
日本のハードボイルド小説作家・大藪晴彦さん原作の小説の映画化作品です。何度も映像化された事があるようですが、1980年制作のこの
松田優作さん主演の映画はいちばん原作からかけ離れてる…ような気がします。他を見てないので分かりませんが、原作とかなり違うので(^^;)。しかし、松田さん主演のものがあまりに素晴らしいので、僕の中で「野獣死すべし」というと、この映画しかないというほどの状態。
主人公の伊達は、大手通信社の外注記者です。世界の戦場を渡り歩いた彼は、感情をなくしたような状態になり、殺人や強盗を重ねます。 大学生の時にはじめてこの映画を見た時の感動は忘れられません。殺人とか強盗とかそういう事ではなく、主人公の持っている得体のしれない苦悩、ここに同調してしまったのです。その苦悩は、自分が普段から感じていたものと同じに思えたのでした。ちょっと変な言い方になりますが、この映画の主人公が抱えている苦悩を理解できるかどうかは、美術や音楽の大事なところを理解できるかどうかと同じ事じゃないかと思いました。ここが分からなければ、上手に音楽は出来ても、上手に絵は描けても、音楽や美術が表現しなくてはいけないものが分からないんだからそれを表現するなんて出来ない…そう思ったんです。僕が大学生の時、チェロ弾きの女の子がいたんですが、その子が「あの映画、わけ分かんない」といったんですよね。ああ、もうこんな鈍い感性のやつに音楽なんて無理だ…そう思いました。
主人公は、感情をまるで表に出さない、戦場記者です。アンゴラやレバノンといった戦場を渡り歩いて、そして感情をなくしたようになってしまいます。そして、人を殺害し、他にもいくつも道を踏み外し、さらに茫洋と漂います。この主人公がしてしまう殺人にしても銀行強盗にしても、お金とかそういうのが大事なんでしょうか。まあそれもあると思うんですが、違う所にもっと重要な意味があると僕は感じてなりませんでした。コンサート会場で知り合った女性も殺してしまいますが、その理由も、目撃されたからとか、そういう事ではないと思います。こうした苦悩を抱えて凶行に走る主人公の感情は、映画の後半で爆発します。

深夜列車の車内で主人公を問い詰める刑事が、過去の彼に何があったのかを問い詰めたその瞬間から、今までまるで魂が抜けたようだった主人この目の色が変わります。そこから廃墟での独白にかけて、主人公のカタルシスは爆発します。そして、映画のラストシーン。様々な事があったあげく、主人公はコンサート会場で目を覚まします。一連の凶行がすべて自分の夢想だった…そういうシーンです。主人公は声を出し、ホールには自分の声がこだまします。結局は逃れることが出来ずにすべては夢想…そして、ホールを出たところで主人公は銃で撃たれます。
このメインテーマのほかに、もうひとつ素晴らしかったのが、松田優作の演技です。音楽でいうと、決してテクニックが抜群というわけじゃないけれど表現力が異常に高いプレイヤーみたいな感じ。鬼気迫る熱演でした。狂気を示すためにカメラの長回しの間に一度も瞬きをしないシーン。カオスとカタルシスが同居したような廃墟での独り芝居のシーン。これらは日本映画史上に残る名演ではないでしょうか。
松田優作さん主演の角川映画、ほかのものはイマイチと感じてしまっていた僕でも、
「野獣死すべし」だけは別格、好きな日本映画のベスト10に入れたいほどの素晴らしさです。最初の雨の視察シーンの無意味な長さなど、やっぱり角川映画的なダメさはたくさんありますが、映画のテーマと優作さんの演技でぜんぶ帳消し。名作だと思います。そうそう、音楽も素晴らしいんですよ。
「野獣死すべし」のサントラについては…あ、そういえば昔書いたんでした(^^;)。
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「戦争批判」とか抜きで、「無垢の狂気」「世間との折り合いと自分自身」とか考えて観てました、中学生真っ盛りの時期に。
・・・確実に人格形成に影響を及ぼしてると思います。
ただ「わけわからない」な人にはならなくて良かったかな。