アーティスト、プロ演奏家、プロ音楽家…のハナシ

backband.jpg 前回のキース・エマーソンの記事で、「プロ演奏家、プロ音楽家、アーティストは違う」みたいな事を書きました。そのあたりのハナシをちょっと。

(プロ演奏家について)
 プロ演奏家という職業があります。仕事で来た演奏を全部やる商売。僕もそうやって食っていた時期があるんですが、ロックバンドやアイドルのサポート、レコーディング、ホテルや野球場のイベント、来日アーティストの伴奏などなど、来たものは何でもやって稼ぎにする仕事です。特に鍵盤奏者は数が多いので、中でもレベルが高かったり。ソルフェージュ能力や読譜能力に優れるという意味では、クラシック系のプロ演奏家は、中堅クラスですらポップ・ロック系で天才扱いされているアーティストよりも数段上なんて事もざらです。
 音大生の時、最終的に僕は作曲科に転科したんですが、もとはクラシックの鍵盤科でした。演奏科は技術養成所みたいなもんですから、学生は食えるかどうかをずっと意識していて、それは卒業が近づくほどに強まります。先輩や同級生との実力差が痛いほど分かるので、トップランナー以外は徐々に追い詰められ、年々脱落していきます。実力がないと思った人は、色々手を打ちます。ポピュラーのインストグループを作ってレコード会社や音楽事務所に売り込みに走る人、競争相手の少ない別ジャンルに生き残りをかける人…3年にあがる頃にもなると、転科する人まで現れます。僕からしたら羨ましいような受賞歴を持つ友人のピアニストが、競争相手の少ないジャズのパーカッション科に移った事もありました。こうした中から勝ち残った人がプロの道に進むんですが、ピアノ科でクラシックの道に進んで食っていけるようになった人は、僕の期では院に進んだ人を含めてゼロ。ジャズなどのポピュラーに転身してプロになった人はそれなりにいましたが(僕はその一人)、年を重ねるごとに減り、卒業から20年以上たった今、何人が生き残ってるのか分かりません。僕はジャズをメインに、プロ演奏の仕事を事務所からもらって凌ぎにしていたんですが、その収入は居酒屋のバイトより安いぐらいでした。それでも10年ぐらいはプロとして活動していたんですが、結婚する時に「プレイヤーでは経済的に無理だ」と思い、ついにリタイア(・_・、)。同期の中では生き残っていた方だったんですが…。その後、ポピュラー界では女性アイドルグループのライブが大流行、今ではプレイヤー数が足りない…なんて話をきくと、もう少し続けてれば良かったと思わなくもないんですが、でも40を超えてアイドルものなんて、お客さんだって嫌か(^^)。まあ、これは音大→プロの道のハナシであって、ロック/ポップス系のプロは音大関係ない人も多いです。そっち方面はあんまり分からないけど、バンドでデビューした後、そのバンドが解散してプロ演奏家に転向、というパターンが多いのかな?

orch_riha.jpg(プロ演奏家とアーティストの違い)
 前回書いた「プロ演奏家であってアーティストではない」というハナシについて。クラシック系のプロ演奏家の技術の高さが創造とイコールかというと…別と思うんですよね。アーティストというのはクリエイティブが条件と思うので、仮に楽譜を演奏するにしても、「こういうスケールや和音がお決まりだし安全だけど、違うアプローチで違う効果を出す事」とか、メロコード譜の演奏ですらクリエイティブさが出る場所というのは随所にあって、作曲どころか演奏ですらアーティスト演奏とプロ演奏は根本から違うと僕は思ってます。キース・エマーソンのハナシが出たので、この例をプログレでいえば、以下のような感じ。あくまで僕の主観ですので異論はあると思いますが許してね(^^)。
 『太陽と戦慄』のロバート・フリップ:アーティストでありプロ演奏家
 ・ELPのキース・エマーソン:アーティストじゃないけどプロ演奏家
 ・『Join Inn』のマニュエル・ゲッチング:アーティストだけどプロ演奏家じゃない


