トライアディック・メモリーもそうですが、フェルドマンの作品は静かで音が少なく、長いものが多いです。
「Coptic Light」(コプトの光)は、1986年作曲なのでフェルドマン最晩年の作品。僕がこれまでに聴いたフェルドマンの作品では、この曲が一番好きです。このCDは、「コプトの光」を含む、以下3曲が入っていました。
・Piano and Orchestra
・Cello and Orchestra
・Coptic Light
たしかこのCDが、3曲すべての初録音だったはずです。そしていずれも、演奏時間20分ほどの単独楽章からなる管弦楽曲。雰囲気がけっこう似ていて、ゆったりして神秘的。この3曲でひとつの作品だと言われても信じてしまいそう。
「
ピアノとオーケストラ」は1975年の作品。
最初の音から神秘的で息をのんでしまいました、これは引きこまれる…。決してアヴァンギャルドなサウンドではなく、静謐で、かといって月並みな和音ばかりには還元しないので環境音楽にはなりません。3つの曲の中ではいちばんフェルドマンっぽく感じたんですが、それってピアノとオケが対立したり煽りあったりという、いわゆる古典派やロマン派の協奏曲な感じはなく、両者が平行して、時には溶け合って進んでいくからかも。そして、フェルドマンにしてはクライマックスがあって驚いた!
「
チェロとオーケストラ」は1973年の作品。これも音の印象は近くて、神秘的で茫洋とした音の海のなかをたゆたう感じ。でも、ソロ楽器とオケの関係は「ピアノとオーケストラ」とは対照的で、かなり近現代協奏曲的。そういえば、
メシアンの「世の終わりのための四重奏曲」の中の1曲が、まさにこういう感じだったな…。冒頭のチェロは音列技法を使ってるようにも聴こえましたが、フェルドマンはあんまりそういう人ではないので、無調的なアプローチをすると、どうしてもこんな感じになるのかもしれません。こうしたチェロパートがいくつかに分割されていて、チェロがいるとオケは和声で独特な雰囲気を形成、チェロが抜けるとオケはチェロに返答します。こうした前半を踏まえ、中間部で音楽を発展させたところから緩やかにドラマが動きました。やっぱり、変化もしないし長時間だし音も少ないし実験ばかりより、程よく変化してくれたり、意識的に音楽を動かしてくれた方が良いものになるに決まってるし、人間の感覚にもあってると思います。「サイコロ振ったて音をえらんだ」とか「20分音が出てこない」なんて言うのはニュースにはしやすいけど、それが音楽として素晴らしいものかどうかはまったく別ですよね。そういう意味で、この曲は「良い音楽」でした!
「
コプトの光」。コプトというとエジプトのあるキリスト教の一宗派コプト教を思い浮かべてしまいますし、この音楽はたしかにそれを感じさせる静謐さや神秘さに満ちていました。でも実際には、この「コプト」はコプト織という織物を指しているようです。なんでも、ニューヨークで活動していたフェルドマンが、美術館で古代のコプト教の細密な織物を見たのがきっかけだったそうで。つまり、それまでは引き伸ばされて音数の少ない作品ばかり書いていたのが、「もっとこの織物みたいに細密に重なる作品を作ってみよう」みたいな。とはいっても、これが「織物のように細密」かというと、他の作曲家の作品に比べれば、10倍は簡素。緻密さではなくて、何度も同じパターンが積み重なっていくという意味で、織物という事なんじゃないかと。最初から同じフレーズの積み重ねで、それが徐々にひとつの建造物となっていく感じでした。
僕が良いと思ったのはそこではなく、この
神秘的で、同時に無生物的な響きでした。聴き始めた瞬間から引き込まれ、不思議な気分のまま、時間があっという間に過ぎていきました。古代の秘密がすべて記された地下神殿への長く暗い廊下を一歩一歩下っていってる…みたいな。
このCDに入っていた3曲は、どれも20分ほどとコンパクトなので(フェルドマンの作品は1時間超えなんて当たり前、演奏時間4時間とか平気であるんです^^;)、すごくまとまって聴こえます。やっぱり、極端に音数を減らしたり極端に長いより、最適の状態で作曲するのが自然ですよね(^^)。いずれも素晴らしかったです。演奏自体は難しくないと思うので、指揮と録音だけが問題だと思うんですが、これもパーフェクト。音楽の内容が内容だけに、オケや指揮の技量にはまったく耳がいかなかったんですが、それって音楽がまったく違和感なく鳴っている証拠だと思うので、素晴らしい演奏だったんじゃないかと。現代音楽といっても、響きは素晴らしいし調をしっかり感じるし難しくもないので、現代曲やクラシックを聴かない人にもオススメの1枚です!
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