齢をとってからのチェット・ベイカーさんというのは、自分のカラーがはっきりしていて、感傷的なしっとりとした音楽を演奏します。これが、単に「やたらとしっとりと演奏する」というムード的な方面だけではなくて、フレーズをものすごく綺麗に組み立てる。アドリブになると、ここぞとばかりに「演奏技術」的なものをガンガンぶつけるとか、逆にムードやニュアンスばかりでフレージングなんて全然ないというジャズマンは結構いるんですが、チェット・ベイカーという人はすごく曲それぞれの良さを活かして音楽を仕上げるんですよね。これがため息が出るほどに素晴らしい。1曲目"I waited for you"のフレージングなんて、到底アドリブとは信じがたいほどの見事な組み立て。他にも、 "Touch of Your Lips", "Autumn in New York"などなど、選曲のセンスも素晴らしすぎます。そして…このアルバム、トランペット&ヴォーカル、ギター、ウッドベースのトリオなんですが、このドラムレスのサウンドが素晴らしすぎる。特に重要なのはダグ・レイニーさんというギタリストで、これが和声とメロディを実に巧みに操り、しかもジャズギター特有のソフトであったかい音で音楽全体を支配します。僕はジャズギターというのは、リーダー作となるとつまらないものが多いけど、バッキングとなるとジャズギター以外では得られないような温かい音楽となるものが結構あったりする、と思ってるのですが、これはまさにその例。なんか、ロッジで夜に暖炉で温まりながらホットミルクを飲んでいるような快感…。名前からすると、名ギタリストのジミー・レイニーの息子さんなのかな?