 僕はとっくにリタイアしてしまったので、今では音楽を聴いて楽しむ事の方が多くなりました。CDなんかで、いくらでも超一流の演奏が聴けるようになった今では、超絶にうまいのが当たり前に感じちゃう。だから、演奏技術(指がはやく動くとか、そういう低レベルのハナシじゃなくって、ソルフェージュ能力も表現能力も含めた音楽的な演奏技術、みたいな感じ)の凄さなんて、それこそ若い頃のアルゲリッチとか、極端に突き抜けていないと「すげえ」とならなくなっちゃいました(^^;)。それに比べるとアーティスト性は目につきやすいです。で、身内を悪く言うようで気がひけるんですが、プロ演奏家養成所である音大出身のプロ演奏家は、どうもアーティスト性に劣る気がしてなりません。これは、演奏の技術や表現じゃなくって、もっと根本的なアーティストとしての挑戦という所で…これはしかたない面もあって、僕も音大生時代に「アーティスト活動なんて好きにやったらいい。それよりも、まずプロとして一本立ちして食えるようになるのが先」と、何人かの先生から言われました。これって一理あると思うんです。でも今になって思うのは…現音やフリージャズが好きな思いっきりアーティストタイプだったくせに、収入を優先してプロ演奏家の道を優先させた事で、一体何が残ったのかという事。ELPを聴きながら考え込んでしまったのは、この点でした。プロ音楽家でも、アーティストものが好きな人と、アーティストものは好き嫌い以前に「分からない」という人がいる事は知っておいていいんじゃないかと。例えば…昔、ジョン・コルトレーンの「ライブ・イン・ジャパン」メシアンの「主題と変奏」を褒めちぎった事がありますが、あれらを「よく分からない」という人は、プロでも結構いました。理解できているかどうかは、少しでも話していると分かるもんなんですよね…。それ以前に、芸術音楽に触れた事すらないというプロ音楽家もいますしね。演奏や作曲を職業としている人が、音楽を理解できているとは限らない、というわけです。

(アーティスト、プロ演奏家、プロ音楽家の違いについて)
 アーティスト性について。ミュージシャンの事を「アーティスト」と呼ぶ事がありますが、僕がいうアーティストはすこし意味が違うのでちょっと注意。これを、今度はジャズ・ピアニストの例でいえば…
 ・ビル・エバンス:△アーティスト/○プロ演奏家/△プロ音楽家
 ・デイブ・バレル:○アーティスト/×プロ演奏家/×プロ音楽家
 ・ライル・メイズ:×アーティスト/△プロ演奏家/○プロ音楽家


 全部○である必要なんてないし、そんなのほぼ不可能。ひとつでも○があれば凄いと思います。で、僕が言っている「アーティスト」性が高くなればなるほど、音楽を専門に聴いているわけではない人からは「わけの分からないモノ」「意識高い系」みたいな扱いになりがちで(これは日本に限らず)、プロ音楽家として成立しにくくなる。去年の最後に「今年聴いたCDのベストテン」みたいな日記を書きましたが、その1、3、4位は日本人ミュージシャンでした。この方々はどう聴いたって凄い超一流アーティストですが、じゃあ食えるかどうかのプロ音楽家という判断でいうと、多分苦労してるんじゃないかと。つまり、「超一流のアーティストだけど、プロ音楽家ではない」事になるんじゃないかと思います。というか、稼ぐときは「プロ音楽家」として、アーティスト性を殺して稼いでる気が(・ω・)。この手のアーティスト問題というのは、クラシックの世界でいうと、演奏家よりも作曲家にとって深刻。最後にはややこしい現代の作曲技法を専門にしたボクですが、作曲やアレンジの仕事でそれが役に立った事はありませんでした。仕事ではオーダーのTPOに合わせた曲しか書けず、アーティスト性を盛り込んだ音楽を書きたかったら、自分で勝手にやるしかない。でも、クラシック界でいうと、管弦どころか室内楽曲ですら、賞を取って、何らかの文化的保護を受けられるようにならないと、それだけやって生きていく事はキツイ…というか、ほぼ無理。フルオケものを書いて、プレイヤーを雇ってホールでリサイタルなんてしたら、1回で破産です。芸術は経済構造と馴染まないので、保護しないと枯渇してしまう。だから芸術を価値ある文化とみなして保護する…という考え方はヨーロッパには結構あるんだけど、日本にはほぼ皆無で、企業メセナですら超古典のクラシックか純邦楽の保護…みたいな若干ズレた方向を向いてます。そのヨーロッパですら最近は資本主義が強くなってるみたいで、まして日本は「売れない音楽を保護する必要がどこにあるの?」というのが一般的な考え方だと感じるんですよね…。外国のパクリが殆ど、たまにあっても海外で評価されて逆輸入じゃないと自分じゃ評価できない…みたいな日本の芸術音楽の惨状の背景は、結局はこういう日本全体にボンヤリ漂っている芸術に対する考え方があるんじゃないかと。2020東京五輪ではAKBが指名されましたが、それをFIFAワールドカップのドイツ大会で作られた音楽と比較すると…これ以上書くと悲しくなるのでこの辺で(x_x;)。ちょっと話がそれましたが、芸術を保護しろと言いたいんじゃなくて、本当の「アーティスト」と、EXILEあたりを「アーティスト」と呼ぶのは全然別、という事を言いたかったです。こういう基準でいえば、エマーソンは、ロックでいえばプロ演奏家○、アーティスト×、プロ音楽家◎ぐらい?60年代後半ににやっとアーティスティックな道を開いたロックも、70年代中盤~80年代にはけっきょく商業音楽方面ばかりになりましたが、エマーソンの活動がこの流れと大体一致してるのは面白いです。

