
歴史うんぬん抜きにして、
冒頭の無伴奏ソプラノを聴いただけで鳥肌が止まりませんでした。
スペイン南東部にある町エルチェに伝わる《エルチェの神秘劇》は、13世紀には成立していたそうで、キリスト教政権が回教徒勢からエルチェの街を奪回した記念に作られたんだそうです。
この神秘劇は、1部と2部から構成されていましたが、1部が凄かった!なにより、
第1幕の序盤20分ほどの無伴奏独唱が感動的。スペインの一都市を回教徒から奪回した記念に作られた劇だと言いますが、でもどこかにアラビア音楽的な匂いを感じるのは僕だけでしょうか。序盤は無伴奏の独唱なんですが、それがキリスト教音楽というより、イスラムの
アザーンとか、ああいうものに近く感じてしまうのです。
徐々に人数が増えていく1部の構成も見事でした。キリスト教圏のポリフォニーが聞かれるのは1幕の終盤になってからで、ここからようやくヨーロッパ古楽の雰囲気になり、満を持したかのように男声の聖歌合唱。いやあ、この
劇的な構成もすごい。
合唱もカノン状の多声でしたが、これが13世紀に書かれたとは思えないので(だって、
デュファイだって14世紀末だし…)、あとから多声化されたのかも。
というわけで、無伴奏のキリスト教音楽とアラビア音楽をミックスして壮大な音楽叙事詩を紡いだ印象です。そういうものが素晴らしくないわけないじゃないですか。途中でいろいろ変化したでしょうが、それでも13世紀に成立したというのがうなづけるほど、旋律や無伴奏の歌唱がかもし出すムードの中に、古のスペインを感じました。やさぐれて、キリスト教世界とイスラム世界が重なって、13世紀で、争いの中で祈るしかない人々がいて…もう、そういうのが全部音に出ている感じ。
意外に感じたのは、ハープの演奏。ほぼ無伴奏ですが部分的にハープが伴奏する曲があって、そこでのハープはアルペジオせずにストローク。こういうハープ伴奏ははじめて聴いたかも。ギター的というか、ハーモニーも含めてハワイアンみたいでビックリしました(^^)。。
音楽の素晴らしさに比べたら大した問題ではないですが、録音が一部残念。独唱は教会のエコーが凄くて見事に美しいんですが、合唱やカノン状のポリフォニー部分はどういう訳かエコーが少なくなって、狭い部屋で録音したみたいな音になってスケールダウン。エコーがないと声も混ざらなくなって、ピッチが悪い人が目立っちゃったり。なんでこうなるんだろう、マイクの位置とかなのかな、それとも声がいっぱい重なるとエコーがマスキングされて聴こえなくなるのかな…録音って難しいですね、録音のために面白くなくなってしまうレコードって、僕はけっこういっぱい聴いてきたなあ。
これは素晴らしかったです!僕は、若い頃はロックやポップスばかり聴いてたし、ジャズにハマればジャズに夢中、古楽にのめり込めば古楽を突き進み…みたいに、ちょっと視野が狭くなる傾向があります。ひとつのものを掘り下げる事も大事と思うんですが、でも狭いのは大きな弱点だと思うんですよね。自分が知っている世界だけに閉じこもっていたら、こういう素晴らしい音楽に一生出会えなかったはずなので、掘り下げる作業とは別に、広げるさ事って絶対大事だと思うのです。
音楽が好きな人でも、「エルチェの神秘劇」を知っている人は日本にそう多くないと思うのですが、それは単に有名じゃないだけで、いざ聴いてしまえば感動する人は相当に多いんじゃないかと。だって、古楽、声楽、クラシック、
合衆国のアーリーミュージック、
ビル・エヴァンス、ジャーマンシンセ…こういう音楽に感激できる感性を持った人が、この音楽に感動できないなんてありえないと思うのです。そんなわけで、日本では有名じゃないかも知れないけど超オススメ、素晴らしい音楽劇でした!
- 関連記事
-
スポンサーサイト