
昔はいたのに今は消えてしまったものに、陰のある日本の女性シンガーという系譜があると思ってます。藤圭子さんとか、りりぃさんとか。これはそういう人が多かったというより、そういうものを良いものと感じた時代風潮があったという事なのかも。だって、今だってそういう人はたくさんいるでしょうからね。ひとつ言えるのは、喜びも悲しみも能天気に歌い上げる今のポップスは、こういう陰鬱な所にスポットを当てなくなった、という事。この場末感、僕は結構好きです。毎日それだと気がめいるけどね(^^;)。
カルメン・マキさんのデビュー盤となったこのアルバムは、劇作家の寺山修司さんがディレクターで、その支配力たるや凄まじいです。なんでも、カルメン・マキさんは寺山さんが主宰していた劇団「天井桟敷」の団員さんだったそうで。そんなわけで、
このアルバム自体がまるで寺山さんの舞台を見ているようで、コンセプトアルバムっぽい作り、ほとんど小説です。半分が語りですし(^^;)。ルックスは思いっきりハーフなカルメン・マキさんですが、日本語がすごくきれいで、歌が素朴。これがこの語り口調のアルバムのコンセプトにバチッとあったんじゃないかと思います。
なんといっても、「時には母のない子のように」がすごくいい!!僕にとっては、これがすべてです。最初にテレビできいたときに「あ、これはすごくいいな~」と感じ入ってしまったのを、今でも覚えています。
でも、このアルバム以降のカルメン・マキさんは、僕にはピンときませんでした。マキさんのキャリアを見てみると、掘り下げがあんまり深くない気が…(‐ω‐。*)。例えば、ロックバンドを組んでドラムを叩きたいなら、少なくとも有名なロックバンドぐらいはひと通り聴いて、一応はエイトビートぐらいは叩けるように練習してから、バンドを作るなり参加するなりするのが普通と思うんですよね。でもマキさんは、寺山さんの舞台を見て感動したら劇団に飛び込んで役者志望、ジャニス・ジョプリンに感動したらすぐロック歌手とかいってステージに立ち…という具合。それが付け焼刃にしかなっていない事は、残念ながらマキさんの以降のアルバムでの歌や曲を聴くと、ね(^^;)。でもそれって、マキさんがどうこういうより、それでオッケーにしちゃうディレクターとかプロデューサーの問題なのかも。このアルバム、つまりはカルメン・マキさんの作品というより、マキさんという素材を使った寺山修司さんの作品なんでしょうね。
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