(アーティスト音楽のむずかしさ)
 アーティスト音楽にも危険があって、挑戦という面があるだけに、詐欺師が出やすくもあるのかな~、とも思います。24時間に1音しか鳴らない音楽を「このアートが分からないのか?」と言い張ることだって可能。ここがアーティスト音楽のむずかしい所で、音楽家当人だけじゃなくって、それを理解する人のレベルまで重要になっちゃいます。日本の場合、佐村河内さんの例ひとつ取ってみても、批評家が音楽を自分できちんと判断できるレベルになる日はまだ遠いのかな?話題になった交響曲"HIROSHIMA"は、作曲技術は一流ですが、芸術音楽としては何もしてないですからね。それを、「広島の悲劇」とか、音楽とは全然関係ない部分で詭弁を使われただけでコロッと行っちゃう批評家のレベルときたら…。僕だったら、芸術音楽を作る時に「広島」や「ベルリンの壁」を出す事自体に抵抗を覚えます(社会活動として評価されてもいいのかも知れませんが、純音楽という点からはむしろ自分から純音楽を否定するやり方だ、という意味で。もっとストレートにいうと、こういう題材を評価につなげようとする嫌らしさが大嫌い)。でも、クラシックの批評界はまだマシで、ジャズなんて最悪。ポピュラーと芸術の区別すらつかないライター山の如し。けっきょく、アーティスティックな音楽の中でも評価しやすいものって、今までの音楽をちゃんと前提にした上で、その先を行くものに限定されるのかも。根本から覆すんじゃなくって、全体の2~3割を革新していく感じが、芸術に許されたバランスなのかも知れません。そういう意味で言うと、ピカソよりもジャコメッティやキーファーの方が評価しやすいかも。それでも評価しにくいものに挑む場合は、現音みたいに、作曲家が作曲意図と技法面での工夫や挑戦を説明するようにしないとダメなのかも知れません。というわけで、芸術音楽がライズアップするには、音楽家だけじゃなくって音楽界全体のレベルが向上しないと、芸術音楽の本当に凄いモノや人が日の目を見る日なんて来ないのかも…。でも、絵でも造形芸術でも映画でも、本当のアーティストというのはだいたい日の目を見ないですから、そういうものなのかな。
 ただ、アーティスト系の音楽には決してデタラメでない絶対的な軸もあって、またそれがプロ演奏家レベルの精度で音になった時は、とんでもなく凄い事になる…というのを、僕は人生で何度も体験してきました。そして、その手の強烈な音楽を実現するためには、「アーティスト」と「卓越した演奏技術」のふたつが必要だけど、これを作り上げるのに、多くのミュージシャンが気にかけている「プロ演奏家」や「プロ音楽家」という条件を満たす必要はまったくなかったりします。結局は何を目指すかなんでしょうけど、インチキじゃない「絶対的な軸の上にあるアーティスト音楽」に取り組んで作り上げたのであれば、それが社会にどう評価されたかなんて関係なく、既にミュージシャンとしては超一流なのかも知れません。それに、純粋に音として強烈な衝撃を僕に与えてくれた音楽は、ジャズだろうがクラシックだろうが、「芸術音楽」と呼ぶに値する姿勢で作られたものがほとんどだったんじゃないか、という気がします。

