
バッハの平均律クラヴィーア曲集…偉大なる人類の遺産です。そして、この全集の録音といって真っ先に名前があがるのは、やっぱり
スヴャトスラフ・リヒテルの演奏でしょう。すごく有名な録音で、ホールじゃなくて宮殿での録音なもんで響きがけっこうすごくて、最近主流のクリアな録音からすると音がちょっとぼやけちゃってる気もしますが、すぐに慣れました。だって、リヒテルの演奏がすごいから(^^)。
バッハの平均律クラヴィーアというのは、1巻と2巻という2冊がありまして、それぞれ長短全24調、そしてそれぞれの曲がプレリュードとフーガのふたつから構成されています。というわけで、ぜんぶ演奏すると48×2で96曲、CDだと4枚分です。すごい。そして1曲の濃密さがジャズやロックを聴くのとはぜんぜん違いまして、音楽教育を受けた人でも、ボク程度の音大卒ぐらいだったら、スコアを見ながら聴かないと追いきれないほど。1巻の2番プレリュードの2声ですらむっちゃ分厚く感じる、まして4声になってくるとプロレベルのソルフェージュ能力がないと相当きついんじゃないかと。
そうそう、フーガが分からない方は、石桁真礼生さんという人が『
楽式論
』というすごく分かりやすい本を書いていて、まさにこの曲集の中の曲を例に出してフーガを説明してくれてますので、一読をおすすめします。いまフーガを簡単に説明すると、カノンの複雑なやつで、メロディと伴奏じゃなくって同時に複数の声部が動く音楽です。この声部の絡みが聴こえてくると景色が変わってみえるはずで、なんとなく印象で音楽を捉えるなんて出来なくなります。ひとつの旋律が様々に折り重なって大きな構造を作り上げてく様に、幾何学的な壮大な音の宇宙を見る事になります。そして、それを体験できたときに、僕ははじめてバッハのフーガの神秘の一端が見えた気がしました。それって、ちょっと安っぽい言葉じゃ形容できない。複数の声部が同時にうごめきながら、重なった2声目は属調での旋律だったり、3声部目は主調で重なったり、経過的な所を挟んできれいに並行調転調したりと、和声的に破綻しないまま、全体が緻密に絡むのです。この濃密さ、CDは4枚だけど体感としては30枚分ぐらいに濃密(^^)。1巻16番のフーガなんて、3分もたたずに終わるのに、構造が分からずに何回聴いたことか、そして聴くたびにちょっとだけ前より見えてくるものがあって、そのたびに感動が。。
またすごいのは、そういう同時進行するいくつもの旋律をひとりで弾いちゃうピアニストです。僕は複雑なカノンやフーガの演奏は本当に苦手でした、あんなの拷問だよ(;_;)。このCDの
ピアニストはリヒテル、ウクライナ~ロシアのピアニストです。テクニックが凄いので「20世紀最高のピアニスト」という人もいるほど。リヒテルが若いころに弾いたショパンのエチュードの10-4を聴いたことがあるんですが、これがとんでもない速さ、そして荒っぽい!楽譜はPresto と書いてあるので、もともと速い曲ではあるんですが、こんなに速いのは聴いた事ないよ(^^;)。この録音のころは50代もなかばをすぎたころ、反射神経的なバカテクじゃなくって、音楽全体をコントロールする鳥瞰的な視点でピアノを弾いてる感じ、いくつもの声部が折り重なっていくフーガを弾くには絶妙の円熟具合だったのかも。リヒテルって顔がマーロン・ブランドみたいでちょっと近寄りがたい雰囲気があるんですが、
この演奏はバッハとは思えないぐらいに人間味があるというか、タッチもやわらかくってあったかい演奏です。録音は宮殿で残響豊か、でもそれぞれの音が響きで濁ってしまうことはありません。またピアノがベーゼンドルファーだからか、低音が鳴って音が太い!単に幾何学的なものになってしまいそうなバッハのフーガを、こんなに音楽的に鳴らしてしまうのは、リヒテルのすばらしい技術と、この響きのふたつにあるんじゃないかと。ただ、残響が強すぎて、強く弾いても弱く弾いても音がボワーンって広がるので、デュナーミクがちょっと犠牲になってるかな(^^;)。
バッハの平均律クラヴィーア全曲、これはまさに音の宇宙、人間の英知、人間を超えた数秘術の神秘。ぜったいに聴くべし!
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