『菊地雅章 / AFTER HOURS』

KikuchiMasa_AfterHours.jpg 今年も残りわずか、どうしても年内に取り上げておきたい人がひとり。少し前に菊地雅章さん関連のCDをいくつか紹介しましたが、菊地さん、よもやその直後に他界されるとは(;_;)。今更ですが、心よりご冥福をお祈り申し上げます。

 他界なさった後にジャズ批評家さんの多くが追悼記事やら何やらをたくさん書いておりまして、しかし僕的にどうしても違和感を覚えたのが「この評論家さんの発言、本当に菊地さんの音楽をちゃんと聴いたうえでのものなんだろうか」と思えるものがいくつかあった事。なんと言えばよいのか…音楽である以上、どんな音楽にだって好きとか嫌いはついて回ると思うんです。ただ、何かの点で「これはすごい」という音楽はあるもので、そういうのって好きとか嫌いとは別の領域にその素晴らしさがあると思うんですよね。例えば、ベートーヴェンの晩年の弦カル。好き嫌いはあるでしょうが、あの入れ子細工のものすごさは否定できない素晴らしさと思うんですよ。それを「あんまり好きじゃない」というのは、聴く人個人が思ったり話したりするのは全然問題ないと思うんですが、音楽を紹介する役割の評論家が、その凄い部分を伝えず、好き嫌いのレベルだけで紹介するのはどうかと思うんです。このCDの菊池さんの演奏も音楽も、好き嫌いとは別の次元で、否定しがたい「すごい」という部分に達していると思うのです。僕は菊地さんに相当にのめり込んだ時期があるもので、僕なりに、菊地さんのピアノ独奏のどこに心から感動したか、これだけでも伝えておきたいなあ、と。

 というわけで、本題。僕的に菊地さんの音楽の真髄を捉えたと思えるものは、バークレー以降でフュージョンを卒業した後の、菊地さんのピアノソロです。以前に『アタッチト』という素晴らしいピアノソロ作を紹介させてもらいましたが、この『AFTER HOURS』も甲乙つけがたい力作。出だしの1分で、魂を持って行かれちゃいます。スローテンポのどマイナーから入る"bye bye blackbird"、ものすごいです。以降に続くどの曲の演奏も完全なプーさんワールドで、素晴らしい。素晴らしなんてもんじゃない、息をのむ、背筋がぞわっとくるような感動を覚える、鬼気迫る演奏です。
 もう少しちゃんと書くと…たとえば"blackbird"は、G♭マイナーからアドリブで和声進行を作って最後は転調してメインテーマに入るという趣向を凝らしているのですが(とはいってもほとんど機能和声と変化和音の連続)、この部分にあてられたオルタードの数々が凄い。最初の和声変化だけでも11th、13th、-5-13th、F79/A…簡単には選びにくい音を、これでもかとぶつけてきます。そうなると当然きわどい所に踏み込んでいく事になるわけですが、しかしこれを見事に成立させてしまう。理論というより、その時の音に対して、一歩間違えば崩壊というギリギリのところで選ばれたもっとも緊張感のある音や、それが醸し出す独特の音の印象の連続なのです。少なくとも『アタッチト』以降のピアノソロでは、菊地さんは響きに対する並々ならぬこだわりがあったんじゃないかと感じずにはいられません。それは、音の重ね方だけじゃなくて、楽器そのものの音の出し方、部屋の残響、録音などを含む全てにおいてです。例えばビル・エバンスの美しい響きの中にはアッパー・ストラクチュアすらターゲット・ノートと見做してアプローチしていく所など、実はあの美しさの裏には「安定」じゃなくって「崩壊寸前のギリギリの線」があると思うんですが、それに繋がるような尋常じゃないセンスを感じます。もっというと、ビル・エヴァンスよりも鋭い。このCDでの菊地さんはすごくゆっくり演奏して、考えつくしたうえで音を選びつくして絞り出してる感じ。音数は少ないですが、そこで選ばれた音の裏にものすごい選択と追及が見えます。デタラメでこの響きを作るのは不可能、勉強した人でもちょっとやそっとでは難しいんじゃないかと思います。僕は後からアナリーゼしてこの音をなんとか理由づけしているわけですが、菊地さんはこれを創造していたわけですよね。あとからあれこれ言うのと実践して生み出すのでは大違い、もう敬服の念しか生まれないです。私は、冒頭の3音、そしてディミニッシュを経過してノン・オルタードとオルタードの使い分けながら上に積まれていく音の響きの素晴らしさだけで魂を持ってかれちゃいました。この音にたどり着くがために、菊地さんは人生を費やしたんじゃないかというぐらいに深いです。

 深く追求しないと響かせることは無理な音、好き嫌いとは別次元のところで「すごい」という領域に入っている音楽と思います。だから、批評家さんが「ああ、あれ悪くないよね」とか軽々しく口にしていると、「え、これほどのレベルのものをそんな次元でしか判断できないのか?!」と、ちょっと残念な気持ちになってしまうのです。僕が死ぬほど感動した音楽だから、もっと褒めて欲しいと思っているだけかもしれませんが(^^;)。このCDですが、日米問わず、数多あるジャズ・ピアノのCDの中でもベスト10に入る大名盤と私は思っています。手に入れにくいかもしれませんが、見つけたら絶対に手に入れてほしい!日本ジャズの財産、また日本ジャズでしかありえないような素晴らしい音楽と思います。


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Bach Bach

Author:Bach Bach
神戸住まい、奥さんとネコと暮らす音楽好きです(ノ^-^)ノ
音大は卒業したのですが、成績はトホホ状態でした(*゚ー゚)

ずっとつきあってきたCDやビデオの備忘録をつけようと思い、ブログをはじめてみました。
プロでも評論家でもありませんので、たいした事は書けないかも知れませんが、いい音楽、いい映画、いい本などを探している方の参考にでもなれば、大変嬉しく思います(ノ^-^)ノ

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 今月号のintoxicateに載っていた1枚。「Vyacheslav Artyomov」、ロシアの作曲家は名前が読めなくってムズカシイ。。「ヴャチェスラーフ・アルチョーモフ」と読むらしいです。伝説の「フレンニコフの7人」のひとりとの事ですが、それって何かすら僕は知らず(^^;)。作風的には初期は新古典的、後に民族的な様式、十二音技法や、複調性、ミニマルなんかも用いたみたい。ロシアの前衛は強烈なものが多いので、聴いてみたいです。アマゾンで買おうと思ったらダウンロード版しかなかった(;_;)。 少し前に取りあげたエリザベス・コットンですが、ライブ盤なんてあるのか?!これは聴きたい… オスマン時代から現代までのトルコ音楽のガイド本みたいです。おおお~、これは絶対に読もう!! レコ芸に載っていた近藤譲さんの新譜、室内楽作品集みたい。好きな作曲家なんで聴きたいんですが、持っている2枚のALM盤と4曲かぶってるので悩み中…
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