 な~んてダラダラと長文を書いてしまいましたが、ほぼ聴く側に回った今の僕はお気楽なもん。感動に吹っ飛ばされたいときは「芸術音楽の凄いやつ」、清涼飲料を飲むみたいにパーッと行きたいときはロックやバップ、ふうっと落ち着きたいときは室内楽やジャズヴォーカル、ちょっと音楽旅行したいときはワールドミュージック…みたいに、うまく音楽と付き合えていけると、日々が3割増しぐらいで心地よくなるんじゃないかな~、な~んて思ってます(^^)。


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そんな時は

長文、大作でしたがなんとなくわかったようなやっぱり難しくてわからなかったような(笑)
自分のバカさ加減にもやもやしたんで、Jガイルズ バンドの『ライブ フルハウス』を聴いてすっきりしようと思います!

Jガイルズ!

ボネ太郎さん、書き込みありがとうございます!

Jガイルズバンド、僕も大好きです!中学生の時、読み方が分からず「Jジェイルズバンド」と読んで大恥をかいた事を思い出してしまいました(;_;)。フルハウスはもちろんですが、あまり売れなかった「ショータイム」というライブアルバムも好きです!

No title

最近気になる「TED」に面白い動画があります。
「Mark Applebaum: The mad scientist of music」
https://www.youtube.com/watch?v=46w99bZ3W_M
「音楽とはなにか?」を解体し再構築。この命題に対し現在わんわんわんが知るうえで究極に近いともいえる結論ではないかと思います。

Re: No title

わんわんわん様、書き込みありがとうございます。

観たいのですが、今日はヘトヘトで観れません(^^;)。週末に、拝見させていただこうと思います!

Mark Applebaum の講義、みました!

わんわんわん様、

Mark Applebaum の講義、聴きました!分からない単語が幾つかあって("scavenger"、なるほど…)、100%は理解できませんでしたが、しかし面白かったです!なるほどと思う所がたくさんありました(^^)。
それにしても、あちらの人は、講義がうまいし、聴衆も講義を聞くのがうまいですね。

No title

アーティスト系の音楽も大衆音楽という意味においてはリスナーの評価というフルイにかけられていると言えるかもしれませんが、その結果がEXILEでは悲し過ぎます
リスナーの責任も重要ですね
そう思うと日本では(自分の趣味とは違っていても)もっとオリジナルな良質の音楽が聞かれる様になって欲しいと思いますね

Re: No title

colさま、書き込みありがとうございます!

そうなんですよね、今ではベルリン・フィルですら集客のためのプログラムを用意している状況ですから、リスナーの評価というフルイに掛けられているんですよね。こうなると、人気や売れ行きでない「音楽そのものを測る絶対値」みたいなものから評価した音楽と、リスナーのフルイにかけられた音楽が一致するためには、リスナーのレベルが重要になってくるんだと思います。
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Bach Bach

Author:Bach Bach
神戸住まい、奥さんとネコと暮らす音楽好きです(ノ^-^)ノ
音大は卒業したのですが、成績はトホホ状態でした(*゚ー゚)

ずっとつきあってきたCDやビデオの備忘録をつけようと思い、ブログをはじめてみました。
プロでも評論家でもありませんので、たいした事は書けないかも知れませんが、いい音楽、いい映画、いい本などを探している方の参考にでもなれば、大変嬉しく思います(ノ^-^)ノ

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 今月号のintoxicateに載っていた1枚。「Vyacheslav Artyomov」、ロシアの作曲家は名前が読めなくってムズカシイ。。「ヴャチェスラーフ・アルチョーモフ」と読むらしいです。伝説の「フレンニコフの7人」のひとりとの事ですが、それって何かすら僕は知らず(^^;)。作風的には初期は新古典的、後に民族的な様式、十二音技法や、複調性、ミニマルなんかも用いたみたい。ロシアの前衛は強烈なものが多いので、聴いてみたいです。アマゾンで買おうと思ったらダウンロード版しかなかった(;_;)。 少し前に取りあげたエリザベス・コットンですが、ライブ盤なんてあるのか?!これは聴きたい… オスマン時代から現代までのトルコ音楽のガイド本みたいです。おおお~、これは絶対に読もう!! レコ芸に載っていた近藤譲さんの新譜、室内楽作品集みたい。好きな作曲家なんで聴きたいんですが、持っている2枚のALM盤と4曲かぶってるので悩み中…
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