想なんじゃないかと思ってしまいました。
さて、このCDは、まさにそのスティール・パン・オーケストラの演奏を収めたCDです。あまりに巨大なアンサンブルなので、複雑なアンサンブルの曲はありません。複雑にしちゃうと何やってるのか分からなくなっちゃうんでしょうね。ただし、それは音の重なりに関してであって、曲の展開に関しては、よくぞこれを暗譜できるなというぐらいに良く出来ている。10分を超す曲なんてざらですしね。覚えるだけでも相当な練習量を必要とするようなこれらの曲を、とんでもない大人数の人が、見事なシンクロ状態で、とにかく明るく、楽しく、元気な音楽を奏で続けます。若い頃の僕が理解できなかった、しかし音楽というものの使い方としては、こんなに素晴らしいものもないんじゃないかというぐらいの、素晴らしい音楽でした。
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